1. 「ヤー」は、Rの うらがえしなの?
1. 「ヤー」はRを裏返して作られたのか
1. 「ヤー」は小ヤス(しょうやす)が手書きで変わってできた
Rを 左右に ひっくり返すと、ロシアの 「ヤー」に そっくりです。だれでも 「うらがえしかな」と 思いますよね。
ところが、この 文字の 先ぞは、「小ヤス」と よばれる、むかしの ロシア文字です[1]。Rとは かんけいが ありません。
むかしの 手書きで、小ヤスの 左の あしが だんだん みじかく なって、さいごには なくなりました。まん中の あしの 先が 左に よって、今の 形に なったと いわれます[1]。
形が にて いるのは、手書きで 形が かわって いった けっかです。Rと にて 見える 気もちは、だれにでも あると 思います。
先祖は「小ヤス」という古い文字
「ヤー」を表す文字の先祖は、「小ヤス」と呼ばれる古いロシア文字だとされています[1]。Rを裏返して作ったものではなく、形が似ているのは結果としてそうなっただけです。
ロシアの筆記体では、小ヤスの左の脚が少しずつ短くなり、やがて消えました。同時に、中央の脚の足が左へ寄り、今の形になったと説明されています[1]。
ピョートル1世の整理
1708〜1710年ごろ、ピョートル1世はロシアの文字を大きく改めました。ラテン活字に近い字形の「市民文字」を取り入れた改革です[3]。小ヤスの字はロシア語でヤーと同じ音を表すようになっていて、この改革で小ヤスなどが廃止され、「ヤー」の字だけが残ったとされています[1]。
2. 「イー」は、Nの うらがえし?
2. Nを裏返したような「イー」は、どこから来たのか
2. 「イー」はギリシャ文字エータの中央の線が回ってできた
もう 1つ、Nを うらがえした ような 文字が あります。「イー」と 読みます。
こちらの 先ぞは、ギリシャ文字の 「エータ」です。9せいきごろ、ギリシャの 文字を もとに、ロシアなどで つかう 文字が 作られました[3]。
むかしの 「イー」は、エータと 同じ 形でした。13せいきごろまで、そうだったと いわれます。その あと、まん中の 線が ぐるっと 回って、今の 形に なりました[2]。
Nを うらがえした ように 見えるのは、回った けっかです。Nを うらがえして 作った わけでは ありません。
3. うらがえしは、同じ ものに 見えやすい
3. 人の目は、もともと左右反転を同じものとみなしやすい
3. 人の視覚は、左右反転を同じものとして扱いやすい
では、どうして Rと 「ヤー」は うらがえしに 見えるのでしょう。じつは、人の 目には、うらがえしの ものを 同じ ものと 見る くせが ある、と いわれて います。
コップを 左から 見ても 右から 見ても、同じ コップです。左右が ぎゃくでも、同じものだと 思う ほうが、ふつうは べんりです。
この くせは、人や、ほかの サルの なかまの 目にも ある、と ほうこくされて います[4]。
4. 文字を おぼえると、見わけられる ように なる
4. 文字を覚えると、反転を見分けるようになる
4. 文字を覚えると、鏡像を見分けるのに時間がかかる
ポルトガルで、5さいから 7さいまでの 46人の 子どもが、文字の 形を くらべる テストに 出ました[5]。
bと dのように 向きで ちがう 文字の うらがえしを 見て、「形が 同じか ちがうか」を 答えます。すると、文字を よく 知って いる 1年生だけが、答えるのが おそく なりました[5]。
文字を おぼえると、うらがえしを 「ちがう もの」と 見わける ように なり、同じと 答える のに 手間が かかる のです。
読み書きが できない 大人を しらべた ほうこくも あります。その 人たちは、うらがえしの 文字で ほとんど まよわなかった、と いわれます[6]。大人に なってから 文字を 習った 人には、見わける ちからが 出たとも ほうこくされて います[6]。
1年生だけに現れた「鏡像コスト」
2016年の報告では、ポルトガルの5〜7歳の子ども46人が協力しました。形だけで2つの文字が同じか違うかを答えるとき、文字を覚えた1年生だけが、bとdのような「向きに意味がある文字」の鏡像のペアで答えが遅くなりました[5]。研究者はこれを「鏡像コスト」と呼び、文字の知識が増えるにつれて現れると述べています。
読み書きできない大人は、鏡像で迷わない
