1. かべと かがみの ちがいは どこ?
1. 壁と鏡を分けているのは、表面の平らさ
1. 正反射と拡散反射 ── 凹凸の大きさが分ける
白い かべに 光が あたって います。
かがみにも 光が あたって います。
どちらも 光を はねかえして います。
では、なぜ かがみだけ うつるのでしょう。
ひみつは、はねかえる むきです。
かべの ひょうめんを、うんと 大きく して 見ると、 じつは でこぼこして います。
でこぼこに あたった 光は、 ばらばらの むきに はねかえります。
ばらばらに なると、 もとの かたちが わからなく なります。
かがみは ちがいます。
ものすごく たいらです。
だから、光は そろった むきに はねかえります。
そろって いるので、 もとの かたちが のこったまま 目に とどきます。
つまり、かがみと かべを 大きく わけて いるのは、 たいらかどうかなのです。
白い壁も、鏡も、どちらも光をはね返しています。 どちらも「反射」しているのです。
では、なぜ鏡だけ映るのでしょう。
ちがいは、はね返る向き
壁の表面を、うんと大きくして見たとします。 つるつるに見えても、じつは細かいでこぼこがあります。
でこぼこに当たった光は、面の傾きがばらばらなので、 ばらばらの方向にはね返ります。 これを 乱反射(拡散反射)といいます。
いろいろな方向へ広がってしまうと、 光が持っていた「どこから来たか」の手がかりが、ぼやけていきます。 だから、はっきりした形になりません。
鏡は、そろえてはね返す
鏡の表面は、けた違いに平らです。
平らな面に当たった光は、そろった向きにはね返ります。 これが 正反射(鏡面反射)です。
向きがそろっているので、 どこから来た光かという手がかりが保たれたまま目に届きます。 だから形が見える。
といっても、白か黒かではありません。 どんな面も、そろった反射とばらばらの反射を 両方すこしずつ持っています。 つやのある紙にぼんやり景色が映るのは、そのためです。
いちばん効いているのは、表面がどれくらい平らかです。
明るさや色あいには、材質も関わります。 でも、「像が結ぶかどうか」を決めているのは平らさのほうです。
だから、磨けば映る
この話には、確かめ方があります。
金属をぴかぴかに磨くと、鏡になります。 スプーンの裏に自分が映るのは、そういうことです。
逆に、鏡の表面をやすりでこすれば、映らなくなります。 平らさを失えば、鏡ではなくなるのです。
水面も同じです。風のない池は景色を映しますが、 波が立つと映らなくなります。
鏡が像を作るのは、正反射(鏡面反射)が起きているからです。 壁が像を作らないのは、拡散反射(乱反射)が起きているからです。
両者を分けるもの
反射の法則そのものは、どちらでも成り立っています。 面のごく小さな部分だけを見れば、入射角と反射角はいつも等しい。
違うのは、その小さな面の向きがそろっているかどうかです。
なお、実際の面はどちらか一方ではありません。 正反射の成分と拡散反射の成分を、どちらも持っています。 磨いた木や光沢のある紙にぼんやり像が映るのは、そのためです。 以下は、どちらが優勢かという話だと思ってください。
| 正反射 | 拡散反射 | |
|---|---|---|
| 表面 | 光の波長に比べて十分に平滑 | 波長と同程度以上の凹凸がある |
| 反射方向 | おおむね一方向にそろう | 広い範囲に散る |
| 結果 | 鮮明な像ができる | 鮮明な像は結びにくい |
重要なのは、基準が「光の波長」であるという点です。
可視光の波長は、おおよそ400〜700ナノメートル。 凹凸がこれより十分小さければ、光にとって面はほぼ平らと同じになります。 (厳密には、凹凸の高さだけでなく間隔や入射角も効いてきます。)
「つるつるに見える」かどうかではなく、 光の物差しで平らかどうかが分かれ目だということです。
情報が保たれるということ
像ができる条件は、情報の観点から言い直せます。
- 物体上の各点から出た光は、それぞれ異なる方向で鏡に届く
- 正反射では、その方向の違いがそのまま保存される
- したがって、目に届いた光から元の配置を復元できる
拡散反射では、この方向の情報が失われます。 明るさは残るが、配置は残らない。だから壁は白く見えるだけで、像は結びません。
鏡がしているのは、反射の法則にしたがった決まった向きの変換であり、 その変換が物体の点どうしの対応をこわさない。 こう考えておくと、次の章の話が理解しやすくなります。
2. 「左右が ぎゃく」は、まちがい
2. 鏡は、左右を入れかえていない
2. 反転しているのは前後だけ ── 前提の誤り
