1. 時計の はりは、どこに あるの?
1. 針のない時計 ── ノーベル賞が説明したこと
1. 概日リズムとは何か ── 2017年の授賞理由
2017ねんの ノーベル賞は、3人の 学者に おくられました。草も、どうぶつも、人間も、地球が くるっと まわる 1日に、生きものの リズムを あわせて います。その しくみを 説明した ことが、りゆうです[2]。
ここで いう リズムは、やく 24時間で くりかえす、からだの リズムの ことです。「がいじつ リズム」と よばれます[1]。
では、そんな リズムを、からだは なにで つくって いるのでしょう。
2017年のノーベル生理学・医学賞は、ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバッシュ、マイケル・ヤングの3人に贈られました。理由は「概日リズムを制御する分子メカニズムの発見」です。概日リズムとは、約24時間の周期で繰り返す、体のリズムのことです[1]。
ノーベル委員会は、植物も動物も人間も、地球の自転に合わせて生物のリズムを整えている、その仕組みを説明した業績だと紹介しています[2]。
時計といえば、歯車やバネが思い浮かびます。体の中に、それに当たるものがあるのでしょうか。手がかりは、ハエにありました。
2017年のノーベル生理学・医学賞は、ホール、ロスバッシュ、ヤングの3氏に贈られた。授賞理由は「概日リズムを制御する分子メカニズムの発見」で、ショウジョウバエを用いた実験から、体内時計の遺伝子レベルの仕組みを分子のレベルで解明した点が評価された[1]。概日(サーカディアン)リズムは、約24時間の周期で繰り返す生物のリズムを指す。
ノーベル委員会の文面は、この成果を、植物・動物・人間が生物のリズムを地球の自転に同調させる仕組みの説明として位置づけている[2]。時計の実体が「遺伝子とたんぱく質」だという点が、以下の章の出発点になる。
その糸口は、1971年、1つの遺伝子に変異をもつハエの発見だった。
2. 19時間の ハエと 28時間の ハエ
2. 1971年、周期が19時間と28時間のハエ
2. 1971年の変異体 ── 無周期・19時間・28時間が同じ遺伝子座に
1971ねん、コノプカさんと ベンザーさんは、ショウジョウバエの なかで、かわった ハエの なかまを 3つ 見つけました[3]。
1ぴきめは、リズムが なくなって いました。2ひきめは、19時間で 1まわりします。3びきめは、28時間です。ふつうの ハエは やく 24時間ですから、はやい ハエと、おそい ハエが いた ことに なります。
おどろくのは、3びきとも、おなじ 1つの ばしょに わけが あった ことです。その 遺伝子は、「ピリオド」と 名づけられました[3]。1つの 遺伝子が かわるだけで、時計の はやさが かわるのです。
そのころ、リズムの けんきゅうは あまり たいせつに されて いなかった、と いう 説明も あります[4]。
1971年、ロナルド・コノプカとシーモア・ベンザーは、ショウジョウバエの中に、変異のある系統を3つ見つけました。1つはリズムが消えたもの、1つは周期が約19時間に短くなったもの、もう1つは約28時間に長くなったものです[3]。ふつうのハエの周期は約24時間なので、早回しのハエと、遅回しのハエがいたことになります。
3つの変異は、どれも同じ遺伝子の場所(X染色体の上)にありました。この遺伝子は period(ピリオド)と名づけられました[3]。1つの遺伝子が変わるだけで、時計が止まったり、速く進んだり、遅く進んだりする。時計の部品が遺伝子に書かれていることを、ハエが示したわけです。
ただ、当時は、体の状態を一定に保つ「恒常性」の考えが主流で、概日リズムの研究は長く顧みられなかったといわれます[4]。
1971年、コノプカ(Ronald Konopka)とベンザー(Seymour Benzer)は、ショウジョウバエで3つの変異体を同定した。1つは無周期、1つは周期が約19時間に短縮したもの、もう1つは約28時間に延びたものである[3]。野生型の周期はおよそ24時間で、19時間・28時間は変異体の値だ。
