1. 目の ない 魚は、どこに すんで いるの?
1. 洞窟にいる目のない魚と、川にいる同じ種の魚
1. メキシカンテトラの洞窟型と表層型 ── 同種の2つの集団
この 魚は、メキシカンテトラと いう 魚の なかまです。おなじ しゅなのに、川に すむ 魚と、洞窟に すむ 魚が います[1]。
洞窟の 魚は、目が ありません。くらい ところで 生きる うちに、目が なくなったと 考えられて います。目の 話は、ほかの 記事で くわしく 読めます。ここでは、体の 中の はたらきに 目を むけます。
その はたらきの ひとつが、血の なかの さとうの りょう、「けっとうち」です。人は ごはんを 食べると 上がり、しばらくすると もとに もどります。
メキシカンテトラは、同じ種のなかに、川にすむ表層型と、洞窟にすむ集団がいます[1]。洞窟の魚は目が退化していますが、この記事で見るのは、目ではなく体の中のはたらきです。目の話は、洞窟の生きものを扱った別の記事にあります。
注目するのは血糖値です。食べ物を食べると血液中の糖が増え、ふつうはしばらくすると元に戻ります。この「戻る力」に、表層型と洞窟型で差があることが、研究で見つかりました。
2. どのくらい 高いの?
2. 食後1時間と、8時間後の血糖値
2. 査読前の版に見る数値 ── 食後1時間と、ブドウ糖負荷8時間後
2017ねんに 出た、はじめの ほうこくを 見て みます。まだ せんもんかの チェックを うける まえの ものです[2]。
ごはんを 食べて 1時間 たった とき、川の 魚は 51 でした。洞窟の 3つの むれは、63、76、92 です。いちばん 高い むれは、川の 魚の 2ばいに ちかい 数です[2]。
もっと ふしぎなのは、8時間 あとです。川の 魚は、ふつうの 126 に もどりました。ところが、ある 洞窟の 魚は、374 の ままでした(どちらも mg/dL という たんいの 数です)。ふつうの 3ばいです[2]。
ボールを かごに いれても、なかなか かごが からに ならない ような ものです。ただし ほんとうは、魚の 体の なかは、ボールほど かんたんでは ありません。
2017年に公開された査読前の報告(プレプリント)を見ます。査読を経た最終版では、食後1時間の数字が少し変わっているようです[2]。
食後1時間の血糖値は、表層型が51 mg/dL(血液1デシリットルあたりの糖の重さ)でした。洞窟の3集団は、63、76、92 mg/dLです。いちばん高い集団は、表層型の約1.8倍になります[2]。
差がはっきり出たのは、糖を与えたあとの回復です。ブドウ糖を与えて8時間後、表層型は基準値(平均126 mg/dL)に戻りました。ところがティナハ洞窟の魚は、平均374 mg/dLのままでした。約3倍です[2]。
一度上がった血糖値が、なかなか下がらない体、ということになります。
以下の数値は、2017年の bioRxiv プレプリント(Riddle ほか)による。査読前の版で、Nature 最終版では食後1時間の値が異なる(表層型47、Tinaja 64 mg/dL とされる)[2]。
食後1時間の血糖値は、表層型が51 mg/dL、洞窟3集団(Tinaja・Pachón・Molino)が63・76・92 mg/dL。最大の Molino は表層型の約1.8倍(92÷51)にあたる[2]。ブドウ糖負荷試験の8時間後、表層型は基準値(平均126 mg/dL)に戻ったが、Tinaja 集団は平均374 mg/dL のままだった(約3倍、374÷126)[2]。
血糖値が上がったあとの回復が遅い、という点で、耐糖能の低下に似た状態だ。ただし、ここに挙げたのは査読前の数値だ。
3. すいぞうが さぼって いるの?
3. 「細胞が聞いていない」 ── インスリンが効かない体
3. インスリン抵抗性とインスリン受容体の変異
血の さとうを 下げる はたらきを するのは、「インスリン」と いう ものです。すいぞうで つくられます。
この 魚の すいぞうは、ちゃんと インスリンを 出して いる そうです。さぼって いるのでは ありません。ところが、体の 細胞が、インスリンに はんのうしにくい ようだと、せつめいされて います[3]。
その わけの ひとつが、受容体です。受容体は、インスリンを 受けとる 「みみ」のような ものです。いくつかの 洞窟の むれの 魚は、この 受容体が ふつうと ちがって いました。インスリンと くっつきにくく、血の さとうが 高くなる 一つの わけに なると 考えられて います[1]。
同じ ちがいを、ゼブラフィッシュと いう ほかの 魚に つけると、体が 重くなって、インスリンが ききにくく なりました[1]。
血糖値を下げるホルモンがインスリンで、すい臓で作られます。この洞窟魚のすい臓は、インスリンを正常に作っているといいます。問題は、細胞がインスリンに反応しにくい状態になっていることで、これをインスリン抵抗性と呼びます[3]。
原因の一つとして、インスリン受容体(インスリンを受けとる部分)の変異が見つかりました。複数の洞窟集団がこの変異をもち、試験管の中では、インスリンとの結合が弱くなります。これが高血糖の一因とされます[1]。
確かめる実験もありました。同じ型の変異を入れたゼブラフィッシュでも、体重が増え、インスリンが効きにくくなりました[1]。変異の名前は版によって書き方がちがう可能性があるので、ここでは出しません。
インスリンはすい臓で作られ、血糖を下げる。解説記事によれば、この洞窟魚のすい臓はインスリンを正常に作っており、標的の細胞がインスリンに反応しにくい状態にある[3]。
一因として、複数の洞窟集団がインスリン受容体に変異をもち、この変異は試験管内でインスリンとの結合を弱める[1]。同型の変異を入れたゼブラフィッシュでも、体重増加とインスリン抵抗性が出た。プレプリントでは、変異ホモ接合体が 20.0 mm 対 18.4 mm、124.6 mg 対 99.7 mg と大きかった[2]。変異名は版で表記が異なりうるため、記さない。
原因を1つの変異に還元はできない。著者らも「一因」と位置づけており、この節では、ほかの要因には触れない。
4. 血の さとうが 高くても、だいじょうぶ?
