このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

黒い ガは、どうして ふえて また へったの? ── しんかの おきかた

黒いガは、なぜ増えて、また減ったのか ── 変異と自然選択で進化を考える

オオシモフリエダシャクの黒化型は、なぜ増え、なぜ減ったか ── 変異・繁殖の差・遺伝から見る自然選択

分野:生きもの

1848ねんに、イギリスで 黒い ガが 1ぴき つかまりました。そのあと、マンチェスターと いう まちでは、1895ねんに 98%が 黒い ガに なった、と ほうこくされました[1]。

ところが、1970ねんごろから、黒い ガは また へって いきます[2]。ガが 黒く なろうと がんばったのでしょうか。それとも、ほかに わけが あるのでしょうか。ガと 鳥と 菌きんの 話から、進化しんかの しくみを 見て いきましょう。

1848年、イギリスで黒いガが1匹捕まりました。それから50年足らずの1895年、マンチェスターでは、この種のガの98%が黒い型になっていたと報告されています[1]。ところが1970年ごろから、黒い型は急に減りはじめました[2]。

1匹1匹のガが、色を変えたのでしょうか。それとも、別のことが起きたのでしょうか。ガ、鳥、島の小鳥、大腸菌の実験をたどりながら、変異と自然選択という進化の考え方を見ていきます。

オオシモフリエダシャクの黒化型は、1848年にマンチェスターで最初の生きた個体が捕まり、1895年にはマンチェスターの個体の98%が黒化型だったと報告されている[1]。産業革命期に増えたこの型は、1970年ごろから急速に減った[2]。

この増減を、変異・繁殖の差・遺伝という自然選択の道具立てで読み直す。2012年の放虫実験で、鳥による捕食がどこまで確かめられたか、変異はいつ生じたのか、同じ考え方が島の鳥と実験室の細菌でどう確かめられてきたかを、原典の記述とあわせてたどる。

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1. 黒い ガは、ふえて また へった

1. マンチェスターで、黒いガが98%になった

1. 1848年の1匹から1895年の98%へ ── 黒化型の増加と、1970年ごろからの逆転

オオシモフリエダシャクと いう ガが います。この ガには、白っぽい ものと、黒い ものが います。

1848ねんに、はじめて 黒い ものが 1ぴき つかまりました。1895ねんの マンチェスターでは、この ガの 98%が 黒かった、と ほうこくされています[1]。ただし、これは マンチェスター 1か所の 数です。イギリスぜんぶの 数では ありません。

黒い ガが ふえた ころは、工場が ふえた 時代です。そして 1970ねんごろから、黒い ガは きゅうに へりました[2]。おなじ ガの なかで、なぜ ふえて、なぜ へったのでしょう。

オオシモフリエダシャクには、白っぽい型と黒い型がいます。黒い型が最初に生きたまま捕まったのが、1848年のマンチェスターです。1895年には、マンチェスターのこの種の98%が黒い型だったと報告されています[1]。ただし98%は、この町の1895年の数字です。イギリス全体の割合ではありません。

黒い型は産業革命のころに増えましたが、1970年ごろから急に減りました。減ったのは、すすの少なくなった木の皮の上で、黒い型が鳥に狙われやすくなったためと考えられてきました[2]。

同じ種の中で、なぜ黒い型が増え、そして減ったのか。この説明を、実験でどこまで確かめたのかを次に見ます。

1848年にマンチェスターで最初の生きた黒化型(carbonaria)が捕まり、1895年にはマンチェスターの個体の98%が黒化型だったと報告されている。この数字は総説を要約した二次資料の記述で、マンチェスター1地点の1895年の値だ。英国全体の割合ではない[1]。

黒化型は産業革命期に増えたが、1970年ごろから急速に逆転した。Cook ほか(2012, Biology Letters)は、この逆転を「捕食者が黒化型に不利に働いたためと想定されてきた」と述べる[2]。この記事の資料が直接扱うのは減少の側で、増加の時期の実験は扱わない。

「想定されてきた」ことを、実際の実験でどこまで確かめたのか。次章はその記録を読む。

2. 鳥は、どちらの ガを たべたの?

