1. 場所を 2つの 数字で いうと?
1. 地球の「ここ」を、2つの角度で言う
1. 緯度・経度の定義
ますめの ある ノートの 上で、「たてに 3、よこに 5」と いえば、1つの ますが きまります。地球の 上でも 同じで、2つの 数字で 場所を いえます。
1つ目は緯度です。赤道を 0度として、北と 南へ どれだけ はなれて いるかを 角度で あらわします。北極は 北へ 90度です。
2つ目は経度です。ある 1本の 線を 0度として、東と 西へ どれだけ はなれて いるかを 角度で あらわします。東と 西に 180度までです。
ただし 本当は、地球が 丸いので、ますめでは なく 角度で あらわして います。
2. 南北の 場所は、どうして 空で 分かるの?
2. 緯度は、太陽や星の高さで測れた
2. 子午線高度による緯度の決定と古代の座標
お昼に 太陽が いちばん 高く なる ときの 高さは、場所に よって ちがいます。その 高さを 角度で はかると、緯度が 分かります。よるの 星でも できます。
古代ギリシャの エラトステネスは、夏至の 正午の 太陽の 角度が、2つの 町で ちがう ことから、地球の 大きさを 見つもった と いわれて います。ヒッパルコスは、円を 360に わける やり方を つかった と いわれます。
お昼に太陽がいちばん高くなるとき、その高さは緯度によって違います。この高さを測る方法は子午線高度法と呼ばれ、緯度はこうして求められました[2]。夜なら星の高さでも同じことができます。
紀元前3世紀のエラトステネスは、夏至の正午の太陽の角度が2つの町で約7.2度、円の50分の1ずれることと、町の間の距離を約5000スタディアとして、地球一周を約25万スタディアと見積もったと伝えられています[7]。現代の値に近いのですが、スタディアの長さが確定せず、2つの誤差が打ち消し合った面もあるため、正確だったと言い切ることはできません。
紀元前2世紀のヒッパルコスは、地図は緯度と経度の天文測量に基づくべきだと主張し、円を360度に分ける方法を使ったとされます[8]。エラトステネスは、緯線と子午線を含む地図を作った最初の人とされています[7]。
緯度は、子午線高度法、すなわち太陽や星が真南(真北)に来たときの地平線からの高さを測ることで決められた[2]。
エラトステネス(前3世紀)は、アレクサンドリアとシエネで夏至の正午の太陽の角度差が約7.2度(円の1/50)であること、2地点の距離が約5000スタディアであることから、地球一周を約25万スタディアと見積もった。現代値(約40,075km)に近いが、スタディアの長さが確定しないうえ、2つの誤差が打ち消し合った面があり、見積もりの正確さは断定できない[7]。
ヒッパルコス(前2世紀)は、地図は緯度・経度の天文測量に基づくべきだと主張し、円を360度に分ける方法を使ったとされる[8]。緯線と子午線を含む地図を最初に作った人物はエラトステネスとされる。
3. 東西の 場所は、どうして むずかしかったの?
3. 経度は「時刻の差」から出てくる
3. 経度と時差の関係
地球は 24時間で 1回 まわります。360度を 24で わると、15度です。つまり、東西に 15度 うごくと、時計が 1時間 ずれます。
たとえば、出発した 港の 時計で 14時の ときに、いる 場所の 太陽が いちばん 高く なったと します。ずれは 2時間ですから、港から 西へ 30度 はなれて いると 分かります。
ここで こまるのが 時計です。ゆれる 船の 上で、何か月も くるわずに 港の 時こくを 守れる 時計が いります。むかしは、それが ありませんでした。
地球は24時間で360度回るので、経度が15度ずれると、太陽が真南に来る時刻が1時間ずれます[3]。つまり経度は、基準にした場所の時刻と、今いる場所の時刻の差から求められます。
たとえば、出発した港の時計が14時を指すときに、今いる場所で太陽がいちばん高くなったとします。2時間の差は30度なので、港から西へ30度離れていると分かります。
問題は時計です。揺れる船の上で、何週間も港の時刻を狂わずに保つ時計が、当時はありませんでした。緯度は太陽の高さを測るだけで済んだのに、経度は「正確な時計」という別の技術が必要だった。だから経度が長い間の難問になりました。
地球は24時間で360度自転するため、経度15度が1時間の時差に当たる[3]。経度は、基準地の時刻と現地の時刻(太陽が南中する時刻)の差から求められる。例:基準港の時計が14時のとき現地で正午なら、差2時間×15度=30度で、基準地の西30度になる。
緯度が太陽や星の高さだけで足りるのに対し、経度には、長期の航海でも基準地の時刻を保つ時計が必要だった。この時計の精度が、次章の賞金の条件に直結する。
4. 時計に 賞金が かかったって ほんとう?
