1. どうして アジアだけの 大会が あるの?
1. ロンドンで決まった、アジアだけの大会
1. 1948年ロンドンの会議から、1951年ニューデリーの第1回へ
アジア大会は、1951ねんに インドの ニューデリーで はじまった。あつまったのは 11の 国と地域、せんしゅは 489にん[4]。いま 名古屋に あつまって いるのは、45の 国と 地域から、1万にん いじょうの せんしゅ[7][20]。20ばい いじょうに ふえた。
はじまりの はなしは、オリンピックの 場所だった。1948ねんの ロンドン・オリンピックに あつまった アジアの 人たちが、「アジアの 大会を ひらこう。さいしょは ニューデリーで」と きめた[4]。
おなじ 1951ねんには、みなみアメリカの アルゼンチンでも、アメリカ大陸の 大会が はじまって いた[6]。アジアだけが とくべつ、という わけでは ない。
2026ねんは 第20回。日本で ひらかれるのは、1958ねんの 東京、1994ねんの 広島に つづいて 3回目だ[7][12]。では、オリンピックとは なにが ちがうのだろう。
アジア競技大会の第1回は、1951年3月、インドのニューデリーで開かれた。参加したのは11の国と地域、選手は489人だった[4]。2026年の名古屋大会には、45の国と地域から1万人あまりの選手が来ている[7][20]。単純に数で比べると、第1回の20倍以上だ。
もとになったのは、戦争が終わって数年のころの話し合いだった。1947年にネルー首相らが呼びかけた会議がニューデリーで開かれ[3]、1948年のロンドン・オリンピックの会場で、アジアの代表が「第1回はニューデリーで」と決めた[4]。中心にいたインドのソンディは、のちに「アジア競技大会の父」と呼ばれた[3]。1949年にはアジア競技連盟ができた[3]。
「なぜアジアだけ?」の答えの半分は、「アジアだけではなかった」だ。同じ1951年の2月から3月には、南米のブエノスアイレスで第1回パンアメリカン競技大会が開かれていた[6]。アジアもアメリカ大陸も、地域の大会の話が出たのはオリンピックの会場だった[4][6]。
今の大会は4年に1度[1]。2026年は第20回で、日本では1958年の東京、1994年の広島に続いて3度目になる[7][12]。では、オリンピックとは何が違うのだろう。
アジア競技大会の第1回は、1951年3月4日から11日まで、インドのニューデリーで開かれた。参加したのは11の国と地域、選手は489人だった[4]。2026年の名古屋大会は、45の国と地域から1万人あまりの選手を集めている[7][20]。単純に比べると、人数は第1回の20倍を超える。
この大会は、戦争が終わって数年のうちに動き出した。きっかけの一つは、1947年3月にニューデリーで開かれた、ネルー首相らが呼びかけた「アジア関係会議」だとされる[3]。1948年のロンドン・オリンピックの会場では、グル・ダット・ソンディらアジアの代表が集まり、第1回をニューデリーで開くことを決めた[4]。ソンディはインドの陸上競技団体の会長で、のちに「アジア競技大会の父」と呼ばれる[3]。1949年2月にはデリーの会議でアジア競技連盟ができ、第1回の開催地がデリーと決まった[3][4]。予定は1950年だったが、施設の準備が遅れて1951年になった[3]。
「なぜアジアだけなのか」には、「アジアだけではなかった」という面がある。同じ1951年の2月25日から3月9日に、アルゼンチンのブエノスアイレスで第1回パンアメリカン競技大会が開かれていた[6]。アメリカ大陸の代表も、1932年のロサンゼルス・オリンピックの会場で、オリンピック型の地域大会を話し合ったと記録されている[6]。アジアもアメリカ大陸も、話が持ち上がったのはオリンピックの会場だった。
大会は原則として4年に1度開かれ、2026年が第20回にあたる[1][7]。日本での開催は、1958年の東京、1994年の広島に続いて3度目だ[7][12]。直前の杭州大会は、もとの2022年から2023年に延期して開かれた[31]。では、オリンピックとの違いはどこにあるのか。
2. オリンピックと、どこが ちがうの?
