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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ゆうごはんから トマトを ぬいたら、なにが のこる?

食卓から新大陸の作物を抜くと何が残るか ── コロンブス交換で入れ替わった食べもの

コロンブス交換と食の入れ替わり ── 1972年の命名、ジャガイモ・トマト・トウガラシ・トウモロコシの旧大陸・日本への道、家畜の新大陸への導入

分野:歴史・文化

トマトソースの パスタ。ほかほかの ゆでた じゃがいも。ぴりっと からい とうがらし。ぜんぶ、むかしの ヨーロッパや 日本には ありませんでした。

ひみつは、500年ほど まえの 海の むこうに あります。たべものが 大西洋を いったり きたり した はなしを、たどります。

トマトソースのパスタ、フライドポテト、唐辛子の効いた料理。どれも、500年ほど前のヨーロッパやアジアにはなかった材料を使っています。

1492年以降に大西洋を行き来した作物や家畜は、「コロンブス交換」と呼ばれます。何がどちらへ渡り、日本にはいつごろ届いたと考えられているのかを、資料をつき合わせて順に見ていきます。

1492年のコロンブスの航海のあと、大西洋をはさんでヨーロッパ・アフリカ(旧大陸)とアメリカ大陸(新大陸)の間を、植物や動物が大規模に行き来した。この現象は、歴史学者アルフレッド・クロスビーが1972年に「コロンブス交換」と名づけた[1]。

ジャガイモ・トマト・トウガラシ・トウモロコシの4つを軸に、旧大陸と日本への伝わり方と、逆向きの家畜の導入を、複数の資料で確かめる。伝来の年には資料により説が分かれるものがあり、その点は「とされる」と書く。

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1. たべものは、うみを わたった

1. 「コロンブス交換」とは何か

1. 命名と定義 ── 1972年に生まれた歴史学の用語

むかし、大陸たいりくは ふたつの グループに わかれて いました。ヨーロッパと アフリカが 「ふるい 大陸たいりく」、アメリカが 「あたらしい 大陸たいりく」です。

1492年より あと、この ふたつを ふねが つなぎました。すると、たべものが 海を こえて うごきだしました。この うごきを 「コロンブス交換こうかん」と よびます[1]。

コロンブスさんが なづけたのでは ありません。れきしを しらべる 人が、1972年に つけた なまえです。

ふたつの 大陸たいりくで、たべものは ほとんど べつべつでした。どんな ものが わたったのか、見て いきましょう。

15世紀の終わりまで、ヨーロッパ・アフリカ(旧大陸)とアメリカ大陸(新大陸)は、海にへだてられ、それぞれの作物や家畜を育てていました。

1492年以降、船の行き来が始まると、植物・動物・病気が大西洋を渡るようになりました。この移動を「コロンブス交換」と呼びます。名づけたのは歴史学者のアルフレッド・クロスビーで、1972年のことです。コロンブス本人が使った言葉ではありません[1]。

クロスビーはインタビューで、作物のほとんどはどちらか片側の大陸だけのもので、それが海を渡ったと話しています。また、馬・牛・羊・ヤギは旧大陸の生まれだとも述べています[2]。

では、実際に何が渡ったのでしょうか。新大陸から旧大陸へ向かった側から見ていきます。

「コロンブス交換」は、旧大陸(ヨーロッパ・アフリカ)と新大陸(アメリカ大陸)の間の、植物・動物・病気の移動を指す語で、クロスビーが1972年に名づけたとされる。コロンブス本人の命名ではない[1]。

新大陸から東へ渡った植物には、トウモロコシ、ジャガイモ、豆、トマト、ピーナッツ、タバコ、カカオなどがある[1]。クロスビーのインタビューでの発言によれば、名前を挙げられる作物のほとんどが片側の大陸だけのもので、馬・牛・羊・ヤギは旧大陸起源である[2]。ここは「全部」ではなく「ほとんど」という限定を残して読む。

2. うしも うまも、ふねに のって わたった

2. 新大陸へ渡った家畜と小麦

2. 逆向きの流れ ── 第2回航海(1493〜1496年)の家畜と、小麦・オリーブ・ブドウ

いまの アメリカ大陸たいりくを おもいうかべると、うまや うしが いそうですね。クロスビーさんによると、うま・うし・ひつじ・ヤギは ふるい 大陸たいりくから きた どうぶつです[2]。

コロンブスの 2かいめの たびは、1493年から 1496年です。この たびで、うま・うし・豚ぶた・にわとりが ふねに のって、あたらしい 大陸たいりくに わたりました。たべものや、のりものに する ためです[1]。

スペインの 人たちは、小麦も もって いきました。オリーブや ブドウも、さいしょに はこんだ ものの ひとつです[1]。

かわりに、あちらの たべものが こちらへ やって きます。まずは、いもの はなしです。

新大陸には、馬・牛・豚・鶏といった家畜がいませんでした。コロンブスの第2回航海(1493〜1496年)で、これらが食料や移動のために新大陸へ運び込まれています[1]。

