1. 1円玉 2まい半の ちから
1. 1円玉2枚半の力 ── 何日も押しつづけて、やっと時速100キロ
1. 1円玉2枚半の力 ── 何日も押しつづけて、やっと時速100km
「はやぶさ」の イオンエンジンは、3こ あわせて、1円玉 2まい半を もちあげる くらいの ちからしか 出せませんでした。てのひらに 1円玉を のせて、おもさを かんじて みましょう。ほんの すこしです。
でも、うちゅうには くうきが ありません。おした ものは、とまらずに すすみます。ちいさな ちからでも、なん日も おしつづけると、はやさが すこしずつ ふえて いきます。
アメリカの「ドーン」は、いちばん つよく おしても、じどうしゃの 時速 100キロぐらいに なるまでに 4日 かかります。それでも おしつづけて、とおい 星まで いきました。
じゃあ、その ちからは、どうやって つくって いるのでしょう。
「はやぶさ」は4基のイオンエンジンを積み、3基を同時に動かす設計でした。1基が出す力は、1円玉1枚に少し足りないくらいです(0.8グラム重)。3基そろえて、1円玉2枚半ほどを地球上で持ち上げる力です[2][3]。探査機の重さは、燃料を入れて約510kgでした[4]。
弱い力でも役に立つのは、宇宙には空気の抵抗がないからです。NASAの探査機ドーンのイオンエンジンは、いちばん強く押しても、時速0kmから60マイル(約100km)になるのに4日かかります。それでも運転は合計で2000日を超える計画で、増える速さの合計は、ドーンを打ち上げたロケットが出した分に匹敵する、とNASAは説明しています[5]。
地上から飛び立つ力は、化学ロケットが出します。はやぶさもM-Vロケットで打ち上げられました[3]。宇宙に出てから、弱い力で長く押すのが、イオンエンジンの仕事です。では、その力は、何を出して作っているのでしょうか。
「はやぶさ」は4基のイオンエンジンを積み、そのうち3基を同時に動かす設計だった。1基が出す力は約0.8グラム重(約8mN)で、3基そろえて、1円玉2枚半ほどを地球上で持ち上げる程度の力だ[2][3]。打ち上げ時の探査機の質量は、燃料を含めて約510kg[4]。510kgを地上で支える力は約5000Nなので、3基の合計(約24mN)は、その20万分の1ほどにしかならない(概算)。地上から飛び立つのは、M-Vロケットの仕事だった[3]。
弱い力でも役に立つのは、宇宙には空気の抵抗がないからだ。24mNで510kgを押しつづけると、速さは1日に約4m/s(時速約15km)ずつ積み上がる計算になる(燃料が減る分は考えない概算)。NASAのドーン探査機は、最大の力(1基91mN、1円玉で約9枚ぶん)で押しても、時速0kmから60マイル(約100km)になるのに4日かかると説明されている。それでも運転は合計で2000日を超える計画で、増速量の総計は、ドーンを打ち上げたデルタIIロケットが出した分に匹敵するとNASAは書いている[5]。
弱い力を、時間で稼ぐ。では、その力は何を出して作っているのだろう。
2. ちからは、なにを うしろへ 出して つくるの?
