ローラーダービーって、どんな きょうぎ?

ローラーダービー ── ぶつかりながら走る、あの競技のこと

ローラーダービー ── ぶつかりながら走る、あの競技のこと

分野:歴史・文化

「ローラーダービー」って きいた ことが ありますか。まるい コースを、せんしゅたちが ローラースケートで はしって、 ぶつかり あいながら すすむ きょうぎです。

じつは この きょうぎ、むかし いちど、ほとんど 見られなく なった ことが あります。この きじでは、どうして きえて、 どうやって もどって きたのかを 見て いきます。

テレビや動画で見たことがある人もいるかもしれない「ローラーダービー」。だ円形のコースを、選手たちがローラースケートでぶつかり合いながら何周も走る競技です。

このスポーツは1930年代のアメリカで生まれ、一度は人気がなくなって、ほとんど見られなくなりました。でも2000年代に、まったくちがう形で復活しています。

なぜ一度消えて、どうやって世界中に広まったのか。この記事では、その歴史と今のルールを見ていきます。

テレビや動画で見たことがある人もいるかもしれない「ローラーダービー」。だ円形のトラックを、選手たちがローラースケートでぶつかり合いながら周回する競技だ。

このスポーツは1930年代のアメリカで生まれたが、一度は人気を失い、ほとんど姿を消した。それが2000年代、まったく別の形でよみがえっている。なぜ一度消えたのか、そしてなぜ「フラットトラック」という安上がりな形式が世界中に広まったのか。その裏には、運営をめぐる対立から生まれた、ある偶然があった。

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1. アメリカで うまれた、ながい ながい レース

1. 1930年代、不景気のアメリカで生まれたレース

1. 起源 ── 1930年代、大恐慌のアメリカで生まれた耐久レース

いまから 90年いじょう 前、アメリカでは、しごとを うしなう 人が おおぜい いた 時代が ありました。

1935年、シカゴという まちで、ローラースケートを はいた 人たちが、とても ながい きょりを はしりきる きょうぎが はじまりました。はじめは、ただ はやく まわるだけの きょうぎでした。でも すこし たつと、ルールが かわりました。あいてを おいこすと てんが 入り、体を ぶつけたり しても いい ことに なったのです[1]。 ここから、いまの ローラーダービーに ちかい かたちが できて いきました。

きっかけは、1929年に始まった世界的な不景気でした。仕事を失った人が多かったアメリカでは、何日も踊り続けて賞金を競う「ダンスマラソン」のような、きつい耐久競技を見世物にする興行がはやっていました。

興行師のレオ・セルツァーは1935年8月、シカゴのコロシアムで、新しい耐久レースを開きました。50人の選手が25組のペアになり、アメリカ大陸を横断する距離に見立てた3,000マイル(約4,800km)を、トラックを何周もして走りきるというもので、会場には2万人の観客が集まりました[1]

最初は、ただ周回するだけの競争で、選手同士がぶつかることはありませんでした。しかし1937年、スポーツ記者のデーモン・ラニアンの提案で、相手を追い抜くと得点になり、体をぶつけ合ってブロックしてもよいというルールに変わりました[1]。1939年ごろには、5人1組のチームで戦う、今のローラーダービーに近い形ができあがっていました[2]

きっかけは1929年に始まった世界恐慌だった。多くの人が仕事を失ったアメリカでは、賞金を目当てに何日も踊り続ける「ダンスマラソン」のような、過酷な耐久競技を見世物にする興行が流行していた。

興行師レオ・セルツァーは1935年8月、シカゴ・コロシアムで「トランスコンチネンタル・ローラーダービー」を開いた。50人の選手が25組の男女ペアになり、アメリカ大陸を横断する距離に見立てた3,000マイル(約4,800km)をトラックの周回でスケートし切るという設定の耐久レースで、会場には2万人が詰めかけた[1]

当初は単純な周回競争で、選手同士がぶつかることはなかった。しかし1937年、スポーツ記者デーモン・ラニアンの提案で、相手を追い抜くことに得点を与え、選手同士の接触やブロックを認めるルールに変わった[1]。1939年までには、5人1組のチームで戦う、今のローラーダービーに近い形ができあがっていた[2]

