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たった 1台の たんさきが、水星に 3かいも 会えた わけ

マリナー10号 ── 人類が初めて水星を見た1974年

マリナー10号 ── 1台の探査機が、水星に3度出会うまで

分野:宇宙・天文

たんさきは ふつう、1つの わくせいを 見に いったら、それで おわりだ。 でも 1970年代に とんだ「マリナー10号」は、水星という わくせいに、 なんと 3かいも 近づいた。

どうして 3かいも 会えたのだろう。じつは その わけを しらべると、 おなじ しくみが、水星の はんぶんを、長いあいだ だれにも 見せなかった りゆうでも あることが わかる。

宇宙探査機は、ふつう1つの惑星に近づいたら、そのミッションは終わる。ところが1970年代に打ち上げられた「マリナー10号」は、水星という同じ惑星に3回も接近した。1台の探査機が、なぜ同じ星に3回も出会えたのだろうか。

この記事では、その仕組みを見つけたイタリアの数学者の発見、機体を何度も苦しめた故障、そして誰も予想していなかった水星の磁場の発見をたどる。そして最後に、3回も出会えたのと同じ仕組みが、実は水星の顔の半分以上を、30年以上も人類の目から隠していたという事実にたどりつく。

惑星探査機は、通常1つの天体に接近すればミッションの主要な目的を終える。ところが1973年に打ち上げられたマリナー10号は、水星に3回も接近するという、当時前例のない成果をあげた。1回の打ち上げ・1台の機体で、なぜ同じ惑星に3度も出会うことができたのか。

この記事では、その軌道を発見したイタリアの数学者ジュゼッペ・コロンボの着想、打ち上げ直後から機体を苦しめ続けた故障の連続、そして当時の理論では説明がつかなかった水星の磁場の発見を追う。そのうえで、3回の接近を可能にした仕組みそのものが、水星の表面の半分以上を長く未知のままにしていたという、もう1つの事実を明らかにする。

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1. 1台で、2つの わくせいを 見に いく

1. 1973年、2つの惑星をめざして

1. 1973年、1台に課された2つの惑星

1973年11月3日、アメリカから 1台の たんさきが うちあげられた。 名前は マリナー10号。むかった さきは 金星と 水星、 2つの わくせいだった[1]。

1つの たんさきで 2つの わくせいを 見に いくというのは、 それまで だれも やった ことが なかった。 マリナー10号は、500日いじょう かけて 10おくキロメートルいじょうの たびを した[2]。

1973年11月3日、アメリカから探査機「マリナー10号」が打ち上げられた。目的地は金星と水星、2つの惑星だった[1]。

1回のミッションで2つの惑星を探査するのは、それまでどの探査機もやったことがなかった[2]。マリナー10号は500日あまりをかけて、10億キロメートルを超える旅をすることになる。ただし、水星は地球からとても遠いわけではないのに、そこにたどり着くこと自体が、実はとても難しい仕事だった。

1973年11月3日、NASAの探査機「マリナー10号」がアメリカから打ち上げられた。目的地は金星と水星の2つの惑星で、1回のミッションで複数の惑星を探査する試みとしては史上初めてのものだった[1][2]。

500日あまり、10億キロメートルを超える旅の末に、マリナー10号は金星と水星をあわせて7,000枚以上の写真を地球に送り届けることになる[2]。太陽に近づくこと自体がなぜ難しいのかは、姉妹記事「水星まで8年かかるのはなぜ」で詳しく扱っているので、この記事では速度と軌道の要点だけに絞って先へ進む。

2. 金星の 近くを とおって、スピードを おとす

2. 金星に立ち寄り、世界で初めての技を使う

2. 金星スイングバイ ── 重力アシストの初実用化

1974年2月5日、マリナー10号は 金星の すぐ そば (5,768キロメートル)を とおりすぎた。 この とき マリナー10号は、金星の 重力じゅうりょくを かりて むきを かえ、スピードも おとした[3]。

わくせいの 重力じゅうりょくを りようして、 べつの わくせいへ すすむ みちすじを かえる わざを、 「じゅうりょくアシスト」と いう。マリナー10号は、これを じっさいの たびで つかった、せかいで さいしょの たんさきに なった[3]。

1974年2月5日、マリナー10号は金星のすぐそば(高度5,768キロメートル)を通過した。このとき探査機は、金星の重力を利用して進む向きを曲げ、同時に速度も落とした[3]。

