1. はじめは まわって いない
1. 1894年、落ちる猫を12コマで撮る
1. 1894年:マレーの連続写真が示した矛盾
1894年、フランスの マレーさんは、おちていく ねこの ようすを、つづけて 何まいも 写真に とりました。1びょうに 12まいです[1]。
ここで、みんなが おどろきました。手を はなした ときの ねこは、まだ ぜんぜん まわって いなかったのです。おちて いる さいちゅうに、はじめて 向きが かわっていきました。
「人の 手を けって まわるのでは?」と うたがう 人も いました。でも この 写真では、おち はじめは まわって いなくて、けって まわる 話とは あいませんでした[2]。
1894年、フランスの生理学者マレーは、落下する猫を1秒に12コマの連続写真で撮影しました[1]。写っていたのは、手を離した瞬間の猫がまったく回転していないこと、そして落ちている最中に向きを変えていくことでした。
当時は、猫を落とす人の手を蹴って回るのではないか、という疑いがありました。マレーは写真をフランス科学アカデミーの報告に発表し、同じ年に Nature でも紹介されたそうです。この写真では、落ち始めの猫は回っておらず、手を蹴って回るという説明とは合いませんでした[2]。
ここで問いが生まれます。回転していない物体が、空中で、自分の体の形を変えるだけで向きを変えられるのか。
Étienne-Jules Marey(マレー)は1894年、落下する猫を毎秒12コマの連続写真(クロノフォトグラフィ)で撮影した[1]。写真から読み取れたのは、落ち始めの猫には回転運動がなく、自由落下のあいだに向きを変えているという事実だった[1]。
当時は、猫を落とす人の手を蹴って回転を得るのではないか、という疑いがあり、マレーは写真を Comptes Rendus(1894年)に発表し、同年の Nature でも紹介された。この写真では落下開始時に回転がなく、手を支点にした説明とは合わなかった[2]。ただし写真が示したのはそこまでで、回転を得る仕組みそのものの解明は、後の力学的な議論を待つことになる(原論文は直接確認していない)。
2. まえあしを ちぢめて、うしろあしを のばす
2. 前を縮め、後ろを伸ばして、順番にひねる
2. 角運動量保存と慣性モーメント:体の形を変えて回る
おちている とちゅうは、ねこの からだを ひっぱる ちからの はたらきかたが ほとんど かわりません。その 空中で、からだの かたちを かえれば、向きを かえられるのです。
あとの 時代の ちからの せつめいでは、まず まえあしを ちぢめて、うしろあしを のばします。すると まえの ほうが くるっと まわりやすく なります。つぎに、やくわりを ぎゃくに します[3]。
スケートの 人が うでを ちぢめると はやく まわれるのと、にた ところが あります。ねこは からだの まえと うしろで、それを じゅんばんに やっている、と 考えられています。ただし ほんとうの ねこは、いすの 人よりも、ずっと なめらかに やっています。
重心のまわりに回す力がほとんどかからない空中では、回転の勢い(角運動量)の合計は変わりません。ですが、体の形を変えることはできます。後の力学的な説明の要点は、前脚を体に引きつけて縮め、後脚を体から離して伸ばす、という使い分けです[3]。
縮めた側は回りにくさ(慣性モーメント)が小さいので大きく回り、伸ばした側は回りにくさが大きいので、あまり回りません。次に、縮める側と伸ばす側を入れ替えると、今度は反対側が大きく回ります。これを繰り返すと、全体の回転の勢いは増やさないまま、向きだけが変わります。
フィギュアスケートの選手が腕を縮めると速く回れるのも、同じ性質です。猫は体の前後で、これを順番にやっている、という説明です。
重心まわりの外力トルクがほぼない空中では、系全体の角運動量は保存される。にもかかわらず向きが変わるのは、体の形を変えて、部位ごとの慣性モーメント(回りにくさ)に差を作るからである。後の力学的な説明の要点は、前肢を縮めて慣性モーメントを小さくし、体軸にほぼ垂直に伸ばした後肢の大きな慣性モーメントに対して前半身を回し、次に前後の役割を逆転させる、というものだ[3]。
この説明は、二段階で向きが変わるという定性的な筋道を与える。数式による記述は、次章の1969年のモデルまで待つことになる。
3. すうしきで あらわすのに、100ねん
3. 1969年、二つの円柱でモデルにする
