1. きんもくせいの 花は、ちいさい
1. 小さな花と、実を見たことがない木
1. キンモクセイ ── 小さな花と、日本にほとんどいない雌株
きんもくせいの 花は、とても ちいさい。オレンジ色の ちいさな 花が、はっぱの つけねに ぎっしり あつまって さく[3]。だから 木ぜんたいが オレンジ色に 見える。
この 木には、おすの 木と めすの 木が ある。「み」が なるのは、めすの 木だけ。でも 日本に ある きんもくせいは、ほとんどが おすの 木だと いわれて いる[1]。江戸時代に おすの 木だけが 日本に きて、えだを さして ふやした、と 考えられて いる[2]。だから 日本では、きんもくせいの 実を 見る ことは、あまり ない。
おすの 木は、たねを つくらない ぶん、たくさん 花を さかせるのが ふつうだと いわれる[1]。
金木犀は、中国が原産のモクセイ科の木だ。葉のつけ根に、橙色の小さな花がぎっしり集まって咲く。花の一つひとつはとても小さく、花びらの部分(花冠)は深く4つに分かれ、雄しべは2本しかない[3]。名前の「木犀」は、木の肌が動物のサイに似ていることから来たといわれ、白い花の銀木犀に対して、橙色の花のほうに「金」がついた[2]。
この木には雄の木と雌の木があって、実がなるのは雌の木だけだ。ところが日本にある金木犀は、ほとんどが雄の木だといわれる[1]。江戸時代(17世紀ごろ)に雄の木だけが渡ってきて、さし木(枝を土にさして増やす方法)で全国に増えた、と説明されている[2]。日本の街で、金木犀の実を見かける機会が少ないのは、そのためだと考えられる。
京都市都市緑化協会の解説では、雄の木は種を作る負担がないぶん、雌の木よりたくさん花を咲かせるのがふつうだとされる[1]。その花が、ある週にいっせいに咲く。どうしてだろう。
キンモクセイは、中国原産とされるモクセイ科の常緑樹である。花は橙色でとても小さく、がくも花冠も深く4つに裂け、雄しべは2本ある[3]。葉のつけ根に小さな花が密に集まって咲くため、木全体が橙色に染まって見える。名前の「木犀」は、木の肌が動物のサイ(犀)に似ていることに由来するとされ、白い花のギンモクセイに対して、橙色の花のほうに「金」がついた[2]。
この木は雌雄異株で、雌株には実がなる。ところが日本にあるものは、ほとんどが雄株だとされる[1]。江戸時代(17世紀ごろ)に雄株だけが渡来し、挿し木で全国に増えたため、結実しないと説明されている[2]。日本の街で金木犀の実を見かける機会が少ないのは、そのためだと考えられる。
京都市都市緑化協会の解説では、雄株は種をつくる負担がなく、受粉率を高めるため、雌株よりずっと多くの花を咲かせるのが普通だとされる[1]。花がよく咲く木が選ばれて持ちこまれたのではないか、という見方も同じ解説にある[1]。その花が、ある週に一斉に咲くのはなぜだろうか。
2. どうして みんな いっしょに さくの?
2. 夏のうちに、花の準備は終わっている
2. 花芽分化は8月上旬、開花まで約50日 ── 気温との関係
きんもくせいの 花の じゅんびは、じつは 夏の うちに はじまって いる。8月の はじめごろに、花に なる めが できはじめ、それから 50日ぐらいで 花が さくと いわれて いる[4]。
花が さくのを すすめるのは、あさばんの すずしさだと いわれる[7]。あつい 年は、さくのが おそく なる[5]。おんどを 3ど 高く して そだてた 木は、さくのが おそく なって、なんどかに わかれて さいた[4]。2026年は、東の ほうで すずしく なるのが はやくて、きょねんより 3週間ぐらい はやい ペースだと いう[7]。
ひとつの 花が さいて いるのは、3日から 7日ぐらい[5]。ほんの すこしの あいだだ。「あ、いい におい」と 思った ころには、もう ちりはじめて いる ことも ある。この みじかい あいだに とどく においは、なにで できて いるのだろう。
金木犀の花の準備は、夏のうちに終わっている。花になる芽(花芽)ができはじめるのは8月上旬ごろで、そこからわずか50日ほどで咲くと報告されている。木の花としては珍しいほど早いという[4]。
咲くきっかけの一つが、気温だ。日中の暑さがやわらいで、朝晩が涼しくなると、開花が進む[7]。2026年は9月中旬から朝晩の気温が順調に下がったので、ウェザーニュースは、関東甲信や東北で前の年のピーク(10月19〜20日)より約3週間早いペースだと伝えた[7]。
和歌山大学などの研究グループは、この関係を実験で調べた。外の気温より3℃高くした栽培室で苗木を育てると、外の気温のままの木にくらべて、咲き始めがおくれ、咲く期間が長くなり、花の多い時期が何回かに分かれた[4]。研究では、これを二度咲き・三度咲きの現象として整理している。ただ、どの温度がどう効いているのか、はっきりした仕組みはまだ分かっていない[6]。
