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レンズは、どうして ものを 大きく 見せるの?

レンズは、なぜ像を作るのか

レンズは、なぜ像を作るのか

分野:技術

イギリスの はくぶつかんに、水しょうで できた まるい かたまりが かざられて いる。2700年より 前、いまの イラクの あたりで 土の 中から 見つかった ものだ。

これ、なんに つかった ものだと 思う?じつは、いまも はっきり わかって いない。

イギリスの大英博物館に、水晶でできた丸いかたまりが展示されている。2700年以上前、今のイラクのあたりの土の中から見つかったものだ。

これ、何に使ったものだと思う?じつは、今もはっきり分かっていない。

大英博物館に「ニムルドのレンズ」と呼ばれる、紀元前7世紀の水晶のかたまりが所蔵されている。1853年、今のイラクにあった古代アッシリアの遺跡から出土したものだ。

拡大鏡として使われたのか、火をおこす道具だったのか、それとも偶然レンズの形になっただけの装飾品なのか。用途は、今も論争が続いている。

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1. 3000年ちかく まえの、なぞの ガラスだま

1. 3000年近く前の、なぞのガラス玉

1. 1853年に発見された、用途不明のレンズ

この 水しょうの かたまりは「ニムルドの レンズ」と よばれて いる。たて4センチ、よこ3センチくらいの 大きさで、まん中が ふくらんだ「とつレンズ」の 形を して いる[1]

むかしの 人が、字を 大きく して 見る ために つかったのかもしれない。それとも、太ようの 光を 1てんに あつめて 火を おこす ために つかったのかもしれない。どちらも、はっきりとは わかって いない[1]

この水晶のかたまりは「ニムルドのレンズ」と呼ばれている。縦4.2cm、横3.45cmほどの大きさで、真ん中がふくらんだ「凸レンズ」の形をしている[1]

昔の人が、字を大きくして見るために使ったのかもしれない。それとも、太陽の光を1点に集めて火をおこすために使ったのかもしれない。どちらも、はっきりとは分かっていない[1]

ニムルドのレンズは、縦4.2cm、横3.45cm、最大の厚さ0.62cmの平凸レンズで、焦点距離は約12cmとされる。1853年、古代アッシリアの都ニムルド(現在のイラク北部)の遺跡から発掘され、現在は大英博物館が所蔵している[1]

細かい楔形文字を彫るための拡大鏡だったという説、太陽光を集めて火をおこす道具だったという説、装飾品として偶然レンズに近い形になっただけという説がある。所蔵先の大英博物館自身は「実用性はほとんどなかっただろう」と評価しているが、決め手を欠くまま、用途は今も研究者のあいだで議論が続いている[1]

2. まるく ふくらんだ ガラスが、光を あつめる

2. まるくふくらんだガラスが、光を集める

2. 凸レンズが光を1点に集めるしくみ

「ニムルドの レンズ」が ほんとうに つかえたのかを かんがえる まえに、レンズが どうして ものを 大きく 見せたり、光を あつめたり できるのかを 見て みよう。

光は、水や ガラスに 入る とき、すこし むきを かえる。これを「くっせつ」と いう。まん中が ふくらんだ とつレンズは、ふちより まん中の ほうが あつい。そのため、レンズに まっすぐ 入って きた 光は、はしっこも まん中も、だいたい 1つの てんに あつまるように むきを かえる。この てんを「しょうてん」と いう[2]

「ニムルドのレンズ」が本当に使えたのかを考える前に、レンズがどうしてものを大きく見せたり、光を集めたりできるのかを見てみよう。

光は、水やガラスに入るとき、少し向きを変える。これを「屈折」という。真ん中がふくらんだ凸レンズは、ふちより真ん中のほうが厚い。そのため、レンズにまっすぐ入ってきた光は、はしっこも真ん中も、だいたい1つの点に集まるように向きを変える。この点を「焦点」という[2]

「ニムルドのレンズ」が実際に使えたかを考える前に、レンズがなぜ像を作るのかという原理を確認しておこう。

光は、空気からガラスや水のような屈折率のちがう物質に入るとき、進む速さが変わることで進行方向を変える。これが屈折だ。凸レンズは中心部がふちより厚く、場所によって傾きの異なる面を持つため、光軸に平行に入射した光線は、理想的な条件のもとでは、光軸上のほぼ1点に向かって屈折する。この点が焦点であり、レンズの中心から焦点までの距離が焦点距離だ(実際のレンズでは、収差と呼ばれるわずかなずれが生じる)[2]