大人を調べた報告もあります。読み書きできる大人は、文字の並びの鏡像で鏡像コストが大きく、偽の文字や絵では小さく出ました。読み書きできない大人は、鏡像のペアでコストが見られませんでした。大人になってから読み書きを学んだ人にも、コストが出たと説明されています[6]。
文字を学ぶことで、もともとあった「鏡像を同じとみなす」傾向が、文字については弱まる、というのがこの研究の読み方です。
2016年の研究では、5〜7歳の46人が協力し、形だけで2文字が同じか違うかを判断した。文字知識の増えた1年生だけが、向きが意味をもつ文字(b-d、b-qなど)の鏡像・回転ペアで判断が遅くなり、向きが意味をもたない文字との差が出た[5]。この遅れを鏡像コストといい、文字知識の習得とともに現れる。
年齢の発達によるのか、読み書きの習得によるのかは、成人での検討が手がかりになる。Pegadoらの2011年の研究は、読み書きできる成人で、文字列の鏡像コストが大きく、偽の文字や絵でも小さく出たこと、読み書きできない成人では鏡像のペアでコストがなかったこと、成人になってから読み書きを学んだ人にもコストが出たことを報告している[6]。年齢でなく読み書きの習得が要因と読める。ただし、この記事は二次的な要約に依拠している。
また2014年のNakamuraらの研究は、日本語話者の成人で左側頭後頭皮質に経頭蓋磁気刺激(TMS)を与え、単語の鏡像の認識に遅れが生じることを報告した[7]。ただし実験条件下での結果であり、一般の人の読みの「遅れ」として断定はできない。
5. 文字ごとに 見わける 目が そだつ
5. 見分ける力は、習った文字ごとに育つ
5. ラテン文字での区別は、ヘブライ文字にそのまま引き継がれなかった
では、知らない 文字は、どうでしょう。ラテン文字を 使う 人が、ヘブライ語の 文字を 習う 研究が あります。181人が きょうりょくしました[8]。
すると、ヘブライ文字の ほうが、ラテン文字より、うらがえしの 書き まちがいや 見まちがいが 目だちました。ラテン文字での 見わけ方が、ヘブライ文字には そのまま 引きつがれなかった、と ほうこくされて います[8]。
ただし、「知らない 文字では、まったく 見わけられない」と いう 意味では ありません。
ラテン文字での区別は、ヘブライ文字に引き継がれなかった
ラテン文字を使う子どもと大人、あわせて181人が、ヘブライ語の印刷体を習いました。すると、ヘブライ文字のほうが、ラテン文字よりも鏡像を同じとみなす間違いや認識が目立ちました。この研究は、ラテン文字で身につけた鏡像の区別が、ヘブライ文字にはそのまま引き継がれなかったと報告しています[8]。
ただし、知らない文字では反転をまったく見分けられない、という意味ではありません。
ロシア語の読み手の見え方は、仮説として考える
以上から導けるのは、ヘブライ文字の研究の範囲までです。ロシア語を読めない人にRの裏返しに見える理由を、キリル文字で直接調べた研究は、この記事では使っていません。ですが、「ヤー」を裏返しと感じるのは自然で、ロシア語を読める人は別の文字として区別する、という説明は、この流れと矛盾しません。
鏡像の区別が文字体系ごとに学ばれるなら、新しい文字を習うとき、その文字でも区別を学び直す必要があるはずだ。Krasaらの2024年の研究は、ラテン文字を母語とする子ども・大人181人がヘブライ語の印刷体を習う場面で、ヘブライ文字のほうがラテン文字より鏡像の同一視が目立つことを報告した。ラテン文字での鏡像の区別は、ヘブライ文字にそのまま引き継がれなかったという結果である[8]。
この結論は「知らない文字では反転を全く見分けられない」ことを意味しない。
以上を合わせると、「ロシア語を知らない人にはヤーやイーがR・Nの反転に見えやすく、読み手は別の文字として学んでいる」という見方は、これらの研究から導ける仮説である。キリル文字でこれを直接調べた研究は、ここで使った資料にはない。
6. かみの うらから すかして 見よう
6. 紙の裏から透かして、自分の目を試す
6. 紙の裏から透かして、自分の目を試す
うすい 紙に、小さな「b」を 大きく 書きます。その 紙を うらがえして、あかりに すかして 見ましょう。「d」に 見えるはずです。
こんどは 「p」を 書いて、同じ ことを して みます。「q」に なりますね。うらがえすと ちがう 文字に なる ことを、体で たしかめられます。
