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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

まめを かぞえた ひとは、「まざらない」ことを どう 見つけたの?

エンドウを数えた修道士は、遺伝のどんなしくみを見つけたのか

メンデルの遺伝の法則 ── 3対1と9:3:3:1、35年の空白、1900年の再発見、のちに見えた例外

分野:生きもの

まるい まめと、しわの ある まめを かけ合わせます。すると、できた まめは ぜんぶ まるく なります。「すこし しわの ある まめ」は 1つも できません。

では、しわは どこへ 行って しまったのでしょう。むかし、しゅうどういんの にわで まめを かぞえつづけた ひとが いました。かぞえた かずから、この なぞに こたえが 見えて きます。この ページでは、その こたえと、その あとに 分かった ことが 分かります。

丸い豆と、しわのある豆をかけ合わせると、できた豆は全部が丸くなります。「少ししわのある豆」は現れません。ところが、その豆どうしをかけ合わせると、消えたはずのしわが、おおよそ4粒に1粒の割合で戻ってきます。

消えたしわは、どこにいたのでしょうか。修道院の庭でエンドウを数えたメンデルは、数字の並び方から「遺伝は混ざらず、粒のように伝わる」という答えを引き出しました。この記事では、その数え方と、論文が35年ほど眠ったあとの再発見、そのあとに見えてきた例外が分かります。

丸い豆の株としわのある豆の株をかけ合わせると、子の代の豆は全部が丸くなり、中間の「少ししわのある豆」は現れない[3]。その子どうしをかけ合わせると、孫の代では、しわ豆がほぼ3対1の割合で戻ってくる[4]。

親の性質が絵の具のように混ざるのなら、こうはならない。消えたしわは、どこにいたのか。ブリュン(現在のチェコのブルノ)の修道院でエンドウを数えたメンデルは、数字の並びから、遺伝は混ざらずに粒のように伝わると考えた。この記事では、その比の読み方と、論文が35年ほど眠ったあとの1900年の再発見、のちに見えてきた限界が分かる。

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1. まざる はずの まめが、まざらない

1. 混ざるはずの豆が、混ざらなかった

1. 混ざらない子の代 ── 修道院の庭で選んだ7組の特徴

あかい えのぐと しろい えのぐを まぜると、ピンクに なります。もう もとの あかと しろには もどせません。

おやの とくちょうも、えのぐのように まざって こに つたわるのなら、まるい まめと しわの まめの こは、「すこし しわの まめ」に なるはずです。

この ことを、修道院しゅうどういんの にわで しらべた ひとが、メンデルです。メンデルは エンドウという まめを そだてて、まるい・しわ、きいろ・みどり、はなの いろなど、はっきり 2つに わかれる とくちょうを 7つ えらびました。

かけ合わせて みると、できた まめは ぜんぶ まるく なりました。しわは 1つも ありません。

絵の具は、赤と白を混ぜればピンクになります。もし親の特徴が絵の具のように混ざって子に伝わるなら、丸い豆としわの豆の子は、「少ししわのある豆」になるはずです。

これをエンドウで確かめたのが、メンデル(1822〜1884)です。当時ブリュン(いまのチェコのブルノ)の修道院にいた彼は、1856年から数年にわたって、庭でエンドウをかけ合わせました。

まず、選ぶ

メンデルは最初に34品種のエンドウを手に入れ、そのうち22品種を実験に選んだといわれます。選ぶときの目印は、2つの型にはっきり分かれる特徴でした。種子の形(丸/しわ)、子葉の色(黄/緑)、さやの形、さやの色、花の色、花のつく位置、茎の高さの7組です。

丸いエンドウの株としわのあるエンドウの株をかけ合わせると、子の代の豆は全部が丸くなりました。中間の豆は現れません。

絵の具は、赤と白を混ぜればピンクになり、もう元には分けられない。もし親の性質がそのように混ざって伝わるなら、丸い豆としわの豆の子は「少ししわのある豆」になるはずだ。実験はこの予想を裏切った。

メンデル(1822〜1884)は、ブリュン(現在のチェコのブルノ)の修道院に所属し、1856年から数年、資料によっては8年ほどにわたって、庭でエンドウの交配を重ねた[1]。ここで注目したいのは、調べた対象の選び方である。最初に34品種を入手し、そのうち22品種を実験に選んでいる[2]。目印は、はっきり2つの型に分かれる特徴で、種子の形(丸/しわ)、子葉の色(黄/緑)、さやの形、さやの色、花の色、花のつく位置、茎の高さの7組にしぼった[3]。

