1. 巣の 糸は、ぜんぶ ねばねばなの?
1. 円い巣には、粘る糸と粘らない糸がある
1. 放射糸と渦巻き糸 ── 粘球が並ぶのは横糸だけ
まるい 巣を 見ると、まん中から 外へ のびる 線と、ぐるぐる まわる 線が あります。
この うち、ねばねばして いるのは、ぐるぐる まわる 線だけです[1]。まん中から のびる 線には、ねばりが ありません[2]。
ねばねばの 線には、じゅずの ように、小さな ねばねばの 玉が ならんで います[1]。虫は、この 玉に くっつきます。
クモは、ふだん ねばりの ない 線の 上を 歩く ことが 多いと せつめいされて います[2]。
円い巣には、中心から外へ放射状にのびる糸(縦糸)と、渦巻き状に張られた糸(横糸)があります。粘りがあるのは横糸だけで、縦糸には粘りがありません[1][2]。
粘る糸をよく見ると、数珠のように小さな粘液の玉(粘球)が等間隔に並んでいます。虫はこの粘球にくっつきます[1]。粘球の間隔は0.1〜0.3mmほど、大きさは0.03〜0.04mmほどと報告されています。種類や湿度でちがいます[4]。
完成した巣の上を移動するとき、調べられた2種のクモは、縦糸のような粘らない糸に沿って動く傾向がありました[6]。ここまでが、よく知られた答えです。ただし、この話は円い巣を張るクモに限ります。
円網の放射糸(縦糸)には粘着性がなく、渦巻き状の捕獲糸(横糸)にだけ粘球が並ぶ[1][2]。捕獲糸は、フラジェリフォーム糸の芯を、糖タンパク質と吸湿性の低分子(塩・脂質など)からなる接着剤の粘球が覆う構造で、球の間隔は100〜300μm、大きさは約30〜40×20〜30μm(中程度の湿度)と報告される。粘球は肉眼ではほぼ見えない大きさで、種によっても異なる[4]。
Briceño & Eberhard(2012)は、ジョロウグモ類のNephila clavipesとトゲナガコガネグモ類のGasteracantha cancriformisの2種で、完成した巣の上を動くとき、放射糸など粘らない糸に沿う傾向があったと述べる[6]。日本の解説でも、クモの研究者が、円い巣では横糸だけが粘り、クモは縦糸をつたって歩くと述べている[3]。用語の「縦糸・横糸」は円網のもので、他の型の巣には当てはまらない。
2. 巣を 作る ときは、どう するの?
2. 巣を作るときは、粘る糸をさけられない
2. 建築中の接触 ── 数百〜数千回という数字
ここで、ふしぎな ことが あります。クモは、巣を 作る ときに、ねばねばの 線を 何回も さわる のです。
うしろの 足で、ねばねばの 線を なんども おします。その 数は、1つの 巣で 何百回から 何千回に なる ことも あると ほうこくされて います[5]。
それでも、クモは くっついて うごけなく なりません。ねばりの ない 線を えらんで 歩くだけでは、この 場面は せつめいできないのです。
3. むかしの 人は、なんと 考えたの?
3. 昔の「油」説と、「作り話」という反論
3. 油説(20世紀初め)とその否定(1991年)
20せいきの はじめごろ、クモを よく 見た 人たちは、こう 考えました。クモは、口の まわりから 出る 油を 足に ぬって、巣に くっつかないように している、と[5]。
でも、その 後、この 考えには 「作り話だ」と いう 反対の 意見が 出ました。クモは ねばねばの 線を さけて 歩くし、足先の 細かい 毛で つま先立ちの ように 立つから、油は いらない、という せつめいです[5]。
むかしの 人の 考えは、いったん 消えかけた のです。
4. 足を あらうと、どう なったの?
