1. 「ド」は はじめから 「ド」だった?
1. 「ド」の前に「ウト」があった
1. 階名の元の形 ── 「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ」
いまの 「ド」は、むかし 「ウト」と よばれて いました。「ドレミファソラ」も、「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ」でした[2]。
ふしぎですよね。「ウト」という ことばには、音楽の 意味は ありません。では、どこから きた ことばなのでしょう。
その ヒントは、千年ほど まえの 歌に かくれて います。
2. うたの 歌いだしから 名前が できた?
2. 修道士グイードと聖ヨハネ賛歌
2. グイード・ダレッツォと『Ut queant laxis』 ── 命名は「たいてい」グイードとされる
グイードは、11せいきの イタリアの 修道士です。1000年ごろに 生きた 人と いわれて います[1]。
ある うたが ありました。6月24日の いのりの ひに うたわれる、ヨハネと いう 人の ための 「さんか」です。その 歌は、1つの ぎょうごとに、はじまりの 音が じゅんばんに 上がって いきます[2]。
その はじまりの ことばを 見ると、「ウト」「レ」「ミ」「ファ」「ソル」「ラ」。ドレミの 名前は、この うたの ぎょうの はじめの 音から とられた と いわれます[2][3]。
「グイードが ぜったいに 作った」とまでは、いえません。「たいてい グイードの しごと」と 言われて いる、と いう ところです。
グイード・ダレッツォは、11世紀前半のイタリアの修道士です。生まれは991〜992年ごろ、亡くなったのは1033年より後とされますが、没年ははっきりしません[1]。
もとになったのは、洗礼者ヨハネの誕生日である6月24日に歌われる賛歌『Ut queant laxis』です。歌詞は8世紀の歴史家パウルス・ディアコヌスの作と伝えられます。第1節の各行の歌い出しの音は、順にC・D・E・F・G・Aと上がっていきます[2][3]。
その歌い出しの言葉「Ut」「Re」「Mi」「Fa」「Sol」「La」の最初の音節を、音の名前にした。この命名は「たいていグイードによる」とされていて、確実に彼だと言い切れる材料までは、今回の資料にはありません[2]。
グイード・ダレッツォは、11世紀前半のイタリアの修道士で、生年は991〜992年ごろ、没年は1033年以後とされる。教皇ヨハネス19世に呼ばれたという記録がある[1]。
階名の元になった賛歌『Ut queant laxis』は、洗礼者ヨハネの誕生日(6月24日)の祈りで歌われる。歌詞の作者は、8世紀のロンバルド人の歴史家パウルス・ディアコヌスと伝えられる[2]。第1〜6節の歌い出しの音が順にC・D・E・F・G・Aとなっており、各半行の最初の音節「Ut, Re, Mi, Fa, Sol, La」が階名になった[2][3]。
この命名は「usually attributed to Guido」、つまりたいていグイードに帰される、という強さで書かれている[2]。
3. その うたは、なにを ねがって いた?
3. 「のどが治りますように」という祈り
3. 賛歌の内容と、のどを治した伝説
この 歌は、「わたしの 声が かれずに、りっぱな ことを うたえますように」と いう ねがいです[2]。
うたを 歌う 人が、のどを だいじに したい きもちを もって いた ことが わかります。むかし、のどが わるく なった とき、この 歌を いのって なおった、と いう 話も つたわって います[3]。
ただし、この 話が 記ろくされたのは 13せいきごろで、ずっと あとの ことです。
4. グイードは、なにを かえた?
4. 「10年」を「1〜2年」に縮めた教え方
4. 記譜と教育法 ── 『ミクロログス』と『未知の歌についての書簡』
むかしの 歌い手は、歌を ぜんぶ 耳で おぼえました。1人前に なるには、10年 かかる と されて いました[1]。
グイードは、音の 高さを 線の 上に かく 方ほうと、ドレミの 名前を つかった 教え方を くふう した といわれます。1年か 2年で 歌える ように なる、と 言ったと つたわります[1]。
その 本は、1025年ごろの 『ミクロログス』などです。どんな ふうに 書いて あるのか、気に なりますね。
5. 「ウト」は、いつ 「ド」に なった?
