このサイトは、ほんの入り口です

ここに書いてあることは、誰かが実際に手を動かして調べ、考え、作り上げてきたものを拾い集めています。専門の本や論文、作品、そしてそれを生み出した人たち。気になったことがあれば、ぜひそのおおもとに直接ふれてみてください。このメモには書ききれない熱を、感じてもらえると思います。

おぞうには、なぜ 家に よって ちがうの?

お雑煮は、なぜ地域でこんなに違うのか

お雑煮は、なぜ地域でこんなに違うのか

分野:歴史・文化

おともだちの 家に とまった お正月、出て きた「おぞうに」を 見て おどろいた ことは ないだろうか。

もちの 形も、しるの あじも、じぶんの 家とは まるで ちがう。

友だちの家に泊まったお正月、出てきた「お雑煮」を見ておどろいたことはないだろうか。

餅の形も、しるの味も、自分の家とはまるで違う。

友だちの家に泊まったお正月、出てきたお雑煮に驚いた経験はないだろうか。東日本では角餅とすまし汁、関西や四国の一部では丸餅と白みそというように、お雑煮は地域によって中身がまったく違う。その背景には、歴史と気候の関わりがあった。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ小学校高学年むけ中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. おぞうには、かみさまへの おそなえものから はじまった

1. お雑煮は、神さまへのお供えものから始まった

1. お雑煮は室町時代の記録があり年神様への供物に由来するとされる

おぞうにの きろくは、1497年に かかれた りょうり本まで さかのぼると される[1]。むかしの えらい 学しゃに よると、おぞうには、お正月に やって くる かみさま(年がみさま)に そなえた もちを、あとで みんなで 食べた ことから はじまったのでは、と 考えられて いる[1]

お雑煮の記録は、1497年に書かれた料理本『山内料理書』までさかのぼるとされる[1]。民俗学者の柳田国男によると、お雑煮は、お正月にやってくる神さま(年神様)に供えた餅を、あとでみんなで食べたことから始まったのでは、と考えられている[1]

お雑煮の記録は、1497年の料理書『山内料理書』までさかのぼるとされる[1]。室町時代には、上流の武家や公家が客をもてなす料理として食べられていた[1]。民俗学者の柳田国男は、お雑煮はもともと、正月にやってくる年神様に捧げた餅を、のちに家族でおろしていただいたことに由来するのではないかとしている[1]

2. もちの 形は、東と 西で ちがう

2. お餅の形は、東と西で違う

2. お雑煮に使う餅の形は東日本の角餅と西日本の丸餅に分かれる

お正月に つかう おもちの 形は、ばしょに よって ちがう。だいたい、日本の 東がわでは しかくい「角もち」、西がわでは まるい「丸もち」が つかわれる[2]。その さかいめは、にいがたけんと しずおかけんを むすぶ せんの あたりに ある[2]

お正月に使うお餅の形は、場所によって違う。だいたい、日本の東がわでは四角い「角餅」、西がわでは丸い「丸餅」が使われる[2]。その境目は、新潟県と静岡県を結ぶ線のあたりにある[2]

お雑煮に使う餅は、東日本では四角い「角餅」、西日本では丸い「丸餅」が主流であり、その境界線はおよそ糸魚川静岡構造線にあたるとされる[2]。ただし山形県や高知県、鹿児島県、沖縄県のように、地理的な東西の位置と一致しない例外地域もある[2]

3. えどでは、しかくい もちの ほうが つごうが よかった

3. 江戸では、四角いお餅のほうが都合がよかった

3. 角餅は江戸で作業の効率と縁起かつぎから広まったとされる

えど(いまの 東京)は、どんどん 人が ふえて いた 町だった。もちを 作って うる 店は、うすく のばした もちを、ほうちょうで しかくく 切る やりかたを 考えついた。まるく にぎるより、はやく たくさん 作れたからだ[3]。また、もちを「のす」ことが、さむらいの あいだで「てきを のす(たおす)」に かけた えんぎかつぎとしても よろこばれた[3]

江戸(いまの東京)は、どんどん人が増えていた町だった。餅を作って売る店は、うすくのばした餅を、包丁で四角く切るやりかたを考えついた。丸くにぎるより、早くたくさん作れたからだ[3]。また、餅を「のす」ことが、武士のあいだで「敵をのす(たおす)」にかけた縁起かつぎとしても喜ばれた[3]

