あたまの中だけの じっけんって、なに?

思考実験という道具 ── 頭の中だけでできる実験の歴史

思考実験という道具 ── 頭の中だけでできる実験の歴史

分野:宇宙・天文

じっけんそうちも おかねも つかわず、あたまの中で かんがえる だけで、しんじつに たどりつく ほうほうが あります。 「しこうじっけん」と よばれる やりかたです。

この きじでは、むかしの 学者たちが、あたまの中の じっけん だけで、どんな ことを あきらかに して きたのかを 見て いきます。

実験装置もお金も使わず、頭の中で考えるだけで、真実にたどりつく方法があります。「思考実験」と呼ばれるやり方です。

この記事では、昔の学者たちが、頭の中の実験だけで、どんなことを明らかにしてきたのかを見ていきます。

実験装置も予算も使わず、頭の中で条件を組み立てて考えるだけで、理論の正しさや矛盾を明らかにする方法がある。「思考実験」と呼ばれる、この一風変わった道具だ。

紀元前のギリシャから、実験なしでアリストテレスを論破したガリレオ、16歳で光を追いかけることを想像したアインシュタイン、そして量子力学の常識をゆさぶったシュレーディンガーの猫まで、思考実験がどう科学を動かしてきたのかをたどる。

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1. むかしから あった、あたまの中の レース

1. 昔からあった、頭の中のレース

1. 古代ギリシャに生まれた逆説、アキレスと亀

あたまの中で じょうけんを くみたてて かんがえるだけの じっけんは、そうぞうの中で ブロックを つみあげて みる ような ものです(ただし 本当は、ブロックのような 目に 見える ものでは なく、かんがえだけで すすめます)。

今から やく2400年前、ギリシャの ゼノンと いう 人が、 こんな はなしを かんがえました。「あしの はやい えいゆう アキレスが、のろい カメと かけっこを する。カメが 先に スタートすれば、アキレスは ずっと カメに おいつけない」 と いう ものです[1] [4]

アキレスが カメの いた ばしょに つくころには、カメは すこし 先に すすんで います。その ばしょに つくころには、 カメは また すこし すすんで います。これを どこまでも くりかえすと、アキレスは えいえんに カメに おいつけない ように 見えて しまうのです。じっさいには おいつくのに、 かんがえの上では おいつけないように 見える、ふしぎな はなしです。じっさいに レースを しなくても、あたまの中 だけで、へんな ことに 気づける。これが、しこうじっけんと いう どうぐの ちからです。

頭の中で条件を組み立てて考えるだけの実験は、想像の中でブロックを積み上げてみるようなものです(ただし本当は、ブロックのように目に見えるものではなく、考えだけで進みます)。

今から約2400年前、ギリシャのゼノンという人が、こんな話を考えました。「足の速い英雄アキレスが、のろいカメとかけっこをする。カメが先にスタートすれば、アキレスはずっとカメに追いつけない」というものです[1] [4]

アキレスがカメのいた場所に着くころには、カメは少し先に進んでいます。その場所に着くころには、カメはまた少し進んでいます。これをどこまでもくり返すと、アキレスは永遠にカメに追いつけないように見えてしまうのです。実際には追いつくのに、考えの上では追いつけないように見える、不思議な話です。実際にレースをしなくても、頭の中だけで、おかしな点に気づける。これが、思考実験という道具の力です。

紀元前5世紀ごろ、ギリシャの哲学者ゼノンは、「アキレスと亀」と呼ばれる逆説(パラドックス)を考案した。足の速い英雄アキレスが、先にスタートした亀を追いかけるレースを想像する[1][4]

アキレスが亀のいた地点に到達するころには、亀はわずかに先へ進んでいる。その地点にアキレスが到達するころには、亀はまたわずかに先へ進んでいる。この過程を無限にくり返すと、アキレスは永遠に亀に追いつけないという結論になる。現実にはアキレスは難なく亀を追い越すにもかかわらず、論理を積み重ねただけで矛盾した結論に至ってしまう。このように、実験装置を使わず、純粋な論理と想像だけで理論の正しさや限界を検証する手法は、古代からすでに存在していた。

2. 1638年、じっけんなしで しょうめいした

2. 1638年、実験なしで証明した

2. 1638年、ガリレオが論理だけで示したこと

むかし、「おもい ものほど はやく おちる」と 多くの人が しんじて いました。でも、イタリアの がくしゃ ガリレオは、 1638年の 本の中で、じっさいに ものを おとさなくても、 かんがえるだけで この せつが おかしいと しめしました [1]