スペイン人は、小麦・オリーブ・ブドウも最初に持ち込んだとされます。そのあと、サトウキビも広がりました[1]。畑や食卓の顔ぶれは、こうして少しずつ入れ替わっていきました。

大西洋を行き来したのは、荷物だけではありません。病気も渡り、暮らしに大きな影響を与えたと説明されます。このメモでは食べものに絞り、いもの話へ進みます。

クロスビーによれば、馬・牛・羊・ヤギは旧大陸の起源である[2]。コロンブスの第2回航海(1493〜1496年)では、馬・牛・豚・鶏が食料と輸送の目的で新大陸へ導入された[1]。

スペイン人は、小麦・オリーブ・ブドウも最初に持ち込み、のちにサトウキビも広がったという[1]。ただし、この移動の対象には病気も含まれ、暗い側面も伴った[1]。本メモでは、食の変化を主題にする。

3. かざりだった じゃがいも

3. ジャガイモは、最初は観賞用だった

3. ジャガイモ ── アンデスの高地、観賞用としての渡来、慶長年間の日本

じゃがいもは、南アメリカの アンデス山脈さんみゃくの、とても 高い ところで うまれた ようです。北は メキシコの 近くまで あります[3]。

ヨーロッパへは、16世紀せいきの おわりごろ、スペインの 人が もちかえった と いわれます。でも、さいしょは たべず、はなを たのしむ ものとして そだてました[3]。

日本には、1600年ごろに、オランダの 人が 長崎ながさきに もちこんだ と いわれます[3]。なまえの 「じゃがいも」は、「ジャガタラ」から きた、と いう せつが あります。ジャガタラは、いまの インドネシアの ジャカルタの ことです。

かざりから ごはんの なかまに なるまで、なんねんも かかりました。

ジャガイモの原産地は、南米アンデス山脈から北はメキシコに及ぶ、標高3000〜4000メートル級の高地とされます[3]。

ヨーロッパには、16世紀末にスペイン人がインカ遠征の際に持ち帰ったとされますが、伝来の年は資料によって半ばから末まで揺れます。最初は食用ではなく観賞用の植物として育てられ、主要な作物になるのは18世紀後半です[3]。

日本へは、慶長年間(1600年前後)に、ジャカルタ(当時のジャガタラ)を拠点にしたオランダ人が長崎に持ち込んだといわれます。「ジャガイモ」の名は「ジャガタラ」に由来するという説があります[3]。

経済学者のニューンとチェンの研究は、ジャガイモの導入が、18〜19世紀の旧大陸の人口増加と都市化のかなりの部分を説明すると報告しています[4]。花のように眺められた植物が、のちに人びとの暮らしを支えた可能性があります。

日本いも類研究会の資料によれば、ジャガイモの原産地は、南米のアンデス山脈から北はメキシコに至る標高3000〜4000m級の高地とされる[3]。

ヨーロッパへは16世紀末にスペイン人がインカ遠征の際に持ち帰り、当初は観賞用だった[3]。伝来年は資料により16世紀半ばから末まで揺れるため、ここでは年を断定しない。18世紀後半には、主要作物になった[3]。

日本には、約400年前の慶長年間(1600年前後)に、ジャカルタを拠点とするオランダ人が長崎に入れたとされ、名称は「ジャガタラ」に由来するという説がある[3]。由来は説であり、確定した事実としては扱わない。

ニューンとチェンの研究(Quarterly Journal of Economics所収)は、ジャガイモの導入が18〜19世紀の旧大陸の人口増加と都市化の相当部分を説明すると結論した[4]。個別の増加割合は、この研究の推定であり、本メモでは数字を引かない。

4. トマトは、どくの くさに にて いた?

4. トマトソースがパスタに広がるまで

4. トマト ── アンデスからメキシコへ、ナポリのソースまで、日本では観賞用から

トマトも、じゃがいもと おなじ アンデスの 高い ところの うまれです。メキシコの 高原へ つたわり、アステカの 人たちが そだてる ものに なりました[5]。

イタリアの ナポリには、1554年に スペインの ふねが ついた とき、トマトの たねが のって いた と いわれます。でも、すぐに たべられた わけでは ないようです[5]。

それから 100年 いじょう たった、17世紀せいきの おわりごろ、ナポリの おぼうさんが 「スペインふうトマトソース」を つくった と いわれます。パスタと トマトソースの くみあわせは、ここで きまった、と いう せつが あります[5]。

