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点字は どうして 指で なぞって よめるの?

点字はなぜ指先で読めるのか ── 12点を6点に減らしたブライユの工夫

点字の6点式はどう生まれたか ── バルビエの12点から日本点字(1890)まで

分野:歴史・文化

点字は、6つの 点の ならびで 文字を あらわします。もとは 12この 点で 作られて いましたが、ブライユさんが 半分に へらしました。

点が へると、どうして 読みやすく なるのでしょうか。指先の 大きさと 点の かずの つながりを 見て いきます。

点字は、もともと12個の点を1マスにした「夜間文字」から生まれました。それを15歳ごろのルイ・ブライユが、点の数を半分の6個に減らして仕上げたと伝えられています[2]。

点を減らしたのに、文字は足りたのでしょうか。そして、なぜ減らしたほうが読みやすいのでしょうか。6個の点で表せる数と、日本語の五十音への当てはめ方まで、たどってみます。

点字の1マスは、ふつう6点でできている。だが、その原型であるバルビエの夜間文字は縦6×横2=12点だった[2]。ブライユはこれを半分の6点にしたとされる。

6点で何通りの記号が作れるのか、なぜ点を減らしても文字が足りたのか、日本語にはどう当てはめられたのかを、出典つきで整理する。

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1. 点字の 1マスは、さいころの 6の目

1. 縦3つ・横2つの6点で1マス

1. 6点のマスで63通りの記号を作る

点字を よく 見ると、点が 6つで 1セットに なって います。この 1セットを「マス」と よびます[1]。

ならびかたは、さいころの 6の 目と おなじです。左に たてに 3つ、右にも たてに 3つ あります。

ただし、さいころは 6つ ぜんぶが 見えて います。点字は、6つの 場所の うち、どこを ぽこっと 高くするかを えらびます。えらびかたで、ちがう 文字に なります。

6つの 場所それぞれに「ある」か「ない」かの 2とおりが あります。ぜんぶ くみあわせると 64とおり。「なにも 打たない」を のぞくと、63この しるしが 作れます[5]。

日本の点字は、縦3点×横2点の6点を1つの単位にして文字を表します。この単位を「マス」と呼びます[1]。点は番号で呼ばれ、読む側から見て、左の列が上から①②③、右の列が上から④⑤⑥です[1]。

形はさいころの「6」の目と同じ並びです。ただし、さいころは6か所すべてに目がありますが、点字は6か所のうちどこを盛り上げるかを選びます。選び方の違いが、文字の違いになります。

6か所それぞれに「ある/ない」の2通りがあるので、組み合わせは2の6乗で64通りです。何も打たない1通りを除くと63通りの記号になります[5]。64か63かは、空白を数えるかどうかの違いです。

日本の点字は、タテ3点×ヨコ2点の6点を1単位(マス)とする。点番号は、読む側から見て左列が上から①②③、右列が上から④⑤⑥である[1]。

各点は「ある/ない」の2値なので、組み合わせは2⁶=64通りとなる。何も打たない1通りを除くと63通りになる[5]。64と63は、空白を数えるか否かの違いにすぎない。

この数え方は、点の数が1つ増えるごとに通りが2倍になることを示している。次章以降で見るように、この「増え方」が、12点を6点に減らした判断の背景になる。

2. もとは、12この 点の「夜の 文字」

2. バルビエの「夜間文字」── 12点の1マス

2. 原型:バルビエの夜間文字(縦6×横2=12点)

点字の もとに なったのは、フランスの シャルル・バルビエさんが 考えた「夜間文字」です。夜、あかりを つけずに、声も 出さずに、指で さわって つたえられる 文字を 目ざしました[2]。

この 文字は、1マスが 12この 点でした。たてに 6つ、よこに 2つです[2]。

ためしに、6この 点の さいころの 目を 2つ、たてに ならべた 大きさを 思いうかべて ください。それが 1マスです。指の 先には、はみ出して しまいそうです。

点字の原型は、フランスの軍人シャルル・バルビエが考えた「夜間文字」です。夜に明かりをつけなくても、声を出さなくても、指でさわって読み取れる文字を目指した方式で、盛り上げた点を使いました[2]。

1マスは、縦6点×横2点の12点でした[2]。さいころの6の目を2つ、縦につないだ大きさを思い浮かべると近いでしょう。

音を写す方式で、1語を書くのに最大100点ほど必要になったとされ、句読点や数字、楽譜の記号もありませんでした[3]。この方式を、目の見えない生徒たちが学ぶ学校で知った少年がいました。

点字の直接の原型は、フランスの軍人シャルル・バルビエが考案した「夜間文字」(night writing)である。明かりなし・声なしで、指で読み取れる盛り上げ点の文字として設計された。1マスは縦6×横2=12点だった[2]。