さて、ここからが おもしろい 話です。
「かがみは 左右が ぎゃくに なる」。
そう 聞いた ことが ありますよね。
でも、かがみは 左右を 入れかえて いません。
たしかめて みましょう。
かがみの 前で、右手を あげて ください。
かがみの 中の 人は、 みぎと ひだり、どちらの 手を あげて いますか。
あなたから 見て、おなじ ほうですね。
あなたの 右手が ある ほうに、 かがみの 手も あります。
入れかわって いません。
では、なにが 入れかわって いるのでしょう。
前と 後ろです。
あなたは 北を むいて います。 かがみの 中の 人は、南を むいて います。
ぎゃくむきに なって いるのは、 左右では なく 前後の ほう なのです。
「鏡は左右が逆になる」。誰もが聞いたことがあるはずです。 でも、鏡は左右を入れかえてはいないのです。
実験してみてください
鏡の前に立って、右手を上げてみます。
鏡の中の人が上げているのは、あなたから見て同じ側の手です。
東を向いて立っているなら、あなたの右手は南側にあります。 そして鏡の中の手も、南側にあります。
左右は入れかわっていません。
入れかわっているのは前後
では何が逆になっているのか。前と後ろです。
あなたが北を向いているなら、鏡の中の人は南を向いています。
鏡は、鏡の面に垂直な方向だけを反転させます。 それ以外は、そのままです。
上下でも左右でもなく、前後(奥行き)を反転させている。
上下と左右は、そのまま。
では、なぜ「逆」に感じるのか
鏡の中の人が「左手を上げている」と感じたなら、 あなたはこう考えています。
「あの人が自分のほうを向くには、くるっと回ればいい」
このとき、頭の中で体を回しているのです。 縦の軸で回すと、左右が入れかわります。
左右を入れかえたのは、鏡ではなくあなたの頭のほうだったわけです。
もし体を前転させて向きを合わせたら、 今度は「上下が逆だ」と感じるはずです。
鏡は前後を1回ひっくり返しただけ。 残りは、見る人がどう合わせるかで決まります。
「鏡はなぜ左右だけ反転し、上下は反転しないのか」という問いは有名です。 しかし、この問いは前提から見直したほうがうまく解けます。
鏡が反転させているもの
鏡面を基準に座標を取ると、反転しているのは 鏡面に垂直な軸(前後・奥行き)の成分だけです。 鏡面に平行な2つの成分(左右にあたるものと上下にあたるもの)は、そのまま保たれます。
「左右」という言葉は、体を基準にした向きも指します。 だから話がこじれるのですが、 物理的に何が起きているかは、この座標変換で言い切れます。
座標で書くと明快です。鏡面を xy 平面(z 軸が鏡に垂直)とすると、
(x, y, z) → (x, y, −z)
x(左右)と y(上下)は変化していません。 反転しているのは z(奥行き)だけです。
したがって、鏡自身が左右という軸だけを選んで反転させている、 ということは起きていません。
では、なぜそう感じるのか
ここからは知覚の問題になります。
東京大学の高野陽太郎は、この「鏡映反転」が ひとつの現象ではないことを示しました[1]。
| 種類 | 原因[1] |
|---|---|
| 人の鏡映反転 | 視点の変換。実物は自分の視点で、鏡像は鏡の側の視点で左右を判断してしまう |
| 文字の鏡映反転 | 記憶との比較。鏡に映った文字を、記憶している文字と比べることで生じる |
手がかりになった観察
この2つが別の現象だという見方を支えているのが、次の観察です[1]。
- 3〜4割の人は、鏡に映った自分の左右が反対だとは感じない
- しかし、鏡に映った文字の左右反転は、実験では100パーセントの人が認識した
同じひとつの仕組みで起きているなら、こんな差は出にくいはずです。
そして、人によって感じ方が変わるという事実は、 人の鏡映反転を「視点の取り方の問題」として説明する立場と、よく合います。
整理すると
「鏡は左右が反転する」は、誰もが知っている常識です。 しかし整理すると、こうなります。
- 鏡が反転させているのは、鏡面に垂直な成分
- 「左右が反転して見える」のは見る側の処理による
- しかもその処理は人によって違う
ひとつの問いに見えていたものが、じつは2つ以上の問いだった。
「なぜ左右だけ反転するのか」と一括りに聞いているかぎり、話は進みません。 物理の話(座標の変換)と、知覚の話(人がどう判断しているか)に分けると、 ようやく整理できます。この問いには長らく定説がなかったと、東京大学の発表も述べています[1]。
では、その像を作る反射面は、どうやって作られてきたのか。次の章で見ます。
3. かがみは どうやって 作るの?
