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ここに書いてあることは、誰かが実際に手を動かして調べ、考え、作り上げてきたものを拾い集めています。専門の本や論文、作品、そしてそれを生み出した人たち。気になったことがあれば、ぜひそのおおもとに直接ふれてみてください。このメモには書ききれない熱を、感じてもらえると思います。

ハロウィンの ランタンは、はじめ カボチャじゃ なかったの?

ハロウィンのランタンは、はじめカブだった? ── 仮装と合言葉のルーツ

ハロウィンはどこの行事か ── カブのランタン、仮装、トリック・オア・トリート、日本への広まり

分野:歴史・文化

アイルランドの博物館はくぶつかんに、こわい 顔を した カブが かざって あります。ハロウィンの 夜の あかりとして、いまから 100ねん いじょう まえに 作られた ものです。

ハロウィンの あかりは、カボチャの はず。どうして カブなのでしょう。ほかにも、どうして 仮装かそうを するのか、「トリック・オア・トリート」は どこから 来たのか、にほんには いつ 来たのかを、しらべて みました。

アイルランドの博物館に、しかめっつらの顔を彫った、カブのランタンが展示されています。今から100年以上前、ハロウィンの夜に使われたものです。

ハロウィンのランタンといえばカボチャのはずです。なぜカブなのでしょうか。カブの顔をきっかけに、ハロウィンがもともとどこの行事なのか、なぜ仮装するのか、「トリック・オア・トリート」はどこから来たのか、日本にはいつ、どこから広まったのか、世界のハロウィンは同じなのかを、いくつもの資料を突き合わせて調べました。

アイルランド国立博物館に、目を細くくり抜き、ぎざぎざの歯を彫ったカブのランタンが展示されている。1900年ごろ、ハロウィンの夜に使われた灯りだ。

ハロウィンの灯りといえばカボチャだが、アイルランドやスコットランドには、カブをくり抜いて作った灯りの記録がある。カブから話を始めて、ハロウィンの起源(サウィン祭起源説をどこまで言えるのか)、仮装と「トリック・オア・トリート」の変遷、日本に広まった経緯、世界の祝い方の違いを、複数の資料を突き合わせて整理する。

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1. カブの ランタンって、なに?

1. 博物館のカブは、100年以上前のランタン

1. 「ゴースト・ターニップ」── カブで作ったランタン

この カブは、1900ねんごろの アイルランドの ハロウィンで 使われた ランタンです。目は ほそい あな、口には ぎざぎざの 歯。わざと こわい 顔に 作って あります。ろうそくを 中に 立てて、10月31日の 夜に 人を おどろかせる ために 使われた そうです[1]。

いまは、せっこうで そっくりに うつしとった ものが かざられて います[1]。

どうして カブなのでしょう。むかしは 金ぞくの ランタンが 高かったので、やさいを くりぬいて あかりに した、と 博物館はくぶつかんの 人は 話して います[2]。

「ジャック・オー・ランタン」には、ジャックと いう 人の むかしばなしが あります。ジャックは あくまを だまします。死んだあと、天国にも じごくにも 入れて もらえません。あくまに わたされた 火の ついた 石炭せきたんを、くりぬいた カブに 入れて、ずっと さまよって いる、と いう お話です[7]。ほんとうに あった できごとでは ありません。

そのあと、アイルランドや スコットランドから アメリカへ わたった 人たちが、大きくて くりぬきやすい カボチャを 使うように なった、と いわれます[2]。カブと カボチャが どうつながって いるのかは、はっきり 分かって いません[8]。

では、こわい 顔の カブを 作った 人たちは、なんの 夜の ために 作ったのでしょう。まず、「ハロウィン」と いう 名前から しらべます。

アイルランド国立博物館(カントリーライフ館)には、「ゴースト・ターニップ(おばけカブ)」と呼ばれる展示があります。目は細い切れ込み、口にはぎざぎざの歯。わざと怖い顔に彫ったカブのランタンです。1943年に、ドニゴール県フィンタウン近くで教えていた先生が博物館に寄せたもので、その土地では1900年ごろに作られていた型だと説明したそうです。ろうそくを中に立て、10月31日の夜に人を驚かせるために使われました[1]。

今は、石膏で形をとった複製が展示されています[1][2]。

なぜカボチャでなくカブだったのでしょうか。アイルランドの移民博物館EPICの学芸員ネイサン・マニオンさんは、金属のランタンは高かったので、人々は根菜をくり抜いて使ったのだと説明しています[2]。

「ジャック・オー・ランタン」という名前は、ハロウィンより古い言葉です。英語では1650年代に「ランタンを持ったジャック」という言い方があり、夜の野原などで見える不思議な火(鬼火)を指しました。カボチャのランタンの意味で使われた例は、アメリカ英語で1800年代前半に出てきます[3]。アイルランドには、この名前にまつわる昔話があります。ジャックという男が悪魔を2度だまし、死んだあと天国にも地獄にも入れてもらえず、悪魔に投げられた石炭をくり抜いたカブに入れて、さまよい続けているという話です[7]。この話は1836年のアイルランドの雑誌に載っていますが、その記事にはくり抜いた野菜は出てこないと説明されています[4][5]。

灯りの意味も、1つに決まりません。怖い顔は魔よけだったと説明されます[1]。歴史学者のニコラス・ロジャーズさんは、死者の魂を思う日に、くり抜いたカブを持って家々を回る人たちがいて、その灯りは、天国に入る前に清めを受けているとされる魂を表した、と書いています[6]。