2. オリンピックとの違い ── 5つの地域が1つずつ推した競技
2. オリンピックとの違い ── 参加の単位と、地域が推薦する競技
アジア大会に 出るのは、アジアの 国と 地域の チームだ。国だけでは なくて、ホンコンのような 「地域」も 入って いる[29]。
いちばんの ちがいは、きょうぎ。2026ねんは 43の きょうぎが ある[7]。アジアを 5つの 地域に わけて、地域ごとに 1つずつ、「これを やろう」と おすすめした[8]。
- みなみアジアは、カバディ。「カバディ、カバディ」と いい つづけながら、あいての チームの 人に タッチして もどって くる[11]。
- とうなんアジアは、セパタクロー。手を つかわずに、足や ひざや あたまで ボールを ネットの むこうへ かえす[10]。
- ひがしアジアは、武術たいきょくけん。ちゅうおうアジアは、クラッシュ。にしアジアは、じゅうじゅつ[8]。
じゅうじゅつは、日本の むかしの ぶじゅつが もとだと いわれる きょうぎ。日本は これまで 大会に 出た ことが なく、今回が はじめてだ[9][8]。
たとえるなら、ぶんかさいで 5つの クラスが 1つずつ 出しものを だしあう ようなもの。ただし ほんとうは クラスでは なくて、アジアを わけた 5つの 地域だ。ところで、大会の はじまりを しらせる 火は、どこから くるのだろう。
運営するのは、アジアの国と地域のオリンピック委員会が集まったアジア・オリンピック評議会(OCA)だ[1]。OCAのマークにはオリンピックの五つの輪が入り、使うにはIOC(国際オリンピック委員会)の確認が必要と決められている[1]。
参加の単位は「国」だけではない。OCAの憲章は、加盟団体が「国/地域」の選手を選んで送ると書いている[1]。香港やマカオのように、国ではない地域が、それぞれのオリンピック委員会を通じて出場する[29]。
いちばんの違いは競技の決め方だ。2026年は43競技。アジアを東・東南・南・中央・西の5つの地域に分け、各地域が人気などをもとに1競技ずつ推薦した[8]。
- 南アジアはカバディ。攻める選手が「カバディ」と言い続け、息つぎをせずに相手にさわって自分の陣地へ戻る[11]。
- 東南アジアはセパタクロー。手を使わず、足・ひざ・頭で球をネット越しに返す。名前はマレー語の「蹴る」とタイ語の「籐のボール」からきている[10]。
- 東アジアは武術太極拳、中央アジアはクラッシュ、西アジアは柔術[8]。
柔術は、日本の古武道を起源とするとされる格闘技だ[9]。西アジアが推薦した競技に日本の武術が起源の競技が入り、日本は今回が初出場になる[9][8]。eスポーツも競技に入っていて、13のゲームで11個のメダルを争う[8]。では、大会の始まりを告げる聖火は、どこから来るのだろう。
運営するのは、アジアの国と地域のオリンピック委員会が集まるアジア・オリンピック評議会(OCA)だ。OCAのロゴにはオリンピックの五つの輪が入り、使用にはIOCの事前の確認が必要と憲章に定められている[1]。
参加の単位は「国」だけではない。憲章は、加盟団体が「国/地域」の選手・コーチ・役員を選んで登録すると定める[1]。香港やマカオのように、国ではない地域も、それぞれのオリンピック委員会を通じて出場する[29]。なお、オリンピック憲章も、オリンピックは「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と書く[24]。
いちばん大きな違いは、競技の決め方にある。2026年の大会は43競技。OCAの5つの地域(東・東南・南・中央・西)がそれぞれの人気などをもとに1競技ずつ推薦し、オリンピックにはない競技が入った[8]。
- 南アジアの推薦はカバディ。攻める選手が「カバディ」と唱え続け、息つぎをせずに相手にタッチして自陣へ戻る。1990年の北京大会から正式競技になった[11]。
- 東南アジアの推薦はセパタクロー。手を使わず、足・ひざ・胸・頭で球をネット越しに返す。名前はマレー語の「蹴る」とタイ語の「籐のボール」の合成で、これも1990年の北京大会から正式競技になった[10]。
- 東アジアは武術太極拳、中央アジアはクラッシュ、西アジアは柔術[8]。
柔術は、日本の古武道を起源として世界に広まった格闘技だ。西アジアが推した競技に、日本の武術に由来する競技が入った。日本はこれまで柔術で大会に出たことがなく、自国開催の今回が初めての選手団になる[9][8]。eスポーツも入り、13のゲームで11個のメダルが争われる[8]。大会の始まりを告げる聖火は、どこから来て、どう運ばれるのか。
3. 火は どうやって はこぶの?