惑星の重力を借りて軌道を変える技術を「重力アシスト(スイングバイ)」と呼ぶ。マリナー10号は、この技術を実際の航行に使った世界で最初の探査機になった[3]。太陽に対する速度はおよそ秒速37キロメートルから秒速32キロメートルまで落ち、探査機が太陽に最も近づく点が、水星の軌道の近くまで下がった[1]。この技術の基本的な仕組みは、姉妹記事「水星まで8年かかるのはなぜ」で詳しく説明している。

1974年2月5日、マリナー10号は金星に最接近(高度5,768キロメートル)した。この通過によって探査機は金星の重力を利用して進路を変え、太陽に対する速度をおよそ秒速37キロメートルから秒速32キロメートルまで減速させた[1]。この通過が、探査機による重力アシストの実際の航行での初実用化となった[3]。

惑星の重力を利用して探査機の軌道と速度を変える手法を重力アシスト(スイングバイ)と呼ぶ。マリナー10号は、これを実際のミッションで用いた世界初の探査機となった[3]。この減速によって、探査機が太陽に最接近する近日点が水星の軌道付近まで下がり、水星への接近が可能になった。重力アシストの原理そのものは姉妹記事「水星まで8年かかるのはなぜ」に譲り、ここでは先に進む。

3. はじめて 水星に 近づいて、見えた もの

3. 初めての水星接近で見えたもの

3. 第1回接近 ── 月に似た姿と、予想外の磁場

1974年3月29日、マリナー10号は 水星に、たった 700キロメートルほどまで 近づいた。うつった 水星の すがたは、あなだらけの 月に そっくりだった。空気も ほとんど なかった[1]。

そして、だれも よそうして いなかった ことが 1つ 見つかった。 水星の まわりに、磁石じしゃくのような ちから (じ場)が あったのだ。水星は ゆっくり しか まわらない わくせいなので、この ちからは できないはずだと 考えられて いた[4]。この なぞは、いまも かんぜんには とけて いない。

1974年3月29日、マリナー10号は水星にわずか700キロメートルほどまで接近した(第1回接近)。送られてきた画像に写っていたのは、クレーターだらけの、月によく似た姿だった。大気もほとんど無いことがわかった[1]。

さらに、当時の科学者たちが予想していなかった発見が1つあった。水星のまわりに、地球のような磁場が存在していたのだ。強さは地球の磁場のおよそ1.1%(発見当初、NASAはおよそ60分の1と見積もっていた)とごく弱いものだったが、これは「水星は小さく、自転もゆっくり(59日)なので、磁場を生む仕組み(ダイナモ)は働かないはずだ」という当時の理論を裏切る結果だった[4][6]。ある解説記事は、この磁場発見を「マリナー10号のもっとも意外な発見」と呼んでいる[5]。この磁場がなぜ存在するのかは、その後の探査でもまだ完全には解明されていない[4]。

1974年3月29日、マリナー10号は水星表面から約700キロメートルまで接近し、第1回のフライバイを行った。撮影された表面はクレーターに覆われ月と酷似しており、大気も希薄なヘリウムを主成分とするごく薄いものだと確認された[1]。

このとき、当時の惑星科学の理論では想定されていなかった発見があった。水星に、地球の磁場のおよそ1.1%(NASAは発見当初、およそ60分の1と見積もっていた)という弱いながらも明確な磁場が存在していたのである[4][6]。磁場は一般に、天体内部の金属核が自転にともなって対流する「ダイナモ機構」によって生まれると考えられているが、水星は小さく自転周期も59日ときわめて遅いため、当時はこの仕組みが働くとは考えられていなかった。ある宇宙専門メディアは、この発見を「マリナー10号でもっとも意外な成果」と評している[5]。この磁場が、過去の名残(残留磁化)によるものか、現在も活動中のダイナモによるものかは、後続のMESSENGER探査でも完全には決着していない[4]。

4. たびの あいだ、ずっと こしょうと たたかっていた

4. 満身創痍の旅

4. 満身創痍のミッション ── 故障との戦い

マリナー10号は、たびの あいだ ずっと じゅんちょうだった わけでは ない。きたいから はがれおちた ペンキの ちいさな かけらを、みちしるべに して いた ほし(カノープス)と まちがえて おいかけてしまう こしょうが、なんども おきた[5]。

むきを ただしく たもつための ガスも、すこしずつ へって いった。3かいめに 水星に 近づく まえには、 この ガスが たりなく なって、地球との れんらくが とだえかけた。ちきゅうの チームが、ぎりぎりの ところで アンテナを つかって もちなおした[6]。

