1. しゃしんが あるのに、なぜ えを かくの?
1. 写真があるのに、なぜ医療の絵が要るのか
1. 写真があっても絵が残る理由 ── 複雑な医療情報を見える形にする仕事
いま、からだの なかは しゃしんでも うつせます。それなのに、えを かく しごとが のこって います。どうしてでしょう。
この しごとを まなぶ にほんの だいがくせいは、「えを じょうずに かくだけでは、かけない」と せつめいして います[13]。からだの しくみを しらないと、なにを どう みせれば いいか、わからないからです。
メディカルイラストレーターは、むずかしい いりょうの はなしを、だれにでも みえる かたちに する ひとです[8]。いしゃと かんじゃさんの あいだの ちしきの ちがいを うめる こともあります。
では、この しごとの はじまりに、なにが あったのでしょう。
今は、体の中を写真や画像で見られる時代です。それでも、絵を描く専門職が残っています。日本でこの仕事を学ぶ学生は、「画力だけでは描けない」と説明しています[13]。解剖学や生理学の知識がないと、何を見せるべきかが決められないからです。
メディカルイラストレーターは、複雑な医療情報を、分かりやすく見える形にする専門職とされます。医師と患者の知識の差を埋めたり、専門の違う医療者どうしが話し合うときの道具になったりします[8]。
この仕事の形をつくった人物として、よく名前が挙がるのがブレーデルです。次は、ブレーデルが何をしたのかを見ます。
今日、体内は画像診断でも見られる。それでも医療イラストレーターが求められるのは、この職が「複雑な医療情報を分かりやすく視覚化する」ことを担うからだとされる。医師と患者の知識の差を埋め、専門の異なる医療者どうしが意思疎通する道具にもなる[8]。
範囲も広く、AMI(アメリカの医療イラストレーター協会)によれば、2Dの絵から3Dアニメーション、解剖図から教育用ゲーム、分子モデルや医療用の立体造形まで、視覚的な解決を作る「芸術家であり科学者」の仕事とされる[9]。日本でこの仕事を学ぶ学生は、「画力だけでは描けない」と説明している[13]。
では、その「画力だけではない」部分は、具体的に何なのか。仕事の形をつくったとされるブレーデルの例から見る。
2. えを かく まえに、なにを した?
2. 描く前に、腎臓に色水を入れたブレーデル
2. ブレーデルの流儀 ── 注入・解剖で確かめてから描く
ブレーデルは、1870ねんに ドイツで うまれました。1894ねんに アメリカの ジョンズ・ホプキンズ びょういんに きて、ほんの えを かく しごとを はじめます[1]。
てじゅつの ようすが よく わからない ときは、ブレーデルは じぶんで かいぼうや じっけんを して、たしかめてから かいたと いわれます。じんぞうに いろを つけた みずを いれたのも、その ひとつです。みちを しるために、みずに いろを つけて ながして みるのと、ちょっと にて います。ただし ほんとうは、からだの なかの ちいさな くだの はなしです。
しらべた ことは、てじゅつの かんがえかたにも つながったと つたえられて います[3]。えを かく ために しらべた ことが、いしゃの やくにも たったのです。
ブレーデルは1870年にドイツのライプツィヒで生まれました。1894年に、アメリカのジョンズ・ホプキンズ病院へ来て、婦人科のハワード・ケリーの教科書『Operative Gynecology』(2巻、1898年刊)の絵を描きました[1]。
手術の細部がはっきりしないとき、ブレーデルは解剖や実験で自分で確かめてから描いたとされます。腎臓に色をつけた液を注入して血管の走り方を調べたことが、腎臓の「血管の少ない面」の発見や、手術の縫い方(ブレーデルの縫合)につながったとされています[3]。この調べ方は、資料では二次資料に基づいて紹介されています。
ブレーデルの考えとして、画家はまず主題を、解剖・組織・病理・内科・外科など、あらゆる立場から理解しなければならない、という趣旨の言葉が伝わっています[4]。逐語の引用かどうかは分からないので、言い換えて紹介しました。
では、そうして理解したことを、当時の印刷でどう見せたのでしょうか。
ブレーデルはドイツのライプツィヒに生まれ、1894年にジョンズ・ホプキンズ病院へ来た。婦人科のハワード・ケリーに雇われ、2巻の教科書『Operative Gynecology』(1898年刊)の絵を描いた[1]。
ここで特徴的なのは、細部が不明なとき、注入・解剖・凍結切片・再構成など、標本の直接の研究で確かめてから描いたことである[3]。腎臓に色をつけた液を注入して血管の走り方を調べた結果が、腎臓の「血管の少ない面」の発見や、手術での縫い方(ブレーデルの縫合)につながったとされる。この点は、1901年の論文を紹介した二次資料に基づく。
彼の考えとして、画家はまず主題を、解剖学・局所解剖・組織学・病理学・内科・外科のあらゆる立場から理解しなければならない、という趣旨の言葉が伝わる[4]。逐語かどうかは未確認のため、言い換えにとどめた。つまり、絵は理解の結果であって、理解の前に描く作業ではなかった。次に、理解を絵にする技法を見る。
3. すみの こなで、どんな えを かいた?