2. テレビで だいにんきに、そして きえて いった

2. テレビで大人気になり、そして下火に

2. テレビ時代の熱狂と衰退

ぶつかり あう きょうぎに なった ローラーダービーは、 にんきが 出て、1948年に テレビで うつされるように なりました[2]

でも、テレビの ために はでな えんしゅつを しすぎて、 しょうぶが 前もって きまって いるような ぶぶんも 出て きました。すると、少しずつ しんじて もらえなく なり、1970年代には、ほとんど 見られなく なりました [2]

体をぶつけ合う競技になったローラーダービーは人気を集め、1948年11月、ニューヨークでテレビ放映が始まりました[2]。1949〜50年のシーズンには、6チームのリーグができ、その試合はニューヨークの大きな会場を1週間も満員にするほどの人気になりました[2]

しかし、テレビ向けに演出が過熱し、勝ち負けがあらかじめ決まっているような「見世物」らしさが強まったことで、スポーツとしての信頼を少しずつ失っていきました。1970年代には、ローラーダービーはほとんど見られなくなっていました[2]

接触を認めたことで人気を集めたローラーダービーは、1948年11月29日、ニューヨークでテレビ放映が始まった[2]。1949〜50年シーズンにはナショナル・ローラーダービー・リーグ(NRDL)が6チームで組織され、そのプレーオフはマディソン・スクエア・ガーデンを1週間満員にするほどの人気だった[2]

しかし、テレビ向けに演出が過熱し、勝敗があらかじめ決められた「見世物」的な側面が強まったことで、次第にスポーツとしての信頼を失っていった[2]。1970年代には、ローラーダービーはほとんど見られなくなっていた。

3. テキサスの まちで、ふっかつした

3. 2001年、テキサスの町で始まった復活

3. 2001年、テキサスの音楽シーンからの復活

きえて から やく30年 たった 2001年、アメリカの テキサス しゅうに ある オースティンと いう まちで、4人の 女せいが ローラーダービーを ふっかつさせました[3]

でも にんきが 出るに つれて、うんえいの しかたを めぐって、けんかが おきました。2003年4月、80人 いた せんしゅの うち 65人が、じぶんたちで あたらしい チームを つくりました[4]

その とき、ぬけた 65人には、それまで つかって いた、 かたむいた せんようの コースを ようい する おかねが ありませんでした。そこで、リンクの たいらな ゆかに せんを ひいただけの コースで、しあいを する ことに しました[4]

ローラーダービーがほとんど見られなくなってから、約30年たった2001年、テキサス州オースティンで復活の動きが起きました。音楽ライブハウスが集まる街の一角で、アーニャ・ジャックたち4人の女性が「バッド・ガール、グッド・ウーマン・プロダクションズ(BGGW)」を立ち上げ、地元の女性たちを集めてチームを作りました[3]

しかし人気が高まるにつれ、運営をめぐる対立が表に出てきました。選手たちは、毎月会費をはらって活動を支えているのに、経営する側から発言権を認められていないと感じるようになりました。2003年4月、80人いた選手のうち65人が抜け、自分たちで運営する新しいリーグ「テキサス・ローラーガールズ」を作りました[4]

このとき、抜けた65人には、それまで使っていた、かたむいた専用トラック(バンクドトラック)を用意するお金がありませんでした。そこで、スケートリンクの平らな床にラインを引いただけの「フラットトラック」で試合をすることにしました。一方、残った15人は、カリフォルニアの業者からバンクドトラックを買い取り、活動を続けました[4]

ローラーダービーが表舞台からほぼ消えてから約30年後の2001年、テキサス州オースティンで復活の動きが起きた。パンクロックのライブハウスが集まる「レッドリバー地区」で、アーニャ・ジャック、エイプリル・ハーマン、ヘザー・バーディック、ナンシー・リンの4人が「バッド・ガール、グッド・ウーマン・プロダクションズ(BGGW)」を立ち上げ、地元の女性たちを集めてチームを作った[3]