一つの花が咲いている日数は3〜7日ほどで、気温が高いほど開花は遅れる[5]。夏に準備した花が、涼しくなるとまとまって咲き、数日で散っていく。香りに気づいたころには盛りを過ぎていることもある。その短いあいだに届く香りは、何でできているのだろう。
金木犀の花芽ができはじめる(花芽分化)のは8月上旬ごろで、そこからわずか50日ほどで咲くと報告されている。樹木の花としては異例の速さで、そのぶん、少しの高温・低温や日照時間の変化の影響を受けやすい可能性があると、和歌山大学などの研究グループは述べている[4]。
咲き始めの目安になるのは気温だ。日中の厳しい暑さがやわらぎ、朝晩が涼しくなると開花が進む性質がある[7]。2026年は9月中旬以降、秋雨前線の南下や低気圧の通過で朝晩の気温が順調に下がり、ウェザーニュースは、関東甲信や東北では前年の開花ピーク(10月19〜20日)より約3週間早いペースだと伝えている[7]。
同じ研究グループは、4年生の苗木を、外の気温より3℃高いグロースチャンバー(温度を調節できる栽培室)で夏から秋にかけて育てて比べた。外の気温のままの木では、花芽がふくらみ始めて10日ほどで咲き始め、開花期間は2週間ほど、ピークは1回だった。3℃高くした木では、開花の開始がおくれ、開花期間が長くなり、ピークが複数回あらわれた[4]。研究ではこれを二度咲き・三度咲きの現象として整理している。二度咲きの原因は複数考えられていて、花芽ができる時期のずれ、気象の影響、枝ごとの栄養状態のちがいなどが挙げられているが、気温とどう対応するのかという仕組みは明らかになっていない[6]。
一つの花が咲いている日数は3〜7日ほどで、気温が高いほど開花は遅れる[5]。夏のうちに準備を終えた花が、涼しくなると一斉に咲き、数日で散る。香りに気づいたころには盛りを過ぎている、ということも起こりうる。その短い期間に届く香りは、何でできているのだろうか。
3. いい においは、いくつも まざって いる
3. 「金木犀の香り」は、いくつかの香りの混ぜもの
3. 香りの成分 ── β-イオノン・リナロール・γ-デカラクトン
きんもくせいの においは、ひとつの においでは ない。いくつもの においが まざって できて いる[2]。
たとえば、すみれの 花にも ある あまい におい[3]、すずらんに にた におい[8]、ももの ような におい[9]。そういう においの もとが、まざって いる。この においの もとは、花の どこで つくられるのだろう。
えのぐを まぜると、あかと きいろが まざって、あたらしい 色に なる。においも おなじで、いくつもの においが まざって、「きんもくせいの におい」に なる。ただし ほんとうは、えのぐのように 一つの 色に とけて しまう わけでは なくて、いろいろな 小さな つぶ(においの もと)が、目には 見えない まま まざって、花から 空気の 中に 出て、鼻に とどいて いる。
金木犀の香りは、一つの物質のにおいではなく、いくつもの成分が混ざったものだ。主な成分として、β-イオノン、リナロール、γ-デカラクトンなどが知られている[2]。
一つひとつは、ほかのところでも出会うにおいだ。β-イオノンはスミレの精油にも入っている甘い香り[3]。リナロールは、スズランやラベンダーに似た香り[8]。γ-デカラクトンは、桃のようなにおいが強く、桃やアンズの風味をつける香料に使われる[9]。スミレ、スズラン、桃を思わせる成分が混ざりあって、「金木犀」という香りができている。ただし、成分の名前から連想するにおいと、全部が混ざった実際の香りは別のものだ。
この割合は木によってもちがう。中国の研究(2019年)が、二つの品種群の花びらを比べた。淡い黄色系の花の銀桂の群と、橙色の花の丹桂の群だ。丹桂は中国での呼び名で、日本の金木犀と同じものかには議論がある[2]。比べたところ、銀桂ではβ-イオノンが、丹桂ではリナロールとその仲間が、香りの中心だった[11]。では、この成分は、花のどこで、どうやって作られるのだろう。
金木犀の香りは、単一の物質ではなく、複数の成分の混合である。主な成分として、β-イオノン、リナロール、γ-デカラクトン、リナロールオキシド、cis-3-ヘキセノールなどが挙げられている[2]。