3. 炭の粉で、生きた組織のような立体感を出す
3. カーボンダスト法 ── 白黒印刷でも立体感が残る技法
ブレーデルは、「カーボンダストほう」という かきかたを くふうしました。すみの こなを、ざらざらに コーティングした かみの うえに、かわいた ふでで のせて いきます[5]。
すると、いきて いる からだの ように、ふっくらと した えに なります。むかしの いがくの ほんには、しろと くろだけで いんさつされた ものが おおく ありました。そういう ほんでも、きれいに うつせたと いいます。
ブレーデルが工夫したカーボンダスト法は、炭の粉を、コーティングした紙などに乾いた筆でのせていく技法です。生きた組織のような立体感が出ます[5]。
当時の医学書などは白黒印刷が多くありました。色を使えなくても、濃さの段階だけで丸みや奥行きを見せられたので、この技法は印刷でもきれいに再現できたとされています。
ここでも、体を理解している人が、印刷という条件までふくめて絵を組み立てています。
ブレーデルが工夫したカーボンダスト法は、炭の粉を、コーティングした紙などに乾いた筆でのせて、濃淡だけで生きた組織のような立体感を出す技法である[5]。
当時の医学書では白黒印刷が多かった。だからこそ、階調だけで質感を表せるこの技法は、印刷での再現に向いていたとされる。理解した内容を、印刷条件の制約の中で読者に届く形にする、という工夫が含まれている。
では、こうした力を持つ人を、どう育てたのか。
4. えを かく ひとを、どう そだてたの?
4. 1911年、絵を描く人を育てる学科ができた
4. 1911年、医学の絵を描く人を育てる学科ができた ── 資格と大学院も整う
1911ねんに、ジョンズ・ホプキンズ に、えの しごとを まなぶ がっかが できました。ブレーデルが さいしょの せきにんしゃに なりました。せかいで はじめての おなじ しゅるいの がっかと いわれます[2]。
ブレーデルは、げいじゅつと いがくの あいだの みぞに はしを かけたかったと つたえられます。つぎの せだいの えかきさんが、いがくの ざっしや ほんの えを かけるように、そだてるためです[1]。
1911年、ジョンズ・ホプキンズ大学に「Department of Art as Applied to Medicine」ができ、ブレーデルが初代の責任者になりました。同じ種類の学部としては世界で初めてとされます。お金は、実業家のヘンリー・ウォルターズが出しました[2]。
目的は、芸術と医学の間にある溝に橋をかけ、次の世代の画家が医学雑誌や本の絵を描けるように育てることだったと伝えられます[1]。
今のアメリカでは、医療イラストレーター協会(AMI)が1945年にでき、認定資格CMIもあります。高校卒業後に2年をこえる教育と2年をこえる実務、試験とポートフォリオの審査が要り、5年ごとに更新します[10]。北米で認定された大学院は5つあり、課程は2年です[11]。
1911年、ジョンズ・ホプキンズ大学に「Department of Art as Applied to Medicine」が設立され、ブレーデルが初代の責任者になった。同種の学部として世界初とされ、資金は実業家ヘンリー・ウォルターズが出した[2]。
学科をつくった目的は、芸術と医学の溝に橋をかけ、次の世代の画家が医学雑誌や書籍の絵を描けるよう育てることと伝えられる[1]。ブレーデルが自分で標本を調べてから描いたことは、この「橋をかける」教育の中身と重なる。
職業としての形も整った。AMIは1945年に設立され、初の年次総会は1946年である。認定資格CMIは、高校卒業後2年をこえる教育・訓練と2年をこえる実務、試験(倫理・生体医科学・描画など)とポートフォリオ審査を要し、5年ごとに更新する[10]。北米の大学院課程(2年)はCAAHEP認定が5つ(オーガスタ大、イリノイ大シカゴ校、ジョンズ・ホプキンズ、トロント大、ロチェスター工科大)とされる[11]。
ここまではアメリカの話だ。日本では、体の中の絵を、誰が、どうやって描いたのか。
5. にほんでは、だれが えを かいたの?