3. 鏡はどうやって作るのか
3. 製法の歴史 ── 磨くことから、塗ることへ
むかしの かがみは、 ガラスでは ありませんでした。
金ぞくを ぴかぴかに みがいた ものです。
エジプトでは、 いまから 4800年 くらい 前の かがみが 見つかって いる そうです。
日本でも、2300年 くらい 前から 銅の かがみが 作られて いた と いわれて います。
でも、金ぞくの かがみには こまった ことが あります。
すぐ くもるのです。
だから、ときどき みがき直さないと いけません。
いまの かがみは、こう 作ります。
- ガラスを たいらに する
- その うらに、銀を うすく はりつける
- その うえを まもる ために ぬる
ガラスの うらに 銀が ある。 だから 空気に ふれません。
金ぞくの かがみより、ずっと くもりにくいのです。
この やり方は、 1835年に ドイツで できました[2]。
昔の鏡は、ガラスではありませんでした。 金属を磨いたものです。
磨いていた時代
1章のとおり、平らでさえあれば鏡になります。 だから金属を磨けばよかったのです。
日本や中国では、青銅の鏡が長く使われました。 神社に伝わる鏡や、古墳から出てくる鏡がこれです。
ただ、金属の鏡には弱点があります。
- くもる。空気にふれて表面が変化する
- だから磨き直しが必要。専門の職人がいた
- 大きく作るのが難しい
ガラスの鏡へ
ガラス鏡が現れるのは、板ガラスに透明さと平らさが 出せるようになってからです。 AGCの解説では、1300年代のイタリアだとしています[2]。
そして1835年、ドイツで大きな進歩がありました。
硝酸銀の溶液を使って、ガラスの面に銀を定着させる方法が 確立されたのです[2]。 いまの鏡も、ガラスの裏に薄い金属の膜をつける点は同じです (膜の材料は銀のほか、アルミニウムなども使われます)。
ガラスの「裏」に銀がある
ここが工夫です。銀はガラスの裏側にあります。
つまり、あなたが見ている光は、 ガラスを通りぬけて、裏の銀ではね返り、また通りぬけて戻ってきています。
こうすると、銀が空気に直接ふれません。 だから、磨いた金属の鏡にくらべて、ずっとくもりにくい。
金属の鏡が抱えていた問題を、 金属をガラスの内側にしまうことで大きく減らしたわけです。
もちろん、永久ではありません。 鏡のふちから湿気が入ったり、洗剤が回りこんだりすると、 反射の層は少しずついたみます。 古い鏡のふちが黒ずんでいるのは、それです。
日本での広まり
日本にガラス鏡が伝わったのは1549年、 フランシスコ・ザビエルによるとされています[2]。
銀鏡反応による製造が始まったのは1800年代後期。 ベルトコンベアで連続的に作る方式ができたのは1961年です[2]。
鏡が大量に作られるようになったのは、意外と最近のことだと分かります。
鏡の製法史は、「平滑な反射面をどう安く大きく作るか」という 一貫した課題への解答の連続です。
金属鏡の時代
1章のとおり、必要なのは平滑な反射面だけです。 したがって、研磨した金属がそのまま鏡になります。
エジプトでは紀元前2800年ごろ、中国では紀元前400年ごろ、 日本では紀元前300年ごろから青銅鏡が作られたとされます。
制約は明確でした。
- 酸化による曇り:反射面が空気に露出しているため、定期的な研磨が必要
- 大型化の困難:全面を均一に研磨するコストが面積に対して急増する
- 反射率の限界:磨いた青銅の反射率は、銀やアルミニウムに比べると低いとされる
ガラス鏡への転換
| 年代 | できごと[2] |
|---|---|
| 1300年代 | イタリアで、板ガラスに透明性と平滑性が確保され、ガラス鏡が誕生 |
| 1549年 | フランシスコ・ザビエルによりガラス鏡が日本へ伝わる |
| 1835年 | ドイツで、硝酸銀溶液を用いてガラス面に銀を定着させる方法が確立 |