3. 1969年:KaneとScherの二円柱モデル
マレーさんの 写真から およそ 75ねん たった 1969ねんに、ケインさんと シャーさんが、ねこの おちかたを すうしきで せつめいした ろんぶんを 出しました[4]。
ねこの からだを、まえの おおきな つつと、うしろの おおきな つつの ふたつに して 考えます。ふたつの つつが おたがいに 向きを かえられる、という かんたんな もので した。
ここで きまった ことは、「ねこの おちかたを すうしきで あらわせた」という ことです。「これで ぜんぶ わかった」と いう ことでは ありません。
数式による説明が出たのは、写真から約75年後の1969年でした。Kane と Scher が、落下する猫の体を前半身と後半身の二つの円柱に見立て、二つが互いの向きを変えられるという単純なモデルで、回転の仕組みを数学的に説明しました[4]。前半身と後半身で回りにくさに差があることが鍵になります。
ここで言えるのは「数式で説明された」という範囲です。それ以前の説明が間違いだった、という意味ではありませんし、このモデルだけで猫の体の複雑な動きが全部わかった、という意味でもありません。
物理学者のマクスウェルは、1870年の手紙に、猫を約2インチ(約5cm)の高さからテーブルや寝床に落としても足で着地する、と書いたそうです[2]。猫の落ち方は、この頃から科学者たちの気がかりでした。
Kane と Scher は1969年、落下する猫の体を、互いの向きを変えられる前半身と後半身の二つの円柱として扱う単純なモデルで、この現象を数学的に記述した(Int. J. Solids Struct. 5巻663–670ページ)[4]。前後の胴体の慣性モーメントの差が回転の鍵になる。
「1969年に初めて説明された」とまでは言えない。マレーの説明が先にあり、Kane と Scher の貢献は、それを力学モデルとして数式で書いたところにある、とするのが妥当だ。また、この二円柱モデルは実際の猫の脊柱の柔軟さを簡略化したもので、生きた猫の運動を完全に再現するとは限らない。
猫の落下への関心はさらに古く、マクスウェルは1870年の手紙で、猫を約2インチ(約5cm)の高さから落としても足で着地する、と書いたとされる[2]。
4. せなかの ほねが ねじれる
4. 2026年、背骨のねじれ方を測る
4. 2026年:胸椎の柔軟性と、前半身が先に反転する観察
山口大学の けんきゅうで、ねこの せぼねが ねじれる ようすが しらべられました。しらべたのは、5ひき ぶんの せぼねの ひょうほんです[5]。
むねの ほうの ほねは、かた がわに 171どまで ねじれました。こしの ほうの ほねは 57どまでで、およそ 3ばい ちがいました[5]。
さらに、生きている ねこ 2ひきが おちる ところを、とても はやい カメラで とりました。すると あたまを ふくむ うえの はんぶんが、したの はんぶんより さきに 向きを かえ おわりました[5]。
ねこは、むねの あたりを よく ねじれる せぼねで、ぐるっと まわって いるのかも しれません。
山口大学の研究(2026年2月、The Anatomical Record に掲載)は、猫の背骨のねじれ方を調べました。対象は5匹分の標本で、胸のあたりの骨(胸椎)は片側に最大171度、腰のあたりの骨(腰椎)は片側に57度までねじれました。胸椎のほうがおよそ3倍です[5]。
胸椎には、ほとんど抵抗なくねじれる範囲(中立域)が片側47度ありましたが、腰椎にはありませんでした[5]。
生きた猫2匹の落下を高速度カメラで撮ると、頭を含む上半身の反転が、下半身の反転より先に終わりました[5]。前半身が先という順番は、マレーの説明とも重なります。
猫の立ち直り反射が現れ始めるのは生後3〜4週ごろで、6〜9週ごろに完成するといいます。向きは目と、内耳にある前庭(平衡感覚をつかさどる部分)で判断するそうです。猫には、機能する鎖骨もないといわれます[4]。
ただし、調べた背骨は5匹分の標本です。生きた猫の全身の性能をこれだけで言い切ることはできません。
山口大学の研究(The Anatomical Record、2026年2月24日掲載)は、猫の脊柱を切り出した5匹分の標本を使い、ねじれの角度を測った。胸椎は片側最大171度までねじれたのに対し、腰椎は片側57度までで、約3倍の差があった。胸椎には抵抗なくねじれる「中立域」が片側47度あり、腰椎にはなかった[5]。