個々の成分は、ほかの場面でも出会うにおいだ。β-イオノンはスミレの精油にも含まれる甘い香り成分[3]、リナロールはスズランやラベンダーに似た芳香をもつ[8]、γ-デカラクトンは桃のような香りが強く、桃やアンズなどの風味づけに使われる[9]。スミレ、スズラン、桃を思わせる成分が混ざりあって、「金木犀の香り」を作っている。ただし、これは成分の名前から見た連想で、実際には全部が混ざった全体として感じられる。
割合は、木によって同じではない。中国のグループが、淡い黄色系の花の銀桂群と、橙色の花の丹桂群(丹桂は中国での呼び名で、日本の金木犀と同じものかには議論がある[2])の花びらを比べた2019年の研究では、銀桂群ではβ-イオノンが香りの中心で、丹桂群ではリナロールとその酸化物が中心だった[11]。同じ種の中でも、群によって香りの配合はちがうようだ。では、これらの成分は花のどこで、どのように作られるのか。
4. だいだい色が、においの もとに なる
4. 花の色のもとが、香りの材料になる
4. カロテノイドから香りへ ── 花びらの中で起きていること
きんもくせいの 花の だいだい色は、「しきそ」と いう 色の もとの ものだ[3]。この しきその 一ぶが 切られて 小さく なる とき、においの もとが できる[3]。
たとえば、りょうはしに わっかが ついた ながい ひもが ある。はしっこの ちかくで 切ると、わっかの ついた みじかい かけらが できる。カロテンの ような しきそには、そんな かたちを した ものが あって、切られた かけらが においの もとに なる。ただし ほんとうは、切るのは はさみでは なくて、「こうそ」と いう、花の 中の はたらきものだ[10]。
だいだい色の 花が、においの もとも つくって いる。色と においが つながって いるなんて、ふしぎだ。
花の色と香りには、つながりがある。金木犀の橙色は、カロテノイドという色素の色だ。このカロテノイドが壊れて小さくなるとき、イオノンという甘い香りの成分ができる[3]。色素が、香りの材料の一つになっている。
色素を切るのは、酵素というはたらきものだ。2010年の研究で、金木犀の花から、カロテン(ニンジンの色にも入っている色素の仲間)を切ってα-イオノンとβ-イオノンを作る酵素が見つかった[10]。この研究が調べた花の中では、色素を材料にしてできる香りの種類が、金木犀でいちばん多かったと報告されている[10]。
たとえば、両はしに輪っかのついた長いひもを、はしっこの近くで切ると、輪っかのついた短いかけらができる。カロテンのような色素には、そんな形をしたものがあり、切られたかけらの一つがイオノンだ。ただし本当は、切るのはハサミではなく酵素で、切る場所も決まっている。
では、花のどこで香りが作られるのか。2019年の中国の研究では、花びらの細胞の内側と表面に脂質が多く、表面にはブラシのような細かい毛が並び、そこに粒がついていた。香りをためて出すための専用の分泌組織は見つからなかったという[11]。
香りの出る時間帯は、説明が少しちがう。2010年の論文は、夕方はイオノンが香り全体にしめる割合が高くなり、人に香りが強く感じられる理由の一つかもしれない、と述べる[10]。日本薬学会のページには「午前中に活発」とある[3]。
金木犀の花の橙色は、カロテノイドという色素による。このカロテノイドが分解されるとイオノンができて、香る[3]。カロテノイドは、ニンジンの色にも含まれるカロテンなどの仲間だ。
2010年に報告された研究で、金木犀の花から、カロテンを切ってα-イオノンとβ-イオノンをつくる酵素(OfCCD1)が見つかった。試験管の中で確かめられた働きだ[10]。この研究は、比較した花の中では、カロテノイド由来の香り成分の種類が金木犀でもっとも多いことも報告している[10]。
では、花のどこで香りが作られ、出ていくのか。2019年の中国の研究は、花びらを顕微鏡で調べ、香りをためて出すための特別な分泌組織は見つからなかったと報告している。かわりに、花びらの細胞の内側と表面に脂質が多く、細胞の表面にブラシのような細かい毛が規則正しく並び、そこに粒状のものがついていた[11]。銀桂でβ-イオノンが多いのは、CCD1・CCD4という遺伝子の働きが強いことと結びついていた。丹桂でリナロールが多いのは、色素を切る道すじとは別の、リナロールをつくる道すじの遺伝子の働きが強いことと結びついていた[11]。
香りの出方は1日のなかでも変わる。カロテノイドの量、香りの放出、酵素の遺伝子の働きは1日のリズムで変わり、おもに日中に高まる。一方、夕方にはイオノンが香り全体にしめる割合が高くなり、これが人には夕方の香りをより強く感じさせる理由かもしれない、と論文は述べている[10]。日本薬学会のページには「午前中に活発」とあり[3]、いつ強く感じるかの説明は少しずつちがう。
5. いい においは、だれの ため?