2. 押す力は、後ろへ出すものの「量」と「速さ」で決まる
2. 後ろへ出す ── 量を減らして、速さで稼ぐ
ロケットは、うしろへ ガスを ふき出して、その はんどうで まえへ すすみます。イオンエンジンも、うしろへ ふき出します。ちがうのは、ふき出す ものの 「りょう」と「はやさ」です。
たとえば、水を いっぱい つんだ ボートの 上から、うしろへ 水でっぽうを うつと、ボートは まえへ おされます。おなじ ちからなら、水を たくさん ゆっくり 出すより、すこしの 水を すごい いきおいで 出す ほうが、水は すくなくて すみます。イオンエンジンは、この やりかたです。
ただし ほんとうは、水でっぽうの 水より、イオンは ずっと ずっと はやいです。1びょうで 30キロメートルも すすむ はやさです。
ふき出す ものは、キセノンと いう きたいの つぶです。JAXAの ひとの けいさんでは、たんさきを おなじだけ はやくする のに、ふつうの ロケットなら おもさの はんぶんちかくが ねんりょうに なります。イオンエンジンなら、100の うち 6ぐらいで すみます。
ロケットは、燃やしたガスを後ろへ噴き出し、その反動で前へ進みます。イオンエンジンも同じで、後ろへ粒を噴き出します。押す力は、ざっくり言うと「1秒に出す量」×「出す速さ」で決まります。作用・反作用のくわしい話は、ロケットのメモにあります。
たとえば、水をたくさん積んだボートの上から、後ろへ水鉄砲を撃つと、ボートは前へ押されます。同じ力を出すなら、水をたくさんゆっくり出すより、少しの水をものすごい勢いで出すほうが、水は少なくてすみます。イオンエンジンは後者のやり方です。ただし本当は、水鉄砲の水よりイオンははるかに速いです。
JAXAの資料によると、化学ロケットの排気の速さは秒速2.5〜4.5kmです。電気ロケットは、その10倍近い、秒速約30kmで噴射できます[3]。ESAは、ベピコロンボのエンジンの噴射を秒速5万m(50km)、化学ロケットの15倍と説明しています[7]。
この差は、燃料の量にひびきます。JAXAの計算例では、600kgの探査機を秒速2km速くするのに、秒速30kmで噴射すれば、燃料は全体の約6.4%(約38kg)です。秒速3kmの化学ロケットなら約48.7%(約292kg)が必要になります[3]。はやぶさ2が積んだキセノンは66kgでした[3]。
ロケットは、燃焼ガスを後ろへ噴き出し、その反動で前へ進む。イオンエンジンも同じで、違うのは、何を、どうやって出すかだ。押す力は、おおまかに次のようになる(作用・反作用の基本は、ロケットのメモにある)。
押す力 = 1秒に出す量 × 出す速さNASAによると、ドーンのイオンエンジンは、最大の力のとき、1秒に約3.25mgのキセノンを出している[5]。力91mNを3.25mg/sで割ると、出す速さは秒速約28kmという計算になる(概算)。JAXAの講演資料では、化学ロケットの排気速度は秒速2.5〜4.5km、電気ロケットは約30kmとされている[3]。ESAは、ベピコロンボのエンジンの噴射を秒速5万m(50km)で、化学ロケットの15倍と説明している[7]。
速さで稼ぐと、燃料はどれだけ減るのか。JAXAの資料に計算例がある。600kgの探査機を秒速2km増速するとき、秒速30kmで噴射するなら、必要な推進剤は全体の約6.4%(約38kg)。秒速3kmの化学ロケットなら約48.7%(約292kg)になる[3]。はやぶさ2が積んだキセノンは66kgだった[3]。JAXAの開発者は、イオンエンジンの燃費を、化学エンジンの10倍ほどと説明している[2]。
代わりに、化学ロケットは力が桁ちがいに大きい(電力に換算するとGW級だと、同じ資料にある)[3]。はやぶさが、打ち上げにはM-Vロケット、宇宙に出てからはイオンエンジン、と分担したのは、この性質のちがいによる。では、秒速30kmの粒は、どうやって作るのか。
3. でんきの ちからで、つぶを とばす
3. キセノンをイオンにして、電気の力で飛ばす
3. イオン化、加速、中和 ── エンジンの中の3つの仕事
つかう つぶは、キセノンと いう きたいです。ほかの ものと まざりにくくて、おもたい つぶです。この つぶを、でんきの ちからで うごかします。しごとは 3つです。