アメリカでは、カボチャはもともと秋の収穫を祝う象徴で、ハロウィンだけのものではありませんでした。北アメリカへ渡ったアイルランドやスコットランドの人たちが、大きくてくり抜きやすいカボチャを使うようになり、ハロウィンと結びついたといわれます[7][2]。ただ、博物館のクロダ・ドイル(Clodagh Doyle)さんは、カブとカボチャの直接のつながりは見つからないかもしれないが、カブのランタンがアイルランドで作られていたことは確かだ、と話しています[8]。

では、この怖い顔のカブは、何の夜のためのものだったのでしょうか。まず、「ハロウィン」という名前から調べます。

アイルランド国立博物館(カントリーライフ館)が展示する「ゴースト・ターニップ」は、目を細くくり抜き、ぎざぎざの歯を彫ったカブのランタンである。1943年に、ドニゴール県フィンタウン近くで教えていた教師が博物館に寄せたもので、その土地で1900年ごろに作られていた型だと説明したという。ろうそくを中に立て、10月31日の夜に人を驚かせるために使われた[1]。現在は、博物館が石膏で型をとり、彩色した複製を展示している[1][2]。

「ジャック・オー・ランタン」という名前はハロウィンより古い。英語では1650年代に「ランタンを持ったジャック」という言い方があり、夜の野原や湿地で見える鬼火(ignis fatuus)を指した。カボチャのランタンの意味は、アメリカ英語で1800年代前半に現れる[3]。アイルランドの昔話では、けちなジャック(鍛冶屋だったとする話が多い)が悪魔を2度だまし、死後、天国にも地獄にも入れてもらえない。悪魔が投げた石炭を、くり抜いたカブに入れて歩き続ける[7]。この話が1836年のダブリンの雑誌に長い読み物として載ったことは確かだが、その記事にはくり抜いた野菜は出てこないと説明される[4][5]。昔話とカブの灯りがいつ結びついたのかは、はっきりしない。

なぜカブか。EPICアイルランド移民博物館の上席学芸員ネイサン・マニオンは「金属のランタンは高価だったので、人々は根菜をくり抜いた」と説明する[2]。灯りの意味は1つに絞れない。怖い顔は魔よけとされ[1]、ロジャーズ(Nicholas Rogers)は、死者の魂を思う日にくり抜いたカブを持って家々を回る人々がいて、その灯りは、煉獄(天国に入る前に清めを受けるとされる場所)にいる魂を表したと書く[6]。

カボチャへの移行は北アメリカで起きた。アメリカではカボチャは秋の収穫の象徴で、ハロウィン専用ではなかったが、アイルランドやスコットランドからの移民が、大きくてくり抜きやすいカボチャを使うようになり、ハロウィンと結びついたと説明される[7][2]。同館のクロダ・ドイル(Clodagh Doyle)は、カブからカボチャへの直接の系譜は見つからないかもしれないが、19世紀のアイルランドでカブのランタンが作られていたことは言える、と述べている[8]。

では、この怖い顔のカブは、何の夜のための灯りだったのか。「ハロウィン」という名前の由来から確かめる。

2. ハロウィンは、どこの おまつり?

2. 「ハロウィン」という名前は、教会の暦から

2. 万聖節の前夜とサウィン ── 起源をめぐる2つの説明

「ハロウィン」は、「すべての せいじんの 日の 前の 夜」と いう いみの ことばが 短く なった もの、と いわれます[9]。

キリスト教の こよみでは、11月1日が「すべての せいじんの 日」、その 次の 日の 11月2日が、なくなった 人を おもう「死者の日」です[9][10]。ハロウィンは、その 前の 夜の 10月31日の ことです。

もうひとつ、アイルランドには「サウィン」と いう、冬の はじまりごろの おまつりが ありました。「これは ケルトの 人たちの 新年で、なくなった 人を おもう 日でも あった」と 書く 本が 多く あります。

ところが、れきしの 学者の ハットンさんは、この せつめいの 証拠しょうこを しらべなおして います。中世の きろくには、11月1日が ケルトの 人たち みんなの 大きな おまつり だった、と 分かる ものは ない、と 書きました[11][12]。

サウィンの おまつりが あった ことは、たしかです。でも「ハロウィンの ぜんぶが サウィンから 来た」とは、いいきれません。教会の こよみと、むかしからの くらしの ならわしが まざりあって 今の 形に なった、と 考える 人が います。

では、この 夜、人びとは なにを したのでしょう。つぎは、仮装かそうの おはなしです。

「ハロウィン(Halloween)」は、「All Hallows' Eve」、つまり「すべての聖人の日の前の夜」が縮まった名前です。hallow は「聖なる人(聖人)」を指す古い英語で、キリスト教(カトリック)の暦では、11月1日が諸聖人しょせいじんの日(万聖節ばんせいせつ)、翌2日が死者の日です[9][10]。11月1日は、8世紀前半のローマ教皇グレゴリウス3世(在位731〜741年)が定めたと説明されます[9]。死者の日は、998年にクリュニー修道院の院長オディロンが始め、11世紀に広まりました[10]。

もう1つの説明は、古代ケルト人のサウィン祭起源説です。サウィン(Samhain)は、中世のアイルランドで冬のはじまりを告げた祭りで、初期の物語には、王が人々を集める集会の時期として出てきます[11]。そして「ケルト人はこの日に新年を祝い、死者を思う日でもあった。教会がその上に万聖節を重ねた」と説明する本が、2000年ごろには定説のように並んでいました[12]。

歴史学者のロナルド・ハットンさんは、この説明がどこから来たのか、根拠は何かを、2024年の論文で調べ直しています。19世紀末から20世紀初めの学者リース(John Rhys)とフレイザー(James Frazer)の影響が大きかったこと、そして1996年の本では、中世の記録に、11月1日が「ケルト全体の大きな祭り」だったと示すものは無い、と結論していることが要点です[11][12]。ロジャーズさんも、フレイザーは万聖節や死者の日の儀式を、それ以前の祭りと混同したらしい、と指摘しています[6]。

