1. なみだの もとは、どうやって 目に とどくの?
1. 切ると、目を刺激する成分が空気中に広がる
1. 催涙成分PTSOの性質 ── 揮発性と眼表面への刺激
たまねぎを 切ると、細胞が こわれます。すると、目を ちくちく させる 成分が できると、研究した 人たちは せつめい して います[2]。
この 成分は、とても とびやすい せいしつです。ふわっと 空気に ひろがり、目の 表面に ふれると、しげきを かんじて なみだが 出ます[2]。
まるごとの ときに なにも おきないのは、この 成分が まだ ないからです。
2. 切る まえは、どうして なみだの もとが ないの?
2. 切る前は、材料と酵素が別の場所にいる
2. 基質とアリイナーゼの局在 ── 防御物質という見方
たまねぎは、切る まえには なみだの もとを ためて いません。「もとに なる もの」と、それを かえる 酵素が、べつべつの ところに いるらしいのです[7]。
たとえば、ジュースの もとの こなと みずが、べつべつの ふくろに はいって います。ふくろを やぶって まぜた とき、はじめて ジュースに なります。細胞が こわれると、もとと 酵素が まざって、反応が はじまります。ただし ほんとうの 細胞の 中は ふくろほど かんたんでは なく、たまねぎで まったく 同じかは、はっきり しません。
ねぎの なかまでは、虫などに かじられた ときの まもりに かんけいする しくみだと 考えられて います[7]。
ネギの仲間には、「アリイン類」と呼ばれる物質が入っています。日本植物生理学会のQ&Aによると、虫にかまれるなどして組織が傷つくと、細胞質にある物質が、液胞にある酵素(アリイナーゼ)と混ざって反応が始まります。植物が外敵から身を守るための仕組みと考えられています[7]。
切る前は物質と酵素が別の場所にあるので、反応は始まりません。刃が入ると混ざる、というわけです。
ただし、このQ&Aの記述はニンニクの話が中心です。タマネギでも同じ配置なのかは、断定しないでおきます。
3. カレーの 色が おかしいのが、なぜ 大はっけんに つながったの?
3. 「飴色にならない」カレーの失敗が、見落としを見つけた
3. 変色トラブルからの着想 ── レトルトカレー製造の現場(2002年前後)
この 話を 見つけたのは、カレーを つくる 会社に いた 研究者たちです[1]。
ある とき、工場で ニンニクと たまねぎを いためると、あめ色に ならず、青みどりいろに なって しまいました。それでは カレーに つかえず、すてる ことに なりました[1]。
なぜ 色が かわるのかを しらべて いくうちに、たまねぎの 酵素と ニンニクの 酵素で、色の こさが ちがう ことに 気が つきました。この ちがいを かんがえなおして いくと、なみだの もとが できる しくみに、見おとしが あるかも しれない、と おもいついたと 書かれて います[1]。
4. 「1つの 酵素で できる」は、ほんとうだった?
4. 定説の酵素だけでは、催涙成分はゼロだった
4. 従来説の反証 ── 精製アリイナーゼでは検出されず、未知の第2成分
それまで、「もとに アリイナーゼと いう 酵素を はたらかせれば、なみだの 成分が できる」と 思われて いました。1971年ごろに、その 大まかな 道すじが 出ており、この 分野の 研究は おわったと 考えられて いたのです[1]。
そこで、きれいに とりだした アリイナーゼだけを つかって、もとに はたらかせて みました。すると、なみだの 成分は、ぜんぜん 見つかりませんでした[1]。
アリイナーゼを とりだす まえの、ほかの 酵素も まざった しるでは 見つかったので、まだ 知られて いない ものが もう1つ いる、と わかりました[1]。アリイナーゼが まちがいと いう より、酵素が たりなかった のです。
1971年には、1-プロペニルスルフェン酸という不安定な物質が、催涙成分に変わることが示されていました。そのため、催涙成分のでき方の研究は「もう終わった」と考えられていました[1]。
それまでの説は、「基質をアリイナーゼで処理すれば催涙成分ができる」というものでした。今井さんたちは、精製したタマネギのアリイナーゼで基質を分解してみました。結果は、催涙成分がまったく検出されないというものでした。一方、精製の粗い酵素液では検出されました。そこで、まだ知られていない成分が、もう1つ必要だと分かりました[1]。
この結果は、アリイナーゼが無関係という意味ではありません。1段階目はアリイナーゼが担い、その先が足りなかったのです。
1-プロペニルスルフェン酸(1-PA)という不安定な化合物が異性化して催涙成分になることは、1971年に示されており、生成機構の研究は終わったと考えられていた[1]。
「基質PRENCSOをアリイナーゼで処理すれば催涙成分が生成する」という従来説は、実験で反証された。精製したタマネギのアリイナーゼでPRENCSOを分解しても、催涙成分は検出されなかった。一方、粗精製のタマネギ酵素液では検出されたため、未知の成分がもう1つ必要だと判断された[1]。
Natureの論文の要旨(検索結果の要約で確認。原文は未取得)では、精製アリイナーゼ・基質・催涙因子合成酵素の3つがそろったときだけ催涙成分が検出されたとされる[4]。従来説は「誤り」というより「不完全」で、1段階目のアリイナーゼの役割は残る。
5. 2つの 酵素は、どんな じゅんばんで はたらくの?
