1. ポアンカレさんは、なにを たずねたの?
1. 1904年、ポアンカレの問い
1. ポアンカレ予想とは何か(1904年)
1904年、フランスの 数学者 ポアンカレさんが、ふしぎな 問いを 出しました。「ある 形は 球だけだと、どうやって 見分けられるだろう」という 問いです[1]。
ためして みましょう。ボールの 表面に、ひもで 輪を つくって おきます。輪を すべらせると、どこまでも 小さく できて、さいごは 一点に なります。
マグカップの とっ手は どうでしょう。とっ手の あなに ひもを とおして 輪に すると、ひもは ぬけません。小さく できません。ボールと マグカップでは、こういう ちがいが あります。
ただ、これは 平べったい 面の 話です。ポアンカレさんが 考えたのは、目で 見られない、はしの ない、とじた 3次元の 形でした。ここが むずかしい ところです。
1904年、フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、「3次元の球面は、単連結で、端のない有限の大きさの3次元の形(多様体)としてただ1つのものか」と問いました[1]。これがポアンカレ予想です。
まず、ふつうの球の表面(2次元の球面)で考えてみます。表面にひもで輪をつくると、表面から離れずに、どこまでも小さく縮めて一点にできます。ところが、マグカップの取っ手のように穴のある面では、穴に通した輪は縮められません。「どんな輪も縮められる」ことを、単連結といいます。
ポアンカレが問うたのは、この3次元版です。私たちが暮らす空間とは別の、目で見て確かめられない形なので、数式で調べるしかありません。
球面の上に輪を描くと、その輪は面から離れずに、どこまでも縮めて一点にできる。では、この性質だけで「球」だと言い切れるのか。アンリ・ポアンカレは1904年、この問いを3次元に広げ、3次元球面が「単連結で、コンパクトで境界のない3次元多様体はこれだけ」という性質で特徴づけられるかを問うた[1]。これがポアンカレ予想であり、クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題(7問)の1つに数えられている[1]。
単連結とは、図形の上の任意の輪(閉じた曲線)を、その図形の中で一点まで連続的に縮められることをいう。2次元では、球面はこの性質をもつが、ドーナツ形の面は穴のまわりの輪が縮められないのでもたない。予想が扱うのは、この3次元版である(有限の大きさで、端のない形に限る)。
ところが、3次元の形は直感で確かめにくい。だから数式の道具立てが要る。ここが以降の章の出発点になる。
2. いちばん むずかしいのは、どの 次元?
2. 3次元だけが最後に残った
2. 高次元が先に解かれた(1960年代・1982年)
ふつうなら、3次元より 5次元や 4次元の ほうが むずかしそうです。けれど、じっさいは ぎゃくでした。
5次元より 上の 次元は、スメイルさんが 1960年代に といたと されます。4次元は、フリードマンさんが 1982年に ときました[2]。3次元だけが、さいごまで のこりました。
たとえば、せまい へやの 中で 大きな 家具を うごかす ときは、へやが ひろい ほうが かんたんです。3次元は、うごける ところが 少ない ぶん、かえって うまく いかなかったのかも しれません。ただし これは、わかりやすく するための たとえです。
意外なことに、ポアンカレ予想は高次元のほうが先に解かれました。5次元以上はスティーヴン・スメイルが1960年代に、4次元はマイケル・フリードマンが1982年に証明したとされています[2]。本命に見える3次元が、最後まで残ったのです。
理由として、次元が低いほど動ける余地が少なく、形をなめらかに変える手が限られる、という見方がよく語られます。ただしこれは筆者が整理した見方で、出典の説明そのものではありません。
では、この予想は3次元から順に解けたのか。意外にも、そうではなかった。予想の一般化は次元ごとに別の問題として扱われ、高次元のほうが先に解決したのである。5次元以上はスティーヴン・スメイルが1960年代に、4次元はマイケル・フリードマンが1982年に示したとされる[2]。これは二次資料に基づく記述である。
それでは、なぜ3次元が最後に残ったのか。次元が低いほど自由度が小さく、変形の手段が限られるためだと説明されることがある。これは解釈であり、出典の記述ではない。
3. 形を なめらかに する ほうほうって?