3. 3つの火を1つにして、絶やさずに運ぶ
3. 聖火の運び方 ── 3つの採火地と、絶やさないための工夫
オリンピックの 火は、ギリシャで、たいようの ひかりを かがみに あつめて つける[23]。アジア大会の 第1回の 火も、たいようの ひかりで とったと つたえられて いる[5]。
2026ねんの 火は、ふるさとが 3つ ある。8月18日に 東京、20日に 広島、22日に 名古屋城[12][13]。東京と 広島は、むかしに アジア大会を ひらいた まちだ[12]。3つの 火が 名古屋城で 1つに なって、りれーが はじまった[14]。
走る 人は、1人 だいたい 100メートル[15]。ぜんぶで 1000人ぐらいが つなぐ けいかくだった[16]。走って いない あいだも、ランタンを つかって 火を 見せる ところが あった[14]。火を たやさない ための くふうだ[15]。
9月19日の 開会式で、さいごに 火を つけたのは、ハンマーなげの 室伏広治さんと、おとうさんの 重信さん。おとうさんは、アジア大会の ハンマーなげで 5回 れんぞくで ゆうしょうした 人だ[18]。火と いっしょに、大会では 旗も うけつがれて いく。その 旗には、何が かいて あるのだろう。
オリンピックの聖火は、ギリシャのオリンピアで、太陽の光を凹面鏡に集めて採る。リレーが始まったのは1936年のベルリン大会からだ[23]。1951年の第1回アジア競技大会でも、ニューデリーのレッド・フォートで太陽の光から火を採り、ランナーがスタジアムまで運んだと伝えられる[5]。
2026年は、火の生まれた場所が3つある。8月18日に東京の国立競技場、20日に広島の平和記念公園、22日に名古屋城。東京は1958年、広島は1994年に、日本でアジア競技大会が開かれた町だ[12][13]。名古屋城で3つの火が1つの聖火になり、リレーが始まった[14]。合言葉は「A Uniting Flame for All(すべての人のための、1つになる火)」だった[12]。
愛知県内では40の自治体をめぐり、名古屋市の中川区で2つのルートに分かれた[14]。阿久比町の案内では、約2キロを19人が1人約100メートルずつ走る計画だった[15]。全体では約1000人のランナーがつなぐ計画だった[16]。
走っていない間はどうするのか。組織委員会は、聖火を「絶やすことなく」つなぐため、リレーに加えて「聖火展示」「表敬訪問」「学校リレー」を組み合わせると説明している[15]。8月23〜28日と8月31日〜9月4日には、ランタンを使った聖火の展示も組まれた[14]。
トーチは長さ70センチ、重さ1.3キロ。愛知県豊川市の新富士バーナーが作った。東京2020とパリ2024のオリンピックのトーチも手がけた会社だ[17]。
9月19日の開会式では、聖火は五輪メダリストら4人の手を経て、最終点火者に渡った。点火したのは、室伏広治さん(51)と、父の重信さん(80)。重信さんはアジア競技大会のハンマー投げで5連覇し、広治さんはオリンピックの金メダリストだ[18][19]。火と一緒に、大会では旗も受け継がれていく。その旗には、何が描かれているのだろう。
オリンピックの聖火は、ギリシャのオリンピアで太陽光を凹面鏡で集めて採る。憲章も、オリンピックの聖火はIOCの権限のもとでオリンピアで採火すると定める[24]。リレーが始まったのは1936年のベルリン大会だ[23]。第1回アジア競技大会(1951年)では、ニューデリーのレッド・フォートで太陽の光から火を採り、ランナーがスタジアムまで運んだ。最後にトーチを持ったのは、1924年のパリ・オリンピックに出た元選手だった[5][4]。
2026年は火の生まれ故郷が3つある。8月18日に東京の国立競技場(1958年大会の聖火台の前)、20日に広島の平和記念公園、22日に名古屋城で、火が採られた[13][14]。1958年の東京と1994年の広島は、過去に日本でアジア競技大会が開かれた町だ[12]。名古屋城で3つの火が1つの聖火になり、リレーが始まった[14]。リレー全体の合言葉は「A Uniting Flame for All」だった[12]。
愛知県内では40の自治体をめぐり、名古屋市中川区で2つのルートに分かれた[14]。阿久比町の案内では、約2キロの区間を19人が1人約100メートルずつ走る計画だった[15]。全体では約1000人のランナーがつなぐ計画で[16]、9月7日から15日には14校を回る学校リレーも組まれた[12]。
走っていない間はどうするのか。阿久比町の案内は、名古屋城での採火から開会式前日まで、「聖火リレー」「聖火展示」「表敬訪問」「学校リレー」の4つの形で聖火を「絶やすことなく」つなぐと説明する[15]。8月23〜28日と8月31日〜9月4日には、ランタンを使った聖火の展示も組まれた[14]。OCAの2019年版の手引きは、アジア競技大会の火を「デリーにある恒久の火」から採ると書いているが[2]、報じられた2026年の採火は東京・広島・名古屋の3か所だった。