4. 脚を洗うと、2倍以上くっついた
4. 洗浄と毛の除去 ── 対照との比較
2012年、コスタリカと アメリカの 研究者、ブリセーニョさんと エバーハードさんが、クモの 足を 使った じっけんを しました[5]。
クモの 足の 先を、油に にた ものを とかす えきや 水で あらって、ねばねばの 線から はなすのに ひつような 力を はかりました。すると、あらった 足は、あらって いない 足より、はなすのに 2倍いじょうの 力が いりました[6]。
足の 毛を けずった 足では、力が やく7ばいに なりました。毛の はたらきが、大きい と いうこと です[6]。
ただし、この じっけんは 切りはなした 足での 話です。生きた クモが 歩く ときの ようすを、そのまま 表しては いません。
2012年、コスタリカ大学とスミソニアン熱帯研究所のBriceñoとEberhardは、クモから切り離した脚を使って、粘る糸から脚をはがすのに必要な力を測りました[5]。
脚の先を、油に近い性質の溶媒(ヘキサン)や水で洗うと、はがすのに必要な力が、洗わない脚のおよそ2倍以上になりました。洗うことで、脚の表面から何かが落ちて、くっつきやすくなったと考えられます[6]。
さらに、脚の毛を削り取った脚では、洗っていなくても、必要な力が普通の脚のおよそ7倍でした。毛の効果が大きいことを示します[6]。
注意点があります。実験は切り離した脚で行われたので、生きたクモの動きをそのまま表すものではありません。また、水で洗っても増えたので、「油だけが理由」とは言えません。
後ろ脚を切り離し、跗節を粘着糸から引きはがす力を測った。1条件あたり30本の脚で、対照群の平均推定力が4.71±5.39×10⁻⁶ Nだったのに対し、ヘキサンで洗った脚は10.4±6.28、水で洗った脚は11.6±9.02で、洗った脚のほうが対照の2倍以上の力を要した[6]。比にすると約2.2倍と約2.5倍にあたる。洗浄で表面の被膜が落ち、付着しやすくなったと解釈される。
洗っていない脚から毛を削り取ると、最初の試験で33.7±7.65×10⁻⁶ Nと、対照の約7倍になった(33.7÷4.71=約7.2)[6]。ここでいう約7倍は毛を削った脚だけの結果で、洗浄脚の約2倍以上とは別の条件のため混ぜない。毛は枝分かれし、粘球は毛の根元まで届かず1つずつ外れるので、接着力が足し算にならない、と説明されている[6]。
限界も明記されている。切り離した脚での測定で、生きたクモ全体の挙動ではない。水で洗っても付着が増えたので、油性物質だけが原因とは断定できない[6]。ヘキサン洗浄脚に網の糸を400回押し当てると、毛に粘液状の物質が多く付いたとも記される[6]。
5. 毛と 動かし方と、ぬりもの
5. 3つの仕組みが重なっているらしい
5. 3要素の併存と、未確定の点
2012年の 研究は、クモが くっつかない しくみは 3つ ある、と しめしました[7]。
1つ目は、足の えだわかれした 毛です。ねばねばの 線に ふれる ところが 小さく なります。手のひら ぜんぶで あめに さわるのと、ゆびさきで ちょんと ふれるのの ちがいに にて います。ただし 本当の 毛は ゆびとは ちがう かたちです。
2つ目は、足の 動かし方です。そっと おいて、そっと はなします。糸を ひっぱりません[7]。
3つ目は、足の 表面に ある、くっつきを へらす うすい まくです。むかしの 人が 考えた 油は、ここで 生き返りました。ただし、まくの 正体は、まだ はっきり して いません[6]。
スミソニアンの発表によると、2012年の研究が示した仕組みは、次の3つです[7]。
1つ目は、脚の枝分かれした毛が、糸の粘りとふれる面積を減らすこと。クモ研究者の解説では、万一くっついても、粘球が毛の枝分かれの部分で引っかかる、と説明されています[3]。手のひら全体で飴にさわるのと、指先でちょんとふれるのの違いに似ています。ただし毛は枝分かれしていて、指とはかなり違う形です。
2つ目は、脚の当て方と離し方。粘る糸との接触を最小にするように動かし、糸そのものを引っ張りません[7]。
3つ目は、脚の表面の、くっつきを弱める化学的な被膜です。ヘキサンで洗った脚から油に似た物質が見つかったという予備的な分析がありますが、その出どころは分かっていません。昔の「口から」説も、この研究では確かめられていません[6]。
Briceño & Eberhard(2012)は、円網クモが粘着を避ける特徴として、(1)脚の枝分かれした毛が接着剤との接触面積を減らす、(2)脚を当てる・離す動きが粘る糸との接触を最小にし、糸を引っ張らない、(3)接着を弱める化学的な被膜または表面層、の3つを挙げた[5][7]。
被膜の材料候補として、ヘキサン洗浄後の脚からn-ドデカン・n-トリデカン・n-テトラデカンなど油状物質が見つかった。予備的なGC-MS分析であり、これが被膜の正体とは断定できない。出どころも不明で、Hingstonの「口から」という結論は今回確かめられていない[6]。日本の解説(2020年)が油を重視しないのは、2012年以前の見方に近く、2012年の研究は被膜を一要素として位置づけた[8]。