連続的に変わる特徴を選ぶと、混ざったのか混ざっていないのかを判定しにくい。型が2つに分かれる特徴を選んだので、結果を「数える」ことができた。丸としわの親から生じた雑種第1代は、全部が丸になった[4]。ではしわは消えたのか、次の世代で確かめられる。

2. きえた しわは、まごの だいで もどって くる

2. 消えたしわは、孫の代に戻ってくる

2. 消えたしわの行方 ── 雑種第2代の3対1

メンデルは、できた まるい まめを そだてて、また かけ合わせました。すると、まごの だいで、しわの まめが もどって きたのです。

まるい まめが 5474つぶ、しわの まめが 1850つぶ。きいろが 6022つぶ、みどりが 2001つぶ。どちらも、およそ 3つ たいして 1つの わりあいでした。

しわは きえたのでは なく、かくれて いたのです。こんなに たくさんの まめを かぞえたから、わりあいが 見えました。すこししか かぞえなければ、ぐうぜんで ずれて しまいます。

メンデルは、丸くなった子の代の豆を育て、それどうしをかけ合わせました。孫の代を数えると、消えたはずのしわが戻ってきました。

種子の形は、丸が5474粒、しわが1850粒で、比は約2.96対1です。子葉の色は、黄が6022粒、緑が2001粒で、約3.01対1です。どちらも、ほぼ3対1です。

「ほぼ」とつけるのには理由があります。ぴったり3対1にはならず、数が少なければ偶然でずれるからです。メンデルが何百株、何千粒も数えたのは、この偶然のずれに比が埋もれないようにするためだったと考えられます。

子の代で現れた丸のように、目に見える側を顕性(けんせい)、隠れた側を潜性(せんせい)と呼びます。以前は「優性・劣性」と呼ばれていました(くわしくは6章)。

しわは消えたのではなかった。子の代どうしをかけ合わせると、孫の代(雑種第2代)にしわ豆が戻ってくる。種子の形は丸5474粒に対してしわ1850粒(約2.96対1)、子葉の色は黄6022粒に対して緑2001粒(約3.01対1)で、どちらもほぼ3対1になった[4]。

ぴったり3対1にならない点も大事である。数十粒なら偶然のずれが大きく、比は見えない。何百株、何千粒という数を数えた[2]ことで、偶然のばらつきをならして、3対1という規則性を取り出せた。

子の代で現れる側を顕性、隠れて孫の代に戻る側を潜性という(旧称は優性・劣性)。では、なぜ3対1になるのか。この比を説明できる考えは、混ざる説明の中にはない。

3. どうして 3たい1に なるの?

3. 3対1は、「粒が2つ組で伝わる」と考えると説明できる

3. 3対1を生む考え ── 分離の法則

メンデルは、こう 考えたと 言われて います。まめは、とくちょうを きめる「つぶ」を 2つ ずつ もって います。まるの つぶと、しわの つぶ です。

こに つたわる ときは、2つの うち 1つだけが えらばれます。まるの つぶは つよくて、1つでも あれば まるく なります。

こどもの まめは、まるの つぶと しわの つぶを 1つずつ もらいます。だから ぜんぶ まるいのです。この まめが また つぶを わけると、まると しわが 半分ずつ できます。くみ合わせは 4とおりで、そのうち 3つが まるに なり、1つだけが しわに なります。

ただし、メンデルは「いでんし」と いう ことばも、せんしょくたいも 知りませんでした。

子の代は全部丸なのに、孫の代では3対1でしわが現れる。この結果は、次のように考えると説明できます。

ひとつの特徴について、個体は目に見えない粒を2つ1組で持っています。子に伝わるときは、そのうち1つだけがランダムに渡されます。丸の粒(A)としわの粒(a)を1つずつ持つ子の代は、Aがあれば丸になるので全部が丸です。この子の代が次の世代へ粒を渡すとき、Aとaは半々です。かけ合わせると、AA、Aa、aA、aaの4通りが同じ確率で並び、そのうち3通りは丸、1通りだけがしわになります。これが3対1の正体です。