あわせて、生きた猫2匹の落下を高速度撮影したところ、頭部を含む上半身の反転が下半身の反転より先に完了することが確認された[5]。マレー説・二円柱モデルの「前後の体で順に回る」という筋道に、解剖学と観察の側から一つの裏づけを加えたことになる。
猫の立ち直り反射は生後3〜4週ごろに現れ始め、6〜9週で完成する。向きの判断には視覚と内耳の前庭が使われる。猫は非常に柔軟な脊柱をもち、機能する鎖骨がない、とも記される[4]。
この研究から分かる範囲には限りがある。標本は5匹分の死後の脊柱で、生体の性能をそのまま示すわけではない。落下の観察も2匹である。「胸椎の柔軟さが決定要因」と断定はできず、あくまで有力な一要素として読むのが妥当だ。
5. たかく ても ひくく ても あぶない
5. 足から着地しても、無事とは限らない
5. 高所落下症候群:足から着地することと、無傷であることは別
あしから おりられる ことと、けがを しない ことは ちがいます。
1987ねんの ほうこくでは、たかい ところから おちた ねこ 132ひきを しらべました。むねの けがが おおく、あしの ほねを おった ねこも いました[6]。2004ねんの ほうこくでも、あしの ほねを おる けがが おおく みられました[7]。
この ひとたちは びょういんに はこばれた ねこです。はこばれなかった ねこは かぞえられて いません。だから 「おちても へいき」の しょうこには なりません。
ぜったいに ねこを たかい ところから おとして ためしては いけません。まどや ベランダは、あけっぱなしに しないでください。
足から着地できることと、無傷で済むことは別の話です。高い所から落ちた猫の報告が、獣医学の論文にあります。
1987年の報告では、高所から落ちた猫132匹のうち、何らかの胸部外傷があったのは9割、骨折は四肢で39%でした。治療を受けた猫の9割は生存しました[6]。2004年のクロアチアの報告では、119匹の平均落下高は4階、96.5%が生存し、7階以上からの落下では、重いけがや胸部外傷が多かったとされます[7]。
ただし、これらは動物病院に運ばれた猫の数字です。運ばれなかった猫は含まれないので、「落ちても平気」の根拠にはなりません。
1987年の研究は、6階未満から落ちた猫のほうが、6階を超える高さから落ちた猫より重いけがをしたと報告し、その理由を「終端速度に達すると加速が止まり、猫が力を抜いて脚を広げて着地するためではないか」と推測しました[8]。2004年の研究にはこれに合わない結果もあり、この説は確定していません[8]。「高いほど安全」とは読めません。
手足を広げたときの猫の終端速度は、時速約97kmとされます。人間は約190kmとされ、およそ半分です[4]。
足から着地できることと、無傷であることは別である。1987年、Whitney と Mehlhaff は、高所から落ちた猫132匹(平均2.7歳)を報告した。胸部外傷90%、肺挫傷68%、気胸63%、顔面外傷57%、四肢骨折39%で、治療した猫の90%が生存した[6]。2004年、Vnuk らはザグレブ大学で119匹(1998–2001年)を調べ、平均落下高は4階、生存96.5%、四肢骨折46.2%、胸部外傷33.6%だった。7階以上の落下は、より重いけがや胸部外傷に関連していた[7]。
これらの生存率は、病院に運ばれ治療を受けた個体に限った数字である。生存バイアスを含むため、「落ちても平気」の根拠にはならない。
1987年の研究は、6階未満から落ちた猫のほうが、6階を超える高さから落ちた猫よりけがが重いと報告し、終端速度に達すると加速が止まり、猫が力を抜いて脚を広げ水平に近い姿勢で着地するためだろうと推測した。この数字は二次資料に頼っており、2004年の研究にはこれに合わない結果もあって、説は確定していない[8]。「高いほど安全」とは読めない。
平均的な猫が四肢を広げたときの終端速度は時速約97km、人間は約190kmとされる[4]。
自分でも 調べてみたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
いきものに ぶつりの ほうそくが かくれて いるのは、おもしろいですね。ねこに かぎらず、からだの つかいかたには まだ わからない ところが あります。
今日できること
- ねこが いたら、そっと 見る。ねこが 自分から あんぜんに ゆかに おりる ときに、おどろかせず、あたまと おしりの どちらから 向きを かえるか、ゆっくり 見てみよう。