「もし おもい いしと かるい いしを ひもで むすんで おとしたら、どう なるでしょうか。かるい いしが おもい いしの スピードを おさえるので、ぜんたいは おもい いし だけより おそく おちる はずです。でも、むすんだ ぶぶんは もとの おもい いしより おもく なって いるので、アリストテレスの かんがえでは、もっと はやく おちなければ おかしいのです。」おなじ ものが「おそく」も「はやく」も なると いう、へんな ことに なって しまいます[1]

昔、「重いものほど速く落ちる」と多くの人が信じていました。でも、イタリアの学者ガリレオは、1638年の本の中で、実際にものを落とさなくても、考えるだけでこの説がおかしいと示しました[1]

「もし重い石と軽い石をひもで結んで落としたら、どうなるでしょうか。軽い石が重い石のスピードをおさえるので、全体は重い石だけより遅く落ちるはずです。でも、結んだ部分はもとの重い石より重くなっているので、アリストテレスの考えでは、もっと速く落ちなければおかしいのです。」同じものが「遅く」も「速く」もなるという、へんなことになってしまいます[1]

古代ギリシャの哲学者アリストテレス以来、「物体は重いほど速く落下する」という考えが長く信じられていた。イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイは、1638年の著書『新科学対話』の中で、実際に物を落とす実験を行わずとも、論理だけでこの説の矛盾を示した[1]

重い石Aと軽い石Bをひもで結んで落とすとする。アリストテレスの理論に従えば、軽いBは落下中にAを引きとめるため、結合体はAより遅く落ちるはずだ。しかし同時に、AとBを結んだ物体はAより重いのだから、「重いほど速く落ちる」という同じ理論によれば、Aよりも速く落ちなければならない。1つの物体がAより「遅く」も「速く」も落ちるという矛盾が生じてしまう。この矛盾を避けられる結論は1つしかない ── 物体は重さに関係なく、同じ速さで落下するというものだ[1]

3. 1895年、16さいが 光を おいかけた

3. 1895年、16歳が光を追いかけた

3. 1895年、16歳のアインシュタインが光を追う

16さいの ころの アインシュタインは、のちに ふりかえって、 こんな ことを そうぞうした と はなして います。「もし 光と おなじ はやさで はしったら、光は どう 見えるだろうか」 [2]

この ふしぎな そうぞうを、なんねんも かんがえつづけた けっか、アインシュタインは 1905年、じかんや きょりの かんがえかたを がらりと かえる「とくしゅ そうたいせいりろん」と いう りろんを はっぴょうしました [2]

16歳のころのアインシュタインは、のちにふりかえって、こんなことを想像した、と話しています。「もし光と同じ速さで走ったら、光はどう見えるだろうか」[2]

この不思議な想像を、何年も考えつづけた結果、アインシュタインは1905年、時間や距離の考え方をがらりと変える「特殊相対性理論」という理論を発表しました[2]

アインシュタインがのちに回想したところでは、16歳ごろ(1895年前後)、彼は「光の速さで光を追いかけたら、その光はどう見えるだろうか」という思考実験を思いついたという。彼はこう振り返っている。「もし私が光速cで光線を追いかけたなら、私はその光線を、空間的には振動しているが静止した電磁場として観測するはずだ」[2]

ただし、この回想には後年の理解が重なっている可能性があることに注意が必要だ。マクスウェルの電磁気方程式を本格的に学んだのは、もう少しあとの10代後半だったとされ、静止した電磁波は存在しないはずだという矛盾を16歳の時点で明確に把握していたかは定かでない。それでもこの着想は、光の速さをめぐる長年の思索の芽の1つとなり、1905年に発表される特殊相対性理論へとつながる道筋の一部になった[2]

4. 1897年、この どうぐに 名まえが ついた

4. 1897年、この道具に名前がついた

4. 1897年、エルンスト・マッハの論文と英訳

「かんがえの じっけん」と いう いみの ドイツ語は、1800年代の はじめごろから すこしずつ つかわれて いました。マッハも 1883年の 本で、この ことばを つかって いました。1897年、 マッハは この ことばを つかった エッセイを 出し、しこうじっけんと いう やりかたを くわしく せつめいしました [1]