3つはいずれも同じ遺伝子座(X染色体上)に位置づけられ、その遺伝子は period と名づけられた[3]。1つの遺伝子座の変異が、周期を短くも長くも、消しもすることが、時計の実体が遺伝子にあることを示す最初の手がかりになった。ただし、19時間・28時間の値は総説の記述に拠っており、原論文の要旨とは照合できていない。
当時は、生体が内部環境を一定に保つ恒常性の考えが主流で、概日リズムの研究は長く軽く見られていたと解説されている[4]。ただしこれは解説記事の記述で、強く一般化しない。
次の課題は、この遺伝子の実体を取り出すことだった。
3. 遺伝子を 取り出した 2つの チーム
3. 1984年、遠く離れた2つの研究室で
3. 1984年の period 遺伝子の単離 ── 2つの研究グループがそれぞれ独立に成功
それから 13ねん あとの 1984ねん、ハエの 遺伝子から、ピリオドを 取り出す ことに、せいこうした 人たちが います[5]。
ホールさんと ロスバッシュさんは、ボストンの ブランダイス大学で。ヤングさんは、ニューヨークの ロックフェラー大学で。3人が いっしょに やったのでは ありません。べつべつの けんきゅうしつで、それぞれ せいこうしました[5]。
取り出せれば、その 遺伝子が つくる ものを しらべられます。つぎは、そこが 知りたく なります。
1971年から13年後の1984年、ピリオド遺伝子を取り出す(単離する)ことに成功した人たちが出ました。ホールとロスバッシュは、アメリカ・ボストンのブランダイス大学で。ヤングは、ニューヨークのロックフェラー大学で。共同研究ではなく、別々の研究室での成功でした[5]。
遺伝子が手に入ると、その遺伝子が何をつくり、いつ働くのかを調べられます。ここから、時計の中身に迫る研究が進みました。
1984年、ホールとロスバッシュ(ブランダイス大学)、およびヤング(ロックフェラー大学)が、それぞれ別の研究室で period 遺伝子を単離した[5]。3氏の共同研究ではなく、2つのグループがそれぞれ成功した点は、混同されやすい。
遺伝子が単離されたことで、その転写産物とたんぱく質を調べられるようになった。以下では、これらの解析で何が見えたかを整理する。
4. たんぱくしつが たまると、じぶんを とめる
4. たんぱく質が自分の遺伝子を止める ── フィードバックの輪
4. PER の蓄積と分解、period 遺伝子へのフィードバック
ピリオド遺伝子が つくる たんぱくしつは、「PER(ぺる)」と よばれます。PERは、夜の あいだに 細胞の 中に たまり、昼の あいだに こわれて へります[2]。
それだけでは ありません。PERが ふえると、PERを つくる もとの 遺伝子の はたらきを とめる、と いう 輪が あります[6]。1990ねんに、ハーディンさん、ホールさん、ロスバッシュさんが、そう 考えられる けっかを しめしました。
トイレの タンクを 思いだして みましょう。水が たまると、うきが 上がって、水が とまります。水を ながすと、また 水が はいって きます。PERも、たまると とめて、へると また ふえます。ただし 本当は、PERは 水では ありませんし、うきも ありません。たんぱくしつが 自分の 遺伝子に はたらく のです。
でも、たまって、とめて、へる。これだけなら、24時間より ずっと はやく くりかえしそうです。24時間に する、おくれは どこから 来るのでしょう。
ピリオド遺伝子がつくるたんぱく質は、PER(ペル)と呼ばれます。PERは、夜のあいだに細胞の中にたまり、昼のあいだに分解されて減ります。量が約24時間の周期で増えたり減ったりするのです[2]。
ポイントは、その先です。PERが増えると、PERをつくる自分の遺伝子の働きが止まります[6]。1990年、ハーディン、ホール、ロスバッシュは、遺伝子から写し取られるRNAの量が周期的に増えたり減ったりすることと、PERの働きがそれを調節していることを示しました。作るものが増えると、作る元が止まる。止まれば減り、減れば再び動き出す。この「輪」が、周期的な増減を生みます。