音(発音)を写す方式であり、1語に最大100点ほど要した。句読点・数字・楽譜の記号もなかった、とされる[3]。

この方式を知ったのが、当時パリの王立盲学校で学んでいた少年ルイ・ブライユである。

3. 10さいで 学校に 入った ブライユさん

3. 少年ブライユと王立盲学校

3. ルイ・ブライユ ── 生い立ちと王立盲学校(1819)

ルイ・ブライユさんは、フランスの 男の子です。3さいの ころ、おとうさんの 作業だいで あそんで いて、目を けがして しまいました。そのあと、もう かたほうの 目も 見えなく なり、5さいごろには 見えなく なったと つたえられて います[4]。

1819ねん、10さいで、パリの 学校に 入りました。目の 見えない 子が まなぶ 学校です[4]。

そこで ブライユさんは、バルビエさんの 12点の 文字を 知りました。

ルイ・ブライユは、3歳のころ、父親の作業台で革に穴をあけようとして、錐(きり)で目を傷つけたと伝えられています。傷の感染がもう片方の目にも広がり、5歳ごろまでには見えなくなりました[4]。

1819年、10歳でパリの王立盲学校に入学します[4]。そこで、バルビエの12点の文字に出会いました。

ブライユは、この文字を「使いやすく直せないか」と考えたのでしょう。ここで、この記事のいちばんの問いに戻ります。点の数が多いことは、目の見えない人にとって、便利なことなのでしょうか。

ルイ・ブライユは3歳ごろ、父の作業台で革に穴をあけようとして錐で目を傷つけ、感染がもう片方に広がって、5歳ごろまでに見えなくなったと伝えられる[4]。1819年、10歳でパリの王立盲学校に入学した[4]。

そこでバルビエの12点方式に触れ、改良に取り組んだとされる。この経緯の細部は資料により表現が異なるため、ここでは入学とバルビエ方式との出会いだけを事実として扱う。

4. 点を 半分に した ら、指で 読めた

4. 1マスを小さく ── 12点から6点へ

4. 12点を6点に半減した設計

ブライユさんは、12この 点を、半分の 6こに しました。すると、1マスが 小さく なって、指の 先で とらえやすい 大きさに なりました[2]。

たとえば、ボタンが 12こ ある はんこと、6こ しか ない はんこを 思いうかべて ください。6こなら、ならびかたを 見わけやすそうです。

バルビエさんの 文字は、音を うつす 方式で、1つの ことばに 100点ほども いりました。ブライユさんの 点字は、1マスが 1文字に なります[3]。

点を へらしても、63この しるしが 作れます。文字を あらわすには、それで たりました。

ブライユは、点の数をちょうど半分にしました。12点の枠は大きすぎると考え、6点にしたのです[2]。1マスが小さくなり、指先でとらえやすい大きさになりました。

点を減らしても、6点は63通りの記号になります[5]。さらに、1マスが1文字(つづり)を表す方式にしたことで、バルビエ式のように1語に100点近くを使うこともなくなりました[3]。

いつ、まとめたのか

6点式をまとめた年は、資料によって違います。1824年とするもの、1825年とするもの、1829年とするものがあります。1829年は、方法を書いた本を出した年とする資料が多いです[4]。この記事では、「15歳ごろに考え、1829年に本にまとめた」程度にとどめます。

ブライユは1852年1月6日、43歳で亡くなりました。没後100年の1952年に、遺骨はパリのパンテオンに移されています[4]。点字が世界に広まるには、長い時間がかかりました。

ブライユの改良の核は、点の数を12から6へ半減させ、指先でマス全体の形をとらえやすくしたことだった[2]。12点の枠は大きすぎる、という設計上の判断である。

点を減らしても、6点は63通りの記号を作れる[5]。さらに、バルビエ式は音を写すため1語に最大100点ほど要したが、ブライユ式は1マスが1文字(つづり)を表した[3]。

成立年には資料間の差がある。10代半ば(15歳ごろ)に考えたとする点は概ね共通するが、完成を1824年・1825年とする資料と、1829年とする資料に割れている。1829年は、方法を記した本を出版した年とする資料が多い[4]。年を1つに断定しないのは、このためだ。

ブライユは1852年1月6日に43歳で没し、没後100年の1952年に遺骨がパリのパンテオンに移された[4]。公式に採用されたのは1854年(パリ)とする資料がある。

5. 日本では、五十音を 6点で あらわした

5. 日本語の五十音への当てはめ

5. 日本点字の成立 ── 石川倉次案の採用(1890)

日本語の 文字は、あいうえおから はじまる 五十音が もとに なります。点字では、母音の 部分と、子音の 部分を、点の 場所に わりふって います[1]。

たとえば、か行は、あ行の 形に、右下の 点を 1つ 足した ものです[1]。ルールが あるから、おぼえやすく なります。

1890ねん11月1日、日本の 点字が 決まりました。いくつかの あんの 中から、いしかわ くらじさんの あんが えらばれたのです[6]。この日が「点字の 日」に なって います[6]。