1つめ。キセノンに 「マイクロ波」を あてて、でんきを おびた つぶ(イオン)に します。マイクロ波は、電子レンジと おなじ しゅるいの でんぱです。
2つめ。でんきを おびた つぶを、つよい でんきの ちからで、いきおいよく とばします。かんでんち 1000こを つなげた くらいの でんあつです。
3つめが、いちばん たいせつです。とばした つぶは、プラスの でんきを もって います。そのままだと、たんさきが マイナスに なって、つぶを ひきもどして しまいます。だから、マイナスの でんきを もつ 「でんし」も いっしょに 出して、ちょうど よく します。この しごとを する ぶひんを 「ちゅうわき」と いいます。
したじきで あたまを こすると、かみの毛が くっつきます。プラスと マイナスは、ひきあいます。ただし ほんとうは、うちゅうの エンジンの ようすは、かみの毛の じっけんより ずっと ふくざつです。ひきあう ところだけが おなじです。
使う粒はキセノンという気体です。ほかの物質と反応しにくく、コンパクトにためられ、原子が重いので、同じ速さでも大きな力になる、とNASAは説明しています[5]。エンジンの中の仕事は、3つに分かれます。
- イオン化。キセノン原子から電子を1個はぎとって、プラスの電気を持つイオンにします。はやぶさのエンジンは、電子レンジと同じ種類の電波(マイクロ波)を使い、磁石のあいだで電子にエネルギーを与えて、キセノンにぶつけます。この方式を実用化したのは、はやぶさが世界で初めてだとJAXAは説明しています[2][3]。
- 加速。イオンを、電極にあいた小さな穴のあいだの電圧で飛ばします。電極は直径10cmで、直径2〜3mmの穴が855個あります。電圧は、乾電池1000個を直列につないだのと同じくらいです[3]。
- 中和。プラスのイオンだけが出ていくと、探査機がマイナスに帯電し、イオンを引き戻してしまいます。そこで「中和器」から、イオンと同じ数の電子を出します[2][6]。
下敷きで髪をこすると、髪が下敷きにくっつきます。プラスとマイナスが引き合うのと同じ仲間の力が、探査機とイオンのあいだにもはたらきます。ただし本当は、宇宙のエンジンの中の電気の動きは、髪の毛の実験よりずっと複雑で、引き合うところだけが同じです。
この3つめの仕事をする中和器が、あとの章で主役になります。
使う粒はキセノンという気体だ。化学的に安定していて、コンパクトにためられ、原子が重いので、同じ速さでも大きな力になる、とNASAは説明している[5][6]。イオンエンジンの仕事は、3つに分かれる。
- イオン化。キセノン原子から電子を1個はぎとり、プラスの電気を持つイオンにする。多くのエンジンは、電子をぶつけて電離させる[6]。はやぶさのエンジンは、従来は電子源(ホローカソード)が担っていた部分をマイクロ波(電子レンジと同じ種類の電波)に置き換えた。放電室に2列の磁石があり、電子が磁力線のまわりを回る周波数とマイクロ波の周波数(4GHz)が一致すると、電子が共鳴してエネルギーを得て、キセノン原子にぶつかって電離させる。電子共鳴加熱(ECR加熱)という[8]。この方式を実用化したのは、はやぶさが世界初だとJAXAは説明している[2]。
- 加速。イオンを、電極(グリッド)の小さな穴のあいだの電圧で加速して、ビームにして出す。はやぶさのエンジンは、直径10cmの電極に、直径2〜3mmのビーム噴射口が855個あり、電圧は乾電池1000個を直列にしたのと同じくらいだ[3]。
- 中和。プラスのイオンだけが出ていくと、探査機がマイナスに帯電して、イオンを引き戻してしまう。そこで、中和器から、イオンと同じ数の電子を出す。ビームは全体として電気を帯びなくなり、電流の回路も閉じる[2][3][6]。NASAの資料は、中和器がないと、イオンが探査機に引き戻されて推力が下がり、探査機が傷むとも書いている[6]。
イオンを作る部分と中和器は、1基のエンジンの中で1セットになっている。中和器は、電子を出しつづけるだけの地味な部品に見える。この部品が、あとの章で主役になる。
4. たいように とおく なると、どうなるの?