2. 6年かけて、4864匹のガを庭に放した

2. マジェラスの6年間の放虫実験 ── 4864匹と、批判に答える設計

マイケル・マジェラスさんは、イギリスの 庭で、6ねん かけて ガを しらべました。庭の 広さは 1ヘクタール、たてよこ 100メートルぐらいです。ここに 4864ひきの ガを はなして、鳥に たべられる ようすを 見ました[3]。

けっかは、黒い ガの ほうが、たべられやすい ものでした。1970ねんごろからの 黒い ガの きゅうな へりかたを、せつめいできる くらい 強かった、と ほうこくされています[3]。

むかしの 実験じっけんには、「ガを 木の みきに おくのは ふしぜんだ」と いう 声も ありました。そこで この 実験じっけんでは、ガが ほんとうに やすむ ばしょも しらべました。3ぶんの 1ぐらいの ガが、みきで やすんで いました[3]。

マジェラスさんが なくなった あと、いっしょに 研究した 人たちが、2012ねんに 論文ろんぶんに まとめました[3]。

この疑問を実験で確かめようとしたのが、マイケル・マジェラスさんです。ケンブリッジシャーの1ヘクタール(100m四方ほど)の庭で、6年間に4864匹のガを放し、鳥に食べられる様子を調べました。同種のガを使った似た研究のなかで、最大規模とされます[3]。

結果は、黒い型に不利な選択が強く働いた、というものでした。選択の強さを表す数(s)は、1日あたり約0.09。95%の確からしさで0.028〜0.157の幅がありますが、近年の黒い型の急な減少を説明できる大きさだと報告されています[3]。sは「1日あたりの選択の強さ」で、「黒い型の9%が死んだ」という意味ではありません。

以前の実験には、ガを木の幹に置く方法が不自然な休み場所だという批判がありました。そこでこの研究は、ガが実際にどこで休むかを観察し、ガの約35%が幹で休むことを示しました。観察では、約26%が鳥に食べられるところを双眼鏡で確認しています[3]。35%は休む場所の割合で、26%は観察できたガのうち食べられた割合です。別の数字です。

マジェラスさんが亡くなったあと、共著者が2012年に論文として発表しました。

Cook ほか(2012)が報告したマジェラスの実験は、ケンブリッジシャーの1ヘクタールの庭で、6年間に4864匹のガを放し、鳥による捕食を調べたものだ。同種の類似研究で最大規模とされる。マジェラスの死後に共著者が発表した[3]。

結果は、黒化型に不利な選択が強く働くというものだった。選択係数 s は1日あたり約0.091(尤度から求めた95%信頼区間は0.028〜0.157)で、近年の黒化型の急減を説明できる大きさだと報告された[3]。s は1日あたりの選択の強さで、「黒化型の9%が死んだ」という意味ではない。

この実験は、過去の実験への批判に答える設計をとった。以前は、ガを木の幹に置く方法が、実際の休み場所と違う不自然なものだと批判された。マジェラスらは、ガが実際に休む場所を調べ、約35%が幹で休むことを報告した。観察では、約26%のガが鳥に食べられるところを双眼鏡で確認している[3]。35%は休む場所の割合、26%は観察できたガのうち食べられた割合で、混ぜて読まない。

1つの実験で全てが決まるわけではない。ここで確かめられたのは、現在の黒化型の急減と鳥による選択の大きさが合う、ということだ。

3. 二人の 学者と、進化しんかが おきる 3つの こと

3. 二人の学者が同じ考えにたどりつき、条件は3つに整理された

3. 1858年のリンネ学会と、自然選択が働く3条件

この 考えを 論文ろんぶんに した 人が、ふたり います。ダーウィンと ウォレスです。1858ねん7月1日、ロンドンの 学会で、ふたりの 論文ろんぶんが 読みあげられました。ふたりとも、会場には いませんでした[4]。

