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学校って いつから あるの?

学校っていつからあるの?

学校の歴史 ── 寺子屋から、大人も通う夜間中学まで

分野:歴史・文化

毎日 とうこうする 学校ですが、学校は むかしから ずっと あった わけでは ありません。

学校は、いつ、どこで、どうやって 生まれたのでしょうか。

この きじでは、学校の れきしを たどって いきます。

毎日登校する学校ですが、学校は昔からずっとあったわけではありません。

学校は、いつ、どこで、どうやって生まれたのでしょうか。

この記事では、学校の歴史をたどっていきます。

当たり前のように通っている学校ですが、いまの姿になるまでには、長い歴史があります。

この記事では、古代メソポタミアの書記の学校と古代ギリシャのアカデメイア、江戸時代の寺子屋、明治の近代教育制度、そして大人も通う夜間中学まで、学校のかたちの移り変わりをたどります。

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1. むかしの 学校は、どんな ところだった?

1. 昔の学校は、どんなところだった?

1. 古代の学び舎 ── 粘土板の家とアカデメイア

人に ものを おしえる 場所は、もじが 生まれた ころから ありました。いまから やく 4500年 前、メソポタミア(いまの イラクの あたり)では、ねんどの いたに もじを 書く 人を そだてる 学校が ありました。この 学校は「ねんどばんの 家」と よばれて いました[10][11]。

いまから やく 2400年も 前、ギリシャに プラトンと いう 哲てつ学者が いました。プラトンは、弟子たちを あつめて、 いっしょに 学ぶ 場所を 作りました。いまで いう「じゅく」 や「クラブ」の ように、学びたい 人たちが あつまる 場所でした(ただし 本当は、いまの じゅくとは ちがい、もっと せいしきな 学びの 場でした)。せかいで いちばん 古い 学校では ありませんが、ヨーロッパの 学びの れきしで、とても たいせつな 場所です[1]。

この 学校の 入り口には、「きかがくを 知らない 人は、 ここを くぐっては いけない」と 書かれて いた、と いう 話が のちの 時代に つたえられて います[1]。

文字とともに生まれた「粘土板の家」

人にものを教える場所は、文字の誕生とともに現れました。文字が生まれた古代メソポタミア(いまのイラクのあたり)では、約4500年前(紀元前2500年ごろ)には、文字を書く仕事をする「書記」を育てるための教科書が、粘土板に書かれていました[10]。こうした書記の学校は、シュメール語で「エドゥッバ」(粘土板の家)と呼ばれました[11]。

約2400年前、ギリシャで生まれた学園

紀元前387年ごろ、プラトンはアテナイ郊外にアカデメイアを開きました。世界最古の学校ではありませんが、西洋の高等教育の歴史でとても重要な学びの場です[1]。

「幾何学を知らない者は、入るべからず」

この学校の入り口には、「幾何学を知らない者は、ここをくぐってはならない」と書かれていた、という話が後世に伝えられています[1]。アカデメイアは、529年に東ローマ帝国の皇帝が学校を閉じる命令を出すまで、約900年にわたる長い歴史を持ちました[1]。

学校という場所は、いったい、いつ、どこで生まれたのか。人にものを教える場所は、文字の誕生とともに古代メソポタミアに現れた。紀元前2500年ごろには、書記を育てるための「教科書」が粘土板に書かれており、書記の学校の制度は紀元前3千年紀の後半に発達した[10]。シュメール語で「エドゥッバ」(粘土板の家)と呼ばれたこの書記学校は、神殿や王宮の記録を担う書記を育てる場だった[10][11]。

つまり、学校そのものの歴史はアカデメイアよりはるかに古い。古代ギリシャの哲学者プラトンがアテナイ郊外に学園「アカデメイア」を開いたのは紀元前387年ごろで、これは「世界最古」の学校ではなく、西洋の哲学・高等教育の歴史を考えるうえで重要な学園として位置づけるべきものだ。弟子たちは算術・幾何学・天文学などを学んだのち、哲学を学んだ[1]。

しかも、入り口には「幾何学を知らない者は、ここをくぐってはならない」と書かれていた、という話が後世に伝えられている。哲学を学ぶ前に、なぜ幾何学なのか。感覚ではなく思考によって物事を理解する訓練として、幾何学が重視されていたためだ[1]。この学園は、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世が非キリスト教的な学校の閉鎖を命じた529年まで、約900年にわたって続いた(途中、衰退や再興をはさんでいる)[1]。では、日本の庶民が学ぶ場は、どんな姿をしていたのだろうか。

