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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ボタンは、どうして ふくを とめられるように なったの?

ボタンは、なぜ服を留められるようになったのか 穴の発明と服の変化

ボタンは飾りから留め具へ 13世紀のボタンホールと、日本の「ボタンの日」

分野:歴史・文化

いちばん 古い ボタンの ひとつは、5000ねんほど 前の 貝かいで できた もので、ふくを とめる ために ついて いなかった と いわれます。かざりだったのです。

では、ボタンは いつから、ふくを とめる ものに なったのでしょう。ヒントは、ボタンではなく、その となりの 「穴あな」に ありました。

最古級のボタンとされるものは、約5000年前の貝でできています。ところが、それは服を留めるためのものではなく、飾りだったと考えられています[1]。

では、ボタンはいつ、どうして留め具になったのでしょう。カギは、ボタンではなく、それを通す「穴」の発明にありました。ボタンが留め具になった理由と、日本でボタンが広まったわけが分かります。

最古級とされるボタンは、インダス地方のモヘンジョダロで見つかった、湾曲した貝製の品で、約5000年前のものとされる。だが資料は、これを留め具というより飾りとして使われたものと説明している[1]。

ボタンが服を留める道具になったのはいつか。答えはボタンそのものではなく、ボタンホールの登場(13世紀とされる)と、体に合わせた服の流行にあった。日本語の「ボタン」の由来と、11月22日の「ボタンの日」のわけも分かる。

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1. いちばん 古い ボタンは、なにに つかったの?

1. 最古のボタンは、飾りや印だった

1. 最古級のボタン ── モヘンジョダロの貝と、「最古」の異なる見方

インドの ちかくの モヘンジョダロという 古い まちの あとから、貝かいで できた 丸みの ある ボタンが 見つかって います。5000ねんほど 前の ものと いわれます[1]。

でも、このボタンは、ふくを とめる ためでは なく、かざりとして つかわれたと 考えられて います。もっと せまく 言うと、かざりや、しるしの ためです[1]。

「ボタン」と いっても、むかしは 今と ちがう しごとを して いたのですね。

ボタンの歴史をたどると、いちばん古い例のひとつは、インダス地方のモヘンジョダロで見つかった、曲がった形の貝製のものです。約5000年前とされ、留め具というより飾りとして使われたと説明されます[1]。

インダス文明では、ボタンやボタンに似た品物が、飾りや印として使われていました。見つかり始めるのは、前2800〜2600年ごろのコット・ディジ期からだといいます[1]。

ただし、「最古」は資料によって少しずれます。別の資料は、デンマークの湿地から出た鉄器時代(前1200〜450年)のボタンを、いちばん古い例だろうとしています[3]。そこで、ここでは「最古級の例のひとつ」と書いておきます。

最古級のボタンとされるのは、インダス地方のモヘンジョダロで見つかった、湾曲した貝製の品で、約5000年前とされる。資料は、ボタンが本来は留め具というより飾りとして使われたと述べる[1]。

同じ資料は、インダス文明のコット・ディジ期(前2800〜2600年ごろ)から、ボタンやボタン状の品が、留め具ではなく飾りや印章として出土すると記す。貝のボタンは前2000年までに飾り用に使われていたともいう[1]。「5000年前」と「前2800年ごろ」には幅があるため、年代は断定しない。

「最古」の書き方も一様ではない。ドイツ語の事典は、最古のボタンはおそらく鉄器時代(前1200〜450年)のもので、デンマークの湿地の発掘で見つかったと述べる[3]。インダス側の資料と食い違うので、「最古級の例のひとつ」とするのが安全だろう。

2. ボタンが なかった 時代、ふくは どう とめたの?

