このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

むかしの こよみには、なぜ 13ばんめの 月が あったの?

旧暦にはなぜ閏月があるのか ── 季節のずれを直す「13番目の月」

旧暦の閏月 ── 中気を含まない月に置く決まり、19年7閏、2033年問題、明治6年の消えた閏6月

分野:歴史・文化

もし きょうから ずっと 旧暦きゅうれきの 暦こよみを つかい つづけたら、どう なるでしょう。20年も たたない うちに、あつい 夏至げしの ころに お正月が くるように なると、国立天文台は せつめいして います[3]。

むかしの 人は、これを ふせぐために、ときどき 1年を 13か月に しました。それが 閏月うるうづきです。どうして 13ばんめの 月が いるのか。いつ、どの 月に いれるのか。きまりが こまった ことに なる 年や、明治めいじの 暦こよみの 話まで、たどります。

旧暦のカレンダーを放っておくと、日付は季節に対して毎年約11日ずつ前にずれていきます。国立天文台は、20年もしないうちに夏至のころに元日を迎えることになる、と説明しています[3]。

昔の人は、そのずれを直すために、ときどき1年を13か月にしました。これが閏月です。なぜ13番目の月が必要なのか、どの月に入れると決めたのか。その決まりが行きづまる2033年の問題や、明治の改暦で消えた閏月の話まで、順にたどります。

旧暦では、1年が約354日で、太陽年(約365.24日)より約11日短い。放置すると日付は季節に対して1年に約11日ずつ前へずれ、20年もしないうちに夏至の頃に元日を迎えることになる、と国立天文台は説明している[3]。この差を埋めるのが、およそ19年に7回入れる閏月である。

閏月は「中気を含まない月」に置く。この決め方の考え方、19年7閏の数字、天保暦の条件が2033年に破綻する問題、明治6年(1873年)に閏6月が改暦で消えた経緯を、複数の資料を突き合わせてたどる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. なつに お正月が くるって、ほんとう?

1. 夏に元日が来る? ── 旧暦とは何か

1. 日本で旧暦と呼ばれる天保暦と、季節とのずれ

いま「旧暦きゅうれき」と よばれて いるのは、日本で 太陽暦たいようれきが はじまる すぐ前まで つかわれて いた、天保暦てんぽうれきと いう 暦こよみの ことです[1]。太陽暦たいようれきが つかわれ はじめたのは、明治めいじ6ねん(1873ねん)でした。

この 暦こよみは、月の かたちの かわりかたで 月を かぞえます。ところが、月の かたちだけで 12回 かぞえると、1年が 短く なりすぎます。すると 日づけが どんどん 前へ ずれて、20年も たたない うちに、夏至げしの ころが お正月に なって しまうのです[3]。

夏に お正月では、春を まって たねを まく 日を、日づけで 決める ことが できなく なります。

ふだん「旧暦」と呼ぶのは、日本で太陽暦に改められる直前まで使われていた、天保暦という暦法のことです[1]。太陽暦が採用されたのは、明治6年(1873年)でした。

この暦は、月の満ち欠けを基準に月を数えます。ところが、月の満ち欠けだけで1年を12回数えると、1年が短くなりすぎます。日付は季節に対して1年に約11日ずつ前へずれ、20年もしないうちに、夏至のころに元日を迎えることになります[3]。

元日は春の入り口のはずなのに、夏になっているのです。種をまく時期や田植えの目安にする日付が、季節と合わなくなってしまいます。

日本で一般に「旧暦」と呼ばれるのは、太陽暦への改暦の直前に使われていた天保暦の暦法である[1]。太陽暦の採用は明治6年(1873年)。

純粋な太陰暦(月の満ち欠けだけで月を数える暦)では、日付が季節に対して1年に約11日ずつ前へずれ、20年もしないうちに夏至の頃に元日を迎えることになる、と国立天文台は説明している[3]。ずれの大きさの根拠は次章の計算で確かめる。

季節の目安として日付を使う社会(農作業の時期など)にとって、この漂流は実害になる。そこで太陰の月に太陽の動きを合わせた「太陰太陽暦」が、東アジアで長く使われた。

2. 2つの ものさしは、どれだけ ずれるの?

