1. よぞらは どうして 暗いの?
1. ビッグバン ── 夜空はどうして暗いのか
1. ビッグバン ── オルバースのパラドックスから
さいしょに、かんたんな なぞなぞを ひとつ。 「よぞらは、どうして 暗いの?」
「太陽が しずんだから」と 思いますよね。でも、よく かんがえると へんなのです。 宇宙には、数えきれないほど たくさんの 星が あります。 もし 星が どこまでも ずーっと つづいて いるなら、 どこを 見ても 星に ぶつかって、よぞらは まっ白に 光って いるはずです。
でも、じっさいの よぞらは 暗い。これは とても 大きな ヒントです。
答えの ひとつは、こうです。うちゅうには、はじまりの日が あった。 はじまってから まだ そんなに 時間が たって いないので、 とおくの 星の 光は、まだ 地球に とどいて いないのです。 光は 世界で いちばん はやいけれど、それでも とどくのに 時間が かかります。
はじまりの日は、いまから 138おく年くらい 前。 そのころの うちゅうは、とても とても 小さくて、あつあつでした。 それが どんどん ふくらんで、だんだん すずしく なって、 やがて 星や 太陽や 地球が できました。 この はじまりを ビッグバンと よびます。
ここで、うちゅうの あかちゃんの ころの 話を ひとつ。 できたばかりの うちゅうは、あつすぎて、 ものが まだ かたちに なれず、あつあつの スープの ようでした。 そのスープは、光が まっすぐ 進めない くらい こい きりの ような ばしょでした。 光は すぐ 何かに ぶつかって、あっちへ こっちへ はねかえって いたのです。
それが 38万年くらい たつと、うちゅうは すこし すずしく なって、 スープの つぶが くっつき、きりが すーっと 晴れました。 そのとき、はじめて 光が まっすぐ 進めるように なったのです。 うちゅうが 晴れた 日ですね。
そして おどろく ことに、その日の 光は、いまも うちゅうを とんで います。 きゅうに 見えなく なったり しません。138おく年 かけて、 きょうも 地球に とどいて いるのです。
風船に、ペンで 点を いくつか かいて、ふくらませて みてください。 点と 点の あいだが、どんどん 遠く なりますね。 でも 点じたいは 大きく なりません。うちゅうも これと おなじです。 ふくらんで いるのは あいだの ばしょ の ほうなのです。
もう ひとつ。138おく年を 1年に ちぢめて みましょう。 うちゅうが できた 日を 1月1日に すると、地球が できたのは 9月の はじめごろ。 きょうりゅうが いなく なったのは 12月30日ごろ。 そして 人が 生まれたのは、なんと 12月31日の 夜11時50分ごろです。 わたしたちは、うちゅうの 1年で いうと、さいごの 10分に 生まれた ばかりなのです。
最初に、かんたんななぞなぞをひとつ。「夜空はどうして暗いのでしょう?」
「太陽がしずんだから」と答えたくなりますが、よく考えるとおかしな話です。 宇宙には数えきれないほどの星があります。もし星がどこまでも果てしなく続いているなら、 どの方向を見ても、その先には必ず星があるはずです。すると夜空は、すきまなく星の光でうめつくされて、 まぶしいくらい明るくなっていないとおかしい。
でも、実際の夜空は暗い。この「暗さ」こそが、宇宙のすがたを教えてくれる最初の手がかりでした。 答えのひとつは、宇宙には始まりがあり、まだそれほど時間がたっていないということです。 遠くの星の光は、まだ地球に届いていないのです。
100年前まで、宇宙は今よりずっと小さいと思われていた
いまでは「宇宙は138億年前に始まった」と本に書いてありますが、これはわりと最近わかったことです。 今から100年ほど前、多くの天文学者は「天の川銀河こそが宇宙のすべてだ」と考えていました。 夜空にぼんやり見える雲のようなかたまり(星雲)は、天の川の中にあるガスの雲だろう、と。
1920年、この点をめぐって有名な討論が開かれます。「あの雲は天の川の中にあるのか、 それともはるか外にある別の星の集まりなのか」。決着をつけたのは、1924年にハッブルが測った アンドロメダ星雲までの距離でした。答えは「天の川のはるか外」。 この瞬間、人が知っている宇宙は、一気に何百倍にも広がったのです。
宇宙はふくらんでいる
さらに調べると、もっとおどろくことがわかりました。 遠くの銀河ほど、速く遠ざかっているのです。
これは「銀河が宇宙の中を飛んでいる」のではありません。 空間そのものが、どこもかしこも一斉にふくらんでいるのです。 風船に点をかいてふくらませると、点と点の間隔が広がりますね。あの状態です。 だから「爆発の中心はどこ?」という質問には、「中心はありません」というのが答えになります。 どの銀河から見ても、遠くの銀河はみんな遠ざかって見えます。
ふくらんでいるなら、時間を巻きもどせば縮んでいくはずです。 どんどん巻きもどすと、宇宙はとても小さく、とても熱い状態にたどりつきます。 これが ビッグバン です。
宇宙が「晴れた」日
生まれたばかりの宇宙は、熱すぎて、物がまだ形になれませんでした。 原子になるはずの部品(原子核と電子)がバラバラのまま飛びまわる、 熱いスープのような状態だったのです。
このスープの中では、光はまっすぐ進めません。少し進んでは電子にぶつかり、 はね返され、また別の電子にぶつかる。まるで濃い霧の中のようで、 宇宙全体が白くにごって、向こう側が見えない状態でした。
ところが、宇宙がふくらんで冷えていくと、あるとき電子が原子核につかまって、 水素の原子ができました。じゃまをしていた電子がいなくなり、霧がすーっと晴れます。 光は、はじめてまっすぐ遠くまで進めるようになりました。 宇宙のはじまりから、およそ38万年後のことです。 天文学ではこれを 宇宙の晴れ上がり と呼びます。
そして大事なのはここからです。そのとき晴れわたった光は、今も宇宙を飛び続けています。 138億年ぶん引きのばされて、目には見えない電波になりながら、いまこの瞬間も地球に降りそそいでいます。 つまり、宇宙でいちばん古い光は、遠い昔の話ではなく、今ここにあるのです。
決め手になったのは、消せない「ザーッ」という雑音だった
その光が見つかったのは、じつは偶然でした。
1964年、アメリカの通信会社の研究所で、ペンジアスとウィルソンという2人がアンテナの調整をしていました。 ところが、どこにアンテナを向けても、消えない雑音が入る。装置を点検し、配線を直し、 アンテナに巣を作っていたハトを追い出して、フンまできれいに掃除しました。それでも雑音は消えません。
この雑音の正体は、宇宙が生まれたばかりのころの光でした。 熱かった時代の光が、宇宙がふくらむにつれて引きのばされ、いまは電波として全天から降りそそいでいたのです。 これを 宇宙マイクロ波背景放射 といいます。2人はのちにノーベル賞を受けました。
アナログ放送の時代、テレビを放送していないチャンネルに合わせると、 砂あらしのような画面と「ザーッ」という音が出ました。あのノイズには、 この宇宙からの電波もほんの少しだけ混じっていたと言われています。 宇宙のはじまりのなごりが、お茶の間のテレビに届いていたわけです。
138億年を1年にちぢめてみる
138億年と言われても、正直ぴんときません。そこで、宇宙の歴史を1年のカレンダーに置きかえてみましょう。
| できごと | カレンダーだと |
|---|---|
| 宇宙のはじまり | 1月1日 午前0時 |
| 地球ができる | 9月のはじめごろ |
| 恐竜がいなくなる | 12月30日ごろ |
| 人(ホモ・サピエンス)が現れる | 12月31日 午後11時50分ごろ |
| 文字が使われはじめる | 12月31日 午後11時59分49秒ごろ |
人類の歴史は、宇宙の1年でいうと最後の10分あまり。文字を発明してからは、まだ11秒ほどです。 その11秒のあいだに、わたしたちは宇宙の年齢を測るところまで来ました。
さて、宇宙がふくらんでいるとわかったとき、じつは物理学の常識のほうも大きくゆらいでいました。 それを起こしたのが、次の章の主役です。
「夜空はなぜ暗いのか」という問いは、オルバースのパラドックスという名前で 19世紀から議論されてきました。宇宙が無限に広く、無限に古く、星が一様に散らばっているなら、 どの視線の先にも必ず星があり、夜空は星の表面と同じくらい明るくなるはずです。 ところが現実の夜空は暗い。この矛盾を解く鍵のひとつが、 宇宙には有限の年齢がある(=遠くの光はまだ届いていない)という事実でした。 宇宙の膨張によって光が引きのばされ、弱められることも効いています。
宇宙の大きさが書きかえられた1920年代