トーチは長さ70センチ、重さ1.3キロのアルミ製で、愛知県豊川市の新富士バーナーが作った。ガスボンベを燃料とし、東京2020とパリ2024のオリンピックのトーチも手がけた会社だ。報道では、風速時速20キロ、1時間に50ミリの雨に耐える炎と紹介された[17]。
9月19日の開会式では、聖火は五輪メダリストら4人を経て最終点火者に渡り、室伏広治さん(51)と父の重信さん(80)が親子で聖火台に点火した。重信さんはアジア競技大会のハンマー投げで5連覇した選手で、広治さんはオリンピックの金メダリストだ[18][19]。聖火とともに、大会では旗も受け継がれていく。その旗には、何が描かれているのか。
4. 赤い たいようの 旗は、なにを あらわすの?
4. 赤い太陽のマークと、次の開催地へ渡される旗
4. 16本の光をもつ赤い太陽 ── OCAのシンボルと、開催地から開催地へ渡される旗
アジア大会の しるしは、赤い たいよう。ひかりの すじは 16ぽんだ[1]。まんなかに 白い わが ある。
1951ねんの 第1回大会の 旗には、赤い たいようと、11この わが かいて あった。わは、さんかした 11の 国と 地域を あらわす[5]。この 旗と トーチは、大会が おわるたびに、つぎの まちへ わたされる[2]。2023ねんには、中国の 杭州から 愛知県へ わたされた[21]。
2026ねんの マークにも、この たいようが 入って いる。そこに、愛知県の 花の むらさきと、名古屋城の しゃちほこの 金いろが くわわった[22]。「ホノホン」という マスコットは、火の ほのおと しゃちほこが ひとつに なって うまれた[22]。でも、ひょうしょうだいに あがる 旗は、べつの 旗だ。
OCAのシンボルは、16本の光線をもち、中心に白い輪がある赤い太陽だ。ロゴは、そのまわりをアジアの竜とハヤブサが囲み、下にオリンピックの輪が付く。憲章には、竜は幸運や力、ハヤブサは正確さや速さを表すと書かれている[1]。OCAの旗は、縁取りのない白地の中央にこのロゴを置いたものだ[1]。
モットーは「Ever Onward(限りない前進)」[1]。だれが考えたかは、ネルー首相が贈ったという説明と[30]、ソンディが1949年に提案したという説明がある[31]。
1951年の第1回大会の旗は、赤く輝く太陽と、参加した11の国と地域を表す11の輪を白地に描いていた[5]。この旗と第1回のトーチは、大会が終わるたびに次の開催地へ手渡される。愛知県の大村知事は2023年に杭州大会から、第1回大会の旗とトーチ、OCA旗の3つを引き継いだ[21]。OCAの手引きにも、閉会式でOCA会長が大会旗と「第1回のトーチ」を次の開催地の市長に渡すと書かれている[2]。
2026年のエンブレムにも、OCAシンボルの太陽が入っている。そこに、愛知県の花カキツバタの紫、名古屋城のしゃちほこの金、環境への思いを表す緑が加わる[22]。OCAのロゴを大会のデザインに取り入れることは、手引きで決められている[2]。変わらない太陽に、開催地の色を足す作りだ。大会の旗とは別に、表彰台にはそれぞれの国や地域の旗が上がる。
OCAのシンボルは、16本の光線をもち、中心に白い輪のある鮮やかな赤の太陽だ。ロゴは、これをアジアの竜とハヤブサが囲み、下にオリンピック・リングと「Olympic Council of Asia」の文字を置く。憲章の説明では、竜は幸運・豊かさ・力・勇気を、ハヤブサは正確さ・優雅さ・速さ・忍耐を表す。OCAの旗は、縁取りのない白地の中央にこのロゴを置いたものだ[1]。
モットーは「Ever Onward(限りない前進)」で、OCAだけが使える[1]。考えたのが誰かは、ネルー首相が贈ったとする説明[30]と、ソンディが1949年に提案したとする説明[31]に分かれている。賛歌もあり、憲章はそれを「アジア大陸のすべての音楽と文化の融合」と位置づけている[1]。
1951年の第1回大会の旗は、赤い太陽と、参加した11の国と地域を表す11の輪を、白地に描いたものだった[5]。この旗は、第1回大会のトーチとともに、大会のたびに開催地から開催地へ引き継がれる。愛知県の大村秀章知事は2023年10月、杭州大会の閉幕後に、第1回大会の旗とトーチ、OCA旗の3つを受け取った[21]。OCAの手引きにも、閉会式でOCA会長が大会旗と「第1回のトーチ」を次の開催地の市長に渡すという定めがある[2]。
