1. しょうがい ずっと ふねよいだった、でんせつの ていとく
1. 生涯船酔いに苦しんだ、伝説の提督
1. 生涯船酔いに苦しんだ、史上最強の提督
1758年に 生まれた ホレーショ・ネルソンは、12さいで 海ぐんに 入った ときから、ずっと ふねよいに なやまされて いました[1]。
それでも ネルソンは、いくつもの 大きな 海の たたかいに かちつづけました。1805年の トラファルガーの たたかいでは、てきの かんたいを やぶり、イギリス海ぐんの れきしに のこる 大しょうりを おさめました。ただし ネルソン じしんは、この たたかいで 命を おとして います[2]。
1804年、ネルソンは 手がみに、こう 書き のこして います。「風が つよく ふくたびに 具合が わるく なる。この しごとへの 思いだけが、わたしを 海に 1じかんでも とどめて いる」[3]。
けいけんも うでまえも あった ていとくでさえ、なおせなかった のりものよい。これは いったい どういう しくみで おきるのでしょう。
1758年に生まれたホレーショ・ネルソンは、12歳で海軍に入ったときから、ずっと船酔いに悩まされていました[1]。
それでもネルソンは、いくつもの大きな海の戦いに勝ちつづけました。1805年のトラファルガーの戦いでは、敵の艦隊を破り、イギリス海軍の歴史に残る大勝利をおさめました。ただしネルソン自身は、この戦いで命を落としています[2]。
1804年、ネルソンは手紙に、こう書き残しています。「風が強く吹くたびに具合が悪くなる。この仕事への思いだけが、私を海に1時間でもとどめている」[3]。
経験も腕前もあった提督でさえ、治せなかった乗り物酔い。これはいったいどういう仕組みで起きるのでしょうか。
1758年生まれのホレーショ・ネルソンは、1771年、12歳で海軍に入った直後から船酔いを経験し、それは生涯にわたって続く慢性的な問題になった[1]。
それでもネルソンは、1798年のナイルの海戦、1801年のコペンハーゲンの海戦で勝利を重ね、1805年のトラファルガーの海戦ではフランス・スペイン連合艦隊を破り、イギリス海軍史上最大級の勝利をもたらした。ネルソン自身はこの戦いで戦死している[2]。
1804年、旗艦ヴィクトリー号から書いた手紙で、ネルソンは自らの船酔いについて「風が強く吹くたびに具合が悪くなる。この仕事への情熱だけが、私を海に一時間でも留まらせている」と率直に語っている[3]。
経験と技術を極めた提督でさえ克服できなかった乗り物酔いとは、そもそもどのような仕組みで起きるのだろうか。
2. 目と 耳の 「いいぶん」の くいちがいが、のりものよいの ゆういな せつめい
2. 目と耳の「言い分」の食い違いが、乗り物酔いの有力な説明
2. 感覚の食い違いが、乗り物酔いのもっとも有力な説明
人間は、目で 見た ものと、みみの おくで かんじる うごきと、体の きんにくで かんじる ものを あわせて、じぶんの 体が どう うごいて いるかを つかんで います。
車や 船の 中では、目に うつる へやの けしきは 止まって いるのに、みみや 体は ゆれや スピードの へんかを かんじとって しまいます。この「止まって いる」と「うごいて いる」の くいちがいが、のうを こんらんさせて、のりものよいを おこすと 考えられて います[4]。ただし、これだけで のりものよいの ぜんぶが せつめいできるわけでは ありません。
たとえるなら、目と 耳が、ふたりの 友だちの ように、のうに ちがう 話を つたえて くる ような ものです。ただし 本とうは、目や 耳が しゃべるわけでは なく、のうに おくられる しんごうが くいちがうだけです。
みみの おくに ある、うごきを かんじる ぶひんに ついては、べつの 記事「目が回る仕組み」で くわしく 見て います。では、この くいちがいは、どんな ときに とくに 大きく なるのでしょう。
人間は、目で見たものと、耳の奥で感じる動きと、体の筋肉で感じるものを合わせて、自分の体がどう動いているかをつかんでいます。
車や船の中では、目に映る部屋の景色は止まっているのに、耳や体は揺れやスピードの変化を感じ取ってしまいます。この「止まっている」と「動いている」の食い違いが、脳を混乱させて、乗り物酔いを起こすと考えられています[4]。ただし、これだけで乗り物酔いのすべてが説明できるわけではありません。
耳の奥にある、動きを感じる部分については、別の記事「目が回る仕組み」で詳しく見ています。では、この食い違いは、どんなときに特に大きくなるのでしょうか。
乗り物酔いの原因について、1881年、医師ジョン・アーウィンが「感覚の食い違い」という考え方を早くから提案していた[9]。この考え方は、1975年にイギリスの心理学者ジェームズ・リーズンとジョン・ブランドによって「感覚衝突理論」として体系的にまとめられ、現在もっとも広く受け入れられている説明になっている。ただし、乗り物酔いの仕組みのすべてがこの理論で解明されたわけではない[4]。
人間は、視覚・耳の奥にある前庭器官(半規管や耳石器官。詳しい仕組みは「目が回る仕組み」でたどった)・筋肉や関節の感覚(体性感覚)という複数の感覚を組み合わせて、自分の体の動きを把握している。