この「1組の粒が別れて、別々の子に入る」という考えが、のちに分離の法則と呼ばれます。もし親の特徴が絵の具のように混ざるなら、孫の代でしわが戻ることはありません。

メンデルは遺伝子や染色体を知りませんでした。「遺伝子」という言葉は、彼の没後の1909年に作られたものです。

混ざる考えでは、子の代は中間になり、孫の代にしわは戻らない。戻るのなら、性質は混ざらずに何かの形で保たれているはずだ。メンデルは、個体が1つの特徴につき目に見えない要素を2つ1組で持ち、子には1つだけが渡されると考えれば、比を説明できると示した。

丸の要素をA、しわの要素をaとする。丸としわの親から生じた雑種第1代はAaで、Aが顕性なので全部が丸になる。このAaが次の世代に要素を渡すとき、Aとaは半々で、組み合わせはAA、Aa、aA、aaの4通りが等しい確率で起きる。丸になるのは3通り、しわは1通りなので、3対1になる。この「1組の要素が分かれて別々の子に入る」という説明を、のちに分離の法則と呼ぶ[1]。

ここには注意が2つある。1つは、メンデルの論文に「メンデルの法則」という名前や、この3つに整理した書き方は見当たらないことで、「法則」という形は後世の整理とされる[2]。もう1つは、遺伝子という語自体が、彼の没後の1909年にヨハンセンが作ったものだということだ[9]。メンデルは、遺伝子も染色体も知らないまま、数の比だけを手がかりに考えていた。

4. ふたつの とくちょうを いっしょに 見ると?

4. 2つの特徴を同時に見ると、9:3:3:1になった

4. 2つの特徴を同時に追う ── 9:3:3:1と独立の法則

メンデルは、もっと ふかく しらべます。まるい・しわの ほかに、きいろ・みどりも いっしょに 見たのです。

しょうかいされる きろくでは、556つぶの まめを かぞえると、まるくて きいろが 315、まるくて みどりが 108、しわで きいろが 101、しわで みどりが 32でした。

ぜんぶで 9:3:3:1に ちかい わりあいです。まるか しわかは、きいろか みどりかと かんけいなく きまって いました。

メンデルは、「丸/しわ」と「黄/緑」の2つを同時に見ました。よく紹介される記録では、孫の代の556粒を数えると、丸・黄が315粒、丸・緑が108粒、しわ・黄が101粒、しわ・緑が32粒でした。

16で割った期待値は、およそ312.75:104.25:104.25:34.75なので、実際の数はよく近くなっています。ほぼ9:3:3:1です。

この比は、3対1と3対1を掛け合わせたものです。丸・しわの決まり方と、黄・緑の決まり方が、たがいに影響しなければ、(丸3:しわ1)×(黄3:緑1)で9:3:3:1になります。丸の中だけを見ても、黄と緑はほぼ3対1です。これがのちに独立の法則と呼ばれます。

2つの特徴を同時に追うと、どうなるか。丸/しわと黄/緑の2組で、紹介される記録では孫の代556粒を数えると、丸・黄315、丸・緑108、しわ・黄101、しわ・緑32だった。ほぼ9:3:3:1である[5]。ここで、緑丸は108粒、しわ黄は101粒と、数を取り違えないようにしたい。

この比は偶然の一致ではなく、3対1の掛け算として説明できる。丸・しわの決まり方と黄・緑の決まり方が互いに影響し合わない(独立)なら、(3+1)×(3+1)=16通りのうち、丸・黄が9、丸・緑が3、しわ・黄が3、しわ・緑が1に振り分けられる。16で割った期待値は312.75:104.25:104.25:34.75で、実測は数粒から数十粒のずれ内に収まる。

丸だけを取り出しても黄と緑は315対108、しわだけなら101対32で、どちらもほぼ3対1である。1つの特徴の遺伝が、別の特徴の遺伝に引きずられていない。この考え方が、のちに独立の法則と呼ばれた[1]。

5. だれも 気づかなかった ろんぶんが、目を さます

5. 35年ほど眠った論文は、1900年に目を覚ました

5. 35年ほど眠った論文 ── 1900年の再発見と「法則」の名

メンデルは、この けっかを 1865ねんに、ブリュンの しぜんかがくの あつまりで 発表はっぴょうしました。ろんぶんは、つぎの 1866ねんに、あつまりの ざっしに のりました。

でも、そのあと 35ねんほど、この しごとは ほとんど 知られませんでした。どうして なのかは、わたしたちが 見た しりょうには 書いて ありません。

1900ねんに、3人の しょくぶつを しらべる ひとが、それぞれ べつべつに 研究を して、おなじ けっかに たどりつきました。そして、「メンデルが さきに 見つけて いた!」と 気づいたのです。

