1. はたは、なんの ために うまれたの?
1. 遠くからでも「どこの仲間か」が分かるように
1. 旗の起源 ── 標識から国籍表示へ
とおくの ふねを 見て、「どこの くにの ふねかな」と おもった ことは ありますか。しゃしんも でんわも ない むかしは、はたが いちばんの てがかりでした。
むかしの ぐんたいや きぞくは、じぶんの しるしを はたに かいて いました。はたを 見れば、だれの なかまか すぐに わかります。
その あと、おおきな ふねで うみを わたる じだいに なると、ふねも くにの はたを あげるように なったと いわれます[2]。
遠くの船が、どこの国のものなのか。写真も無線もない時代には、掲げた旗が最初の手がかりでした。旗のはじまりははっきり分かっていませんが、古くから「だれの仲間か」を一目で見分けるための目印として使われた例があります。
古代ローマの軍隊には、槍の先の横木に布をつけた「ウェクシルム」という標識がありました。中世のヨーロッパでは、騎士や貴族の紋章が旗に描かれ、どの部隊かを見分ける手がかりになりました[1]。
大航海時代になると、船も国を示す旗を掲げるようになったと考えられています。16世紀には、英国やスコットランドの船が、出身国を示す旗を掲げていたという記述もあります[1][2]。
旗の起源ははっきり分かっていないが、古代に軍隊の標識として使われた例がある。古代ローマのウェクシルムは、槍の先の横木に布を留めたもので、中世ヨーロッパでは騎士や貴族の紋章が旗に描かれ、所属を見分ける目印として働いた[1]。個人や家の旗が、遠くからでも「だれの側か」を示す道具だったことが、旗の原点になる。
この目印が海へ出たのが大航海時代で、船が国籍を示す旗を掲げるようになったと考えられている。16世紀の英国・スコットランド船が出身国を示す旗を上げていた例が知られる[1][2]。ただし「国旗の起源」は定説というより、こう考えられているという整理である。
では、王や貴族の旗が、どうして「国民みんなの旗」になったのか。フランスやアメリカの革命は、人々が自分を王の臣民でなく市民と考えることを求め、支配者一族ではなく国民全体を表す旗が必要になった[1]。国ごとの色や形の差は、この段階で各国が「自分たちは何者か」を旗に描き込んだ結果と見ることができる。厳密な意味の国旗が制定されるのは、18世紀以降の近代国家の成立後とされる[2]。
2. にほんの はたは、さいしょ ふねの しるしだった?
2. 日の丸は、はじめ船の旗だった
2. 日の丸 ── 船印から国旗、そして1999年の法制化まで
にほんの はたは、しろい ぬのに あかい まるです。ひのまると いいます。
1854ねんに、えどばくふが 「にほんの ふねは ひのまるを あげなさい」と きめました。がいこくの ふねと まちがえない ための、しるしです[3]。
あかい まるは、たいようを あらわす と いわれます。にほんは、むかしから じぶんの くにを 「ひの いずる くに」と よんで きたからです[5]。
「くにの はた」と ほうりつで はっきり きまったのは、1999ねんです[4]。
日の丸は、最初から国旗だったわけではありません。1854年、江戸幕府は、外国の船と日本の船を区別するために、日の丸を日本の船の旗と定めました[3]。海の上で「これは日本の船だ」と分かる目印です。
1870年(明治3年)には「商船規則」で、商船の国旗として初めて公式に定められました[3]。旗のはじまりが船の目印だったという、第1章の話と重なります。
赤い円は太陽を表します。日本が中国の東にあって、自国を「日の出づる国」と呼んできたことや、太陽と皇室の祖先神とされる天照大神が結びつけられてきたことが背景にあると説明されます[5]。ただし、由来は「とされる」で、はっきり一つに決まった話ではありません。
国旗として法律に書かれたのは、1999年の「国旗及び国歌に関する法律」です[4]。当時の総理大臣談話は、すでに慣習として定着していたものが、法律で根拠をはっきりさせたと述べています。
この法律には、旗の寸法も書かれています。縦は横の3分の2、日の丸の直径は縦の5分の3で、円の中心は旗の中心です[4]。縦を10とすれば、横は15、円の直径は6になります。
日の丸が国の旗になった経緯は、船から始まる。1854年に江戸幕府が、外国船と区別するために日本の船の旗(総船印)とすると布告し、1870年(明治3年)の太政官布告第57号「商船規則」で商船の国旗として初めて公式に定められた[3]。区別の道具として選ばれた旗が、時間をかけて国を代表する旗に育ったことになる。
では、なぜ太陽なのか。赤い円は太陽を表す。日本は中国の東にあり、自国を「日の出づる国」と呼んできたこと、太陽が皇室の祖先神とされる天照大神と結びつけられてきたことが背景にあると説明される[5]。ただしこれは由来の一説であり、断定はしない。
法的な位置づけは、1999年8月9日に成立した「国旗及び国歌に関する法律」で、日章旗が国旗と明記されたことで定まった[4]。内閣官房の掲載する総理大臣談話は、すでに慣習法として定着していたものが成文法で根拠を明確にされた、という趣旨を述べる。つまり日の丸は、長く使われた末に、かなりあとになって条文の裏づけを得た旗である。
その制式は、縦横の比が2対3(縦が横の3分の2)、日章の直径が縦の5分の3、中心は旗の中心、地は白、日章は紅と定められている[4]。縦を10とおくと、横は15、直径は6で、直径は旗の横幅の5分の2にあたる。
3. そらから おちてきた はたって、ほんとう?
