りエサは 海の そこを たがやして いた

釣りエサの正体は、海底を耕す生きものだった

釣りエサの正体は、海底を耕す生きものだった ── 多毛類という大グループ

分野:海・釣り

アオイソメの きじを 書いた とき、 ずっと 気に なって いた ことが あります。

あの 虫は「ゴカイの なかま」だと 書きました。 では、ゴカイの なかまとは、いったい どんな 生きものなのでしょう。

しらべて みると、思って いたより ずっと 大きな なかまでした。 すなを 食べて くらす もの、くだを 作って すむ もの、 月の 出る 夜に 海の 上へ うかんで くる もの。

しおひがりで ふんで いる すなの 下に、 名前も 知らないまま 通りすぎて きた せかいが ありました。

アオイソメの記事を書いたとき、 調べながらずっと引っかかっていたことがあります。 あの虫は「ゴカイのなかま」だと書いたけれど、ゴカイのなかまとは、いったい何者なのか。

調べてみると、これが想像よりずっと大きなグループでした。 砂を食べて暮らすもの、管を建てて住むもの、月夜に海面へ浮かびあがるもの、 そして深海の熱い水が噴き出す穴のそばで、口も持たずに生きているもの。 潮干狩りで踏んでいる砂の下に、名前も知らないまま通り過ぎてきた世界がありました。

アオイソメの記事を書いたとき、 調べながらずっと引っかかっていたことがあります。 あの虫は「ゴカイのなかま」だと書いたけれど、 ゴカイのなかまとは、分類のうえでいったい何者なのか。

調べてみると、これが想像よりずっと大きなグループでした。 砂を食べて暮らすもの、管を建てて住むもの、月夜に海面へ浮かびあがるもの、 そして深海の熱い水が噴き出す穴のそばで、口も持たずに生きているもの。

潮干狩りで踏んでいる砂の下に、 名前も知らないまま通り過ぎてきた世界がありました。

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1. ゴカイの なかまは 1万しゅるい

1. 「ゴカイのなかま」は、1万種を超える

1. 多毛類 ── 既知1万種超のグループ

しおひがりに 行くと、すなを ほりますね。 その とき、細長い 虫が 出て きた ことは ありませんか。

ゴカイの なかまです。

「ゴカイ」と ひとことで 言いますが、 じつは その なかまは とても たくさん います。 名前が ついて いる ものだけで、 1万しゅるいより 多いのです。

しかも、まだ 名前の ついて いない ものが たくさん いると 考えられて います。

わたしたちが「ゴカイ」と よんで いるのは、 その 中の ほんの 少しだけ なのです。

これだけ 多いのに、名前を 知って いる 人は あまり いません。ふしぎな 生きものですね。

潮干狩りで砂を掘ると、細長い虫が出てくることがあります。 ミミズに似ているけれど、体の横に細かいひげのようなものが並んでいる。 あれが ゴカイ のなかまです。

釣りをする人にはおなじみですが、 「ゴカイのなかま」がどれくらいの広がりを持つグループなのかは、あまり知られていません。

まず、数を見てみる

このなかまは、正式には 多毛類(たもうるい) といいます。 名前がついているものだけで1万種を超えます。 海の生きものの名前を集めたデータベースをもとにした調査では、 2016年の時点で11,456種が有効な種として数えられていました[1]。 その後も新しい種の報告は続いています[2]

さらに、まだ名前のついていない種がたくさんいると考えられています。 それだけの種類がいるのに、名前を知られていない。 身近なのに見えていないグループの代表かもしれません。

ミミズとは別のグループ

見た目はミミズに似ています。実際、遠い親せきではあります。 ミミズもゴカイも 環形動物 という大きなグループに入ります。 「環」は輪のこと。体が輪のような節(ふし)でできているからです。

ただし、その中では別のなかまに分かれます。 いちばん分かりやすい違いは、次の章で見る「足」です。

釣りエサのアオイソメやジャリメ、潮干狩りで見かける細長い虫。 これらをまとめて「ゴカイのなかま」と呼びますが、 分類学の用語では 多毛類(たもうるい、多毛綱 Polychaeta)といいます。

