1. たべものは、うみを わたった
1. 「コロンブス交換」とは何か
1. 命名と定義 ── 1972年に生まれた歴史学の用語
むかし、大陸は ふたつの グループに わかれて いました。ヨーロッパと アフリカが 「ふるい 大陸」、アメリカが 「あたらしい 大陸」です。
1492年より あと、この ふたつを ふねが つなぎました。すると、たべものが 海を こえて うごきだしました。この うごきを 「コロンブス交換」と よびます[1]。
コロンブスさんが なづけたのでは ありません。れきしを しらべる 人が、1972年に つけた なまえです。
ふたつの 大陸で、たべものは ほとんど べつべつでした。どんな ものが わたったのか、見て いきましょう。
15世紀の終わりまで、ヨーロッパ・アフリカ(旧大陸)とアメリカ大陸(新大陸)は、海にへだてられ、それぞれの作物や家畜を育てていました。
1492年以降、船の行き来が始まると、植物・動物・病気が大西洋を渡るようになりました。この移動を「コロンブス交換」と呼びます。名づけたのは歴史学者のアルフレッド・クロスビーで、1972年のことです。コロンブス本人が使った言葉ではありません[1]。
クロスビーはインタビューで、作物のほとんどはどちらか片側の大陸だけのもので、それが海を渡ったと話しています。また、馬・牛・羊・ヤギは旧大陸の生まれだとも述べています[2]。
では、実際に何が渡ったのでしょうか。新大陸から旧大陸へ向かった側から見ていきます。
2. うしも うまも、ふねに のって わたった
2. 新大陸へ渡った家畜と小麦
2. 逆向きの流れ ── 第2回航海(1493〜1496年)の家畜と、小麦・オリーブ・ブドウ
いまの アメリカ大陸を おもいうかべると、うまや うしが いそうですね。クロスビーさんによると、うま・うし・ひつじ・ヤギは ふるい 大陸から きた どうぶつです[2]。
コロンブスの 2かいめの たびは、1493年から 1496年です。この たびで、うま・うし・豚・にわとりが ふねに のって、あたらしい 大陸に わたりました。たべものや、のりものに する ためです[1]。
スペインの 人たちは、小麦も もって いきました。オリーブや ブドウも、さいしょに はこんだ ものの ひとつです[1]。
かわりに、あちらの たべものが こちらへ やって きます。まずは、いもの はなしです。
3. かざりだった じゃがいも
3. ジャガイモは、最初は観賞用だった
3. ジャガイモ ── アンデスの高地、観賞用としての渡来、慶長年間の日本
じゃがいもは、南アメリカの アンデス山脈の、とても 高い ところで うまれた ようです。北は メキシコの 近くまで あります[3]。
ヨーロッパへは、16世紀の おわりごろ、スペインの 人が もちかえった と いわれます。でも、さいしょは たべず、はなを たのしむ ものとして そだてました[3]。
日本には、1600年ごろに、オランダの 人が 長崎に もちこんだ と いわれます[3]。なまえの 「じゃがいも」は、「ジャガタラ」から きた、と いう せつが あります。ジャガタラは、いまの インドネシアの ジャカルタの ことです。
かざりから ごはんの なかまに なるまで、なんねんも かかりました。
ジャガイモの原産地は、南米アンデス山脈から北はメキシコに及ぶ、標高3000〜4000メートル級の高地とされます[3]。
ヨーロッパには、16世紀末にスペイン人がインカ遠征の際に持ち帰ったとされますが、伝来の年は資料によって半ばから末まで揺れます。最初は食用ではなく観賞用の植物として育てられ、主要な作物になるのは18世紀後半です[3]。
日本へは、慶長年間(1600年前後)に、ジャカルタ(当時のジャガタラ)を拠点にしたオランダ人が長崎に持ち込んだといわれます。「ジャガイモ」の名は「ジャガタラ」に由来するという説があります[3]。
経済学者のニューンとチェンの研究は、ジャガイモの導入が、18〜19世紀の旧大陸の人口増加と都市化のかなりの部分を説明すると報告しています[4]。花のように眺められた植物が、のちに人びとの暮らしを支えた可能性があります。
日本いも類研究会の資料によれば、ジャガイモの原産地は、南米のアンデス山脈から北はメキシコに至る標高3000〜4000m級の高地とされる[3]。
ヨーロッパへは16世紀末にスペイン人がインカ遠征の際に持ち帰り、当初は観賞用だった[3]。伝来年は資料により16世紀半ばから末まで揺れるため、ここでは年を断定しない。18世紀後半には、主要作物になった[3]。
日本には、約400年前の慶長年間(1600年前後)に、ジャカルタを拠点とするオランダ人が長崎に入れたとされ、名称は「ジャガタラ」に由来するという説がある[3]。由来は説であり、確定した事実としては扱わない。
ニューンとチェンの研究(Quarterly Journal of Economics所収)は、ジャガイモの導入が18〜19世紀の旧大陸の人口増加と都市化の相当部分を説明すると結論した[4]。個別の増加割合は、この研究の推定であり、本メモでは数字を引かない。
4. トマトは、どくの くさに にて いた?