2. 日本の 学校の はじまり ── 寺子屋

2. 日本の学校のはじまり ── 寺子屋

2. 江戸時代 ── 寺子屋と、高い識字率

日本では、江戸えど時代に「寺子屋」と いう 学びの 場が、 町や 村の あちこちに ありました。お寺の 先生が 子どもに 読み書きを おしえた ことから、この 名前が つきました [2]。

寺子屋では、「読み・書き・そろばん」を おしえて いました。 このおかげで、江戸えど時代の 日本人は、字を 読める 人の わりあいが、当時の 世界でも かなり 高い ほうだったと されて います[6]。

お寺の先生が、読み書きを教えた

日本では、江戸時代に「寺子屋」という学びの場が、町や村のあちこちにありました。もともとお寺で師弟に教育を行っていたことから、この名前がついたとされています[2]。

「読み・書き・そろばん」を学ぶ庶民の学校

寺子屋では「読み・書き・そろばん」を中心に教えていました。江戸時代の日本人の識字率は30%を超えており、これは当時の世界の中でもかなり高い水準だったとされています[6]。ただし正確な全国調査があったわけではなく、数字には諸説あります。

庶民の子が字を学ぶ場として、日本の教育の中心を担ったのが「寺子屋」だ。いつごろから庶民教育の場として成立したかは正確には分かっていないが、江戸時代に全国へ広く普及した。名前は、もともとお寺で行われていた師弟教育に由来するといわれている[2]。

そこで教えられたのは「読み・書き・そろばん」という、暮らしに役立つ実用的な初等教育だった。では、その成果はどれほどのものだったのか。江戸時代の日本人の識字率は30%を超えていたとされる。正確な全国統計があったわけではないものの、当時の世界の中でもかなり高い水準だったという見方が広く共有されている[6]。

3. みんなが 学校に 行く じだいへ

3. みんなが学校に行く時代へ

3. 近代化 ── 1872年の「学制」

明治めいじ5年(1872年)、日本の 政せい府ふは「がくせい」と いう きまりを 出しました。国じゅうを いくつもの 学区に わけて、 それぞれに 小学校・中学校・大学校を 作ろうと する、 日本で はじめての、国ぜんたいの 学校の しくみでした [3]。

多くの 小学校は、それまで あった 寺子屋の 場しょや 先生を、そのまま 生かして 作られました [3]。

1872年、「学制」という全国のきまり

明治5年(1872年)、日本の政府は「学制」というきまりを出しました。全国を大学区・中学区・小学区に分け、それぞれに大学校・中学校・小学校を置こうとする、日本で初めての全国的な学校のしくみでした[3]。

寺子屋が、小学校のもとになった

学制ができたころ、全国にはすでに数万の寺子屋がありました。多くの小学校は、こうした寺子屋や私塾の場所・先生をそのまま生かして作られました[3]。

寺子屋は、あくまで民間の学びの場だった。では、国が全員のために学校を用意しようとしたのは、いつのことか。日本の近代教育制度は、明治5年8月2日(西暦1872年9月4日)に公布された「学制」から始まる。欧米諸国をモデルとした文明開化政策の一環として、全国を大学区・中学区・小学区に分け、各学区に大学校・中学校・小学校を1校ずつ設置することを目指した、日本初の近代的な学校制度だった[3]。

ところが、学校をゼロから作ったわけではない。学制公布の時点で、全国にはすでに数万の寺子屋・私塾・郷学校が存在しており、新設された多くの小学校は、これらの庶民教育機関の場所や教員を基盤として誕生した[3]。江戸時代の教育の蓄積が、近代教育制度への移行を下支えしたといえる。

4. だれもが 学校に 行けるように

4. だれもが学校に行けるように

4. 義務教育の拡大 ── 1886年から1907年へ

1886年(明治めいじ19年)、「小学校れい」と いう きまりで、 「子どもを 4年間、小学校に 行かせなければ ならない」と さだめられました。これが、日本の「ぎむきょういく」の はじまりだと されて います[7]。

1900年には、小学校の じゅぎょうりょうが むりょうに なり、 学校に 通う 子どもが ふえました。1907年(明治めいじ40年)には、 ぎむきょういくの きかんが、4年間から 6年間に のびました [4]。

1886年、「義務教育」のはじまり

1886年(明治19年)に出された「小学校令」というきまりで、「保護者は子どもを4年間、小学校に通わせなければならない」と定められました。これが、日本の「義務教育」のはじまりだとされています[7]。