4. 議会が賞金を出した ── 経度法とハリソンの時計
4. 1714年の経度法とハリソンの海洋時計H4
1714年、イギリスの議会は、東西の 場所を せいかくに はかる やり方に、賞金を 出すと 決めました。いちばん 高い 賞金は 2万ポンドです。
ハリソンという 人が 作った 時計は、1761年に 港を 出た 船で ジャマイカまで 81日 のせて いくと、おくれが 5秒でした。5秒は、場所に すると だいたい 1かいりの ちがいです。
ただし 賞金は、ぜんぶ もらえた わけでは ないと いわれて います。いろいろな わけが あったようです。
1714年、イギリス議会は経度法で、経度を精度よく測る方法に賞金を用意しました。誤差が1度(約60海里)以内なら1万ポンド、40海里以内なら1万2500ポンド、30海里(約0.5度)以内なら最高の2万ポンドです[5]。
この難問に挑んだ一人が、時計職人のジョン・ハリソンです。彼の海洋時計H4は、1761年11月18日にポーツマスを出た船でジャマイカへ向かい、81日の航海のあとで5秒遅れただけでした。5秒は経度で約0.02度、約1海里の誤差にあたります。1764年のバルバドス航海でも、遅れは39秒以内だったと伝えられます[6]。
ただし、ハリソンは賞金を満額では受け取っていません。総額23,065ポンドを受け取ったものの、政治的な事情で正式な賞は得られなかったとされます[6]。ポンドは今のお金に直す数字に幅があるので、円には直しません。
1714年の経度法は、精度に応じて賞金を定めた。誤差1度(約60海里)以内で1万ポンド、40海里以内で1万2500ポンド、30海里(約0.5度)以内で最高2万ポンド[5]。1度=60海里なので、30海里は0.5度で、上の計算と合う。
ジョン・ハリソンの海洋時計H4は、1761年11月18日にポーツマスを出港した船に載り、ジャマイカへの81日の航海後、既知のキングストンの経度と比べて5秒遅れだった(約1海里の誤差)。1764年のバルバドス航海でも39秒以内に収まった[6]。時間5秒は、経度では15度÷3600秒×5秒≒0.02度で、赤道付近なら1海里前後に当たる。
賞金は満額では支払われず、総額£23,065を受け取ったが、政治的事情で正式な賞は得られなかったとされる[6]。この点は英語版Wikipediaの要約に基づくため、原資料での確認が望ましい。
5. 0度の 線は、だれが 決めたの?