環形動物門に属し、同じ門にはミミズ(貧毛類)やヒルも含まれます[4]。 門の名前のとおり、体が多数の体節(輪のような繰り返し構造)でできているのが特徴です。

規模

既知種は1万種を超えます。 世界海洋生物種目録(WoRMS)の多毛類データベースをもとにした集計では、 2016年10月時点で有効種 11,456種(1417属・85科)とされました[1]。 データベースは更新が続いており、登録数はその後も増えています[2]

これに加えて、未記載種(まだ学名がついていない種)が 大量に存在すると考えられています。 資料によって「約8000種」「約8500種」など異なる数字が出てくるのは、 集計した時点と、どのデータベースを使ったかが違うためです。

海の底生生物としては最大級のグループのひとつで、 干潟や浅海の泥の中では、しばしば個体数でも種数でも上位を占めます。 海底の主要な住人でありながら、一般にはほとんど名前を知られていないという、 珍しい立場にあります。

分類の位置

多毛類の分類上の位置
階層名前含まれるもの
環形動物門体が体節でできた動物のグループ
綱(そのひとつ)多毛綱(多毛類)ゴカイ、イソメ、ケヤリムシ、カンザシゴカイなど
近い仲間貧毛類ミミズ
近い仲間ヒル類ヒル

なお、多毛類の内部の分類は、DNAを使った研究によって近年も見直しが進んでいます。 「多毛類」というまとまりの扱い方も、資料によって説明が異なることがあります。

2. 体の よこに 足が ならんで いる

2. 体の横に、足がずらりと並んでいる

2. 疣足と剛毛 ── 名前になった特徴

ゴカイの なかまを よく 見ると、 体の りょうがわに、細かい ひげのような ものが ずらりと ならんで います。

これは かざりでは ありません。です。

むずかしい 名前で 疣足いぼあしと いいます。 一つ 一つの ふしに、左右 1つずつ ついて います。

そして その 足には、かたい 毛が 生えて います。 この 毛で すなを ひっかけて、 体を 前に 進めるのです。

ミミズには、この 足が ありません。 そこが ゴカイの なかまとの 大きな ちがいです。

「毛が たくさん ある なかま」だから 多毛類たもうるい。 名前の とおりですね。

ゴカイのなかまをよく見ると、体の両側に細かい突起がずらりと並んでいます。 飾りではありません。です。

正式には 疣足(いぼあし) といいます。 体の節ひとつひとつに、左右1対ずつ付いています[3]

毛が名前になった

疣足には、かたい毛の束が生えています。剛毛(ごうもう)といいます。 この毛を砂や泥に引っかけて、体を前へ送り出します。 スパイクのついた靴で坂を登るのに似ています。

毛がたくさんあるなかまだから 多毛類。名前はそのままです。 そして、ミミズにはこの疣足がありません。 ミミズのなかまは毛が少ないので 貧毛類 と呼ばれます。 毛の数がグループの名前になっている、というのが面白いところです。

頭にもいろいろ付いている

頭の側を見ると、触角や、目のような点、細長い触手などが付いていることがあります。 種類によって形がまるでちがい、これが見分けの手がかりになります。

そして、アオイソメの記事で書いたように、 種類によっては口の奥からあごが飛び出してきて、しっかりかみつきます。 小さいけれど、立派な狩りの道具です。

多毛類の形態でもっとも特徴的なのが 疣足(いぼあし) です。 各体節の左右に1対ずつ付く突起で、通常2〜3種類の剛毛を含む 剛毛束をもっています[3]

剛毛はキチン質でできており、基質(砂、泥、管の内壁)に引っかけて 推進力を得るのに使われます。 グループ名の「多毛」は、この剛毛の多さに由来します。 同じ環形動物でも、ミミズのなかまは剛毛が少ないため 貧毛類 と呼ばれます。

体のつくり

多毛類の体の主な部分
部分特徴
頭部触角、触手、眼点など。種によって形が大きく異なり、同定の手がかりになる
反転して飛び出す咽頭を持つ種があり、キチン質のあごを備えるものもいる
体節多数の節の繰り返し。節ごとに疣足と剛毛束が付く
疣足移動、呼吸(表面積を稼ぐ)、種によっては遊泳にも使う