江戸では、急速に増える人口に対応するため、「賃餅屋」と呼ばれる専門業者が、のし餅を四角に切り分ける方法で餅を効率よく作った[3]。丸めるよりも効率的だったことに加え、武家社会では「敵をのす」という語呂合わせから、角餅が縁起の良いものとしても好まれたとされる[3]

4. 西では、丸い もちの ほうが カビにくかった

4. 西では、丸いお餅のほうがカビにくかった

4. 丸餅が西日本に残ったのは気候によるカビの生えやすさが関係するとされる

いっぽう、あたたかい 西日本では、切り口の ある 角もちは、そこから カビが 生えやすかった。丸もちには 切り口が ないので、角もちより カビに つよかったと される[4]。まるで、きずの ついた くだものの ほうが、きずの ない くだものより くさりやすいのと おなじだ(ただし ほんとうは、もちは くだものでは ないが、きずぐちから カビが 入りやすいのは おなじだ)。ただし 山形けんや 高知けんの ように、東西の きまりに 当てはまらない ばしょも ある[4]

いっぽう、あたたかい西日本では、切り口のある角餅は、そこからカビが生えやすかった。丸餅には切り口がないので、角餅よりカビに強かったとされる[4]。まるで、きずのついたくだもののほうが、きずのないくだものよりくさりやすいのと同じだ(ただし本当は、餅はくだものではないが、きずぐちからカビが入りやすいのは同じだ)。ただし山形県や高知県のように、東西のきまりに当てはまらない場所もある[4]

温暖な西日本では、切り口を持つ角餅はそこからカビが発生しやすく、切り口のない丸餅のほうがカビに強かったことが、丸餅が残った一因とされる[4]。例外として、山形県では北前船による交易の影響、高知県では藩主の出身地の伝統によるものと考えられており、地理的な東西の位置と餅の形が必ずしも一致しない地域もある[4]

5. しるも、すましと 白みそに わかれる

5. しるも、すましと白みそに分かれる

5. 汁は多くの地域ですまし汁だが関西と四国の一部は白みそである

しるも、ばしょに よって ちがう。おおくの ばしょは しょうゆあじの「すまし じる」だが、大さかを 中心に した きんきちほうでは、白みそを つかった あまい しるが つかわれる[5]

しるも、場所によって違う。多くの場所はしょうゆ味の「すまし汁」だが、大阪を中心にした近畿地方では、白みそを使った甘いしるが使われる[5]

汁についても、多くの地域はしょうゆ仕立てのすまし汁だが、近畿地方を中心に白みそ仕立てが用いられ、なかには小豆汁の地域もある[5]。同じ「丸餅の地域」であっても、汁の味つけは必ずしも一様ではない[5]

6. その 土地ならではの おぞうにも ある

6. その土地ならではのお雑煮もある

6. 各地には土地の産物を生かした独自のお雑煮が受け継がれている

かがわけんには、白みその しるに、あんこの 入った 丸もちを 入れる、あまい おぞうにが ある[6]。にいがたけんでは、さけや いくらを 入れる ばしょも ある[6]。ふくおかけんの はかたには、あごと いう 魚で とった だしに、ぶりや 青ものの やさいを 入れる おぞうにが つたわって いる[6]。その 土地で とれる ものを つかう ことが、おぞうにの ちがいを 生んで きた。

香川県には、白みそのしるに、あんこの入った丸餅を入れる、甘いお雑煮がある[6]。新潟県では、鮭やいくらを入れる場所もある[6]。福岡県の博多には、あごという魚でとっただしに、ぶりや青ものの野菜を入れるお雑煮が伝わっている[6]。その土地でとれるものを使うことが、お雑煮の違いを生んできた。

香川県には、白みそ仕立てにあんこ入りの丸餅を用いる「あん餅雑煮」が伝わる[6]。新潟県では鮭やいくらを用いた雑煮が食べられ、福岡県博多にはあご(トビウオ)だしにぶり・かつお菜を用いた「博多雑煮」が、島根県出雲地方には十六島海苔・せり・丸餅を主体としたそなえた簡素な雑煮が伝わっている[6]。物流が未発達だった時代には、その土地で手に入る食材を用いることが基本であり、それぞれの地域の産物がお雑煮の個性を形づくってきた[6]

