1. 火星までは、どれくらい かかるの?
1. 火星への旅は、それだけで半年をこえる
1. 往復5年・往路約180日という前提
火星に 人が 行く 旅は、とても 長い ものです。ヨーロッパの ESAが 調べた ときの もとの 計画では、6人が 行って もどる 旅に 5年 かかります[3]。そのうち 行きは、やく 180日、半年ほどです。
ESAの 研究者たちが 2021年に 書いた 論文には、火星への 長い 旅は、体にも 心にも とても 大きな ふたんに なる、と あります[4]。
この ふたんを へらす 手だての 1つとして、旅の あいだ、乗組員を 冬眠に にた ようすに する 考えが 話し合われて います。人工冬眠と よぶ ことも あります。ただし、人で できた ことは、まだ ありません。
ESAは、6人が5年かけて火星を往復するという既存の計画を基準にして、人を眠らせて運ぶ場合にどう変わるかを検討しました。その想定では、往路の約180日を眠って過ごし、目覚めてからの回復に21日を見こんでいます[3]。
ESAの研究者らが2021年に出した論文は、火星への長期ミッションが乗組員の体と心にきわめて大きな負担をかけるとして、その負担を軽くする手段に冬眠(トルポア)を使う戦略を論じています[4]。
この記事で言う「人工冬眠」は、クマやリスのような冬眠ではありません。冬眠しない動物や人に、体温や代謝を下げた眠りに近い状態を、人の手で起こそうとする研究の話です。人で宇宙旅行の長さでできた例は、確認した資料の範囲では見つかりませんでした。
ESAは並行設計施設(CDF、Concurrent Design Facility)で、6人が5年で火星を往復する既存の計画を基準に、薬で誘導したトルポアの効果を検討した。想定は、往路の約180日を眠り、回復に21日を見込むというものである[3]。
ESAの研究者らは2021年、Neuroscience & Biobehavioral Reviews に総説を出し、火星長期ミッションが乗組員に身体的・心理的に極端な負荷を課すとして、その軽減策に冬眠(トルポア)戦略を論じている。ただし、ここで確認できたのは要旨の段階である[4]。
発想自体は新しくない。1960年に R. J. Hock が宇宙飛行への冬眠の利用を提案した、と2016年の総説の引用情報として紹介されているが、原論文は未確認である[8]。なお、人で宇宙旅行の長さのトルポア誘導が行われた実績は、確認した資料の範囲では見つからない。
2. ねむると、宇宙船は どう かわる?
2. 居住区が小さくなる ── 構想の中の数字
2. 居住区の質量と容積 ── SpaceWorks案とESA案の試算
ふつうの 旅行では、ホテルに とまるように、起きて くらす ための へやが いります。でも 夜行バスの ように ねて 行くなら、いすが あれば すみます。宇宙船でも、同じように 考えた 人たちが います。
NASAの てつだいで、宇宙の 会社 SpaceWorksが 考えた かんがえは、4人から 6人が ねむる 小さな 部屋です[1]。乗組員の くらす ところの 重さは、今の 20〜50トンから 5〜7トンに、広さは 200立方メートルほどから やく 20立方メートルに なる、という 見こみです。20立方メートルは、6じょうの 部屋 くらいの 大きさです。
ESAが しらべた ときは、くらす ところを なくすと、宇宙船の 重さが 3分の1ほど へる 見こみでした[3]。
ただし 本当は、どちらも 頭の 中の 計算で、作って たしかめた ものでは ありません。それに、ねて いる 人の 体を 見守る そうちも べつに いります。
NASAのNIAC(革新的先進概念)という支援制度のもとで、宇宙関連企業のSpaceWorks社が、火星行きの宇宙船で乗組員をトルポアにする構想を研究しました。想定は4〜6人の乗組員で、とても小さな与圧モジュール(空気を入れた部屋)に収めるというものです[1]。
同社の見込みでは、乗組員の居住区の質量は、今の20〜50トンから5〜7トンに減らせます。容積も、200立方メートル級から約20立方メートルへ。20立方メートルは、6畳ほどの部屋の空気の量に近い大きさです[1]。
ESAの検討でも、居住区画を省くことで宇宙船の質量を約3分の1減らせる見こみとされています[3]。
夜行バスは、ホテルの部屋の代わりに座席で済みます。それに似た考え方ですが、宇宙船では眠る人の体を守る装置が別に要ります。数字はどちらも設計上の試算で、実現したものではありません。
NASAのNIAC(Innovative Advanced Concepts)の支援で、SpaceWorks社は、火星行きの宇宙船で乗組員を4〜6人規模でトルポアにする「Torpor Inducing Transfer Habitat」を研究した[1]。同社の見込みでは、乗組員の居住区の質量は現在の20〜50トンから5〜7トンに、容積は200立方メートル級から約20立方メートルに減る。質量は概算で数分の1から10分の1程度(7÷20=0.35、5÷50=0.1)、容積は約10分の1である[1]。
ESAのCDF検討では、居住区画を省くことで宇宙船の質量を約3分の1減らせる見込みとされた。この値は居住区画を省く試算という条件つきである。乗組員が動けないため、AIを活用した自律運用と監視が必要になる[3]。
いずれも設計上の試算で、実測ではない。両者は基準にした宇宙船も前提も違うので、数字を並べて優劣をつけるものではない。
3. どうやって ねむらせるの?