ダーウィンは、体の ぐあいが わるく、むすこさんを なくした かなしみの なかに いました。ウォレスは、インドネシアの モルッカしょとうに いました。

ダーウィンは 1859ねんの 本で、この しくみを 自然しぜん選択せんたくと よびました[5]。

いまの 説明せつめいでは、自然しぜん選択せんたくが はたらく ことを、3つに まとめます。1つめ。おなじ なかまでも、1ぴきずつ すこし ちがいます。2つめ。生まれた 子が ぜんぶ 大きく なれる わけでは なく、子を のこせる 数に ちがいが 出ます。3つめ。その ちがいが、親から 子へ 遺伝いでんします[6][7]。

この 3つが そろうと、よく 生きのこって 子を たくさん のこす ちがいが、あつまりの なかで ふえて いきます。黒い ガの ばあいは、体の 色に ちがいが あり、たべられやすさが ちがい、色が 親から 子へ つたわる、と いう ことです。

ただし、進化しんかは はしごを のぼって 「よく なる」 ことでは ありません。木の えだが わかれる ように、いろいろな むきに ひろがります。いまの 環境かんきょうで ちゃんと くらせれば よい、と 説明せつめいされます[8]。

1858年7月1日、ロンドンのリンネ学会で、ダーウィンとウォレスの自然選択についての論文が読み上げられました。ところが二人とも会場にいませんでした。ダーウィンは体調が悪く、息子を亡くした悲しみの中にいました。ウォレスは、インドネシアのモルッカ諸島から論文を送っていました[4]。

翌1859年の『種の起源』第4章で、ダーウィンは、有利な変異が保たれ、有害な変異が除かれることを「自然選択」と呼びました。また、自然選択は「それぞれの生物のためだけに」働く、とも述べています(原文は英語。ここは要旨です)[5]。

現代の解説は、自然選択が働く条件を3つにまとめます。(1)個体に、形質の変異がある。(2)環境が支えられる数には限りがあり、全員が同じだけ子を残せるわけではない。(3)その形質が遺伝する。3つがそろうと、生き残って多く子を残す性質が、世代を重ねるごとに集団の中で増えます[6][7]。黒いガでは、体の色に個体差があり、鳥に食べられやすさがちがい、色は親から子に伝わります。

ただし、自然選択は「良くなる」ことを約束しません。進化は「はしご」ではなく「木」で、人もたくさんの小枝のひとつだと説明されます。生き物は、今の環境で十分に生き残れる程度に合っていれば足ります[8]。

ダーウィンとウォレスの自然選択についての論文は、1858年7月1日にロンドンのリンネ学会で読み上げられた。ダーウィンは体調不良と息子を亡くした悲しみのなかにあり、ウォレスはインドネシアのモルッカ諸島にいて、二人とも会場にはいなかった[4]。

ダーウィンは『種の起源』(1859)第4章で、有利な変異が保たれ有害な変異が除かれることを自然選択と呼び、自然選択は「それぞれの生物のためだけに」働くと述べた[5]。原文は英語で、ここは要旨だ。

現代の解説では、自然選択が働く条件は、(1)個体に形質の変異がある、(2)環境が支えられる数に限りがあり、繁殖に差が出る、(3)その形質が遺伝する、の3つ[6]。国立環境研究所ニュースの解説も、形や性質の少しの違いが、生きのびる力と残す子の数の差になり、遺伝するなら子孫が増えるという同じ筋道を示す[7]。黒化型では、体色の違い(変異)、捕食されやすさ(繁殖の差)、体色の遺伝の3つが対応する。

自然選択は、より良い方向に進むことを保証しない。進化は「はしご」ではなく「木」で、生物は今の環境で十分に生き延びられる程度に合っていればよい[8]。

4. 島の 鳥の くちばしは、どう かわったの?