えいごの「ソート・エクスペリメント」(しこうじっけん)と いう ことばは、この ドイツ語の やくごとして、1897年の マッハの ろんぶんの えいごやくの中で はじめて つかわれました [1]。ガリレオが じっさいに この やりかたを つかって から、じつに 250年 いじょう たって、ようやく えいごけんでも この どうぐに 名まえが ついた ことに なります。

「ゲダンケンエクスペリメント」(考えの実験)というドイツ語は、19世紀前半からすでに使われはじめていて、マッハ自身も1883年の本でこの言葉を使っていました。1897年、マッハは、この言葉を使ったエッセイを発表し、思考実験というやり方そのものをくわしく論じました[1]

英語の「ソート・エクスペリメント」(思考実験)という言葉は、このドイツ語の訳語として、1897年のマッハの論文の英語訳の中ではじめて使われました[1]。ガリレオが実際にこのやり方を使ってから、実に250年以上たって、ようやく英語圏でもこの道具に名前がついたことになります。

ドイツ語の「Gedankenexperiment(ゲダンケンエクスペリメント、考えの実験)」という言葉自体は、19世紀前半からすでに使われはじめており、マッハ自身も1883年の著作でこの言葉を用いていた。1897年、マッハは「Über Gedankenexperimente(思考実験について)」と題した論文を発表し、この語を用いて思考実験という手法そのものを本格的に論じた[1]

英語の「thought experiment」という訳語は、このGedankenexperimentの訳語(カルク)として、1897年のマッハの論文の英訳の中で初めて使われた[1]。ガリレオが実際にこの手法を使ってから、実に250年以上を経て、ようやく英語圏でもこの科学の道具に固有の呼び名がついたことになる。

5. 1907年、やねから おちる 人

5. 1907年、屋根から落ちる人

5. 1907年、「人生でいちばん幸せな考え」

1907年、アインシュタインは とくきょちょうで はたらいて いた とき、こんな ことを そうぞうしました。「もし 人が やねから おちたら、その人は じぶんの たいじゅうを かんじるだろうか」[2]

こたえは「かんじない」でした。おちて いる あいだ、その人には じゅうりょくが ないように かんじられるのです。 アインシュタインは のちに、これを「じんせいで いちばん しあわせな かんがえ」と よびました [2]。この かんがえが、1915年の「いっぱん そうたいせいりろん」に つながって いきます。

1907年、アインシュタインは特許庁で働いていたとき、こんなことを想像しました。「もし人が屋根から落ちたら、その人は自分の体重を感じるだろうか」[2]

答えは「感じない」でした。落ちているあいだ、その人には重力がないように感じられるのです。アインシュタインはのちに、これを「人生でいちばん幸せな考え」と呼びました[2]。この考えが、1915年の「一般相対性理論」につながっていきます。

1907年、スイス特許庁の椅子に座っていたアインシュタインは、ある考えにたどりついた。「屋根から自由落下している観測者にとって、少なくともその周辺では、重力場は存在しない」というものだ[2]。落下している人は、自分の体重を感じない。この気づきを、彼はのちに「人生でいちばん幸せな考え」と呼んでいる[2]

アインシュタインはこの思考実験を、密閉された箱(のちに「エレベーター」の比喩で知られるようになる)が自由落下する状況に発展させた。箱の中にいる人は、自分が重力のもとで落下しているのか、それとも重力のない宇宙空間に浮かんでいるだけなのか、内部からは区別できない[2]。この「重力と加速度は区別できない」という等価原理が、8年後の1915年に発表される一般相対性理論の土台となった。

6. 1935年、はこの中の ねこ

6. 1935年、箱の中のねこ

6. 1935年、シュレーディンガーの猫

1935年、オーストリアの がくしゃ シュレーディンガーは、 りょうしりきがくの かんがえかたが へんな ことに なると しめすために、ある そうぞうを しました[3]

「はこの中に ねこと、こわれる かのうせいが 50%の そうちを いれる。もし そうちが こわれたら、どくが 出て ねこは しんで しまう。はこを あけて 見るまでは、りょうしりきがくの かんがえかたでは、ねこは『いきて いる』と『しんで いる』 の りょうほうが まざった じょうたいだと いう ことに なって しまう」と いう そうぞうです[3]

シュレーディンガー じしんは、これを「まったく ばかげた ケース」と よんで います[3]。 じっさいに ねこを つかった じっけんでは なく、りょうしりきがくの かんがえかたの もんだいてんを うきぼりに する ための、あたまの中だけの はなしなのです。