2. ボタンの前は、ブローチの仲間で留めていた

2. ボタン以前 ── ローマの fibula と、かぶって着る服

ボタンが かざりだった ころ、ふくは どうやって とめて いたのでしょう。

たとえば ローマの 人たちは、大きな あんぜんピンのような とめぐを つかって いたと いわれます[4]。ブローチ、とも よばれる ものです。

あたまから すっぽり かぶって 着る ふくなら、とめぐは あまり いりません。とめぐが たくさん いるように なるのは、前が ひらく ふくです。

ボタンが飾りだった時代、服はどうやって留めていたのでしょうか。たとえばローマ人は、大きな安全ピンのような留め具を使っていたといわれます。ラテン語で fibula と呼ばれるブローチです[4]。

服が体にゆったりしていて、頭からかぶって着られるなら、留め具は多くいりません。逆に、体にぴったりして頭からかぶれない服なら、前を開けて着るしかなく、しっかりした留め具が必要になります[3]。

つまりボタンの出番は、服のつくり方が変わるまで、まだ来ていなかったのです。

ローマ人は、大型で精巧な安全ピンのような留め具、すなわちブローチ(ラテン語で fibula)で服を留めていたとされる[4]。

ここで大事なのは服の形だ。ドイツ語の事典は、ボタンが一般に広まったのは体にぴったりした服が流行してからで、そうした服は頭からかぶれなかったから、と説明する[3]。かぶって着る服なら、留め具はほとんどいらない。前を開けて着る服が増えて、はじめて留め具の需要が大きくなる、という筋道である。

3. 「穴あな」の はつめいで、なにが かわったの?

3. 13世紀、ボタンと穴の組み合わせが生まれた

3. ボタンホールの発明 ── 13世紀という時期と、発祥地を断定しない理由

ボタンが ふくを とめる ものに なる ために、いちばん 大切だったのは、ボタンを とおす 穴あな、つまり ボタンホールです。

ボタンと ボタンホールを くみあわせる やりかたは、13世紀せいきごろに できたと いわれます。ドイツで さいしょに あらわれた と する しりょうも あります[1][2]。

ただし、どこで はじまったかは、はっきり いえません。

ボタンだけでは、ふくは とまりません。ボタンと 穴あなが ならんで、はじめて 「とまる」のです。かぎと かぎあなの ような ものですね。ただし ほんとうの かぎは、もっと ふくざつです。

ボタンと、それを通すボタンホールの組み合わせは、13世紀ごろに生まれたといわれます[2]。ボタンホールで服を留めることがドイツで最初に現れたとする資料もあります[1]。ただし、発祥の地までは決めきれないので、場所は断定しません。

ボタン自体は、それより前からありました。13世紀には、輪や環でボタンを受ける形が再び現れるとも説明されます[3]。穴の前は、輪に引っかける形が先だったということです。

ボタンだけでは、服は留まりません。ボタンに合う穴ができて、初めて服がぴたりと閉じます。主役は、ボタンではなく穴だったのかもしれません。

ボタンと、それを通すボタンホールの組み合わせは、13世紀の発明とされる[2]。英語版のWikipediaは、ボタンホールで服を留めることがドイツで最初に現れたとする[1]。ただし、発祥地を一つに決められるほどの裏づけは、集めた資料の範囲では確かめられなかった。発祥地は断定せず、13世紀という時期のみを採る。

ボタン自体は13世紀以前にも存在した。事典は、13世紀に輪や環でボタンを受ける形が再び現れると述べる[3]。留め具としてのボタンは、穴の発明だけで生まれたのではなく、輪から穴へという工夫の積み重ねの中にあったと読める。

4. どんな ふくが ボタンを ひろめたの?