2026年の大会エンブレムにも、OCAシンボルの太陽が入る。そこに、愛知県の花カキツバタの紫、名古屋城のしゃちほこの金、環境への思いを表す緑が加わった[22]。手引きは、OCAのロゴを大会のデザインに取り入れることを求めている[2]。太陽は共通で、色や形は開催地ごとに変わる。マスコットの「ホノホン」は、選手の熱い思いが炎になり、名古屋の守り神であるしゃちほこと一つになって生まれたという設定だ[22]。大会の旗とは別に、表彰台にはそれぞれの国や地域の旗が上がる。
5. ひょうしょうだいの 旗と 国歌は、だれの ため?
5. 表彰台の旗と国歌は、誰のためにあるのか
5. 表彰台の3本の旗と国歌 ── 旗は誰をたたえるのか
かいかいしきでは、国や 地域ごとに 旗を もって はいって くる。日本は さいごに はいった[18]。
ひょうしょうだいの 上には、旗が 3本 あがる。まんなかは、金メダルの チームの 旗。その 国の 国歌が、みじかく して ながれる[2]。この かたちは、1932ねんの オリンピックから つづいて いる[25]。
旗と 国歌に ついて、こんな 考えかたが ある。勝った 国を ほめる ためでは ない。勝った 人や チームを たたえる ものだ[26]。
旗にも、おもしろい ものが ある。ネパールの 旗は、せかいで ただ 1つ、四角じゃ ない。三角を ふたつ かさねた かたちで、月と たいようが かいて ある[27]。トルクメニスタンの 旗には、じゅうたんの もようが 5つ ならんで いる[28]。
開会式では、各国・地域の選手団が、国名の札と旗を先頭に入場する。順番は国名のアルファベット順で、開催国が最後になる[2]。2026年の日本選手団も、いちばん最後に入場した[18]。
表彰式では、金メダルの選手の旗が中央の柱に、銀と銅の旗がその両側に上がり、金メダルの選手の国歌が流れる。OCAの手引きは、この国歌を短縮版と定めている[2]。今の形は、オリンピックが1932年のロサンゼルス大会で決めたものだ[25]。
旗と国歌は、誰のためにあるのか。オリンピック憲章は、大会は「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と書く[24]。新聞の署名記事にも、表彰式の旗と国歌は勝った個人やチームをたたえるもので、勝った国をほめているわけではない、という見方がある[26]。OCAの手引きは、表彰式での政治的・宗教的な主張などを禁じている[2]。
旗の中身にも物語がある。ネパールの旗は、世界で唯一、四角形ではない。二つの三角旗を重ねた形で、月と太陽が描かれ、国の形は憲法に細かく定められている[27]。トルクメニスタンの旗には、じゅうたんの模様が5つ縦に並ぶ。主な5つの部族を表すとされ、5つの州とみる見方もある[28]。
旗の下に集まるのは、国と地域の代表だけではない。母国を離れて暮らす選手たちのOCA難民選手団が、アジア競技大会の開会式にはじめて加わった[20]。選手たちは、一人の選手として大会に出ている。
開会式では、各国・地域の選手団が、国名の札と旗を先頭に入場する。順番は国名のアルファベット順で、開催国が最後になる[2]。2026年の日本選手団も最後に入場した[18]。開会宣言のあと、OCA旗がゆっくり掲揚され、OCAの賛歌が流れる手順が手引きに書かれている[2]。
表彰式では、金メダルの選手の代表団の旗が中央の柱に、銀と銅の旗がその両側に上がり、金メダルの選手の国歌が流れる。手引きは、この国歌を短縮版と定めている[2]。この形は、オリンピックが1932年のロサンゼルス大会で採用したものだ[25]。
旗と国歌は誰をたたえるのか。オリンピック憲章は、大会を「個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と位置づける[24]。日本経済新聞の署名記事には、表彰式の国旗掲揚と国歌の演奏は勝った個人やチームの栄誉をたたえるもので、勝った国を称賛するものではない、という主張が載っている[26]。OCAの手引きも、旗は「代表団の旗」と書き、表彰式での商業・政治・宗教・人種などの主張を禁じている[2]。
旗の中身にも物語がある。ネパールの旗は、世界で唯一、四角形ではない。二つの三角旗を重ねた形で、月と太陽が描かれ、作図の寸法は憲法に細かく定められている[27]。トルクメニスタンの旗には、絨毯の模様が5つ縦に並ぶ。主な5つの部族を表すとされ、5つの州とみる見方もある[28]。
旗の下に集まるのは、国と地域の代表だけではない。母国を離れて暮らす選手たちで組まれたOCA難民選手団が、2026年、アジア競技大会の開会式にはじめて加わった[20]。選手たちは、国や地域の代表と同じく、一人の選手として大会に出ている。
6. ひょうしょうしきを 見る ときに
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
