1. さいしょの 人は かがみに ぶつかった
1. 最初の発明家は、鏡に突っこんだ
1. マーリン1760 ── 止まれなかった発明
くつに 車輪を つけて すべる。 それが ローラースケートです。
いまから 260年 ほど 前、イギリスに いた マーリンと いう 発明が とくいな 人が、それを 思いつきました。
マーリンは、パーティーで みんなに 見せようと しました。 くつに しゃりんを つけて、バイオリンを ひきながら すべって 出て きたのです。かっこいいですね。
でも、大へんな ことが おきました。 止まれなかったのです。
マーリンは そのまま すべって いって、 へやに あった 大きな 鏡に ぶつかって、 大けがを して しまいました。
そう。さいしょの ローラースケートは、 止まる ことも、曲がる ことも できなかったのです。
靴に車輪をつけて滑る道具。だれが最初に作ったのかは、はっきりしません。 18世紀の初めにオランダで作られていた、 1743年にロンドンの劇で使われた、といった説があります[1]。
記録に残るいちばん有名な人が、イギリスで活動していたベルギー出身の発明家 ジョン・ジョセフ・マーリンです。 1760年ごろ、彼はパーティーで自分の発明を披露しました[1]。
靴に車輪を一列に並べて取りつけ、バイオリンを弾きながら滑って登場する。 今でいうインラインスケートに近い形でした。演出としては最高です。
ところが、止まれなかった
結果は失敗でした。マーリンは速度を落とせず、方向も変えられず、 そのまま部屋の大きな鏡に突っこんで大けがをしています。
笑い話のようですが、ここに問題の本質があります。 初期のスケートは車輪が一列に並んでいて、 向きを変える仕組みも、止まる仕組みもなかったのです。 進むことだけはできる。それでは道具になりません。
「曲がれる」「止まれる」をどう作るか。 この宿題を解くのに、そこから100年かかりました。
ローラースケートの起源には諸説あります。 18世紀初頭のオランダで夏用のスケートとして作られていた、 1743年のロンドンで演劇に使われた、といった話が伝わっています[1]。
記録に残る発明者として広く紹介されるのが、 イギリスで活動していたベルギー出身の ジョン・ジョセフ・マーリンです。 1760年ごろ、彼はパーティーの席で、車輪を一列に配置したスケートを履き、 バイオリンを演奏しながら滑って見せようとしました[1]。
この試みは失敗に終わります。減速も方向転換もできず、 会場の大きな鏡に激突して重傷を負いました。
初期のスケートに欠けていたもの
この事故は、初期のローラースケートが抱えていた技術的な欠陥をそのまま示しています。
- 旋回できない:車輪が固定されているため、進行方向を変えられない
- 制動できない:ブレーキにあたる仕組みがない
- 不安定:一列配置は左右のバランスを取り続ける必要がある
進むことだけができて、曲がることも止まることもできない乗りものは、 道具としては成立しません。実用品になるには、 「向きを変えられること」を機構として作りこむ必要がありました。 その解決までに、およそ100年かかります。
2. 曲がれる ように なった 日
2. 曲がれるようになった日
2. プリンプトン1863 ── 可動トラックという解
それから 100年 くらい たった 1863年。 アメリカの プリンプトンと いう 人が、 あたらしい スケートを 作りました。
しゃりんを 一列に ならべるのを やめて、 前に 2つ、後ろに 2つ、 くるまの タイヤの ように ならべたのです。
そして、しゃりんの 台を すこし だけ ゆれるように しました。 すると、体を 左に かたむけると 左へ、 右に かたむけると 右へ 曲がれる ように なったのです。
これで やっと、みんなが 楽しめる あそび道具に なりました。 こうして ローラースケートは、 せかいじゅうに 広がって いきます。
じてん車に のって いる とき、 ハンドルを 回さずに 体だけ かたむけて みて ください (まわりに 気を つけて)。 すこし 曲がりますね。 プリンプトンの スケートは、これと にた しくみです。