4. トマトソースがパスタに広がるまで
4. トマト ── アンデスからメキシコへ、ナポリのソースまで、日本では観賞用から
トマトも、じゃがいもと おなじ アンデスの 高い ところの うまれです。メキシコの 高原へ つたわり、アステカの 人たちが そだてる ものに なりました[5]。
イタリアの ナポリには、1554年に スペインの ふねが ついた とき、トマトの たねが のって いた と いわれます。でも、すぐに たべられた わけでは ないようです[5]。
それから 100年 いじょう たった、17世紀の おわりごろ、ナポリの おぼうさんが 「スペインふうトマトソース」を つくった と いわれます。パスタと トマトソースの くみあわせは、ここで きまった、と いう せつが あります[5]。
日本へは、1700年代の はじめごろ、かざる ための ものとして つたわった と いわれます[6]。
ごはんの おかずに なるのは、もっと あとの ことです。
トマトはナス科の植物で、ジャガイモと同じアンデス高地の生まれとされます。メキシコ高原に伝わり、アステカ族の栽培作物になりました[5]。
1554年にスペイン船がナポリに入港したとき、トマトの種が積まれていたといわれます。17世紀末には、ナポリの高位の聖職者ラティーニが「スペイン風トマトソース」のレシピを編み出し、パスタとトマトソースの組み合わせが確立したとされます[5]。
どちらも伝承をふくむ話で、年や人名は1つの資料に依っています。イタリアの定番の味が、意外に新しいことがうかがえます。
日本へは、18世紀の初めごろに観賞用として伝わったとされます。食用として広まったのは、20世紀にアメリカの品種が入ってからという説明があります[6]。
トマトはナス科の植物で、ジャガイモなどと同じ南米のアンデス高地が原産である。メキシコ高原へ伝わり、アステカ族の栽培作物となった[5]。
「世界史の窓」の記述では、1554年にナポリへ入港したスペイン船にトマトの種子が含まれていたと「言われている」。17世紀末には、ナポリの高位聖職者ラティーニが「スペイン風トマトソース」のレシピを編み出し、パスタとトマトソースの組み合わせが確立したとされる[5]。ただし、伝承として紹介される話で、年や人名には幅がある。
日本へは18世紀初めに観賞用として伝わり、食用の需要が高まるのは20世紀にアメリカの品種が入ってからとされる[6]。この点も二次資料であり、年は「ごろ」に留める。
5. とうがらしは、こしょうの かわり
5. トウガラシは、コショウの代わりだった
5. トウガラシ ── コショウに代わる香辛料としての持ち帰りと、定説のない日本伝来
とうがらしも アメリカの ものです。1492年の さいしょの たびで、スペインの 人が、はじめて 見る くさの なかに ありました[7]。
スペインの 人は、こしょうの かわりに なる からい あじつけと して、とうがらしに 目を つけました。1493年の 2かいめの たびで、スペインへ もちかえって います[7]。ヨーロッパで しられるように なった、さいしょの できごとです。
日本への つたわりかたは、はっきり していません。16世紀ごろ、と いう ことだけ わかって います。いくつも せつが あります[8]。
さいごに、とうもろこしを 見て みましょう。
6. とうもろこしは、ながい たびの おわりに
6. トウモロコシの旅と、日本の畑
6. トウモロコシ ── 約9000年前の栽培化と、天正7年(1579年)とされる日本への伝来
とうもろこしは、いまの メキシコの みなみで、9000年ほど まえに、人が そだてはじめた と かんがえられて います。もとの なかまは 「テオシント」という くさです[9]。
日本には、1579年(天正7年)に、ポルトガルの 人が 長崎へ つたえた と いわれます[10]。ただし、ほかの せつも あります。いま たくさん そだてて いるのは、あとから 入って きた、いい 品種です。
ジャガイモ、トマト、とうがらし、とうもろこし。ぜんぶ、大西洋を こえて きた たべものです。あなたの ごはんに、いくつ あるでしょう。
7. じぶんでも たしかめて みよう
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
きょうの ばんごはんの ざいりょうを、おうちの 人と いっしょに ノートに 書いて みましょう。