日本へは、1700年代の はじめごろ、かざる ための ものとして つたわった と いわれます[6]。

ごはんの おかずに なるのは、もっと あとの ことです。

トマトはナス科の植物で、ジャガイモと同じアンデス高地の生まれとされます。メキシコ高原に伝わり、アステカ族の栽培作物になりました[5]。

1554年にスペイン船がナポリに入港したとき、トマトの種が積まれていたといわれます。17世紀末には、ナポリの高位の聖職者ラティーニが「スペイン風トマトソース」のレシピを編み出し、パスタとトマトソースの組み合わせが確立したとされます[5]。

どちらも伝承をふくむ話で、年や人名は1つの資料に依っています。イタリアの定番の味が、意外に新しいことがうかがえます。

日本へは、18世紀の初めごろに観賞用として伝わったとされます。食用として広まったのは、20世紀にアメリカの品種が入ってからという説明があります[6]。

トマトはナス科の植物で、ジャガイモなどと同じ南米のアンデス高地が原産である。メキシコ高原へ伝わり、アステカ族の栽培作物となった[5]。

「世界史の窓」の記述では、1554年にナポリへ入港したスペイン船にトマトの種子が含まれていたと「言われている」。17世紀末には、ナポリの高位聖職者ラティーニが「スペイン風トマトソース」のレシピを編み出し、パスタとトマトソースの組み合わせが確立したとされる[5]。ただし、伝承として紹介される話で、年や人名には幅がある。

日本へは18世紀初めに観賞用として伝わり、食用の需要が高まるのは20世紀にアメリカの品種が入ってからとされる[6]。この点も二次資料であり、年は「ごろ」に留める。

5. とうがらしは、こしょうの かわり

5. トウガラシは、コショウの代わりだった

5. トウガラシ ── コショウに代わる香辛料としての持ち帰りと、定説のない日本伝来

とうがらしも アメリカの ものです。1492年の さいしょの たびで、スペインの 人が、はじめて 見る くさの なかに ありました[7]。

スペインの 人は、こしょうの かわりに なる からい あじつけと して、とうがらしに 目を つけました。1493年の 2かいめの たびで、スペインへ もちかえって います[7]。ヨーロッパで しられるように なった、さいしょの できごとです。

日本への つたわりかたは、はっきり していません。16世紀せいきごろ、と いう ことだけ わかって います。いくつも せつが あります[8]。

さいごに、とうもろこしを 見て みましょう。

トウガラシもアメリカ大陸の原産です。1492年の第1回航海で、スペイン人が見た未知の植物の中にありました[7]。

コショウに代わる香辛料として注目され、1493年の第2回航海でスペインへ持ち帰られました。ヨーロッパでトウガラシが知られた最初とされます[7]。

日本への伝来は、16世紀ごろの戦国時代から安土桃山時代にかけてとされ、有力な説は15〜16世紀と説明されます。鉄砲が伝わった1543年のポルトガル人、1552年ごろに宣教師が大友義鎮へ種を献上した話、16世紀末の朝鮮出兵など、複数の説があり、定説はありません[8]。

トウガラシはアメリカ大陸原産で、1492年の第1回航海でスペイン人が見た未知の植物の中にあった。コショウに代わる香辛料として注目され、1493年の第2回航海でスペインへ持ち帰られた。これがヨーロッパでトウガラシが知られた最初である[7]。

日本への伝来は、資料によれば15〜16世紀、戦国時代から安土桃山時代にかけてが有力とされる。具体的には、1543年の鉄砲伝来時にポルトガル人が持ち込んだという説、1552年ごろに宣教師が大友義鎮(おおとも よししげ、宗麟)へ種を献上したという説、16世紀末の朝鮮出兵で伝わったという説などが併記されている。定説はない[8]。

6. とうもろこしは、ながい たびの おわりに

6. トウモロコシの旅と、日本の畑

6. トウモロコシ ── 約9000年前の栽培化と、天正7年(1579年)とされる日本への伝来

とうもろこしは、いまの メキシコの みなみで、9000年ほど まえに、人が そだてはじめた と かんがえられて います。もとの なかまは 「テオシント」という くさです[9]。

日本には、1579年(天正7年)に、ポルトガルの 人が 長崎ながさきへ つたえた と いわれます[10]。ただし、ほかの せつも あります。いま たくさん そだてて いるのは、あとから 入って きた、いい 品種ひんしゅです。

ジャガイモ、トマト、とうがらし、とうもろこし。ぜんぶ、大西洋を こえて きた たべものです。あなたの ごはんに、いくつ あるでしょう。

トウモロコシは、すべて約9000年前にメキシコ南部で一度だけ行われた栽培化に由来し、野生の親戚はバルサス・テオシントという植物だと報告されています[9]。

日本へは、天正7年(1579年)にポルトガル人が長崎へ伝えたとされます[10]。伝来年は他説もあり、本格的に栽培が広がったのは明治以降、アメリカから良い品種を輸入してからといわれます。