5. 江戸の『解体新書』の図を描いた小田野直武
5. 『解体新書』(1774年)の図 ── 小田野直武の8か月
にほんでは、1774ねんに『かいたいしんしょ』という ほんが でました。ドイツの ほんを オランダごに した ほんを、すぎたげんぱくさんたちが にほんごに した ものです[6]。
この ほんの ずを かいたのが、あきたはんの さむらいの おだのなおたけさんです。ひらがげんないさんの しょうかいで、えどに でたと かんがえられて います。えどに でてから、1ねんも たたない しごとと いわれます[7]。
おだのさんは、よその くにの ほんの どうばんがを、とても ほそい ふでで ていねいに うつしました。それを もくはんがに した ものが、ほんの ずに なりました。
『解体新書』は安永3年(1774年)に出た本です。ドイツのクルムスの解剖書のオランダ語版『ターヘル・アナトミア』を、杉田玄白や前野良沢らが翻訳しました[6]。
その図を描いたのが、秋田藩士の小田野直武です。平賀源内の紹介で江戸に出たと考えられていて、洋書の銅版画を面相筆でていねいに写し、木版画にしました[7]。江戸に出て、半年から8か月ほどの仕事だとされ、資料によって数字は少し違います。「1年足らず」という言い方なら、どの資料とも合います。
ブレーデルのように自分で標本を調べたのではなく、洋書の図を写した仕事でした。ただ、体の中の様子を、まだ見たことのない人に見せるための絵だという点は、同じです。
『解体新書』は安永3年(1774年)刊で、ドイツのクルムスの解剖書のオランダ語版『ターヘル・アナトミア』を、杉田玄白・前野良沢らが翻訳した[6]。翻訳した文だけでは体の中は伝わらないので、図が必要になる。
その図を描いたのが、秋田藩士の小田野直武である。平賀源内の紹介で江戸に出たと考えられ、洋書の銅版画を面相筆で丹念に写し、木版画にした[7]。所要期間は「半年ほど」から「8か月」まで資料で数字が違うため、ここでは「1年足らず」としておく。
ブレーデルの仕事との違いは、直武が標本を自分で確かめたのではなく、既存の洋書の図を写した点にある。ただし、体の中の姿を見たことのない読者に見せる、という役目は共通する。共通するのは、見えない体の中を絵で伝えた点だ。
では、今の日本で、この仕事はどうなっているのか。
6. いま にほんで、この しごとは どうなの?
6. 今の日本で、この仕事を学べる場所
6. 日本の現状 ── 学会・公的資格・教育の場
いま にほんでも、この しごとを する ひとが います。2016ねん12がつには、「にほんメディカルイラストレーションがっかい」が できました。ほんぶは おかやまけんの くらしきしです。ながく はたらいて きた レオンさくまさんの よびかけに、だいがくびょういんの いしゃたちが さんせいして、はじまったと いいます[12]。
その ころは、こうてきな しかくが なく、この しごとを する ひとは すうじゅうにん ほどと せつめいされました。えの ちからに くわえて、いがくの ちしきも いるのが、かべに なって いました[12]。いまの にんずうは、わかりません。
おかやまけんの くらしきしに ある かわさきいりょうふくしだいがくには、この しごとの コースが あり、にほんで ゆいいつと されます。おなじ だいがくの いかだいがくには、1800てんを こえる びょうりひょうほんが あり、まなびに つかえます[13]。
日本メディカルイラストレーション学会(JSMI)は、2016年12月に、岡山県倉敷市を本部として設立されました。長く活動してきたメディカルイラストレーターのレオン佐久間さんの呼びかけに、大学病院の医師たちが賛同して発足したと紹介されています[12]。
学会の設立当時の説明では、日本には公的な資格がなく、この仕事をする人は数十人ほどとされていました。絵の力に加えて、医学や臨床の知識が要ることが、壁になっているといいます。これは2017年ごろの説明で、今の人数ではありません[12]。
2025年1月の発表では、川崎医療福祉大学(倉敷市)の医療福祉デザイン学科にメディカルイラストレーションのコースがあり、日本で唯一の教育の場とされています。「唯一」は大学側の発表です。同じ大学には医科大学が併設され、1800点をこえる病理標本を学びに使えます[13]。
ブレーデルが自分で標本を調べたように、ここでも、体そのものに触れながら学ぶ場が用意されています。
日本メディカルイラストレーション学会(JSMI)は2016年12月に設立された(本部は岡山県倉敷市)。長く活動してきたレオン佐久間氏の呼びかけに、大学病院の医師らが賛同して発足したとされる[12]。
学会設立当時の説明では、日本には公的資格が整っておらず、この仕事をする人は数十人ほどだった。壁になっていたのは、絵の力に加えて医学・臨床の知識が要ることである[12][8]。この人数は2017年ごろの説明であり、現在の人数として読むべきではない。
2025年1月のプレスリリースによれば、川崎医療福祉大学(倉敷市)の医療福祉デザイン学科にメディカルイラストレーションのコースがあり、日本で唯一の教育の場とされる。「唯一」は大学側の発表という点に注意したい。同大学には医科大学が併設され、1800点を超える病理標本を学びに使える。学生は、解剖学や生理学の専門知識が不可欠で「画力だけでは描けない」と説明している[13]。