船や車の中では、目に映る室内の景色は静止しているのに、耳や体は揺れや加速度を感じ取る。この「動いていない」という視覚情報と「動いている」という前庭・体性感覚の情報の食い違いが、乗り物酔いを引き起こすと考えられている[4]。では、この食い違いは、どんな状況で特に大きくなるのだろうか。
3. 車の 中で 本を 読むと、なぜ ひどく ようのか
3. 車の中で本を読むと、なぜひどく酔うのか
3. なぜ運転する人は酔いにくく、本を読む人は酔いやすいのか
車の 中で 本を 読むと、ひどく よう ことが あります。目は 止まった 紙を 見て いるのに、みみや 体は 車の ゆれを はっきり かんじとって しまうからです。目と みみの くいちがいが、とくに 大きく なるのです。
はんたいに、うんてんして いる 人は あまり よいません。じぶんで ハンドルを うごかして いるので、つぎに 体が どう うごくか、のうが 先に よそくできて、くいちがいが 小さくなるからだと 考えられて います。
とおくの けしきや 水へいせんを 見ると よいにくく なるのも、おなじ りゆうです。とおくの 止まった 目じるしを 見る ことで、目からも「じぶんが うごいて いる」と いう じょうほうが 入り、みみの かんじかたと あいやすく なるのです。では、この よいやすさは、だれでも おなじなのでしょうか。
車の中で本を読むと、ひどく酔うことがあります。目は止まった紙を見ているのに、耳や体は車の揺れをはっきり感じ取ってしまうからです。目と耳の食い違いが、特に大きくなるのです。
反対に、運転している人はあまり酔いません。自分でハンドルを動かしているので、次に体がどう動くか、脳が先に予測できて、食い違いが小さくなるからだと考えられています。
遠くの景色や水平線を見ると酔いにくくなるのも、同じ理由です。遠くの止まった目印を見ることで、目からも「自分が動いている」という情報が入り、耳の感じ方と合いやすくなるのです。では、この酔いやすさは、誰でも同じなのでしょうか。
感覚衝突理論は、身近な経験をよく説明する。車の中で本を読むと、目は静止した紙面を見ているのに、耳と体は車の揺れや加速・減速をはっきり感じ取る。視覚と前庭・体性感覚の食い違いが特に大きくなるため、酔いやすくなる[4]。
逆に、運転している人はあまり酔わない。自分でハンドルやアクセルを操作しているため、次にどう体が動くかを脳があらかじめ予測でき、感覚の食い違いが小さくなるからだと考えられている。
遠くの景色や水平線を見ると酔いにくくなるのも、同じ理屈で説明できる。遠くの動かない目印を見ることで、視覚からも「自分が動いている」という情報を得られるようになり、耳の感覚と一致しやすくなる。では、この酔いやすさに、誰にでも共通した傾向はあるのだろうか。
4. のりものよいに なりやすいのは、何さいごろか
4. 乗り物酔いになりやすいのは、何歳ごろか
4. 乗り物酔いになりやすい年齢には、はっきりした山がある
のりものよいの なりやすさは、年れいに よって 大きく かわります。2019年に ドイツの けんきゅうチームが 子どもたちを しらべた ところ、1さいに なる 前に よう 子は とても すくなく、4さいから 13さいごろに いちばん よいやすく、とくに 6さいから 9さいで つらさが 重くなる けいこうが ありました。おとなに 近づくと、よいやすさは だんだん さがって いきます[5]。
あかちゃんが ほとんど のりものよいを しないのは、じぶんの うごきを 知るのに 目からの じょうほうを つかう しくみが、まだ そだって いる とちゅうだからでは ないか、と 考えられて います。
おなじ ちょうさでは、女の子の ほうが やや よいやすい けいこうも 見られました[5]。人に よって さも 大きく、なれる ことで よいにくく なる 人も います。では、人間いがいの どうぶつも、おなじように のりものよいで くるしむのでしょうか。
乗り物酔いのなりやすさは、年齢によって大きく変わります。2019年にドイツの研究チームが子どもたちを調べたところ、1歳になる前に酔う子はとても少なく、4歳から13歳ごろにいちばん酔いやすく、特に6歳から9歳で症状が重くなる傾向がありました。大人に近づくと、酔いやすさはだんだん下がっていきます[5]。
赤ちゃんがほとんど乗り物酔いをしないのは、自分の動きを知るために目からの情報を使う仕組みが、まだ育っている途中だからではないか、と考えられています。
同じ調査では、女の子の方がやや酔いやすい傾向も見られました[5]。人によって差も大きく、慣れることで酔いにくくなる人もいます。では、人間以外の動物も、同じように乗り物酔いで苦しむのでしょうか。
乗り物酔いのなりやすさは年齢によって大きく変わる。2019年、ドイツの研究チーム(Huppert・Grill・Brandtら)が生後3か月から18歳までの子どもを対象に行った調査によると、1歳未満での発症は非常にまれで、4歳から13歳ごろに最も起こりやすく、特に6歳から9歳で症状が重くなる傾向があった。思春期を過ぎると、なりやすさは徐々に下がっていく[5]。