20世紀の初めまで、天の川銀河が宇宙のすべてだと考える天文学者が少なくありませんでした。 1920年にはシャプレーとカーチスによる公開討論(いわゆる「大論争」)が行われ、 渦巻き星雲が銀河系内の天体か、外の別の銀河かが争われます。 決着したのは1924年、ハッブルがアンドロメダ星雲の中にセファイド変光星を見つけ、 その周期と明るさの関係から距離を求めたときでした。答えは「銀河系のはるか外」。 人類が把握する宇宙の大きさが、一夜にして桁違いに広がった瞬間です。
膨張する宇宙
さらに、遠い銀河ほど速く遠ざかるという関係が見つかります。 ルメートルが1927年に、ハッブルが1929年に示しました (2018年に国際天文学連合はこれをハッブル=ルメートルの法則と呼ぶことを推奨しています)。
注意したいのは、銀河が空間の中を飛び去っているのではないという点です。 空間そのものが引き伸ばされていると考えます。 大きなスケールで見ると、銀河と銀河のあいだの距離が伸びていく。 だから中心も外側もなく、どの銀河から見ても「十分に遠い銀河はみんな遠ざかっている」ように見えます。 すぐ近くの銀河どうしは重力で引き合っているので、アンドロメダ銀河のように近づいてくるものもあります。
時間を巻きもどせば、宇宙は高温・高密度の状態に行き着きます。そこから膨張しながら冷えていく過程で、 素粒子 → 原子核 → 原子 → 暗黒物質が集まってできた構造 → 最初の星や銀河、という順に、 だんだん大きな構造ができていきました。この描像が ビッグバン宇宙論 です。
証拠は大きく3つ
- ハッブル=ルメートルの法則:遠い銀河ほど速く遠ざかるという関係そのもの。
- 宇宙マイクロ波背景放射(CMB):宇宙が透明になった瞬間の光が、いまも全天から届いている。 くわしくは下の「宇宙が晴れ上がった日」を参照。
- 軽い元素の量:誕生から数分のあいだに作られた水素とヘリウムの比率(質量比でおよそ3対1)が、 理論の予言と観測でよく合っています。
これらを合わせると、宇宙の年齢はおよそ 138億年と見積もられます (プランク衛星の2018年の解析で 137.97億年、誤差は約0.2億年)[1]。
宇宙が晴れ上がった日
3つめの証拠に出てきた CMB は、この記事の後半にも何度か顔を出すので、もう少していねいに見ておきます。
誕生から数十万年のあいだ、宇宙は高温すぎて、原子として安定できませんでした。 電子は原子核に捕まることができず、荷電粒子がバラバラに飛びかう プラズマのスープのような状態だったのです。
このスープの中では、光(光子)はまっすぐ進めません。自由電子にぶつかっては散乱し、 また別の電子にぶつかる。平均してごくわずかな距離しか直進できないため、 宇宙全体が濃い霧のように不透明でした。
膨張とともに温度が下がり、およそ3000ケルビンまで冷えたところで転機が来ます。 電子が原子核に捕まって中性の水素原子ができ、散乱の相手だった自由電子が姿を消したのです。 霧が晴れ、光はようやく遠くまで直進できるようになりました。これが 宇宙の晴れ上がり(再結合)で、宇宙誕生から約38万年後にあたります。
このとき解き放たれた光は、その後138億年ぶん空間に引きのばされ、波長がのびて、 いまは温度約2.7ケルビン(マイナス約270℃)に相当するマイクロ波として 全天から届いています。つまり CMB は、 宇宙が透明になった瞬間を写した、いちばん古い写真です。 これより前の時代は光では見えません。宇宙を光で見るときの、いちばん奥の壁にあたります。
この「写真」には、10万分の1ほどの、ごくわずかな温度のむらがあります。 そのむらが、のちに銀河や銀河団に育つ種でした。プランク衛星などは、このむらの模様を 精密に測ることで、宇宙の年齢や中身の割合を割り出しています。
そして、この光が見つかったのは偶然でした。1964年、ペンジアスとウィルソンが アンテナの原因不明の雑音に悩まされ、装置を点検し、巣を作っていたハトを追い出して 掃除までしたのに雑音は消えなかった、という逸話が知られています。 消せなかった雑音の正体が、宇宙でいちばん古い光だったわけです。
スケールをつかむ
138億年を1年のカレンダーに縮めると、次のようになります。この縮尺では、1秒がおよそ438年にあたります。
| できごと | 実際 | カレンダーだと |
|---|---|---|
| 宇宙のはじまり | 138億年前 | 1月1日 0時0分 |
| 地球ができる | 約46億年前 | 9月はじめ |
| 恐竜の大量絶滅 | 約6600万年前 | 12月30日ごろ |
| ホモ・サピエンスの登場 | 約30万年前 | 12月31日 23時49分ごろ |
| 文字の発明 | 約5000年前 | 12月31日 23時59分49秒ごろ |
「ビッグバンの前は?」正直なところ、まだ分かっていません。 そもそも「前」という言い方が意味を持つのかどうかも、はっきりしていません。 今の理論は、宇宙が生まれたまさにその瞬間そのものを扱えないからです。 この記事の後半で出てくる「量子力学と重力をつなげる理論」が必要になる場面が、まさにここです。
ところで、「空間がふくらむ」「時間がたつ」という言い方を、ここまで当たり前に使ってきました。 しかし20世紀の初め、その時間と空間そのものが、まったく別の顔を見せはじめます。
2. 時間は、みんな 同じでは ない
2. 相対性理論 ── 16歳の「もしも」から始まった
2. 相対性理論 ── 光速度不変から時空へ
むかし、アインシュタインという 人が いました。 16さいの ころ、こんな ことを 考えたそうです。
「光と おなじ はやさで 光を おいかけたら、光は どう 見えるんだろう?」
自てん車で 走りながら となりの 自てん車を 見ると、止まって 見えますね。 じゃあ 光も、おいかけたら 止まって 見えるはず。 でも、いくら 考えても、そうは ならない。 実験で しらべると、光は だれから 見ても おなじ はやさなのです。
そこで アインシュタインは、びっくりする 答えを 出しました。 「はやさが おなじなら、時間の ほうが のびちぢみ するんだ」。
ほんとうに そうでした。
- とても はやく うごいて いると、時間は ゆっくり すすむ。
- おもい ものの すぐ 近くでも、時間は ゆっくり すすむ。
しかも アインシュタインは、こうも 考えました。 おもい ものの まわりは、ばしょが へこんで いる。 その へこみに そって、まわりの ものが 通るのです。 地球が 太陽の まわりを ぐるぐる 回って いるのも、そのためです。
うすい 紙や ハンカチを ピンと はって、まん中に ビー玉を のせて みてください。 まん中が へこみますね。そこへ 小さな ビーズを ころがすと、 へこみに そって 曲がって いきます。 太陽と 地球も、これと にた ことが おきて います。
「そんな ふしぎな 話、本とうかな?」と 思いますよね。 じつは、スマホの ちずが 今いる ばしょを あてられるのも、この 考えの おかげです。 空の 上を まわって いる きかいの 時計は、地上の 時計より すこし はやく すすみます。 その ずれを 計算で なおして いるから、ちずは 正しい ばしょを さすのです。
アルベルト・アインシュタインは、16歳のころ、こんな空想をしていたと伝えられています。
「もし光と同じ速さで光を追いかけたら、光はどう見えるのだろう?」
自転車で走りながら、となりを同じ速さで走る自転車を見ると、止まって見えます。 同じように考えれば、光も止まって見えるはずです。ところが、当時の物理学の式は 「そんな光は存在できない」と答える。ここに引っかかったまま、彼は10年考え続けました。
特殊相対性理論(1905年):速く動くと、時間がゆっくり進む
出発点にしたルールは、たったひとつです。 「光の速さは、だれが測っても同じ(秒速約30万km)」。 走りながら測っても、止まって測っても同じ。実験がそう言っているのだから、そこは動かさない。
すると、代わりに何かをあきらめなければなりません。あきらめたのが 「時間と長さは、だれにとっても同じ」という常識でした。 とても速く動く時計は、ゆっくり進んで見える。とても速く動く物差しは、短く見える。 結論だけ聞くと変ですが、こう考えたときだけ、すべての実験結果が矛盾なく説明できたのです。
この理論からは、有名な式も出てきます。
E = mc2「物の重さ(質量)は、エネルギーの別の姿だ」という意味です。 太陽が何十億年も光り続けられるのは、この関係のおかげです。
ちなみにこの1905年、アインシュタインは特許庁の職員でした。 昼は書類を審査し、あいた時間に物理を考えて、この年だけで物理学を書きかえる論文をいくつも出しています。 のちに「奇跡の年」と呼ばれました。