だが人気が高まるにつれ、運営をめぐる対立が表面化した。選手たちは、毎月会費を払って活動を支えているのに、経営者である「シー・イー・オーズ」(創設した4人の呼び名)から発言権を認められていないと感じるようになった。2003年4月、80人いた選手のうち65人が脱退し、自分たちで運営する新しいリーグ「テキサス・ローラーガールズ」を結成した[4]

このとき、脱退した65人には、それまで使っていたバンクドトラック(かまぼこ形に傾いた木製の周回コース)を用意する余裕がなかった。そこで彼女たちは、スケートリンクの平らな床にラインを引いただけの「フラットトラック」で試合をすることにした。一方、BGGWに残った15人は、カリフォルニアの業者からバンクドトラックを買い取り、活動を続けた[4]

4. たいらな コースが、せかいに ひろがった

4. 「フラットトラック」が世界に広まった理由

4. フラットトラックが世界に広まった理由

おかねが なくて しかたなく つかった たいらな コースでしたが、これが せかいじゅうに ひろがる きっかけに なりました。かたむいた せんようの コースを つくるには お金が かかりますが、たいらな ゆかなら、どんな まちでも せんを ひくだけで はじめられるからです[2]

2005年、いくつもの チームが あつまって、「女せい フラットトラック・ダービー きょうかい(WFTDA)」と いう だんたいが できました[5]。 いまでは、せかい6つの たいりくに、400いじょうの チームが かつどうして います[5]

お金がなくて仕方なく使った平らなコースでしたが、これが世界中に広まる決め手になりました。かたむいた専用トラックを作るには建物ごと用意するお金がかかりますが、平らな床なら、どんな町でもラインを引くだけで始められるからです[2]

2004年、テキサス・ローラーガールズを含む複数のリーグが集まって団体を作り、2005年には20のリーグが集まる会合を経て、「女性フラットトラック・ダービー協会(WFTDA)」という名前になりました[5]。ここを起点に、平らなコースを使うローラーダービーは世界中の町に広まり、いまでは6つの大陸に400以上の加盟リーグを持つまでになっています[5]

偶然生まれたフラットトラックだったが、これが世界的な広がりを生む決め手になった。バンクドトラックは建設にも保管にも大きな費用がかかるのに対し、フラットトラックは体育館やスケートリンクの床にラインを引くだけで作れる。つまり、専用の建物を持たなくても、どんな街でも始められるということだった[2]

2004年、テキサス・ローラーガールズを含む複数のリーグが「ユナイテッド・リーグス・コアリション(ULC)」を結成し、2005年には20のリーグが集まる会合を経て、「女性フラットトラック・ダービー協会(WFTDA)」に改称された[5]。ここを起点に、フラットトラック方式のローラーダービーは世界中の都市に広まり、現在では6つの大陸に400以上の加盟リーグを持つまでになっている[5]

5. いまの ルール ── ジャマーと ブロッカー

5. 今のルール ── ジャマー、ブロッカー、パック

5. 現在のルール ── ジャマー、ブロッカー、パック

ローラーダービーでは、とくてんを ねらう「ジャマー」と いう せんしゅが 1人と、それを とめる「ブロッカー」と いう せんしゅが 4人、コースに 出ます。

ブロッカーたちは、かたまって すすみます。まるで、 マラソンたいかいの スタートの 直後のように、人が こみあって はしって いるようです(ただし 本当は、 ローラーダービーでは 体を つかって おしのけたり、 ぶつかったり する ことが ルールで みとめられて います)。ジャマーは、その 人ごみを おしのけて 1しゅう する たびに、てんが 入ります [6]

ぶつかり あう きょうぎなので、ヘルメットや ひざあて、 ひじあてなど、体を まもる どうぐを つける ことが きまりに なって います[6]

試合は「ボウト」と呼ばれ、30分ずつ2つに分かれた、合計60分間で行われます。ボウトは「ジャム」という、最長2分間の攻防のくり返しで進みます[6]

各チームはコースに5人を出します。得点をねらう「ジャマー」が1人、それを止める「ブロッカー」が4人で、両チームのブロッカー、合わせて最大8人がかたまって進む集団を「パック」と呼びます[6]