3. 大昔の 人も、この しくみを つかって いた

3. 大昔の人も、このしくみを使っていた

3. 火おこしと拡大鏡 ── 古代の凸レンズ利用

いまから 2000年 いじょう まえ、ローマの 哲学者てつがくしゃセネカは、水を いれた まるい ガラスの いれものを とおして 見ると、字が 大きく 見える ことを しるして いる[3]

もっと まえ、いまから 2400年くらい まえの ギリシャの げきの せりふにも、「お店に ある、とうめいな 石を つかって 火を つける」と いう ことばが 出て くる。この ころには すでに、光を あつめて 火を おこす どうぐが しられて いたようだ[3]

今から2000年以上前、ローマの哲学者セネカは、水を入れた丸いガラスの入れものを通して見ると、字が大きく見えることを書き残している[3]

もっと前、今から2400年くらい前のギリシャの劇のせりふにも、「お店にある、透明な石を使って火をつける」ということばが出てくる。このころにはすでに、光を集めて火をおこす道具が知られていたようだ[3]

古代ローマの哲学者セネカ(紀元前後の人物)は、著書『自然研究』のなかで、どんなに小さく不明瞭な文字でも、水を満たした球形のガラス容器を通して見ると大きくはっきり見える、という趣旨のことを書き残している。凸レンズによる拡大という現象が、経験として知られていたことがうかがえる[3]

さらにさかのぼり、紀元前424年に上演された古代ギリシャの喜劇作家アリストパネスの『雲』には、登場人物が「薬屋にある、あの透明で美しい石を見たことがあるか。あれで火がつけられるのだが」と語る場面がある。これが、レンズを使って火をおこす道具についての、現存する最も確実な言及とされる。1世紀のローマの博物学者・大プリニウスも、水を満たした容器で日光を集めて布に火をつけたり、凸レンズを傷の焼灼に使ったりしたことを書き残している[3]

4. めがねを 作った 人は、だれか わからない

4. 眼鏡を発明したのは誰か、分かっていない

4. 13世紀イタリア、眼鏡発明者をめぐる謎

いまから 700年くらい 前、イタリアで「めがね」が うまれた。でも、だれが さいしょに 作ったのかは、いまも わかって いない[4]

むかし「この 人が 作った」と いわれて いた、きぞくの 人が いた。でも あとに なって、その 人は、じつは この 世に いなかった ことが わかった。だれかが つくった 話だった。ほんとうに めがねを 作った 人の 名前は、けっきょく のこって いない[4]

今から700年くらい前、イタリアで「眼鏡」が生まれた。でも、誰が最初に作ったのかは、今も分かっていない[4]

昔「この人が作った」と言われていた、貴族の人がいた。でもあとになって、その人は、じつはこの世にいなかったことが分かった。誰かが作った話だった。本当に眼鏡を作った人の名前は、結局残っていない[4]

1306年、ドミニコ会修道士フラ・ジョルダーノ・ダ・リヴァルトが行った説教のなかに、「眼鏡はこの20年以内に発明された」という一節がある。ここから逆算し、眼鏡の発明は1286年ごろ、イタリアのフィレンツェ周辺と推定されている[4]

発明者については諸説研究されてきたが、いまだ特定されていない。ピサの修道士アレッサンドロ・デッラ・スピナが、正体を明かさなかった別の誰かの発明品をもとに自分でも作れるようにし、それを独占せず皆に分け与えたという記録が残っているが、この話も後に否定されている。1684年からは「フィレンツェの貴族サルヴィーノ・デリ・アルマティが発明した」という説も広まったが、20世紀の研究で、この人物自体が実在しない、後世の作り話だったことが判明した。誰が最初にレンズを2枚、フレームに収めることを思いついたのかは、今も歴史の謎のままだ[4]

5. なぜ 光が まがるのか、わかったのは もっと あと

5. なぜ光が曲がるのか、分かったのはもっとあと

5. 屈折の法則が解明されるまで、300年以上かかった

めがねは 700年くらい 前から あった。でも、「なぜ 光が まがるのか」を、けいさんで あらわせる ように なったのは、もっと あとの ことだ。

1621年、オランダの スネルと いう 人が、光が まがる ときの きまりを 見つけた。光が、空気から 水や ガラスに 入る とき、すすむ はやさが かわる。その ため むきが かわる、と いう しくみだ[5]