一般相対性理論(1915〜1916年):重いものは、空間をへこませる
次の一歩は、1907年のある思いつきから始まります。 「屋根から落ちている人は、落ちているあいだ、自分の体重を感じない」。 当たり前のようですが、ここには深い意味があります。 落ちているあいだ、その人にとって重力は消えている。つまり 重力を受けている状態と、加速している状態は区別できないのです。 アインシュタインは後に、これを「人生でいちばん幸せな思いつき」と呼びました。
ここから彼は、重力を「引っぱる力」ではなく 「重いものの周りで、時間と空間がゆがんでいること」として書き直します。 やわらかいトランポリンの上にボウリングの球を置くとへこみますね。 そのへこみに沿ってビー玉が転がります。それが、地球が太陽のまわりを回っている理由です。
1919年、日食が証明した
この理論は「重いものの近くを通る光は曲がる」と予言しました。 確かめるには、太陽のすぐ近くを通ってきた星の光を見ればいい。 けれど、ふだんは太陽がまぶしすぎて星は見えません。使えるのは皆既日食の数分間だけです。
1919年、イギリスの観測隊がアフリカと南アメリカに向かい、日食のあいだに星の位置を撮影しました。 結果は、星の見かけの位置がずれていた。予言どおりでした。 このニュースは新聞の一面をかざり、アインシュタインは一夜にして世界的に有名になります。
スマートフォンの地図が現在地を当てられるのは、GPS衛星の時計を相対性理論で補正しているからです。 衛星の時計は、速く動いている効果で1日に約7マイクロ秒遅れ、 重力の弱い高い場所にある効果で約45マイクロ秒進みます。差し引き約38マイクロ秒。 たった0.000038秒ですが、補正しないと位置が1日で約11kmもずれてしまいます。
時間がのびちぢみするのは、宇宙の話だけではありません。 いまの技術なら、33cmの高さのちがいでも時間の進み方のちがいを測れます。 本棚の上と下では、ほんのわずかに時間の進み方がちがうのです。
こうして、大きくて重いものの世界のルールはわかりました。 では、うんと小さいものの世界はどうなっているのでしょう。ここから話が変になります。
アインシュタインの相対性理論は、2段構えになっています。 そのきっかけは、16歳ごろに抱いた「光を光速で追いかけたらどう見えるか」という疑問だったと、 本人が後年ふり返っています。
背景:19世紀末に残っていた矛盾
当時、光は「エーテル」という目に見えない媒質を伝わる波だと考えられていました。 もしそうなら、地球がエーテルの中を動いている分だけ、光の速さは測る向きによって変わるはずです。 ところが1887年のマイケルソン・モーリーの実験は、その差を見つけられませんでした。 光の速さは、どの向きで測っても同じだったのです。
特殊相対性理論(1905年)
アインシュタインは、次の2つを原理として認めるところから出発しました。
- 相対性原理:等速で動いているどの立場から見ても、物理法則は同じ形をしている。
- 光速度不変の原理:真空中の光の速さは、観測者の運動によらず一定(毎秒 299,792,458 m)。
この2つは、日常の感覚(速さは足し算できる)と真っ向からぶつかります。両立させるには、 時間の進み方と長さのほうを、立場によって変わるものとして扱うしかありません。 結果として、動いている時計は遅れて観測され(時間の遅れ)、動いている物差しは進行方向に縮んで 観測されます(ローレンツ収縮)。質量とエネルギーが同じものの2つの姿であること(E = mc2)も、 同じ年の論文から導かれました。
これは机上の空論ではありません。宇宙線が大気にぶつかって生まれるミュー粒子は、 寿命が約2.2マイクロ秒しかなく、光速に近い速さで飛んでも本来なら地表に届く前に崩壊するはずです。 ところが実際にはたくさん地表に届く。ミュー粒子にとっての時間がゆっくり進んでいるからです。
一般相対性理論(1915〜1916年)
特殊相対性理論は重力を扱えませんでした。転機は1907年、 「自由落下している人は自分の重さを感じない」という気づきです。 落下しているあいだ、その人にとって重力は消えている。つまり 重力を受けている状態と、加速している状態は、局所的には区別できない。 これを等価原理といいます。 アインシュタインはこれを「生涯でもっとも幸福な思いつき」と表現しました。
そこから8年かけて、彼は重力を 時空(時間と空間をひとまとめにしたもの)の曲がりとして書き直します。
物質やエネルギーが時空を曲げ、曲がった時空が物の動き方を決めるこの理論の予言は、次々に確かめられてきました。
| 予言 | 確かめられたこと |
|---|---|
| 水星の軌道のわずかなずれ | ニュートン力学では説明できなかった量を、正確に説明した |
| 重力で光が曲がる | 1919年の皆既日食の観測で、星の見かけの位置がずれることが報告された |
| 重力で時間が遅れる | GPS衛星では、地上より時計が速く進む分を常に補正している |
| 重力波(時空のさざ波) | 2015年にLIGOが直接検出(発表は2016年)[4] |
| ブラックホール | 2019年、EHTがM87銀河の中心にある巨大ブラックホールの影を撮影[5] |
重力による時間の遅れは、いまや実験室の中で測れます。2010年、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)の グループは、2台の高精度な原子時計を使い、片方を33cm持ち上げるだけで 時間の進み方に差が出ることを確かめました[6]。 ずれの大きさは10-17ほど。頭とつま先でも、わずかに時間の進み方がちがうのです。
ここまでで、大きくて重いものの世界のルールは手に入りました。 ところが同じころ、まったく別の場所で、もうひとつの革命が進んでいました。 こちらは「うんと小さい世界」の話です。
3. 小さい せかいは ルールが ちがう
3. 量子力学 ── なぜ、つくえは手をすり抜けないのか
3. 量子力学 ── 不連続と確率のはじまり
つぎは、うんと 小さい せかいの 話です。 まず、へんな しつもんを ひとつ。
「つくえは、どうして 手を すり抜けないの?」
あたりまえ、と 思いますよね。でも、これも よく 考えると ふしぎです。 ものは ぜんぶ、原子という 小さな つぶで できて います。 そして 原子の 中は、じつは ほとんど なにも ないのです。 まん中に とても とても 小さな かたまりが あって、あとは すきま。 やきゅうじょうの まん中に すなつぶを ひとつ おいた くらいの すきまだらけです。
すきまだらけの もの どうしが ぶつかって、どうして 手は 止まるのでしょう。 その 答えを 出したのが りょうし力学と いう かんがえ方です。 小さい せかいには、わたしたちの まわりとは まったく ちがう ルールが あったのです。
ルール その1 「どこに いるか、ぴたりとは 言えない」
とても 小さな つぶは、「ここに いる」と ひとつに 決められません。 「この あたりで 見つかりやすい」と いう ふうにしか 言えないのです。 そして、はかって みた ときに はじめて、見つかった ばしょが きまります。
さいしょの しつもんの 答えも、この ルールの なかまです。 つくえが 手を すりぬけないのは、中みが ぎっしり だからでは なくて、 小さな つぶには「おなじ ばしょに かさなっては だめ」という きまりが あるからです。
ルール その2 「かべを すりぬける ことが ある」
小さな つぶは、ときどき、こえられない はずの かべを ひょいと すりぬける ことが あります。まほうの ようですね。
じつは、これが なかったら 太陽は 光りません。 太陽の まん中では、小さな つぶ どうしが くっついて 光や 力が 生まれて います。 でも ふつうに 考えると、つぶ どうしは はねかえって しまって、くっつけない。 「すりぬける」ルールが あるから、太陽は 光って いられるのです。
きょうの お日さまの あたたかさは、この 小さな ルールの おかげ、という わけです。
くらい へやで、けい光とうや スマホの 画めんを、 うすい ぬのごしに 見ると、光が すこし 広がって 見えます。 光は つぶでも あり、なみでも あるからです。 「つぶ」と「なみ」の 両ほうの せいしつを もつ —— これも 小さな せかいの ふしぎな ルールの ひとつです。
ここで、話がぐっと小さい方へ向かいます。まず、へんな質問をひとつ。
「机は、どうして手をすり抜けないのでしょう?」