5. 人が好む香りを、ミツバチは避けている
5. 花粉を運ぶ虫を選ぶ香り ── ミツバチを遠ざけ、アザミウマを呼ぶ
いい においは、だれを よぶ ための ものだろう。花の においは、かふんを はこぶ 虫を よぶ ためだと 考えられて いる。
きんもくせいの 花は、みつを 出さない[12]。中国の けんきゅうでは、かふんを はこんで いたのは、アザミウマと いう、1〜2ミリぐらいの ちいさな 虫 だけだった[12][13]。この けんきゅうでは、ミツバチが きんもくせいに 来ない ようすが 見られた[12]。
わたしたちが「いい におい」と 思う においが、ミツバチを 来にくく する においだった。ただし これは ひとつの けんきゅうの けっかで、花の においの ひみつは、まだ わからない ところも おおい[12]。では、人には この においは、どう とどいて いるのだろう。
花の香りは、花粉を運んでくれる虫を呼ぶ合図だと考えられている。では、金木犀は誰を呼んでいるのだろう。
2026年に中国の研究グループが発表した研究がある。野生の木と栽培された木の両方を調べると、金木犀の受粉を実際に助けていたのは、アザミウマだけだった。アザミウマは、体長が1〜2mmほどの、細長い小さな虫だ[13]。金木犀の花は蜜を出さない。同じ時期に咲いていた別の植物にはミツバチなどいろいろな虫が来ていたのに、ミツバチは金木犀を避けていた[12]。
実験をすると、香りの主な成分のβ-イオノンとリナロールは、どちらもミツバチを寄せつけなかった。β-イオノンはアザミウマを引きよせた。ほかの花(フヨウ)にこの2つの成分を足すと、ミツバチはその花に来なくなった[12]。ミツバチは花粉を食べにくる虫でもあるので、研究グループは「花粉を運ぶ虫は呼び、花粉を食べにくる虫は遠ざける」しくみではないかと考えている[12]。
人が「いい香り」と思う成分が、ミツバチには避けられ、小さな虫を呼んでいる。ただし、これは一つの研究の結果だ。論文の冒頭にも、花の香りがなぜこれほど強いのかはまだ謎だと書いてある[12]。日本の街の金木犀は雄の木が多いといわれ、雄の木には実がならない。日本では、虫が花粉を運んでも、実にはつながりにくいだろう[1][2]。では、虫ではなく人には、この香りはどう届いているのだろう。
花の香りは、花粉を運ぶ虫を呼ぶ信号だと考えられている。では金木犀の香りは、誰に向けたものなのか。金木犀の花には蜜がない[12]。
2026年、中国の研究グループが Science China Life Sciences に発表した研究は、野生と栽培の両方の集団を調べ、金木犀の有効な花粉の運び手はアザミウマ(スリップス)だけだったと報告している。アザミウマは体長1〜2mm程度の細長い小さな虫だ[13]。同じ時期に咲く他の植物は、ミツバチを含むさまざまな虫に受粉されていたが、ミツバチは金木犀を明らかに避けていた[12]。
実験の結果はこうだ。香りの主要な2成分のβ-イオノンとリナロールは、どちらもミツバチの訪花を妨げた。β-イオノンはアザミウマを引きよせた。別の花(フヨウ)にこの2成分を人工的に加えると、ミツバチはその花を再び訪れなくなった[12]。研究グループはこれを、花粉を運ぶ虫を呼び、花粉を食べにくる虫は遠ざける「押して引く」戦略と解釈している[12]。
人が「いい香り」と感じる成分が、ミツバチには避けられ、体長1〜2mmの虫を呼んでいる。ただし、これは一つの研究の結果で、論文の冒頭にも、花の香りがなぜこれほど強いのかは今も謎だと書かれている[12]。なお日本の街にある金木犀は雄株が多いとされ、雄株には実がならないので、虫が花粉を運んでも、実にはつながりにくいだろう[1][2]。では、虫ではなく人には、この香りはどう届いているのか。
6. においは、おもいでと むすびつく
6. においは、記憶と結びつく ── 金木犀がトイレの香りだった時代
6. 嗅覚と記憶 ── 同じ香りが「トイレ」にも「癒やし」にもなる
においは、おもいでと むすびつきやすい。鼻で とらえた においの ことは、「きおくに かかわる ところ」や「きもちに かかわる ところ」に、すぐ つたわる[14]。だから、においを かいだ とたんに、むかしの ことを 思い出す ことが ある。
きんもくせいには、こんな 話が ある。むかしの トイレは においが きつかった。それを ごまかす ために、きんもくせいの においが つかわれた[17]。トイレの「ほうこうざい」にも、きんもくせいに にた においが 入って いた。1970年代から 1990年代の はじめごろまで、よく 使われて いたそうだ[2][17]。
だから、そのころ そだった 人には「トイレの におい」と 思う 人が いる。いまの 子には「いい におい」と 感じる 人が 多いと いう 記事も ある[18]。おなじ においでも、どんな ときに かいだかで、感じかたが かわる。すきな 人も にがてな 人も いて、どちらも ふつうだ。