トマトもトウガラシもジャガイモも、日本では「すでにあるもの」のような顔をしています。けれど、この5世紀ほどの間に渡ってきた作物が、食卓に加わってきました。

マツオカらの研究(PNAS, 2002)は、トウモロコシがすべて約9000年前にメキシコ南部で行われた1回の栽培化に由来し、野生の近縁種はバルサス・テオシントであると示した[9]。

日本へは、天正7年(1579年)にポルトガル人が長崎へ伝えたとされる[10]。伝来年は他説があり、確度の高い一次資料で確かめきれていない。本格的な栽培は、明治以降に良い品種をアメリカから輸入してからとされる。

ここまでの4作物の伝来年は、資料によって幅がある。伝来年は、ひとつに決めず、資料ごとの説を比べてみよう。

7. じぶんでも たしかめて みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

きょうの ばんごはんの ざいりょうを、おうちの 人と いっしょに ノートに 書いて みましょう。

おやつの ふくろの げんざいりょうひょうじも 見て、そのなかに、じゃがいも・トマト・とうがらし・とうもろこし・ピーナッツ・カカオ(チョコレート)が あるか、さがして みます[1]。ぜんぶ、あたらしい 大陸たいりくの うまれです。いくつ 見つかるでしょうか。

としょかんでは、「たべものの れきし」の コーナーへ 行って みましょう。しょかんの 人に 「トマトや じゃがいもが 日本へ きた はなし」と つたえると、本を さがして くれます。

今日の夕食の材料を書き出して、新大陸生まれのもの(ジャガイモ・トマト・トウガラシ・トウモロコシ・ピーナッツ・カカオなど)に丸をつけてみましょう[1]。丸の数は、食卓によってずいぶん違うかもしれません。

図書館では、食の歴史や農作物の歴史の棚を探してみましょう。「伝来」の年が本によって違う作物を見つけたら、その理由を考えるのも、調べ方の入り口になります。

おやつの袋の原材料表示も見てみましょう。トウモロコシやジャガイモ、カカオなど、新大陸生まれの名前が見つかるかもしれません。

身近な献立や食品の原材料表示から、旧大陸起源・新大陸起源の作物を分けて数えてみる。新大陸起源のものは、トウモロコシ、ジャガイモ、豆、トマト、ピーナッツ、タバコ、カカオなど[1]。ただし、豆のように種類が多い作物は、個別に原産地を確かめる必要がある。

さらに調べるなら、次の資料が手がかりになる。Smithsonian Magazineのクロスビーへのインタビュー[2]、ニューンとチェンのジャガイモと人口の研究[4]、マツオカらのトウモロコシの栽培化の論文[9]。これらは英語の資料で、日本語の概説や国内機関の資料と併せて読むとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

記事の中で使った資料の一覧です。伝来年の細部は資料によって幅があります。

  1. World History Encyclopedia「Columbian Exchange」。https://www.worldhistory.org/Columbian_Exchange/ (命名と定義、新大陸から旧大陸へ渡った植物、第2回航海の家畜、小麦・オリーブ・ブドウ)
  2. Smithsonian Magazine「Alfred W. Crosby on the Columbian Exchange」。https://www.smithsonianmag.com/history/alfred-w-crosby-on-the-columbian-exchange-98116477/ (作物の多くが片側の大陸のものだったこと、馬・牛・羊・ヤギの起源)
  3. 日本いも類研究会「じゃがいもMiNi白書」。https://www.jrt.gr.jp/potatomini/potatomini_rekishi/ (ジャガイモの原産地、ヨーロッパへの伝来、日本への伝来と名前の説)
  4. Nunn, N. and Qian, N. "The Potato's Contribution to Population and Urbanization" NBER Working Paper 15157。https://www.nber.org/papers/w15157 (ジャガイモと人口増加・都市化の関係についての研究)
  5. 世界史の窓「トマト」。https://www.y-history.net/appendix/wh0204-002_3.html (トマトの原産地、ナポリへの伝来の伝承、トマトソースの成立)
  6. 産直プライム「トマトの歴史」。https://sanchoku-prime.com/articles/tomato-history (日本への伝来と観賞用だった時期の説明。二次資料)
  7. 世界史の窓「トウガラシ」。https://www.y-history.net/appendix/wh0204-002_6.html (トウガラシのスペインへの持ち帰り)
  8. 八幡屋礒五郎「唐辛子の歴史と日本に伝わった経緯」。https://www.togarashi.co.jp/blog/2017/08/13/history/ (日本への伝来の複数の説)
  9. Matsuoka, Y. et al. "A single domestication for maize shown by multilocus microsatellite genotyping" PNAS 99 (2002)。https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.052125199 (トウモロコシの栽培化)
  10. 農畜産業振興機構(ALIC)。https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000173.html (トウモロコシの日本への伝来)

なおした ところ

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