当たり前に思えますが、よく考えると不思議です。物はすべて原子でできています。 そして原子の中身は、ほとんどがすきまなのです。 原子の大きさを野球場だとすると、まん中の原子核はマウンドに置いた砂つぶくらい。 残りはすかすかです。それなのに、すかすかのもの同士がぶつかると、ちゃんと止まる。
この「なぜ?」に答えるには、小さな世界だけに通用する特別なルールが必要でした。 それが 量子力学 です。
きっかけは「物理はもう完成した」という空気だった
19世紀の終わりごろ、物理学はほぼ完成したと考える人が少なくありませんでした。 ニュートンの力学があり、電気と磁気の理論があり、あとは細かい数字を測るだけだ、と。
ところが、どうしても説明できない問題がいくつか残っていました。そのひとつが 「熱い物が出す光の色」です。鉄を熱すると赤くなり、もっと熱すると白っぽくなります。 この色の変わり方を当時の理論で計算すると、答えがめちゃくちゃになってしまうのです。
1900年、プランクという物理学者が、苦しまぎれにある仮定を置きました。 「エネルギーは、とびとびの大きさでしかやりとりできない」。 自分でも本気で信じたわけではなかったようですが、この仮定を置いた瞬間、 計算は実験にぴたりと合いました。これが量子力学の第一歩です。
① エネルギーはとびとび
階段を思いうかべてください。段と段の間に立つことはできませんね。 原子の中の電子も同じで、決まった「段」のエネルギーしか持てません。 この「とびとび」の一段分を 量子 といいます。 花火やネオンサインが元素ごとに決まった色を出すのは、このためです。
② 粒でもあり、波でもある
光は波のように広がるのに、当たるときは粒のようにぶつかります。 電子も同じで、波のようにふるまうことがあります。これを 波と粒の二重性 といいます。
この不思議さがいちばんよく出るのが、二重スリットの実験です。 ついたてに細いすきまを2本あけて、電子を1個ずつ、ゆっくり打ち込みます。 電子は1個ずつなので、当たった場所には点がひとつつくだけ。 ところが、何万個も打ち込んで点を重ねていくと、 スクリーンにはっきりとしま模様が浮かび上がってくるのです。 しま模様は、波が2つのすきまを同時に通って重なったときにできる形です。
つまり、電子は1個なのに、2つのすきまを同時に通ったとしか思えないふるまいをします。 もっと変なのはこの先です。「どっちのすきまを通ったのか」を装置で見張ると、 しま模様は消えてしまうのです。見ると、答えが変わる。
③ 場所は「確率」でしか言えない
電子が「今どこにいるか」は、はかる前はひとつに決まっていません(今の量子力学では、そう考えます)。 「ここにいる確率が60%、あそこが30%」というように、可能性が重なった状態で存在しています。 さらに、位置を正確に知ろうとすると速度がぼやけ、速度を正確に知ろうとすると位置がぼやけます。 これを 不確定性原理 といいます。
④ かべをすり抜ける
小さな粒は、本来なら乗りこえられないはずのかべを、ときどきすり抜けます。 トンネル効果といいます。
これがなければ、太陽は光りません。太陽の中心では、水素の原子核(陽子)どうしの反応が何段階も続いて、 最終的にヘリウムができ、そのときエネルギーが出ています。 ところが陽子はプラスの電気どうしなので、近づくほど強く反発しあいます。 ふつうに計算すると、太陽の中心の温度でも反発のかべを越えられないのです。 それでも太陽が光っているのは、陽子がそのかべをトンネル効果ですり抜けているからです。
今日の日なたのあたたかさは、量子力学のおかげ。そう言っても言いすぎではありません。
最初の質問の答え
さて、この章のはじめの質問です。すかすかの原子でできているのに、 なぜ机は手をすり抜けないのでしょう。
答えは「中身がぎっしり詰まっているから」ではありません。 原子のまわりにいる電子には、同じ状態に重なって入ることができないという きびしいルールがあります。手の電子と机の電子を近づけると、このルールと電気の反発が効いて、 それ以上入りこめなくなる。わたしたちが「かたい」と感じているのは、物の詰まり具合ではなく、 小さな世界のルールそのものだったのです。
量子力学は不思議な話に見えて、いちばん役に立っている物理学かもしれません。 半導体、LED、レーザー、MRI、太陽電池。どれも量子力学がなければ作れませんでした。 スマートフォンの中には、この「変なルール」がぎっしり詰まっています。
これで、大きい世界(相対性理論)と小さい世界(量子力学)の2つのルールが出そろいました。 どちらも実験で徹底的に確かめられています。ところが、この2つを組み合わせようとしたとき、 物理学はいまも解けていない壁にぶつかります。
原子の直径はおよそ 10-10 m、原子核はおよそ 10-15 m。 差はおよそ10万倍で、体積でいえば原子の中身はほぼ空っぽです。 それでも机は手をすり抜けない。理由は物質が詰まっているからではなく、電子が同じ状態に重なれないというルール(パウリの排他律)と、電気的な反発によります。 この「当たり前」を説明するにも、原子より小さい世界を扱う新しい力学が必要でした。それが 量子力学 です。
19世紀末に残された「小さな問題」
当時、物理学の体系はほぼ完成したと見る空気がありました。しかし、いくつか未解決の問題が残ります。 代表が黒体放射、つまり熱した物体が出す光の波長ごとの強さの分布でした。 当時の理論では、波長の短い側で強さが際限なく大きくなってしまい、実験と合いません。
1900年、プランクは実験データに合う式を作るために、 エネルギーが hν(h はプランク定数、ν は振動数)の整数倍という、とびとびの単位でしか やりとりされないと仮定しました。彼自身は数学の便法のつもりだったと言われますが、 これが量子論の出発点になります。
1905年にはアインシュタインが光量子仮説で光電効果を説明し(この業績でノーベル賞を受けています)、 1913年にボーアが原子模型を作り、1925〜1926年にハイゼンベルクとシュレーディンガーが それぞれ別の形式で理論を完成させました。
量子力学が言っていること
- 量子化:エネルギーや角運動量は、連続ではなくとびとびの値しか取れない。 原子が特定の波長の光だけを出す(線スペクトル)のはこのため。
- 波と粒の二重性:電子を1個ずつ二重スリットに撃ち込むと、粒として1点に当たるのに、 積み重ねると波の干渉じま(明暗のしま模様)が現れる。「どちらの穴を通ったか」を測定すると、 しま模様は消える。
- 確率解釈:波動関数 ψ が状態を表し、その絶対値の2乗 |ψ|2 が 「そこで見つかる確率」を与える。位置や運動量は、測るまで確定した値を持つとは考えない。
- 不確定性原理(ハイゼンベルク、1927年):位置の不確かさ Δx と運動量の不確かさ Δp は、 同時にいくらでも小さくはできない。
ここで ħ(エイチバー)はプランク定数を 2π で割った定数です。これは「測定機器が未熟だから」ではなく、 自然そのものの性質だと考えられています。
トンネル効果と、太陽が光る理由
粒子が波でもあるということは、本来なら越えられないエネルギーの壁の向こう側にも、 わずかながら存在確率がしみ出すことを意味します。これが トンネル効果 です。
太陽の中心では、水素の原子核(陽子)どうしの反応が何段階も続く「陽子-陽子連鎖」によって、 4個の陽子から最終的にヘリウム4ができ、そのときのエネルギーが光として出ています。ところが陽子は正の電荷を持つため、近づくほど強く反発します。 太陽の中心温度(約1500万K)でも、古典的な計算では反発の壁を越えられる陽子はほとんどありません。 それでも核融合が進むのは、トンネル効果によって壁をすり抜ける確率がゼロではないからです。 量子力学がなければ、太陽は今のようには光っていないことになります。
そして、真空は空っぽではない
量子力学では、何もない真空も「まったくの無」ではありません。場がわずかに揺れていて、 エネルギーがぴたりとゼロに静まることがない。これを真空のゆらぎといいます。 よく「粒子と反粒子の対がふっと生まれてすぐ消える」という絵で説明されますが、 これはイメージをつかむための言い方です。ただし、真空のゆらぎが現実に効いてくる現象 (カシミール効果など)は測定されています。この話は、後のホーキング放射でもう一度出てきます。
相対性理論(大きい世界の重力)と量子力学(小さい世界)は、どちらも実験でよく確かめられています。 ところが、重力を高いエネルギーまで素直に量子化しようとすると、計算に無限大が現れて 抑えられなくなります。低いエネルギーなら近似として扱えるのに、 どこまでも通用する形にまとめる道すじが、重力についてだけ見つかっていないのです。 この「未完成のつなぎ目」が、次の章の話につながります。
4. いちばん 小さい ものは「ひも」?