マリナー10号の旅は、順調ばかりではなかった。機体の表面からはがれた小さなペンキのかけらを、方角を確認するための目印の星「カノープス」と誤認して追いかけてしまう故障が、旅のあいだ何度も繰り返された[5]。

機体の向きを保つためのガスも、しだいに減っていった。第3回の水星接近の直前には、このガスが不足して機体の姿勢が乱れ、地球との通信が途切れかけるという事態が起きた。地上の運用チームが、追跡アンテナの使用時間を急いで確保し、ぎりぎりのところで立て直したという[6]。

マリナー10号のミッションは、順調な航行ばかりではなかった。機体表面から剥離した塗料の小片を、姿勢基準として利用していた恒星カノープスと誤認し、追尾を見失う不具合が、飛行中に繰り返し発生した[5]。

姿勢制御用のガスも次第に消費されていった。第3回の水星接近を目前に控えた時点で、このガスが不足して機体の姿勢が乱れ、地球との通信が途絶えかける事態に陥った。NASAの記録によれば、運用チームは追跡アンテナの割り当てを急遽確保し、まさに間に合うタイミングで機体との交信を回復させたという[6]。

5. どうして 3かいも 会えたのか

5. なぜ3回も水星に会えたのか

5. コロンボの発見 ── 176日という軌道周期

じつは、イタリアの すう学者 ジュゼッペ・コロンボさんは、 金星の よりかたを くふうすれば、その あとの マリナー10号の 軌道きどうを、水星が 太陽の まわりを 1しゅうする 日にちの、ちょうど 2ばいに できることを 見つけて いた[6]。

この ことに 気づいて いれば、マリナー10号は 太陽の まわりを 1かい まわる あいだに、水星に また 出会える。 たとえば、大きい わっかを 1かい まわる あいだに、小さい わっかを ちょうど 2かい まわる ともだちが いたら、 大きい わっかの 人が もどって きた ときには、いつも おなじ ばしょに 小さい わっかの ともだちも いる。 マリナー10号と 水星の かんけいも、これと よく にて いた。ただし ほんとうは、わっかの うえでは なく、 だ円の みちすじの うえを まわって いる。

こうして マリナー10号は、水星に 3かい 近づいた、 せかいで はじめての たんさきに なった[6]。 コロンボさんの 話は、姉妹きじ「水星まで8年かかるのはなぜ」で もっと くわしく 読める。

実は、イタリアの数学者ジュゼッペ・コロンボは、金星でのスイングバイのしかたを工夫すれば、通過後のマリナー10号の軌道周期を、水星が太陽を1周する日数(約88日)のちょうど2倍、約176日にできることを見いだしていた[6]。

この関係を使えば、探査機は太陽を1周するたびに、また水星のそばへ戻ってこられる。この提案どおりに軌道が設計された結果、マリナー10号は水星に3回接近した、史上初めての探査機になった[6]。コロンボの発見のいきさつは、姉妹記事「水星まで8年かかるのはなぜ」で詳しく紹介している。

イタリア・パドヴァ大学の数学者ジュゼッペ・コロンボは、金星でのスイングバイのしかたを調整すれば、通過後にマリナー10号が太陽を周回する軌道の周期を、水星の公転周期(約88日)のちょうど2倍、約176日に設定できることを見いだした[6]。

太陽を1周するたびに探査機が水星の近くへ戻ってくるこの軌道設計により、マリナー10号は1974年3月・9月、1975年3月と、3回にわたって水星に接近することに成功した。重力アシストを複数回のランデブーに応用した、史上初めての例である[6]。コロンボの発見の経緯そのものは、姉妹記事「水星まで8年かかるのはなぜ」に譲る。

6. おなじ しくみが、見えない はんぶんも 作っていた

6. 同じ仕組みが生んだ、もう1つの結果

6. 176日という数字の裏側 ── 見えなかった半分

じつは この「176日」という 数字、べつの きじ 「水星の 1日は、なぜ 地球の 176日ぶんも あるのか」で しょうかいした、水星の「1日」の 長さと、ほぼ おなじ 数字だ。 ぐうぜんでは ない。水星が 2かい 太陽の まわりを まわる あいだに 3かい じてんする、という おなじ かんけいから 生まれる 数字だからだ。