3. 病院の低体温療法を「長く」する発想
3. 治療的低体温療法の延長 ── 実績は24〜72時間
SpaceWorksが 考えたのは、病院で 使われて いる やりかたの 先に あります。けがや 病気で 体が 弱った 人の 体温を、少しだけ 下げる 治療です[2]。
下げるのは、3〜6度ほどです。こおらせるのでは ありません。体温が 下がると、体が 使う 力の りょうが へって、気を うしなった ねむりに 近い ようすに なります。
でも 病院で 行われて きたのは、1日から 3日ほどです。宇宙旅行のような 長い 時間は、まだ ためされて いません。
4. ねむって いる あいだ、だれが 見るの?
4. 交代で起きる「見張り番」とAI
4. 交代方式(sentinel)とAIによる自律運用
みんなが 同じ 時間に ねむって しまったら、宇宙船は だれが 見るのでしょう。
SpaceWorksの かんがえでは、4人の うち 3人が やく 14日 ねむり、1人が 起きて 見守ります。起きた 人は 2〜3日 はたらいて、また ねむります[2]。いつも だれか 1人は 起きて いるので、きかいの 世話や 地球との れんらくが できます。
ESAが しらべた ときは、乗組員が 動けない ぶん、AIを 使って 宇宙船を 自動で 動かし、見守る ことが ひつように なると されて います[3]。
5. 冬眠しない どうぶつを ねむらせた?
5. 冬眠しない動物を、冬眠のような状態にする実験
5. 非冬眠動物でのトルポア誘導 ── Q神経・縫線核・超音波
おどろく 話が あります。ふつう 冬眠を しない どうぶつでも、冬眠に にた ようすに できた、という 実験です。
2020年、日本の 研究チームが、マウスの のうの 中の 「Q神経」と いう 神経を はたらかせる 実験を しました。すると、冬眠を しない マウスの 体温と 体が 使う 力が、長い あいだ 下がりました。もとに もどった あとも、はっきりした きずや おかしな ようすは 見られなかった、と つたえられて います[5]。
ラットの のうの 一部の 神経を おさえて、同じような ようすを 作った れいや[6]、ちょうおんぱを 使う 2023年の 研究も あります[9]。
ただし、ネズミの なかまで できても、人で できるかは べつの 話です。
冬眠する動物でなくても、冬眠に似た状態をつくれることが、動物実験で示されてきました。
2020年、日本の研究グループは、マウスの脳の視床下部にあるQ神経を興奮させると、冬眠をしないマウスでも低体温と低代謝が長く続くと報告しました。回復後に、明らかな組織・臓器の損傷や行動の異常は見られなかったとされています[5]。
ラットでは、脳幹の縫線核の神経を抑えることで、冬眠しない動物でもトルポアに似た状態(合成トルポア)を作れるという報告があります[6]。2023年には、薬や遺伝子操作なしで、超音波でマウスやラットに低体温・低代謝を起こす研究が、Nature Metabolismに出ました[9]。
ここまではすべて、ネズミの仲間での結果です。人で同じことが起きるかどうかは、まだ分かっていません。
2020年、砂川玄志郎・櫻井武らの日本の研究グループは、Nature に、マウスの視床下部のQ神経を興奮させると、冬眠をしないマウスでも低体温・低代謝が長く続くと報告した。回復後に明らかな組織・臓器の損傷や行動異常は見られなかったという。ただし、確認できたのは要旨と検索抜粋の範囲で、本文は開けていない[5]。
Cerriらは、ラットの脳幹の縫線核(Raphe Pallidus)の神経を抑えると、冬眠しない動物でもトルポアに似た状態を作れると報告した(2013年とされるが、原論文は未確認で、総説の引用で確認した)[6]。2023年には、超音波でマウス・ラットにトルポア様の低体温・低代謝を起こす研究が Nature Metabolism に出た。薬や遺伝子操作なしで誘導する方向の研究だが、対象は齧歯類で、ヒトへの適用は確認できていない[9]。
6. ねむると、放射線から 守れるかも?
6. 宇宙放射線への備えになるのか
6. 放射線防護の仮説とラットの結果
宇宙には、放射線が とんで います。体の 中の 細胞を きずつける ことが あります。
2016年の 論文は、冬眠が 乗組員を 宇宙の 放射線から 守るかも しれない、と 考えました[8]。「かも しれない」と いう、まだ 考えの だんかいです。
2019年の 論文では、ラットに ねむりに にた ようすを おこして 放射線を あてると、守りに なる ような けっかが 出た、と つたえられて います[7]。でも、ラットの 話で、人が 宇宙で 受ける 放射線に きくかは、たしかめられて いません。
7. まだ できて いない ことは なに?