ジャマーは、このパックを通り抜けたあと、1周するたびに相手ブロッカーを1人追い抜くごとに1点を得ます。ブロッカー4人を1周で全員抜くと、まとめて4点が入る「グランドスラム」になります[2]。ぶつかり合う競技なので、ヘルメット・マウスガード・ひじあて・ひざあてなどの防具をつけることが義務づけられています[6]

試合は「ボウト」と呼ばれ、30分ずつ2つのピリオドに分かれた合計60分間で行われる。ボウトは「ジャム」という最長2分間の攻防の繰り返しで進み、次のジャムまでは、タイムアウトがない限り30秒空けられる[6]

各チームはトラックに5人を出す。得点を狙う「ジャマー」が1人、それを阻む「ブロッカー」が4人で、ブロッカーのうち1人は「ピボット」と呼ばれ、専用のヘルメットカバーをつけて、途中でジャマーの役割を引き継ぐこともできる[6]

両チームのブロッカー、あわせて最大8人がかたまって進む集団を「パック」と呼ぶ。ジャマーは、いったんこのパックを通り抜けたあと、周回するたびに相手ブロッカーを1人追い抜くごとに1点を得る。ブロッカー4人を1周で全員抜くと、まとめて4点が入る「グランドスラム」になる[2]。接触をともなう競技のため、ヘルメット・マウスガード・リストガード・エルボーパッド・ニーパッドの着用が義務づけられている[6]

6. なまえの ぶんかと、いまの せかい

6. 「ダービーネーム」という文化と、いまの世界

6. ダービーネームという文化と、いま広がる世界

いまの ローラーダービーの せんしゅは、ほんとうの なまえとは べつに、たのしい「ダービーネーム」を つけて コースに 立ちます。にた なまえは つかえない きまりに なって います[7]

せかいには、この きょうぎを たいせつに する なかまが、 たくさん います。にほんでも たいかいが ひらかれて います[10]

2000年代の復活とともに生まれたのが、「ダービーネーム」という習慣です。選手たちは本名とは別に、だじゃれのきいた名前をつけて、コースに立ちます。名前は世界共通の名簿に登録され、似た名前は使えないしくみになっています。この名簿は、もともと1人の選手が作っていた表のようなもので、いまではおよそ4万人分の名前が登録されています[7]

一方で、競技としての実力が認められるにつれ、あえて本名で滑る選手も増えてきています[8]

世界に目を向けると、ローラースポーツ全体をまとめる国際団体「ワールドスケート」が、2016年に世界共通のルールを発表しました[9]。2022年には、アルゼンチンで開かれた世界大会の種目にもなっています[11]

日本でも、ワールドスケートジャパンが大会を開いています。2019年3月の大会には、3チーム18人の選手が参加しました[10]

2000年代の復活とともに生まれた独特の習慣が「ダービーネーム」だ。選手たちは本名とは別に、駄洒落を効かせた芸名のような名前を名乗ってトラックに立つ。名前は世界共通の名簿「インターナショナル・ローラーガールズ・マスターロスター」に登録され、似た名前は使えないしくみになっている。この名簿は、もともと1人の選手が個人的に作っていた表計算シートから始まり、現在ではおよそ4万人分の名前が登録されている[7]

一方で、競技としての実績が積み重なるにつれ、あえて本名を名乗って滑る選手も増えてきている。スポーツとして、より多くの人に真剣に受け止めてもらえるという考え方からだ[8]

国際的にも、ローラーダービーは広がりを見せている。ローラースポーツ全般を統括し、国際オリンピック委員会にも承認されている国際団体ワールドスケートは、2016年12月、加盟する各国・各リーグのルールの違いをそろえるための「国際統一ルール」を発表した[9]。2022年にはアルゼンチンで開かれた世界大会「ワールドスケート・ゲームズ」の種目にもなっている[11]

日本でも、ワールドスケートジャパンがローラーダービーの大会を開いている。2019年3月24日に開かれた第2回日本ローラーダービー選手権大会には男子3チーム・18人が参加し、「ディサフィアドール」が優勝した[10]

