1. しゅじゅつの まえに、その ひとの 臓器を てに もてたら?
1. 手術の前に、その人の臓器を手に持てたら
1. 手術前に、患者の臓器を実物大で手に取る:模型はなぜ高かったのか
おなかや むねの なかは、ひとりずつ すこしずつ ちがいます。血管の とおり方も、おなじでは ありません。
おいしゃさんは、しゅじゅつの まえに、からだを しゃしんの ように うつす きかいで しらべます。でも、たいらな しゃしんだけでは、うらがわが どうなっているか、わかりにくい ことが あります。
そこで、しゃしんの データから、その ひとの 臓器と おなじ おおきさ、おなじ かたちの もけいを つくります。てに もって、まわして みられます。
むかしは、もけい 1つに すうまん円から すうじゅうまん円も かかったので、ひとりずつに つくるのは たいへんでした。2015ねんに、筑波大学と ある会社が、なかを ほとんど からっぽに して、ねだんを 3ぶんの 1ほどに する ほうほうを つくりました。
CTなどの画像は平らな断面の集まりなので、血管が臓器のどこを通り、どこで枝分かれしているかは、頭の中で組み立てるしかありません。手術の計画をたてる医師にとって、その人の臓器と同じ大きさの立体があれば、切る場所や避ける場所を、実物で確かめられます。
米国のFDA(食品医薬品局)は2021年の討議資料で、病院の中で3Dプリントを使うと、患者に合わせた機器や、手術計画のための解剖モデルを素早く作れる可能性があると述べました[1]。ただしこれは規則ではなく、意見を集めるための資料です。
問題は値段でした。2015年の筑波大学の発表によると、肝臓などの模型は1つ作るのに数万〜数十万円かかり、患者一人ひとりに使うのは難しかったそうです。そこで研究チームは、模型の内部をほぼ空洞にして樹脂の量を減らし、従来の約3分の1の価格で作る方法を開発しました[3](これは当時の開発手法での価格で、今の一般的な値段ではありません)。
日本では、手術前の画像から作った実物大の臓器立体モデルを手術の補助に使うことが、診療報酬の加算の対象になっています。ただし対象の手術は決まっていて、すべての手術で使えるわけではありません[2]。
CTやMRIの画像は断面の集合であり、血管の走り方や臓器どうしの位置関係は、読む側が頭の中で立体に組み直す必要がある。手術前にその患者の臓器を実物大で手に取れれば、切開の位置や避けるべき血管を、実物で確かめられる。米国FDAは2021年12月の討議資料で、病院内(point of care)での3Dプリントが、患者に合わせた機器や手術計画用の解剖モデルを素早く作れる可能性を持つとした。ただし同資料は規制のあり方について意見を募る段階のもので、確定したルールではない[1]。
では、なぜ以前は広まらなかったのか。理由の一つは価格である。2015年の筑波大学とDNPの発表によれば、実質臓器の立体模型は1つで数万〜数十万円かかり、患者一人ひとりに使う臨床への展開は困難だった。そこで両者は、内部をほぼ空洞にして樹脂の量を減らし、従来の約3分の1の価格で作る方法を開発した。この「3分の1」は2015年時点の開発手法の値であり、現在の相場ではない。なお、当時すでに頭蓋骨や顎の一部の手術では、実物大模型の利用が保険の対象になっていた[3]。
現在の診療報酬点数表にも、K939「画像等手術支援加算」の中に「実物大臓器立体モデルによる支援」がある。手術前に得た画像から作った実物大の臓器立体モデルを手術の補助に使うもので、先天性心疾患の複雑なものとその他で点数が分かれ、対象の手術は限られる。点数は病院に入る診療報酬の単位であり、患者の支払額そのものではない[2]。
2. あかちゃんの ぶひんは、どうして 吸収されて きえるの?