5. 「ウト」から「ド」へ、そしてシの追加
5. 「ウト」→「ド」とシの追加 ── 17世紀と、割れる由来
「ウト」は、いいにくい 音でした。17せいきに、ドーニと いう 人が 「ド」に かえた と つたえられて います[4]。
「ド」の ゆらいには、いくつか せつが あります。のちの じだいに、「シ」も くわえられました。ただし、いつ だれが 足したのかは、くわしい ことは わかって いません[4]。
「ウト」が「ド」に変わったのは17世紀とされ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ドーニによる改名と伝えられます。理由は、「ウト」が発音しにくいからだと説明されます[4]。
ただ、「ド」という音の由来には、いくつかの説があります。シが加わったのも、ずっと後の時代のことで、年ははっきり書けません[4]。
いま歌っているドレミは、千年前のドレミから少しずつ変わってきた形だ、というところです。
「ウト」を「ド」に改めたのは、17世紀のジョヴァンニ・バッティスタ・ドーニとされる[4]。理由は発音のしやすさとされるが、「Do」の由来にはドーニの姓説や、Dominus(主)説など諸説があり、確定していない。シ(ti)が加わった年も、参照した資料では特定できなかった。
ここまでで、ドレミの名前については、11世紀の命名(たいていグイードとされる)と、17世紀の改名(ドーニと伝わる)の2段階が見えた。次に、名前の下にある「音の高さ」の決め方を見る。
6. 音の 高さは、どう きめる?
6. ピタゴラス音律 ── 五度を積み重ねる
6. ピタゴラス音律 ── 周波数比3:2の完全五度を積む
音の 高さには、「きれいに ひびく くみあわせ」が あります。2つの 音の ふるえの 数が、かんたんな 数の わり合いだと、きれいに ひびきます。
「ドと ソ」の くみあわせは、ふるえの 数が 3対2。とても きれいな ひびきです。これを 五度と よびます。
この 五度を、つぎつぎに つみかさねると、ドレミの 音が きまります。この 方ほうを 「ピタゴラス音りつ」と いいます[5]。
ただし、「ピタゴラスが つくった」と 言いきれません。もっと 古い メソポタミアが ふるさとだ、という 考えも あります[5]。
7. 五度を 12かい つむと どうなる?
7. 12回積んでも元に戻らない ── オオカミの遠吠え
7. ピタゴラスコンマとウルフの五度
五度を 12かい つむと、ちょうど 7オクターブ 上の ドに もどる はずです。ところが、ぴったりは あいません。ほんの すこし ずれます[6]。
ずれの おおきさは、「はんおん」の 4ぶんの 1ほどです。この ずれを 「ピタゴラスコンマ」と いいます[6]。
ピアノのように 12この 音で ならべると、どこか 1か所の 五度が、ずれを ぜんぶ ひきうけます。その 五度は、うなるような ひびきに なります。「オオカミの 遠ぼえ」みたいだと、「ウルフの 五度」と よばれました[6]。
8. 三度が ざらざら した?