アイルランド国立博物館の解説は、ハロウィンをサウィン(11月1日)の前夜として紹介し、仮装、死、魔よけ、木の実や果物、遊び、いたずら、結婚のうらないが、この夜の伝統の一部だったと述べています[13]。

サウィンという冬のはじまりの祭りがあったことは確かでも、それがハロウィンのすべての元だとは言い切れません。ここは、研究者の間でも説明が分かれるところです。では、この夜、人々は実際に何をしたのでしょうか。次の章は、仮装です。

「ハロウィン(Halloween)」は「All Hallows' Eve」、つまり諸聖人の日の前夜が縮まった名前である。hallow は「聖なる人(聖人)」を指す古い英語で、カトリックの暦では11月1日が諸聖人の祭日(万聖節ばんせいせつ)、翌2日が死者の日にあたる[9][10]。11月1日は、8世紀前半の教皇グレゴリウス3世(在位731〜741年)が定めたと説明される[9]。死者の日は、998年にクリュニー修道院長オディロンが始め、その修道士たちの影響で11世紀に広まった[10]。

もう1つの説明が、古代ケルト人のサウィン祭起源説である。サウィン(Samhain)は、中世アイルランドで冬のはじまりを告げた祭りで、初期の物語では、王が人々を集める集会の時期としてしばしば出てくる[11]。「古代ケルト人」を扱う本では、ケルト人はこの日に新年を祝い、死者を思う日でもあった、それを教会が万聖節に置き換えた、という説明が、2000年ごろには定説のように書かれていた[12]。

この定説は、いま見直されている。歴史学者ロナルド・ハットンは、著書『The Stations of the Sun』(1996年)で、中世の記録は、11月1日が「ケルト全体の大きな祭り」だったことも、そこで宗教的な儀式が行われたことも示さない、と結論した[11]。2024年の論文「ケルトの新年と死者の祭り」では、この定説が19世紀末〜20世紀初めの学者リース(John Rhys)とフレイザー(James Frazer)の影響で広まった経緯と、彼らが示した根拠を検討している[12]。ニコラス・ロジャーズも、フレイザーが万聖節・死者の日の儀礼と、それ以前の祭りとを混同したらしいと指摘する[6]。

アイルランド国立博物館の解説は、ハロウィンを、伝統的なアイルランドの暦の節目であるサウィン(11月1日)の前夜と位置づけ、仮装、死、魔よけ、木の実や果物を食べること、遊び、いたずら、結婚の占いが、この夜の伝統の一部だったと紹介する[13]。

まとめると、サウィンという冬のはじまりの祭りがアイルランドにあったことは確かだが、それが古代の死者の祭りだったのか、ハロウィンの直接の元なのかは、研究者の間でも説明が分かれる。今のハロウィンの習慣は、キリスト教の暦と民間の習わしが重なるなかで形を取ってきた部分が大きい、というのが、ハットンやロジャーズの研究に沿った読み方である。この夜、人々は何をしたのか。次は仮装から見る。

3. どうして 仮装かそうを するの?

3. 仮装は、霊よけだったのか、いたずらの芝居だったのか

3. ガイジング(仮装して家々を回る風習)── 説明は2つある

アイルランドや スコットランドでは、ハロウィンの 夜に へんそうして 家を まわる 子どもや わかい 人が いました。スコットランドでは「ガイジング」と いいます[14]。

どうして 仮装かそうを したのか、むかしの 人の 考えは、2つ しょうかいされて います。

  • ひとつめ。この 夜は、なくなった 人の たましいや、わるい ものが 来ると しんじられて いました。見つからない ように、へんそうして 身を まもった、と いう 考えです[14]。
  • ふたつめ。ロジャーズさんの 本には、わかい 人たちが ふだんと ちがう 服を 着て、男の子が 女の子の 服を 着たり、たましいの まねを して いたずらを したり した、と 書かれて います[6]。

どちらが 元なのかは、書かれた きろくだけでは、きめにくい ようです。

スコットランドの ガイジングには、ルールが ありました。おかしを もらうには、うたや じょうだん、かくしげいを して みせる こと。げいを してから、ごほうびを もらいます[14]。おたのしみ会で 出しものを するのに にて います。ただし ほんとうは、おたのしみ会では なくて、むかしの 町や むらの ならわしです。

いまから 130ねん ほど まえ、1897ねんの 新聞には、「ガイジングは ばかばかしくて こまる」と 書く 人と、まもりたい 人の 手紙が のって います[14]。むかしの おとなの あいだでも、子どもの 仮装かそうに ついて 意見が 分かれて いたのです。

アイルランドやスコットランドには、ハロウィンの夜に仮装して家々を回る風習がありました。スコットランドでは「ガイジング(guising)」と呼ばれます[14]。

なぜ仮装したのか。説明は2つ紹介されています。

  • 霊よけ説。この夜は、帰ってくる死者の霊や悪い霊が歩き回ると信じられていて、見つからないように変装して身を守った、という説明です。スコットランド国立記録局の資料担当者が、この説を紹介しています[14]。ハロウィンの入門記事にも、霊に仲間だと思わせるために仮面をつけた、という形で書かれています[15]。
  • いたずらの芝居説。ロジャーズさんの本には、若者たちが普段と違う服を着て近所を回り、男の子が女の子の格好をしたり、悪い霊のまねをしていたずらをしたりした記録があります。嫌われ者にお灸をすえる役目もあったそうです[6]。