2. 月の周期と太陽の周期 ── 1年で約11日のずれ

2. 朔望月×12と太陽年の差 ── 10.87日

ここでは 2つの ものさしが でて きます。1つめは 月の みちかけです。月が 見えない 日(新月しんげつ)から つぎの 新月しんげつまで、およそ 29.5日 です[2]。

2つめは 季節きせつです。春から 夏、秋、冬と めぐって、もとに もどるまで、およそ 365日と 4分の 1日 かかります。

月の ものさしで 12回 かぞえると、29.5×12=354日 ほど。季節きせつの 1年より、およそ 11日 みじかく なります。3年たつと、ずれは 1か月ちかく なります[2]。

たとえば、1年に 11日ずつ 季節きせつより 前へ ずれて いく とけいを 思いうかべて ください。ほうって おくと、3年で ひと月ぶん、ずれて しまいます。ただし 本当は、月と 季節きせつは とけいの はりの ように つながって いる わけでは ありません。それぞれ べつに めぐって いるだけです。

ここに2つのものさしがあります。1つ目は月の満ち欠けです。月が見えない日(朔、新月の日)から次の朔まで、平均して約29.5日かかります。これを1か月とします[2]。

2つ目は季節で、太陽の動きが決めます。春から夏、秋、冬とめぐって元に戻るまで、約365.24日かかります。

月の暦で12か月を数えると、29.5日×12で約354日です。季節の1年より約11日短くなります。3年たてば、ずれはほぼ1か月分です[2]。

この2つの周期は、割り切れる比になっていません。どちらを優先しても、もう一方とずれが出ます。旧暦は、この2つのずれをどう折り合わせるかの工夫でもありました。

朔望月の平均は約29.530589日。12倍すると約354.37日で、太陽年(約365.2422日)との差は約10.87日、つまり約11日である[2]。3年で約32.6日、ほぼ1か月分のずれが溜まる。

月の位相(朔から次の朔)と、季節(太陽の見かけの位置)は、別々の周期である。2つの比が整数比にならないので、12か月の暦は季節から離れていく一方になる。

この2つを合わせる暦法が、太陰太陽暦である。合わせるための操作が、次章の閏月だ。

3. 13ばんめの 月を、どのくらい いれるの?

3. 19年に7回 ── 閏月の入れ方

3. 19年7閏の数字(メトン周期)と直近の閏月

ずれを なおす ために、ときどき 1年を 13か月に しました。この ふえた 月が 閏月うるうづきです。国立天文台の せつめいでは、およそ 19年に 7回 いれて、季節きせつとの ずれが 大きく ならない ようにしました[3]。

なぜ 19年 なのでしょう。19年の あいだ、ふつうの 年は 12か月なので、19×12=228か月です。そこに 閏月うるうづきを 7つ たして 235か月。この 235か月は、太陽の 19年に ほぼ ぴったり あいます[4]。

ちがいは、わずか 2時間ほどです[4]。19年に 7回、というのは、ずいぶん よく できた 数字でした。

さいきんでは、2025ねんに 閏うるう6月が ありました。つぎは 2028ねんの 閏うるう5月と されて います[10]。

旧暦では、ずれを直すために、およそ19年に7回、閏月を入れました。閏月のある年は1年が13か月になります[3]。

19年という数字には根拠があります。19年のあいだ、ふつうの年は12か月なので、19×12=228か月。そこに閏月7つを足すと235か月です。この235朔望月は、19太陽年とほぼ同じ長さです。19太陽年が約6939.60日、235朔望月が約6939.69日で、差は約0.09日、およそ2時間です[4]。

この周期は、紀元前433年にギリシャの数学者メトンが発見したとされ、メトン周期と呼ばれます。中国でも、19年を「章」とする章法があり、同じ関係を使って閏月を入れていました。メトンとは別に見つけられたとされます[4]。

最近では、2025年に閏6月がありました。次に閏月がある年は2028年(閏5月)と紹介されています[10]。

閏月の頻度は、およそ19年に7回とされる[3]。根拠は19太陽年≒235朔望月という関係で、19×12+7=235。19太陽年は6939.6017日、235朔望月は6939.6884日で、差は約0.087日(約2時間)にとどまる。これは前433年にギリシャのメトンが見いだしたとされる周期で、中国でも19年を「章」とする章法があり、メトンとは独立に見いだされたとされる同じ関係を使って閏月を入れた[4]。

前章の数字と照らすと、19年で溜まる差は約10.87日×19≒207日。閏月7か月分は29.53日×7≒207日で、計算がほぼ合う。

直近では2025年に閏6月(7月25日ごろから)があり、次は2028年の閏5月とされる[10]。この資料は暦要項の内容を紹介する二次的なページで、終了日などは原資料での確認が望ましい。

4. どの 月に いれるか、どう きめるの?