それから、この かんがえは 世界に ひろがって いきました。

メンデルは、この結果を1865年2月8日と3月8日に、ブリュン自然科学協会で発表しました。論文は翌1866年に、協会の雑誌に載りました。

ところが、それから35年ほど、この仕事は広く知られませんでした。なぜそうなったのかは、今回確認できた資料には書かれていません。

1900年、3人が同じ道にたどりつく

1900年に、ド・フリース、コレンス、チェルマクの3人の植物学者が、それぞれ別々に研究して、同じ結果に行きつきました。そして、先にメンデルが同じことを見つけていたことに気づきます。

イギリスのベートソンも、1900年にコレンスらの論文を読んでメンデルを知り、広める役を果たしました。「遺伝学(genetics)」という言葉を作り、ケンブリッジ大学で最初の遺伝学の教授になった人物です。英訳が出たのは1901年です。

「分離」「顕性」「独立」の3つの整理は、そのあとにまとめられたもので、近代遺伝学の出発点とされます。

この仕事は、当時どう受け止められたのか。メンデルは1865年2月8日と3月8日にブリュン自然科学協会で発表し、論文は翌1866年に学会誌に載った[4]。ところが、その後35年ほどの反応や、なぜ広く知られなかったのかを示す資料は、今回の調査では確認できていない。

再び光が当たったのは1900年である。ド・フリース、コレンス、チェルマクの3人の植物学者が、それぞれ独立に研究し、同じ年に、メンデルがすでに同じ結果を出していたことに気づいた[6]。日本語の解説も、3人が独立にこの論文の重要性に気づいたこと、のちに「分離」「顕性」「独立」の3つにまとめられて近代遺伝学の出発点になったことを記す[1]。

英国のベートソンは、1900年にコレンスらの論文を読んでメンデルを知り、普及に努めた。「genetics」の語を作り、ケンブリッジ大学の初の遺伝学教授になった人物で、英訳は1901年である[10]。「法則」という整理が再発見のあとに作られたことは、3章で見たとおりである。

6. 「ほうそく」は、いつも あてはまる?

6. 法則は、いつでも成り立つのか

6. 法則の限界 ── 顕性は法則か、独立はどこまで成り立つか

3つの ほうそくの うち、「かくれる ほうと、でる ほう」が、いつも きれいに 分かれる わけでは ありません。日本の きょうかしょには、これを 「ほうそく」と かいて いないものが おおいと いわれます。

むかしは、でる ほうを 「ゆうせい」、かくれる ほうを 「れっせい」と よんで いました。でも、「つよい・よわい」の いみだと おもわれやすく、「よく あらわれる・かくれる」という いみが つたわりにくいので、2017ねんに 「けんせい」「せんせい」に かえられました。「けんせい」は、「よく あらわれる」という いみです。

もっと くわしい ことは、大きく なって、きょうかしょや としょかんの ほんで しらべて みましょう。

「顕性の法則」は、日本の教科書で「法則」と書かれないことが多いといわれます。分離と独立は、法則として明記されます。

「優性・劣性」という呼び方は、2017年に日本遺伝学会が「顕性・潜性」に言い換えました。「優れている・劣っている」という意味だと誤解されるのを避けるためです。顕性・潜性は、「目に見えて現れるか、隠れるか」を表しているだけです。

独立の法則にも、成り立つ条件があります。同じ染色体の近い場所にある特徴どうしは一緒に伝わりやすく、これを連鎖といいます。メンデルは、その影響が出ない特徴の組み合わせを選んだ、あるいは選ぶことになったのかもしれません。

3つの法則は、どこまで一般に成り立つのか。顕性は、日本の教科書で「法則」と書かれないことが多い。一方、分離と独立は「法則」と明記される[7]。

用語も見直された。日本遺伝学会は2017年の用語改訂で、優性・劣性を顕性(けんせい)・潜性(せんせい)に言い換えた。優劣の意味だという誤解を避けるためである[8]。顕性・潜性は、目に見えて現れるか、隠れるかを表すだけで、強さや価値の優劣は含まない。

独立の法則にも条件がある。ある解説によれば、エンドウの7組の特徴の遺伝子は染色体に乗っており、同じ染色体上の遺伝子どうしはそれぞれ離れていて連鎖が見えなかった、という[11]。同じ染色体の近い場所にある遺伝子は一緒に伝わりやすく(連鎖)、独立に近い分配が起きるのは、遺伝子が別々の染色体にある場合や、同じ染色体上でも十分に離れている場合である。ただし、7組の内訳や染色体の数を断定するには、原典に当たる必要がある。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日 できること

