1. さいしょの ことばは「LO」で 止まった
1. 最初の通信は「LO」で止まった
1. 1969年10月29日 ── ARPANETの最初の通信
インターネットの はじまりは、 いまから 50年 いじょう 前です。
1969年、アメリカの 大学に、 はなれた ばしょの 大きな コンピュータどうしを つなぐ しくみが できました。
その 日、大学生の 人が、 もう ひとつの コンピュータに ことばを 送って みる ことに なりました。
送ろうと した ことばは 「LOGIN」。 「ログイン」と 読みます。 「入ります」と いう いみです。
L を 打ちました。とどきました。 O を 打ちました。とどきました。 G を 打った ところで ——
こわれました。
そこで 止まって しまったので、 さいしょに とどいた ことばは 「LO」だけ でした。
1時間 くらい あとで、なおして やりなおし、 こんどは うまく いきました。
インターネットの始まりは、1969年です。
アメリカで、離れた場所にある大きなコンピュータどうしを電話回線でつなぐ、 ARPANET(アーパネット)という実験のしくみが動きはじめました。
10月29日の夜
1969年10月29日の夜、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)にいた チャーリー・クラインという学生が、約560km離れたスタンフォード研究所のコンピュータへ、 最初のことばを送ろうとしました[1]。
送ろうとしたのは 「LOGIN」。「入ります」という意味の合図です。
電話でつなぎながら、1文字ずつ確認していきます。
- L を打つ →「L、届いた?」「届いた」
- O を打つ →「O、届いた?」「届いた」
- G を打つ → システムがクラッシュした
そういうわけで、ネットワークを流れた最初のことばは、 偶然にも 「LO」 になりました[1]。
1時間ほどで復旧し、やり直して今度は成功しています。 歴史的な瞬間なのに、記録は「つないだ」というそっけないメモだけでした。 そのときは、誰も歴史が始まったとは思っていなかったのです。
インターネットの直接の祖先は、1969年に運用が始まった ARPANET(アーパネット)です。 アメリカ国防総省の高等研究計画局(ARPA)の資金で作られた、 研究機関どうしをつなぐ実験的なネットワークでした。
1969年10月29日
最初のホスト間通信は、1969年10月29日の午後10時30分ごろに行われました。 UCLAの学生チャーリー・クラインが、スタンフォード研究所(SRI)の ビル・デュバルのコンピュータへ接続を試みています[1]。
送信しようとした文字列は LOGIN。 電話で確認を取りながら1文字ずつ送りましたが、 L と O が届いた直後、G を送った時点でシステムがクラッシュしました。
結果として、ネットワーク上を最初に流れた語は LO になりました[1]。 約1時間後に復旧し、ログインは成功しています。
「インターネットは核戦争に備えて作られた」という説明を見かけますが、 この点は当事者や研究者のあいだでも説明が分かれます。 軍の資金で作られたのは事実ですが、 直接の動機は、高価な計算機資源を研究者どうしで共有することだった、 という説明もあります。 この記事では、断定できる範囲にとどめておきます。
2. 手紙を バラバラに して 送る
2. 手紙をバラバラにして、別々の道で送る
2. パケット交換 ── 分割して独立に運ぶという発想
インターネットの いちばん 大じな しくみを 話します。
あなたが 友だちに、長い 手紙を 送るとします。 ふつうは、1つの ふうとうに 入れて 送りますね。
インターネットは、そうしません。
手紙を 小さく 切って、 1まいずつ べつの ふうとうに 入れます。 そして、それぞれに 番号と あて先を 書きます。
ここが おもしろい ところ。 その ふうとうたちは、ばらばらの 道を 通って いきます。 とちゅうの きかいが もって いる 道じゅんの ひょうを 見て、 それぞれ 進んで いくのです。
そして 友だちの ところに つくと、 番号の じゅんに ならべなおして、 もとの 手紙に もどします。
「なんで そんな めんどうな ことを?」と 思いますよね。
じつは、そのほうが つよいのです。 どこか 1つの 道が こわれても、 べつの 道を 通って とどきます。
ここからが、インターネットのいちばん大事な発明です。