もうひとつ。おなじ においを ずっと かいで いると、すうふんで 感じにくく なる[16]。木の そばに 長く いると、においが 弱く なったように 感じるのは、そのためかもしれない。
においは、記憶と結びつきやすい。鼻でとらえたにおいの情報は、脳の嗅球というところに伝わり、そこから記憶にかかわる海馬や、感情にかかわる扁桃体にも連絡している[14]。においをかいだとたんに、昔のことを思い出したり、気持ちが動いたりするのは、このつながりのためだと考えられている。
金木犀は、この点で少し変わった経歴をもつ。汲み取り式のトイレが多かった時代に、においをまぎらわすために使われた[17]。1970年代から1990年代の前半にかけて、金木犀に似せた香りがトイレ用の芳香剤で広く使われたと説明されている[2][17]。そのころに育った世代には、金木犀のにおいがトイレを思い出させることがある。一方で、平成以降に育った世代には「癒やされる香り」と受けとられることが多い、と紹介する記事もある(調査データは示されていない)[18]。においが記憶と結びつくことを考えると、同じ香りでも、どんな場面で出会ってきたかによって受けとめ方がちがってくるのは、不思議ではない。金木犀が好きな人も苦手な人もいて、どちらも自然なことだ。
においには、もう一つの性質がある。同じにおいをかぎ続けると、数分のうちに感じ方がぐっと下がる(嗅覚順応)。このとき、別のにおいを感じる力は、ほとんど変わらない[16]。金木犀の木のそばに長くいると、においが弱くなったように感じるのは、このためかもしれない。
においの情報は、鼻の奥の嗅細胞でとらえられ、嗅球という脳の部分に伝わる。そこから、においを認識する嗅皮質、記憶にかかわる海馬、感情にかかわる扁桃体へも連絡している[14]。においが昔の記憶や気持ちを急によびもどすことがあるのは、こうしたつながりのためだと考えられている。この現象は、作家プルーストの小説にちなんで「プルースト現象」とよばれる。2000年の総説は、においが自分の経験の記憶を、ほかの感覚の手がかりより効果的に呼び起こすらしいという、予備的な証拠があると述べている[15]。
金木犀は、この点で特別な経歴をもつ。汲み取り式のトイレが多かった時代に、においをまぎらわすために使われ[17]、1970年代から1990年代前半にかけて、金木犀を模した香りがトイレ用芳香剤で広く使われたと説明されている[2][17]。その時代を過ごした世代には、金木犀のにおいがトイレを思い出させることがある。一方、平成以降に育った世代には「癒やされる香り」として受けとめられることが多い、と紹介する記事もある(調査データは示されていない)[18]。においが記憶と強く結びつくことを考えれば、同じ香りでも、どんな場面で出会ってきたかによって受けとめ方が変わるのは不思議ではない。金木犀が好きな人も苦手な人もいて、どちらも自然なことだ。
においには、もう一つ性質がある。同じにおいをかぎ続けると、数分のうちに感度が著しく低下する(嗅覚順応)。このとき、別のにおいへの感度は、一部を除いて影響を受けない[16]。金木犀の木のそばに長くいると、においが弱くなったように感じるのは、このためかもしれない。
7. ほかの あきの においも あるよ
7. 秋に香るのは、金木犀だけではない
7. 銀木犀・カツラ・イチョウ ── 秋の香りの出どころはそれぞれちがう
あきに においが する 木は、きんもくせいだけでは ない。
ぎんもくせいは、白い 花を つける、なかまの 木。においは きんもくせいほど 強く ない[19]。
かつらの 木は、11月ごろ、きいろく なった 落ち葉が、キャラメルのような あまい においを だす[20]。においの もとは「マルトール」と いう もの。おかしを つくる ときにも できる ものだ[20]。花では なくて、はっぱの においだ。ただし、なんの ために においを だすのかは、まだ よく わかって いない[21]。
いちょうの ぎんなんは、まわりの ところが とても くさい。「ぜんぶ たべられて しまわない ため」と いう かんがえも ある[22]。
おなじ あきの においでも、においが 出る わけは、木に よって ちがう ようだ。
秋のにおいのする木は、金木犀だけではない。
銀木犀は、金木犀の仲間で、白い花をつける。香りはあるが、金木犀ほど強くない[19]。
カツラは、11月ごろ、黄色く色づいた落ち葉が、キャラメルのような甘い香りを出す。においの正体はマルトールという物質で、砂糖を含むお菓子を作る過程でもできる[20]。花ではなく、葉のにおいだ。葉が老いたり乾いたりすると、増えるようだ[20]。ただ、マルトールが植物にとってどんな働きをしているのかは、日本植物生理学会の相談コーナーでは「明らかでない」と答えられている[21]。
イチョウのぎんなんは、外側の果肉のような部分が強烈なにおいをもつ。成分は酪酸とヘプタン酸(エナント酸)だ[22][23]。においで野生動物が近づかず、食べ尽くされないようにしている、という一説がある[22]。