3. 熱がならすように形をならす ── リッチフロー
3. ハミルトンのリッチフロー(1982年)
1982年、ハミルトンさんは、形の でこぼこを 時間と ともに ならして いく、あたらしい 考えを 論文に 書きました[3]。この 考えは 「リッチフロー」と よばれます。
あつい おふろに つめたい 水を 入れると、はじめは 温度に むらが あっても、しだいに 同じに なります。リッチフローは、この ようすに 似て いると されます[4]。ちがう ところも あります。形の 場合は、ある 時間で、でこぼこが とがって しまう ところが 出て くる ことが あるのです。
そこで 数学者たちは、「ならして いく と、とちゅうで こわれる」と いう かべに ぶつかりました。
1982年、リチャード・ハミルトンは論文で「リッチフロー」を導入しました[3]。空間の形のでこぼこ(曲がり具合)を、時間とともに少しずつならしていく方程式です。
熱が広がって温度のむらがならされる熱方程式と、数学的な形が似ているといわれます[4]。ただし、同じ式ではありません。似ているのは構造のほうです。
この方法には大きな壁がありました。時間が進むと、曲がり具合が限りなく大きくなる「特異点」が、有限の時間で現れることがあるのです[4]。ならしていく途中で、式が続けられなくなります。
3次元の形を、でこぼこのない単純な形へならしていくことはできないか。この発想で、リチャード・ハミルトンは1982年、論文「Three-manifolds with positive Ricci curvature」(J. Differential Geometry 17, 255–306頁)でリッチフローを導入した[3]。空間の計量(距離の測り方)を、曲率に応じて時間発展させる方程式である。
熱が広がって温度のむらがならされる熱方程式との形式的な類似が、しばしば指摘される[4]。ただし同一の式ではなく、構造上の類似にとどまる。しかも、この方法には課題があった。曲率が発散する特異点が有限時間で生じうるのである[4]。ならしていく途中で、式が続けられなくなる。
4. こわれる ところは、どう すれば いいの?
4. ペレルマンの3本の論文と「手術」
4. ペレルマンの3本のプレプリントと手術つきリッチフロー(2002〜03年)
2002年、ペレルマンさんが、ネットの 上に ぶんしょうを 1つ おきました[5]。2003年には、もう 2つ ふえました。あわせて 3つです[6][7]。
2つめの ぶんしょうでは、「手術」と いう 考えが 出て きます[6]。とがって しまう ところに 手を 入れて、また ならす ことを つづけられる ように する、という 考えです。
クレイ数学研究所は、この 3つの ぶんしょうで ポアンカレよそうが とかれたと 書いて います[8]。
ペレルマンは2002年11月11日、1本目の論文「リッチフローのエントロピー公式とその幾何学的応用」をarXivに投稿しました[5]。あらゆる次元で使え、時間とともに単調に変わる量(エントロピーと解釈される量)を示した論文です。
2003年3月10日には2本目「3次元多様体上の手術つきリッチフロー」を投稿しました[6]。本人によれば、1本目の続きにあたる技術的な論文です。特異点が出たところに「手術」を加えて、リッチフローを先へ進める仕組みを組み立てました。
2003年には、有限の時間で形が消えていく性質を扱う3本目も出て、計3本になりました[7]。クレイ数学研究所は、ペレルマンがハミルトンの理論を使い、2002年と2003年にarXivへ投稿した文章でこの問題を解いたと記しています[8]。
特異点で止まるリッチフローを、どう先へ進めるのか。この壁に挑んだのがグリゴリー・ペレルマンである。彼は2002年11月11日、1本目「The entropy formula for the Ricci flow and its geometric applications」をarXivに投稿した[5]。あらゆる次元で成り立つ単調な量(エントロピーと解釈される)を示し、サーストンの幾何化予想の証明の道筋にも触れている。
続く2003年3月10日の2本目「Ricci flow with surgery on three-manifolds」が、壁への答えにあたる。ここで手術つきリッチフローを構成した[6]。本人はこれを1本目の続きの技術論文だと述べている。特異点が現れた領域に「手術」を施して流れを続行する、という設計である(この一文は筆者の要約)。2003年にはarXivに3本目も置かれ、有限時間で解が消滅する性質を扱っている[7]。
この3本で、問題は解かれたのか。クレイ数学研究所のページは、ペレルマンがハミルトンの理論を用い、2002年と2003年にarXivへ投稿したプレプリントで解いたと記す[8]。
5. みんなで どうやって たしかめたの?