もう 1つ。おかしの ふくろなどに、知らない 外国の 文字が 書いて あったら、形が にた 2つを さがして みましょう。どこで まようか、自分の 目の くせが 分かります。
薄い紙に、大きく「b」を書きます。その紙を裏返し、明かりに透かして見ましょう。「d」に見えるはずです。「p」を書けば「q」になります。裏返しで別の文字になることを、目で確かめられます。
次に、お菓子の袋や商品の表示で、知らない外国の文字を見つけたら、形が似ている2つを探してみてください。どこで迷うかが、自分の目のくせを知る手がかりになります。
もっと読みたくなったら、ピョートル1世と文字の改革は[3]、鏡像の区別の研究は[5][8]の出典から調べられます。
薄い紙にbを書き、裏返して明かりに透かすとdに見える。pはqになる。鏡像が別の文字になる、というこの記事の中心を、手でも確かめられる。知らない外国語の表示(お菓子の袋など)で形の似た組を探し、どこで迷うかを観察するのもよい。
資料を読むなら、字の由来は[1][2][3]、鏡像の一般化は[4]、子どもでの鏡像コストは[5]、成人の読み書きの習得は[6][7]、文字体系ごとの学習は[8]。論文は英語が中心なので、読むのはもう少し先でもよい。まず上の紙と明かりの体験で、鏡像が別の文字になることを確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:文字の由来はWikipediaの記事(二次資料)、鏡像の区別の研究は論文とその要約ページを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- Wikipedia “Ya (Cyrillic)”。https://en.wikipedia.org/wiki/Ya_(Cyrillic) (「ヤー」の由来と字形の変化について。二次資料)
- Wikipedia “I (Cyrillic)”。https://en.wikipedia.org/wiki/I_(Cyrillic) (「イー」の由来について。二次資料)
- Wikipedia “Cyrillic script”。https://en.wikipedia.org/wiki/Cyrillic_script (キリル文字の成り立ちとピョートル1世の改革について。二次資料)
- Bae, Lee & Perea, Reversal-related masked priming in Korean Hangul。https://www.uv.es/mperea/mirrorHangul.pdf (鏡像の一般化と、読み書きでの鏡像の区別について)
- Fernandes, Leite & Kolinsky (2016), Child Development 87(6)。https://www.psicologia.ulisboa.pt/wp-content/uploads/2018/05/4.pdf (5〜7歳の子どもでの鏡像コストについて)
- Frontiers の編集解説(Pegado ら2011の研究の紹介を含む)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4500861/ (読み書きできない大人と鏡像コストについて。二次的な要約)
- Nakamura, Makuuchi & Nakajima (2014), Frontiers in Psychology。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4033049 (日本語話者の大人での、脳への刺激と単語の鏡像認識について)
- Krasa, Qin & Bell (2024), Trends in Neuroscience and Education 36。https://scholar.xjtlu.edu.cn/en/publications/mirror-invariance-in-the-subsequent-acquisition-of-a-script-with--2/ (別の文字を習うときの鏡像の区別について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。