解決したのは、それから100年後です。 1863年、アメリカの ジェームス・プリンプトン が、 4つの車輪を2つずつ、前後に分けて配置したスケートの特許を取りました[1]。 いわゆる クワッド(四輪)スケートです。
「傾けると曲がる」という発明
大事なのは、車輪を4つにしたことだけではありません。 車輪をつけた台(トラック)が、ゴムなどのクッションを介して 少し傾くようにしてあったことです。
すると、乗っている人が体を左に傾けると車軸の向きがわずかに変わり、 スケートが左へ曲がります。右に傾ければ右へ。 ハンドルを操作するのではなく、体重の移動がそのままかじ取りになるのです。
これで、初心者でも「曲がる」ができるようになりました。 道具として成立した瞬間です。ここからローラースケートは、 遊びとして、そしてスポーツとして世界に広がっていきます。
靴に車輪をつける、という思いつき自体は早くからありました。 それでも使える道具にならなかったのは、 残っていた宿題が「止まる」「曲がる」という、 地味だけれど欠かせない部分だったからです。
転機は1863年です。アメリカの実業家 ジェームス・レナード・プリンプトン が、 車輪を2×2で配置したクワッドスケートの設計で特許を取得しました[1]。
ロッカースケートの原理
プリンプトンの設計の核心は、車輪の数ではなく取りつけ方にありました。 車軸を支えるトラックを、弾性体(ゴムなど)を介して首を振れるように取りつけたのです。
これにより、次のことが起こります。
- 乗り手が体を左右に傾ける
- 足裏からトラックへ、傾いた方向の力が伝わる
- トラックが傾き、車軸の向きがわずかに変わる
- 前後の車軸が逆向きに切れて、進行方向が曲がる
自転車が体を傾けて曲がるのと似た感覚で、しかも意識してハンドルを操作する必要がありません。 安定して立てる(2×2配置)ことと、曲がれる(可動トラック)ことを両立させたのが、 この発明の意味でした。
プリンプトンのスケートは、それまでのものより安全で扱いやすく、 ローラースケートを一部の見世物から大衆の娯楽へ変えました[2]。 19世紀後半にはスケートリンクが各地に作られ、社交の場になっていきます。
原型は早くからあったのに、広まったのはずっと後。 ローラースケートの場合、その差を埋めたのは 制御(曲がる・止まる)にかかわる地味な改良でした。 ほかの乗りものにも、目立たない改良で一気に使いやすくなった例があります。
3. 日本に やって きた
3. 日本にやってきたローラースケート
3. 日本での普及 ── テレビとローラーディスコ
日本で ローラースケートが 大人気に なったのは、 いまから 50年 ほど 前です。
1968年、テレビで ローラーゲームと いう スポーツの ばんぐみが 始まりました。 ローラースケートを はいた 人たちが、 まるい コースを ぐるぐる 回って ぶつかりあう、 はげしい きょうぎです。
これを 見た 子どもたちが、 「ぼくも やりたい」「わたしも やりたい」と なりました。
そのころ 売られて いたのは、 くつの 上から つける タイプの ローラースケート。 自分の うんどうぐつに ベルトで しばりつけて つかいます。 ねだんが 安かったので、たくさんの 子どもが 買えました。
そして 1980年ごろには、ローラーディスコが はやりました。すべりながら おどる、という あそびです。
日本で最初の大きなブームが来たのは、1960年代の終わりです。
テレビが火をつけた
1968年から、テレビで ローラーゲーム の放送が始まりました[1]。 ローラースケートを履いた選手が、すり鉢状の楕円コースを周回し、 体をぶつけ合いながら相手を抜いていく団体競技です。
派手で、分かりやすくて、格好いい。これを見た子どもたちが夢中になりました。
当時広まったのは、自分の靴の上からベルトで留めるタイプのローラースケートです。 専用の靴を買わなくてよいので安く、多くの子どもの手に届きました[1]。
滑りながら踊る
1970年代の後半には、音楽に合わせて滑る ローラーディスコ が広まり、 1980年ごろに大きなブームになりました[3]。 専用の店ができ、そこに人が集まるようになります。