だから マリナー10号が 水星に 近づくたびに、水星は いつも おなじ 半分だけが 太陽の 光を あびて いた。 その けっか、しゃしんに とれたのは 水星の 表面の 40〜45%ほどだけ[3]。 のこりの 半分いじょうは、その あと 30年いじょう、 だれも 見た ことが なかった。

実はこの約176日という数字、別の記事「水星の1日は、なぜ地球の176日ぶんもあるのか」で紹介した、水星の「1日」(日の出から次の日の出まで)の長さとほぼ同じ数字だ。これは偶然ではない。水星が太陽を2周するあいだに3回自転する、という同じ関係から生まれる数字だからである。

そのため、マリナー10号が3回目まで水星に近づくたびに、水星はいつも同じ半分だけが太陽の光を浴びている状態だった[6]。結果として、撮影できたのは水星の表面のうち40〜45%ほどにとどまった[3]。3回も接近を果たしたのと同じ仕組みが、残り半分以上の姿を、その後30年以上も人類の目から隠していたことになる。

この約176日という数字は、姉妹記事「水星の1日は、なぜ地球の176日ぶんもあるのか」で扱った、水星の太陽日(日の出から次の日の出までの時間)の長さとほぼ一致する。これは偶然の一致ではない。水星が2回公転する間に3回自転するという3対2の共鳴関係が、水星の太陽日を176日にしている、その同じ関係が、マリナー10号の再会周期にも噛み合っていたのである。

この結果、マリナー10号が3回のフライバイを行うたびに、水星は毎回ほぼ同じ半球だけが太陽に照らされている状態だった[6]。撮影できた範囲は表面の40〜45%にとどまり、2,700枚以上(出典によっては2,800枚以上)の水星の写真を送りながらも、残る半分以上の地形は長らく未知のままとなった[3][1]。3回の接近を可能にした仕組みそのものが、水星の全貌を隠す仕組みでもあったわけだ。

7. さいごに 近づいた ときと、その あと

7. 最後の接近、そして沈黙

7. 最終フライバイと、その後の33年間

1975年3月16日、マリナー10号は 3かいめ、水星に 近づいた。 きょりは わずか 327キロメートル、 水星の 北きょくの 上を とおりすぎた[1]。

その 8日ご、むきを ただしく たもつ ガスを つかいはたし、 マリナー10号は 地球との れんらくを おえた[3]。 水星に つぎの たんさきが とどくまでには、それから 33年も かかった。2008年に「メッセンジャー」が とどき、 2011年には せかいで はじめて 水星を まわる きどうに 入った[7]。そして その つぎの 年までに、 見えて いなかった 半分も ふくめた 水星ぜんたいの ちずが かんせいした[7]。 いま は、日本と ヨーロッパの「ベピコロンボ」が、水星に さいごに 近づく ときを むかえて いる。

1975年3月16日、マリナー10号は3回目、そして最後の水星接近を行った。距離はわずか327キロメートル、水星の北極の上空を通過した[1]。

その8日後、姿勢を保つためのガスを使い果たし、マリナー10号は地球との通信を終えた[3]。次に探査機が水星に近づくまでには、それから33年もの歳月が必要だった。2008年に探査機「メッセンジャー」が到達し、2011年には世界で初めて水星を周回する軌道に入った[7]。そして翌2012年までに、マリナー10号が撮れなかった半分もふくめた水星全体の地図がようやく完成した[7]。現在は、日本とヨーロッパが共同で開発した探査機「ベピコロンボ」が、水星への最終接近を迎えている。

1975年3月16日、マリナー10号は3回目にして最後の水星フライバイを行い、北極域上空わずか327キロメートルまで接近した[1]。

その8日後の3月24日、姿勢制御用のガスを完全に使い果たし、地球との通信を終えた[3]。マリナー10号はいまも太陽を周回する軌道上を漂い続けていると考えられているが、以後33年間、水星に接近する探査機は現れなかった。2008年にMESSENGERが到達し、2011年3月には世界初となる水星周回軌道への投入に成功、その翌年の2012年までに、マリナー10号が撮影できなかった半球もふくめて水星全体の地図が完成した[7]。現在は、ESAとJAXAが共同開発した探査機ベピコロンボが、水星への最終接近段階を迎えている。