4. 力は電気で買う ── 太陽から遠ざかると、エンジンを減らす
4. 電力の制約 ── 太陽から遠ざかると、3基から1基へ
この でんきは、たいようの ひかりを でんきに する パネルで つくります。たいようから とおく なると、ひかりが よわく なって、でんきが へります。
「はやぶさ」は、たいようから とおく なった とき、エンジンを 3こから 2こ、そして 1こに へらしました。
そこで、うちあげて から 1年は、たいようから はなれすぎない むきに おして、でんきを たっぷり つかいました。そのあと 地球の ちからを かりて、はやさを ふやす 「スイングバイ」を しました。
速い粒を作るには、エネルギーが要ります。そのエネルギーは、太陽電池が作る電気です。500kgクラスの探査機が出せる電力は約1kWで、エンジン1基なら330W、2基なら660Wという具合に分けて使います[2]。
太陽から遠ざかると、太陽電池の発電は落ちます。はやぶさは、2004年9月からイオンエンジンの出力を絞り、10月に3基から2基に、12月には1基に減らしました。2005年2月18日には、太陽から1.7天文単位の遠日点を通りました。電気推進エンジンを積んだ探査機としては、当時、太陽からいちばん遠くへ行ったことになります[3]。
そこで、地球のスイングバイと組み合わせました。打ち上げ後の1年は、太陽から離れすぎない向きに加速して電気をたくさん使い、2004年5月19日、地球のそばを通って進路を小惑星へ向けました。この組み合わせは、はやぶさが世界初だとJAXAは説明しています[9]。
速い粒を作るには、エネルギーが要る。噴き出す粒が持つ運動エネルギーは、1秒あたり「力×速さ÷2」で見積もれる。はやぶさの1基なら、約8mN × 秒速30km ÷ 2 ≈ 120W。実際の消費電力は1基で約350Wだから[3]、電力の3分の1ほどが、噴流の勢いになる計算だ(概算)。
探査機の電気は太陽電池が作る。500kgクラスの探査機が出せる電力は約1kWで、1基だけなら330W、2基なら660W、と分けて使う[2]。太陽から遠ざかると発電は落ちる。はやぶさは、2004年9月からイオンエンジンの出力を絞り、10月に3基から2基に、12月には1基に減らした。2005年2月18日には、太陽から1.7天文単位の遠日点を通過し、電気推進エンジンを積んだ探査機として、当時、太陽から最も遠くへ行った[3]。
そこで、地球スイングバイと組み合わせた。打ち上げ後の1年は、太陽から離れすぎない向きにイオンエンジンで加速して電力を確保し、2004年5月19日、地球のそばを通って、小惑星へ向かう軌道に乗った。イオンエンジンとスイングバイを組み合わせる方式は、はやぶさが世界で初めてだとJAXAは説明している[9][3]。
5. こわれた エンジンを、くみあわせて うごかす
5. 2009年11月 ── 壊れたエンジンの、生きている部分をつなぐ
5. 2009年11月 ── 「クロス運転」で残った力
「はやぶさ」は、2003年に うちあげられました。エンジンは 4こです。まず 1こが うまく うごかなく なりました。2009年11月には、のこりの エンジンも つぎつぎ よわく なりました。
エンジンは、つぶを とばす 「イオンげん」と、でんしを 出す 「ちゅうわき」が セットに なって います。あるエンジンは イオンげんが、べつの エンジンは ちゅうわきが こわれて いました。
そこで、こわれて いない ほうどうしを くみあわせました。エンジンAの ちゅうわきと、エンジンBの イオンげんです。これで、1こぶんの ちからが 出せました。「はやぶさ」は、2010年6月13日に、地球へ もどって きました。
はやぶさは、2003年5月9日に打ち上げられました[4]。4基のイオンエンジン(A〜D)のうち、打ち上げ直後にAが不安定になって休止し、その後Bも不調になって、CとDで地球をめざしました。2009年11月、Dが寿命で異常停止し、Cも性能が落ちていました[2]。
イオンエンジンは、粒を飛ばす「イオン源」と、電子を出す「中和器」が1セットです。はやぶさは、別々のエンジンのイオン源と中和器をつないで動かせる電源回路を、万一のために用意していました。Aはイオン源が、Bは中和器が壊れていました。そこで、壊れていないAの中和器と、Bのイオン源を組み合わせて、1基ぶんの推力を確保しました[2]。
イオンエンジンを研究してきた國中均さんは、この回路は万一のために用意しただけで、実際に使うことになるとは思っていなかったと話しています[2]。
