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なぜ、ひるの 長さは かわるの?

なぜ、昼の長さは変わるのか

なぜ、日の長さは変わるのか ── 夏至・冬至と、古代文明の天文学

分野:宇宙・天文

時計も こよみも なかった 大むかし、人びとは 太ようの うごきだけを たよりに、きせつを しって いた。

東京の ひるの 長さは、夏至げし冬至とうじで、やく 4じかん 50ふんも ちがう。地きゅうの かたむきが 生む この ちがいを、大むかしの 人びとは どう 見つめて いたのだろう。

時計も暦もなかった大昔、人々は太陽の動きだけを頼りに、季節を知っていた。

東京の昼の長さは、夏至と冬至で、約4時間50分も違う。地球の傾きが生むこの違いを、大昔の人々はどう見つめていたのだろう。

時計も暦もなかった大昔、人々は太陽の動きだけを頼りに、種まきや収穫の時期を知っていた。東京の昼の長さは、夏至と冬至で約4時間50分も違う。

地球の地軸が23.4度傾いていることから生まれるこの変化を、古代の人々はどう捉えていたのか。マヤ文明チチェン・イッツァの「ククルカンの降臨」、ストーンヘンジの夏至ライン、エジプトのアブシンベル神殿の年2回の光までをたどる。

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1. 地きゅうが すこし かたむいて いるから

1. 地球が、すこし傾いているから

1. 地軸の傾き23.4度が、季節の変化を生む

地きゅうは、まっすぐ 立って 太よう(たいよう)の まわりを まわって いるのでは ない。すこし かたむいた まま、まわって いる[1]

コマが、まっすぐ 立たずに、すこし ななめに かたむいた まま まわる ことが ある。地きゅうも それに にて いる。ただし ほんとうは、コマの じくの ように くるくる まわる はやさでは なく、その かたむきを たもった まま、1年 かけて 太ようの まわりを 大きく 1しゅう する[1]

この かたむきの せいで、北はんきゅうが 太ように 近づく 時きと、遠ざかる 時きが 生まれる。近づく 時きが 夏、遠ざかる 時きが 冬だ[1]

地球は、まっすぐ立って太陽のまわりを回っているのではない。すこし傾いたまま、回っている[1]

コマが、まっすぐ立たずに、すこし斜めに傾いたまま回ることがある。地球もそれに似ている。ただし本当は、コマの軸のようにくるくる回る速さではなく、その傾きを保ったまま、1年かけて太陽のまわりを大きく1周する[1]

この傾きのせいで、北半球が太陽に近づく時期と、遠ざかる時期が生まれる。近づく時期が夏、遠ざかる時期が冬だ[1]

地球は、公転面に対して垂直に立っているのではなく、地軸が約23.4度傾いた状態で太陽のまわりを公転している[1]

この傾きにより、北極側が太陽の方向を向く時期は北半球が夏に、南極側が太陽の方向を向く時期は北半球が冬になる。地軸が太陽に対してどちらにも傾いていない時期が、春と秋にあたる[1]

もし地軸が傾いていなければ、地球上のどの地点でも一年を通じて昼と夜の長さがほぼ一定になり、四季という概念自体が生まれなかったと考えられる。

2. 夏至げし冬至とうじ、ひるが いちばん 長い日と みじかい日

2. 夏至と冬至、昼がいちばん長い日と短い日

2. 夏至と冬至で、日照時間は約5時間違う

1年の 中で、ひるが いちばん 長い日を 「夏至げし」、いちばん みじかい日を 「冬至とうじ」と いう[2]

東京では、夏至げしの ひるは やく14じかん35ふん、冬至とうじの ひるは やく9じかん45ふんしか ない。その さは、やく4じかん50ふんにも なる[2]

1年の中で、昼がいちばん長い日を「夏至(げし)」、いちばん短い日を「冬至(とうじ)」という[2]

東京では、夏至の昼は約14時間35分、冬至の昼は約9時間45分しかない。その差は、約4時間50分にもなる[2]

太陽の南中高度(真南に来たときの高さ)が最も高くなる日を「夏至」、最も低くなる日を「冬至」と呼ぶ。北半球では、夏至の頃に昼の時間が最も長く、冬至の頃に最も短くなる[2]

東京の場合、夏至(6月21日)の昼の長さは約14時間35分、冬至(12月22日)は約9時間45分で、その差は約4時間50分に達する。この差は緯度によって変わり、高緯度になるほど差は大きくなる[2]