| 1800年代後期 | 日本で銀鏡反応による鏡の製造が始まる |
| 1961年 | 自動連続生産方式が開発される |
裏面反射という設計
一般的なガラス鏡は 裏面鏡 です。 反射層はガラスの裏側にあり、光はガラスを2回通過します。
この構成には明確な利点があります。
- 反射層が保護される:空気や指に直接触れないため、酸化や傷を受けにくい (ふちや裏の塗膜がいたむと、そこから劣化します)
- 平滑性をガラスに任せられる:金属を磨くのではなく、 すでに平滑なガラス面に薄膜を付ければよい
- 大面積化しやすい:板ガラスを作る技術がそのまま使える
研磨の問題を、成膜の問題に置き換えたのが要点です。 金属そのものを大きく平らに磨くかわりに、 すでに平らなガラスへ薄い金属をのせればよくなり、 大面積化と量産に向くようになりました。
万年筆の記事で、 しなる部分と摩耗に耐える部分で材料を分けていた話を書きました。 鏡も同じで、平滑性はガラスに、反射は金属にと役割を分けています。
裏面鏡の限界
ただし、裏面鏡には弱点もあります。 光がガラスを通るため、表面でもわずかに反射が起き、二重の像が生じることです。
精密な光学機器や天体望遠鏡では、これを避けるために 表面鏡(反射層を表側に設ける)が使われます。 二重像は抑えられますが、反射膜がむき出しなので傷や汚れに弱く、 手入れには気を使います。
4. あわせかがみの おくには、何が ある?
4. 合わせ鏡は、どこまで続くのか
4. 合わせ鏡 ── 有限で終わる理由
かがみを 2まい、むかいあわせに して みます。
あわせかがみです。
中を のぞくと、じぶんが いくつも いくつも ならんで います。
どこまでも つづいて いる ように 見えます。
では、ほんとうに どこまでも つづくのでしょうか。
いいえ。とちゅうで 見えなく なります。
なぜだと 思いますか。
かがみは、光を ぜんぶ はねかえして いるのでは ありません。
すこしだけ、なくなって しまうのです。
ガラスに すいこまれたり、 うらへ ぬけて いったり します。
1回 はねかえるたびに、 光は ちょっとずつ よわく なります。
何十回も くりかえすと、 もう 目に 見えないくらい くらく なります。
よく 見て ください。
おくに 行くほど、くらく なって いませんか。
かがみに よっては、 おくが みどりっぽく 見える ことも あります。
鏡を2枚、向かい合わせにしてみます。合わせ鏡です。
のぞくと、自分がいくつも並んで、 どこまでも続いているように見えます。
本当に、無限に続いているのでしょうか。
答えは「途中で消える」
鏡は、当たった光を全部は返していません。 一部は吸収され、一部はガラスを通りぬけたり、散ったりして失われます。
仮に、1回の反射で光の95%が返るとしましょう。
| 反射の回数 | 残っている光 |
|---|---|
| 1回 | 95% |
| 10回 | 約60% |
| 50回 | 約8% |
| 100回 | 約0.6% |
かけ算で減っていくので、あるところから急に暗くなります。 そして見えなくなります。
色が変わることもある
ふつうの窓ガラスや鏡のガラスには、鉄がわずかに混じっています。 板ガラスの切り口をのぞくと緑色に見えるのは、そのためです。
裏面鏡では、光が毎回このガラスを往復します。 くりかえすうちにその差が積み重なり、 奥へ行くほど緑がかって見えることがあります。
ただし、いつもそう見えるとはかぎりません。 鉄の少ないガラスを使った鏡や、照明の色によっては、あまり目立ちません。
合わせ鏡をのぞく機会があったら、確かめてみてください。 奥のほうが暗くなっているのは、まず分かるはずです。
無限に見えるのは、減り方のせい
「無限に続く」ように見えるのは、光の減り方がゆるやかだからです。
もし1回で半分になる鏡なら、10回で1000分の1です。 すぐ真っ暗になって、無限には見えません。