5. 数学者たちが穴を埋めて確かめた
5. 検証の過程(2003〜2008年)
ペレルマンさんの ぶんしょうは、とちゅうの くわしい 計算が 少なく 書かれて いました。ほかの 数学者たちが、空いて いる ところを 1つずつ うめて、たしかめて いきました。
2003年の 春には、ペレルマンさん本人が アメリカの 大学で 話を したと 伝えられて います[11]。2006年には、クライナーさんと ロットさんの 216ページの ノート、モルガンさんと ティアンさんの 493ページの 本が ネットに 出ました[9][10]。
たとえば、友だちが 書いた 算数の こたえを、ぜんぶ 自分の 手で 計算しなおす ことに 似て います。ただし、ほんとうの たしかめ 方は、もっと 長く、もっと 深い ものです。
ペレルマンの論文は、途中の細かい議論の省略が多いことで知られます。数学者たちは、その空白を自分の手で埋めて確かめていきました。2003年の春には、ペレルマン自身がアメリカの大学で講演したと伝えられています[11]。
2006年には、ブルース・クライナーとジョン・ロットの注釈(216ページ、のちに学術誌Geometry & Topologyの12巻に掲載)と、ジョン・モーガンとガン・ティアンの本(493ページ)が、arXivに出ました[9][10]。後者は、3本のプレプリントの議論を詳しく展開し、ポアンカレ予想の詳細な証明を含むとされています。ページ数は最終版の値で、版により変わりえます。
証明を「発表した人」と「確かめた人」が別々にいて、どちらも数年がかりで仕事をした点が、この話の大きな特徴です。
ネットに置かれた3本の文章を、誰がどうやって確かめたのか。ペレルマンの論文は細部の省略が多く、他の数学者が穴埋めをして確かめた。ペレルマン自身も、2003年春に米国の大学で講演したとされる(二次資料による)[11]。
代表的な検証は2つある。ブルース・クライナーとジョン・ロットは、1本目と2本目の詳細な注釈を作成し、2006年5月にarXivへ置いた(216ページ、Geometry & Topology 12巻、2008年掲載)[9]。一方、ジョン・モーガンとガン・ティアンは2006年7月に493ページの論文を置き、3本のプレプリントの議論を展開して「ポアンカレ予想の詳細な証明を含む」と述べている[10]。ページ数は最終改訂版の値で、版により変わりうる。
6. 「ほんとうだ」と みとめられた ときは?
6. 認められ、賞の基準を満たすまで
6. 評価と賞(2006〜2010年)
2006年の 12月、アメリカの 科学の 雑誌 サイエンスは、ポアンカレよそうが とかれた ことを、その 年の 大きな できごとに えらびました[12]。
2010年3月、クレイ数学研究所は、ペレルマンさんの 仕事が、100万ドルの ミレニアム賞の きじゅんを みたしたと 発表しました。7つの 問題の うち、とけたのは この 1つだけです[1]。
ネットに おかれた 3つの ぶんしょうから 数年、たくさんの 人が しらべた あとの ことでした。
7. 「ほんとうだ」と 言う ために、なにを する?