8. 三度の問題と、純正律・ミーントーン
8. 長三度81:64の問題 ── 純正律・ミーントーンの登場
ピタゴラスの 音は、五度や 四度は きれいでした。でも、ドと ミのような 「三度」は、ちょっと ざらざら して ひびきました[5]。
1510年ごろから、三度も 和音の 大じな 部分に なって いきます。そこで、三度も きれいに ひびく くふうが 考えられました。その ひとつが 「じゅんせいりつ」で、かんたんな 数の わり合いだけで 音を きめます[5][7]。
じゅんせいりつは、和音が すきとおる かわりに、もう ひとつ こまる ことが ありました。ある 調だけが きれいで、べつの 調に うつると、ずれが たまって しまうのです[7]。
ピタゴラス音律の五度や四度は澄んでいますが、長三度は81対64という複雑な比になり、5対4の純正な三度に比べてざらつきます。数にすると81÷64≒1.266と5÷4=1.25で差は小さいのですが、耳にはうなりとして分かります[5]。
1510年ごろから、三度も和音の大事な部分として好まれるようになり、三度を整えたミーントーン(中全音律)が人気になりました[5]。単純な整数比だけで音を決める純正律も、和音が澄む方法です。
ただ、特定の調に合わせて音の高さを固定した純正律では、別の調に移る(転調する)と、ずれ(コンマ)が少しずつたまります。少ない数の固定した音では、すべての調をきれいに弾くことは難しい、と説明されます[7]。
9. どの 調でも つかえる 音の きめ方
9. 十二平均律 ── どの調でも同じ響き
9. 十二平均律の仕組みと、朱載堉・ステヴィン・メルセンヌ
そこで 考えだされたのが 「十二へいきんりつ」です。1オクターブを、12こに 同じ 大きさで わけます[8]。
どの 音の あいだも、同じ 大きさです。だから、どの 調に うつっても、同じ ひびきに なります。
かわりに、五度も 三度も、ほんの すこし ずれます。とくに 三度は、じゅんせいりつより すこし ひろく なります。ぴったりの きれいさを すこし がまんして、どの 調でも つかえる ほうを えらんだ、と いえます[8]。
十二平均律は、1オクターブを周波数の比で12等分する方法です。隣り合う音の比は、2の12乗根(約1.0595)で、どの調でも響きが同じになります[8]。
その代わり、純正律と比べて、五度は約2セント狭く、長三度は約13.7セント広くなります。五度のずれは小さいのですが、三度は目立つずれです[8]。
数の考え方は、中国の朱載堉が1584年に『律学新説』で示したものが早いとされます。ヨーロッパでは、ステヴィンが1605年ごろの草稿に書き、メルセンヌが1636年に発表しました[8][9]。朱載堉の考えがヨーロッパに伝わったかは、はっきりしません。
十二平均律は、1オクターブを周波数比で12等分し、隣り合う音の比を2の12乗根(≒1.0595:1、100セント)とする[8]。転調しても響きが変わらない一方、純正律との差は、五度が約1.96セント狭く、長三度が約13.69セント広い[8]。五度のずれは小さいが、三度は約14セントと大きく、和音の澄み方を犠牲にしている。
数値化の歴史は、中国の朱載堉が1584年に『律学新説』で「新法密率」として提唱したのが早い(1581年説もあり、参照した資料では1584年)。ヨーロッパでは、ステヴィンが1605年ごろの草稿に記し(出版は1884年)、メルセンヌが1636年に発表した。ヴィンチェンツォ・ガリレイは、リュートの音程に18:17の近似を使った[8][9]。ただ、朱載堉の考えがヨーロッパへ伝わったかどうかは不明である。
10. 「ラ」の 高さも きまって いる?
10. バッハの誤解と、基準音A=440Hz
10. 『平均律クラヴィーア曲集』の誤解と基準音の歴史
バッハの 曲に 『へいきんりつ クラヴィーア曲集』が あります。でも 名前の もとは 「よく ととのえた」と いう 意味で、十二へいきんりつの ことでは ない、と いう 見方が 今は ふつうです[8]。
「ラ」の 音は、1秒に 440回 ふるえる 高さを 目安に する ことが 多いです。これは、1939年の ロンドンでの 国さいかいぎで きめられた とりきめです[10]。
ただし、442回を つかう 場合も あり、むかしの 曲を ひくときは もっと ひくい 高さも つかわれます[10]。「ラ」の 高さは、ひとりでに きまった ものでは ありません。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は、原題が「よく調整された(音律)」という意味で、必ずしも十二平均律を指さないという見方が今は一般的です[8]。「バッハが平均律を広めた」とは言えません。
基準になる「ラ」の音は、A=440ヘルツが1939年のロンドン国際会議で決まり、1955年にISO 16として承認され、1975年に再確認されました[10]。これは自然が決めた高さではなく、取り決めです。
それ以前には、1859年のパリや1885年のウィーンで435ヘルツが使われました。今も、442ヘルツを使う例があり、バロック音楽の演奏では415ヘルツなどを使うこともあります[10]。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の原題は「よく調整された」の意で、必ずしも十二平均律を意味しないとする見方が現在は一般的だとされる[8]。バッハと平均律を直結して語るのは避けたほうがよい。