合わせ鏡が神秘的に見えるのは、 鏡がとても良くできている証拠だとも言えます。
合わせ鏡は、原理的には無限回の反射像を生みます。 しかし実際には、有限の回数で観測できなくなります。
指数的な減衰
反射1回あたりに残る光の割合を r(0 < r < 1)とすると、 n 回反射したあとの光量は rn に比例します。
ここで失われるぶんは、反射層での吸収だけではありません。 裏面鏡では光がガラスを1往復するので、 ガラスの中での吸収、ガラス表面での余分な反射、散乱も r に含めて考えます。
r = 0.95 の場合を計算すると、次のようになります。
| n | 0.95n |
|---|---|
| 10 | 約0.60 |
| 50 | 約0.077 |
| 100 | 約0.0059 |
| 200 | 約0.000035 |
指数関数的な減衰なので、あるところから急速に暗くなります。 目の感度の下限を下回った時点で、像は見えなくなります。
さらに、2枚の鏡の平行度のずれも効くため、 実際にはもっと手前で見えなくなります。 また r は波長や入射角で変わるので、 ひとつの数で表せるのは、あくまで概算のときだけです。
波長依存性 ── 緑になる理由
残る割合 r は、波長によってわずかに異なります。 1回では無視できる差でも、n 乗されると効いてきます。
- 各波長の残存率が rλn で効く
- わずかな差が、n が大きくなるほど拡大する
- 結果として、相対的に減衰の少ない波長域だけが残る
大きく効いていると考えられるのが、 ガラスに含まれる鉄による波長選択的な吸収です。 一般的なソーダ石灰ガラスは、緑の領域を通しやすい性質があります。 板ガラスの切り口が緑に見えるのは、これが厚み方向に効いているからです。
裏面鏡では、光が反射のたびにこのガラスを往復します。 そのため差が累積し、 奥へ行くほど緑がかって見えることがあります。
ただし、鉄の少ない高透過ガラスを使った鏡や、 照明のスペクトルによっては、はっきり出ないこともあります。
「無限」の扱いについて
この現象は、理論と実際の関係を考える題材になります。
- 幾何学的には:像は無限に存在する
- 物理的には:光量が有限なので、観測できるのは有限個
- 知覚的には:さらに手前で見えなくなる
「無限に続く」は、数学的なモデルの中でだけ正しいのです。 モデルと現実のどこがずれるかを意識することは、 この記事の2章で見た「前提を疑う」姿勢とも通じています。
5. じぶんでも ためして みる
5. 自分でも調べてみたくなったら
5. 自分で確かめる ── 鏡は実験装置になる
かがみは、じっけんに ぴったりです。
- 右手を あげて みる。 かがみの 中の 手は、みぎと ひだりの どちらに ありますか。 2の 章の 話が たしかめられます。
- じを うつして みる。 本を かがみに むけると、じが うらがえって 見えます。 でも、本を よこに たおすと どう なるでしょう。
- スプーンを 見る。 そとがわと 内がわで、うつり方が ちがいます。
- あわせかがみを のぞく。 おくに 行くほど くらく なって いませんか。 みどりっぽく 見える ことも あります。
かがみを もって 走ったり、 わったり しないで くださいね。
鏡は、家にある実験装置です。
- 右手を上げる。鏡の中の手はどちら側にありますか。 「東西南北で言うと」と考えると、はっきりします。
- 文字を映す。本を鏡に向けると裏返って見えます。 では本を横に倒して映すと、どうなるでしょう。 2章の「回し方で変わる」が確かめられます。
- スプーンを見る。外側(凸面)と内側(凹面)で、 映り方がまったく違います。
- 合わせ鏡をのぞく。奥へ行くほど暗くなっていませんか。 鏡によっては、緑がかって見えることもあります。
- 水面を見る。風のない日と、波のある日で比べてみてください。 1章の話がそのまま起きています。
