1. さいしょは、ふくの 下に きる もの だった
1. さいしょは、服の下に着るものだった
1. 起源 ── 19世紀末から1913年の米海軍まで
Tシャツの もとに なった のは、100年 いじょう 前の はたらく 人たちが 着て いた、下着です。あつい 中で はたらく 人たちが、上下 ひと続きの 作業ふくの 上半分だけを 切って、すずしく 着て いました。
その あと、アメリカの 海軍が、へいたいの 下着として この かたちの シャツを えらびました。あつい 毛の ふくの 下に、そでの みじかい 白い 木めんの シャツを 着る ように なったのです。あくまで 下着で、これだけを 外に 見せて 歩く 人は いませんでした。
暑い中ではたらく人の作業着から
Tシャツのもとになったのは、100年以上前にはたらいていた 人たちの下着です。上下ひと続きの作業服(つなぎ)は、 暑い中では動きにくく、上半分だけを切りはなして着る人が いました。
1913年、米海軍が下着に選んだ
1913年、アメリカ海軍は、そでの短い白い木綿の下着を、 制服の下に着るものとして初めて支給しました[1]。 あつい毛の制服の下に汗を吸う綿の下着を着ることで、 兵士は過ごしやすくなりました。ただし、あくまで下着で あり、これだけを人前で着ることはありませんでした。
Tシャツの直接の祖先は、19世紀末に鉱夫や港湾労働者が 着ていた作業着だとされています。上下ひと続きのつなぎ服は 暑い環境では不向きで、上半分だけを切りはなして着る労働者が いました。
この形を軍で下着として最初に支給しはじめたのが、アメリカ 海軍です。1913年、海軍はクルーネック(丸首)で半袖、白い 木綿の下着を兵士に支給しはじめました[1]。 当時のTシャツは、あくまで制服の下に着る下着であり、 単体で人前に出る服ではありませんでした。
2. なんで「T」シャツと よぶの?
2. なぜ「Tシャツ」と呼ぶのか
2. 名前の由来 ── 形の呼び名から、辞書のことばへ
りょうての そでを 左右に 広げると、シャツぜんたいが アルファベットの「T」の かたちに 見えます。ここから 「Tシャツ」と よばれる ように なりました。
1920年代には、アメリカで「T shirt」という ことばが じしょに のる ほど、ふつうに つかわれる ことばに なって いました[1]。
3. せんそうと、へいたいたちの Tシャツ
3. 戦争と、兵士たちのTシャツ
3. 戦時中の普及 ── 1942年、雑誌の表紙に
だい2じ せかいたいせんの あいだ、多くの 男の人が へいたいに なり、下着として Tシャツを 着ました。
せんそうが おわって 家に かえった とき、その人たちは Tシャツを ふだん着として そのまま 着つづけました。 こうして、下着だった Tシャツが すこしずつ 町でも 見かける ように なって いったのです。
戦時中、多くの兵士が身につけた
第二次世界大戦の間、多くの男性が兵士となり、下着として Tシャツを支給されました。すずしくて動きやすいTシャツは、 軍の中で当たり前のものになりました。
雑誌の表紙にもなった、プリントTシャツ
1942年には、アメリカ陸軍航空隊の射撃訓練学校の名前が プリントされたTシャツが、雑誌『ライフ』の表紙に登場しました [1]。戦争が終わって家に帰った 兵士たちは、支給されたTシャツを普段着としてそのまま 着つづけました。
第二次世界大戦中、多くの兵士が下着としてTシャツを支給 されました。1942年には、アメリカ陸軍航空隊の射撃訓練学校 (Air Corps Gunnery School)の名前をプリントしたTシャツが、 雑誌『ライフ』の表紙を飾っています[1]。 文字や記号をプリントしたTシャツが、この時点ですでに 存在していたことになります。
復員した兵士たちは、軍で支給されたTシャツをそのまま 日常でも着つづけました。下着だったTシャツが、街でも 見かける服へと少しずつ変わっていく、最初のきっかけに なったといわれています。
4. した着から、うわ着へ
4. 下着から、表に着る服へ
4. 1951年 ── マーロン・ブランドが変えたもの