3. 春分と秋分、じつは ひるの ほうが 長い

3. 春分と秋分、実は昼の方が長い

3. 「昼と夜が半分」は、厳密には正しくない

「春分(しゅんぶん)」と 「秋分(しゅうぶん)」は、ひると 夜の 長さが 同じに なる日だと 思われて いる。でも じっさいには、ひるの ほうが すこし 長い[3]

東京では、春分の 日の ひるは、夜より やく16ふん 長い、と いう しらべも ある。空気が 光を まげる ことや、太ようが しずみきるまでの じかんの かぞえかたが かんけいして いる[3]

「春分」と「秋分」は、昼と夜の長さが同じになる日だと思われている。でも実際には、昼の方が少し長い[3]

東京では、春分の日の昼は、夜より約16分長い、という調べもある。空気が光を曲げることや、太陽が沈みきるまでの時間の数え方が関係している[3]

春分・秋分は、太陽が天の赤道を横切る日であり、理論上は太陽が真東から昇り真西に沈む。しかし実際には、この日も昼の方がわずかに長い[3]

その理由は2つある。1つは、日の出・日の入りが「太陽の上辺が地平線と一致する瞬間」と定義されているため。もう1つは、地平線近くの太陽光が大気による屈折で実際の位置より高く見えるためである。国立天文台によれば、東京での2020年春分の日は、昼が夜より約16分長かったという[3]

4. マヤの ピラミッドに、へびが あらわれる

4. マヤのピラミッドに、蛇が現れる

4. 春分と秋分に、ククルカンが降臨する

メキシコの チチェン・イッツァと いう いせきに、大きな ピラミッドが ある。春分と 秋分の ころの ゆうがた、この ピラミッドの かいだんに、へびの ような かげの もようが 見える、と いわれて いる[4]

このピラミッドには、四めん それぞれに 91だんの かいだんが あり、いちばん上の だんと あわせると 365だんに なる。1年の 日数と かんけいが あると 考えられて いる[4]

メキシコのチチェン・イッツァという遺跡に、大きなピラミッドがある。春分と秋分のころの夕方、このピラミッドの階段に、蛇のような影の模様が見える、といわれている[4]

このピラミッドには、四面それぞれに91段の階段があり、いちばん上の段と合わせると365段になる。1年の日数と関係があると考えられている[4]

メキシコのユカタン半島にあるチチェン・イッツァ遺跡の「エル・カスティーヨ(ククルカンのピラミッド)」では、春分と秋分のころの夕方、階段の側面にできる三角形の光と影の模様が、羽毛の生えた蛇の神「ククルカン」の頭部の像とつながり、地上に降りてくる蛇のような姿に見えるとされる[4]

このピラミッドは四面に91段の階段を持ち、最上段を加えると365段になり、1年の日数との対応として解釈されている。マヤの人々は高い天文学的な知識をもとに、農耕の目安となる春分・秋分を意識した建造物を築いていた[4]

5. ストーンヘンジも、太ようの みちを しって いた

5. ストーンヘンジも、太陽の道を知っていた

5. ストーンヘンジは、夏至の日の出を刻んでいた

太ようの うごきを 石に きざんだのは、マヤだけでは ない。イギリスに ある「ストーンヘンジ」と いう、大きな 石が ならんだ いせきも、夏至げしの 朝、外がわに 立つ 石(ヒールストーン)の 近くから、太ようが のぼる ように 作られて いる[5]

太ようの 光は、まっすぐ いせきの 中心に むかって さしこむ。この いせきの おもな 部ぶんは、いまから やく4400年 いじょうも 前に 作られたと されて いる[5]

太陽の動きを石に刻んだのは、マヤだけではない。イギリスにある「ストーンヘンジ」という、大きな石が並んだ遺跡も、夏至の朝、外側に立つ石(ヒールストーン)の近くから、太陽が昇るように作られている[5]

太陽の光は、まっすぐ遺跡の中心に向かって差しこむ。この遺跡の主な部分は、今からおよそ4400年以上も前に作られたとされている[5]

太陽の運行を建造物に刻んだのは、マヤ文明だけではない。イギリス南部にあるストーンヘンジも、夏至の日の出の方向に主軸が合わせて配置されている。夏至の朝、外側の入口付近に立つヒールストーンの近くから太陽が昇り、その光が遺跡中央へと差しこむ[5]