どちらが元なのかは、書かれた記録だけでは決めにくいようです。両方が混ざっていたのかもしれません。

スコットランドのガイジングには、決まりがありました。ごほうびをもらうには、歌や冗談、隠し芸を見せなければなりません。芸を見せてから、木の実やりんご、今ならお菓子をもらいます[14]。ただ仮装して立っているだけでは、もらえなかったのです。

この風習は、いつも歓迎されたわけではありません。1897年の新聞(Arbroath Herald)には、ガイジングを「ばかばかしくて困った習慣」と呼ぶ投書と、それを弁護する投書が並んで載りました[14]。130年ほど前のおとなたちも、子どもの仮装に意見が分かれていたことになります。

アイルランドやスコットランドには、ハロウィンの夜に変装して家々を回る風習(スコットランドではガイジング guising)があった[14]。ロジャーズによれば、スコットランドではガイジングが1950〜60年代まで、祭りの暦の一部だった[6]。

仮装の理由には、2つの説明がある。

  • 霊よけ説。この夜は、帰ってくる死者や悪意のある霊が歩き回ると信じられ、それに正体を見破られないための変装だった、という説明。スコットランド国立記録局の資料担当者が紹介している[14]。History.com でも、霊に仲間と思わせるために仮面をつけた、と書かれる[15]。
  • いたずらの芝居説。ロジャーズが引く記録では、若者たちが普段と違う服(男の子が女の子の格好をするなど)で近所を回り、悪意のある霊のまねをしていたずらをし、ときには不人気な人に「荒っぽい制裁」を加えた。ロジャーズはこの行為を、若い男たちの結束を強める機会でもあったとみている[6]。

どちらか一方が「本当の起源」と決める根拠は、書かれた記録には見つからない。霊よけの説明は、当時の人々の語りとして紹介されるが、記録として確かめにくい。両者が混ざって伝わったとみるのが無理のない読み方だろう。

スコットランドのガイジングには、対価の決まりがあった。ガイザー(guiser)は、家の人に冗談や歌を披露してからご褒美(木の実、りんご、今ではお菓子)をもらう[14]。仮装は、芸とセットだった。

この風習が常に歓迎されたわけではない。1897年11月11日のアーブロース・ヘラルド(Arbroath Herald)には、ガイジングを「愚かで好ましくない習慣」とする投書と、それを擁護する投書が並んで載った[14]。

4. どうして「トリック・オア・トリート」って いうの?

4. 「トリック・オア・トリート」── いたずらの予告が、お菓子の合言葉になるまで

4. ソウリングから「トリック・オア・トリート」へ ── 合言葉の変化

「トリック・オア・トリート」は、「おかしを くれないと いたずらするぞ」と いう いみ、と 言われる ことが 多い ことばです。

もとに なった と いわれる ならわしが、イギリスに ありました。11月2日の「死者の日」に、まずしい 人や 子どもが 家を まわり、「ソウルケーキ」と いう おかしを もらいます。かわりに、家の 人や なくなった 人の ために いのりました[16]。

北アメリカでは、100ねんほど まえの 1910ねんだいから 1920ねんだいに、ハロウィンの 夜の いたずらが ふえました。カナダの 新聞に、おかねや おかしを 出さないと いたずらする、と せまる 子どもたちの 話が のっています[17][18]。この ことばは、はじめは ほんとうに いたずらの よこくでも あったのです。

いたずらが ふえて こまった 町では、おかしを わたして いたずらを ふせぐ、町ぐるみの トリック・オア・トリートが 広まった、と いう 考えが あります[16]。

1950ねん、アメリカの フィラデルフィアの 子どもたちが、おかしの かわりに、かざった ミルクの はこを もって、こまって いる 世界の 子どもの ための おかねを 集めた ことが あります(ユニセフ)[20]。「トリート」は、おかしとは かぎらなかったのです。

「トリック・オア・トリート(Trick or treat)」は、「お菓子をくれないといたずらするぞ」という意味の合言葉です。この習慣のもとになったといわれるものが、いくつかあります。

1つは、イギリスの「ソウリング(souling)」です。11月2日の死者の日に、貧しい人や子どもが家々を回り、「ソウルケーキ」というお菓子をもらい、その代わりに家の人や亡くなった人のために祈りました[16]。もう1つは、前の章で見たスコットランドやアイルランドのガイジングで、芸をしてご褒美をもらう習慣です[14]。

「トリック・オア・トリート」という言葉そのものは、20世紀のカナダの新聞に出てきます。語源研究者のバリー・ポピクは、アルバータ州やサスカチュワン州の1920年代の新聞に早い例があると報告していて、メリアム=ウェブスター辞典の解説ページでも紹介されています[18]。1927年のアルバータ州の新聞記事は、いたずら好きな子どもたちが家々で「トリック・オア・トリート」と迫る様子を伝えたものだと紹介されます[17]。1917年のオンタリオ州の新聞(Sault Daily Star)にも、似た言い方の例があると報告されています[19]。つまりこの言葉は、はじめは本当にいたずらの予告でもありました。

1920〜30年代の北アメリカでは、ハロウィンの夜のいたずらが行きすぎて困る町が増えました。町や教会はパーティーやパレードを開き、お菓子を渡していたずらを防ぐような、町ぐるみのトリック・オア・トリートが1930年代に広まった、という説があります[16][17]。

「トリート」が、お菓子と決まっていたわけでもありません。1950年、アメリカ・フィラデルフィアの子どもたちは、お菓子の代わりに、飾りつけた牛乳パックを持って、こまっている世界の子どもたちのためにお金を集めました。これが今もつづく「トリック・オア・トリート・フォー・ユニセフ」の始まりです[20]。