1951年、アメリカの えいがに 出た マーロン・ブランドと いう はいゆうが、Tシャツだけを 着て スクリーンに あらわれました。
それまで した着だった Tシャツを、そのまま 外に 着て いくのは、 パジャマの まま がっこうに 行く ような、とても びっくりする ことでした。でも マーロン・ブランドが かっこいい すがたとして 見せた ことで、Tシャツは 一気に 人気の ある ふくに なりました[1]。それから、 Tシャツを 1まいで 着る 人が どんどん ふえて いきました。
映画スターが、Tシャツ1枚で登場
1951年、映画『欲望という名の電車』に出た俳優マーロン・ ブランドが、Tシャツだけを着てスクリーンに現れました。
「かっこいい服」に変わった瞬間
もともと下着として広まっていたTシャツを、男らしくかっこいい すがたとして見せたことで、Tシャツは表に着てよい、人気の ある服として広まりました[1]。 映画や若者文化の中でも、Tシャツ姿が目立つようになって いきました。
1951年に公開された映画『欲望という名の電車(A Streetcar Named Desire)』で、俳優マーロン・ブランドがTシャツ1枚 で登場したことが、Tシャツの位置づけを大きく変えたと されています[1]。
もともと下着として広まっていたTシャツが、この映画を きっかけに、男性らしさや若さを表す「見せる服」として 受け止められるようになりました。以後1950年代を通じて、 Tシャツは下着から独立した、単体で着てよい表着(アウター) としての地位を確立していきました。
5. もじや えを プリントする Tシャツ
5. 文字や絵をプリントするTシャツ
5. プリントTシャツの広がり ── 1960年代の印刷機
Tシャツが 人気に なると、もじや えを プリントした Tシャツも 出まわる ように なりました。
1960年、アメリカの 発明家が、色を いくつも つかえる プリントきかいを 作りました。はじめは ボウリングの チームの ふくに つかわれて いましたが、やがて Tシャツの プリントにも つかわれる ように なって いきました [3]。
多色プリントの機械が生まれた
Tシャツが表着として人気になると、文字や絵をプリントした Tシャツが増えていきました。
ボウリングのふくから、Tシャツへ
1960年、アメリカの発明家マイケル・バシラントーネが、 色を何色も順番に重ねて刷れるプリント機械を開発しました [3]。はじめはボウリングチームの ユニフォームに名前やロゴを刷るために使われていましたが、 やがてTシャツのプリントにも使われるようになりました。
6. Tシャツは どうやって 作るの?
6. Tシャツはどうやって作るのか
6. 製造工程 ── 綿から、1枚のTシャツへ
Tシャツの おもな げんりょうは、めんかという しょくぶつ から とれる わたです。
わたを 糸に して、あみものの きじに おり、それを 型紙に あわせて 切って、ミシンで ぬい合わせます。もじや えを プリントする ときは、ぬう 前か あとに インクを つけて ねっしょりします。
綿花から、糸へ、生地へ
Tシャツのおもな原料は、綿花(コットン)という植物から とれる綿花のわたです。わたをよりあわせて糸にし、その糸を 編んで、Tシャツ特有のやわらかい編み生地(ジャージー生地) を作ります。
裁断・縫製・プリント
生地を型紙に合わせて裁断し、ミシンで縫い合わせます。文字 や絵をプリントするときは、インクをのせたあとに熱を加えて 定着させます。1枚のTシャツができるまでに、いくつもの 工程を経ています。
Tシャツの主な原料は綿花です。収穫した綿花から種子を 取りのぞいて繊維(わた)にし、紡績という工程でより合わせて 糸にします。この糸を編み機で編むと、Tシャツ特有の伸縮性 のある編み生地(ジャージー生地)ができます。
生地は型紙に合わせて裁断され、ミシンで縫い合わされます。 プリントを入れる場合、スクリーンプリントでは、版を通して インクを生地にのせたあと、約150℃前後の熱を加えてインクを 定着させます[3]。染色・裁断・縫製・ プリントの各工程が分業化され、世界中の工場で大量生産 されているのが、いまのTシャツです。
7. なんで 世界中で 着られて いるの?