結果として、はやぶさのイオンエンジンは、累計25,600時間、探査機を加速しました。4基ののべ運転時間は約4万時間になりました[3]。2010年3月に連続運転を終え、6月13日に地球へ戻りました[3]。
はやぶさは、2003年5月9日に打ち上げられた[4]。4基のイオンエンジン(A〜D)のうち、打ち上げ直後にAが不安定になって休止し、その後Bも不調になり、CとDの2基で地球をめざした。2009年11月、Dが寿命で異常停止し、Cも長旅で性能が落ちて、まもなく寿命を迎えようとしていた[2]。
ここで使われたのが「クロス運転」だ。はやぶさは、別々のエンジンのイオン源と中和器を組み合わせて動かせる電源回路を、万一に備えて用意していた。Aはイオン源が、Bは中和器が壊れて使えなかった。そこで、壊れていないAの中和器と、Bのイオン源を組み合わせ、1基ぶんの推力を確保した[2]。JAXAの資料には、電源故障に備えて搭載したバイパスダイオードが、別系統のイオン源と中和器の組み合わせ動作を可能にした、とも書かれている[3]。
イオンエンジンの研究を続けてきた國中均さんは、この回路は万一のために用意しただけで、実際に使うことになるとは思っていなかったと話している[2]。
結果として、はやぶさのイオンエンジンは、累計25,600時間、探査機を加速して、宇宙での動力航行時間の世界記録になり、4基ののべ運転時間は約4万時間に達した[3]。この4万時間の記録は、2013年9月にNASAのドーンに抜かれるまで、世界記録だった[8]。連続運転は2010年3月に終わり、その後の軌道修正を経て、6月13日に地球へ戻った[3]。
6. うちゅうで わかった こわれかた
6. 地上の試験では見つからなかった弱点 ── はやぶさ2の中和器
6. はやぶさ2 ── 地上の耐久試験では見えなかった、中和器まわりの損耗
ちゅうわきは、でんしを 出しつづける ぶひんです。「はやぶさ」でも、いちばん さいごに いのちを きめたのは、ちゅうわき だったと いいます。
つぎの「はやぶさ2」では、ちじょうで 8万じかん いじょうの テストを して、じょうぶだと たしかめました。ところが うちゅうで うごかして みると、ちゅうわきの まわりの カバーが けずれて、でんしが うまく もどらなく なる ことが わかりました。ちじょうでは、けずれた きんぞくが たまって、でんきが とおる まま だったので、みえませんでした。
2026年3月には、4こ のうち 3こが うまく うごかなく なって いました。のこりの 1こも、6月には すこしずつ よわりはじめて いました。それでも、2026年7月に 小わくせい 「トリフネ」の そばを とおったあと、イオンエンジンを また うごかしはじめました。つぎの めざす ところは、まだ ずっと さきに あります。
はやぶさで最後に寿命を決めたのは、電子を出す中和器だったと、JAXAの研究者が書いています[8]。電子を出すには、対になるプラスのイオンを壁が受け止めることになり、壁の原子がはじき飛ばされて削れていきます。はやぶさ2では、中和器に入れるキセノンの量を増やす対策をとり、地上の耐久試験は、はやぶさの1.5万時間を超えて、8万時間以上になりました[8][10]。
ところが、宇宙で運転を続けると、別の弱点が見つかりました。エンジンのまわりの金属カバーがプラズマで削られて電気を通さなくなると、中和器から出た電子を受け止められなくなります。中和器が壊れたように見えるデータになります。地上の試験では、削れた真空装置の金属がカバーにたまって、電気が通るままだったので、この現象は見えませんでした[10]。
2026年3月の報告では、はやぶさ2の4基のうち、打ち上げから地球帰還まで動かしてきたA、C、Dは、正常に動かなくなっていました。温存していたBにも劣化の兆しがありました[11]。6月の報告では、劣化の目安になる中和器の電圧が、Bも他の3基と同じように上がりはじめていました。キセノンを増やして、進み方をおさえています[12]。それでも、2026年7月5日に小惑星トリフネのフライバイに成功し、7月9日から、2027年12月の地球スイングバイに向けて、イオンエンジンの運転を再開しました[13]。
はやぶさで寿命を最後に決めたのは、電子を出す中和器だったと、ISASの研究者が書いている[8]。電子を出すには、対になる正イオンを壁が受け止めるのが避けられず、壁の原子がはじき飛ばされて削れていく。電子が2つ欠けたイオン(Xe2+)は、数がごくわずかでも、壁を削る力が大きい可能性があると説明されていて、はやぶさ2では、中和器に入れるキセノンの流量を約40%増やして抑えた[8]。地上の耐久試験は、はやぶさの1.5万時間を超えて、2016年9月末に3.5万時間、2022年には8万時間以上になった[8][10]。