3. 空から降ってきた旗? デンマークのダンネブロ
3. ダンネブロ ── 伝説と、確かな最古の図
デンマークの はたは、あかい ぬのに しろい じゅうじが あります。「ダンネブロ」と いいます。
むかし、たたかいの とちゅうに、そらから この はたが ふって きたと いう おはなしが あります。でも、ほんとうに あった ことかどうかは、がくしゃの あいだでも いけんが わかれて います[6]。
たしかな いちばん ふるい えは、いまから 700ねんほど まえの ほんに あります。その あと、ほくおうの ほかの くにも、にた じゅうじの はたを つかうように なりました。
赤地に白い十字。デンマークの国旗は、ダンネブロと呼ばれます。1219年の戦いのさなか、空から降ってきたという伝説がよく知られています[6]。
ただ、この伝説がどこまで歴史として確かなのかは、学者のあいだでも議論があります。確かな最古の色つきの図は、1340〜1370年ごろの「ゲルレ紋章集」で、デンマーク王の旗として描かれているものです[6]。
ダンネブロは「世界で最も長く使われている国旗」といわれることがあります。ただし、起点を1219年とする資料と、ギネスの記録を1625年とする資料があり、数え方に差があります。「800年以上」と言い切るのは避けたほうがよさそうです。
この十字は、スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・アイスランド・フェロー諸島の旗にも、形を変えて受け継がれました。それぞれが独立や自治のときに、キリスト教の十字を取り入れたためで、時期は国ごとにちがいます[6]。
デンマークの旗ダンネブロには、1219年の戦いのさなかに空から降ってきたという伝説がある。しかし歴史的な確かさは学者の間で議論があり、確かな最古の色つき図は、1340〜1370年ごろのゲルレ紋章集に、デンマーク王の旗として描かれたものだ[6]。伝説と、資料で確かめられる範囲は、分けて考える必要がある。
「世界で最も長く続けて使われている国旗」という説明もあるが、WorldAtlasは1219年から800年超と書き、Wikipediaの検索抜粋はギネス記録の起点を1625年としている。起点の数え方が割れていて、記事では「1219年から使われた」と断定しない。
では、北欧の旗が似ているのはなぜか。スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・アイスランド・フェロー諸島は、それぞれ独立や自治を得る際に、キリスト教の十字を取り入れた似た形(北欧十字)の旗を使うようになった[6]。各国が一斉に採用したのではなく、時期は別々である。似た形は、同じ信仰と近い歴史を持つ仲間の印になっている。
4. ネパールの はたは、どうして しかく じゃ ないの?