スポーツとして始まったものが、音楽と結びついて ファッションと文化になっていったわけです。
日本での普及は、テレビと強く結びついています。
1968年、ローラーゲームの放送開始
1968年からテレビで ローラーゲーム(アメリカ発祥のローラーダービー系競技) が放映されると、子どもたちのあいだで一気にブームになりました[1]。 このとき普及したのが、靴の上から装着する安価なタイプのローラースケートです。 専用シューズを必要としない構造が、子どもへの普及を後押ししました。
1970年代後半〜1980年代、ローラーディスコ
1970年代後半になると、音楽に合わせて滑る「ローラーディスコ」が広まります。 1980年ごろに大きなブームとなり、その後しばらく続きました[3]。 専用の施設ができ、滑ること自体が社交の場になっていきます。
この時期については、個別の店の開店年や団体の結成年まで書いている資料もありますが、 一次資料で確かめられなかったため、この記事では確実に裏の取れる範囲にとどめています。
この流れで重要なのは、ローラースケートが 競技から娯楽・音楽文化へと居場所を移したことです。 道具は同じでも、社会での意味が変わりました。 そして意味が変わると、流行の広がり方も変わります。
4. 1987年、テレビで すべりながら 歌う 人たち
4. 1987年、テレビの中で歌いながら滑る人たちが出てきた
4. 1987年の光GENJI ── 流行を作ったのは何か
1987年。日本の ローラースケートの れきしで、 いちばん 大きな ことが おきました。
光GENJI(ひかりゲンジ)と いう 歌の グループが 出て きたのです。
この 人たちは、ローラースケートを はいたまま、 歌って、おどりました。 テレビの 画めんの 中で、すいすい すべりながら 歌う。 見た ことが ない ものでした。
それを 見た 子どもたちが、 「あれを やって みたい!」と 思いました。 お店の ローラースケートが 売り切れる ほどの 大ブームに なったのです。
あたらしい あそびが 広まる とき、 「かっこいい」と 思わせて くれる 人が いると、 いっきに 広がる。そういう ことが よく あります。
日本のローラースケートの歴史で、いちばん有名な出来事が1987年に起こります。
光GENJI というアイドルグループが、1987年にデビューしました。 彼らはローラースケートを履いたまま歌い、踊ったのです[4]。
テレビの中で、少年たちが滑りながら歌う。 当時としては、見たことのない映像でした。 そして、これを見た子どもたちが一斉にローラースケートを欲しがりました。 日本中で空前の大ブームになります[4]。
3回のブームを並べてみる
ここまでの流れを並べると、あることに気づきます。
| 時期 | きっかけ | 何が起きたか |
|---|---|---|
| 1968年〜 | テレビのローラーゲーム | 子どもに広まる。安い後付けタイプが売れる |
| 1975年〜1980年代 | ローラーディスコ | 音楽・ファッションと結びつく |
| 1987年〜 | 光GENJI | 全国的な大ブームになる |
どのブームも、スケートそのものが新しくなったから起きたわけではありません。 基本の構造は1863年からそれほど変わっていないのです。 変わったのは、それを見せてくれる人と場所のほうでした。
1987年、ローラースケートを履いて歌い踊るアイドルグループ 光GENJIが登場し、子どもや若い層のあいだで 爆発的な人気となりました。これが日本での最大のブームを生みます[4]。
道具だけでは説明がつかない
日本での3度の盛り上がりを並べると、共通点が見えてきます。
| 時期 | 契機 | 媒体 | 広がり方 |
|---|---|---|---|
| 1968年〜 | ローラーゲームの放映 | テレビ(スポーツ) | 子ども中心。安価な後付け式が普及 |
| 1975年〜80年代 | ローラーディスコ | 店舗・音楽 | 若者中心。ファッション化 |
| 1987年〜 | 光GENJI | テレビ(音楽番組) | 全国規模。子ども中心に再拡大 |