長い手紙を送るとき、ふつうは1通の封筒に入れます。 けれどインターネットは、まったく別のやり方をします。
切って、番号をつけて、別々に送る
送りたいデータを、小さなかたまりに切り分けます。 そして、ひとつひとつに
- あて先(どこへ届けるか)
- 送り主(どこから来たか)
- 番号(何番目のかけらか)
を書いて、送り出します。このかたまりを パケット といいます。
面白いのは、パケットどうしが同じ道を通るとは限らないことです。 途中の機械がそれぞれ持っている道順の表にしたがって、めいめいに進みます。 あとから出たパケットが先に着くこともあります。
受け取る側は、番号を見て並べ直し、元のデータに組み立てます。 足りないものがあれば「〇番が来ていない」と伝えて、送り直してもらいます。
なぜ、そんな面倒なことをするのか
手間がかかるように見えますが、この方式には大きな利点があります。
| 起きること | どうなるか |
|---|---|
| 途中の道が1本切れた | ほかに道があれば、そちらに回して届けられる |
| 1本の線を大勢で使う | 順番待ちをせず、すきまに割りこんで通れる |
| 一部が壊れた | TCPのような仕組みを使う通信なら、欠けた分だけ送り直せる |
電話は、話しているあいだ1本の道をずっと占領します。 パケットのやり方なら、1本の線をみんなで分けあって使えるのです。
インターネットの根幹にあるのが パケット交換 です。
送信するデータを小さな単位(パケット)に分割し、 それぞれに宛先・送信元・順序番号などの情報を付けて、 独立に転送する方式です。受信側で番号順に組み立て直します[2]。
回線交換との違い
| 回線交換(従来の電話) | パケット交換 | |
|---|---|---|
| 接続 | 通話のあいだ、経路を占有する | 経路は占有しない |
| 利用効率 | 沈黙している時間も回線を使う | 空いた分を他の通信が使える |
| 障害 | 経路が切れると通話も切れる | 別経路へ迂回できる |
| 順序 | 送った順に届く | 順序が入れ替わりうる(番号で復元) |
設計思想としての意味
パケット交換の重要な点は、ネットワークの真ん中を賢くしないことにあります。
- 途中の装置(ルータ)は、パケットを次にどこへ渡すかだけを決める
- 順序の復元、欠落の検出、再送は、両端のコンピュータが受け持つ
この考え方は「エンド・ツー・エンド」と呼ばれます。 真ん中を単純にしておくと、
- 途中の装置が安く作れ、たくさん置ける
- 新しい使い方(動画、通話、ゲーム)を、真ん中を作り変えずに始められる
- 一部が壊れても、迂回できる
いまのインターネットが、設計当時に想像もされなかった使われ方に耐えているのは、 真ん中の決めごとを、運ぶことだけに絞ったからだと言えます。
3. せかいで 同じ ことばを つかう
3. 世界共通のことばを決めた日
3. TCP/IP ── 1983年1月1日の切り替え
つぎに、こまった ことが おきました。
あちこちで、べつべつの ネットワークが つくられて いったのです。
でも、それぞれ やり方が ちがいました。 日本語と えい語と ドイツ語で 話して いる ような ものです。 つながって いても、話が つうじません。
そこで、みんなで 同じ ことばを つかう ことに しました。 その ことばの 名前が TCP/IP(ティーシーピー・アイピー)です。
1983年の 1月1日、 みんな いっせいに、この 新しい ことばに 切りかえました。
いまも、この ことばが つかわれて います。 あなたが 見て いる この ページも、 その ことばで 運ばれて きました。
しばらくすると、困ったことが起きました。
あちこちで、いろいろなネットワークが作られていったのです。 大学が作ったもの、会社が作ったもの、国が作ったもの。
ところが、それぞれやり方(決まりごと)がちがいました。 線でつないでも、話が通じません。 日本語しか話せない人と、ドイツ語しか話せない人が向かいあっているようなものです。
共通のことばを作る
1974年、ヴィントン・サーフとロバート・カーンという2人が、 ネットワークどうしをつなぐための共通の決まりごとを発表しました[2]。 これが、のちの TCP/IP になっていきます。 (発表された当時は「TCP」と呼ばれていて、 TCPとIPに分けて整理されたのは、そのあとのことです。)
ざっくり言うと、こういう役割分担です。
- IP:あて先まで、パケットを届ける係。住所の決め方も担当する
- TCP:届いたパケットを並べ直し、足りない分を送り直してもらう係