4. 干ばつの年に、くちばしの大きな鳥が生き残った

4. ダフネ・メジャー島の1977年の干ばつ ── 生存は偶然ではなく、平均が1世代で動いた

ガラパゴスの ダフネ・メジャーと いう 島に、ダーウィンフィンチと いう 鳥が います。1977ねんに、ひでりが ありました。この とき、だれが 生きのこるかには かたよりが あり、大きい 鳥、とくに くちばしの 大きい おすが おおく 生きのこった、と ほうこくされました[9]。

ひでりの あいだ、かたくて 大きな 種たねが のこって いました。それを われる 鳥が、生きのこりやすかったのです。

くちばしの あつみの へいきんは、ひでりの まえが 9.2ミリ、生きのこった 大人が 9.9ミリ、つぎの 年に 生まれた 子が 9.7ミリでした[10]。0.5ミリの ちがいですが、子にも 大きい くちばしが つたわって、1せだいで へいきんが うごきました。

ここで 大事なのは、1わずつが がんばって くちばしを 大きくした わけでは ない ことです。はじめから 大きい くちばしの 鳥が いて、その 鳥が 多く のこりました。かわったのは、あつまりの なかの わりあいです[8]。

ガラパゴス諸島のダフネ・メジャー島で、1977年に干ばつがありました。この干ばつのあいだのダーウィンフィンチの生き残りには、かたよりがあったと報告されています。大きな鳥、とくにくちばしの大きな雄が、多く生き残りました。干ばつで、硬くて大きな種子が食べ物として多く残り、それを割れる鳥が有利だったためです[9]。

ある教材にまとめられた数字では、くちばしの深さ(厚み)の平均は、干ばつ前が9.2mm、生き残った成鳥が9.9mm、翌1978年に生まれた子が9.7mmでした[10]。子も大きなくちばしを受け継いでいたので、1世代で集団の平均が動いたことになります。

ここでも、1羽が努力してくちばしを大きくしたわけではありません。進化するのは個体ではなく集団で、一生のうちに環境に合わせて起こした変化は、遺伝的な変化とはちがいます。有利な形質が選ばれるのは、あらかじめ遺伝的な変異として集団にあったときだけです[8]。

Boag & Grant(1981, Science)は、ダフネ・メジャー島で、1977年の干ばつを通したダーウィンフィンチの生存が非ランダムだったと報告した。大きな個体、特にくちばしの大きい雄が最もよく生き残った[9]。干ばつで硬く大きな種子が相対的に多く残り、それを割れる個体が有利だったと説明される。

教材の要約(OpenLearn)では、成鳥のくちばしの深さの平均は、干ばつ前が9.2 mm、生存個体が9.9 mm、1978年生まれの子が9.7 mm だ。生存で0.7 mm 上がった平均が、次世代でも9.2 mm より0.5 mm 大きく残っている。くちばしの大きさが遺伝する、という解釈と合う[10]。個体数は資料により異なるため、ここでは書かない。

選択と遺伝がそろうと、1世代で集団の平均が動く。ただし動いたのは集団の平均で、個体が一生のうちに変えたのではない[8]。自然選択には意図も感覚もなく、生物や種が「何を必要としているか」を感じて与えるわけではない。有利な形質が選ばれるのは、あらかじめ遺伝的な変異として集団にあるときだけだ[8]。

5. 黒い ちからは、いつ 生まれたの?

5. 変異は、役に立つより前にあった

5. 選択より先にある変異 ── cortex 遺伝子の転移因子(約1819年)と、1943年のルリアとデルブリュック

黒い ガの 黒さは、遺伝子いでんしの 中に 大きな ぶぶんが はいりこんだ ことが もとでした。2016ねんの 研究では、それが おきたのは 1819ねんごろと 見つもられました[11]。

黒い ガが はじめて つかまった 1848ねんより 前です。この 見つもりが 正しければ、工場の けむりが ふえる 前から、黒い ガの もとは 生まれて いた ことに なります。ただし 1819は 見つもりの 数で、その 年に おきたと 言いきれる 数では ありません。

たとえば、雨の 日に ぬれずに すむのは、雨が ふる 前から かさを 持って いた 人です。かさは、雨を 見てから 作った わけでは ありません。環境かんきょうは、もともと ある ちがいの 中から、のこる ものを えらぶだけです。ただし ほんとうは、ガや 鳥は かさを 持とうと 考えて いません。