眼鏡は700年くらい前からあった。でも、「なぜ光が曲がるのか」を、計算で表せるようになったのは、もっとあとのことだ。

1621年、オランダのスネルという人が、光が曲がるときの決まりを見つけた。光が、空気から水やガラスに入るとき、進む速さが変わる。そのため向きが変わる、というしくみだ[5]

眼鏡というレンズの応用品は13世紀末から存在していたが、光がなぜ、どのくらい曲がるのかを定量的に説明する法則が確立されるまでには、300年以上の時間がかかった。

1621年、オランダの数学者ヴィレブロルト・スネルは、光の屈折角と入射角の関係を実験によって見いだしたとされる。もっとも、スネル自身はこれを生前に公刊しておらず、友人たちのあいだで回覧されるにとどまった。異なる物質のあいだで光の速度が変わることが屈折の原因であり、入射角と屈折角の正弦の比は、2つの物質中での光の速度の比に等しいという関係だ。これが後に「スネルの法則」と呼ばれるようになった[5]

6. 近くを 見る どうぐが、遠くを 見る どうぐに なった

6. 近くを見る道具が、遠くを見る道具になった

6. ガリレオの望遠鏡が月と木星の姿を変えた

めがねは、近くの 字を 大きく 見る どうぐだった。でも 1609年、イタリアの ガリレオと いう 人が、とつレンズと おうレンズを くみあわせて、遠くの ものを 大きく 見る「ぼうえんきょう」を 作った[6]

ガリレオは、この ぼうえんきょうで 月を 見た。月の 表面には、山や たにが ある ことが わかった。つぎの 年には、木星の まわりを まわる 4つの 星も 見つけた[6]

眼鏡は、近くの字を大きく見る道具だった。でも1609年、イタリアのガリレオという人が、凸レンズと凹レンズを組み合わせて、遠くのものを大きく見る「望遠鏡」を作った[6]

ガリレオは、この望遠鏡で月を見た。月の表面には、山や谷があることが分かった。次の年には、木星のまわりを回る4つの星も見つけた[6]

1608年、オランダで望遠鏡が発明されたという話を耳にしたガリレオ・ガリレイは、自ら試作にとりかかった。1609年、平凸レンズと平凹レンズを一直線に並べる構成にたどり着き、口径42mm・倍率9倍の望遠鏡を製作。まもなく20〜30倍まで倍率を上げた[6]

この望遠鏡を夜空に向けたガリレオは、1609年に月の表面に山や谷、つまり凹凸があることを観測し、1610年には木星のまわりを公転する4つの衛星を発見した。これらの発見は同年、著書『星界の報告』にまとめられた[6]

じぶんでも しらべて みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

家に 虫眼鏡むしめがねや、めがねが あったら、まん中と ふちの あつさを くらべて みよう。まん中が あつい「とつレンズ」は、光を あつめて ものを 大きく 見せる。まん中が うすい「おうレンズ」は、ぎゃくに 光を ひろげる。手で さわって、ちがいを たしかめて みよう。

家に虫眼鏡や、眼鏡があったら、真ん中とふちの厚さを比べてみよう。真ん中が厚い「凸レンズ」は、光を集めてものを大きく見せる。真ん中が薄い「凹レンズ」は、逆に光を広げる。手でさわって、違いを確かめてみよう。