おうちの おぞうにを しらべて みる

おうちのお雑煮を調べてみる

おうちのお雑煮を調べてみる

つぎの お正月に なったら、じぶんの 家の おぞうにが、しょうゆあじか 白みそか、もちが 四角か 丸か たしかめて、この きじの 中の 「東は 四角、西は 丸」と いう はなしに あって いるか くらべて みよう。あって いなければ、それも おもしろい はっけんだ。

次のお正月になったら、自分の家のお雑煮が、しょうゆ味か白みそか、餅が四角か丸か確かめて、この記事の中の「東は四角、西は丸」という話に合っているか比べてみよう。合っていなければ、それもおもしろい発見だ。

次に自分の家のお雑煮を食べる機会があれば、味つけ・餅の形・具材を、この記事で示した東西の傾向や境界線と照らし合わせてみよう。一致していれば理由が推測でき、一致していなければ、それが例外地域と同じ理由によるものなのか調べる手がかりになる。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. @Living アットリビング「正月料理『雑煮』は地域によってどう違う? 室町時代に遡る起源と全国5都市のご当地レシピ」。 https://at-living.press/food/36215/ (お雑煮の記録として現存する最古のものが1497年の料理書『山内料理書』とされること、室町時代には上流の武家や公家が客をもてなす料理として食べられていたこと、民俗学者の柳田国男がお雑煮を年神様への供物に由来するとしていることは同記事による)
  2. ウェザーニュース「なぜ『東は角餅』『西は丸餅』なのか? お雑煮の秘密」、ツナギのお米マガジン「【お雑煮】地域別のお餅の違い、歴史、簡単美味しいお雑煮レシピ」。 https://weathernews.jp/s/topics/202212/260185/ https://www.tsunagi-japan.co.jp/blog/yada_colum063/ (東日本の角餅・西日本の丸餅という分布、境界がおよそ糸魚川静岡構造線にあたること、山形県・高知県・鹿児島県・沖縄県などの例外地域があることは両出典による)
  3. ウェザーニュース「なぜ『東は角餅』『西は丸餅』なのか? お雑煮の秘密」。 https://weathernews.jp/s/topics/202212/260185/ (江戸で「賃餅屋」がのし餅を四角に切り分ける方法で餅を効率よく作ったこと、武家社会で「敵をのす」という語呂合わせから角餅が縁起の良いものとして好まれたとされることは同記事による)
  4. ウェザーニュース「なぜ『東は角餅』『西は丸餅』なのか? お雑煮の秘密」。 https://weathernews.jp/s/topics/202212/260185/ (温暖な西日本で角餅の切り口からカビが発生しやすかったこと、丸餅がカビに強かったとされること、山形県が北前船の影響、高知県が藩主の出身地の伝統により例外的に丸餅であることは同記事による)
  5. ベネッセ教育情報サイト「雑煮の違いは江戸時代から!? 雑煮からみる日本の歴史」、東京ガス ウチコト「『あなたのお雑煮は何味?』お雑煮の由来と地域性による違い」。 https://benesse.jp/kyouiku/202212/20221231-1.html https://uchi.tokyo-gas.co.jp/topics/3515 (多くの地域がしょうゆ仕立てのすまし汁である一方、近畿地方を中心に白みそ仕立てが用いられ、小豆汁の地域もあることは両出典による)
  6. 東京ガス ウチコト「『あなたのお雑煮は何味?』お雑煮の由来と地域性による違い」、@Living アットリビング「正月料理『雑煮』は地域によってどう違う?」。 https://uchi.tokyo-gas.co.jp/topics/3515 https://at-living.press/food/36215/ (香川県の白みそ仕立てのあん餅雑煮、新潟県の鮭やいくらを用いた雑煮は東京ガス ウチコトによる。福岡県博多のあごだし・ぶり・かつお菜を用いた「博多雑煮」、島根県出雲地方の十六島海苔・せり・丸餅を主体とした雑煮は@Livingによる。物流が未発達だった時代に地元の食材を用いることが基本だったことは両出典による)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。