もう 1つ、菌きんの 実験じっけんが あります。1943ねん、ルリアと デルブリュックは、大腸菌だいちょうきんを たくさんの 小さな ようきに わけて、ウイルスに あわせました。ウイルスに あってから 強く なるなら、どの ようきでも のこる 菌きんの 数は だいたい そろうはずです。ところが 数は、ようき ごとに 大きく ばらつきました[12]。

ここから、ウイルスに 強い 菌きんは、ウイルスに あう 前に、たまたま 生まれて いたのだと 考えられました。必要ひつようだから 変化へんかが おきる、のでは なさそうです。

黒い型のもとになった変異は、cortex という遺伝子の中に、大きな繰り返し配列(DNAの中を動く配列)が入りこんだものでした。2016年の研究は、この出来事が起きたのは約1819年ごろと推定しました[11]。

黒い型が最初に記録された1848年より前です。この推定が正しければ、すすの多い環境が広がる前に、変異はすでに集団の中にあったことになります。ただし1819年は統計的な推定で、「その年に起きた」と言い切れる数字ではありません。

環境は、ふるいにたとえられます。ふるいは、網の目に合う粒を残すだけで、新しい粒を作ることはありません。自然選択も、集団にある遺伝的な変異に働くだけです。ただし本当は、環境が意図してふるいを使うわけではなく、生き残りやすさの差が結果としてそうなるだけです。

では、必要になってから変異が起きるのでしょうか。1943年にルリアとデルブリュックは、大腸菌を小さな別々の培養に分け、ファージ(細菌に感染するウイルス)にさらして、生き残る耐性菌の数を比べました。ファージに会ってから耐性ができるなら、培養ごとの数はそろうはずです。実際には、ばらつきが平均よりずっと大きくなりました。耐性は会う前に、偶然の変異で生じていたことを支持する結果とされます[12]。

黒化型のもとになった変異は、cortex 遺伝子の最初のイントロンに、大きな繰り返し配列をもつ転移因子(DNAの中を動く配列)が入ったものだった。Van't Hof ほか(2016, Nature)は、この転移が起きたのは約1819年ごろと推定した[11]。

1819年は、黒化型が最初に記録された1848年より前だ。この推定が正しければ、すすの多い環境が広がる前に、変異はすでに集団にあったことになる。ただし1819年は統計的な推定値で、「その年に起きた」と断定できる数字ではない。

「変異は必要が生じてから起きるのか」という問いには、ルリアとデルブリュックの1943年の実験(Genetics 28:491–511)が答えた。大腸菌を小さな別々の培養に分け、ファージにさらして耐性菌の数を比べた。耐性がファージに会ってから作られるなら、培養ごとの数はそろうはずだ。実際は分散が平均よりずっと大きく、選択圧の前に、変異がランダムに生じていたとする仮説を支持する結果だった[12]。この節は、原論文を引用した二次資料による。

6. 実験じっけん室で、進化しんかを 見られるの?

6. 1988年に始まった、大腸菌の進化をやり直せる実験

6. レンスキの長期進化実験 ── 12集団のうち1集団だけがクエン酸を使えるようになった

レンスキさんは、1988ねんに、大腸菌だいちょうきんを つかった 実験じっけんを はじめました。おなじ 大腸菌だいちょうきんから 12この あつまりを つくり、まいにち 1%だけを あたらしい えきに うつして そだてます[13]。

菌きんは はやく ふえます。1日に 6.64せだい ぶん ふえる、と 計算されて います。500せだい ごとに 菌きんを こおらせて とって あるので、あとで 昔の 菌きんを とかして、やりなおせます。

2008ねんの 論文ろんぶんでは、12この うち 1つだけが、およそ 3万1500せだい めで、えきに 入って いた クエンさんを 使えるように なりました。それまでに 数十億おくの かわりかたを ためした あつまりでも、どれも できませんでした[14]。

こおらせた 昔の 菌きんから やりなおすと、2万せだいごろまでに、その 力の 「まえぶれ」に なる かわりかたが、もう おきて いたと わかりました。1日に 6.64せだいなら、3万1500せだいは およそ 4700日、13年ぶんです。