乳幼児がほとんど乗り物酔いをしないのは、自分の動きを知るために視覚情報を利用する仕組みが、まだ発達の途中だからではないか、と考えられている[5]。
同じ調査では、女児の方がやや酔いやすい傾向もみられた[5]。個人差も大きく、繰り返し乗ることで酔いにくくなる人もいる。では、人間以外の動物も、同じように乗り物酔いで苦しむのだろうか。
5. ネズミは、のりものよいを しても はけない
5. ネズミは、乗り物酔いをしても吐けない
5. ラットとマウスは、乗り物酔いをしても嘔吐できない
犬や ねこは、のりものよいを すると はくことが 知られて いて、のりものよいの けんきゅうにも よく つかわれて きました。
ところが、けんきゅうで よく つかわれる ネズミ(ラットや マウス)は、のりものに よっても はく ことが できません。2013年の けんきゅうに よると、ネズミには、はくために ひつような のうの しくみが そなわって いない かのうせいが 高いのだそうです[6]。
そのため けんきゅうしゃは、ネズミが 気もち わるさを かんじて いるかを、はく かわりに「食べもので ない もの(つちの ような もの)を 口に する」と いう こうどうを 手がかりに しらべて います[6]。はけない どうぶつにも、どくじの「気もち わるさ」の しめしかたが あるのです。では、この 気もち わるさを やわらげる ほうほうは あるのでしょうか。
犬やねこは、乗り物酔いをすると吐くことが知られていて、乗り物酔いの研究にもよく使われてきました。
ところが、研究でよく使われるネズミ(ラットやマウス)は、乗り物に酔っても吐くことができません。2013年の研究によると、ネズミには、吐くために必要な脳の仕組みが備わっていない可能性が高いのだそうです[6]。
そのため研究者は、ネズミが気持ち悪さを感じているかを、吐く代わりに「食べ物でないもの(土のようなもの)を口にする」という行動を手がかりに調べています[6]。吐けない動物にも、独自の「気持ち悪さ」の示し方があるのです。では、この気持ち悪さを和らげる方法はあるのでしょうか。
犬や猫、サルの仲間は乗り物酔いをすると嘔吐することが知られており、乗り物酔いの実験動物としてよく使われてきた。
ところが、実験でよく使われるラットやマウスは、乗り物に酔っても嘔吐できない。2013年のPLOS ONE誌の研究によると、げっ歯類は横隔膜の筋肉量が相対的に少なく、食道や胃の形も嘔吐に適した構造ではないうえ、嘔吐に必要な脳幹の神経機構を欠いている可能性が高いことが示された[6]。
そのため研究者は、ラットやマウスが吐き気に近い不快感を感じているかどうかを、嘔吐の代わりに「土のような非栄養物を口にする」(ピカ行動)という行動を手がかりに調べている[6]。嘔吐できない動物にも、独自の「気持ち悪さ」の示し方があるということだ。では、この不快感を和らげる方法はあるのだろうか。
6. よい止めの くすりは、何を して いるのか
6. 酔い止めの薬は、何をしているのか
6. 酔い止めの薬は何をしていて、しょうがの効果ははっきりしているのか
のりものよいを ふせぐ くすりの ひとつに、スコポラミンと いう せいぶんが あります。これは、みみの おくから のうに つたわる しんごうを よわめる はたらきが あり、かんじかたの くいちがいに よる こんらんを やわらげると 考えられて います[7]。
しょうがも むかしから のりものよいに きくと いわれて きましたが、じっさいの けんきゅうの けっかは、いっちして いません。しょうがで つらさが よくなったと いう ほうこくも あれば、こうかが 見られなかったと いう ほうこくも あり、いまの ところ こうかが はっきりして いるとは いえません[8]。
じぶんでも やって みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
いままで 車に のって いて、本や ゲームを 見て いた ときと、外の とおくの けしきを 見て いた ときとで、気もちの よさに ちがいが あったか、おもいだして みましょう。
かぞくや ともだちに、いつごろから のりものよいを しなく なったか、聞いて みるのも おもしろいでしょう。
すでに よいやすいと わかって いる 人は、車の 中で むりに 本や ゲームを 見つづけないで ください。気もちが 悪く なったら すぐに とおくの けしきを 見るか、大人に つたえて 車を 止めて もらいましょう。
今まで車に乗っていて、本やゲームを見ていたときと、外の遠くの景色を見ていたときとで、気持ちよさに違いがあったか、思い出してみましょう。
家族や友達に、いつごろから乗り物酔いをしなくなったか、聞いてみるのも面白いでしょう。
すでに酔いやすいと分かっている人は、車の中で無理に本やゲームを見つづけないでください。気持ちが悪くなったらすぐに遠くの景色を見るか、大人に伝えて車を止めてもらいましょう。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