4. 合併症の物質はたまらず、飼育下で15年以上生きる
4. 糖化最終産物と寿命 ── 高血糖でも障害が見えない
人の びょうきの ひとつ、とうにょうびょうでは、血の さとうが 高い ことで、体に よくない ものが たまり、いろいろな 病気の もとに なると いわれます。
この よくない ものは、さとうと たんぱくしつが くっついた「AGEs」と いいます。この 魚に たまって いないか、はじめの ほうこくで しらべられました。洞窟の 魚の うち、ティナハと パチョンの 魚では、川の 魚と ほとんど おなじでした。ただ、モリノと いう 洞窟の 魚では、川の 魚より 高い 数が でて います[2]。
また、へやの 中で かうと、どちらの 魚も 15年より 長く 生きました。たまごを うむ 力の おとろえかたにも、目立つ ちがいは ありませんでした[2]。
ただし これは かって いる ときの 話です。しぜんの 中での 寿命は、わかって いません。
人の糖尿病では、高い血糖が続くと、糖とたんぱく質が結びついた「糖化最終産物(AGEs)」がたまり、合併症に関わるとされます。洞窟魚ではどうなのかも調べられました。
プレプリントでは、ティナハ洞窟とパチョン洞窟の魚のAGEsは、表層型と差がありませんでした(平均9.7、9.3、8.9 µg/ml)。ただしモリノ洞窟の魚は、表層型より高い値が報告されています[2]。
実験室で飼うと、表層型も洞窟型も15年以上生き、繁殖力の落ち方にも目立つ差がありませんでした[2]。解説では、洞窟魚は高い血糖のまま健康に暮らし、老化の兆しは親戚の魚より遅く見える、とも書かれています[3]。
ただし、これは飼育下の話です。野生の洞窟での寿命は分かっていません。
糖尿病の合併症には、糖化最終産物(AGEs)が関わる。プレプリントでは、Tinaja と Pachón の洞窟魚の AGEs は表層型と差がなかった(平均 9.7・9.3・8.9 µg/ml)。一方 Molino 集団は表層型より高かった(14.1 対 8.9 µg/ml、P=0.03)[2]。
寿命については、実験室で表層型も洞窟型も15年以上生き、繁殖力の低下にも目立った差がなかった[2]。JEB の解説は、洞窟魚は高い血糖のまま健康に生き、老化の兆候はむしろ遅く見える、とまとめる[3]。
限界は明確だ。これは飼育下の観察で、野生の寿命ではない。また、AGEs の数値はプレプリントに基づく。
5. 食べ物が すくない 洞窟で、なにが 役に立つの?
5. 食べ物が乏しい洞窟では、有利だったのか
5. 「飢えと饗宴」仮説 ── 体重・脂肪・絶食耐性
研究した 人たちは、こう 考えました。洞窟の 中は、食べ物が とても すくなく、たまに どっと 入って くる ことが あります。そんな くらしでは、食べた ときに、体に ためこむ 力が 役に 立つのでは ないか、と[4]。
たとえば、かわった 受容体を もつ 魚は、もたない 魚より、やく 27パーセント 重く なりました。1.28グラムと 1.63グラムです[2]。
洞窟の 魚は、食べ物が ない 時間にも 強く、脂肪を 早くから たくさん ためると いわれます[4]。
雪の 多い 冬に そなえて、ドングリを ためこむ リスに にて います。ただし、これは 考え方の せつめいで、魚で しくみが わかった わけでは ありません。
著者らは、インスリンが効きにくく、体が大きくなりやすい性質が、食べ物の乏しい洞窟で役に立った、と考えました。変異をもつ交雑魚は、もたない交雑魚より、約27%重くなりました(1.63 g 対 1.28 g、1.63÷1.28≒1.27)[2]。体が大きく脂肪をためやすいことが有利に働く、というのが著者らの見方です。
洞窟魚は絶食に強く、内臓脂肪を早くから多くためる、とも報告されています。低栄養の条件で生き残りやすく、高血糖、体脂肪の増加、インスリン抵抗性が組み合わさっている、という整理です[4]。
食べ物がまれにしか手に入らず、来たときにどっと来る環境を「飢えと饗宴」の暮らしと呼びます。そんな環境では、来たときに脂肪に蓄える体が有利だったのかもしれません。ただし、これは仮説で、決着した話ではありません。
Riddle ほか(2018)は、洞窟という低栄養環境への適応として、インスリン抵抗性を位置づけた[1]。プレプリントでは、変異をもつ交雑魚は、もたない交雑魚より約27%重かった(1.63 g 対 1.28 g、比は約1.27)[2]。体が大きく脂肪をためやすいことが、食べ物が少ない洞窟で有利に働く、と著者らは考える。
洞窟魚の代謝産物を網羅的に調べた研究(bioRxiv)は、洞窟魚が低栄養条件での生存に優れ、高血糖、体脂肪の増加、インスリン抵抗性と結びつくと述べる[4]。絶食への強さと内臓脂肪の早期の蓄積は、間欠的に大量の食物を得る「飢えと饗宴」の暮らしに合う、と考えられている。
これは適応の仮説であって、洞窟での実際の給餌頻度や、適応度の差は、この節の出典だけでは示せない。
6. まだ わからない ことは?