おなじ 12この あつまりでも、ぐうぜんと れきしで、行きつく ところが ちがう ことが ある ようです。

ガや鳥は野外で調べますが、細菌なら、進化を実験室で見られます。リチャード・レンスキの長期進化実験は、1988年に、同じ大腸菌から作った12の集団で始まりました。毎日、各集団の1%を新しい培地に移し、1日に約6.64世代ずつ重ねます。500世代ごとに凍結標本をとっておくので、あとから過去の状態にもどして、実験をやり直せます[13]。

2008年の論文によると、12の集団のうち1つだけが、約3万1500世代で、培地にあるクエン酸を使えるようになりました。それまで、どの集団も数十億の変異を試しながら、起こせませんでした[14]。「1つだけ」は、この論文の時点の話です。

凍結標本からやり直すと、約2万世代までに、その力の前ぶれとなる変異が生じていたと分かりました。1日6.64世代で計算すると、3万1500世代は約4700日、およそ13年分です[14]。

同じ出発点の12の集団でも、変異が起きる偶然と、それまでの歴史によって、行き着く先がちがうことがあるようです。

Lenski の長期進化実験(LTEE)は、1988年2月24日に、同一の大腸菌から作った12集団で始まった。毎日各集団の1%を新しい培地に移し、1日に約6.64世代を重ねる。500世代ごとに凍結標本を保存しており、過去の状態から「やり直し」の実験ができる[13]。世代数は今も更新され続けているので、この記事では特定の値を書かない。

Blount, Borland & Lenski(2008, PNAS)は、12集団のうち1集団だけが、約3万1500世代でクエン酸を利用できる変異体(Cit+)に進化したと報告した。それまで各集団は数十億の変異を経験していたが、どの集団も起こせなかった。凍結標本からのやり直しでは、約2万世代までに、のちの進化を可能にする前ぶれの変異(potentiating mutation)が生じていた[14]。

1日6.64世代で計算すると、3万1500世代は約4700日、およそ13年分になる。「1集団だけ」は2008年の論文の時点の記述だ。後の再現実験では、複数回起きたと報告されている[13]。偶然に起きる変異と、それまでの歴史(前ぶれの変異があるかどうか)が、行き着く先を左右したと考えられる、という解釈になる。

7. 身の まわりの 「ちがい」を さがして みよう

7. 身近な「ちがい」を探してみる

7. 出口 ── 集団の中のちがいを数え、原典で確かめる

こうえんの ハトを、とおくから 見てみましょう。いろや もようの ちがう ハトが いるか、さがして みます。10わ 見て、ちがいを 3つ 見つけられるでしょうか。さわったり、えさを あげたり しません。かえったら 手を あらいます。

ちがいを 見つけたら、考えて みます。その ちがいは、親から 子へ つたわりそうか。たべられやすさや、くらしやすさに かかわりそうか。答えは わからなくて かまいません。この 記事で 見た 3つの ことが、どこに 当てはまるかを さがす、あそびです。

ハトが 見つからない ときは、家の ちかくで いつも 見る いきものを えらんで、おなじ ものを 何びきか くらべて みましょう。

身近な生き物で、「同じ種類の中のちがい」を探してみましょう。公園のハトなら、羽の色や模様のちがう個体がいるか、10羽ぶんを数えて分けられます。ハトにはさわらず、餌もあげず、帰ったら手を洗います。

ちがいが見つかったら、その色や模様が親から子へ伝わるのか、食べられやすさや暮らしやすさに関係するのかを考えます。見ただけでは分からないことがほとんどのはずです。「分からない」と気づくことも、観察の成果です。

日本語で読める資料には、国立環境研究所ニュースの竹中明夫さんの解説(1997年度)があります。自然選択の筋道を、生き物の個体差から順に説明しています[7]。書かれたのが古いので、数字より考え方を読む資料として使うとよいでしょう。

観察は単純でよい。公園などで同じ種の個体を10羽ほど選び、羽の色や模様のちがいを数えて分類する。ちがう個体が見つかれば、それが遺伝するのか、捕食されやすさなどの差につながるのかは、観察だけでは決められない。何が分からないかを言葉にするところまでが、この観察の成果になる。鳥にはさわらず、巣や雛には近づかない。