1983年1月1日、いっせいに切りかえた
1983年1月1日、ARPANETは正式にTCP/IPへ切り替えました[2]。
これはなかなか大変なことです。 つながっているコンピュータが、同じ日にいっせいに新しい方式へ移らないといけない。 実際には準備期間が設けられ、移行のあいだは古い方式と新しい方式を 橋渡しするしくみも用意されました。それでも、期限を決めて全体を移すというのは 大きな決断です。
そしてこの決まりごとは、40年以上たったいまも使われています。 あなたがこのページを開いたとき、裏側で動いているのは、まさにこれです。
1970年代、ARPANET以外にもさまざまなネットワークが作られました。 しかし、それぞれ独自の方式で動いていたため、相互に接続できません。
この「ネットワークどうしをつなぐ」という課題(インターネットワーキング)に対して、 1974年、ヴィントン・サーフとロバート・カーンが共通の手順を提案しました。 これがのちの TCP/IP です[2]。
役割の分け方
| 層 | 担当 | できないこと |
|---|---|---|
| IP(インターネット・プロトコル) | アドレスの体系と、宛先への転送 | 届いたかどうかは保証しない |
| TCP(トランスミッション・コントロール・プロトコル) | 順序の復元、欠落の検出、再送、流量の調整 | 経路の決定はしない |
注目すべきは、IPが「届くこと」を保証していない点です。 IPは「たぶん届けます」という最善努力(ベストエフォート)で運ぶだけ。 確実に届けたい通信は、その上のTCPが面倒を見ます。
逆に、多少欠けてもいいから速く送りたい通信(音声や動画など)は、 TCPを使わず別の方式(UDPなど)を選べます。 必要な保証の度合いを、使う側が選べるという設計です。
1983年1月1日
1983年1月1日、ARPANETは正式にTCP/IPへ移行しました[2]。 旧方式との併用ではなく、期日を決めての切り替えです。
ネットワーク全体の作法を、稼働したまま一斉に入れ替える。 いまの規模で同じことをやろうとすれば、非常に難しいはずです。 つながっている台数が少ないうちにしか、こういう決断はできません。 実際、その後のIPv6への移行は、20年以上かけてもまだ完了していません。
4. 名前と ばんごうを むすぶ 電話ちょう
4. 名前と住所を結ぶ、巨大な電話帳
4. DNS ── 名前解決という分散データベース
手紙を 送るには、あて先が いりますね。
インターネットでも 同じです。 つながって いる きかいには、 住所が ついて います。
その 住所は、じつは 数字です。 たとえば 「142.250.0.1」みたいな かたちを して います。
でも、数字は おぼえられません。 だから わたしたちは、かわりに 名前を つかいます。
あなたが 見たい ページの 名前を 入れると、 コンピュータが 大きな 電話ちょうを 見て、 「その 名前の 住所は これですよ」と 教えて くれます。
この 電話ちょうの しくみを DNS(ディーエヌエス)と いいます。
わたしたちは 名前を つかい、 きかいは 数字を つかう。 あいだを つないで くれる しくみが ある、と いう ことですね。
手紙を送るには、あて先が必要です。インターネットでも同じです。
つながっている機械には、ひとつずつ住所がついています。 これを IPアドレス といいます。 「142.250.0.1」のような、数字を並べたものです。
人は数字を覚えられない
機械にとっては数字が便利ですが、人はこれを覚えられません。 そこで、覚えやすい名前を使うことにしました。 「example.com」のような形です。これを ドメイン名 といいます。
あなたが名前を入力すると、コンピュータはまず 「この名前の住所は何番ですか」と問い合わせます。 答えを返してくれるしくみが DNS(ドメイン・ネーム・システム)です。
1冊の帳面ではない
面白いのは、この電話帳がどこか1か所にまとまっていないことです。
世界中に分かれて置かれていて、 「その名前は知らないけど、知っていそうな相手なら教えられる」 という形で、たらい回しに聞いていきます。 そして最後に答えにたどりつきます。
もし1か所にまとめていたら、そこが壊れた瞬間に、 世界中のインターネットが名前を引けなくなります。 ばらばらにしてあるから、こわれにくい。 この記事に何度も出てくる考え方です。
IPは宛先を IPアドレスという数値で指定します。 IPv4なら「142.250.0.1」のような32ビットの値、 IPv6なら128ビットのより長い値です。