「トリック・オア・トリート」の前身として、2つの習慣が挙げられる。1つはイングランドのソウリング(souling)で、11月2日の死者の日に貧しい人や子どもが裕福な家を回り、ソウルケーキと引き換えに家の人や死者のために祈った[16]。ロジャーズは、16世紀の宗教改革以前に、すでにソウルケーキの習慣が広く行われていたことを記録として示している[6]。もう1つが、芸をしてご褒美をもらうスコットランドのガイジングである[14]。

合言葉そのものは、カナダの新聞から見つかる。語源研究者バリー・ポピクは、アルバータ州・サスカチュワン州の1920年代の新聞に早い例があると報告しており、メリアム=ウェブスターの解説ページも紹介している[18]。ナショナルジオグラフィックは、ポピクが突き止めた1927年のアルバータ州の新聞記事を、いたずら好きの子どもたちが家々で「トリック・オア・トリート」と迫る様子を伝えたものとして挙げている[17]。1917年のオンタリオ州の新聞(Sault Daily Star)にも「tricks or treats」という言い方の例があると報告されている[19]。初期の用法は、いたずらの予告の性格が強かった。

1920年代には、ハロウィンの夜のいたずらが、若者の間で主流になった。History.com は、いたずらの行きすぎが、1930年代に、町ぐるみの組織的な「トリック・オア・トリート」を広める要因になったという説を紹介している[16]。19世紀の北アメリカでは、窓をがたがた鳴らす、戸を縛るといったいたずらを、お菓子を渡して防ぐ習慣もあったという[17]。

「トリート」が菓子に限られたわけではない。1950年にフィラデルフィアで、牧師のクライド・アリソンと、教師だった妻のメアリー・エマ・アリソンが、子どもたちと近所を回り、菓子の代わりに、飾りつけた牛乳パックに小銭を集めてユニセフに寄付したのが「トリック・オア・トリート・フォー・ユニセフ」の始まりだとされる[20]。

5. にほんでは、いつから はやったの?

5. 日本のハロウィンは、原宿の店と、遊園地と、川崎の催しで育った

5. 日本への広まり ── 1970年代の店頭から、1997年の2つの大規模イベントへ

にほんの ハロウィンの はじまりは、いまから 40ねんほど まえの、はらじゅくの お店だと いわれます。

「キデイランド」と いう お店の 発表では、1970ねんだいから ハロウィンの ざっかを 売り、1983ねんに、「かそうして あつまろう」と よびかける パレードを ひらきました。あつまった 人は 100人ほど。外国の 人が 多く、日本では まだ ほとんど 知られて いなかった そうです[21][22]。

1997ねん10月31日には、東京ディズニーランドが 1日だけの ハロウィンの イベントを ひらきました。前もって 集めた 人たちが 仮装かそうして パレードを し、「トリック・オア・トリート!」と あいさつ しました[23]。

同じ 年、川崎かわさきでは、映画館えいがかんの 10しゅうねんの おいわいに、仮装かそうパレードが はじまりました。さいしょの 年に あつまったのは 150人ほどでした[24]。

にほんの ハロウィンは、仮装かそうして あつまる パレードや イベントから 広まりました。

日本のハロウィンは、店の売り出し、遊園地のイベント、街のパレードと、いくつもの場所から育ちました。

原宿の店「キデイランド」は、1970年代から10月にハロウィングッズの販売に力を入れ、1983年に「仮装して原宿の表参道に集まろう」と呼びかけるパレードを開いたと発表しています。会社は、これを日本で最初のハロウィンパレードとしています。集まったのは約100人で、外国人の参加者が多く、当時の日本ではハロウィン自体がまだほとんど知られていなかったと伝えられます[21][22]。1986年にはテレビ局が取材に来て、約400人の親子が参加したそうです[21]。

1997年10月31日には、東京ディズニーランドが1日限りのハロウィンイベントを開きました。事前に募集した参加者が仮装パレードを楽しみ、「トリック・オア・トリート!」とあいさつしたそうです。2000年には1か月のイベントになり、2002年からはパレードも始まりました[23]。

同じ1997年、川崎駅前の映画館「チネチッタ」の開業10周年の催しとして「カワサキ ハロウィン」が始まりました。最初の年の参加者は約150人、沿道の観客は約500人でした[24]。仮装は行政や警察になかなか理解されず、パレードに必要な道路使用の許可を得るのに時間と手間がかかった、と主催者側は振り返っています[25]。

日本のハロウィンは、家々を回ってお菓子をもらう形より先に、仮装して集まるパレードやイベントから広まりました。この点が、これまで見てきたスコットランドやアメリカの姿と大きく違います。

キデイランドの2018年の発表によると、原宿店は1970年代から、10月の季節催事としてハロウィングッズの販売に力を入れ、1983年10月に、販売促進の一環としてハロウィンパレードを企画した。会社はこれを日本で最初のハロウィンパレードとしている。参加者は約100人で、外国人が多く、当時の日本ではハロウィン自体がほとんど知られていなかったため、大いに注目を集めたという。1986年にはテレビ局が取材に訪れ、約400人の親子が参加した[21][22]。「日本初」は会社自身の説明である。

東京ディズニーランドは、1997年10月31日に、1日限りのハロウィンイベントを開いた。事前に募集した参加者が、仮装パレードやフォトロケーションを楽しみ、「トリック・オア・トリート!」とあいさつを交わした。2000年には1か月にわたるイベントとなり、2002年から展開エリアを広げてパレードを始めた。オリエンタルランド社員の取材記事による[23]。

同じ1997年に、川崎駅前のシネマコンプレックス「チネチッタ」の開業10周年記念として「カワサキ ハロウィン」が始まった。第1回の参加者は約150人、観客は約500人で、参加者の約半数は主催側の社員や劇団員だったと伝えられる[24]。当時は仮装が行政や所轄の警察署にほとんど理解されず、道路使用の許可の取得に多くの時間と労力が必要だった、と主催者側は述べている[25]。

3つの例に共通するのは、日本のハロウィンが、家々を回るのではなく、仮装して集まるパレードやイベントから広まったことだ。ガイジングやトリック・オア・トリートの、家と家を回る形とは、出発点が違っている。

6. ほかの くにでは、どう いわうの?