炭素年代測定によれば、この主要な石の建造段階は紀元前2440年から2100年ごろとされ、最初期の土塁や堀は紀元前3100年ごろまで遡るという[5]

6. エジプトの神でんに、年に2回だけ さす光

6. エジプトの神殿に、年に2回だけ差す光

6. アブ・シンベル神殿に、年2回だけ光が差す

ストーンヘンジが 太ようの うごきを 石の むきで しるした いっぽう、エジプトには、光そのものを ねらって とどけようと した 神でんも ある。アブ・シンベル神でんの おくには、王さまの ぞうが ならんで いる。ふだんは くらいままだが、1年に 2回だけ、朝日が おくまで さしこんで、ぞうを てらす[6]

この 2回は、王さまの たんじょう日と、王さまに なった日に あたる、と 考えられて いる[6]

ストーンヘンジが太陽の動きを石の向きで記録した一方、エジプトには、光そのものを狙って届けようとした神殿もある。アブ・シンベル神殿の奥には、王様の像が並んでいる。ふだんは暗いままだが、1年に2回だけ、朝日が奥まで差しこんで、像を照らす[6]

この2回は、王様の誕生日と、王様になった日にあたる、と考えられている[6]

ストーンヘンジが太陽の運行を建造物の向きという形で記録したのに対し、古代エジプトでは、光そのものを特定の日だけ狙って届けるという、さらに能動的な設計が行われた。アブ・シンベル大神殿は、内部の至聖所が普段は暗闇に包まれているが、2月22日と10月22日の年2回だけ、朝日が神殿の奥深くまで差しこみ、ラムセス2世の座像などを照らし出すように設計されている[6]

考古学者の推定では、この2日はラムセス2世の即位日と誕生日にあたるとされる。数十メートル奥の像を特定の2日だけ照らすためには、神殿の向きと通路の角度を、太陽の年周運動に合わせて極めて精密に計算する必要がある[6]

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

きょうの ゆうがた、太ようが しずむ ばしょを おぼえて おくと、半年後には、そこから どれくらい ずれて いるかに 気づくはずだ。

今日の夕方、太陽が沈む場所を覚えておくと、半年後にはそこからどれくらいずれるか気づくはずだ。

今日、太陽が沈む方角を確認しておくと、半年後の同じ時刻に見比べたとき、地平線上でどれだけ位置がずれているかがわかる。その動きの幅こそが、地軸の傾きがもたらす季節の証拠だ。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. 日本気象協会 tenki.jp「地球の『傾き』から生まれた季節の変化」。 https://tenki.jp/suppl/grapefruit_j02/2022/03/20/31027.html (地球の地軸が約23.4度傾いていること、この傾きにより北極側・南極側が太陽の方向を向く時期に応じて夏・冬・春・秋が生まれること)
  2. jpnculture.net「夏至と冬至の昼の長さの違い」。 https://jpnculture.net/geshi-gouji/ (東京における夏至・冬至の日の出・日の入り時刻と昼の長さ、両者の差が約4時間50分であること)
  3. 国立天文台(NAOJ)「春分の日・秋分の日には、昼と夜の長さは同じになるの?」。 https://www.nao.ac.jp/faq/a0303.html (日の出・日の入りが太陽の上辺基準で定義されること、大気による屈折の影響、東京での2020年春分の日に昼が夜より約16分長かったという実測値)
  4. VOYAGE-世界見聞録「マヤ文明の古代都市チチェンイッツァ遺跡と春分・秋分の奇跡」。 https://media.eurasia.co.jp/mid-south-america/chichenitza (チチェン・イッツァのエル・カスティーヨで春分・秋分の夕方に階段の影が蛇の姿になって現れること、四面91段+最上段で365段になり太陽暦の1年をかたどっていること)
  5. フリー百科事典『ウィキペディア』「ストーンヘンジ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ストーンヘンジ (夏至の朝にヒールストーン付近から太陽が昇り光が遺跡中央に差しこむよう配置されていること、主要な巨石群が紀元前2440年から2100年ごろに、最初期の土塁・堀が紀元前3100年ごろに遡って建造されたこと)
  6. AFPBB News「光が差すのは年に2回だけ、古代エジプト神殿のラムセス2世彫像」。 https://www.afpbb.com/articles/-/2302251 (アブ・シンベル大神殿の至聖所に2月22日と10月22日の年2回だけ朝日が差しこみラムセス2世の座像などを照らすこと、考古学者がこの2日を王の即位日・誕生日と推定していること)

なおした ところ

更新履歴

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