無償化と、6年間への延長

1900年には小学校の授業料が原則無償になり、通学する子どもの割合が9割を超えるまでに増えました。この流れを受けて1907年(明治40年)、義務教育の期間は4年間から6年間に延長されました[4]。

学校が用意されたとして、子どもたちは全員通うようになったのだろうか。日本の義務教育の出発点は、1886年(明治19年)の「小学校令」だ。尋常小学校4年間について保護者に就学義務が課され、これが日本の義務教育制度の起点とされている[7]。

では、通う子はどこまで増えたのか。1900年(明治33年)の小学校令改正で授業料が原則無償化されると、就学率は90%を超えるまでに上昇した。この普及を背景に、義務教育の期間は、1907年(明治40年)の改正で4年間から6年間へと延長された[4]。第二次世界大戦後には、この期間がさらに9年間(小学校6年・中学校3年)へと拡大されている。

5. 外国の 学校は、日本と どう ちがう?

5. 外国の学校は、日本とどうちがう?

5. 国による違い ── 入学年齢と学校のかたち

日本では、6さいに なった 年の 4月に 小学校に 入ります。 でも、外国では ちがう ばあいも 多いです。

たとえば イングランド(イギリスの 一部)では 5さいごろから、 フィンランドでは 7さいごろから、小学校に 入る ことが おおいと されて います[8] [9]。入学する 年れいや、 学校の しくみは、国に よって さまざまなのです。

日本は6歳、でも外国はさまざま

日本では、4月1日までに6歳になった子が、その年の4月に小学校に入ります。でも、外国ではちがう場合も多いです。

イングランドは5歳、フィンランドは7歳

たとえばイングランド(イギリスの一部)では5歳ごろから、フィンランドでは7歳ごろから、小学校に入ることが多いとされています[8][9]。学校が何年間に分かれているか、いつ新しい学年が始まるかも、国によってさまざまです。

では、日本のやり方は、世界の標準なのだろうか。日本では、4月1日までに満6歳になった子どもが、その年の4月に小学校へ入学する。就学年齢は国によって異なる。イングランド(イギリスの一部)では5歳ごろから、フィンランドでは7歳ごろから、小学校教育が始まるとされている[8] [9]。

違いは入学年齢だけではない。学校段階の区切り方(日本式の6・3・3制など)や、学年の始まる時期も、国や地域の気候・文化的背景によってさまざまだ。「学校」という制度自体は多くの国に共通して存在するが、その具体的なかたちは一様ではない。

6. 大人も 学校に 行く ことが ある

6. 大人も学校に行くことがある

6. 夜間中学 ── 学び直しを支えるしくみ

「学校は 子どもが 行く ところ」と おもって いませんか。

じつは 日本には「夜間中学」と いう、夜に じゅぎょうを する 中学校が あります。むかし いろいろな じじょうで 中学校を そつぎょうできなかった 大人などが、いまでも 通って います[5]。大人に なってから「もういちど 学校で べんきょうしたい」と おもった 人たちが、ここで 学んで います。2016年には、こうした 学びなおしを ささえる ほうりつも できました [5]。

夜に授業をする中学校がある

「学校は子どもが行くところ」と思っていませんか。

じつは日本には「夜間中学」という、夜に授業をする中学校があります。昔さまざまな事情で中学校を卒業できなかった大人などが、いまでも通っています[5]。

法律に支えられて、数が増えている

2016年には、こうした学び直しを法律の面から支える「教育機会確保法」が成立し、夜間中学は2018年度の8都府県31校から、その後も新設が続いています[5]。

ここまで見てきた義務教育は、子どものためのものだった。ところが、「学校は子どもが通うもの」というイメージを持つ人が多いかもしれないが、日本には義務教育を修了できなかった人などを対象に、夜間に授業を行う「夜間中学」が存在する。

では、その学びは何に支えられているのか。2016年12月に、夜間中学の法的根拠となる「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法)」が成立した[5]。この法律ができたことで、2018年度には8都府県31校にとどまっていた夜間中学は、2019年度以降毎年新設が続いている[5]。学校は、年齢を問わず学び直すことができる場としても機能している。

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

じぶんの 学校が、いつ できたのか しらべて みましょう。

あんぜんな ばしょで できる こと

  • 学校の げんかんや、しょくいんしつを 見て みる。 学校の れきしが 書いて ある ばしょが ないか、 さがして みましょう。
  • おうちの 人に、むかしの 学校の はなしを きいて みる。 じぶんの じだいと なにが ちがうか くらべて みましょう。
メモの すすめ