5. アリイナーゼと催涙因子合成酵素、2段階のリレー
5. 2段階の酵素反応 ── アリイナーゼとLFS、不安定な中間体1-PA
いまは、反応が 2だんかいだと 考えられて います。1つめの 酵素が アリイナーゼ、2つめが 「なみだの 成分を つくる 酵素」です[3]。
リレーに たとえられます。1ばん 目の 走者が バトンを わたす と、2ばん 目の 走者が うけとって ゴールへ はしります。バトンは とても こわれやすく、うけとる 人が いない と、べつの ものに かわって しまいます。ただし 本当は、酵素は 人の 走者と ちがい、きまった 形の ものに だけ はたらく ものです。
2つ目の 酵素が いない ときは、においや あじの もとに なる ものが、かわりに できます[5]。
ハウス食品の発表によると、催涙成分は、2段階の酵素反応で生まれます。1段階目の酵素がアリイナーゼ、2段階目が催涙因子合成酵素(LFS)です。この2段階の生成を世界で最初に見つけたのは、同社の研究とされています[3]。
1段階目でできる1-プロペニルスルフェン酸は、たいへん不安定です。リレーにたとえると、渡されたバトンがすぐ形を変えてしまう状態で、LFSが受け取って催涙成分に変えます。ただし本当は、走者のように意思を持つわけではなく、酵素が決まった形の物質にだけ働くという意味です[1][5]。
LFSがないと、この不安定な物質から、風味のもとになるチオスルフィネートという成分が自然にできます[5]。
催涙成分は、PRENCSOを基質とする2段階の酵素反応、すなわち1段階目のアリイナーゼ、2段階目の催涙因子合成酵素(LFS)で生成する。これをハウス食品の研究(Imai et al., 2002)が世界で最初に見いだした[3]。
アリイナーゼの反応で生じる1-PAは不安定な中間体で、LFSがこれを催涙成分に変換する[1]。LFSが働かない場合、1-PAからは風味の元になるチオスルフィネート類が自発的に生じる[5]。1-PAの行き先が、酵素の有無で分かれると考えられている。
論文は2002年10月、Natureに1ページのBrief communicationとして掲載された(Imai et al., Nature 419: 685)[4]。今井は解説で、たった1ページなのに、問い合わせ・反論・共同研究の申し込みが一挙に押し寄せたと述べている[1]。
6. その 酵素を とめたら、なみだは どうなるの?
6. 2つ目の酵素を抑えたタマネギは、涙が出なかった
6. LFS抑制タマネギ ── 活性1/1500、催涙成分1/60、チオスルフィネート約60倍
この 酵素を つくる 遺伝子の はたらきを おさえた たまねぎが、ニュージーランドの 研究グループと 作られました[1]。
この たまねぎでは、酵素の はたらきが 1500分の1ぐらいに、切った ときに できる なみだの 成分が 60分の1ぐらいに へりました。切っても、なみだの しげきは かんじられなかったと 書かれて います[1]。
かわりに、においや あじの もとに なる 成分が、60ばいぐらい ふえました。この たまねぎは ふつうに そだったそうです[1]。
ニュージーランドの研究機関(Plant & Food Research)との共同研究で、LFSの遺伝子の働きを抑えたタマネギがつくられました[1]。
この報告では、LFS酵素の活性は約1500分の1、破砕したときの催涙成分の量は約60分の1に減りました。切っても催涙性は感じられなかったとされます。一方、LFSを抑えたタマネギでは、チオスルフィネートが約60倍に増えました。1-プロペニルスルフェン酸から自然にできたと考えられています。植物は正常に育っています[1]。
LFSが、涙の成分をつくるための酵素だという裏づけの一つです。同時に、LFSを止めると別の成分が増えるのですから、においや味も変わるかもしれません。
LFS遺伝子をRNA干渉で抑制したタマネギ(ニュージーランドPlant & Food Researchとの共同研究)では、LFS mRNA発現が約1/40、LFS酵素活性が約1/1500、破砕時に発生する催涙成分量が約1/60まで減少し、破砕しても催涙性は感じられなかった。一方、1-PAから自発的に生成すると考えられるチオスルフィネート類は約60倍に増加した。植物体は正常に生育した[1](原報はEady et al., 2008, Plant Physiol. 147: 2096)。
LFSの阻害により基質が別の経路へ流れたことを示す結果であり、催涙成分の生成がLFSに依存するという2002年の知見と整合する。
7. なみだが 出にくい たまねぎは、作れるの?