家に虫眼鏡や、近視用・遠視用の眼鏡があれば、レンズの断面の厚みを見比べてみよう。凸レンズと凹レンズでは光の曲がり方が逆になる。虫眼鏡を太陽に向け、白い紙の上でピントを合わせると、焦点距離を実際に測ることもできる(光を集めた点は紙を焦がしたり発火させたりするほど熱くなるため、必ず大人と一緒に、コンクリートや石など燃えない場所の上で、ごく短い時間だけ試すこと。まぶしいので、太陽そのものや反射光を直接のぞきこまないこと)。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. 大英博物館 収蔵品情報「W_-90959」、フリー百科事典『ウィキペディア』「アッシリアの水晶レンズ」。 https://www.britishmuseum.org/collection/object/W_-90959 https://ja.wikipedia.org/wiki/アッシリアの水晶レンズ (ニムルドのレンズが縦4.20cm・横3.45cm・最大厚0.62cm・焦点距離約12cmの平凸レンズ〈収蔵品分類は象嵌〉であり、実用性はほとんどなかっただろうと評価されていることは大英博物館の収蔵品情報による。1853年にニムルド遺跡から発掘されたこと、用途について拡大鏡説・火おこし説・装飾品説があり論争が続いていることはウィキペディアおよび大英博物館による)
  2. オリンパス「レンズで物が大きく見えるのはなぜ?~光とレンズの関係」、フリー百科事典『ウィキペディア』「屈折」。 https://www.olympus.co.jp/csr/social/learning-about-science-and-the-future/technology/lens01/ https://ja.wikipedia.org/wiki/屈折 (凸レンズが中心部でふちより厚いこと、レンズを通った光が1点(焦点)に集まること、光が異なる物質に入るとき速度が変わり進行方向が変わる「屈折」が原理であることはオリンパスおよびウィキペディアによる)
  3. 古代ローマの哲学者セネカ『自然研究』第1巻6章、フリー百科事典『ウィキペディア』英語版「Burning glass」。 https://penelope.uchicago.edu/seneca/natqu506.html https://en.wikipedia.org/wiki/Burning_glass (セネカが水を満たした球形のガラス容器を通すと文字が大きく明瞭に見えると記していることはセネカ『自然研究』原文による。紀元前424年のアリストパネス『雲』に透明な石で火をつける場面があり現存する最も確実な言及とされること、1世紀の大プリニウスが水を満たしたガラス容器で布を発火させたことや凸レンズによる傷の焼灼を記録していることはウィキペディア英語版「Burning glass」による)
  4. フリー百科事典『ウィキペディア』「眼鏡」、Dizionario Biografico degli Italiani「Alessandro della Spina」(Treccani)。 https://ja.wikipedia.org/wiki/眼鏡 https://www.treccani.it/enciclopedia/alessandro-della-spina_(Dizionario-Biografico)/ (1306年のドミニコ会修道士フラ・ジョルダーノ・ダ・リヴァルトの説教「この20年以内の発明」から逆算し眼鏡の発明が1286年ごろイタリア・フィレンツェ周辺と推定されていること、発明者は諸説研究されてきたが未解明であることはウィキペディア「眼鏡」による。ピサの修道士アレッサンドロ・デッラ・スピナが、正体を明かさなかった別の発明者の品を複製し皆に分け与えたという記録が残るが後に否定されたことはウィキペディアおよびTreccaniによる。1684年から広まった「フィレンツェの貴族サルヴィーノ・デリ・アルマティが発明した」という説が、20世紀の研究でこの人物自体が実在しない捏造だったと判明したことはウィキペディア「眼鏡」による)
  5. ウシオ電機「スネルの法則」、フリー百科事典『ウィキペディア』「スネルの法則」、JAMA Ophthalmology掲載の屈折光学史解説。 https://www.ushio.co.jp/jp/technology/glossary/glossary_sa/snells_law.html https://ja.wikipedia.org/wiki/スネルの法則 https://jamanetwork.com/journals/jamaophthalmology/fullarticle/412989 (屈折率が2つの物質中の光の速度比に等しいことはウシオ電機およびウィキペディアによる。1621年にスネルが屈折角と入射角の関係を実験により見いだしたとされるが、生前に公刊せず友人間の回覧にとどまったことはJAMA Ophthalmology掲載の解説による)
  6. フリー百科事典『ウィキペディア』「ガリレオ式望遠鏡」「星界の報告」、大日本図書「特集 世界天文年2009」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ガリレオ式望遠鏡 https://ja.wikipedia.org/wiki/星界の報告 https://www.dainippon-tosho.co.jp/star/special/20090225_astronomy/galileo.html (1608年にオランダで発明された望遠鏡の話を聞いたガリレオが1609年に対物凸レンズ・接眼凹レンズを組み合わせた望遠鏡(口径42mm・長さ2.4m・倍率9倍)を製作したことはウィキペディア「ガリレオ式望遠鏡」による。1610年3月13日に出版された著書『星界の報告』に、月面の観測、木星のまわりを移動する4つの星についての観察記録がまとめられたことはウィキペディア「星界の報告」による。倍率をのちに20〜30倍まで上げたこと、1609年に月の観測を行ったことは大日本図書による)

なおした ところ

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