同じ「秋の香り」でも、金木犀は虫を選ぶ合図、カツラは葉が老いるときの変化、ぎんなんは食べ尽くされないための守り、とそれぞれ出どころが別に見える。
ギンモクセイは、金木犀と同じ Osmanthus fragrans に属する変種で、白い花をつける。香りはあるが、金木犀ほどは強くない[19]。
花以外にも、秋に香るものがある。カツラは、11月ごろ、黄色く色づいた落ち葉がキャラメルのような甘い香りを出す。主成分はマルトールで、砂糖を含む菓子の製造過程でもできる物質だ。黄葉・紅葉が進むにつれて含量が増え、葉が老化したり乾燥したりすると増えるようだ[20]。日本植物生理学会の相談コーナーの回答(2014年)は、マルトールは、細胞が弱ったり死んだりして細胞内の区切りが壊れたあとの成分どうしの反応でできる可能性を指摘する一方、生合成の可能性も否定できず、植物の中での働きは明らかでない、と述べている[21]。
イチョウのぎんなんは、外側の果肉のように見える部分が強烈なにおいをもつ。成分は酪酸とヘプタン酸(エナント酸)だ[22][23]。においで野生動物が近づかず、根こそぎ食べ尽くされないようにしている、という一説がある[22]。実がなるのは雌の木だけなので、街路樹には雄の木が選ばれることも多い[22]。
同じ「秋の香り」でも、金木犀は花粉を運ぶ虫を選ぶ信号、カツラの落ち葉は葉の老化にともなう化学変化の結果である可能性があり、ぎんなんは食べ尽くされないための防御という説がある。香りの出どころは一つではなく、分かっていない部分も多い。
じぶんでも かぎくらべ
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
おなじ 木を、あさと ゆうがたで
きんもくせいが さいて いる あいだ(9月の おわりから 10月ごろ)に、おなじ 木の においを、あさと ひると ゆうがたに かいで みよう。強さや、あまさは かわるだろうか。木の 前に 1分 たって、においの 感じかたが どう かわるかも 見て みよう。
おうちの 人に きいて みる
「きんもくせいの においで、なにを 思い出す?」と きいて みよう。こたえに せいかいは ない。
ほかの 秋の においを さがす
11月ごろは、かつらの 落ち葉を さがして みよう。きいろく なった 葉を、ひとつ かいで みる。ひとの うちの にわには 入らないで、道や 公園から。においが にがてな 人や、あたまが いたく なる 人は、近づきすぎないでね。
同じ木を、時間をずらしてかぐ
金木犀が咲いている間(9月の終わりから10月ごろ)に、近所の同じ木のにおいを、朝・昼・夕方にかいでみよう。強さや甘さの感じ方は変わるだろうか。この記事の出典でも、「午前中に活発」と「夕方に強く感じられる」で書き方が分かれていた。木の前で1分ほど立ち止まって、においの感じ方がどう変わるかも試せる。
金木犀で何を思い出すか、聞いてみる
家の人や友だちに、金木犀のにおいで何を思い出すかを聞いてみよう。トイレという人も、通学路という人も、運動会という人もいるかもしれない。答えに正解はない。においと記憶の結びつきの、小さな調べものになる。
ほかの秋の香りを探す
近くに銀木犀があれば、花の色と香りの強さを比べてみよう。11月ごろには、公園や街路樹のカツラの落ち葉を探して、黄色くなったものをかいでみる。人の家の庭には入らず、道や公園から観察する。においが苦手な人や、頭が痛くなる人は、近づきすぎないようにしよう。
同じ木を、時間をずらしてかぐ
金木犀が咲いている間(9月の終わりから10月ごろ)に、近所の同じ木のにおいを、朝・昼・夕方にかいで、強さや甘さの感じ方を記録してみよう。この記事の出典でも、香りが出る時間帯は「午前中に活発」「夕方は人に強く感じられる可能性」と書き方が分かれていた。1回だけでは天気・気温・風の影響と区別できないので、数日続けて天気もメモしておくとよい。木の前で1分ほど立ち止まり、嗅覚順応で感じ方がどう変わるかも試せる。
金木犀で何を思い出すか、聞いてみる
家族や友人に、金木犀のにおいで何を思い出すかを聞いてみよう。答えはさまざまだろうし、正解はない。においと記憶の結びつきを調べる、小さな聞き取りになる。
ほかの秋の香りを探す
近くに銀木犀があれば、花の色と香りの強さを金木犀と比べてみる。11月ごろは、公園や街路樹のカツラの落ち葉から、黄色く色づいたものを選んでかいでみる。人の家の庭には入らず、道や公園から観察すること。においが苦手な人や、においで頭が痛くなる人は、近づきすぎないほうがよい。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:京都市都市緑化協会・日本薬学会・和歌山大学などの研究は、日本の公的・学術的な情報です。Baldermannら(2010)、Hanら(2019)、Fengら(2026)は英語の学術論文、Chu と Downes(2000)は英語の総説論文で、いずれも要旨を読んで使いました。ウェザーニュース・All About・婦人公論.jp・tenki.jp は民間の報道・解説サイトです。