4. 超弦理論(超ひも理論) ── 失敗した理論が、よみがえった話
4. 超弦理論 ── 量子重力への有力な候補
ここで しつもんです。 「この 世界で いちばん 小さい ものは、なんでしょう?」
むかしの 人は「これいじょう 分けられない つぶが ある」と 考えました。 その つぶを 原子と なづけました。 ところが しらべて みると、原子の 中には もっと 小さい ものが 入って いて、 その 中には さらに 小さい ものが 入って いました。 ロシアの マトリョーシカ人形 みたいですね。
では、いちばん おくには 何が いるのでしょう。 「たぶん、とても 小さな ひもじゃないかな」と 考えた 人たちが います。
ギターの いとは、はじきかたで ちがう おとが 出ますね。 それと おなじで、ひもの ふるえかたが ちがうと、 ちがう しゅるいの つぶに 見える。そういう かんがえです。 この 考えを ちょうひも理論と いいます。
ただし、大じな ことを 言って おきます。 この 考えは、まだ ほんとうか どうか わかって いません。 いくら すてきな 考えでも、たしかめて いない ものは 「そうかも しれない」と しか 言えない。 そこを ごまかさないのが、りかの おもしろい ところです。
ここまでで、物理学には2本の大黒柱があることが分かりました。大きい世界の 一般相対性理論と、小さい世界の量子力学です。 困ったことに、この2本はうまくつながりません。
「ブラックホールの中心」や「宇宙が生まれた瞬間」のように、 とても小さいのに、とても重い場面では、両方が同時に必要になります。 でも2つを一緒に計算すると、答えが無限大になってしまうのです。
いちばん小さいものは何か、という長い旅
そもそも「いちばん小さいもの」の答えは、何度も書きかえられてきました。
- これ以上分けられない粒がある、と考えて「原子」と名づけた。
- ところが原子は分けられた。中には原子核と電子があった。
- 原子核も分けられた。陽子と中性子があった。
- 陽子も分けられた。中にはクォークがあった。
マトリョーシカ人形のように、開けるたびに中からもっと小さいものが出てきます。 では、いちばん奥には何がいるのでしょう。
「点」をやめて「ひも」にしてみる
計算が無限大になる原因のひとつは、粒を大きさゼロの点として扱っていることでした。 距離がゼロになると、力が無限大になってしまうからです。
そこで登場したのが 超弦理論(超ひも理論) です。 アイデアはこうです。いちばん基本の部品は「点」ではなく、とても短い「ひも」だ。
ひもは、ふるえ方(振動のしかた)をいろいろ変えられます。ある振動なら電子に見え、 別の振動ならクォークに見え、また別の振動なら重力を伝える粒子に見える。 つまり、いろいろな粒子は「同じひもの、ちがう音色」だ、という考え方です。
じつは、一度は失敗した理論だった
この理論の生まれ方が、なかなか面白いのです。
1968年、ヴェネツィアーノという研究者が、原子核の中ではたらく力を説明しようとして、 200年前の数学者オイラーが作った式が、その場面をうまく表せることに気づきました。 なぜうまくいくのかを調べていくと、「粒がひもだと考えると説明がつく」と分かってきます。
ところが、原子核の力については、もっとうまく説明できる別の理論(クォークの理論)が 出てきてしまい、ひもの理論はいったん役目を失いました。
復活したのは、その後です。「この理論には、じゃまな余計な振動がある」と思われていたものが、 じつは重力を伝える粒子の性質にぴったり一致すると分かったのです。 原子核の理論としては失敗した式が、重力と量子力学をつなぐ理論の候補として生き返りました。 1984年ごろから研究者が一気に増え、いまに続いています。
超弦理論は、まだ実験で確かめられていません。とても魅力的な考えですが、 「もう決まったこと」ではなく「有力な候補のひとつ」です。この記事に出てくる他の話 (ビッグバンや相対性理論)とは、確かさの度合いがちがいます。 確かめられるまで結論にしない ── この我慢強さこそが、科学のいちばん強いところです。
一般相対性理論と量子力学を、高いエネルギーまで素直に組み合わせると、 計算に無限大が現れて抑えられません(専門的には「くりこみ不可能」といいます)。 低いエネルギーでは近似的な理論として使えるのですが、その先が続かないのです。 原因のひとつは、素粒子を大きさゼロの点として扱うことにあると考えられました。 距離ゼロで相互作用が発散してしまうからです。
強い力の理論として生まれ、いったん捨てられた
ひもの理論の出発点は、量子重力ではありませんでした。 1968年、ヴェネツィアーノは、ハドロン(陽子や中間子のなかま)の散乱を表す式の候補として オイラーのベータ関数が使えることを見いだします。その後、この式は 「粒子を1次元的に広がったひもとみなすと自然に出てくる」と理解されました。
ところが1970年代に入り、強い相互作用は量子色力学(QCD)で見事に説明されるようになります。 ひも理論は本来の目的を失いました。しかし、この理論には 質量ゼロでスピン2の状態が必ず現れるという「困った特徴」がありました。 そしてこの性質は、重力を媒介する粒子(重力子)に期待される性質そのものだったのです。
1984年、グリーンとシュワルツが理論の整合性に関わる問題(アノマリーの相殺)を解決したことをきっかけに、 超弦理論は量子重力の有力候補として一気に注目を集めました。捨てられた理論が、 まったく別の役割で復活したことになります。
点をひもに置きかえる
超弦理論は、素粒子を長さのある1次元の「ひも」だとします。 長さは、およそ プランク長(約 1.6×10-35 m)程度と考えられています。 陽子の大きさが約 10-15 m ですから、桁が20も違う極小の世界です。 ひもの振動モードの違いが粒子の種類の違いに対応し、その中に 重力子にあたる振動が自然に含まれることが、この理論の大きな魅力です。
次元が足りない?
ただし、理論の整合性を保つには 時空が10次元(時間1+空間9)必要になります。 わたしたちが感じるのは4次元(時間1+空間3)なので、残りの6次元は とても小さく丸まって隠れていると考えます(コンパクト化)。ホースを遠くから見ると 1本の線に見えるけれど、近づくと筒をぐるりと回る「もう1つの方向」がある、というイメージです。
1990年代には、それまで別物とされていた5種類の超弦理論が、11次元の M理論という枠組みの別の見え方らしい、という理解も進みました。
いま置かれている立場
- 良い点:重力を量子論の中に自然に取りこめる。ブラックホールのエントロピー(第5章)を、特別な場合に微視的な状態数として計算できた例がある。
- 難しい点:予言される現象のエネルギーが高すぎて、今の加速器では直接検証できない。理論が許す「真空の姿」が膨大にあり、なぜこの宇宙なのかを絞りこめない。
そのため超弦理論は、実験で確立された理論ではなく、量子重力の有力な候補という位置づけです。 ループ量子重力理論など、別の道を探る研究も並行して進んでいます。 確かめられるまで結論を出さない、という姿勢そのものが科学の作法なので、 この記事でも、確かめられていることと仮説をはっきり分けて書いています。
5. 黒い あなは、じつは 光る
5. ブラックホール ── 「黒い穴は熱い」と言い張った大学院生
5. ブラックホール ── 面積・エントロピー・放射
ブラックホールは、とても おもくて、ぎゅっと つまった ものです。 そばに 近づくと、光さえ にげられません。だから「黒い あな」と よばれます。
にげられなく なる さかい目の ことを、 じしょうの ちへいめんと いいます。 その 中の ことは、外から 見る ことが できません。
戦争の 中で 生まれた 答え
ブラックホールの もとに なった 計算を したのは、 シュバルツシルトと いう 人です。 いまから 100年ほど 前、戦争に 行って いた その 人は、戦いの すぐ そばで 計算を して、 アインシュタインに 手紙で 送りました。 そして その 数か月あと、病気で なく なりました。
「黒い あなは、あついよ」
ずっと あとの こと。ベッケンシュタインと いう わかい 大学生が、こんな ことを 言い出しました。 「あつい コーヒーを ブラックホールに 落としたら、 その ねつは どこへ 行くの? 消えて しまうのは おかしいよ」。
まわりの えらい 人たちは「そんな ことは ない」と 言いました。 その 一人が ホーキングです。 ホーキングは「まちがいを 見つけて やろう」と 思って、じぶんで 計算を しました。
ところが、出て きた 答えは こうでした。 「ブラックホールは、ほんの すこし 光を 出して いる」。 自分の 考えの ほうが まちがって いた、と 分かったのです。 そして ホーキングは、それを かくさず みんなに 話しました。
光を 出す ぶん、ブラックホールは すこしずつ 小さく なって、 いつかは 消えます。でも、その はやさは ものすごく ゆっくりです。 消えるまでには、うちゅうの いままでの 時間より、ずっと ずっと 長い 時間が かかります。
ブラックホールとは、重力があまりにも強くて、光さえも外へ出られなくなった 場所(時間と空間の領域)のことです。代表的なのは、太陽よりずっと重い星が一生を終えるとき、 自分の重さで一気につぶれてできるもの。銀河の中心にある、太陽の何百万倍も重い ブラックホールのように、でき方がまだよく分かっていないものもあります。
外へ出られなくなる境目を 事象の地平面(じしょうのちへいめん) といいます。 ここから内側の様子を、外にいるわたしたちが直接見ることはできません。
戦場から届いた答え
アインシュタインが一般相対性理論を発表したのは1915年。その翌年には、もう 「重い天体のまわりの時空」を表す答えが見つかっています。 解いたのは カール・シュヴァルツシルト。 当時、第一次世界大戦の東部戦線に従軍していた彼は、任務のあいまに計算を進め、 結果をアインシュタインに手紙で送りました。アインシュタインは驚き、その論文を学会に紹介します。