身近なものでたとえると、トイレのタンクです。水がたまると浮きが上がって水を止め、水を流すとまた入ってきます。ただし本当は、PERは水ではなく、浮きのような部品もありません。たんぱく質が、自分の遺伝子に働きかけているのです。
けれども、この輪が「ちょうど24時間」で回るには、時間の遅れがいります。それは誰がつくるのでしょうか。
period 遺伝子がコードするたんぱく質 PER は、夜のあいだに細胞内に蓄積し、昼のあいだに分解される。量が約24時間の周期で増減する[2]。
1990年、ハーディン、ホール、ロスバッシュは、period の RNA の量が周期的に増減し、per がコードするたんぱく質の働きがそれを制御するというフィードバックの輪を報告した[6]。PER が増えると自分の遺伝子の働きを抑え、PER が減ると抑えがゆるむ、という負のフィードバックである。なお、総説によれば RNA のピークは、たんぱく質のピークよりも数時間早い。この点は一般向けの解説では省かれやすい。
ただし、単純な負のフィードバックがそのまま約24時間を与えるとは限らない。周期を決めるには、たんぱく質が溜まって働くまでの時間の遅れが要る。その遅れをつくる部品が、次に見つかった。
5. 24時間に するための おくれ
5. 「遅れ」をつくる部品 ── timeless と doubletime
5. timeless と doubletime ── 周期に関わる「遅れ」
ヤングさんは、1994ねんに、2つめの とけいの 遺伝子を 見つけました。名前は、「タイムレス」。この 遺伝子が つくる たんぱくしつが なくては、ふつうの リズムに なりません[2]。
さらに、ヤングさんは 「ダブルタイム」と いう 遺伝子も 見つけました。この 遺伝子の たんぱくしつは、PERが たまるのを おくらせます。この おくれは、24時間に ちかい 長さに なる わけを 知る 手がかりの 1つだ、と 説明されて います[7]。
タンクの 水を 入れる 口を、すこし しぼった ところを 考えます。いっぱいに なるまで、時間が かかりますね。ダブルタイムも、そんな はたらきに にて います。ただし 本当は、口を しぼるのでは なく、たんぱくしつが たまる はやさを かえて いるのです。
1994年、ヤングは2つ目の時計遺伝子、timeless(タイムレス)を見つけました。この遺伝子がつくるTIMというたんぱく質は、正常なリズムに必要でした[2]。
ヤングはさらに、doubletime(ダブルタイム)という遺伝子も見つけました。DBTというたんぱく質は、PERがたまるのを遅らせます。この遅れは、周期が約24時間に近づく仕組みを理解する手がかりの1つだと説明されています[7]。
タンクの水を入れる口を少し絞ると、いっぱいになるまでに時間がかかります。DBTの働きは、それに近いものです。ただし本当は、口を絞っているのではなく、PERのたまる速さを変えているのです。
ここまでの話は、ハエの体の中のことでした。人間にも関わるのでしょうか。
1994年、ヤングは第2の時計遺伝子 timeless を見つけた。コードされる TIM たんぱく質は、正常なリズムに必要だった[2]。さらに doubletime 遺伝子が見つかり、DBT たんぱく質は PER の蓄積を遅らせる。この遅れは、約24時間の周期の成り立ちを理解する手がかりの1つとされる[7]。
整理すると、PER が増えて自分の遺伝子を止める輪に、DBT による遅れが加わることが、周期が約24時間に近づく仕組みの一部だ、という描像になる。周期を決める要因はこれだけとは限らない。なお doubletime の発見年は、今回の資料では確認できなかったので書かない。
このしくみが、ヒトを含む他の生物でどこまで当てはまるかは、次の章で見る。
6. にんげんの からだにも ある?