大会は 10月4日まで つづく。テレビや ネットで ひょうしょうしきが 見られたら、1つだけ たしかめて みよう。まんなかの 高い 柱に あがるのは、だれの 旗? 国歌は、さいごまで ながれた?
としょかんの 旗の ほんや、学校の ちずちょうで、四角じゃ ない 旗を さがして みよう。この 記事に 出て きた 国の 旗だ。
表彰式で、旗と国歌を確かめる
大会は10月4日まで続く。テレビやネットで表彰式が見られたら、中央の柱に上がるのが誰の旗か、国歌が最後まで流れるか短く終わるかを見てみよう。アジア大会が終わったあとも、ほかの国際大会の表彰式で同じ形を確かめられる。
旗を1つ選んで、模様の理由を調べる
45の国と地域の旗から、気になる1つを選ぶ。なぜその色や絵になったのかを、その国の政府や大使館のページ、図書館の旗の本で調べてみよう。マークや旗の決まりそのものを読みたければ、日本オリンピック委員会が日本語訳を公開しているOCA憲章の第7条から第11条が、数ページで読める[1]。
表彰式で、旗と国歌を確かめる
大会は10月4日まで続く。中継や動画で表彰式が見られたら、中央の柱に上がる旗と、国歌が短縮されて終わるかどうかに注目してみよう。手引きの「短縮版」の意味が、実際の長さで分かる。終了後は、ほかの国際大会の表彰式でも同じ確認ができる。
決まりの原文を読む
OCA憲章の第7〜11条(シンボル・ロゴ・旗・モットー・賛歌)は、日本オリンピック委員会が日本語訳を公開している[1]。表彰式や開会式の手順は、OCAの「アジア競技大会の手引き」(英語)の第61〜66条にある[2]。2019年版なので、今の運用とどこが違うかを、報道と見比べる材料にもなる。
参加45の国と地域から、旗を1つ選ぶとしたら、どの国にするか。色や図柄の由来を、政府や大使館の公式ページと百科事典の記述で突き合わせると、説明が食い違う点が見つかることがある。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:OCA憲章の日本語訳は日本オリンピック委員会が公開している文書です。OCAの「アジア競技大会の手引き」(2019年3月版)、OCAのニュース、ANOC(各国オリンピック委員会の連合体)のニュース、オリンピック憲章は、いずれも一次に近い資料で、英語の文書は要点を読んで使いました。中日新聞・東京新聞・日本経済新聞は新聞社の報道、笹川スポーツ財団・nippon.com・Olympedia(オリンピックの記録を集めた英語のサイト)は民間の解説、Wikipedia・Chase Your Sport・Make Heritage Fun は一般向けの解説で、確かめられた点を補うために使いました。
- 日本オリンピック委員会(JOC)が公開する「アジア・オリンピック評議会(OCA)憲章」の日本語訳(2024年版)。 https://www.joc.or.jp/games/asia/pdf/oca2024.pdf (第7〜11条のシンボル・ロゴ・旗・モットー・賛歌、第37条の「国/地域」の選手と4年に1度の開催)
- アジア・オリンピック評議会(OCA)“Asian Games Manual and Guidelines”(2019年3月版、英語)。 https://oca.asia/media/oca_files/Asian_Games_Manual__Guidelines.pdf (開会式・閉会式の手順、表彰式の旗と国歌、大会旗と第1回のトーチの引き継ぎ、火の採り方の記述)
- 笹川スポーツ財団「『アジア競技大会、その歴史をみる』前編:アジア競技大会の誕生と政治の影響」。 https://www.ssf.or.jp/knowledge/current_issues/asiangames2026/01.html (アジア関係会議、ソンディ、1949年のアジア競技連盟、1950年予定から1951年への延期)
- Wikipedia(英語版)“1951 Asian Games”。 https://en.wikipedia.org/wiki/1951_Asian_Games (第1回の開催日と参加数、1948年ロンドンでの話し合い、最後のトーチ・ランナー)
- Chase Your Sport「First milestone and achievement of India after independence in 1st Asian games 1951, Delhi」(インドのスポーツ史を紹介する英語の解説サイト)。 https://www.chaseyoursport.com/indian-sports-history/first-milestone-in-the-history-of-the-indian-sport1st-asian-games-1951-delhi-indian-sports-history/39 (第1回の聖火をレッド・フォートで太陽の光から採ったこと、旗の太陽と11の輪)