8. ほんものの 水星の しゃしんを 見て みよう

8. マリナー10号の水星を、自分の目で見てみよう

8. 176という数字を、自分でも確かめてみよう

マリナー10号が とった 水星の しゃしんは、いまでも インターネットで 見る ことが できる。

おうちの 人と いっしょに できること

  • 本ものの 水星の しゃしんを さがして みる。 おうちの 人と いっしょに、「マリナー10号 水星 しゃしん」で さがして みよう。月の しゃしんと ならべて 見ると、 そっくりな ことに おどろくはず。
メモの すすめ

気に なった 数字を 1つだけ 書いて おこう。 「176」だけでも じゅうぶん。

マリナー10号が実際に撮影した水星の写真は、いまもインターネットで見ることができる。

今日できること

  • NASAの公式サイトを開いてみる。「science.nasa.gov mariner 10」で検索すると、英語のページだが、打ち上げ日や接近日といった年号・数字はそのまま読み取れる。
  • 水星とMESSENGERの写真をくらべる。マリナー10号が撮った白黒の写真と、MESSENGERが撮った水星全体の写真をならべて検索してみると、当時見えていなかった半分の姿がよくわかる。
メモのすすめ

気になった数字を1つだけ書いておこう。「176」だけでも十分。なぜこの数字が2回も出てきたのか、姉妹記事「水星の1日は、なぜ地球の176日ぶんもあるのか」を読み返して確かめてみてほしい。

この記事に出てきた「176」という数字は、実は簡単な掛け算で自分でも確かめられる。

手を動かして確かめる

  • 176という数字を計算してみる。水星が太陽を1周する日数は約88日。これを2倍すると176になる。この単純な掛け算1つが、1970年代にマリナー10号の3回のランデブーを可能にし、同時に水星の太陽日の長さとも一致していた。
  • 一次情報にあたる。NASAの公式サイト(science.nasa.gov)で「Mariner 10」のミッションページを実際に開き、この記事で紹介した日付・数値と照らし合わせてみてほしい。
メモのすすめ

気になった数字や年号を1つノートに書いておこう。「同じ176という数字が、2つの別々の記事に出てきた」という気づきでもかまわない。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。文章や図を無断で転載してはいません。もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。

出典について:NASAはアメリカの公的な宇宙機関、Astronomy誌は天文専門メディアです。英語のサイトには何を伝えるサイトかを併記しています。

  1. 英語版ウィキペディア「Mariner 10」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Mariner_10 (打ち上げ日、金星・水星接近の日付と距離、速度の変化、水星表面の撮影範囲、ミッション終了の経緯についての概説)
  2. Space.com, “Mariner 10: First Mission to Mercury”(英語、宇宙科学のニュースサイト)。 https://www.space.com/18301-mariner-10.html (史上初めて2つの惑星を探査したミッションであること、総飛行距離・総撮影枚数についての解説)
  3. NASA Science, “Mariner 10”(英語、NASA公式ミッションページ)。 https://science.nasa.gov/mission/mariner-10/ (打ち上げ日時、重力アシストの初実用化、3回のフライバイの日時、撮影枚数と撮影範囲、磁場の発見、ミッション終了日時についての公式記録)
  4. 英語版ウィキペディア「Mercury's magnetic field」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Mercury%27s_magnetic_field (水星の自転の遅さとダイナモ理論の不整合、磁場の強さが地球の約1.1%であること、磁場の起源が未解明であることについての解説)
  5. Astronomy, “Mariner 10, a mission of firsts, used gravity to bend its way from Venus to Mercury”(英語、天文専門メディア)。 https://www.astronomy.com/space-exploration/mariner-10-a-mission-of-firsts-used-gravity-to-bend-its-way-from-venus-to-mercury/ (星追跡機がペンキの薄片を誤認した故障の詳細、磁場発見を「もっとも意外な成果」と評した記述)
  6. NASA, “45 Years Ago: Mariner 10 First to Explore Mercury”(英語、NASA公式の歴史解説記事)。 https://www.nasa.gov/history/45-years-ago-mariner-10-first-to-explore-mercury/ (ジュゼッペ・コロンボによる176日周期の発見、水星の3対2共鳴により毎回同じ半球しか照らされなかった経緯、第3回接近前の姿勢制御ガス不足の危機についての公式記録)
  7. NASA Science, “MESSENGER”(英語、NASA公式ミッションページ)。 https://science.nasa.gov/mission/messenger/ (2011年3月18日の水星周回軌道投入、2012年4月までに水星表面全体の高解像度マッピングを完了したこと、2015年4月30日のミッション終了についての公式記録)

なおした ところ

更新履歴

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