いずれの局面でも、スケートの構造そのものは大きく変わっていません。 1863年のクワッド構造が基本のままです。 変わったのは、それが「どこで、誰によって、どう見せられたか」でした。
道具の性能だけを見ても、この3回の波は説明できません。 見せてくれる媒体と、あこがれの対象。 少なくともローラースケートでは、この2つがそろったときに広まっています。 スケートそのものがあまり変わらなくても、見せ方が変わると、また流行ることがある。 そう考えると、年表の読み方が変わります。
5. 氷の せんしゅの 夏の れんしゅう
5. 氷の選手が、夏に練習するために
5. インラインスケート ── 形の回帰
いま よく 見る、しゃりんが 一列に ならんだ スケート。 インラインスケートと いいます。
じつは これ、あそぶ ために 作られた ものでは ありませんでした。
氷の 上で する アイスホッケーの せんしゅたちが、こまって いたのです。 夏に なると 氷が なくなって、練習が できません。
そこで、アメリカの オルソンと いう 兄弟が 考えました。 「くつの 下に しゃりんを 一列に つければ、 氷の 上と 同じ かんじで すべれるんじゃないか?」
じっさい、その とおりでした。 こうして 生まれた インラインスケートは、 やがて 世界じゅうで 楽しまれる ように なります。
いちばん さいしょの マーリンの スケートも、しゃりんは 一列でした。 260年 かかって、一列の スケートが もう一ど 主やくに なったのです。
いま公園などでよく見かける、車輪が一列に並んだスケート。 インラインスケートです。
これが生まれたきっかけは、遊びではありませんでした。 アイスホッケー選手の、夏の練習です。
氷がない季節をどうするか
1970年代の終わりごろから、アイススケートの夏場の練習用として インラインスケートが現れます[1]。 そして1980年前後、アメリカ・ミネソタ州のオルソン兄弟が、 アイスホッケーの夏の練習用として、今のインラインスケートに近いものを作り、 販売を始めました[1]。 この会社が「ローラーブレード」です。 設立の年は資料によって少し違うので、ここでは「1980年ごろ」としておきます。
車輪を一列に並べると、氷の上のスケート靴(ブレードが一枚)に近い感覚で滑れます。 曲がるときの体の使い方も、氷とよく似ています。 だから練習になるわけです。
そして遊び道具に戻ってきた
1989年ごろからは、スピードが必要なホッケーや競技にも使われるようになり、 利用者が広がっていきました[1]。 日本でも1990年代に大きなブームになります。
ここで思い出してください。1760年のマーリンのスケートも、車輪は一列でした。 止まれず、曲がれず、失敗した形です。 200年以上たって、一列の形がもう一度主役になった。 ただし今度は、ブレーキがつき、靴の性能も上がっています。
現在広く使われている インラインスケート(車輪を縦一列に配置した形式)は、 レジャー用品としてではなく、アイススケートのオフシーズン練習用として登場しました。
成立の経緯
- 1970年代後期、アイススケートの夏場の練習用としてインラインスケートが現れる。ただし通年営業の屋内リンクが普及したこともあり、すぐには広まらなかった[1]
- 1980年前後、ミネソタ州のオルソン兄弟がアイスホッケーの夏季トレーニング用として製作し、 販売を開始(のちのローラーブレード社)。設立年は資料によって1980年、1982年などの記述があり、 ここでは幅を持たせておきます[1]
- 1989年ごろから、スピードが要求されるホッケーや競技に採用され、利用者が拡大[1]
縦一列の配置は、氷上のブレード(一枚刃)に近い接地形状を作ります。 エッジを使った加速や旋回の感覚が氷に近いため、代替練習として機能しました。
形の回帰
ここで、話は最初に戻ります。1760年のマーリンのスケートも、車輪は一列でした。 当時それが失敗したのは、旋回機構も制動機構も無かったからです。
現代のインラインスケートは、同じ一列配置でありながら、
- かかとに接地させて止めるヒールブレーキを備える
- 足首を固定する硬いブーツで、体重移動を車輪に正確に伝える