基準音(A)は、1939年のロンドン国際会議で440Hzと決まり、1955年にISO 16として承認、1975年に再確認された。それ以前は1859年パリ・1885年ウィーンで435Hz、1834年のシュツットガルト会議で440Hzが使われた記述もある[10]。現在も、442Hzを使う例があり、バロック演奏では415Hzなども使われる[10]。
ドレミの名前も音の高さも、自然に決まったものではなく、歌の教え方や和音の好み、国際会議での合意といった人の事情が積み重なって決まってきた、というのが資料から見える流れである。
11. じぶんでも たしかめて みたく なったら
11. 自分でも調べてみたくなったら
11. 自分でも調べてみたくなったら
やってみよう。知って いる 歌を 1つ えらんで、「ド・ド・ソ・ソ・ラ・ラ・ソ」のように、ドレミで 歌って みましょう。おうちの 人と いっしょに 歌って、歌いはじめの 高さを ピアノなどの 音と くらべて みます。
もし おうちに ピアノや けんばんハーモニカが あれば、ドの 音と ソの 音を 同時に ひいて、ひびきを 聞いて みましょう。「きれいだな」と 思う 組みあわせを 見つけたら、それを メモします。
次のようなことを、試したり調べたりできそうです。
- 知っている歌を1つ選び、ドレミで歌ってみましょう。家族といっしょに歌い、歌い出しの高さをピアノなどの音と比べます。
- 家にピアノや鍵盤ハーモニカがあれば、ドとソ、ドとミを同時に弾いて、響きの澄み方のちがいを聞き比べてみましょう。どちらが落ち着いて聞こえるか、自分の言葉でメモします。
- 学校の音楽室や図書館で、音楽史の本を開き、「ソルミゼーション」と「音律」の項目を読みくらべてみましょう。ここで使った資料と説明がちがう点があれば、それが次の調べる種になります。
確かめられることが、資料の側にも耳の側にもある。
- グイードの『ミクロログス』『未知の歌についての書簡』の訳や解説書を探し、ドレミの命名についての記述がどこにあり、どう書かれているかを確かめる。この記事は二次資料の記述に依っており、「グイードによる」とされる根拠の強さは原典で見直せる。
- ピタゴラスコンマの計算((3/2)の12乗と2の7乗の比)を、電卓で自分で計算し、約1.0136倍(約23.46セント)になることを確かめる。
- キーボードやピアノがあれば、ドとミを同時に弾いて聞き、うなりの有無を耳で確かめる。平均律の長三度は純正な5:4より約13.7セント広いので、澄んだ感じがどう違うか、記録して比べる。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:ウィキペディア(日本語・英語)を中心に、いくつかの解説を突き合わせて使った。いずれも二次資料で、グイードの原典や音楽史の専門辞典までは確かめていない。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- Wikipedia "Guido of Arezzo"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Guido_of_Arezzo (グイードの生没年、教え方の工夫、著作について)
- Wikipedia "Ut queant laxis"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Ut_queant_laxis (賛歌の歌い出しと階名、歌詞の作者と内容について)
- Wikipedia「聖ヨハネ賛歌」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/聖ヨハネ賛歌 (歌い出しの音と階名、のどの伝説について)
- Wikipedia "Solmization"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Solmization (ウトからドへの改名について)
- Wikipedia "Pythagorean tuning"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Pythagorean_tuning (ピタゴラス音律の方法、三度の問題、ミーントーンについて)
- Wikipedia「ピタゴラス音律」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ピタゴラス音律 (ピタゴラスコンマとウルフの五度について)
- Wikipedia "Musical tuning"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Musical_tuning (純正律の限界について)
- Wikipedia「平均律」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/平均律 (十二平均律の仕組み、朱載堉、バッハの曲集について)
- Wikipedia "Equal temperament"。 https://en.wikipedia.org/wiki/Equal_temperament (ステヴィンとメルセンヌについて)
- Wikipedia「標準音」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/標準音 (基準音A=440Hzの決まり方について)
なおした ところ
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