ところが、宇宙で運転を続けると、別の弱点が見つかった。2022年12月のJAXAの報告によると、エンジンには熱制御剤をつけた金属カバーがあり、これがプラズマで削られて導電性を失うと、中和器から出た余剰電子を回収できなくなり、中和器そのものが劣化したように見えるデータになる。地上の試験では、削れた真空チャンバーの金属(チタンや鉄)がカバーに堆積して導電性が保たれる領域だったため、この現象が見えなかった[10]。
2026年3月の報告では、打ち上げから地球帰還まで運転してきたA、C、Dは、中和器の電圧が電源の上限を超え、正常には動作しなくなっている。温存していたBにも劣化の兆しがあり、運転時間が7500時間を超えたころから中和器電圧が30Vを超え始めた[11]。6月10日の報告では、2026年4月21日に始めた運転の中で、Bにも他の3基と同じ電圧上昇が見え始め、運転時間は6月9日時点で8143時間になった。キセノンの流量を増やして劣化の進行を抑えていて、Bの電圧は、A、C、Dよりゆっくり上がっている[12]。JAXAは、地上の試験では分からず、宇宙で運転して初めて、想定以上の表面損耗が起きていることが分かったと書き、これから打ち上げるDESTINY+などでは、カバーを含めた設計の変更が進められている[11]。
それでも、はやぶさ2は動いている。2026年7月5日に小惑星トリフネのフライバイに成功し、小惑星の表面から約400mまで近づいた[13]。トリフネまでに必要だった増速は約25m/sで、化学推進でも出せる量だった[11]。イオンエンジンは7月9日から運転を再開し、次の目標は2027年12月の地球スイングバイ、最終目標は2031年の小惑星1998 KY26へのランデブーだ[13]。2026年3月の見積もりでは、地球に戻るまでに約200m/s、その先の1998 KY26まででさらに約400m/sの増速が必要とされている[11]。
7. ほかの たんさきの エンジンと くらべて みよう
7. ドーンとベピコロンボ ── 力の大きさを1円玉にそろえる
7. ドーンとベピコロンボ ── 力の大きさを1円玉にそろえて比べる
ほかの たんさきの エンジンも、1円玉の まいすうで くらべて みましょう。「はやぶさ」は、エンジン 1こで、1円玉 1まいより ちょっと すくないです。アメリカの「ドーン」は、1こで 9まいぐらいです。ヨーロッパの「ベピコロンボ」は、2こで 25まいぐらいです。
どれも、ふつうの ロケットの ちからには ぜんぜん かないません。でも、ながい じかん おしつづけられるから、とおくの 星まで いけます。
ドーンは、ベスタと セレスと いう 2つの 星を、つぎつぎ まわりました。ベピコロンボは、たいように むかって すすむので、はやさを へらす ひつようが ありました。
ほかの探査機のエンジンも、1円玉の枚数にそろえてみましょう(1円玉1枚の重さは1g)。はやぶさは1基で1円玉1枚弱、はやぶさ2は1基で約1枚、ドーンは1基で約9枚、ベピコロンボは2基で約25枚です[3][10][5][7]。ESAの技術者は、ベピコロンボの力を、1ユーロ硬貨3枚ぶんの重さにたとえています[7]。
それでも使う理由は、探査機ごとにちがいます。ドーンは、小惑星帯で2つの天体(ベスタとセレス)を順に回った最初の探査機です。NASAは、化学推進では必要な燃料が積めないミッションを、イオンエンジンなら可能にする場合があると説明しています[6]。ベピコロンボは、太陽に向かって進むので速度を捨てる必要があり、9回の惑星フライバイとイオンエンジンの推力を組み合わせて水星をめざしました[7]。くわしくは水星まで8年かかるのはなぜ?のメモにあります。
ほかの探査機のエンジンも、1円玉の枚数にそろえて並べてみる(1円玉1枚の重さ1gを約9.8mNとして換算した概算)。
| 探査機(打ち上げ年) | 推力 | 噴射の速さ | 1円玉に換算 |
|---|---|---|---|
| はやぶさ(2003年) | 1基 約0.8グラム重(約8mN)[3] | 秒速約30km(電気ロケットの目安)[3] | 1基で約0.8枚 |
| はやぶさ2(2014年) | 1基 10mN超[10] | はやぶさを改良した同じ方式 | 1基で約1枚 |
| ドーン(2007年、NASA) | 1基 最大91mN[5] | 化学エンジンの7〜10倍[5] | 1基で約9枚 |