7. なぜ世界中で着られるようになったのか
7. 世界に広がった理由 ── かんたん・やすい・自由
Tシャツが 世界中で 着られて いるのは、いくつか りゆうが あります。
まず、あたまから すぽっと かぶるだけで きられる、 かんたんな かたちです。それから、きものや えりつきの シャツより 作るのが かんたんで、やすく 作れます。もじや えを プリントすれば、すきな ことを 体で しめす ことも できます。だから、くにや 文化が ちがっても、多くの人が Tシャツを えらぶ ように なったのです。
単純な形と、安く大量に作れること
Tシャツが世界中で着られるようになったのには、いくつかの 理由があります。まず、頭からすぽっとかぶるだけで着られる、 単純な形です。着物やえりつきのシャツより仕立てが簡単で、 安く大量に作れます。
好きなことを表せる、着る掲示板
プリントすれば好きなことを体で表すこともできます。こうした 理由が重なって、国や文化がちがっても、多くの人がTシャツを 選ぶようになりました。
Tシャツが世界的に広まったのは、頭からかぶるだけの単純な 構造で、体型や文化の違いをあまり問わず着られたからです。 また、編み生地は裁断・縫製の工程が少なく、着物や仕立ての シャツより安価に大量生産できました。
1960年代以降、プリント技術の発展によって、Tシャツはメッ セージや所属を示す「着る媒体」になりました。政治的な主張、 バンドの応援、企業の宣伝など、Tシャツ1枚で意思表示ができる 自由さが、国境を越えて広まる理由になりました。
じぶんでも やって みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
おうちに ある Tシャツを、あらためて 見て みましょう。
あんぜんな ばしょで できる こと
- Tシャツの えりの タグを 見て みる。 なにで 作られて いるか(めんとか)、どこの くにで 作られたか、書いて あるか さがして みましょう。
- りょうての そでを 広げて みる。 ほんとうに「T」の かたちに 見えるか、かくにんして みましょう。
きょう 出て きた ことばを 1つだけ ノートに 書いて おきましょう。「スクリーンプリントって なに?」だけで じゅうぶんです。
おうちにあるTシャツを、あらためて見てみましょう。
今日できること
- Tシャツのえりのタグを見てみる。 素材(綿100%など)や生産国が書いてあるか、さがして みましょう。
- 両そでを広げて、Tの形になるか確かめてみる。 自分の持っているTシャツで、本当にTの形に見えるか 見てみましょう。
気になった言葉を1つだけ書いておくと、あとで調べる入口に なります。「マーロン・ブランドって、他にどんな映画に 出ているの?」だけでも十分です。
手持ちのTシャツのタグを確認し、素材・生産国の表示を 見てみると、この記事で扱った製造工程が身近に感じられます。
手を動かして確かめる
- 持っているTシャツの生産国を調べる。 タグに書かれた国名から、綿花の生産や縫製がどこで 行われているか、世界地図で確認してみましょう。
- スクリーンプリントの体験教室をさがす。 自分の街で体験できる場所がないか、大人と一緒に調べて みましょう。参加には費用がかかることもあるので、 行く前に大人に相談してください。
一次情報にあたる
英語版Wikipediaの「T-shirt」の項目には、この記事で扱った 歴史の出典が、注釈つきで掲載されています。
気になった数字や言葉を1つだけノートに記録しておきましょう。 「1913年、米海軍が下着として採用」という一文でもかまい ません。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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出典について:Wikipediaは百科事典です。英語版と日本語版を使い分けています。
- Wikipedia「T-shirt」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/T-shirt (1913年の米海軍の支給、1920年代の辞書収録、1942年の雑誌『ライフ』表紙、1951年のマーロン・ブランドについての解説)
- Wikipedia「This Side of Paradise」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/This_Side_of_Paradise (F・スコット・フィッツジェラルドが1920年に発表した小説についての解説)
- Wikipedia「Screen printing」(英語版)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Screen_printing (マイケル・バシラントーネによる多色ガーメントプリント機の開発(1960年)と特許(1969年成立)、プラスチゾルインクの定着温度についての解説)
なおした ところ
更新履歴
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