人間がこれを直接扱うのは現実的でないため、 覚えやすいドメイン名を使い、 それをIPアドレスに変換するしくみが用意されています。 それが DNS(Domain Name System)です。
階層をたどって解決する
DNSの特徴は、一元管理された巨大な表を持たないことです[6]。 名前を「.」で区切った階層に分け、上位から順にたどって答えにたどりつきます。
- ルートサーバに「.com を管理しているのは誰か」と聞く
- .com の担当サーバに「example.com を管理しているのは誰か」と聞く
- example.com の担当サーバに「www の住所は」と聞く
各段階の答えは一定時間キャッシュ(一時保存)されるため、 実際には毎回この全行程をたどるわけではありません。
なぜ分散させるのか
- 耐障害性:1か所が止まっても全体は止まらない
- 負荷分散:問い合わせが一点に集中しない
- 管理の委任:自分のドメインの中身は自分で決められる
3番目が実は重要です。すでに自分が持っているドメインの中であれば、 新しい名前を足すのに どこかの中央機関の許可をいちいち取る必要がない。 (ドメインそのものを新しく取るときは、レジストラやレジストリの手続きがあります。) 自分の担当範囲を自分で管理できるから、 誰かの承認を待たずにインターネットは広がってこられました。
5. じつは 海の そこを 通って いる
5. 外国とのやりとりは、海の底を通っている
5. 光海底ケーブル ── 国際通信の99%を運ぶ物理層
ここで しつもんです。
日本から アメリカへ、どうやって 情報が とどくと 思いますか。
「空を とんで いく」「人工えいせいを つかう」 と 思った 人が 多いかも しれません。
じつは、ちがいます。
海の そこに、線が しいて あります。
スマホから 家や まちの きかいまでは、電波で とどきます。 でも その 先は、線を 通る ことが 多いのです。
太い ケーブルが、うみの そこを ずーっと はって、 日本と 外国を つないで いるのです。
しかも、ほんの 少しでは ありません。 外国との やりとりの ほとんど ぜんぶが、 この 海の 線を 通って います。
スマホは 線が つながって いないのに、 そのむこうでは、海の そこの 線を 通って いる。 ふしぎな 感じが しますね。
ここで質問です。日本からアメリカへ、データはどうやって届くでしょう。
「人工衛星を使っている」と思った人が多いかもしれません。 わたしもそう思っていました。実際はちがいます。
海の底に、ケーブルが敷かれています。
国際通信の99%
光ファイバーのケーブルが、海底を這って大陸と大陸をつないでいます。 そして、国際通信の 約99% が、この海底ケーブルを通っていると説明されています[3]。
衛星ではなく、海の底の線。理由はいくつかあります。
- ケーブルのほうが、一度にたくさんのデータを送れる
- 衛星は遠いので、往復に時間がかかる(遅れが出る)
- コストの面でも有利
1964年には、日米間を結ぶ世界初の太平洋横断電話ケーブル「TPC-1」が 運用を始めました[3]。
海底ケーブルは、地震や、船のいかりが引っかかることで切れることがあります。 そのため、同じ場所へ行くのに複数の経路が用意されています。 1本切れても、別の道を通って届く。 パケットの話と、まったく同じ考え方です。
論理的なしくみ(パケット、TCP/IP、DNS)を見てきましたが、 最後は物理的に信号を運ぶ手段が必要です。 国際通信でその役割を担っているのが 光海底ケーブル です。
国際通信の99%以上を光海底ケーブルが担っていると説明されています[3]。ただし「国際通信」の範囲の取り方によって数え方は変わるため、「ほとんど」と理解しておくのが安全です。 1964年には、世界初の太平洋横断電話ケーブル TPC-1 が運用を開始しています[3]。
なぜ衛星ではないのか
| 光海底ケーブル | 静止衛星 | |
|---|---|---|
| 容量 | 非常に大きい | 相対的に小さい |
| 遅延 | 小さい | 往復で数百ミリ秒かかる(高度約36,000km) |
| 単位あたりの費用 | 安い | 高い |
| 弱点 | 切断(地震、投錨、漁具) | 天候の影響、容量の制約 |
静止衛星は高度約36,000kmにあるため、電波が往復するだけで 物理的に避けられない遅れが生じます。光の速さが有限だからです。 この遅延は、用途によっては大きな制約になります。