6. 人間の体にもある時計
6. ヒトへの拡張 ── 視床下部の中枢時計と、生活とのずれ
ハエで わかった しくみには、にんげんと 共通する ところが ある、と 説明されて います[7]。
からだの 時計は、ねむりだけでなく、おなかが すく きもちや、ホルモン、けつあつ、体温にも かかわって います。のうの おくの ほうに ある 中心の 時計が、それを たばねて いる のです[7]。
そして、時計と ふだんの くらしが ずれると、いろいろな 病気の なりやすさと 「かんけいが ある」と いわれて います。ただし、ずれだけが 病気の わけだと きめる ことは できません[7]。
ハエでわかった仕組みには、人間の体と共通する部分があると説明されています[7]。体内時計は、睡眠のほか、食欲、ホルモン、血圧、体温などに関わっています。脳の視床下部にある中枢時計が、それらをたばねているとされます[7]。
時計と生活のリズムがずれると、さまざまな病気のなりやすさと関連するといわれます。ただしこれは「関連がある」という話で、ずれが病気の原因だと決められるわけではありません[7]。
光との関係や、人間の時計遺伝子は、別のテーマで扱います。そこは、これから調べたくなるところです。
ノーベル委員会側の解説は、同じ原理にヒトと共通する部分があるとする。体内時計は睡眠、食欲、ホルモン、血圧、体温の調節に関わり、視床下部の中枢時計が司る。時計と生活のずれは、多様な疾患のリスク増加と関連するとされる[7]。
ここでの「関連」は因果を意味しない。光による時計の調整や、ヒトの時計遺伝子(PER1〜3 など)は、別のテーマとして扱いたい。
7. じぶんでも たしかめて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
3日間、夜に ねむく なった 時間と、あさに 目が さめた 時間を、メモして みましょう。ならべて みると、ふしぎな ことに 気づくかも しれません。だれかと くらべて、いい わるいを きめる ひつようは ありません。
としょかんで、「体内時計」の ほんを さがして みるのも、いいですね。
3日間、夜に眠くなった時刻と、朝に目が覚めた時刻をメモしてみましょう。並べてみると、自分の1日のリズムが見えてくるかもしれません。人と比べて、良い悪いを決める必要はありません。
図書館で「体内時計」の本を探して、この記事のトイレのタンクのたとえと、本の説明を見比べてみましょう。どこが同じで、どこが違うでしょうか。
この記事の数字と用語は、複数の資料を突き合わせて書いている。まず日本語の本や解説で「体内時計」「概日リズム」を調べ、この記事の説明と見比べるとよい。さらに原典に進むなら、次のことを確かめられる。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:報道、ノーベル委員会文面の転載、総説、解説記事を突き合わせて使った。原論文とノーベル委員会の元のページは、今回は開けなかったので、数字の一部は原典と照合できていない。
- 科学技術振興機構 サイエンスポータル(2017/10/2) https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20171002_02/index.html (授賞理由と3氏の名前について)
- ScienceDaily(2017年10月2日、ノーベル委員会プレスリリースの転載) https://www.sciencedaily.com/releases/2017/10/171002092603.htm (授賞理由、PERの増減、timelessについて)
- PNAS 1971年論文の50周年を紹介した記事・総説 (PMC) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6138759/ (1971年の3つの変異体について)
- ナショナルジオグラフィック日本版(睡眠科学の記事) https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/403964/110100077/ (当時の研究の受け止められ方について)
- Company of Biologists(2017年ノーベル賞の概日リズムの解説) https://www.biologists.com/nobel_circadian_rhythm/ (1984年の period 遺伝子の単離について)
- Hardin PE, Hall JC, Rosbash M (1990) Nature 343:536-540(period 遺伝子産物のフィードバックについての論文、PubMed の書誌)。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2105471/ (フィードバックの輪について)
- Lindau Nobel Laureate Meetings(2017年生理学・医学賞の解説ブログ) https://www.lindau-nobel.org/blog-the-workings-of-our-inner-clock-nobel-prize-in-physiology-or-medicine-2017/ (doubletime と、ヒトの体内時計について)
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