4. 四角くない旗 ── ネパールの三角と月・太陽
4. ネパール国旗 ── 二つのペノンと、複数ある意味づけ
ネパールの はたは、せかいで ただ ひとつ、しかく では ありません。ふたつの さんかくが かさなった かたちです。
さんかくは、ヒマラヤの やまを あらわすと いわれます。あかい いろは、くにの はなの シャクナゲと、ゆうきを あらわします。あおい ふちは、へいわを あらわします[7]。
うえと したの たいようと つきは、「この くにが たいようや つきの ように つづきますように」という ねがいとも いわれます。
ネパールの国旗は、世界で唯一、四角形でない国旗です。横より縦が長い旗も、これだけとされています[7]。
形は、二つの三角の旗(ペノン)を合わせたものです。三角は、もとはヒマラヤ山脈を表したとされ、今はヒンドゥー教と仏教を表すと理解されています。深紅は国花のシャクナゲと勇気、青い縁は平和と調和を表します。太陽と月は、国が太陽や月のように続くようにとの願いとも言われます[7]。意味は一つに決まっておらず、いくつもの説があります。
いまの形は、1962年12月16日に、技師のシャンカル・ナート・リマルが、マヘンドラ王の求めで整えたものです[7]。それ以前は、太陽と月に人の顔がありました。
ネパールの旗は、世界で唯一の四角形でない国旗であり、横より縦が長い唯一の国旗でもある。二つの三角旗(ペノン)を合わせた形を、1962年12月16日に、技師シャンカル・ナート・リマルがマヘンドラ王の求めで整えたのが現在の姿だ[7]。それ以前の太陽と月には人の顔があり、いまはない。
この形の意味は、複数の説がある。三角形はもとは二つの三角旗でヒマラヤ山脈を表したとされ、現在はヒンドゥー教と仏教を表すと理解される。深紅は国花のシャクナゲと勇気、青い縁は平和と調和、太陽と月は国が太陽や月のように長く続くようにとの願いとも言われる[7]。
意味が一つに決まらないのは、旗の細部に、地形・宗教・王権・願いが重ねて読まれてきたからだろう。だから、意味は複数の説がある。
5. ちがう くにの はたが、どうして にて いるの?
5. 国をこえて広がった色 ── アラブとアフリカ
5. 汎アラブ色・汎アフリカ色 ── 「仲間の色」の広がり
せかいには、にた いろを つかう くにが あつまって いる ところが あります。
アラブの くにぐには、くろ・しろ・みどり・あかを つかう ことが おおいです。むかしの うたに でてくる いろが もとに なったと いわれます[8]。
アフリカの くにぐにには、みどり・きいろ・あかを つかう くにが おおくあります。エチオピアの はたが、ほかの くにに えいきょうを あたえたと いわれます[9]。
国が違っても、旗の色が似ている地域があります。仲間だという気持ちを、色で表したものです。
アラブの国々の旗には、黒・白・緑・赤がよく使われ、「汎アラブ色」と呼ばれます。14世紀の詩人サフィー・アッディーン・アル=ヒッリーの詩に、この4色が出てくるとされ、1916年のアラブの反乱の旗で初めて組み合わされたといわれます[8]。黒はカリフ国、白はウマイヤ朝、緑はイスラム、赤はハーシム家に結びつくと説明されます。
アフリカでは、緑・黄・赤が「汎アフリカ色」として広がりました。ヨーロッパの植民地支配に入らなかったエチオピアの旗の色が、ほかの国々の旗に影響したとされます[9]。サハラ以南で、独立時に緑・黄・赤の配色を採用した最初の国は、1957年のガーナで、旗をデザインしたのは芸術家のテオドシア・オコーです。ガーナ旗の赤は独立に力をつくした人々、金は鉱物資源、緑は森林など自然の恵み、黒い星はアフリカの解放と団結を表します[10]。
色の似た旗が地域でまとまるのは、色が「同じ仲間だ」という宣言として使われるためである。汎アラブ色(黒・白・緑・赤)は、14世紀の詩人サフィー・アッディーン・アル=ヒッリーの詩に由来するとされ、1916年のアラブの反乱の旗で初めて組み合わされた。黒はカリフ国、白はウマイヤ朝、緑はイスラム、赤はハーシム家に結びつけて説明される[8]。由来は「とされる」の範囲の話である。
もう一つの例が汎アフリカ色(緑・黄・赤)である。ヨーロッパの植民地支配に入らなかったエチオピアの旗の色が、アフリカ諸国の旗の色に影響した。サハラ以南で独立時にこの配色を最初に採用したのは、1957年のガーナで、デザインは芸術家テオドシア・オコーだ[9]。「アフリカ最初」ではなく、「独立時に採用した最初の国」という言い方が原文に近い。
ガーナ旗の意味づけは具体的で、赤は独立闘争で血を流した先人、金は鉱物資源の富、緑は森林などの自然の恵み、黒い星はアフリカの解放と団結を表す[10]。同じ色を使っても、意味は国ごとに違う。色の仲間である一方、旗ごとの物語は別々に持っている。
6. よい はたって、どんな はた?