(近年は、はるかに低い軌道を回る衛星群による通信も広がっており、 こちらは遅延が小さくなります。ただし、大容量の基幹回線としては いまも海底ケーブルが中心です。)
物理があるということ
「クラウド」という言葉のせいで、データがどこか空中にあるように感じますが、 実体は建物の中の機械と、地面や海底を這う線です。
そしてケーブルは切れます。地震、海底地すべり、船の投錨、漁具の接触。 そのため主要区間には複数のルートが用意され、 1本切れても迂回できるようにしてあります。 冗長化という考え方は、パケット交換からケーブルの敷設まで一貫しています。
6. ウェブは、インターネットとは べつの もの
6. 「ウェブ」と「インターネット」は別のもの
6. WWW(1989年)── ネットワークの上に載ったしくみ
ここで、まちがえやすい 話を します。
ウェブと インターネットは、 じつは べつの ものです。
インターネットは、道です。 せかいじゅうを つなぐ 道の あみ。
ウェブは、その 道を つかって 走る 車の ひとつです。
道の 上を 走るのは、車 だけでは ありません。 メールも、ゲームも、電話も、どうがも、 同じ 道を つかって います。
ウェブを 考えた 人は、 研究所で はたらいて いた ティム・バーナーズ=リーと いう 人です。 1989年の ことでした。
ページと ページを 「リンク」で つないで、 クリックで 行き来 できるように する。 いま あたりまえの この しくみは、 その とき 生まれました。
ここで、よく混同される話を整理します。
ウェブ(WWW)とインターネットは、別のものです。
| それは何か | たとえると | |
|---|---|---|
| インターネット | 世界中の機械をつなぐネットワークそのもの | 道路の網 |
| ウェブ | その上で動く、ページを見るためのしくみ | 道路を走る車の一種 |
道路を走るのは車だけではありません。 メール、動画、オンラインゲーム、通話、地図。 これらは全部、同じインターネットという道を使う別々の乗りものです。
1989年、研究所での提案
ウェブを考えたのは、ヨーロッパの研究所で働いていた ティム・バーナーズ=リーです。1989年3月に提案しました[4]。
研究所には大量の資料があり、 「あの実験の記録はどこ」「その装置の説明は誰が持っている」と探すのが大変でした。 そこで、文書どうしをリンクでつないで、クリックで行き来できるようにすることを考えます。
いまでは当たり前すぎて、発明だと思われないくらいです。 けれど「ここを押すと、別の場所にある文書へ飛ぶ」という体験は、 このとき作られたものです。
そして重要なのは、1993年4月30日にCERNが、 ウェブの技術を、使用料なしで誰でも使えるようにすると宣言したことでした[4]。 特定の会社のものにしなかったから、世界中に広がりました。
「インターネット」と「ウェブ」は、しばしば同じ意味で使われますが、別のものです。
- インターネット:TCP/IPで相互接続されたネットワークの総体(基盤)
- WWW(World Wide Web):その上で動くアプリケーションのひとつ
電子メール(SMTP)、ファイル転送、DNS、動画配信、オンラインゲーム。 これらはいずれもインターネットの上で動く別々のしくみです。 ウェブはそのうちの1つにすぎません。
1989年の提案
ティム・バーナーズ=リーが、 研究所内の文書管理の課題を解くしくみとして提案したのが1989年です[4]。 この構想は、のちに次の3つの基本要素として具体化されていきます。
- URL:文書の場所を指し示す書き方
- HTTP:その文書をやりとりする手順
- HTML:文書の書き方と、リンクの表現
1989年の提案時点でこの3つが完成していたわけではなく、 翌1990年にサーバとブラウザが作られ、仕様はそのあと整えられていきました。
技術的には、それぞれ既存の考え方の組み合わせでした。 ハイパーテキスト(文書をリンクでつなぐ考え)自体は、以前から提案されていました。
広まった理由
新しさよりも、普及した理由のほうが重要かもしれません。
- 仕様が公開され、誰でも実装できた
- 特定企業の所有物にならなかった
- 不完全でも動く設計だった(リンク先が消えていてもページは表示される)
3番目は見落とされがちです。 リンク切れを許さない厳密な設計にしていたら、 誰かがリンク先を消すたびに、システム全体の整合性を保つ必要が生じます。 それを最初からあきらめたことで、 中央の管理者なしに世界規模へ広がることができました。 ガラケーの記事で書いた 「標準を握るとはどういうことか」とも重なる話です。