6. 世界のハロウィンは、どこも同じではない

6. アイルランド・スコットランド・北アメリカ、そしてメキシコの「死者の日」

ハロウィンの おいわいは、どこでも 同じでは ありません。

  • アイルランド:博物館はくぶつかんの せつめいでは、へんそう、いたずら、くだものや ナッツを 食べる こと、けっこん あいての うらないなどが、むかしからの ならわしでした[13]。
  • スコットランド:仮装かそうして、うたや じょうだんを してから おかしを もらう ガイジング[14]。
  • 北アメリカ:カボチャの ランタンと、家を まわる トリック・オア・トリート[16]。

メキシコの「死者の日」は、ハロウィンとは べつの 行事です。むかしから メキシコに ある しんじる ことと、キリスト教の いのりが まざって できた、と せつめいされて います。10月の おわりから 11月の はじめに、家族が なくなった 人の すきだった 食べものや 花、ろうそくを かざって むかえます[26]。

ハロウィンを いわわない 家も あります。どの 家にも、それぞれの 考えが あります。

ハロウィンの祝い方は、国や土地でかなり違います。

  • アイルランド:アイルランド国立博物館の解説では、仮装、死、魔よけ、木の実や果物を食べること、遊び、いたずら、結婚のうらないが、昔からの伝統でした。リンゴ食い競争のような遊びで、最初にかみついた人が次に結婚する、というならわしもありました[13]。
  • スコットランド:仮装して、歌や冗談を見せてから木の実やお菓子をもらうガイジング[14]。
  • 北アメリカ:カボチャのランタンと、家々を回るトリック・オア・トリート[16]。
  • 日本:仮装して集まるパレードやイベントが中心(前の章)。

メキシコの「死者の日」も、よくハロウィンと並べて紹介されますが、別の行事です。ユネスコは、これを先住民の宗教的な儀式とヨーロッパ人が持ち込んだカトリックの祝日が結びついた行事だと説明しています。10月の終わりから11月のはじめにかけて、家族が墓地から魂を家に迎えるために祭壇を作り、花びらやろうそく、亡くなった人の好きだった料理などをそなえます[26]。同じ季節に、同じカトリックの暦(11月1日・2日)と重なりますが、ユネスコの説明では、ハロウィンとは別に、メキシコの伝統と結びついてできた行事です。

ハロウィンを祝わない家庭もあります。宗教や家の考え方はそれぞれです。祝う人と祝わない人が、お互いの考えを大切にできればいいですね。

ハロウィンの祝い方は、地域ごとに違う。

  • アイルランド:国立博物館は、仮装、死、魔よけ、果物や木の実を食べること、遊び、いたずら、結婚の占い(水を張った盥のりんごに最初にかみついた人が次に結婚するとされた遊び)が、この夜の伝統の一部だったと紹介する。今も同じ形で続いている数少ない祭日の1つだという[13]。
  • スコットランド:仮装し、芸をしてから、木の実やりんご、今ではお菓子をもらうガイジング[14]。
  • 北アメリカ:カボチャのランタン、家々を回るトリック・オア・トリート、企業による大規模な商品展開[16]。
  • 日本:仮装して集まるパレードやイベントが中心(前章)。

メキシコの「死者の日」は、しばしばハロウィンと並べて紹介されるが、別の行事である。ユネスコは、これを先住民の宗教的な儀式と、16世紀にヨーロッパ人が持ち込んだカトリックの祝日との融合と説明する。10月の終わりから11月のはじめにかけて、家族が墓地から魂を家へ導くための祭壇を作り、花びら、ろうそく、故人の好物などをそなえる[26]。暦の上ではカトリックの諸聖人の日・死者の日と重なるが、ハロウィンとは別に、メキシコの先住民の伝統と結びついた行事として、ユネスコの無形文化遺産に登録されている(2008年)[26]。

ハロウィンを祝わない家庭もある。宗教や家庭の考えはさまざまで、祝い方も祝わない選択も、互いに尊重されるべきだろう。

7. おうちで「ガイジング ごっこ」を して みよう

7. 家で試す、原典を読む

7. 自分で確かめる ── 売り場と資料の読み比べ

スコットランドの 子どもたちの まねを して、おうちで「ガイジング ごっこ」を して みませんか。

やりかた。ひるまに、おうちの 人と やくそくを して、おやつの 前に、なぞなぞ、うた、かくしげいの どれか ひとつを 見せます。見せて から、おやつを もらう。それだけの ルールです。

もっと しりたく なったら、アイルランド国立博物館はくぶつかんの ホームページで「Ghost turnip」を さがして、カブの 写真を 見て みましょう。

安全のために

ごっこは、おうちの 中で、おうちの 人と いっしょに。夜に 外を 出あるく ことは しません。むかしの ランタンには ろうそくの 火が 入って いました。火事や やけどの もとに なるので、まねを したい ときは、かならず おとなと いっしょに。