シュヴァルツシルトは、その数か月後に病気で亡くなりました。 自分の解いた答えが、のちに「ブラックホール」と呼ばれる天体を指していたことを、 彼は知らないままでした。
この解によると、ある半径より内側からは光さえ脱出できません。その半径は質量で決まり、 太陽と同じ質量なら約3km、地球と同じ質量ならわずか約9mmです。
「ブラックホールは何でも吸いこむ掃除機のようなもの」と思われがちですが、そうではありません。 もし太陽が突然、同じ重さのブラックホールに変わったとしても、 地球の軌道は変わらず、いままでどおり回り続けます(真っ暗になって凍えてしまいますが)。 重力の強さは重さで決まるので、重さが同じなら引っぱる力も同じなのです。
ベッケンシュタインの気づき:「ブラックホールには熱がある?」
1970年代のはじめ、当時大学院生だった ヤコブ・ベッケンシュタイン が、 ある矛盾を指摘しました。この話は、よく次のような思考実験の形で紹介されます。 「熱いコーヒーをブラックホールに落としたら、その熱(乱雑さ)はどこへ行ったことになるんだろう?」
消えてしまったのなら、「乱雑さは減らない」という物理の大事なルールが破れてしまいます。 そこで彼は、ブラックホール自身が乱雑さ(エントロピー)を持っていて、 その大きさは事象の地平面の面積に比例すると考えました。何かを飲みこむと地平面が広がるので、 帳尻が合うのです。
この主張は、当時ほとんど支持されませんでした。エントロピーがあるなら温度もあるはずで、 温度があるなら熱を放射するはず。でもブラックホールは何も出さない、と考えられていたからです。
ホーキングの計算:「まちがっていたのは自分だった」
この考えに強く反対した一人が スティーヴン・ホーキング でした。 彼は誤りを示すつもりで、曲がった時空の上で量子力学を使い、自分で計算を始めます。
ところが1974年、出てきた答えは正反対でした。 遠くから見ると、ブラックホールはわずかに光や粒を出しているように見える。 しかも、その量はベッケンシュタインの予想とうまくつじつまが合っていたのです。 これを ホーキング放射 といいます。
ホーキングは、自分の計算が自分の主張をくつがえしたことを、そのまま論文にして発表しました。 反対していた相手のアイデアを、自分の手で正しいと証明したわけです。
出しつづける分、ブラックホールは少しずつ軽くなり、いつかは消える(蒸発する)ことになります。 ただし、その速さはおそろしくゆっくりです。太陽くらいの重さのブラックホールが消えるには、 宇宙の年齢(138億年)とは比べものにならないほど長い時間がかかります。
ここから難しい問題が出てきます。ブラックホールが完全に蒸発したら、 飲みこまれたものの「情報」はどうなるの? 量子力学では情報は消えないはずなのに。 これは ブラックホール情報パラドックス と呼ばれ、今も研究が続いています。 ホーキングはこの問題で、ほかの研究者と賭けまでしました(結果は中学生むけの文章に書いてあります)。
一般相対性理論の方程式が発表された翌1916年、カール・シュヴァルツシルトが 「球対称で回転していない天体のまわりの時空」の厳密解を求めました。 彼は当時、第一次世界大戦の東部戦線に従軍しており、戦場から計算結果をアインシュタインに送っています。 その数か月後、彼は病により世を去りました。自分の解が何を意味するのか、 最後まで知らなかったことになります。
この解には、ある半径より内側では光さえ脱出できなくなる境界が現れます。これが 事象の地平面で、その半径(シュヴァルツシルト半径)は質量に比例します。 太陽と同じ質量なら約3km、地球と同じ質量なら約9mmです。 後にこの天体は ブラックホールと呼ばれるようになります (この呼び名は1960年代後半、ジョン・ホイーラーが使って広まりました)。
ベッケンシュタイン:面積はエントロピーである(1972〜1973年)
ブラックホールに物を落とすと、外の世界からその物のエントロピー(乱雑さ・情報の量)が 消えたように見えます。すると熱力学第二法則(エントロピーは減らない)が破れてしまう。 大学院生だったヤコブ・ベッケンシュタインはこの矛盾を、 ブラックホール自身がエントロピーを持つと 考えることで解こうとしました[2]。手がかりは、ホーキング自身が証明していた 「事象の地平面の面積は決して減らない」という定理でした。減らない量どうしを結びつけたのです。
この提案は当初、強い反発を受けます。エントロピーを持つなら温度を持ち、温度を持つなら 熱放射をするはずですが、古典的にはブラックホールから何も出てこないからです。
ホーキング:反証するつもりが、逆の結論に着いた(1974年)
批判者の筆頭が スティーヴン・ホーキング でした。 彼はベッケンシュタインの誤りを示すため、曲がった時空の上で場の量子論を使って 計算をやり直します。ところが出てきたのは、 事象の地平面のすぐ外側から熱的な放射が出てくるという結論でした[3]。 これが ホーキング放射 です。ホーキングは自らの手で、批判していた説を裏づけたことになります。
直感的な説明としてよく使われるのが、第3章で出てきた真空のゆらぎです。 地平面のすぐ外で粒子・反粒子の対が生まれたとき、片方が中へ落ち、片方が外へ逃げると、 遠くから見れば「ブラックホールが粒子を放出し、その分だけ質量を失った」ように見えます。 (ただしこれは例え話で、正確な導出はもっと込み入っています。)
こうして、ブラックホールのエントロピーは次の形にまとまりました (ベッケンシュタイン=ホーキングのエントロピー)。
S = kB c3 A / (4 G ħ)A は事象の地平面の面積、kB はボルツマン定数、c は光速、G は万有引力定数、ħ は換算プランク定数です。 この1本の式に、熱力学・相対性理論・量子力学の定数がすべて顔を出していることに注目してください。 これが「重力と量子論をつなぐ理論があるはずだ」と考える、重要な手がかりのひとつになっています。
温度と寿命
ホーキング温度は質量に反比例します。つまり、大きなブラックホールほど冷たく、暗い。 太陽と同じ質量のブラックホールの温度は約 6×10-8 K(1億分の1ケルビン程度)で、 今の宇宙マイクロ波背景放射(約2.7K)よりずっと冷たいため、放射で失う分より 周囲から吸収する分のほうが多く、実際にはまだ蒸発しません。 蒸発しきるまでの時間は 1067 年ほどと見積もられます。宇宙の年齢が1010年ほどであることを 考えると、けた違いの長さです。
情報パラドックスと、有名な賭け
ホーキング放射は、もとの物質が何だったかによらない性質(ほぼ熱的な放射)を持つように見えます。 すると、この見方のまま素朴に考えるかぎり、ブラックホールが蒸発しきったとき、 飲みこまれた物の情報は失われてしまうように見えます。 しかし量子力学では、情報は失われない(ユニタリー性)はずです。この矛盾が ブラックホール情報パラドックスです。
1997年、ホーキングとキップ・ソーンは「情報は失われる」、ジョン・プレスキルは「失われない」という立場で、 公開の賭けをしました。2004年、ホーキングはダブリンでの学会で自分の負けを認め、プレスキルに 野球の百科事典を贈っています。「情報を好きなときに取り出せる本」という意味の贈り物でした。 ただしソーンは、少なくともこの時点では負けを認めていません[7]。
解決の方向として、ホログラフィー原理(3次元空間の情報が、その境界の2次元面に書ききれるという考え)や、 AdS/CFT対応(重力の理論と、境界に住む重力なしの理論が等価だとする対応)などが提案され、 近年は「島の公式」と呼ばれる計算によって、放射のエントロピーが途中から減り始める (=情報が戻ってくる)ふるまいを再現できるという進展もありました。ただし、 現実のブラックホールについて決着がついたわけではありません。今も研究の最前線です。
6. うちゅうの 95%は なぞ
6. 宇宙物理学の今 ── 95%は、まだ名前しかない
6. ΛCDMモデルと、5つの未解決問題
さいごに、いま けんきゅうを して いる 人たちが、 いちばん こまって いる ことを 話します。
それは、うちゅうの ほとんどが、なんなのか わからない という ことです。
うちゅう ぜんたいを 100こに 分けると、 星や 地球や わたしたちの からだ、つまり 目に 見える ものは 5こくらい しか ありません。 のこりの 95こは、まだ なぞの ままです。
「なぞなら、どうして ある って わかるの?」 いい しつもんです。目には 見えないけれど、 その まわりの 星の うごき方が おかしいので、 「何か 見えない ものが ある はずだ」と わかるのです。
しらべる ことは、まだ たくさん のこって います。
最後に、いま研究している人たちがいちばん頭をかかえていることを紹介します。 それは、宇宙の中身のうち、わたしたちが知っている物質は5%ほどしかないという事実です。
「見えないのに、ある」ことはどうして分かるのか
1933年、ツビッキーという天文学者が、たくさんの銀河が集まった「銀河団」を調べていて、 おかしなことに気づきました。銀河の動きが速すぎるのです。 見えている星やガスの重さだけでは、こんなに速く動く銀河をつなぎとめておけない。 バラバラに飛び散ってしまうはずです。
決定的だったのは1970年代でした。ヴェラ・ルービンという天文学者が、 渦巻き銀河の回転の速さをていねいに測ります。ふつうに考えれば、 中心から遠い星ほどゆっくり回るはずです(太陽系でも、遠い惑星ほどゆっくり回ります)。 ところが実際は、外側の星も内側と同じくらいの速さで回っていたのです。
答えはひとつ。銀河は、目に見える部分よりずっと大きく重い、 見えない何かにすっぽり包まれている。それを 暗黒物質(ダークマター) と呼びます。 光を出さず、光を通してしまうので望遠鏡には写りませんが、重力ははたらいています。
この章の後に出てくる「ベラ・C・ルービン天文台」は、彼女の名前をとった望遠鏡です。
さらに、宇宙は加速していた
1998年には、もっとおどろく発見がありました。遠くの超新星(星の大爆発)の明るさを調べたところ、 宇宙の膨張が、だんだん速くなっていると分かったのです。 ふつうに考えれば、重力でブレーキがかかって、膨張はゆっくりになるはずでした。 アクセルを踏んでいる何かがある。それを 暗黒エネルギー(ダークエネルギー) と呼びます。