7. 自分でも「途中を見せる」ことをやってみる
7. 出口 ── 原典を読む/途中式を人に見せる
ペレルマンさんの ぶんしょうは、こたえだけでなく 考え方の みちすじが 大切でした。ほかの 人が 1つずつ たどって、たしかめたからです。
自分でも やって みましょう。算数の もんだいを 1つ といたら、こたえだけでなく、とちゅうの 計算も 紙に 書きます。それを 家の 人や 友だちに 見せて、わかりにくい ところが ないか きいて みます。
「ここは どうして?」と きかれた ところが、説明が たりなかった ところです。そこを 書き足すと、もっと 人に つたわります。
「答えだけでなく、途中の道すじが確かめられる」ことが、今回の話の核心でした。自分の勉強でも試せます。
数学や理科の問題を1つ解いたら、答えに至る途中の式や考えを紙に書き出します。それを誰かに読んでもらい、「ここがわからない」と言われた箇所に印をつけます。印がついた箇所は、自分では当たり前だと思って省略していた部分です。
そこを書き足すほど、他の人にも追える証明に近づきます。原典を読んでみたくなったら、junior版の末尾の資料案内を見てください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:クレイ数学研究所の公式ページ、arXivの論文(ペレルマン3本、クライナーとロット、モルガンとティアン)、ハミルトンの論文の書誌情報、ウィキペディア、EurekAlertの報道を使った。ウィキペディアの記述は二次資料であり、年・日付は原論文で確かめられたものとそうでないものがある。
- Clay Mathematics Institute "Millennium Prize Problems". https://www.claymath.org/millennium-problems/ (ポアンカレの問い、7つの問題のうち解決された1問、賞の基準を満たしたという発表について)
- Wikipedia "Poincaré conjecture". https://en.wikipedia.org/wiki/Poincar%C3%A9_conjecture (高次元が先に解かれた経緯について。二次資料)
- Richard S. Hamilton "Three-manifolds with positive Ricci curvature", J. Differential Geometry 17 (1982). https://projecteuclid.org/journals/journal-of-differential-geometry/volume-17/issue-2/Three-manifolds-with-positive-Ricci-curvature/10.4310/jdg/1214436922.full (リッチフローが導入された論文の書誌について)
- Wikipedia "Ricci flow". https://en.wikipedia.org/wiki/Ricci_flow (熱方程式との類似と特異点について。二次資料)
- Grigori Perelman "The entropy formula for the Ricci flow and its geometric applications", arXiv:math/0211159. https://arxiv.org/abs/math/0211159 (1本目の内容について)
- Grigori Perelman "Ricci flow with surgery on three-manifolds", arXiv:math/0303109. https://arxiv.org/abs/math/0303109 (2本目、手術つきリッチフローについて)
- Grigori Perelman "Finite extinction time for the solutions to the Ricci flow on certain three-manifolds", arXiv:math/0307245. https://arxiv.org/abs/math/0307245 (3本目について)
- Clay Mathematics Institute "Poincaré Conjecture". https://www.claymath.org/millennium/poincare-conjecture/ (どの論文で解かれたとされているかについて)
- Bruce Kleiner, John Lott "Notes on Perelman's papers", arXiv:math/0605667. https://arxiv.org/abs/math/0605667 (検証の注釈について)
- John Morgan, Gang Tian "Ricci flow and the Poincaré conjecture", arXiv:math/0607607. https://arxiv.org/abs/math/0607607 (検証の本について)
- Wikipedia "Grigori Perelman". https://en.wikipedia.org/wiki/Grigori_Perelman (2003年春の講演について。二次資料)
- EurekAlert "Science's breakthrough of the year". https://www.eurekalert.org/news-releases/511903 (2006年のScienceによる選出について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
- 中学生むけの文章を、問いとつなぎのある書き方に直した(事実・数字・出典は変えていない)。
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