- ねこを おとして ためすのは、ぜったいに しないこと。
- ねこが いない 家は、しゃしんの 本や 図かんで、ねこの 体の つくりを しらべてみよう。
ほんとうの ことを 知りたいとき
山口大学の ホームページに、せぼねの けんきゅうの おしらせが あります。
猫の体の動きは、まだ分かっていないところがあります。写真が謎を出し、数式が一つの答えを出し、背骨の研究が別の角度から確かめる、という流れが、この話の面白いところです。
今日できること
- 猫がいる家なら、猫が自分から安全に床へ降りるときの体の動きを、誘導したり驚かせたりせず、そっと観察する。頭とお尻のどちらが先に向きを変えているかを、見てみる。
- 猫を落として試すことは、絶対にしない。
- 回転いすがあるなら、腕を体に引きつけたときと広げたときで、回る速さがどう変わるかを比べる。
くわしく知りたいとき
山口大学の研究成果のページに、胸椎の研究の概要があります。マレーの写真は、パブリック・ドメイン・レビューのページで見られます。
この話題は、「写真(1894年)→力学モデル(1969年)→解剖学と高速度撮影(2026年)」と、道具が変わるたびに問いの形も変わってきた。落下高と重症度の関係のように、研究間で食い違うところもある。
調べる入口
- 山口大学の研究成果ページで胸椎の研究の概要を読み、原論文(The Anatomical Record)へ進む。
- Kane and Scher(1969)と、Whitney and Mehlhaff(1987)、Vnuk et al.(2004)の抄録を読み比べる。
- 猫を落として試す実験は絶対にしない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、次の資料を突き合わせて書きました。数値はそれぞれの資料に基づきます。
- The Public Domain Review, Photographs of a Falling Cat (1894) https://publicdomainreview.org/collection/photographs-of-a-falling-cat-1894 (マレーの連続写真)
- Skulls in the Stars, Cat-turning: the 19th-century scientific cat-dropping craze! https://skullsinthestars.com/2013/07/26/cat-turning-the-19th-century-scientific-cat-dropping-craze/ (1894年の論争とマクスウェルの手紙)
- ネコひねり問題(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/ネコひねり問題 (マレー説の要点)
- Cat righting reflex(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/Cat_righting_reflex (1969年のモデル・発達時期・終端速度)
- 山口大学 研究成果「ネコの胸はねじれやすい」 https://www.yamaguchi-u.ac.jp/weekly/48407/index.html (胸椎の研究と高速度撮影)
- Whitney & Mehlhaff, High-rise syndrome in cats, JAVMA 191(11), 1987 https://doi.org/10.2460/javma.1987.191.11.1399 (高所から落ちた132匹の報告。抄録で確認)
- Vnuk ほか, Feline high-rise syndrome: 119 cases (1998-2001), J Feline Med Surg 2004 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15363762 (119匹の報告。抄録で確認)
- High-rise syndrome(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/High-rise_syndrome (終端速度の仮説と、研究間の食い違い)
なおした ところ
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