家でできる試みを1つ紹介します。スコットランドの子どもたちのまねをした「ガイジングごっこ」です。

昼間に、家の人と約束をして、おやつの前になぞなぞ、歌、隠し芸のどれか1つを披露します。披露してから、おやつをもらいます。仮装をしてもしなくても構いません。芸をする側も、見る側も、思ったより緊張するかもしれません。

資料を読むなら、スコットランド国立記録局のブログ「Out guising」は短くて読みやすい記事です。日本の話は、キデイランドの発表と、ディズニー・ハロウィーンの取材記事(オリエンタルランドの社員へのインタビュー)を読み比べると、同じ「日本のハロウィンの始まり」でも、店の側と遊園地の側で見え方が違うことに気づくでしょう。ハットンさんの論文は英語ですが、題名と要旨(abstract)だけでも、ネットで読めます。

安全のために

ごっこは家の中で、家の人と一緒に。夜に外を出歩くことはしません。昔のカブのランタンには、ろうそくの火が入っていました。火事や火傷のもとになるので、まねをしたくなったら、必ず大人と一緒に。

この記事の内容は、自分でも確かめられる。

  • 店やスーパーの売り場を見て、カボチャの飾り、お菓子の詰め合わせ、仮装グッズ、おばけの装飾が、この記事のどの章の話に当たるかを、自分で分けてみる。どの章にも当てはまらない商品があれば、それは日本で独自に育った部分かもしれない。
  • キデイランドの2018年の発表[21]とディズニー・ハロウィーンの取材記事[23]を読み比べる。企業の発表は自社の歴史を語るもので、「日本初」の根拠は本人たちの説明である。他の記録が見つかるか、探してみる価値がある。
  • ハットンの論文[12]は英語だが、題名と要旨だけでも読める。サウィン起源説が、どういう順番で広まったのかがたどれる。スコットランド国立記録局のブログ[14]は、ガイジングの記録として短く読みやすい。
  • 家でできる試みとして、「ガイジングごっこ」がある。昼間に家の人と約束をして、おやつの前に、なぞなぞ・歌・隠し芸のどれか1つを披露してから、おやつをもらう。
安全のために

ごっこは家の中で、家の人と一緒に。夜に外を出歩くことはしない。昔のカブのランタンには、ろうそくの火が入っていた。火事や火傷のもとになるので、まねをしたくなったら、必ず大人と一緒に。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