関連する記事
- 時計はなぜ正しく進むのか(こちらも「あたりまえ」を分解する話です)
鏡は、幾何光学と知覚心理の両方を扱える、めずらしい題材です。
やってみる
- 方位で記述する:「右手」ではなく「南側の手」と言い換えて、 鏡像を記述してみる。左右反転が消えることが確認できる
- 文字を軸ごとに回す:紙を縦軸で裏返した場合と、 横軸で裏返した場合で、鏡像がどう変わるかを比べる
- 反射回数を数える:合わせ鏡で、像が何個まで数えられるかを記録する。 鏡の種類や明るさを変えて比較する
- 減衰を計算する:数えられた個数から、反射率をおおまかに逆算してみる
- 身近な人に聞く:鏡に映った自分の左右が「反対だ」と感じるか尋ねる。 3〜4割の人は感じないという報告があります[1]
調べる入口
- 東京大学「鏡の左右逆転 1種類ではなかった」
- AGC Glass Plaza「鏡の生まれたとき」
- 博物館の青銅鏡の展示(表面の状態を実物で見られます)
考えてみると面白いこと
- 「なぜ左右だけ反転するのか」という問いは、なぜ長く解けなかったのか
- 同じ現象の感じ方に個人差があるとき、それは何を意味するのか
- 数学的に無限でも、物理的には有限になる例は、ほかにどこにあるか
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。 文章や図を無断で転載してはいません。 用語の定義など、短く引用した部分は、どこから引いたかを示しています。 リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
- 東京大学「鏡の左右逆転 1種類ではなかった」(高野陽太郎 大学院人文社会系研究科教授、2007年11月) https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_191101_01.html (人の鏡映反転は視点の変換によって生じ、文字の鏡映反転は記憶している文字との比較から生じること。3〜4割の人は鏡に映った自分の左右が反対だと感じない一方、ほぼ全員が文字の左右反転を認識すること。この差が、両者が別のメカニズムであることを示すこと)
- AGC Glass Plaza「31. 鏡の生まれたとき〜鏡に関するいくつかの話−2〜」 https://www.asahiglassplaza.net/knowledge/rg_knowledge/vol31/ (1300年代のイタリアで板ガラスに透明性と平滑性が確保されガラス鏡が誕生したこと、1835年にドイツで硝酸銀溶液を用いて銀をガラス面に定着させる方法が確立されたこと、1549年のザビエルによる伝来、1800年代後期の国内製造開始、1961年の自動連続生産方式の開発)
正反射と拡散反射のちがい、鏡像が鏡面に垂直な成分を反転させること、 裏面鏡と表面鏡の構造、反射のたびに光量が指数的に減ること、 ガラスに含まれる鉄による波長選択的な吸収、 金属鏡の年代(エジプトで紀元前2800年ごろ、中国で紀元前400年ごろ、 日本で紀元前300年ごろ)については、 光学と歴史の一般によく言われている内容として書いています。 年代には諸説があり、この記事では出典を特定できていません。 正確なところは、博物館や考古学の資料で確かめてください。
4章の 0.95 という数値は、減り方を実感するための計算例として置いたものです。 実際に残る割合は、鏡の種類・波長・入射角・ガラスの厚みによって変わります。 合わせ鏡が緑がかって見える理由の説明も、 ガラス中の鉄による吸収差が往復のたびに累積するという一般的な性質にもとづく解説で、 特定の製品について述べたものではありません。
なおした ところ
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