1935年、オーストリアの学者シュレーディンガーは、量子力学の考え方が変なことになると示すために、ある想像をしました[3]

「箱の中にねこと、こわれる可能性が50%の装置を入れる。もし装置がこわれたら、毒が出てねこは死んでしまう。箱を開けて見るまでは、量子力学の考え方では、ねこは『生きている』と『死んでいる』の両方が混ざった状態だということになってしまう」という想像です[3]

シュレーディンガー自身は、これを「まったくばかげたケース」と呼んでいます[3]。実際にねこを使った実験ではなく、量子力学の考え方の問題点を浮きぼりにするための、頭の中だけの話なのです。

1935年、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーは、ニールス・ボーアらが推し進めていた量子力学の「コペンハーゲン解釈」への批判として、ある思考実験を考案した[3]

鋼鉄の部屋に猫を入れ、微量の放射性物質を検出するガイガー計数管を設置する。1時間のうちに原子が1個崩壊する確率は50%で、崩壊すると計数管が反応し、リレー機構を通じてハンマーが青酸の小瓶を割り、猫は死ぬ。コペンハーゲン解釈の考え方に従えば、箱を開けて観測するまで、猫は「生きている」と「死んでいる」が同時に重なり合った状態にあることになる[3]

シュレーディンガー自身は、これを「まったくばかげたケース」と呼んでいる[3]。実際に猫を使った実験を提案したのではなく、量子の世界の確率的なふるまいを、そのまま日常のスケールの物体にあてはめることの不合理さを浮き彫りにするための、帰謬法(背理法)による批判だった。

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

じぶんでも、あたまの中だけの じっけんを かんがえて みましょう。

あんぜんな ばしょで できる こと

  • ガリレオの いしの はなしを、ノートに 図で かいて みる。 おもい いしと かるい いしを ひもで むすぶと、どうなるか、じぶんの ことばで せつめいして みましょう。
  • じぶんだけの しこうじっけんを かんがえて みる。 「もし〇〇だったら?」と いう しつもんから、はじめて みましょう。
メモの すすめ

きょう 出て きた ことばを 1つだけ ノートに 書いて おきましょう。「アキレスと カメって なに?」だけで じゅうぶんです。

自分でも、頭の中だけの実験を考えてみましょう。

今日できること

  • ガリレオの石の話を、ノートに図でかいてみる。重い石と軽い石をひもで結ぶと、どうなるか、自分のことばで説明してみましょう。
  • 自分だけの思考実験を考えてみる。「もし〇〇だったら?」という質問から、始めてみましょう。
メモのすすめ

気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口になります。「シュレーディンガーの猫って、本当にねこを使ったの?」だけでも十分です。

ガリレオやアインシュタインの思考実験を自分の言葉で説明し直したり、自分なりの「もし〇〇だったら」を考えてみると、この記事で扱った内容が身近に感じられます。

手を動かして確かめる

  • ガリレオの矛盾を、図に描いて確かめてみる。重い石と軽い石を結んだときの「遅くなる」「速くなる」という2つの結論を、それぞれ図で示してみましょう。
  • ほかの有名な思考実験を調べてみる。「マクスウェルの悪魔」や「トロッコ問題」など、ほかの分野の思考実験も探してみましょう。

一次情報にあたる

Wikipediaの「Thought experiment」の項目には、さまざまな分野の思考実験が一覧でまとめられています。

メモのすすめ

気になった数字や言葉を1つだけノートに記録しておきましょう。「思考実験という言葉ができたのは1897年」という一文でもかまいません。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

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出典について:Wikipediaを使っています。

  1. Thought experiment - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Thought_experiment (ゼノンのパラドックス、ガリレオの1638年の論証、エルンスト・マッハの1897年の論文と、英語thought experimentの1897年の初出についての解説)
  2. Einstein's thought experiments - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Einstein's_thought_experiments (1895年の光を追いかける思考実験、1907年の「人生でいちばん幸せな考え」についての解説)
  3. Schrödinger's cat - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Schrödinger's_cat (1935年のシュレーディンガーの猫の設定と、コペンハーゲン解釈への批判としての位置づけについての解説)
  4. Zeno's paradoxes - Wikipedia(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Zeno's_paradoxes (紀元前5世紀ごろのゼノンの生没年と、「アキレスと亀」のパラドックスの詳しい内容についての解説)

なおした ところ

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