6. 「よい旗」の条件 ── 子どもが描けるか
6. 旗づくりの5原則 ── NAVAの手引き
はたを つくる ひとたちの あいだで、「こどもが おもいだして かけるくらい かんたんな はたが いい」と いわれます[11]。
いろは、2〜3しょくの きほんの いろに すると いいと いわれます。もじや もんしょうは いれない ほうが いいと かんがえられて います。
にほんの はたは、しろと あかの 2しょくで、かたちも まるだけです。
北米のヴェクシロロジー協会(NAVA)が出した『Good Flag, Bad Flag』という手引きには、旗づくりの5つの原則が挙げられています[11]。
①子どもが記憶で描けるほど単純にする。②図や形は象徴するものに関係させる。③色は2〜3色の基本色にする。④文字や紋章を入れない。⑤ほかの旗と重ならないようにし、つながりは似せて示す。
これは国旗を採点する法律ではなく、旗をつくるときの手引きです。ただ、ここまでに見てきた日の丸やダンネブロ、ネパールの旗を、この5原則で見比べると、どこが単純でどこが変わっているかが分かります。
国旗のデザインには「よい旗」の考え方もある。北米ヴェクシロロジー協会(NAVA)の『Good Flag, Bad Flag』は、旗づくりの5原則として、①子どもが記憶で描けるほど単純、②図や形が象徴するものに関係する、③色は2〜3色の基本色、④文字や紋章を入れない、⑤ほかの旗と重複せず、つながりは似せて示す、を挙げる[11]。
これは旗を採点する規則ではなく、あくまで手引きである。だからこそ、比べ方に使える。日の丸は、白地に赤の円だけで、1〜3を満たしやすい。ネパールは形そのものが特殊で、意味を複数の説が重ねる点で、原則から外れた例として読める。原則にぴったり合わない旗が、それぞれの歴史を背負っていると考えると、国旗は、見た目のルールと、国の物語の間で決まってきたものだと分かる。
7. じぶんでも しらべて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら ── 手引き
いえに ちきゅうぎか、せかいちずが あったら、ひらいて みましょう。
「くろ・しろ・みどり・あか」や「みどり・きいろ・あか」を つかう くにを さがして、にた はたの くにを ゆびで つないで みます。
もうひとつ。えんぴつと かみで、にほんの はたを、見ないで かいて みましょう。かけたら、ほんもの と くらべて みます。
今日できること:日の丸を、見ないで紙に描いてみましょう。縦を10cm、横を15cm、円の直径を6cmにすると、旗の決まりどおりの形になります[4]。描いたものと見比べて、どこがずれたか探すと、「子どもが記憶で描ける」という原則の意味が分かります。
もう一つは、地球儀か地図帳の国旗のページで、色の仲間を探すことです。緑・黄・赤の国はどこに多いか、黒・白・緑・赤の国はどこに集まるかを、指でつないでみます。
公式情報:日の丸の寸法や法律は、内閣官房の「国旗・国歌」のページにまとまっています[4]。
今日できること:図書館の世界の国旗の図鑑や、家の地図帳・地球儀で、汎アラブ色(黒・白・緑・赤)と汎アフリカ色(緑・黄・赤)の国を探し、地域ごとの固まりを確かめる。旗の色がどの国とどの国をつないでいるかが見えてくる。次に、日の丸を記憶で描き、縦横2対3、直径が縦の5分の3という制式と比べて、ずれを見る。
資料を読むなら:日の丸の法的位置づけと制式は、内閣官房「国旗・国歌」のページで確かめられる[4]。ダンネブロ、ネパール、汎アラブ色、汎アフリカ色の解説は、それぞれWikipedia英語版に詳しい[6][7][8][9]。英語の資料が中心なので、その点を意識して、日本語の資料とも照らして読むとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は次の資料を突き合わせて書きました。
- Wikipedia「History of flags」 https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_flags (旗の起源、市民の旗)
- 東洋経済オンライン 国旗の記事 https://toyokeizai.net/articles/-/97892?display=b (船の国籍旗、近代国家の国旗。検索の抜粋のみ確認)
- nippon.com 日の丸の記事 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02615/ (1854年・1870年の経緯)
- 内閣官房 国旗・国歌 https://www8.cao.go.jp/chosei/kokkikokka/kokkikokka.html (1999年の法律、旗の寸法)
- Wikipedia「Flag of Japan」 https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_Japan (太陽の意味づけ)
- Wikipedia「Dannebrog」 https://en.wikipedia.org/wiki/Dannebrog (伝説、最古の図、北欧十字)
- Wikipedia「Flag of Nepal」 https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_Nepal (形と意味づけ)
- Wikipedia「Pan-Arab colors」 https://en.wikipedia.org/wiki/Pan-Arab_colors (汎アラブ色の由来)
- Wikipedia「Pan-African colours」 https://en.wikipedia.org/wiki/Pan-African_colours (汎アフリカ色)
- Wikipedia「Flag of Ghana」 https://en.wikipedia.org/wiki/Flag_of_Ghana (ガーナ旗の意味)
なおした ところ
更新履歴
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