- ベアリングと素材の進歩で、滑走性と耐久性が上がっている
という違いを持ちます。同じ形でも、周辺技術がそろうと成立する。 技術史でくり返し起きるパターンです。
現在も両方が使われています。
クワッド(2×2):横方向に安定しやすく、ダンスやローラーダービー、
初心者の入門に向く。
インライン(一列):直進の速度が出しやすく、氷上競技の練習や
スピード系、フィットネスに向く。
どちらが優れているかではなく、何をしたいかで選ぶ道具です。
6. いまの スケート
6. いま、どうなっているのか
6. 用途ごとの分化と、安全と場所の問題
いまの スケートは、やりたい ことに 合わせて いろいろな しゅるいが あります。
- ふつうに すべって 楽しむ もの(フィットネス)
- 速く すべる ための もの(しゃりんが 大きい)
- ジャンプや わざを する もの(じょうぶで かたい)
- おどる ための もの(しゃりんが 4つの タイプが 多い)
子ども用には、大きさを かえられる スケートも あります。 足が 大きく なっても、しばらく つかえるように、 長さを のばせる しくみです。
そして いちばん 大じなのが、 ヘルメットと プロテクター。 ひじ、ひざ、手首を まもる ものです。
じょうずな 人ほど、しっかり つけて います。 「かっこ悪い」ことは ありません。 けがを して すべれなく なる ほうが、ずっと ざんねんです。
いまのスケートは、目的ごとに分かれています。
| 種類 | 特徴 | 向いていること |
|---|---|---|
| フィットネス系(インライン) | いちばん一般的。ブレーキつき | 公園や施設で滑って楽しむ |
| スピード系(インライン) | 車輪が大きく、ブーツが低い | 速く長く滑る |
| アグレッシブ系(インライン) | 頑丈で、手すりを滑るための部品がある | ジャンプや技 |
| クワッド(四輪) | 横に安定しやすい | ローラーダンス、ローラーダービー、入門 |
子ども用には、サイズを調整できるモデルがあります。 成長に合わせて何センチか伸ばせるので、買い替えの回数を減らせます。
防具の話をきちんとしておく
スケートでいちばん大事な道具は、じつはスケートではありません。 ヘルメットとプロテクター(手首・ひじ・ひざ)です。
転ぶときは、たいてい手をつきます。だから手首を痛めやすい。 そして頭を打つと、いちばん危険です。 上手な人ほど防具をきちんとつけています。 けがをして滑れなくなるほうが、ずっと損だからです。
日本では、交通のひんぱんな道路でローラースケートをすることは 道路交通法で禁じられています[5]。公園でも、禁止しているところや 時間を区切っているところがあります。 スケートリンク、スケートパーク、許可された広場など、 滑ってよい場所を確かめてからにしてください。
現在は、用途ごとに機材が分化しています。
| 種類 | おもな特徴 |
|---|---|
| フィットネス/レクリエーション | もっとも普及。ヒールブレーキつき。中程度のホイール径 |
| スピード | 大径ホイール、低いカフ。直線速度と巡航性能を重視 |
| アグレッシブ | 頑丈なブーツ、グラインド用のソウルプレート。ジャンプや手すりでの滑走 |
| スラローム/フリースタイル | パイロンの間を通る技術系。取り回し重視 |
| クワッド | ローラーダンス、ローラーダービー、アーティスティック |
子ども向けにはサイズ可変式が一般的になり、成長期の買い替え負担を下げています。 ホイールの硬さ(デュロメーター)やベアリングの規格など、 消耗品を交換して調整する文化も定着しています。
競技としての現在地
ローラースポーツには国際競技連盟(World Skate)があり、 スピード、アーティスティック、ローラーダービー、インラインホッケー、 スケートボードなど幅広い種目を統括しています。 2020年代に入り、アメリカを中心にローラースケートの人気が再燃したことも報じられています[6]。
安全と場所の問題
日本の道路交通法は、交通のひんぱんな道路で球戯やローラースケートなどをすることを 禁じています(第76条第4項第3号)[5]。 公園でも管理者が禁止・制限している場合があります。 滑走できる場所が限られていることは、この趣味の普及における現実的な制約です。