- Wikipedia(英語版)“1951 Pan American Games”。 https://en.wikipedia.org/wiki/1951_Pan_American_Games (第1回パンアメリカン競技大会の日程・開催地、1932年ロサンゼルスでの話し合い)
- 日本オリンピック委員会(JOC)「愛知・名古屋アジア大会」。 https://www.joc.or.jp/games/asia/2026/ (会期、第20回、45の国と地域、43競技、日本での3度目の開催)
- nippon.com “Diverse Non-Olympic Sports Under the Spotlight at the Aichi-Nagoya 2026 Asian Games”(日本を紹介する英語のニュースサイト)。 https://www.nippon.com/en/japan-data/h02874/ (5つの地域がそれぞれ1競技を推薦したこと、推薦された競技、柔術の日本初出場、eスポーツ)
- 日本オリンピック委員会(JOC)「コンバットスポーツ|愛知・名古屋アジア大会」。 https://www.joc.or.jp/aichi_nagoya2026/combat.html (柔術の起源、日本の出場実績)
- Wikipedia(日本語版)「セパタクロー」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/セパタクロー (名前の由来、ルール、1990年北京大会での正式競技化)
- Wikipedia(日本語版)「カバディ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/カバディ (ルール、「カバディ」と唱え続けること、1990年北京大会での正式競技化)
- アジア・オリンピック評議会(OCA)公式サイト「Asian Games torch relay to produce ‘A Uniting Flame for All’」(英語)。 https://oca.asia/news/7338-asian-games-torch-relay-to-produce-a-uniting-flame-for-all.html (東京・広島・名古屋の採火の日付、1958年と1994年との関係、リレーの合言葉、学校リレーの日程)
- ANOC(各国オリンピック委員会連合)“Asian Games flame-lighting ceremonies to start in Tokyo”(英語)。 https://www.anocolympic.org/olympic-movement/asian-games-flame-lighting-ceremonies-to-start-in-tokyo/ (1958年大会の聖火台の前での採火、広島の平和記念公園での採火)
- 中日新聞Web「8月22日、名古屋城で採火式 アジア大会聖火リレー、愛知県内40自治体や学校14校を巡る」。 https://www.chunichi.co.jp/article/1231622 (3つの火をまとめて聖火にすること、名古屋市北区から出発し中川区で分火して2ルートになること、ランタンでの聖火展示)
- 阿久比町「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)聖火リレーを実施します」。 https://www.town.agui.lg.jp/0000008432.html (1人約100メートル、19人で約2キロ、聖火を絶やさないための4つの形)
- 愛知・名古屋アジア競技大会組織委員会「聖火リレー クライマックスリレー及びグランドゴールについて」。 https://www.aichi-nagoya2026.org/ja/news-2044/ (約1000人のランナーがつなぐ聖火リレーという案内)
- 中日新聞Web「アジア大会聖火リレー用トーチ作りが大詰め 風速毎時20キロ・時間雨量50ミリに耐える炎」。 https://www.chunichi.co.jp/article/1293029 (トーチの寸法と重さ、製造会社、燃料、東京・パリ五輪との関係)
- 東京新聞デジタル「室伏親子が聖火台に点火…32年ぶりの熱狂がふたたび、愛知・名古屋アジア大会が開幕」。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/516650 (開会式、最終点火者、聖火が4人を経たこと、日本選手団が最後に入場したこと)