- 京都市都市緑化協会「花とみどりの相談所」Q&A「キンモクセイは全部雄株だと教えられましたが本当でしょうか」。 https://www.kyoto-ga.jp/greenery/soudan/field/field004/qa_000311.html (日本のキンモクセイが雄株ばかりで結実しないと考えられていること、雄株が雌株より多くの花を咲かせるのが普通であることの説明)
- フリー百科事典『ウィキペディア』「キンモクセイ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/キンモクセイ (「木犀」の名の由来、江戸時代に雄株だけが渡来したこと、香りの主成分、1970年代初頭から1990年代前半にトイレ用芳香剤で主流だったという記述、中国での呼び名が丹桂とされ、日本の金木犀と同じものかには議論があること)
- 公益社団法人 日本薬学会「キンモクセイ」(薬学の花)。 https://www.pharm.or.jp/flowers/post_31.html (花の構造、橙色がカロテノイドによること、カロテノイドの分解でスミレの精油にも含まれるイオノンができること、午前中に活発に香るという説明)
- 中島敦司・山本雅史・大南真緒・仲里長宏・廣岡有沙「夏季から秋季にかけての気温がキンモクセイの開花に及ぼす影響」、緑化工学会誌 37(1)、26–31、2011年。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsrt/37/1/37_1_26/_pdf (花芽分化が8月上旬で、その後約50日で開花すること、外の気温より3℃高くした実験で開花が遅れ、期間が長くなり、複数回のピークが出たこと、外気温区の開花の様子)
- 公益財団法人 横浜市緑の協会 金沢動物園「キンモクセイ(モクセイ科)」。 https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/kanazawa/details/post-2403.php (開花時期が9月下旬から10月中旬で、気温が高いほど遅くなること、花が咲いている日数が3〜7日ほどであること)
- 日本植物生理学会「みんなのひろば 植物Q&A キンモクセイの二度咲きについて」(2021年)。 https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=5241 (二度咲きの考えられる原因と、気温と花芽の関係のしくみは明らかでないという回答)
- ウェザーニュース「関東甲信や東北でキンモクセイ開花ピーク 昨年より3週間早いペース」(2026年9月25日)。 https://weathernews.jp/news/202609/250141/ (朝晩が涼しくなると開花が進むこと、2026年が前年のピーク(10月19〜20日)より約3週間早いペースであること)
- フリー百科事典『ウィキペディア』「リナロール」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/リナロール (リナロールがスズラン、ラベンダー、ベルガモットに似た香りをもつこと)
- Wikipedia(英語版)「gamma-Decalactone」(英語のオンライン百科事典)。 https://en.wikipedia.org/wiki/Gamma-Decalactone (γ-デカラクトンが強い桃の風味をもち、桃やアンズなどの香料に使われること)
- Baldermann S. ほか「Functional characterization of a carotenoid cleavage dioxygenase 1 and its relation to the carotenoid accumulation and volatile emission during the floral development of Osmanthus fragrans Lour.」、Journal of Experimental Botany 61(11)、2010年(英語の学術論文)。 https://doi.org/10.1093/jxb/erq123 (カロテノイドを切ってイオノンを作る酵素の発見、香り成分の種類が調べた花の中で最多であること、香りの放出の1日のリズム、夕方にイオノンの割合が高まること)
- Han Y. ほか「Mechanism of floral scent production in Osmanthus fragrans and the production and regulation of its key floral constituents, β-ionone and linalool」、Horticulture Research 6、2019年(英語の学術論文)。 https://doi.org/10.1038/s41438-019-0189-4 (花びらの細胞の観察、専用の分泌組織が見られなかったこと、銀桂と丹桂で香りの中心成分がちがうこと、β-イオノンとリナロールを作る遺伝子)