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

ちかくに スケートリンクや たいいくかんが あれば、 ローラーダービーの れんしゅうを 見学 できないか、 しらべて みましょう。

あんぜんな ばしょで できる こと

  • どうがサイトで、しあいの ようすを 見て みる。 ジャマーが ブロッカーの かたまりを ぬけて いく ところを さがして みましょう。
  • おうちの人と、じぶんなら どんな「ダービーネーム」に するか かんがえて みる。 すきな どうぶつや、いろの なまえを つかっても いいですね。
メモの すすめ

きょう 出て きた ことばを 1つだけ ノートに 書いて おきましょう。「フラットトラックって なに?」だけで じゅうぶんです。

近くにスケートリンクや体育館があれば、ローラーダービーの練習を見学できないか、調べてみましょう。

今日できること

  • 動画サイトで、試合の様子を見てみる。ジャマーがブロッカーのかたまりをぬけていくところをさがしてみましょう。
  • 自分ならどんな「ダービーネーム」にするか考えてみる。好きな動物や、色の名前を使ってもいいですね。
メモのすすめ

気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口になります。「バンクドトラックって、今もあるの?」だけでも十分です。

動画サイトで試合の映像を見て、ジャマーとブロッカーの動きを実際に確認すると、この記事で扱った内容が身近に感じられます。

手を動かして確かめる

  • 試合映像で「パック」を探してみる。両チームのブロッカーがかたまって進む様子と、ジャマーがそこを抜けていく瞬間を見比べてみましょう。
  • 近くにローラーダービーのリーグがあるか調べてみる。国内のリーグや練習会の情報が、公式サイトやSNSで見つかることがあります。

一次情報にあたる

WFTDAやワールドスケートジャパンの公式サイトには、現在のルールブックや大会の記録が公開されています。

メモのすすめ

気になった数字や言葉を1つだけノートに記録しておきましょう。「フラットトラックが生まれたのは、お金がなかったから」という一文でもかまいません。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。

出典について:競技団体の公式サイトと、基礎的な経緯の解説にWikipediaを使っています。

  1. National Museum of Roller Skating「Roller Derby」。 https://www.rollerskatingmuseum.org/roller-derby (1935年の初開催と、1937年の接触ルール導入についての解説)
  2. Roller derby - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Roller_derby (1939年の5人チーム制、1948年のテレビ放映開始、NRDLの人気、衰退、グランドスラムについての解説)
  3. TXRD公式サイト「About」。 https://txrd.com/about/ (2001年の設立と、創設者4人の名前についての公式解説)
  4. Michael Corcoran「Roots of the Roller Derby Revival」。 https://www.michaelcorcoran.net/roots-of-the-roller-derby-revival/ (2003年4月の分裂の経緯、人数、フラットトラックが生まれた理由についての取材記事)
  5. WFTDA公式サイト「About WFTDA」。 https://resources.wftda.org/about-wftda/ (WFTDA設立の経緯と、現在の加盟リーグ数についての公式解説)
  6. WFTDA公式ルールブック「The Rules of Flat Track Roller Derby」。 https://rules.wftda.com/singlehtml/index.html (ボウト・ジャムの時間、パック・ピボットの定義、必須防具についての公式ルール)
  7. Derby name - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Derby_name (ダービーネームの起源と、名簿への登録制度についての解説)
  8. WFTDA公式サイト「What's up with all those roller derby names?」。 https://wftda.org/faq/roller-derby-names (本名を名乗る選手が増えている傾向についての公式解説)
  9. World Skate公式サイト「FIRS Announces the International Rules of Roller Derby」。 https://www.worldskate.org/roller-derby/news-roller-derby/1608-firs-announces-the-international-rules-of-roller-derby.html (2016年12月の国際統一ルール発表についての公式発表)
  10. ワールドスケートジャパン公式サイト「ダービー 公式記録」。 https://worldskatejapan.or.jp/roller_derby/roller_derby_record/ (2018年度・第2回日本ローラーダービー選手権大会(2019年3月24日開催)を含む、日本国内の大会結果についての公式記録)
  11. World Skate公式サイト「World Skate Games 2022」イベントページ。 https://www.worldskate.org/upcoming-events-homepage/event/220.html (2022年10月24日〜11月13日、アルゼンチンのブエノスアイレス・サンフアンで開催された大会の競技種目一覧(Roller Derbyを含む10競技)についての公式情報)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

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