7. 人での課題は、まだたくさん残っている
7. 未解決の課題 ── 医学的問題と研究の順序
いちばん 大きな ことは、人を 旅の 長さだけ ねむらせた れいが、見つからない ことです。いつ できるように なるかは、言えません。
ほかにも、こまる ことが あります。宇宙では 重さを 感じにくいので、骨や 筋肉が よわく なります。ねむって いる あいだの 栄養を どう とるか、ずっと ねた ままの 体に きずが できないように するかも、考えなければ なりません[2]。
ESAは、冬眠を はじめる ときに はたらく のうの 道すじを、まず どうぶつで、そのあと 人で しらべる ことに して います[3]。人での 調べは、どうぶつの つぎの だんかいです。
8. じぶんでも たしかめて みたく なったら
8. 自分でも調べてみたくなったら
8. 自分でも調べてみたくなったら
やってみよう。あなたが 1日に のむ 水の りょうを、コップで はかって みましょう。たとえば 1日 1リットル のむなら、180日ぶんは 180リットルです。水 1リットルは 1キログラムなので、180キログラムに なります。半年の 旅の 荷物は、どれくらいの 重さに なるでしょう。
そのあと、おうちの 人と、「ねむって 行けたら、荷物は どう かわるかな」と 話して みましょう。
次のようなことを、試したり調べたりできそうです。
- 自分が1日に飲む水の量をコップではかり、180日ぶんにしてみましょう。水1リットルは1キログラムなので、旅の荷物の重さが実感できます。
- この記事に出た数字(20〜50トンと5〜7トン、約3分の1)を、身近なもの(ゾウやバスの重さなど)と比べてみましょう。どちらも試算だという点も、いっしょにメモします。
- 居住区が20〜50トンから5〜7トンになるとは、何キログラムぶん軽くなるのかを、計算してみましょう(1トンは1000キログラム)。それを、家にある米袋(5キログラムなど)の数に直すと、どれくらいでしょう。
この記事の数字を使って、手元で確かめられることがある。
- 居住区の質量が「20〜50トンから5〜7トン」になる場合、減る量の幅は何トンから何トンか。0.35と0.1の比(本文2章)と合わせ、なぜ幅が大きいのかを考える。本文に出た数字を「元の質量」「眠る案の質量」「減る量」の3列の表にまとめ、どの数字が試算かも書き添える。
- 1日1リットルの水を飲む人が180日で使う水は180キログラム。6人ぶんでは何キログラムか。眠って行く案で、この量はどう変わりそうか。自分の考えを式で書いてみる。
- SpaceWorks案では、居住区の質量が20〜50トンから5〜7トンに、容積が200立方メートル級から約20立方メートルになる(本文2章)。質量の減り方(5〜7÷20〜50)と容積の減り方(20÷200)を、それぞれ割り算して求め、どちらがより大きく減っているかを比べる。ESAの「約3分の1」は宇宙船全体の質量の減り方なので、比べる対象(宇宙船全体か、居住区の質量か、居住区の容積か)が違う点に注意しながら、3つの数字を表にしてみる。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
NASAとESAの公式ページ、NASAの最終報告書、査読論文の要旨を使った。論文は本文が開けず、要旨や検索抜粋の範囲のものがある。
- NASA「Torpor Inducing Transfer Habitat for Human Stasis to Mars」。https://www.nasa.gov/general/torpor-inducing-transfer-habitat-for-human-stasis-to-mars/ (構想の概要、居住区の質量・容積の試算について)
- SpaceWorks「NIAC Phase II Final Report」(2018年)。https://ntrs.nasa.gov/api/citations/20180007195/downloads/20180007195.pdf (低体温療法との関係、交代方式、医学的課題について)
- ESA「Hibernating astronauts would need smaller spacecraft」。https://www.esa.int/Enabling_Support/Space_Engineering_Technology/Hibernating_astronauts_would_need_smaller_spacecraft (火星往復の想定、宇宙船の質量、今後の研究方針について)
- Neuroscience & Biobehavioral Reviews(2021年)、ESAの研究者らによる総説。https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0149763421004425 (火星長期ミッションの負担と冬眠戦略について)
- Takahashi et al., Nature(2020年)。https://www.nature.com/articles/s41586-020-2163-6 (Q神経とマウスの冬眠様状態について)
- 「Be cool to be far」、Cerriらの研究を引用する総説。https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0149763421002645 (ラットの合成トルポアについて)
- 「Hibernation and Radioprotection」、Int J Mol Sci(2019年)。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6359347/ (ラットの放射線防護の結果について)
- 「Hibernation for space travel: Impact on radioprotection」、Life Sciences in Space Research(2016年)。https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S2214552416300542 (放射線防護の仮説、1960年の提案の紹介について)
- Nature Metabolism(2023年)、超音波でトルポア様状態を起こす研究。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10229429/ (超音波による誘導について)
なおした ところ
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