| 中身 | 割合のめやす | わかっていること |
|---|---|---|
| ふつうの物質(星・ガス・わたしたち) | 約5% | 正体はわかっている |
| 暗黒物質(ダークマター) | 約27% | 重力ははたらくが、光を出さない。正体は不明 |
| 暗黒エネルギー(ダークエネルギー) | 約68% | 宇宙の膨張を加速させている。正体は不明 |
わたしたちは、宇宙という本の5%しか読めていないことになります。 残り95%には、いまのところ名前だけがついている状態です。
宇宙を「見る」方法が増えた
この100年、宇宙を調べる道具は望遠鏡だけでした。いまは目が増えています。
- 重力波:ブラックホールどうしがぶつかると、時空そのものがゆれて波が広がります。 2015年、そのゆれが初めてとらえられました。4kmの装置の長さが、陽子1個の直径の数百分の1ほど伸び縮みしただけ。 それを読みとれる装置が作られていた、ということです。
- ニュートリノ:物をすりぬけてしまう粒子をつかまえて、星の中を「透視」します。
- ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡:赤外線で、とても遠く(=とても昔)の銀河を見ます。
いくつもの方法で同じ天体を同時に観測することを マルチメッセンジャー天文学 といいます。
2017年、2つの中性子星がぶつかる現場が、重力波と光の両方でとらえられました。 そのとき飛び散った物質の中に、金やプラチナのような重い元素ができていた証拠が見つかっています。 身のまわりにある金の一部は、はるか昔、星と星の衝突で生まれたものかもしれない ── そう考えられるようになったのは、この観測からです。
現在の標準的な宇宙モデルは ΛCDMモデル(ラムダ・シーディーエム)と呼ばれます。 Λ(ラムダ)は宇宙定数で、暗黒エネルギーを宇宙定数の形で表したもの。CDM は冷たい暗黒物質のことです。
暗黒物質はどう見つかったか
最初の手がかりは1933年、ツビッキーによるかみのけ座銀河団の観測でした。 銀河団に属する銀河の速度分散から求めた質量が、見えている光の量から見積もった質量より はるかに大きかったのです。彼はこの見えない成分をドイツ語で「dunkle Materie(暗黒物質)」と呼びました。当時はあまり注目されません。
広く受け入れられる大きなきっかけになったのは1970年代、ヴェラ・ルービンとケント・フォードらによる 渦巻銀河の回転曲線の測定です(電波による中性水素の観測など、先行する研究もありました)。ケプラーの法則が素直に効くなら、 可視光で見える円盤の外側では回転速度が距離とともに落ちるはずでした。 ところが観測された回転速度は、外側まで行ってもほとんど落ちない(フラットな回転曲線)。 これは、銀河が光を出さない質量(ダークマターハロー)に包まれていることを強く示唆します。
現在では、重力レンズ効果、銀河団のX線ガスの分布、CMBのゆらぎの解析、 宇宙の大規模構造の形成シミュレーションなど、独立した複数の証拠が同じ結論を支持しています。 それでも、暗黒物質の正体となる粒子は、地下実験でも加速器でもまだ捕まっていません。
加速膨張の発見
1998年、2つの独立した研究チームが、遠方の Ia 型超新星の見かけの明るさから 宇宙の膨張が加速していることを示しました(この業績は2011年のノーベル物理学賞になっています)。 その原因を表す成分として、アインシュタインが1917年に一度持ち出した宇宙定数 Λ が、 あらためて標準モデルに組み込まれました。
プランク衛星の観測をもとにすると、宇宙のエネルギーの内訳はおおよそ次のようになります[1]。
- ふつうの物質(バリオン):約 5%
- 暗黒物質:約 27%。重力的な効果は銀河の回転や重力レンズで確かに見えているのに、正体となる粒子は未発見。
- 暗黒エネルギー:約 68%。加速膨張を説明する成分だが、その正体は不明。
つまり、いまの標準モデルでは、宇宙のおよそ95%が「正体の分からない成分」として 扱われています。重力のはたらきとしては確かに見えているのに、それが何なのかは答えられていない。 これが2020年代の状況です。
新しい「目」が次々に増えた
ここに挙げるのは代表例です。それぞれの詳細は、末尾の情報源から各機関の発表をたどってください。
- 重力波天文学:2015年の初検出(GW150914、約13億光年かなたの連星ブラックホール合体)以降、 多数のイベントが観測されています。GW150914 のときに 4km の腕の長さに生じた差は最大でも 10-18 m 台、陽子の直径(約10-15 m)の数百分の1でした。 LIGO はさらに小さい 10-19 m 級の変化を読みとることをめざす装置です。
- マルチメッセンジャー観測:2017年の中性子星合体(GW170817)では、重力波と電磁波 (ガンマ線から可視光まで)が同時に観測されました。付随して観測されたキロノヴァの光は、 金やプラチナなど中性子を多く含む重元素がここで作られたことを支持しています。
- ブラックホールの直接撮像:2019年のM87*、2022年のいて座A*。
- ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST):2021年12月打ち上げ、2022年から本格運用。 予想より明るく大きな初期銀河が見つかり、銀河形成理論の見直しが議論されています。
- パルサータイミングアレイ:2023年、複数の国際チームが、超大質量ブラックホール連星などが 起源と考えられる低周波の重力波背景の兆候を報告しました。
いま、はっきりしていない大きな謎
- 暗黒物質の正体:地下実験や加速器で探索が続いていますが、まだ捕まっていません。
- 暗黒エネルギーの正体:本当に一定の宇宙定数なのか、時間とともに変化するのか。近年の大規模銀河サーベイの結果をめぐって議論が続いています。
- ハッブル張力(Hubble tension):宇宙の膨張率を、初期宇宙(CMB)から求めた値と、近くの天体の距離から求めた値が、誤差を超えて食い違っています。観測の系統誤差なのか、新しい物理なのか、決着していません。
- 量子重力:ブラックホールの中心やビッグバンの瞬間を記述する理論は、まだ完成していません。
- 物質と反物質の非対称:なぜ宇宙は物質ばかりでできているのか。
7. これから 分かりそうな こと
7. これから ── これからの10年で分かりそうなこと
7. 2026年時点の観測計画と、その先
あたらしい ぼうえんきょうが、つぎつぎに 動き はじめて います。 もっと とおくまで、もっと はっきり、うちゅうを 見られるように なります。
いま わからない ことも、あなたが おとなに なる ころには わかって いるかも しれません。
この数年で、大きな望遠鏡がつぎつぎに動きはじめました。 これから始まる計画もあります(予定は変わることがあります)。
- ベラ・C・ルービン天文台(チリ):とても広い範囲の空を、毎晩くりかえし撮影します。2026年6月30日から、10年かけて空を見つづける観測が始まりました。超新星や小さな天体が大量に見つかる見こみです。
- ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡:2026年8月30日に打ち上げられました。広い範囲を赤外線で見て、暗黒エネルギーや、太陽以外の星をまわる惑星をさがします。
- 次世代の重力波望遠鏡:地上ではアインシュタイン望遠鏡やコズミック・エクスプローラー、宇宙では LISA という計画が進んでいます。今よりずっと小さな時空のゆれをとらえられます。
- 大きな電波望遠鏡(SKA):宇宙で最初の星が生まれたころの様子を、電波でさぐります。
そして、いちばん大事な道具は、望遠鏡ではないかもしれません。 ベッケンシュタインの発見は「熱いコーヒーを落としたらどうなる?」という素朴な問いから始まりました。 アインシュタインは「光を追いかけたらどう見える?」から出発しました。 ペンジアスとウィルソンは、消えない雑音をあきらめずに追いかけました。 どれも、特別な機械ではなく、「なんで?」を放っておかなかったことが入り口です。
観測の側は、この数年で大きく動きました。下の表は2026年9月時点の状況です。 計画の日程は変わることがあるので、最新の情報は各機関の公式サイトで確認してください。
| 計画 | ねらい | 状況(2026年9月時点) |
|---|---|---|
| ベラ・C・ルービン天文台(LSST) | 広域を繰り返し撮影し、暗黒物質・暗黒エネルギーを統計的に調べる | 2026年6月30日に10年間の本観測を開始[8] |
| ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡 | 広視野の赤外線観測で、暗黒エネルギーと系外惑星に迫る | 2026年8月30日に打ち上げ。観測に向けた調整中[9] |
| LISA(宇宙重力波望遠鏡) | 地上では測れない低周波の重力波、超大質量ブラックホールの合体をとらえる | 2030年代の打ち上げをめざして開発中 |
| アインシュタイン望遠鏡/コズミック・エクスプローラー | 次世代の地上重力波望遠鏡。より遠く、より小さな信号へ | 設計・計画の段階 |
| SKA(スクエア・キロメートル・アレイ) | 巨大電波干渉計。宇宙の「暗黒時代」から最初の星の時代を探る | 建設が進行中。段階的に観測を開始 |
| LiteBIRD | CMBの偏光を精密に測り、宇宙誕生直後の急膨張(インフレーション)の痕跡を探す | 2030年代の打ち上げをめざして開発中 |
理論の側では、量子重力と情報パラドックスの研究、暗黒物質候補の絞りこみ、 暗黒エネルギーが時間変化するかどうかの検証などが焦点になりそうです。
- 宇宙には約138億年前という始まりがあり、今も膨張している(観測でよく確かめられている)。
- 誕生から約38万年後に宇宙は透明になり、そのときの光がCMBとして今も届いている。