2. 赤ちゃんの気道を支える部品が、あえて消える理由
2. 気道の添え木は、なぜ約3年で吸収される設計だったのか
2012ねんの アメリカの はなしです。あかちゃんの 気道(いきの とおり道)が、ぺしゃんと つぶれて しまう びょうきが ありました。いきが できず、きかいの たすけが いります。
いしゃたちは、あかちゃんの しゃしんの データを もとに、気道を そとから ささえる ぶひんを 3Dプリンターで つくりました。ひとの からだに とりつける まえの、とくべつな きょかを もらって、手術で つけたそうです。
ざいりょうは、からだの なかで すこしずつ とける 樹脂で、3ねんほどで なくなる ように つくられていました。あかちゃんは そだって 気道も おおきく なります。ささえは、いつまでも のこらない ほうが いいのです。
手術から 21日後に、あかちゃんは いきを たすける きかいが いらなく なりました。これは ひとりの こどもの ほうこくです。すべての びょうきに おなじ ことが できる、という ことでは ありません。
2012年2月9日、ミシガン大学のグリーン医師とホリスター教授らのチームは、気管や気管支がつぶれてしまう先天性の病気(気管気管支軟化症)の赤ちゃんに、3Dプリンターで作った気道の添え木を手術で取りつけました。米国のFDAから緊急の許可を得ての手術でした[4]。
設計にはCT画像が使われました。その子の気道の形に合わせて曲がりや太さを決め、レーザーで粉末を固めて作る方式のプリンターで出力しています[4][5]。市販の部品では、その子の気道にぴったり合いません。
素材はポリカプロラクトンという樹脂で、体内で分解されて吸収される性質があります。この添え木は約3年かけて体に吸収される設計でした。子どもは育つので、気道も太く長くなります。支えが一生残ると、成長のじゃまになりかねません。「役目を終えたら消える」ことに意味があったのです。手術の21日後には、人工呼吸器が外れたと報告されています[4]。
この症例は2013年の医学雑誌に報告され、CT画像から設計した生体吸収性の添え木を乳児に使った最初の例として知られます。素材は2〜3年ほど支えを保ってから吸収されるとされます[5]。ただし、これは一人の患者での報告で、一般的な治療として確立したことを示すものではありません。
2012年2月9日、ミシガン大学のグリーンとホリスターらは、気管・気管支がつぶれる先天性疾患(気管気管支軟化症)の乳児に、3Dプリンターで作った気道の添え木を手術で取りつけた。FDAの緊急許可のもとでの使用である。設計はCT画像から行い、素材はポリカプロラクトン(PCL)、造形にはレーザー焼結方式のプリンターが使われた[4]。
ここで注目したいのは、この添え木が「残らないこと」を前提に設計されている点である。PCLは生体適合性のあるポリエステルで、2〜3年ほど支えを保ったのち吸収される[5]。乳児の気道は成長とともに太く長くなる。この添え木は、成長に対応できるよう気道の拡大を許す設計だった。支えを保つのは2〜3年ほどで、その後は体に吸収される。
報告によれば、手術の21日後に人工呼吸器が外れた[4]。2013年にNEJMで報告されたこの例は、CT画像からの設計と3Dプリントで作った生体吸収性の気道添え木を乳児に使った最初の例として知られる[5]。ただしこれは一人の患者での報告であり、治療として確立したことを意味しない。
この「患者の画像から、その人だけの部品を作る」発想は、他でも試みられた。日本では2014年、ネクスト21、東京大学、理化学研究所などのチームが、画像データから0.1mm単位で形を再現し、時間とともに自分の骨に変わるカスタムメイド人工骨の製造販売承認をPMDAに申請している[9]。
3. だいくさんの 1つの れんらくから、義手が うまれた
3. 大工さんの連絡から始まった、3Dプリンターの義手
3. 義手を必要とした大工の連絡から、ボランティアの義手づくりが広がった経緯
みなみアフリカの だいくさん、リチャードさんは、義手を ひつように していました。アメリカで ものづくりを する アイヴァンさんに れんらくを とりました。
2011ねん、リチャードさんと アイヴァンさんは、3Dプリンターを つかって、ゆびが うごく 手を つくる ことに しました。これが、e-NABLE(イーネーブル)という なかまの はじまりと いわれます。
はじめは、100人ほどの あつまりで、すでに ある せっけいの ファイルを うつして つくる だけでした。いまは、せっけいを みんなに ひらいて、ボランティアが 3Dプリンターで つくった 手を、ひつような ひとに むりょうで おくって います。