- Wikipedia「Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Horatio_Nelson,_1st_Viscount_Nelson (1771年、12歳で海軍に入った直後から生涯にわたる慢性的な船酔いを経験したこと)
- Wikipedia「Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson」(同上)。 (1805年のトラファルガーの海戦での勝利と、ネルソン自身の戦死)
- Times of Malta「Horatio Nelson suffered from seasickness」(2012年)。 https://timesofmalta.com/article/Horatio-Nelson-suffered-from-seasickness.449387 (1804年、旗艦ヴィクトリー号からキャムデン伯爵に宛てた手紙でネルソンが自らの船酔いを語った引用文。国立海事博物館の海軍史キュレーターJames Daveyのコメントとともに、2012年のタンブリッジ・ウェルズ博物館での展示に際して報じられたもの)
- Oman CM, Cullen KE. "Brainstem processing of vestibular sensory exafference: implications for motion sickness etiology." Experimental Brain Research, 232(8), 2483-2492, 2014。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4130651/ (1975年のリーズンとブランドによる感覚衝突理論の体系化を含む、感覚の食い違い理論の発展の解説。感覚衝突理論は現在もっとも広く受け入れられている説明だが、仕組みのすべてが解明されたわけではない)
- Huppert D, Grill E, Brandt T. "Survey of motion sickness susceptibility in children and adolescents aged 3 months to 18 years." Journal of Neurology, 266(Suppl 1), 65-73, 2019。 https://link.springer.com/article/10.1007/s00415-019-09333-w (1歳未満での発症の稀さ、4〜13歳・特に6〜9歳での発症の多さ、思春期以降の減少、女児のやや高い傾向)
- Horn CC, Kimball BA, Wang H, et al. "Why Can't Rodents Vomit? A Comparative Behavioral, Anatomical, and Physiological Study." PLOS ONE, 8(4), e60537, 2013。 https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0060537 (ラット・マウスが解剖学的・神経学的な理由で嘔吐できないこと、代わりにピカ行動が研究の手がかりに使われること)
- American Academy of Family Physicians「Treatment of Motion Sickness」(American Family Physician誌、2012年)。 https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2012/0715/p192.html (スコポラミンが乗り物酔い予防の第一選択薬とされていること、前庭系への作用)
- Journal of Travel Medicine「Evidence that ginger (Zingiber officinale) does not prevent motion sickness in adults」(2026年)。 https://academic.oup.com/jtm/advance-article-abstract/doi/10.1093/jtm/taag061/8724836 (しょうがの乗り物酔いへの効果について、研究結果が一貫していないこと)
- Irwin JA. "Preliminary observations on the pathology of sea-sickness." London: Ballantyne, Hanson & Co., 1881(The Lancet掲載論文の別刷)。 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Preliminary_observations_on_the_pathology_of_sea-sickness_(IA_b22292615).pdf (1881年、感覚の食い違いを乗り物酔いの原因とする考え方を初期に提案した論文)
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