- 大きな世界は相対性理論、小さな世界は量子力学。どちらも精密に検証済み。
- この2つをつなぐ理論はまだ完成していない。超弦理論は有力な候補だが、未検証。
- ブラックホールは面積に比例するエントロピーを持ち、わずかに放射する(理論)。実在は観測で確認済み、ホーキング放射自体は未観測。
- 宇宙の95%は正体が分かっていない。その95%を調べる研究が、いまも続いている。
じぶんでも やって みる
8. 自分でも調べてみたくなったら
8. 自分でも調べてみたくなったら
ここまで 読んで「もっと 知りたい」と 思ったら、 つぎの 一歩は とても 近い ところに あります。高い どうぐは いりません。
今夜 できる こと
- 月を 見る。できれば 双眼鏡で。 月の ぼこぼこ(クレーター)が 見えます。 まん丸の 日より、半分の 日の ほうが かげが 出て よく 見えます。
- 木星を 見る。双眼鏡を しっかり ささえて 見ると、 すぐ そばに 小さな 点が いくつか ならんで います。 木星を まわって いる 月です。 400年前に ガリレオが 見つけた ものと、おなじ ものを 見て いる ことに なります。
- おなじ 星を 何日か 見る。ノートに かんたんな 絵を かいて おくと、 動く 星と 動かない 星が ある ことに 気づきます。
おでかけ して できる こと
- プラネタリウムに 行く。雨の 日でも 星を 見られます。
- だれでも 入れる 天もん台を さがす。大きな ぼうえんきょうを のぞかせて もらえます。
- としょかんで うちゅうの 本を 3さつ かりる。同じ 話でも 書き方が ちがうので、くらべると おもしろい。
わからなかった ことばを、1つだけ ノートに 書いて おいて ください。 「じしょうの ちへいめんって 何?」で いいのです。 あとで 調べる ときの、入口に なります。
ここまで読んで「もっと知りたい」と思ったら、次の一歩はとても近いところにあります。 高い道具はいりません。
今夜できること
- 月を見る。できれば双眼鏡で。クレーターのでこぼこがはっきり見えます。 満月より、半月のころのほうが影が出て立体的に見えます。
- 木星を見る。双眼鏡を柱などに固定して見ると、すぐそばに小さな点が数個並んでいます。 木星をまわる衛星です。400年前にガリレオが見つけたものと、同じものを見ていることになります。
- 同じ星を何日か続けて見る。ノートに簡単なスケッチを残しておくと、 動くもの(惑星)と動かないもの(恒星)のちがいが見えてきます。 天文学は、まずこの「記録する」から始まりました。
出かけてできること
- プラネタリウムへ行く。雨の日でも星が見られて、季節の星座を教えてもらえます。
- 公開天文台をさがす。無料や数百円で、大きな望遠鏡をのぞかせてもらえる施設が各地にあります。
- 図書館で宇宙の本を3冊借りる。同じ話でも本によって説明の仕方がちがうので、くらべると理解が深まります。
くわしい人が書いたページ
下は、研究している機関そのものが出している情報です。この記事より、ずっとくわしくて正確です。
- 国立天文台(日本語。天文の基本から最新の発表まで)
- JAXA 宇宙科学研究所(日本語。日本の宇宙ミッション)
- NASA Science: Universe(英語。写真が多い)
気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口になります。 「事象の地平面って何?」だけでも十分です。 この記事に出てきた発見も、たいていは誰かの小さな引っかかりから始まっています。
ここまで読んで興味がわいたなら、次の一歩はとても近いところにあります。 最初に必要なのは高価な機材ではなく、記録する習慣です。
観察から始める
- 月・木星・土星:双眼鏡を固定するだけでも、月のクレーター、木星のガリレオ衛星が見えます。 ガリレオが1610年に見たものと同じ光景です。
- 継続して記録する:同じ対象を日をあけて観察し、スケッチや写真に日時を添えて残します。 「変化を記録する」ことは、そのまま天文学の基本の手続きです。 ルービンが銀河の回転を測ったのも、EHTが影を撮ったのも、根っこは同じ作業です。
一次情報にあたる練習をする
ニュースで「〇〇が発見された」と聞いたら、その発表元をたどってみてください。 研究機関のプレスリリースには、たいてい元の論文へのリンクが載っています。 英語でも、要旨(abstract)と図だけ眺めるだけで得るものがあります。
- プレスリリース:国立天文台、JAXA 宇宙科学研究所、NASA Science、ESA/Webb
- 受賞の背景を読む:The Nobel Prize(受賞者本人の講演記録が公開されています)
この記事の末尾に並べた出典も、そのまま練習台に使えます。 DOI のリンクをたどれば、実際の論文の入り口にたどりつきます。
気になった言葉を書きだして、あとで調べる。やることはそれだけです。 ベッケンシュタインの出発点は「コーヒーの熱はどこへ行った?」でした。 アインシュタインは「光を追いかけたら?」を10年抱えていました。 ペンジアスとウィルソンは、消えない雑音を装置のせいにしませんでした。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。用語の定義など、短く引用した部分は、どこから引いたかを示しています。 もっと正確に知りたいときは、必ず下の一次情報にあたってください。 リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
英語の出典について:Planck・Physical Review Letters・Nature・Science などは英語の学術論文、American Physical Society は米国物理学会の記事、NASA は米国航空宇宙局、ESA は欧州宇宙機関、The Nobel Prize はノーベル賞の公式サイトです。
- Planck Collaboration, “Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters”, Astronomy & Astrophysics 641, A6 (2020). doi:10.1051/0004-6361/201833910 (宇宙の年齢や、暗黒物質・暗黒エネルギーの割合はここから)
- J. D. Bekenstein, “Black Holes and Entropy”, Physical Review D 7, 2333 (1973). doi:10.1103/PhysRevD.7.2333 (ブラックホールのエントロピーが地平面の面積に比例するという提案)
- S. W. Hawking, “Black hole explosions?”, Nature 248, 30 (1974). doi:10.1038/248030a0 (ホーキング放射の提案)
- B. P. Abbott et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration), “Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger”, Physical Review Letters 116, 061102 (2016). doi:10.1103/PhysRevLett.116.061102 (重力波の初検出)
- Event Horizon Telescope Collaboration, “First M87 Event Horizon Telescope Results. I.”, The Astrophysical Journal Letters 875, L1 (2019). doi:10.3847/2041-8213/ab0ec7 (ブラックホールの「影」の初撮像)
- C. W. Chou, D. B. Hume, T. Rosenband, D. J. Wineland, “Optical Clocks and Relativity”, Science 329, 1630 (2010). doi:10.1126/science.1192720 (33cmの高さの差で重力による時間の遅れを測った実験)
- American Physical Society, “July 21, 2004: Hawking Concedes Bet on Black Hole Information Loss”. https://www.aps.org/apsnews/2013/07/hawking-bet-black-hole (情報パラドックスをめぐる賭けと、その決着)
- NSF-DOE ベラ・C・ルービン天文台 https://rubinobservatory.org/ (LSSTの観測開始時期)
- NASA ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡 https://science.nasa.gov/mission/roman-space-telescope/ (打ち上げ時期とミッションの目的)
- 国立天文台(NAOJ) https://www.nao.ac.jp/ / JAXA 宇宙科学研究所 https://www.isas.jaxa.jp/ (日本語での基礎的な解説・用語の確認)
- NASA Science “Universe” https://science.nasa.gov/universe/ / ESA/Webb https://esawebb.org/ (望遠鏡・観測計画の状況)
- The Nobel Prize https://www.nobelprize.org/ (受賞年と業績、受賞者本人の講演記録の確認)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
- 英語の出典が何のサイト・機関か分かる日本語説明を追加。
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