4. 「中気」のない月が閏月になる

4. 中気を含まない月=閏月 ── 中気の間隔と朔望月の差

閏月うるうづきを いれる 月は、すきに きめて いいわけでは ありません。むかしの きまりは、「ちゅうきを ふくまない 月を 閏月うるうづきに する」でした[5]。

ちゅうきとは、1年を 24に わけた めじるし(にじゅうしせっき)の うち、1つ おきの ものです。春分・夏至げし・秋分・冬至とうじなども ちゅうきです[5]。

ふつうは、どの 月にも ちゅうきが 1つ はいって います。ところが ちゅうきは 30.4日ごとに きます。月の 1か月は 29.5日 なので、ときどき ちゅうきの はいらない 月が できます。その 月を 閏月うるうづきに します。

そう 考えると、およそ 32〜33か月に 1回ほど、ちゅうきの ない 月が でると 計算できます。

たとえば 天保暦てんぽうれきでは、冬至とうじを ふくむ 月が 11月、春分を ふくむ 月が 2月、夏至げしは 5月、秋分は 8月と きまって います[7]。ちゅうきが 月の 名前の めじるしです。

閏月をどの月に入れるかにも、決まりがありました。「中気を含まない月を閏月とする」です[5]。

中気とは、1年を24に分けた目印(二十四節気)のうち、1つおきのものです。春分・夏至・秋分・冬至などが中気にあたります[5]。ふだんは、どの月にも中気が1つずつ入っていて、その中気で月の名前が決まります。天保暦では、冬至を含む月が11月、春分を含む月が2月、夏至を含む月が5月、秋分を含む月が8月です[7]。

ところが、中気は約30.4日ごと、月は約29.5日ごとです。29.5日ごとに並べた箱へ、30.4日ごとにおはじきを1つずつ入れていくと、少しずつ後ろへずれて、ときどき中気が入らない月ができます。そこが閏月の候補です。中気が月の初めや終わりにくるなど、季節とのずれが大きくなるところに閏月が入ります[6]。

この間隔の差から計算すると、およそ32〜33か月に1回、中気の入らない月が出ることになります。

閏月は「中気を含まない月」とされる[5]。二十四節気は奇数番目が節気、偶数番目が中気で、春分・夏至・秋分・冬至などが中気にあたる。中気を含む月で月名を決め、中気の入らない月を閏月の候補とする。中気が月の初めや終わりにくるなど、季節とのずれが大きくなるところに閏月が入る、という説明もある[6]。

天保暦では、冬至を含む月を11月、春分を含む月を2月、夏至を含む月を5月、秋分を含む月を8月とする月名の条件が置かれた[7]。

なぜ中気の入らない月が生じるのか。中気の平均間隔は365.2422÷12≒30.44日で、朔望月(29.53日)より約0.91日長い。中気は月に対して0.91日ずつ後ろへずれ、29.53÷0.91≒32.5か月で1か月分に達する。したがって約32〜33か月に1回、中気のない月が現れる。これは間隔の数字からの計算で、出典に直接書かれた文言ではない。

この規則により、閏月は年の途中に置かれ、季節の目印である中気が月名を保つ。Wikipedia「閏月」では、中国で中気を含まない月を閏月とする方式は太初暦以来と説明され、年末に決めて置く方式から、年の途中に置く方式へ変わったという。

5. きまりが こまった ことに なる 年は?

5. 2033年問題 ── 決まりどおりにできない年

5. 2033年問題 ── 天保暦の条件が成り立たない

この きまりが、2033ねんから 2034ねんに かけて、こまった ことに なります。ちゅうきが 2つ はいる 月が 2つ、ちゅうきが はいらない 月が 3つ できるのです[8]。

すると、8月(秋分)と 11月(冬至とうじ)の あいだが 1か月しか なくなり、9月と 10月を きめられなく なります[8]。天保暦てんぽうれきが つかわれて から、はじめての ことです。

「2033ねんに 閏月うるうづきが くる」という 話では ありません。閏月うるうづきの きめかたが きまらない、という もんだいです[8]。

では、だれが きめるのでしょう。1873ねんから 日本は 太陽暦たいようれきを つかって いて、旧暦きゅうれきに ついて 見かいを 出す 公的こうてきな 機関きかんは ない、と 国立天文台は 書いて います[8]。ふせぐ 案あんは いくつか あり、民間みんかんの 団体だんたいが 2015ねんに 閏うるう11月に する 案あんを すすめました[9]。