おやつの ふくろの げんざいりょうひょうじも 見て、そのなかに、じゃがいも・トマト・とうがらし・とうもろこし・ピーナッツ・カカオ(チョコレート)が あるか、さがして みます[1]。ぜんぶ、あたらしい 大陸の うまれです。いくつ 見つかるでしょうか。
としょかんでは、「たべものの れきし」の コーナーへ 行って みましょう。しょかんの 人に 「トマトや じゃがいもが 日本へ きた はなし」と つたえると、本を さがして くれます。
今日の夕食の材料を書き出して、新大陸生まれのもの(ジャガイモ・トマト・トウガラシ・トウモロコシ・ピーナッツ・カカオなど)に丸をつけてみましょう[1]。丸の数は、食卓によってずいぶん違うかもしれません。
図書館では、食の歴史や農作物の歴史の棚を探してみましょう。「伝来」の年が本によって違う作物を見つけたら、その理由を考えるのも、調べ方の入り口になります。
おやつの袋の原材料表示も見てみましょう。トウモロコシやジャガイモ、カカオなど、新大陸生まれの名前が見つかるかもしれません。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
記事の中で使った資料の一覧です。伝来年の細部は資料によって幅があります。
- World History Encyclopedia「Columbian Exchange」。https://www.worldhistory.org/Columbian_Exchange/ (命名と定義、新大陸から旧大陸へ渡った植物、第2回航海の家畜、小麦・オリーブ・ブドウ)
- Smithsonian Magazine「Alfred W. Crosby on the Columbian Exchange」。https://www.smithsonianmag.com/history/alfred-w-crosby-on-the-columbian-exchange-98116477/ (作物の多くが片側の大陸のものだったこと、馬・牛・羊・ヤギの起源)
- 日本いも類研究会「じゃがいもMiNi白書」。https://www.jrt.gr.jp/potatomini/potatomini_rekishi/ (ジャガイモの原産地、ヨーロッパへの伝来、日本への伝来と名前の説)
- Nunn, N. and Qian, N. "The Potato's Contribution to Population and Urbanization" NBER Working Paper 15157。https://www.nber.org/papers/w15157 (ジャガイモと人口増加・都市化の関係についての研究)
- 世界史の窓「トマト」。https://www.y-history.net/appendix/wh0204-002_3.html (トマトの原産地、ナポリへの伝来の伝承、トマトソースの成立)
- 産直プライム「トマトの歴史」。https://sanchoku-prime.com/articles/tomato-history (日本への伝来と観賞用だった時期の説明。二次資料)
- 世界史の窓「トウガラシ」。https://www.y-history.net/appendix/wh0204-002_6.html (トウガラシのスペインへの持ち帰り)
- 八幡屋礒五郎「唐辛子の歴史と日本に伝わった経緯」。https://www.togarashi.co.jp/blog/2017/08/13/history/ (日本への伝来の複数の説)
- Matsuoka, Y. et al. "A single domestication for maize shown by multilocus microsatellite genotyping" PNAS 99 (2002)。https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.052125199 (トウモロコシの栽培化)
- 農畜産業振興機構(ALIC)。https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000173.html (トウモロコシの日本への伝来)
なおした ところ
更新履歴
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