7. 日本に つながった 日
7. 日本がつながった日
7. 日本での展開 ── JUNETから商用サービスへ
日本が インターネットに つながったのは、 いつごろだと 思いますか。
大きな はじまりは 1984年。いまから 40年ほど 前です。
(いまと 同じ やり方で 外国と つながったのは もう少し あと、と いう 見方も あります。)
さいしょは、3つの 大学を つないだ、 小さな 実けんでした。
その ころは、けんきゅうを する 人だけの もの でした。
ふつうの 人が つかえるように なったのは、 もう すこし あとです。
そして いまでは、 みんなが ポケットに 入れて 持ち歩いて います。
40年で、ここまで かわりました。 あなたが 大人に なる ころには、 また ぜんぜん ちがう ものに なって いるかも しれません。
日本でネットワークが使われはじめたのは、いつでしょう。
大きな出発点は 1984年です。 東京大学、慶應義塾大学、東京工業大学の3つを結ぶネットワークの実験が始まりました。 のちに JUNET と呼ばれるものです[5]。
このころは、大学や研究所の人だけが使うものでした。 「学術のためのネットワーク」であり、商売に使うことは想定されていません。
ふつうの人が使えるようになる
会社や個人が使えるようになったのは、そのあとです。 1992年12月にIIJという会社が設立され、 1990年代前半に商用の接続サービスが始まりました[7]。 (開始の時期は、IIJ自身の資料のなかでも 1993年とするものと1994年3月とするものがあります。) 家庭向けの接続サービスが広がるのは、さらにあと、1990年代後半のことです。
そこから先の広がり方は、みなさんも知っているとおりです。 パソコンから、携帯電話へ。 そしていま、多くの人がポケットに入れて持ち歩いています。
最初の実験から40年ほど。 あなたが大人になるころには、また別の形になっているはずです。
日本での大きな出発点は 1984年です。 東京大学・慶應義塾大学・東京工業大学の3大学を結ぶネットワークの実験として始まり、 のちに JUNET と呼ばれるようになりました[5]。
当初は研究者のための学術ネットワークで、 商用利用は想定されていませんでした。 なお JUNET は、いまのインターネットとは別の方式(UUCP)で動いていました。 「日本がインターネットにつながった日」を1つに決めるのは難しく、 1989年のIP接続を本格的な始まりとする説明もあります。
商用化
商用サービスの担い手として1992年12月に設立されたのが IIJ(インターネットイニシアティブ)です[7]。 接続サービスの開始時期については、 IIJ自身の資料のなかでも1993年とするものと1994年3月とするものがあり、 何をもって「商用提供の開始」と数えるかで変わります。
この学術から商用への移行は、日本に限らず各国で起きた転換点です。 研究者どうしの善意で運用されていたネットワークに、 料金を払う不特定多数の利用者が入ってくる。 これによって、
- 規模が一気に拡大した
- 迷惑行為や犯罪への対処が必要になった
- 誰がどこまで責任を持つのかが問題になった
いま議論されている多くの問題は、この転換の延長線上にあります。 技術の設計は、それが使われる社会の姿を先取りできない。 ケータイの記事でも見たことが、ここでも起きています。
8. だれも ぜんぶを 持って いない
8. 誰も全体を持っていない
8. 中心のない設計 ── 強さと、その裏側
さいごに、いちばん おどろいた ことを 書きます。
インターネットには、 まん中が ありません。
「インターネット会社」と いう 会社が あって、 そこが ぜんぶ 動かして いる —— そう 思って いた 人も いるかも しれません。
ちがうのです。
たくさんの 会社や 大学や 国が、 じぶんの ぶんの 線と きかいを 持って いて、 それを おたがいに つないで いる。 それだけ なのです。
だから、どこか 1つが 止まっても、 ぜんぶは 止まりません。
でも、いい ことばかりでも ありません。 まん中が ないので、 こまった ことが おきた とき、 だれが なおすのかが むずかしいのです。
べんりさと むずかしさは、 同じ ところから 来て いるのですね。
最後に、調べていていちばん驚いたことを書きます。