このメモは、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。

  1. アイルランド国立博物館(National Museum of Ireland)「Ghost turnip」(アイルランド民俗コレクションの収蔵品紹介)。 https://www.museum.ie/en-IE/Collections-Research/Collection/Top-things-to-see-in-the-Irish-Folklife-Collection/Artefact/Ghost-turnip/b202e8ea-0728-4b3d-b0f1-82660fe45ce9 (カブのランタンの寄贈経緯、1900年ごろの作、ろうそくで10月31日に人を驚かせたこと、石膏の複製)
  2. National Geographic「The twisted transatlantic tale of American jack-o'-lanterns」。 https://www.nationalgeographic.com/history/article/the-twisted-transatlantic-tale-of-american-jack-o-lanterns (アメリカの雑誌ナショナルジオグラフィックのウェブ記事。EPIC移民博物館の学芸員による「金属のランタンは高価だった」という説明、アイルランド移民とカボチャ、ゴースト・ターニップの複製の展示)
  3. Online Etymology Dictionary「jack-o'-lantern」。 https://www.etymonline.com/word/jack-o'-lantern (英語のオンライン語源辞典。1650年代の「ランタンを持ったジャック」=鬼火、カボチャの意味の初期の例)
  4. The Irish Times「The story of Jack-o'-lantern: 'If you knew the sufferings of that forsaken craythur'」。 https://www.irishtimes.com/life-and-style/abroad/the-story-of-jack-o-lantern-if-you-knew-the-sufferings-of-that-forsaken-craythur-1.4065773 (アイルランドの日刊紙アイリッシュ・タイムズの記事。ジャックの昔話が1836年のダブリンの雑誌に載ったこと)
  5. Wikipedia(英語)「Jack-o'-lantern」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Jack-o'-lantern (1836年の記事にはくり抜いた野菜への言及がないという説明。19世紀のブリテン諸島でのカブのランタンの記録の紹介)
  6. Nicholas Rogers『Halloween: From Pagan Ritual to Party Night』Oxford University Press、2002年。 https://books.google.com/books/about/Halloween.html?id=stWZ_UDteMIC (歴史学者による研究書。ソウルケーキと魂のカブのランタン、若者の仮装といたずら、フレイザーの説明への疑問)
  7. HISTORY「How Jack O'Lanterns Originated in Irish Myth」。 https://www.history.com/articles/history-of-the-jack-o-lantern-irish-origins (アメリカの歴史専門チャンネル HISTORY のウェブ記事。ジャックの昔話のあらすじ、アイルランド・スコットランドのカブ、アメリカでカボチャが収穫の象徴からハロウィンと結びついたこと)
  8. America Magazine「Irish folklife expert says Halloween traditions began in Ireland」(2017年10月19日)。 https://www.americamagazine.org/faith/2017/10/19/irish-folklife-expert-says-halloween-traditions-began-ireland/ (アメリカのカトリック系の雑誌のウェブ版。アイルランド国立博物館のクロダ・ドイルさんによる、19世紀のカブのランタンと、カボチャとの直接のつながりについての発言)
  9. New Advent(Catholic Encyclopedia)「All Saints' Day」。 https://www.newadvent.org/cathen/01315a.htm (カトリック百科事典(1907年)のオンライン版。教皇グレゴリウス3世が11月1日を定めたこと、前夜が「Hallowe'en」と呼ばれること)
  10. カトリック中央協議会「死者の日とは?」。 https://www.cbcj.catholic.jp/faq/dead/ (11月1日が諸聖人の祭日、11月2日が死者の日であること、998年のオディロンの説明)
  11. Ronald Hutton『The Stations of the Sun: A History of the Ritual Year in Britain』Oxford University Press、1996年、「Samhain」の章。 https://academic.oup.com/book/1390/chapter/140718110 (サウィンが中世アイルランドで冬のはじまりの祭りだったこと、中世の記録には11月1日が「ケルト全体の大きな祭り」だったと示すものがないという結論)
  12. Ronald Hutton「The Celtic New Year and Feast of the Dead」Folklore 135巻1号、69〜86ページ、2024年。DOI: 10.1080/0015587X.2023.2282282。 https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/0015587X.2023.2282282 (イギリスの民俗学の学術誌。「ケルトの新年」「死者の祭り」という説明が、リースとフレイザーの影響で定説になった経緯と、その根拠の検討。要旨で確認)
  13. アイルランド国立博物館「Ghost turnips, the púca, fortune-telling and evil abductions...how our ancestors inspire our Hallowe'en」(2023年のニュース記事)。 https://www.museum.ie/en-IE/News/2023/Ghost-turnips,-pucas,-fortune-telling-and-evil-abd (ハロウィンはサウィンの前夜であること、仮装・死・魔よけ・果物と木の実・遊び・いたずら・結婚の占いが伝統の一部だったこと、りんごを使った遊び)
  14. スコットランド国立記録局(National Records of Scotland)ブログ「Out guising」(Jocelyn Grant、2020年10月31日)。 https://blog.nrscotland.gov.uk/2020/10/31/out-guising (ガイジングの説明、仮装を霊から身を守るためとする説明、芸をしてから木の実・りんご・お菓子をもらうこと、1897年の新聞への投書)
  15. HISTORY「Halloween: Origins, Movies & Traditions」。 https://www.history.com/articles/history-of-halloween (アメリカの歴史専門チャンネル HISTORY のウェブ記事。霊に仲間と思わせるために仮面をつけた、という一般向けの説明の例)
  16. HISTORY「How Trick-or-Treating Became a Halloween Tradition」。 https://www.history.com/articles/halloween-trick-or-treating-origins (アメリカの歴史専門チャンネル HISTORY のウェブ記事。ソウリングとソウルケーキ、ガイジング、1920年代のいたずらと1930年代の町ぐるみの取り組み、という説)
  17. National Geographic「Here's how trick-or-treating became a Halloween tradition」。 https://www.nationalgeographic.com/culture/article/the-history-of-trick-or-treating-and-how-it-became-a-halloween-tradition (アメリカの雑誌ナショナルジオグラフィックのウェブ記事。語源研究者バリー・ポピクが突き止めた1927年のアルバータ州の新聞記事、19世紀のいたずら)
  18. Merriam-Webster「The History of 'Trick or Treat'」。 https://www.merriam-webster.com/wordplay/trick-or-treat-history (アメリカの辞書出版社の言葉のサイト。語源研究者ポピクが見つけた、アルバータ州・サスカチュワン州の1920年代の新聞の例の紹介)
  19. Wikipedia(英語)「Trick-or-treating」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Trick-or-treating (英語版のウェブ百科事典。1917年の Sault Daily Star をはじめとするカナダの新聞の初期の用例の一覧)
  20. UNICEF USA「Trick-or-Treat for UNICEF: History & Impact」。 https://www.unicefusa.org/stories/history-of-unicef-trick-or-treat (国連児童基金(ユニセフ)のアメリカ委員会の公式サイト。1950年のフィラデルフィアでの始まり、アリソン夫妻、飾りつけた牛乳パックで小銭を集めたこと)
  21. 株式会社キデイランド「『キデイランド原宿店』2018年ハロウィーンのご案内」(PR TIMES、2018年9月21日)。 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000273.000001117.html (1970年代のハロウィングッズ販売、1983年の第1回パレード、1986年のテレビ取材と約400人の親子)
  22. ライブドアニュース「ハロウィーン日本普及のルーツは原宿キディランド? 今年も原宿でハロウィンパレード開催」。 https://news.livedoor.com/article/detail/3853717/ (1983年のパレードの参加者が約100人、外国人が多く、当時ほとんど知られていなかったこと)
  23. ウォーカープラス「ディズニー・ハロウィーンの20余年の歴史、ハロウィン熱狂には惑わされず『誰もが安心できる場所』貫く」(2019年10月25日、オリエンタルランド社員への取材)。 https://www.walkerplus.com/article/210137/ (1997年10月31日の第1回、2000年に1か月に拡大、2002年からパレード)
  24. Wikipedia(日本語)「カワサキハロウィン」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/カワサキハロウィン (1997年の第1回はチネチッタ開業10周年記念、約150人・観客約500人、参加者の約半数が社員や劇団員。脚注は雑誌と新聞の2016年の記事)
  25. お祭りJAPAN「今後のハロウィンはどうなる?日本のハロウィンブームを牽引した「カワサキ ハロウィン」終了」。 https://omatsurijapan.com/blog/kawasakihalloween/ (主催者の説明として、当初は仮装が行政・警察に理解されず、道路使用許可の取得に手間がかかったこと)
  26. UNESCO 無形文化遺産「Indigenous festivity dedicated to the dead」(メキシコの死者の日)。 https://ich.unesco.org/en/RL/indigenous-festivity-dedicated-to-the-dead-00054 (国連の教育科学文化機関ユネスコの無形文化遺産のページ。2008年の登録、10月の終わりから11月のはじめ、祭壇と供え物、先住民の儀式とカトリックの祝日の融合)

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