日本語の五十音は、点字では、母音を表す部分(①②④の点)と、子音を表す部分(③⑤⑥の点)の組み合わせでできています。たとえば、か行は、あ行の形に子音を表す⑥の点を加えたものです[1]。

1889年には、東京盲唖学校の遠山邦太郎が、ブライユ点字を五十音で表す6点案を発表しました。いくつかの案がありましたが、1890年(明治23年)11月1日の第4回選定会で、石川倉次の案が採用されることに決まりました[6]。この日が「点字の日」とされています。

石川案は、母音と子音を決まった点の位置に対応させています。1901年には官報で「日本訓盲点字」として公布されました[5]。

五十音は、母音部(①②④)と子音部(③⑤⑥)の組み合わせで構成される。例えばか行は、あ行の形に子音を示す⑥の点を加えて表す[1]。

日本への導入では、1889年に東京盲唖学校の遠山邦太郎(とおやま くにたろう)がブライユ点字を五十音で表す6点案を発表した。複数の案から、1890年(明治23年)11月1日の第4回選定会で石川倉次(いしかわ くらじ)の案が採用され、翻案事業は終了した。この日が「点字の日」である[6]。

石川案は、母音と子音を決まった点の位置に対応させている。1901年に官報で「日本訓盲点字」として公布された[5]。

6. 点の かずを かぞえて みよう

6. 点の数と通りの数を、自分で数えてみる

6. 出口 ── 2の6乗を手で確かめる/原典に当たる

かみに、○を 1つ かきます。ここに 点が ある ときと ない とき、2とおりです。

○を 2つに すると、「ある・ない」の くみあわせは 4とおり。3つに すると 8とおり。○が 1つ ふえるごとに、とおりの かずが 2ばいに なります。

6つまで かぞえて みましょう。64に なるでしょうか。12こ だったら、どうなるでしょう。おうちの人と、やり方を くらべても おもしろいです。

まちの エレベーターの ボタンなどで、点字を 見かける ことが あります。見つけたら、目で 見るだけに して、6つの 点の ならびを かぞえて みて ください。

紙に、○を1つ書きます。点が「ある」「ない」の2通りです。○を2つに増やすと4通り、3つで8通り、と、点が1つ増えるごとに通りが2倍になります。

6つまで数えて、2の6乗の64になるか確かめてみてください。12個ならどうなるでしょうか。計算すると、4096通りです。点が2倍の12個でも、通りの数は、6個の64倍になります。それでも、枠を小さくした6個のほうを選んだ点が、ブライユの工夫でした。

身近な場所の点字は、目で見るだけで、6点のならびを数えてみるとよいでしょう。原典に当たるなら、大阪府の「点字のしくみ」が日本語で読めます[1]。ブライユについては、AFB(アメリカ盲人援護協会)の解説が詳しいです[2]。

手で数えてみる。○を1つ書くと「点あり/なし」の2通り、2つで4通り、3つで8通り。点が1つ増えるごとに通りは2倍になり、6つで2⁶=64、12個なら2¹²=4,096通りである。

12点なら、6点の64倍の通りを作れる計算になる。それでも、ブライユは枠を小さくした6点を選んだ[2]。使える記号の数より、指先でマス全体の形をとらえやすくすることが選ばれたといえる。

原典に当たるなら、大阪府「点字のしくみ」(日本語)[1]、AFBの解説[2]、History.comの記事[3](後の2つは英語)が入り口になる。石川倉次と日本点字の成立は、ウィキペディア「石川倉次」[6]から関連資料をたどれる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:大阪府の解説ページ、AFBとHistory.comの解説、ウィキペディア(ルイ・ブライユ・点字・石川倉次)を使った。ウィキペディアは要約として使い、年号は複数の資料の食い違いを本文に書いた。

  1. 大阪府「点字のしくみ」。 https://www.pref.osaka.lg.jp/o180090/chikikyoiku/dokusyojyoho/tenjinosikumi.html (6点のマス、点番号、五十音の作りについて)
  2. AFB(American Foundation for the Blind)「Louis Braille」関連ページ。 https://afb.org/node/16635 (夜間文字の12点と、6点への半減について)
  3. History.com「Louis Braille」。 https://www.history.com/articles/louis-braille-reading-writing-system-blind (バルビエ式が音を写すこと、ブライユ式との違いについて)
  4. 「Louis Braille」英語版ウィキペディア。 https://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Braille (生い立ち、入学、成立年の食い違い、没年について)
  5. 「点字」日本語版ウィキペディア。 https://ja.wikipedia.org/wiki/点字 (63通り、日本訓盲点字の公布について)
  6. 「石川倉次」日本語版ウィキペディア。 https://ja.wikipedia.org/wiki/石川倉次 (日本点字の選定会と採用の日付について)

なおした ところ

更新履歴

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