防具については、ヘルメット、リストガード、エルボーパッド、ニーパッドが基本です。 特に手首は、転倒時に体重を支えるため受傷しやすい部位です。 上達しても防具を外さないのが、この競技の常識になっています。
7. これから
7. これから
7. これからの論点 ── 場所・安全・競技化
ローラースケートは、はやったり、 すたれたり を くりかえして きました。
でも、なくなった ことは 一ども ありません。 260年 ずっと、だれかが すべって います。
さいきんは、外国で また 人気が 出て きて います。 どうがで すべる ようすを 見て、 はじめる 人が ふえて いるのです。
むかしは テレビ、いまは どうが。 見せて くれる ものが かわっても、 「かっこいい」と 思う 気もちは 同じなのですね。
ローラースケートの歴史は、ブームと下火のくり返しです。 1970年代、1980年代、1990年代。そのたびに盛り上がり、そのたびに落ち着きました。
けれど、なくなったことは一度もありません。 260年間、だれかがずっと滑り続けています。
2020年代に入って、アメリカを中心にローラースケートの人気が再び高まっています[6]。 今度のきっかけは、テレビではなく動画です。 滑っている様子を投稿し、それを見た人が始める。 広がり方の仕組みは、1968年のテレビや1987年の音楽番組と同じです。
これから起きそうなこと
- 動画をきっかけにした、若い世代の入り口が増える
- 道具の改良は続く(軽さ、安全性、サイズ調整)
- いっぽうで、滑れる場所をどう確保するかという問題は残る
最後の点は、実はいちばん大事かもしれません。 道具がどれだけ良くなっても、安全に滑れる場所がなければ広がりません。 スケートパークや広場をどう作るかは、街のつくりの話でもあります。
この道具の歴史は、明確な周期を持っています。 1968年(テレビ)、1980年(ローラーディスコ)、1987年(アイドル)、 1990年代(インライン)。技術ではなく可視化の媒体が変わるたびに、 需要が立ち上がってきました。
2020年代の再燃も同じ構造です。ただし媒体は動画共有サービスに移り、 発信するのはメーカーやテレビ局ではなく、滑っている個人になりました[6]。 広告費をかけずに広がる代わりに、流行の寿命は読みにくくなっています。
これからの論点
- 場所:道路交通法上の制約と公園の規制があり、滑走可能な空間が限られる。 都市計画やスケートパーク整備が普及のボトルネックになる
- 安全:入門者が動画から独学で始めるため、防具の着用と基礎技術の習得が課題になる
- 競技化:World Skate のもとで種目整理が進む一方、 ローラースポーツ全体をどう見せるかは模索が続いている
- 道具:軽量化、サイズ可変、素材の改良。ただし基本構造は 1863年のクワッドと1980年代のインラインの延長線上にある
260年前、マーリンが鏡に突っこんだ理由は「止まれなかったこと」でした。 いまの課題は、止まる技術ではなく「どこで安全に滑るか」に移っています。 困っていることの中身が入れかわった、ということです。
じぶんでも やって みる
8. 自分でもやってみたくなったら
8. 自分でもやってみたくなったら
やって みたく なりましたか。 はじめる ときの じゅんばんです。
- ヘルメットと プロテクターを 先に 用意する。
- すべって いい ばしょを さがす(スケートリンク、パークなど)。
- まず 立つ。つぎに 歩く。すべるのは その あと。
- 止まりかたを さいしょに ならう。
いちばん さいしょに ならうのが「止まりかた」。 これが、マーリンさんが できなかった ことです。
車や 人の 多い 道ろで すべるのは、きまりで だめだと されて います。 かならず 大人と いっしょに、すべって いい ばしょで あそびましょう。
やってみたくなったら、順番があります。
- 防具を先に用意する。ヘルメット、リストガード、ひじ、ひざ。スケートより先です