きょう 出て きた ことばを 1つだけ ノートに 書いて おきましょう。「寺子屋って なに?」だけで じゅうぶんです。

自分の学校が、いつできたのか調べてみましょう。

今日できること

  • 学校の創立記念日を調べてみる。自分の学校が、何年に、どうやってできたか調べてみましょう。
  • おうちの人に、昔の学校の話を聞いてみる。自分の時代と何がちがうか比べてみましょう。
メモのすすめ

気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口になります。「アカデメイアって、いまも残っているの?」だけでも十分です。

自分の学校の沿革を調べたり、家族に昔の学校生活を聞いたりすると、この記事で扱った歴史が身近に感じられます。

手を動かして確かめる

  • 学校の創立年を調べる。学制(1872年)以降のどの時期にできた学校か、調べてみましょう。
  • 近くに夜間中学があるか調べる。自分の住む自治体に夜間中学があるか、大人と一緒に調べてみましょう。

一次情報にあたる

国立公文書館のサイトには、学制や義務教育年限の延長についての公式な資料が公開されています。

メモのすすめ

気になった数字や言葉を1つだけノートに記録しておきましょう。「1872年、学制公布」という一文でもかまいません。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。

出典について:国の公式記録・専門メディア・学会資料の公開情報を使っています。

  1. Wikipedia「アカデメイア」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アカデメイア (プラトンによるアカデメイアの創設(紀元前387年ごろ)と、529年の閉鎖についての解説)
  2. nippon.com「寺子屋:驚くべき江戸時代の教育力」。 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g01005/ (寺子屋の名称の由来と、読み・書き・そろばんという教育内容についての解説)
  3. 国立公文書館「明治5年(1872)8月|学制が公布される」。 https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m05_1872_02.html (1872年の学制公布についての公式解説)
  4. 国立公文書館「明治40年(1907)3月|義務教育が6年に延長される」。 https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m40_1907_01.html (1900年の授業料無償化、1907年の義務教育6年への延長についての公式解説)
  5. 基礎教育保障学会「基礎教育保障学研究」掲載論文。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasbel/2/0/2_19/_pdf/-char/ja (2016年の教育機会確保法と、2018年度の夜間中学設置数についての学術解説)
  6. 刀剣ワールド「寺子屋」。 https://www.touken-world.jp/history/history-important-word/terakoya/ (江戸時代の日本人の識字率が30%を超え、当時の世界でも高い水準だったことについての解説)
  7. 文部科学省「一 小学校令の制定」。 https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317616.htm (1886年(明治19年)の小学校令による義務教育制度の始まりについての公式解説)
  8. GOV.UK「School starting age」。 https://www.gov.uk/schools-admissions/school-starting-age (イングランドの義務教育開始年齢(5歳の誕生日後)についての公式解説)
  9. Ministry of Education and Culture, Finland「Finnish education system」。 https://okm.fi/en/education-system (フィンランドの義務教育が7歳になる年に始まることについての公式解説)
  10. Samuel Noah Kramer『History Begins at Sumer』(1956年、ペンシルベニア大学のシュメール学者による本。第1章「Education: The First Schools」)。 https://archive.org/stream/Kramer1956HistoryBeginsAtSumer/Kramer_1956_History_Begins_at_Sumer_djvu.txt (紀元前2500年ごろのシュルッパクの学校の「教科書」、紀元前3千年紀後半に学校の制度が発達したこと、書記を育てる目的についての解説)
  11. Wikipedia(英語版)「Eduba」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Eduba (シュメール語の書記学校「エドゥッバ」(粘土板の家)の名前と、紀元前3千年紀後半から前2千年紀はじめの書記教育についての解説)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  中学生むけの文章を、問いとつなぎのある書き方に直した(事実・数字・出典は変えていない)。
  •  紹介文・第1章の見出しと本文を直した。理由: アカデメイアを「世界最古の学校」と書いていたが、古代メソポタミアには紀元前3千年紀から書記の学校(エドゥッバ)があったため。アカデメイアは西洋の高等教育史で重要な学園という書き方に改め、メソポタミアの書記学校の説明と出典[10][11]を足した。入り口の「幾何学を知らない者は…」も、掲げられていたと言い切らず、後世に伝えられた話として書いた。
  •  日本の小学校の入学時期の書き方を直した。理由: 「6歳になった年(年度)の4月」と読めたが、実際には4月1日までに満6歳になった子どもが、その年の4月に入学するため(先生の目での読み直しによる)。

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