7. 涙が出にくいタマネギは、別の方法で作られた
7. 2015年の低催涙性タマネギ ── 非組換え・アリイナーゼ活性の低下
2015ねん、ハウスしょくひんは、なみだも からみも ほとんど ない たまねぎを、つくったと はっぴょう しました。これは、いま 見て きた 酵素を とめる 遺伝子の ほうほうと べつの、あたらしい 品種です[3]。
この たまねぎは、アリイナーゼの はたらきが よわい ものです。遺伝子を くみかえて いない ほうほうで えらばれました[3]。
1500つぶぐらいの たねに ビームを あてて、そだてて、よい ものを えらぶ ことを 3かい くりかえし、2012年に 2つの けいとうを えました。20人が 20こずつ しらべた けっか、ぜんいんが なみだも からみも かんじませんでした[3]。
8. この 研究は、そのあと どう なったの?
8. イグ・ノーベル賞と、酵素の形の観察
8. その後 ── 2013年イグ・ノーベル化学賞と、2019年のLFS立体構造
この 研究は、2013ねんの イグ・ノーベルかがくしょうを もらいました[5]。
2019ねんには、東京大学の 研究で、なみだの 成分を つくる 酵素の 形が、X線で 見られました。X線の しらべと コンピューターの けいさんを あわせて、この 酵素の あなの 中で、もとの すいその つぶが うごく ことを きっかけに、まわりの 電子が うごいて なみだの 成分が できて いると 考えられて います[6]。
9. じぶんでも しらべて みたく なったら
9. 自分でも調べてみたくなったら
9. 自分でも調べてみたくなったら
今日できること おうちの 人に たまねぎを 切って もらう ときに、そばで 見て みましょう。切る まえと、切った あとで、においと 目の かんじを くらべます。切る のは おうちの 人に まかせて、ほうちょうには さわりません。
つぎに、おうちの 人に、ふつうの たまねぎと、れいぞうこで ひやした たまねぎを 切りくらべて もらいます。同じ 人が、同じ ばしょから 見て くらべましょう。ひやすと 酵素の はたらきが おそくなると いう せつめいが ありますが、その ちからは 数字で たしかめて いません[5]。かんじかたは 人に よって ちがいます。
もっと しらべる ハウスしょくひんグループの ウェブサイトで、たまねぎの なみだの けんきゅうを 読めます[2]。
今日できること 家の人がタマネギを切るとき、少し離れた場所から見てみましょう。切る前と、切ったあとで、においと目の感じを比べます。切るのは大人に任せ、刃物には触りません。
余裕があれば、常温のタマネギと冷蔵庫で冷やしたタマネギを切り比べてもらうのも一案です。冷やすと酵素の反応が遅くなるという説明はありますが、効果の大きさを数値で示した資料は、今回の出典にはありません[5]。同じ人が同じ場所から比べても、感じ方には個人差があるので、結果は記録にとどめ、どちらが正解かを決めない見方をおすすめします。
もっと調べる 日本食品工学会誌の解説(今井真介さん)は、変色トラブルから発見までの経緯が一つの読み物になっています[1]。
今日できること 家庭で調理を任せて観察する場合、切る前と切った直後の、においと眼の刺激感を比べる。切るのは大人に任せ、刃物には触れない。
冷やす、切れる包丁を使う、水にさらすといった涙の対策は家庭向けの解説にある。ただし、効果の程度を数値で示した資料は、今回の出典にはない[5]。結果は個人差が大きいと見て、記録にとどめる。
原典を読む 今井真介「タマネギ催涙因子合成酵素の発見とその関連研究」(日本食品工学会誌16(2))[1]は、変色トラブルから発見までを筆者自身が書いている。原論文はNature 419: 685(2002)[4]。生成機構の最新の理解は、東京大学のトピックス[6]から追える。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料の一覧です。番号は本文の[ ]に対応します。
- 今井真介「タマネギ催涙因子合成酵素の発見とその関連研究」日本食品工学会誌 16(2). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfe/16/2/16_181/_pdf/-char/ja (発見の経緯・従来説の反証・LFS抑制タマネギ)
- ハウス食品グループ本社「タマネギの催涙成分に関する研究」 https://housefoods-group.com/kenkyu/functions/research/oniontears.html (催涙成分の性質)
- ハウス食品 ニュースリリース 2015年3月30日 https://housefoods-group.com/newsrelease/pdf/20153tamanegi.pdf (2段階の酵素反応・2015年の低催涙性品種)
- Imai et al. "An onion enzyme that makes the eyes water" Nature 419: 685 (2002). https://www.nature.com/articles/419685a (原文は未取得。検索結果の要約で確認)
- ケムステ「タマネギ」 https://www.chem-station.com/blog/2013/09/onion.html (中間体の行き先・イグ・ノーベル賞・涙対策の説明)
- 東京大学大学院農学生命科学研究科 トピックス(2019年11月25日) https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20191125-1.html (LFSの立体構造)
- 日本植物生理学会 みんなのひろば Q&A https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=6099 (切る前の物質と酵素の場所)
なおした ところ
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