この決まりは、2033年から2034年にかけて、うまく働かなくなります。中気が2つ入る月が2つ、中気が入らない月が3つ生じるのです[8]。

すると、秋分を含む8月と冬至を含む11月のあいだが1か月しかなくなり、9月と10月を確定できません[8]。天保暦の採用以来、初めて起こることです。

「2033年に閏月が来る」という話ではありません。決まりのままでは、閏月をどこに置くかが定まらない、という問題です[8]。

では、誰が決めるのか。1873年以降、日本はグレゴリオ暦を用いており、旧暦の閏月の入れ方に問題が生じても見解を発表する公的機関は存在しない、と国立天文台は述べています[8]。回避案は複数あり、民間の日本カレンダー暦文化振興協会は、2015年に閏11月を置く案を推奨しました[9]。

2033年から2034年にかけて、天保暦の規則では、中気が2つ入る月が2つ、中気が入らない月が3つ生じる。秋分を含む月(8月)と冬至を含む月(11月)の間が1か月しかなくなり、9月と10月を確定できない。天保暦の採用以来、初めての事態である[8]。

これは「2033年に閏月が来る」のではなく、閏月の決め方が定まらない問題であることに注意したい[8]。

誰が決めるのか。国立天文台は、1873年以降の日本はグレゴリオ暦を用いており、旧暦の閏月の入れ方に問題が生じても見解を発表する公的機関は存在しない、と述べる[8]。回避案は複数あり、民間の日本カレンダー暦文化振興協会が2015年に閏11月案を推奨した[9]。協会案の中身は、この記事では詳しく確かめていない。

6. めいじの 暦こよみの かえかたで、きえた 閏月うるうづき

6. 明治6年の閏6月は、改暦で消えた

6. 明治の改暦(1872年)と、消えた閏6月

いまの 旧暦きゅうれきは、太陽暦たいようれきが はじまる まえの 暦こよみの ことでした。その きっかけの 話を します。

明治めいじ5ねん11月9日(1872ねん12月9日)に、太陽暦たいようれきを つかう ことを きめた 布告ふこくが 出ました。旧暦きゅうれきの 明治めいじ5ねん 12月3日が、新しい 暦こよみの 明治めいじ6ねん 1月1日に なりました[11]。12月は、2日で おわって しまったのです。

しかも、改暦かいれきを しなければ、明治めいじ6ねんには 閏うるう6月が あって、13か月の 年に なるはずでした。毎月 おきゅうりょうを もらう 人たちに 13回 はらう ことに なって、くにの おかねが こまる。それを さけたかった、と 説明せつめいする 人も います[12]。

ただし、これは かいかくの りゆうの 1つと される 考えで、これだけが りゆうだった とは いえません。

ここまで来ると、なぜ改暦が起きたのかが気になります。

明治5年11月9日(1872年12月9日)に、太陰暦をやめて太陽暦を採用する詔書と太政官布告が出ました。旧暦の明治5年12月3日が、新暦の明治6年1月1日になりました[11]。旧暦の12月は、2日で終わったことになります。

改暦しなければ、明治6年は閏6月のある13か月の年でした。財政が苦しい政府にとって、月給制になった官吏に13回払う負担を避けられる、という事情があったとも説明されます。これは大隈重信の回顧録をもとに紹介される話で、改暦の理由の1つとされる説です[12]。唯一の理由だったとは言えません。

布告から元日までは、約3週間しかありませんでした。準備の時間が短かったことも、当時の混乱の背景に挙げられます[12]。

明治5年11月9日(1872年12月9日)、太陰暦を廃して太陽暦を採用する詔書・太政官布告が出され、旧暦の明治5年12月3日が新暦の明治6年1月1日となった。1年365日、4年に1度の閏年なども定められた[11]。旧暦の12月は2日で終わったことになる。

改暦がなければ、明治6年は閏6月のある13か月の年だった。財政難の政府にとって、月給制になった官吏に13回払う負担を避けられる、という動機があったとする説明が、大隈重信の回顧録(『大隈伯昔日譚』)を引いて紹介されている。ただし、これはWikipedia「明治改暦」に載る説明で、財政動機は説の1つであり、唯一の理由とは言えない[12]。

布告から新暦元日までは約3週間で、準備期間が短く混乱があったとされる[12]。

旧暦の閏月は、月の暦と季節を合わせる工夫だった。その決まりは、天保暦の条件の中でだけ成り立つ。2033年問題は、公的に旧暦を定める機関がなくなった今、その決まりをどう扱うかが問われる例といえる。

7. じぶんでも たしかめて みたく なったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

おうちの カレンダーに、小さく 旧暦きゅうれきの 日づけが のって いる ことが あります。あったら、今日が 旧暦きゅうれきの 何月何日かを 見て、夜の 月の かたちと くらべて みましょう。旧暦きゅうれきの 1日ごろは、月が ほとんど 見えない 新月しんげつの ころです。