10円玉を 2まい ようい します。おもて が でたら 「まるい つぶ」、うらが でたら 「しわの つぶ」と 考えます。2まいを 同時に 投げて、「1まいでも おもて」なら まる、「2まい うら」なら しわと して、紙に 書いて いきます。

20回と、家の 人や 友だちと あつめて 100回で、まると しわの わりあいを くらべて みましょう。3対1に ちかいのは どちらでしょう。

出かけて できること

としょかんで、「いでん」の ほんを さがして みましょう。きょうかしょの 「ぶんりの ほうそく」の ずと、自分の けっかを くらべると 楽しいです。

今日できること

10円玉を2枚用意して、同時に投げます。表を「丸の粒」、裏を「しわの粒」と決めて、2枚のうち1枚でも表なら丸、2枚とも裏ならしわとして、結果を紙に書きとめます。

まず20回、次に家族や友だちの結果を集めて100回ぶんを比べて、丸としわの割合が3対1にどちらが近いかを見てみましょう。メンデルが何千粒も数えた意味が、体で分かります。

出かけてできること

図書館の遺伝の本や、学校の理科の教科書で「分離の法則」の図を探し、自分の結果と見比べてみてください。「顕性の法則」がどう書かれているかを、教科書ごとに見比べるのもおもしろいです。

公式情報

日本遺伝学会の用語の解説や、科学館の遺伝の展示に、顕性・潜性への言い換えの理由が書かれています。

今日できること

硬貨2枚を同時に投げ、少なくとも1枚が表なら「丸」、2枚とも裏なら「しわ」と記録する。20回と、複数人分を合わせた100回で、丸:しわが3対1にどれだけ近いかを比べる。少ない回数ではずれ、多い回数では近づくことから、メンデルがなぜ何千粒も数えたのかが実感できる。

出かけてできること

図書館で、遺伝学の入門書や高校の生物の教科書を開き、顕性の法則が「法則」として書かれているか、独立の法則の条件(連鎖)がどう説明されているかを比べる。

公式情報

出典に挙げた、日本遺伝学会の用語改訂の報道や、メンデルの論文を英訳と原文で公開しているサイト(MendelWeb)に当たると、7組の内訳や数の詳細を原典で確かめられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

メンデルの論文の原文は、今回の調査では直接開けなかった。数字は複数の解説が一致するものを使い、原典との照合は済んでいない。

  1. コトバンク「メンデル」 https://kotobank.jp/word/メンデル (生没年・修道院・再発見・3つの法則のまとめ)
  2. MendelWeb Notes (Brown Univ.) https://cs.brown.edu/people/rblumber/MendelWeb/MWNotes.html (品種の選択・数の多さ・「法則」の名称)
  3. DNA Learning Center (CSHL) Genes Come in Pairs https://dnalc.cshl.edu/view/16154-Genes-Come-in-Pairs.html (7組の特徴)
  4. Experiments on Plant Hybridization(Wikipedia英語版) https://en.wikipedia.org/wiki/Experiments_on_Plant_Hybridization (3対1の数値・発表と出版の日付)
  5. arXiv:1603.04929 https://arxiv.org/pdf/1603.04929 (9:3:3:1の数値)
  6. NHGRI 1900 Rediscovery of Mendel's Work https://www.genome.gov/25520238/online-education-kit-1900-rediscovery-of-mendels-work (1900年の再発見)
  7. 現代ビジネス「メンデルの法則」 https://gendai.media/articles/-/69950 (顕性を法則と書かない教科書)
  8. ニュースイッチ(日本遺伝学会の用語改訂の報道) https://newswitch.jp/p/18420 (顕性・潜性への言い換え)
  9. NHGRI 1909 The word gene coined https://www.genome.gov/25520244/online-education-kit-1909-the-word-gene-coined (「gene」の語)
  10. EBSCO Research Starters, Rediscovery of Mendel's hereditary theory https://www.ebsco.com/research-starters/law/rediscovery-mendels-hereditary-theory (ベートソン)
  11. Memorial Univ. Pisum linkage map https://mun.ca/biology/scarr/Pisum_linkage_map.html (連鎖。検索結果で確認した範囲)

なおした ところ

更新履歴

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