- Feng H.-H. ほか「Floral fragrance in sweet osmanthus majorly repels pollen feeders」、Science China Life Sciences、2026年(英語の学術論文)。 https://doi.org/10.1007/s11427-025-3031-1 (金木犀の花が蜜を出さないこと、有効な花粉の運び手がアザミウマだけだったこと、β-イオノンとリナロールがミツバチを遠ざけ、β-イオノンがアザミウマを引きよせたこと)
- 奈良県「アザミウマという害虫」。 https://www.pref.nara.lg.jp/n128/item291765.html (アザミウマが体長1〜2mmほどの細長い小さな虫であること)
- 日本脳科学関連学会連合「嗅覚のひみつ」(東京都健康長寿医療センター研究所 内田さえ)。 https://www.brainscience-union.jp/trivia/trivia3308 (においの情報が嗅球から嗅皮質、記憶にかかわる海馬、感情にかかわる扁桃体へも連絡すること)
- Chu S., Downes J. J. 「Odour-evoked Autobiographical Memories: Psychological Investigations of Proustian Phenomena」、Chemical Senses 25(1)、111–116、2000年(英語の総説論文)。 https://doi.org/10.1093/chemse/25.1.111 (においが他の感覚の手がかりより効果的に自伝的記憶を呼び起こすという予備的な証拠があること)
- 廣瀬清一「第8回 匂わない─嗅覚順応・疲労と慣れ(馴化)」、鼻アレルギーフロンティア 19(2)、2019年。 https://med.m-review.co.jp/article/detail/J0029_1902_0044-0045 (同じにおいをかぎ続けると数分のうちに感度が著しく低下し、別のにおいへの感度は一部を除いて影響を受けないこと)
- All About「金木犀の甘い香りを『トイレの香り』と言う人がいます。なぜですか?」(三浦康子、2025年9月30日)。 https://allabout.co.jp/gm/gc/514386/ (汲み取り式トイレのにおいをまぎらわすのに金木犀が使われたこと、昭和50年代に芳香剤で広まったという説明)
- 婦人公論.jp「秋に香る『金木犀』。昭和世代とそれ以降の世代とではイメージが違う?」(2024年9月14日)。 https://fujinkoron.jp/articles/-/13856?page=2 (世代によって金木犀の印象がちがうという紹介、銀木犀は白い花で香りが金木犀ほど強くないこと)
- フリー百科事典『ウィキペディア』「ギンモクセイ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ギンモクセイ (ギンモクセイの花が白いこと、香りがキンモクセイほど強くないこと、キンモクセイと同じ Osmanthus fragrans の変種であること)
- 森林総合研究所 多摩森林科学園「カツラの甘い香り(11月)」。 https://www.ffpri.go.jp/tmk/midokoro/tanhou/11november/katura.html (黄色く色づいた落ち葉が甘い香りを出すこと、主成分がマルトールであること、葉の老化や乾燥で増えること)
- 日本植物生理学会「みんなのひろば 植物Q&A カツラの甘い香り」(2014年)。 https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3148 (マルトールの由来として二つの可能性が挙げられていること、植物側での働きは明らかでないという回答)
- 日本気象協会 tenki.jp「ぎんなんが臭い!ちょっと謎なその理由とは?」(2020年11月17日)。 https://tenki.jp/suppl/usagida/2020/11/17/30068.html (ぎんなんの外側が酪酸とエナント酸でにおうこと、食べ尽くされないためという一説、実がなるのが雌木だけであること)
- Chem-Station「秋の味覚『ぎんなん』に含まれる化合物」(2016年10月8日)。 https://www.chem-station.com/chemistenews/2016/10/ginkgo.html (ぎんなんの悪臭が酪酸とヘプタン酸によること)
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