日本でも、ある おとこの子の ために、ボランティアが せっけいを なおして つくった 手で、あやとりが できるように なった れいが しょうかいされています。
始まりは、義手が必要だった南アフリカの大工リチャード・ヴァン・アスが、米国の工作家アイヴァン・オーウェンに連絡したことでした。二人は3Dプリントを設計に取り入れ、2011年に最初の3Dプリント機械式の手を作ったと紹介されています[6]。
はじめは、すでにある設計ファイルを印刷するだけの約100人ほどの集まりでした。それがe-NABLEの名で広がり、設計を公開し、ボランティアが3Dプリンターで手づくりの義手を、必要な人に無償で届けるしくみになっています[6][7]。
日本でも例が紹介されています。ボランティアが、e-NABLEの設計(Cyborg Beast)を、ある男の子のために改良して作りました。男の子はその手で、あやとりができるようになったそうです[7]。
設計が公開されていると、離れた場所の人が、同じ形を自分のプリンターで出力できます。「体は一人ずつちがうから、その人の形に手直しする」作業を、離れた場所の人たちが分担できるわけです。
この流れの発端は、義手が必要だった南アフリカの大工リチャード・ヴァン・アスが、米国の工作家アイヴァン・オーウェンに連絡したことにあるとされる。二人は設計過程に3Dプリントを取り入れ、2011年に最初の3Dプリント機械式の手ができた。出典はWikipediaである[6]。
この共同作業から生まれたe-NABLEは、当初はすでにある設計ファイルを印刷するだけの約100人ほどの集まりだった。現在は設計を公開し、ボランティアが3Dプリンターで手づくりの義手を、必要な人に無償で届ける取り組みとして紹介される[6]。
設計が公開されていることの意味は、日本の例からも分かる。3DPrint.comは、ある男の子のために、ボランティアがe-NABLEの設計(Cyborg Beast)を改良して作った手で、彼があやとり(cat's cradle)を使いこなせるようになった例を紹介している[7]。既存の設計をそのまま印刷するのではなく、使う子どもの手に合わせて修正できる点は、義手の形を一人ずつ合わせる必要とそのまま重なる。
4. こどもの 義手は、どうして やすく なければ いけないの?
4. 成長する子どもの義手は、なぜ「安く、何度も」作れることが大事なのか
4. 成長で合わなくなる子ども用義手と、3Dプリントの費用の比較
こどもは、ぐんぐん そだちます。義手も、すぐに ちいさく なって しまいます。そだつと あわなく なって、つくりなおす ことが あります。たとえば、くつが きゅうくつに なって、かいかえる ことに にています。ただし くつと ちがって、こどもの 手に あわせて つくる ものです。
2016ねん、アメリカの ヒューストンの 図書館で、5さいの 女の子の ために 3Dプリンターの 義手が つくられました。ぜんぶの ひようは 100ドル いない。おみせで うっている 義手なら 5,000〜6,000ドルほど かかるところ だった、と しょうかいされて います。
100ドルいないを、5,000ドルと くらべると、すくなくとも 50ぶんの 1です。ただし、これは この 1つの れいの ひようで、どの 義手にも あてはまる ねだんでは ありません。
子どもは成長が早いので、義手もすぐに合わなくなることがあります。市販の義手を成長のたびに作り直すと、費用の負担が大きくなります。
実際の費用の例もあります。2016年に米国ヒューストンの図書館のイノベーションラボで、5歳の女の子のために作られた3Dプリント義手は、全体の費用が100ドル以内でした。市販の義手なら5,000〜6,000ドルかかるところだったと紹介されています[8]。100ドルを上限として計算すると、少なくとも約50分の1以下です。
これは一つの事例の費用であり、どの義手にも当てはまる値段ではありません。それでも、「合わなくなったら、また作る」ことを前提にできるのが、3Dプリントの強みだと分かります。
子ども用義手は、体の成長に合わせて作り直す必要がある。市販の義手を成長のたびに作り直すと、費用の負担が大きくなる。
費用の実例としては、2016年に米国ヒューストンの図書館のイノベーションラボが5歳の女児のために作った義手がある。全体の費用は100ドル以内で、市販品なら5,000〜6,000ドル必要なところだったという[8]。100ドルを上限として、5,000〜6,000ドルとの比を計算すると、少なくとも50〜60分の1以下となる。この値は一つの事例の費用であり、義手全般の相場ではない。
成長する体には「一度作れば一生使える」設計が合わない。この点で、吸収される気道の添え木(第2章)と義手は、同じ問題に向き合っている。