4. 体にぴったりの服が、ボタンを広めた

4. 14世紀の流行 ── 小さなボタンを並べた服と、残された服の断片

ボタンが ひろまったのは、13から14世紀せいきごろです。この ころ、体に ぴったり あう ふくが はやりました[3]。

ぴったりの ふくは、あたまから かぶれません。だから、前を ひらいて 着る ことに なり、ボタンなどの とめぐが やくに たちました。14世紀せいきの フランスでは、小さな ボタンを ずらりと ならべた ふくが はやったそうです[2]。

ロンドンの はくぶつかんには、そでの きれはしが のこって います。ボタンで とめる ふくが 本当に あった、しょうこです[4]。

ボタンが広く使われるようになったのは、13〜14世紀に、体にぴったりした服が流行してからです。こうした服は頭からかぶれないので、前を開けて着る必要があり、ボタンなどの留め具が役立ちました[3]。14世紀のフランスでは、小さなボタンをたくさん並べた服がはやったと伝えられます[2]。

この時代の「ボタンで留める服」は、想像ではなく、現物が残っています。ロンドン博物館には袖の断片があり、シャルル・ド・ブロワという人物のプールポワン(1360年代のもの)も伝わっています[4]。

体の線に合わせて服を仕立てたい人にとって、ボタンと穴は、ちょうどよい道具だったのでしょう。

ボタンが広まったのは、体にぴったりした服が流行した13〜14世紀とされる。頭からかぶれない服には、留め具が必要だった[3]。14世紀のフランスでは、小さなボタンを多数並べた服が流行した[2]。

証拠は現物にも残る。14世紀の機能するボタン付きの服として、ロンドン博物館の袖の断片や、シャルル・ド・ブロワのプールポワン(1360年代)などが挙げられている[4]。文字資料だけでなく、実物が残っている点が、この節の裏づけになる。

5. ボタンは、なにで つくられたの?

5. 木や骨から、大量生産へ

5. 素材と大量生産 ── 木・骨から16〜17世紀へ

むかしの ボタンは、木や、動物の 骨ほねで つくる ことが 多かったそうです[3]。青銅せいどうや ガラスで できた ボタンも ありました。

おいわいの ときの ふくには、金や ぎんの ボタン、宝石ほうせきを つかった ボタンも つくられました[3]。

16から17世紀せいきには、ボタンが たくさん つくられるように なりました。フランスで とくに さかんだったと いわれます[5]。

ボタンの素材は、木や骨が多く、青銅・銅・真鍮・ガラスのものもありました[3]。儀式用には、金や銀、琥珀や珊瑚を使った飾りボタンも作られたとされます[3]。

16〜17世紀になると、ボタンは大量に作られるようになり、フランスで特に発達したと説明されます[5]。婦人服に今のようなボタンが使われるのは、19世紀になってからだといいます[5]。

素材は木や骨が中心で、青銅・銅・真鍮・ガラスのものもあった。儀式用には、金銀や、琥珀・珊瑚といった宝石をあしらった飾りボタンが作られた[3]。

16〜17世紀には大量生産が始まり、フランスで特に発達した。婦人服に現代のようなボタンが使われるのは19世紀になってからとされる[5]。

6. 日本の ボタンは、いつから?

6. 日本のボタンと、11月22日の「ボタンの日」

6. 日本語の「ボタン」、明治の国産化と1870年の制服

「ボタン」という ことばは、ポルトガルの ことばから きたと いわれます。ほかの せつも あり、はっきり きまって いません[6]。

日本では、江戸えどの おわりごろに、牛の ほねや 金ぞくの とめぐが つくられ はじめました。ほんとうの ボタンづくりが はじまったのは、明治めいじに なってからです[5]。

11月22日は「ボタンの日」です。1870ねん(明治めいじ3ねん)の この日、海軍かいぐんが ヨーロッパふうの 制服せいふくを 決めた ことに ちなんで います[7]。

日本語の「ボタン」は、ポルトガル語の botão などから来たとされます。ただし語源には諸説あり、はっきりしません[6]。

日本では、江戸時代の終わりごろから牛の骨や金属の留め具が作られ始めました。本格的なボタンの製造は、明治になってからです[5]。軍隊の制服の需要が、国産化を進めたともいわれます[5]。

11月22日は「ボタンの日」です。1870年(明治3年)のこの日に、日本海軍が欧州式の制服(ネイビールック)を採用し、ボタンの数などを決めたことにちなみ、1987年に日本釦協会が決めました[7]。