- 日刊スポーツ(Yahoo!ニュース掲載)「【アジア大会】最終点火者は室伏親子、聖火台に火ともる」。 https://news.yahoo.co.jp/articles/2266f7ebc2fdc72c474f45c53fc550329b5f0842 (室伏親子の点火とその実績)
- ANOC “20th Asian Games officially open in Aichi-Nagoya”(英語)。 https://www.anocolympic.org/olympic-movement/20th-asian-games-officially-open-in-aichi-nagoya/ (開会式、約1万1000人の選手、45の国内オリンピック委員会、OCA難民選手団の参加)
- 中日新聞Web「継承したアジア大会旗披露 レプリカ、県内巡回展示へ」。 https://www.chunichi.co.jp/article/790073 (杭州から愛知県へ、第1回大会の旗・トーチ・OCA旗が引き継がれたこと)
- スポーツ庁「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)第5回アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)」。 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop08/list/1371890_00003.html (エンブレムの太陽とOCAシンボル、紫・金・緑の意味、マスコット「ホノホン」の説明)
- 笹川スポーツ財団「22. オリンピック聖火リレーと最終点火者 ―聖火リレーの歴史―」。 https://www.ssf.or.jp/knowledge/history/olympic/22.html (1936年ベルリン大会の聖火リレー、オリンピアでの凹面鏡による採火)
- 日本オリンピック委員会(JOC)が公開する「オリンピック憲章」日本語訳(2021年8月8日から有効)。 https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2021.pdf (規則6の「国家間の競争ではない」、規則13のオリンピアでの採火)
- Olympedia(オリンピックの記録を集めた英語のサイト)“Victory Ceremonies”。 https://www.olympedia.org/definitions/113 (1932年に採用された表彰式の形、3つの旗、金メダルの選手の国歌)
- 日本経済新聞「表彰式の国旗掲揚は勝った国を称賛しているのではない」(署名記事)。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO06969310X00C16A9UP1000/ (表彰式の旗と国歌は勝った個人やチームをたたえるものだという主張。書き手の見方として紹介)
- Wikipedia(英語版)“Flag of Nepal”。 https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_Nepal (世界で唯一の四角形でない国旗、二つの三角旗を重ねた形、憲法に定められた寸法)
- Wikipedia(英語版)“Flag of Turkmenistan”。 https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_Turkmenistan (5つの絨毯の模様と、部族・州という2つの解釈)
- Wikipedia(英語版)“Olympic Council of Asia”。 https://en.wikipedia.org/wiki/Olympic_Council_of_Asia (香港・マカオなどが加盟団体として並ぶこと)
- Make Heritage Fun「1951: First Asian Games in India」(インドの歴史を紹介する英語の解説サイト)。 https://makeheritagefun.com/1951-first-asian-games-in-india/ (モットー「Ever Onward」はネルー首相が贈ったという説明)
- Wikipedia(英語版)“Asian Games”。 https://en.wikipedia.org/wiki/Asian_Games (モットーはソンディが1949年に提案したという説明、2022年大会が2023年に開かれたこと)
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