| ベピコロンボ(2018年、ESA) | 2基で最大250mN[7] | 秒速5万m(化学ロケットの15倍)[7] | 2基で約25枚 |
ESAの技術者は、ベピコロンボの力を、1ユーロ硬貨3枚ぶんの重さにたとえている[7]。どれも、化学ロケットの力にはとても及ばない。それでも使う理由は探査機ごとにちがう。ドーンは、小惑星帯で2つの天体(ベスタとセレス)を順に周回した最初の探査機で、NASAは、化学推進では必要な推進剤が積めないミッションを、イオンエンジンなら可能にする場合があると説明している[6]。ベピコロンボは、太陽に向かって進むため速度を捨てる必要があり、ESAによれば、9回の惑星フライバイにイオンエンジンの推力を組み合わせて水星をめざした[7]。くわしくは水星まで8年かかるのはなぜ?のメモにある。
8. てのひらで かんじて みよう
8. 手のひらの1円玉と、はやぶさ2の運用報告
8. 手のひらの1円玉と、中和器電圧のグラフ
てのひらに 1円玉を 3まい のせて、「はやぶさ」の ちからを かんじて みましょう。ドーンなら 9まいです。この ちからで、なんじかんも、なんにちも おしつづけて、とおくへ いきました。
もう1つ。「はやぶさ2」の ホームページには、イオンエンジンの ようすを つたえる ほうこくが あります。おうちの 人と いっしょに、「ちゅうわき」と いう ことばを さがして みましょう。
まず、手のひらに1円玉を3枚のせて、はやぶさ3基の力を感じてみましょう。ドーンなら9枚、ベピコロンボなら25枚です。この力を、何千時間も重ねて、探査機は速さを変えてきました。
もう一つ。はやぶさ2プロジェクトのホームページには、イオンエンジンの状態を伝える報告があります。2026年3月の報告には、4基のエンジンの中和器の電圧を、運転時間ごとに並べたグラフがあります[11]。本文には、A、C、Dの電圧が途中から急に上がったこと、Bは運転時間が7500時間を超えたころから上がりはじめたことが書かれています。グラフのどこがその場所か、探してみましょう。6月の報告にも、更新されたグラフがあります[12]。
2027年12月の地球スイングバイまで、はやぶさ2のイオンエンジンがどう動くかは、運用状況の報告で追えます[13]。次の報告で、Bの電圧はどうなっているでしょうか。
まず、手のひらに1円玉を3枚のせて、はやぶさ3基の力を感じてみる。ドーンの1基なら9枚、ベピコロンボの2基なら25枚。この力を何千時間も重ねて、探査機は速さを変えてきた。
- JAXAはやぶさ2プロジェクトの2026年3月18日のトピックスには、4基の中和器電圧を運転時間ごとに描いたグラフがある[11]。本文には、A、C、Dの電圧が途中から急上昇して電源の上限を超えたこと、Bは運転時間が7500時間を超えたころから30Vを超え始めたことが書かれている。グラフのどこがその場所にあたるか、本文と見比べて探してみる。2026年6月10日の報告にも、更新された電圧のグラフがあり、Bの緑の線が、A、C、Dよりゆっくり上がっていると書かれている[12]。
- 2022年12月の報告[10]と読み比べる。カバーの導電性という説明が、2026年3月の報告でどう使われているかを見る。
- 「はやぶさ」のイオンエンジンを、自分で計算する。1基0.8グラム重、探査機510kgから、1日に増える速さを求め、ドーンの「4日で時速100km」と比べる。
2027年12月の地球スイングバイまで、イオンエンジンがどう動くかは、はやぶさ2プロジェクトの運用状況の報告で追える[13]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
このメモは、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
- 造幣局「現在製造している貨幣」。 https://www.mint.go.jp/operations/production/operations_coin_presently-minted.html (1円アルミニウム貨の質量1g、直径20mm)
- JAXA 特集「小惑星探査機「はやぶさ」ついに地球へ帰還!」内、國中均氏へのインタビュー「希望を現実にした「はやぶさ」のエンジン」。 https://www.jaxa.jp/article/special/hayabusareturn/kuninaka01_j.html (3基で1円玉2枚半の推力、4基構成、イオン源と中和器の役割、2009年11月の危機とクロス運転、燃費、電力配分)