資料は、読む順番を決めておくと入りやすい。ダーウィンの『種の起源』第4章は、Wikisource で無料公開されている英語の原典で、自然選択の定義と、「それぞれの生物のためだけに」という言い回しを確かめられる[5]。Cook ほか(2012)は、鳥による捕食の実験で、以前の批判にどう答えたか。s の信頼区間は何を意味するか。全文は Europe PMC で読める[3]。Van't Hof ほか(2016)は、約1819年という値をどう推定したのか[11]。日本語では、国立環境研究所ニュースの解説(1997年度)が、自然選択の筋道を短くまとめている[7]。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:進化の考え方の解説、ガの実験と遺伝の論文、島の鳥と大腸菌の論文、ダーウィンの原典を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. Wikipedia「Peppered moth evolution」。https://en.wikipedia.org/wiki/Peppered_moth_evolution (黒い型の最初の記録と、1895年のマンチェスターの割合。総説を要約した二次資料)
  2. Cook ほか (2012) Biology Letters(要旨)。https://discovery.ucl.ac.uk/1354483/ (黒い型が増え、1970年ごろから減ったこと)
  3. Cook ほか (2012) Biology Letters 8:609(Europe PMC 全文 PMC3391436)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3391436/ (マジェラスの6年間の実験、選択の強さ、幹で休む割合)
  4. The Linnean Society「160th anniversary of the presentation of 'On the tendency of species to form varieties'」。https://www.linnean.org/news/2018/07/01/1st-july-2018-160th-anniversary-of-the-presentation-of-on-the-tendency-of-species-to-form-varieties (1858年7月1日の論文発表と、二人が会場にいなかったこと)
  5. Darwin『On the Origin of Species』(1859) Chapter IV(Wikisource)。https://en.wikisource.org/wiki/On_the_Origin_of_Species_(1859)/Chapter_IV (自然選択の名づけと、「それぞれの生物のためだけに」働くという記述。原文は英語)
  6. Understanding Evolution(カリフォルニア大学バークレー校)「Natural selection」。https://evolution.berkeley.edu/evolution-101/mechanisms-the-processes-of-evolution/natural-selection/ (自然選択が働く3つの条件)
  7. 竹中明夫「国立環境研究所ニュース」16巻5号(1997年度)。https://www.nies.go.jp/kanko/news/16/16-5/16-5-06.html (日本語の解説。個体差、生きのびる力と残す子の数、遺伝の筋道)
  8. Understanding Evolution(UCバークレー)「Misconceptions about evolution」。https://evolution.berkeley.edu/evolution-101/misconceptions-about-evolution/ (進化するのは集団であること、進化は「はしご」でなく「木」であること、自然選択に意図がないこと)
  9. Boag & Grant (1981) Science 214:82(PubMed 要旨)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17802577/ (1977年の干ばつでの、ダーウィンフィンチの生き残り方)
  10. OpenLearn(Open University)「Natural selection in Darwin's finches」。https://www.open.edu/openlearn/science-maths-technology/migration/content-section-3.4 (くちばしの深さの平均の数字。教材による要約)
  11. Van't Hof ほか (2016) Nature 534:102(PubMed 要旨)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27251284/ (黒い型のもとの変異と、約1819年という推定)
  12. Wikipedia「Luria–Delbrück experiment」。https://en.wikipedia.org/wiki/Luria%E2%80%93Delbr%C3%BCck_experiment (1943年の実験のようす。原論文を引用した二次資料)
  13. Wikipedia「E. coli long-term evolution experiment」。https://en.wikipedia.org/wiki/E._coli_long-term_evolution_experiment (実験の始まり、世代数、凍結標本、後の再現実験。二次資料)
  14. Blount, Borland & Lenski (2008) PNAS(PubMed Central 要旨 PMC2430337)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2430337/ (クエン酸を使える変異体が1集団に現れたことと、やり直しの結果)

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