インターネットには、中心がありません。
どこかに「インターネット社」があって、そこが全部を動かしている、 というものではないのです。
実際にあるのは、こういう状態です。
- たくさんの会社や大学や国が、それぞれ自分の線と機械を持っている
- それらが「うちとつなぎましょう」と互いに接続している
- つながった結果が、全体としてインターネットになっている
誰かが設計図を持って全体を作ったのではありません。 共通の作法(TCP/IPやDNSなどの技術の決まりごと)と、 住所や名前が重ならないようにする調整。 そこだけをそろえて、あとは各自にまかせた結果が、いまの姿です。
強いところと、難しいところ
| 強いところ | 難しいところ |
|---|---|
| どこか1つが止まっても、全体は止まらない | 問題が起きたとき、誰が直すのかがはっきりしない |
| 許可を待たずに、新しいものを始められる | 悪いことをする人も、許可なく始められる |
| 全体をまるごと止められる主体がいない(地域やサービス単位では止まりうる) | ルールを決めるのに、世界中の合意がいる |
便利さと難しさは、同じ設計から出てきています。 片方だけ取ることはできません。 インターネットをめぐる議論の多くは、 この表と裏をどう扱うかという話になっています。
インターネットには、全体を統括する中央の運営主体が存在しません。
実際の構造は、独立して運用される多数のネットワーク (自律システムと呼ばれます)が相互に接続したものです。 事業者、大学、研究機関、政府機関などが、それぞれ自分の範囲を運用し、 互いに接続の取り決めを結んでいます。
共通しているのは、TCP/IPをはじめとする技術標準(IETFがRFCとしてまとめる)と、 IPアドレス・AS番号・ドメイン名が重複しないようにする調整です。 その内側をどう作り、どう運用するかは各自の裁量になっています。
設計思想の帰結
| 性質 | もたらすもの | 同時に生じる問題 |
|---|---|---|
| 単一障害点がない | 一部が停止しても全体は機能する | 障害時の責任と対応の主体が不明確 |
| 許可が要らない(permissionless) | 新しいサービスを誰でも始められる | 悪意ある利用も同様に始められる |
| 特定主体が統制できない | 検閲や遮断に対して強い | 国際的なルール作りが難しい |
| 真ん中が単純 | 用途の変化に対応できた | 通信の品質を保証しにくい |
重要なのは、これらがトレードオフの表と裏であることです。 自由さと制御しにくさは、別々の性質ではなく、同じ設計の2つの側面です。 「良いところだけを残す」ことは、原理的にできません。
いま議論されている多くの論点 ── 偽情報、プライバシー、国ごとの規制、通信の中立性 ── は、この構造から生じています。 技術の設計が、社会の問題の形を決めている例だと言えます。
9. じぶんでも やって みる
9. 自分でも確かめてみたくなったら
9. 自分で確かめる ── 手を動かして見る方法
インターネットは 目に 見えませんが、 さがすと あちこちに あります。
- 家の ルーターを さがして みる。 小さな ランプが ぴかぴか して いる はこです。 そこから 線が 出て いる はずです。
- その 線を たどって みる。 かべの 中へ、外へ、電ちゅうへ。 どこまで つづいて いるでしょう。
- おうちの 人に 「はじめて インターネットを つかった とき、どうだった?」 と 聞いて みる。
目に 見えない ものでも、 かならず どこかに じっさいの ものが あります。
インターネットは目に見えませんが、実体はあちこちにあります。
- 家のルーターを見る。ランプが光っている箱です。 そこから出た線がどこへ向かっているか、たどってみてください。 壁の中、外の配線、電柱、そして局舎へ。
- 海底ケーブルの地図を見る。 世界中のケーブルを地図に描いたサイトがあります。 日本から何本出ていて、どこへ向かっているか。見ると印象が変わります。
- 家族に聞く。「初めてインターネットを使ったときのこと」を聞くと、 電話回線の「ピーガガガ」という音の話が出てくるかもしれません。
関連する記事
- ケータイはどこから来て、なぜ「ガラケー」と呼ばれたのか(携帯からネットにつないだ話)
目に見えないしくみですが、手元のコンピュータから確かめられます。
やってみる
-
経路を見る。コマンドライン(Windowsなら