- 西山和孝(JAXA宇宙科学研究所)「小惑星探査機はやぶさ2の往復航行を実現するイオンエンジン」(はやぶさ2トークライブ講演資料、2016年)。 https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20160606/data/Hayabusa2talklive_VOL2.pdf (排気速度の比較、ロケット方程式の計算例、エンジンのしくみと数値、電力不足と遠日点、クロス運転と運転時間の記録)
- JAXA「小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)」。 https://www.jaxa.jp/projects/sas/muses_c/index_j.html (打ち上げ日と、燃料を含めた質量約510kg)
- NASA「Ion Propulsion」(ドーン探査機の技術解説)。 https://science.nasa.gov/mission/dawn/technology/ion-propulsion/ (最大推力91mN、キセノン消費量、0〜60マイル/時に4日、デルタIIとの比較、キセノンを選んだ理由)
- NASA Facts「Ion Propulsion」(PS-01628)。 https://www.nasa.gov/wp-content/uploads/2015/08/ionpropfact_sheet_ps-01628.pdf (イオン化・加速・中和のしくみ、中和器がない場合の問題、ドーンの目的)
- ESA「Electric blue thrusters propelling BepiColombo to Mercury」(2018年)。 https://www.esa.int/Enabling_Support/Space_Engineering_Technology/Electric_blue_thrusters_propelling_BepiColombo_to_Mercury (噴射速度、最大推力250mN、1ユーロ硬貨3枚のたとえ、内側へ向かうためのブレーキ)
- 月崎竜童「マイクロ波イオンエンジンの進化と電気推進をめぐる国際競争」ISASニュース No.428(2016年11月)。 https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/161130.html (電子共鳴加熱のしくみ、中和器の寿命とXe2+、4万時間の記録、地上耐久試験の時間)
- JAXA 特集「はやぶさ、地球への旅に出発」内、國中均氏へのインタビュー「イオンエンジンの可能性にかけて」。 https://www.jaxa.jp/article/special/hayabusa/kuninaka_j.html (イオンエンジンと地球スイングバイの組み合わせ、電力確保のための加速の向き)
- JAXA はやぶさ2プロジェクト トピックス「拡張ミッション第3期イオンエンジン運転完了」(2022年12月23日)。 https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20221223_IES/ (推力が各10mN超、カバーの損耗と中和器、地上試験との差、8万時間の耐久試験)
- JAXA はやぶさ2プロジェクト トピックス「イオンエンジン:限界を越えて頑張る ─ いよいよ小惑星トリフネのフライバイに挑戦」(2026年3月18日)。 https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20260318_IES/ (4基の劣化状況、中和器電圧のグラフ、今後必要な増速量)
- JAXA はやぶさ2プロジェクト トピックス「小惑星トリフネに向けたイオンエンジンの最後の運転を完了」(2026年6月10日)。 https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20260610_IES/index.html (Bの中和器電圧の上昇、運転時間8143時間、キセノン流量の増加)
- JAXA はやぶさ2プロジェクト トピックス「小惑星トリフネのフライバイ探査に成功!」(2026年8月7日)。 https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20260705_flyby/ (フライバイの成功と接近距離、7月9日からのイオンエンジン運転、次の目標)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。