- 滑ってよい場所を確かめる。スケートリンク、スケートパーク、許可されている広場
- 止まり方から習う。ヒールブレーキの使い方、または足を開いて速度を落とす方法
- 転び方を覚える。手をついてひざから前に倒れる。後ろに倒れないようにする
- それから、まっすぐ滑る
最初に習うのが「止まり方」というのが面白いところです。 260年前にマーリンができなかったのが、まさにそれでした。
家族に聞くと見えてくること
- 近所のスケートリンクやスケートパークがどこにあるか。いつからあるのか
- 親や祖父母の世代が、どんなスケートを持っていたか。聞いてみると話が出てきます
- 車輪のかたさや大きさで、滑り心地がどう変わるか
- なぜ体を傾けると曲がるのか(自転車やスキーと比べてみる)
この記事は、技術史・流行史・法規・安全の話が混ざりました。 どの入口からでも深く掘れます。
始めるときの順序
- 防具(ヘルメット、リストガード、エルボー、ニー)を先に用意する
- 滑走可能な場所を確認する(施設のルール、公園の規制、道路交通法)
- 制動(ヒールブレーキ、Tストップ、プラウストップ)を最初に習得する
- 安全な転び方を練習する
- 直進、旋回、加速の順に広げる
調べる入口
- 笹川スポーツ財団「ローラースケート/インラインスケートの歴史・ルール・道具」
- World Skate(国際ローラースポーツ連盟)や日本の競技団体のサイト
- お住まいの自治体のスケートパーク・公園の利用案内
スケートを見る目が変わる問い
- プリンプトンの「傾けると曲がる」機構は、自転車やスキーの旋回とどう違うか
- クワッドとインラインで、転びやすい方向が違うのはなぜか
- 流行が「媒体」に左右されるという構造は、他の道具(ヨーヨー、けん玉、スケートボード)にも当てはまるか
家族に「ローラースケートを持っていた?」と聞いてみてください。 世代によって、四輪か、インラインか、後付け式かが変わります。 答えを並べると、この記事の年表がそのまま家の中に現れます。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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- Wikipedia「ローラースケート」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ローラースケート (全体の流れをつかむために参照した百科事典。 年代の細部は資料によって差があるため、この記事では他の資料と一致する範囲を採用しています)
- 笹川スポーツ財団「ローラースケート/インラインスケートの歴史・ルール・道具」 https://www.ssf.or.jp/knowledge/dictionary/rollerskate.html (歴史と競技の整理)
- 日本ローラーダンス協会「ローラーダンスについて」 https://www.rollerdance.net/history (1975年の那覇ローラースケートランド、ローラーディスコの広がり、1980年のブーム)
- MELOS「昭和に流行した『ローラースケート』のお話。あのアイドル登場で空前の大ブームへ」 https://melos.media/hobby/21514/ (1987年の光GENJI登場とブーム)
- 道路交通法(e-Gov 法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000105 (第76条第4項第3号。交通のひんぱんな道路での球戯・ローラースケート等の禁止)
- Glowkey「アメリカの根強いローラースケート人気から見る、ストリートカルチャーマーケティングの可能性」 https://news.glowkey.co.jp/rollerskating_streetculture_marketing/ (2020年代のローラースケート人気の再燃)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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