6. 「なぜ健康でいられるのか」は、まだ分かっていない
6. 補償的な適応の中身は未解明 ── 人への応用は主張できない
いちばん 知りたい ことは、まだ わかって いません。血の さとうが 高くても、この 魚が 元気で いられる わけです。体の 中に、うめあわせを する しくみが あるのだろう、と 考えられて いますが、その 中身は これからの 研究です[3]。
もうひとつ。人では、この 受容体の ちがいが あると、せの のびが 悪く なります。魚では、反対に 体が 大きく なります。この ちがいの わけも、まだ わかって いません[3]。
人の 病気に 役立つと 決まった わけでは ありません。
洞窟魚が健康でいられる理由は、まだ分かっていません。解説では、何かを埋め合わせる適応(補償的な適応)があるはずだが、その具体的な中身は未解明だ、と述べられています[3]。
もう一つの謎があります。同じ受容体の変異は、人間では成長を妨げるのに、魚では体が大きくなります。その理由も分かっていません[3]。
「洞窟魚が人の糖尿病の治療のヒントになる」と言い切れる根拠はまだありません。出典が述べているのは、可能性の示唆までです。
解説記事(J Exp Biol)は、洞窟魚が高血糖でも健康でいられる理由について、補償的な適応の具体的な性質はまだ不明だと述べる[3]。同じ受容体変異が人では成長を妨げ、魚では体を大きくする理由も、未解明として残る。
人間の医療への応用は、出典が示唆する範囲にとどまり、この記事は主張しない。飼育下の長寿であって野生の寿命は不明であること、数値の一部がプレプリントに基づくことも、留意点だ。
7. もっと 知りたく なったら
7. 数字をグラフにして、形を見る
7. 出口 ── 原論文の図と、版のちがいを読む
この 魚の 話は、とちゅうです。おうちの 人と、しくみを ひとつ えらんで、絵に かいて みましょう。「すいぞうが インスリンを 出す」「細胞が うけとる」の 2つを、魚の 体の 中を そうぞうした 絵に して、うけとりにくい ところを かくと、分かりやすく なります。人の 体の 絵とは べつに して ください。
そのあと、図書館で 魚の 本を かりて、洞窟の 魚の くらしを 調べて みるのも、いいですね。
このテーマは、解説と原論文で、図の見え方がかなりちがいます。この記事の数字を使って、血糖値の変化を紙にグラフで描いてみてください。
横に「食後1時間」と「8時間後」、縦に血糖値をとり、表層型(51→126)とティナハ洞窟型(食後1時間は63、8時間後は374)の点を結びます。線の形のちがいを見ると、「上がったあとに戻るか、戻らないか」という差が目で分かります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:洞窟魚の血糖に関する論文(要旨・査読前の版)、解説記事、代謝産物の研究を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- Riddle ほか (2018)「Insulin resistance in cavefish as an adaptation to a nutrient-limited environment」Nature 555:647–651(ミネソタ大学の研究者情報に掲載の要旨)。https://experts.umn.edu/en/publications/insulin-resistance-in-cavefish-as-an-adaptation-to-a-nutrient-lim/ (洞窟型のインスリン抵抗性、受容体の変異、ゼブラフィッシュの実験)
- Riddle ほか (2017) bioRxiv プレプリント(査読前の版)。https://www.biorxiv.org/content/10.1101/179069v1.full (血糖値の数値、AGEs、飼育下の寿命、体重の差)
- 「Insulin-resistant cavefish avoid diabetes」Journal of Experimental Biology の解説。https://journals.biologists.com/jeb/article/221/11/jeb170050/34177/Insulin-resistant-cavefish-avoid-diabetes (すい臓は正常で細胞が応答しないこと、健康に生きること、未解明の点)
- 洞窟魚の代謝産物の網羅解析(bioRxiv, 2020)。https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.10.27.358077v1.full (絶食への強さと脂肪の蓄積、低栄養環境との関係)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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