のって いなくても だいじょうぶです。月が 見えない 日から かぞえて、つぎに 見えない 日までを、日づけを つけて 書いて みると、1か月が 29日か 30日に なる ことが わかります。

  • カレンダーに旧暦の日付が載っていたら、月の形と見比べてみましょう。旧暦の1日ごろは新月、15日ごろは満月に近くなるはずです。数日ずれることもあります。ずれ方を書き留めておくと、月の周期が29.5日であることの手がかりになります。
  • 2025年の閏6月のころの月の様子を、写真や記録で探してみましょう[10]。同じ「6月」が2回あったとき、季節の目印はどうなっていたでしょうか。
  • 紙に、月の名前(8月・9月・10月・11月)を横に並べてみましょう。秋分は8月、冬至は11月に入る決まりです。間の9月と10月の箱に中気を入れようとすると、どうなるでしょうか。2033年問題の解決案がいくつも出ている理由が見えてきます[9]。
  1. 紙に、月の名前(8月・9月・10月・11月)を横に並べた箱を書く。秋分は8月、冬至は11月に入る決まりなので、その間の9月と10月の箱に中気を入れようとすると、どうなるかを書き出す。天保暦の月名の条件[7]と、この記事の32〜33か月という計算を手がかりに、2033年問題の解決案がいくつも出ている理由を自分の言葉でまとめる[6]。
  2. 国立天文台のニュース[8]から、2033年から2034年の朔と中気の並びを表にして、9月と10月が定まらない理由を確かめる。
  3. 国立公文書館の「日本のあゆみ」[11]のページを開き、布告の日付(明治5年11月9日)と、旧暦12月3日が新暦1月1日になったことを読む。そのうえで、Wikipedia「明治改暦」[12]の財政動機の説明が、布告の説明とどう役割が違うかを比べる。
  4. 19×12+7=235の関係を、朔望月の平均(29.530589日)と太陽年(365.2422日)から自分で計算し直し、差が約2時間になることを確かめる[4]。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

出典について:国立天文台の解説とニュース・暦Wiki、天文学辞典、国立公文書館、民間団体のページ、Wikipedia、暦要項を紹介するページを突き合わせて使った。国立天文台の暦Wikiは検索での抜粋を含む。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 国立天文台 FAQ「「旧暦」ってなに?」. https://www.nao.ac.jp/faq/a0304.html (旧暦の定義、太陽暦の採用について)
  2. 国立天文台 暦Wiki「太陰太陽暦」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF1.html (朔望月×12と太陽年の差、約3年で1か月のずれについて)
  3. 国立天文台 FAQ「「旧暦」は現在の暦より季節に合っているの?」. https://www.nao.ac.jp/faq/a0305.html (季節とのずれ、閏月を19年に7回入れることについて)
  4. 天文学辞典「メトン周期」. https://astro-dic.jp/metonic-cycle-2/ (19太陽年と235朔望月の関係、中国の章法について)
  5. 国立天文台 暦計算室「閏年と旧暦について」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/topics/html/topics1990.html (中気を含まない月を閏月とする決まり、二十四節気の中気について)
  6. 国立天文台 暦Wiki「太陰太陽暦/置閏法」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC3D6B1BCCBA1.html (閏月の入れ方。検索での抜粋で確認)
  7. 国立天文台 暦Wiki「置閏法/2033年問題」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12F2033C7AFCCE4C2EA.html (天保暦の月名の条件について。検索での抜粋で確認)
  8. 国立天文台ニュース「閏月が定まらない? 2033年の中秋の名月はいつに」. https://www.nao.ac.jp/news/blog/2023/20230829-koyomi.html (2033年問題、公的機関がないことについて)
  9. 日本カレンダー暦文化振興協会「2033年問題」. https://www.rekibunkyo.or.jp/year2033problem.html (民間団体の閏11月案について)
  10. かいけつ! 手続き案内「令和7年の閏月」(暦要項の内容を紹介するページ). https://www.kaiketsu-j.com/procedure/8913/ (2025年の閏6月と次の閏月について。検索での抜粋で確認)
  11. 国立公文書館「日本のあゆみ」太陽暦が採用される. https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m05_1872_05.html (明治の改暦の布告について)
  12. Wikipedia「明治改暦」. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E6%94%B9%E6%9A%A6 (財政動機の説、準備期間について。大隈重信の回顧録を引く二次資料)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。