これは、1章の疑問への答えでもある。画像診断があっても、何を見せれば伝わるかを決めるには、体の理解が要る。ブレーデルが標本を自分で調べてから描いたことと、日本のコースが病理標本を教材にしていることは、どちらも、体の中を実際に確かめて絵に生かす例だ。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
じぶんの てを、えに かいて みましょう。かく まえに、ゆびを まげのばししながら、うごく ところや すじの ふくらみを、さわって たしかめます。しらべてから かくと、いつもと ちがう えに なるかも しれません。
もっと しりたく なったら
としょかんで、ひとの からだの ずかんを ひらいて みましょう。ずかんの ずも、だれかが しらべて かいた ものです。
今日できること
自分の手を絵に描いてみます。描く前に、指を曲げのばししながら、動くところや筋のふくらみを触って確かめます。確かめてから描く場合と、そのまま描く場合とで、絵がどう変わるかを比べられます。
もっと知りたくなったら
図書館の人体図鑑を開き、図がどこまで細かく、どの角度から描かれているかを見てください。図は、描く人が体を調べたうえで作られています。
今日できること
自分の手を、確かめてから描く場合と確かめずに描く場合の2通りで描き比べる。確かめるときは、指を曲げのばしして、動くところや筋のふくらみを触って観察する。確かめたあとの絵と、何も見ずに描いた絵で、指の付け根や関節の描き方がどう違うかを比べたい。
資料を読むなら
図書館の日本語の人体図鑑で、手や腎臓など同じ場所が、本ごとにどう描き分けられているかを比べてみる。日本の学会・大学の取り組みは、出典に挙げたプレスリリースから探せる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
腎臓への注入などブレーデルの研究は、1901年の論文を紹介した二次資料によっている。ブレーデルの英語資料は、Wikipedia本文の要約と検索結果を主に使った。日本の現状は、学会・大学のプレスリリースによる。
- Art as Applied to Medicine 歴史ページ(ジョンズ・ホプキンズ大学) https://medicalart.johnshopkins.edu/history-archives/ (ブレーデルの来歴・学科の目的)
- History of Medical Illustration(AMI) https://ami.org/medical-illustration/history-of-medical-illustration/ (1911年の学科)
- Max Brödel(Wikipedia英語版) https://en.wikipedia.org/wiki/Max_Broedel (確かめてから描く流儀・腎臓の注入)
- Max Brödel(LITFL) https://litfl.com/max-brodel/ (ブレーデルの考え方)
- Medical Illustration(ジョンズ・ホプキンズ大学 病理学ブログ) https://blogs.pathology.jhu.edu/pathology/medical-illustration (カーボンダスト法)
- 解体新書(コトバンク) https://kotobank.jp/word/解体新書-42644 (刊行年・原書)
- 小田野直武(Wikipedia日本語版) https://ja.wikipedia.org/wiki/小田野直武 (図を描いた経緯)
- L&Kメディカルアートクリエイターズ(koubo.jp) https://koubo.jp/article/35753 (仕事の役割)
- Medical Illustration(AMI) https://ami.org/medical-illustration (仕事の幅)
- Certification info(O*NET) https://www.onetonline.org/link/certinfo/5417-A (認定資格CMI)
- Graduate Programs(AMI) https://ami.org/medical-illustration/enter-the-profession/education/graduate-programs (北米の大学院課程)
- 動きはじめた医学絵師職人(バリュープレス) https://www.value-press.com/pressrelease/177423 (学会の設立・数十人という説明)
- 日本で唯一のメディカルイラストレーション教育の現場(リセマム/PR TIMES) https://resemom.jp/release/prtimes/20250129/134243.html (大学のコース・学生の言葉)
なおした ところ
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