5. 経度0度は「約束」で決まった
5. 本初子午線の採決(1884年)
赤道は、地球が まわる ときの まんなかの 線なので、しぜんに 決まります。でも 経度0度の 線には、そういう 決まりが ありません。
1884年、アメリカの ワシントンで 集まりが ひらかれ、みんなで 投票して、イギリスの グリニッジ天文台の 近くを 通る 線を 0度に しました。22人が さんせい、1人が はんたい、2人は どちらにも 手を あげませんでした。
全員 いっちでは なかったのです。当時の 海の 地図の 多くが すでに グリニッジを もとに していて、使いつづけやすい ことが 大きかった と いわれます。
赤道は、地球の自転軸から自然に決まります。ところが経度0度の本初子午線には、そういう自然な決め方がなく、位置は人が決めた約束です。グリニッジ天文台の近くを通るのも、慣習によるものです[3]。
1884年、アメリカのワシントンD.C.で国際子午線会議が開かれました(10月1日開会)。10月13日の投票は、グリニッジを本初子午線とする案に賛成22、反対1(ドミニカ共和国)、棄権2(フランス・ブラジル)でした。決議の採択は10月22日です。決め手の1つは、すでにあった海図の多くと合わせやすい、という実用面だったとされます[4]。
全員一致ではなく、フランスは1911年まで、日常の時刻にグリニッジ基準を採用しませんでした[4]。世界の基準は、少数の反対を残したまま、使いやすさを理由に決まりました。
赤道は自転軸で定義される自然な基準だが、本初子午線の位置は恣意的で、グリニッジ王立天文台付近を通るのは慣習による[3]。
1884年10月1日開会の国際子午線会議(ワシントンD.C.)では、10月13日にグリニッジを本初子午線とする案の投票が行われ、賛成22・反対1(ドミニカ共和国)・棄権2(フランス・ブラジル)となり、10月22日に決議が採択された。既存の海図の多くとの連続性という実用面の論拠が大きかったとされる[4]。全員一致ではなく、フランスは1911年までグリニッジ基準を日常の時刻に用いなかった[4]。
数字は英語版Wikipediaの要約に基づくもので、会議議事録の原典では照合していない。
6. 日本の 時計は、どこの 線で 決まって いるの?
6. 日本の時刻は、東経135度の線で決まっている
6. 日本標準時と日本経緯度原点
日本の 時計は、東経135度の 線の 時こくを もとに して います。135を 15で わると 9です。世界の もとの 時こくより、9時間 はやい ことに なります。
明治19年に そう 決まり、明治21年の 1月1日から 使われて います。
日本の 場所を はかる ときの もとに なる 点も あります。経緯度原点と いい、東京都港区の 麻布台に あります。
自分でも しらべて みよう
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること ちずちょうや ちきゅうぎを ひらいて、自分の 町の 緯度と 経度を さがして みましょう。東経135度との ちがいを 出して、1度に つき 4分と して かけ算すると、太陽が いちばん 高くなる 時こくが、東経135度の 場所より 何分 はやいか おそいかが おおよそ 分かります。
ちずちょうが ない ときは、学校や 図書館の 人に 聞いて みましょう。
今日できること 地図帳や地球儀で、自分の町の緯度と経度を探してみましょう。東経135度との差を出し、1度あたり4分(15度で60分だからです)を掛けると、太陽がいちばん高くなる時刻が東経135度の場所より何分早いか遅いか、おおよその見当がつきます。
公式情報 日本の測量の基準については、国土地理院のウェブサイトの測地基準点の説明が見られます[10]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
数字や年号は、検索結果や英語版Wikipediaの要約を経由した二次資料に基づくものがあり、原典での照合はしていません。
- 国立天文台 暦Wiki「緯度と経度」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C3CFB5E52FB7D0C5D9A4C8B0DEC5D9.html (緯度・経度の定義、1度と分・秒)
- Wikipedia "Latitude" https://en.wikipedia.org/wiki/Latitude (緯度の定義と測り方、1度の長さ)
- Wikipedia "Longitude" https://en.wikipedia.org/wiki/Longitude (経度の定義、本初子午線の性格、時差との関係)
- Wikipedia "International Meridian Conference" https://en.wikipedia.org/wiki/International_Meridian_Conference (1884年の会議と採決)
- Wikipedia "Marine chronometer" https://en.wikipedia.org/wiki/Marine_chronometer (経度法と賞金)
- Wikipedia "John Harrison" https://en.wikipedia.org/wiki/John_Harrison (H4の航海記録と賞金)
- Wikipedia "Eratosthenes" https://en.wikipedia.org/wiki/Eratosthenes (地球一周の見積もりと地図)
- Wikipedia "Hipparchus" https://en.wikipedia.org/wiki/Hipparchus (地図と天文測量、円の360分割)
- 神戸新聞 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202108/0014615441.shtml (日本標準時の制定)
- 国土地理院 測地基準点 https://www.gsi.go.jp/sokuchikijun/datum-main.html (日本経緯度原点)
なおした ところ
更新履歴
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