tracert、 macOSやLinuxならtraceroute)で宛先を指定すると、 そこへ届くまでに通った装置が順に表示されます。 自分のパケットがどこを通ったかが見えます。 -
名前を引く。
nslookupやdigで、 ドメイン名がどのIPアドレスに変換されるかを確かめられます。 -
往復時間を測る。
pingで、 相手までの往復にかかる時間が分かります。 国内と海外で比べると、距離が時間に効いていることが体感できます。
(これらは自分の機器から、公開されているサーバに対して行う範囲にとどめてください。 他人の機器を無断で調べる行為は問題になります。)
調べる入口
- JPNIC(日本のIPアドレスやAS番号など、インターネット資源の管理にあたる組織。歴史の資料も豊富。JPドメイン名の登録管理はJPRSが担っています)
- 総務省「情報通信白書」(海底ケーブルや通信量の統計)
考えてみると面白いこと
- 真ん中を単純にする設計は、ほかの分野にもあるか(電力網、物流、金融)
- 「許可が要らない」ことの利点と害を、どう両立させるか
- IPv4アドレスが足りなくなったのに、IPv6への移行が20年以上かかっているのはなぜか
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。用語の定義など、短く引用した部分は、どこから引いたかを示しています。 年代や「最初」の扱いは資料によって差があるため、大事なところは複数の資料で確かめてください。 リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
- Leonard Kleinrock「The first message sent over the Internet」(UCLA) https://www.lk.cs.ucla.edu/internet_first_words.html (1969年10月29日の最初の通信、LOGIN が LO で止まった経緯。当事者による記録)
- Wikipedia「インターネットの歴史」 https://ja.wikipedia.org/wiki/インターネットの歴史 (パケット交換、TCP/IPの成立と1983年1月1日の移行。全体像の確認に使った百科事典で、 重要な点はほかの資料でも確かめています)
- KDDI「【国際通信150年】インターネットなど国際通信の99%を担う大容量の光海底ケーブル時代へ」 https://time-space.kddi.com/au-kddi/20220111/3241.html (国際通信の約99%を光海底ケーブルが担うこと、1964年のTPC-1)
- CERN「The birth of the World Wide Web」 https://timeline.web.cern.ch/timeline-header/90 (1989年3月のバーナーズ=リーによる提案と、1993年4月30日にCERNがウェブの技術をパブリックドメインに置くと宣言したこと)
- JPNIC「インターネット 歴史の一幕/JUNETの誕生」 https://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No29/060.html (1984年のJUNETの始まりと、参加した大学)
- JPNIC「インターネット10分講座:DNS」(ニュースレター No.22、2002年12月) https://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No22/080.html (DNSがドメインという階層構造で名前を管理し、 データを複数のホストに分散させていること。ルートサーバから下位へ委任していくしくみ)
- IIJ「沿革」 https://www.iij.ad.jp/company/about/history/ (1992年の設立と、接続サービスの開始時期)
- nippon.com「日本のインターネットの幕開けと進化」 https://www.nippon.com/ja/features/c01905/ (日本でのインターネットの広がり。本文からは番号で参照していません)
- この記事の姉妹編:ケータイはどこから来て、なぜ「ガラケー」と呼ばれたのか
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更新履歴
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