5. じぶんでも しらべて みたく なったら
5. 自分でも調べてみたくなったら
5. 自分でも調べてみたくなったら
きょう できる こと
かみに 手を のせて、えんぴつで ふちを なぞって みましょう。ものさしで なかゆびの ながさを はかり、ひづけと いっしょに かきます。すうか月 たってから もういちど はかって、くらべて みましょう。手の おおきさが かわって いるかも しれません。
しらべる とき
こくりつ国会図書館の「カレントアウェアネス・ポータル」に、ヒューストンの 図書館の はなしが のって います。おうちの ひとと いっしょに、国立国会図書館の サイトで さがして よんで みましょう。
今日できること
紙に手を置いて、鉛筆で輪郭をなぞります。ものさしで中指の長さを測り、日づけを書いておきます。数か月たってからもう一度測ると、手の大きさが変わったかどうかを、自分のデータで比べられます。
資料を読むなら
国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータルに、ヒューストンの図書館の義手の記事があります[8]。日本語で読めます。
今日できること
自分の手の輪郭を紙に写し、中指の長さなどを測って日づけとともに記録するとよい。数か月後に再測定すれば、寸法が変わったかどうかを比べられ、子ども用義手を作り直す必要がある理由を、自分の体で考えられる。
資料を読むなら
日本語で読める一次寄りの資料として、国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータル[8]や、筑波大学の発表資料[3]がある。臓器模型の診療報酬上の扱いは、厚生労働省の告示で読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- FDA, 3D Printing Medical Devices at the Point of Care: Discussion Paper(2021年12月). https://www.fda.gov/medical-devices/3d-printing-medical-devices/3d-printing-medical-devices-point-care-discussion-paper (病院内3Dプリントの可能性)
- 診療報酬点数表 K939 画像等手術支援加算(しろぼんねっと). https://shirobon.net/medicalfee/latest/ika/r08_ika/r08i_ch2/r08i2_pa10/r08i2a_sec3/r08i2a3_K939.html (臓器立体モデルの加算)
- 筑波大学・DNP 報道発表(2015年7月9日). https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/150706okouchi1.pdf (模型の価格の見直し)
- ScienceDaily / ミシガン大学発表(2013年5月22日). https://sciencedaily.com/releases/2013/05/130522180102.htm (気道の添え木の症例)
- Three-dimensional printing of external airway splints for tracheomalacia(Journal of Thoracic Disease 論説). https://jtd.amegroups.org/article/view/12159/html (添え木の素材と吸収期間)
- Wikipedia: E-NABLE. https://en.wikipedia.org/wiki/E-NABLE (e-NABLEの始まり)
- 3DPrint.com: e-NABLE Japan. https://3dprint.com/117396/e-nable-japan-3d-printed-hand/ (日本での義手の例)
- カレントアウェアネス・ポータル(国立国会図書館). https://current.ndl.go.jp/car/32388 (図書館で作られた義手の費用)
- 科学技術振興機構(JST)サイエンスポータル(2014年4月9日). https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20140409_01/ (カスタムメイド人工骨の申請)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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