別の説明として、BBC Science Focus は、爪が糸をつかんで毛に押しつけ、爪を放すとばね状の毛が糸を押し返すと述べる[9]。ただし一般向けの記事の言い回しで、2012年の論文の記述とは別。単独では断定しない。円網以外のクモで同じ仕組みかは、この資料からは分からない。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日 できること
まるい 巣を 見つけたら、さわらずに、はなれて 見て みましょう。まん中から のびる 線と、ぐるぐる まわる 線が 見わけられるでしょうか。クモが、どちらの 線の 上に いるかも 見て みましょう。
巣は こわさない ように します。クモにも、さわらないで ください。
もっと しらべたい とき
図書館で 「クモ」の 本を さがして みましょう。
観察してみよう
円い巣を見つけたら、離れたところから、中心から出る糸と渦巻きの糸を見分けてみてください。クモが主にどちらの糸に脚をかけているか、糸を伝って動くときの脚の出し方はどうかを、しばらく眺めます。ここで紹介した研究が調べた2種以外のクモで、同じ傾向があるかどうかは、自分の目で確かめる材料になります。
巣を壊したり、クモにふれたりしないでください。
家でできること
紙に円い巣の絵を描いてみましょう。定規で中心から外へまっすぐな線を8本ひき、その上を渦巻きの線でつなぎます。色を分ければ、粘る糸(渦巻き)と粘らない糸(中心から出る線)の違いがひと目で分かります。そのうえで、クモが歩く道を鉛筆でなぞると、どの線を通りやすいか考えやすくなります。
調べる手がかり
Briceño と Eberhard の論文は英語ですが、要旨は短く、図表もあります。スミソニアンの発表も、同じ研究の紹介です。
観察できること
円い巣で、放射糸と渦巻き糸を見分け、クモがどの糸に脚をかけているか観察する。完成した巣の上で粘らない糸に沿って動く傾向は、調べられた2種の報告であり[6]、身近な種で同じか自分の目で確かめられる。巣とクモには手を触れない。
資料を読むなら
Briceño & Eberhard(2012)の要旨と、原文PDFの実験の節から読み始めるとよい。Kropf らの2012年の論文は題名が有機的な被膜の存在を示す(結果の数値は未確認)。円網クモの粘着回避を独立に調べたものとして、あわせて読む価値がある。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。数値は原文PDFで確かめたものと、要旨や解説のみのものがあり、その旨を本文に書いています。
- クモの網(Wikipedia日本語版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A2%E3%81%AE%E7%B6%B2 (縦糸・横糸の役割、粘球)
- 農村ネット 調べ学習「クモは自分のあみに足がくっつかないの?」 http://lib.ruralnet.or.jp/edu/sirabe1/sei61.html (粘らない糸と粘る糸の説明)
- みんなのミシマガジン「クモ博士」 https://www.mishimaga.com/books/kumohakase/001539.html (研究者による、縦糸を歩くことと毛の説明)
- Biology Open 14(5) bio061802 (2025) https://journals.biologists.com/bio/article/14/5/bio061802/367894/Viscid-silk-in-spider-orb-webs-adheres-strongly (粘る糸の構造、粘球の間隔と大きさ)
- Briceño, R. D. & Eberhard, W. G. (2012) Naturwissenschaften 99:337. https://link.springer.com/article/10.1007/s00114-012-0901-9 (油説の経緯、建築中の接触回数、3つの特徴)
- Briceño & Eberhard (2012) 原文PDF(スミソニアン熱帯研究所) https://stri-sites.si.edu/docs/publications/pdfs/2012_driptip_Naturwiss.pdf (洗浄・毛の除去の実験値、被膜の予備分析、完成した巣での動き)
- Smithsonian 報道発表「Why spiders do not stick to their own sticky web sites」 https://www.si.edu/newsdesk/releases/why-spiders-do-not-stick-their-own-sticky-web-sites (3つの仕組みの紹介)
- ニュースがわかる(毎日小学生新聞 2020-09-08) https://www.newsgawakaru.com/knowledge/89574/ (日本の解説での油の位置づけ)
- BBC Science Focus https://www.sciencefocus.com/nature/why-dont-spiders-get-caught-in-their-own-web (爪とばね状の毛の説明。一般向け)
なおした ところ
更新履歴
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