日本語の「ボタン」は、ポルトガル語の botão などに由来するとされる。伊勢貞丈の『安斎随筆』には、ポルトガルでブタンと言うのを言い誤って日本でボタンと言う、という趣旨の記述があると紹介される。漢字の「釦」は当て字とされる。ただし語源は、古ラテン語やゲルマン語に求める説もあり、一つには定まらない[6]。

日本では江戸時代末期に牛骨や金属の留め具が作られ始め、本格的なボタンの製造は明治以降とされる。軍隊の制服の需要が国産化を進めた[5]。

11月22日の「ボタンの日」は、1870年(明治3年)のこの日に日本海軍が欧州式のネイビールックを制服に採用し、金地に桜の花をあしらったボタンの数などを定めたことに由来する。1987年に日本釦協会が制定した[7]。

7. じぶんでも たしかめて みたく なったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

やってみよう。おうちの ふくで、ボタンと 穴あなを 見くらべて みましょう。ボタンは 穴あなより 少し 大きい でしょうか。ボタンを 穴あなに とおすと、どんな ふうに ひっかかって とまるでしょうか。

もう ひとつ。ふくの ボタンが、なにで できて いるか 見て みましょう。ぷらすちっく、貝、ぬの。むかしの 木や ほねの ボタンとは、なにが ちがうでしょうか。

次のようなことを、調べたり試したりできそうです。

  • 家にある服で、ボタンとボタンホールを見くらべてみましょう。穴はボタンより少し小さいでしょうか。ボタンを通したとき、どこが引っかかって留まるのかを、指で確かめます。
  • ボタンの素材を見てみましょう。プラスチック、貝、布などがあるでしょうか。木や骨で作られていた昔のボタンとは、何が違うでしょうか。
  • ボタンホールの向きと大きさを、シャツの前と袖口などで比べてみましょう。穴は縦でしょうか、横でしょうか。場所によって違いがあるでしょうか。

資料を読むなら、次のような疑問が残っている。

  • ボタンホールの発祥地について、13世紀のどんな一次資料や研究が手がかりになるのか[1][2]。
  • 「最古」のボタンは、モヘンジョダロの貝か、デンマークの鉄器時代の例か。年代の測り方や、「ボタン」の定義がどう違うのか[1][3]。
  • 「ボタンの日」の由来となった明治3年の制服の定めは、一次資料(海軍の達)ではどう書かれているか。ボタンの数は要約でしか確認できていない[7]。
  • 手元の服で、ボタンとボタンホールを見くらべ、留まる仕組みを自分の言葉で説明してみる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、次の資料を突き合わせて書きました。年代や発祥地が資料で食い違う点は、本文にそう書いています。

  1. Wikipedia "Button". https://en.wikipedia.org/wiki/Button (最古級のボタン、インダス文明、ボタンホールの起源について)
  2. Kinderzeitmaschine "Was macht ein Knopf ohne Knopfloch?". https://www.kinderzeitmaschine.de/mittelalter/spaetmittelalter/lucys-wissensbox/wissenschaft/was-macht-ein-knopf-ohne-knopfloch/ (13世紀の発明、14世紀フランスの服について)
  3. Mittelalter-Lexikon "Knopf". https://www.mittelalter-lexikon.de/wiki/Knopf (鉄器時代のボタン、体にぴったりの服、素材について)
  4. Frock Flicks "Buttoning Up the Myth About Buttons". https://frockflicks.com/buttoning-up/ (ローマ人の留め具と、14世紀の現物について)
  5. Wikipedia日本語版「ボタン (服飾)」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ボタン_(服飾) (大量生産、婦人服、日本での製造の始まりについて)
  6. Wikipedia日本語版「ボタン」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ボタン (日本語の「ボタン」の語源について)
  7. PR TIMES MAGAZINE「ボタンの日」。 https://prtimes.com/magazine/today/button-day/ (11月22日の由来について)

なおした ところ

更新履歴

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