体節が繰り返し構造になっていることには利点があります。 同じ部品を並べる設計なので、体を長くするのも短くするのも簡単で、 一部が失われても残りが機能する。 実際、多毛類には切れた体の一部を再生できる種が知られています。

3. くらし方が それぞれ ちがう

3. 暮らし方が、種類ごとにまるでちがう

3. 生活様式の多様性と、共通の設計

1万しゅるいも いると、 くらし方も いろいろです。

  • すなに もぐる なかま…… すなの 中に あなを ほって すんで います。 りエサに なる なかまは、たいてい これです。
  • いえを 作る なかま…… すなや どろを かためて、細い くだを 作り、 その 中に すんで います。
  • 花のように 見える なかま…… くだから きれいな かざりのような ものを 出して、 水の中の 食べものを こしとります。 ほんとうに 花みたいです。
  • およぐ なかま…… すいすい 泳いで、ほかの 生きものを つかまえます。

同じ「ゴカイの なかま」なのに、 こんなに ちがう くらし方を して いるのです。

1万種を超えるだけあって、暮らし方もばらばらです。 代表的なものを並べてみます。

多毛類の暮らし方
暮らし方どんなふうに
砂や泥に潜る穴を掘って住み、まわりの砂ごと食べたり、外へ出て餌を探したりするアオイソメ、ジャリメのなかま
管を建てて住む砂や泥を固めた管、石灰でできた管を作り、その中で暮らすカンザシゴカイのなかま
羽を広げてこしとる管の口から花のような器官を広げ、水中の小さな粒をこしとって食べるケヤリムシのなかま
泳いで狩る水中を泳ぎ、小さな生きものを捕らえる遊泳性の種

「花」に見えるゴカイ

水族館の岩の表面に、色とりどりの小さな花が咲いているように見えることがあります。 あれが多毛類のなかまであることがあります。

花びらに見えるのは、水中の食べものをこしとるための器官です。 危険を感じると、一瞬で管の中に引っこみます。 花に見えたものが、いきなり消える。見ていると飽きません。

食べ方もいろいろ

  • 砂や泥ごと飲みこんで、中の有機物を消化する(土を食べるミミズと同じやり方)
  • 水の流れから小さな粒をこしとる
  • 他の生きものを捕らえて食べる
  • 死んだ生きものを食べる

同じグループの中に、農家も、漁師も、狩人も、掃除屋もいる。 そういう感じです。

多毛類の多様性は、形だけでなく生活様式にも及びます。 干潟の多毛類を扱った資料では、この生活様式の多様さが 干潟の機能を支えていると説明されています[5]

生活様式と食性
生活のしかた食べ方
穴居性(けっきょせい)砂泥中に巣穴を掘って生活する堆積物ごと飲みこむ、あるいは巣穴から出て採餌
造管性砂粒や泥、石灰質で管を作り、その中に定住する触手やえら冠で懸濁物をこしとる
表在性底面や海藻の上を這い回る付着した有機物や小動物
遊泳性水中を泳ぐ捕食
共生・寄生性他の動物の体表や体内で暮らす宿主に依存

同じ体のつくりから、これだけ分かれた

注目したいのは、これらがみな 「体節が並び、疣足と剛毛を持つ」という同じ基本設計から派生していることです。

  • 疣足を大きくして遊泳に使う
  • 頭部の触手を発達させて濾過器官にする
  • 咽頭を反転させるしくみを強化して捕食に使う
  • 分泌腺を発達させて管を作る

共通の部品を、用途に合わせて作り変える。 体節構造という「同じ部品の繰り返し」は、 こうした改造と相性がよかったと考えられています。

4. 海の そこを たがやして いる

4. 海底を耕している

4. 生物撹拌 ── 好気的分解と脱窒

ここから、この 生きものが 海の 中で して いる しごとの 話です。

ゴカイの なかまは、すなや どろの 中に たくさんの 巣穴すあなを ほって います。

あなが たくさん あると、どうなるでしょう。

海の 水が、あなの 中まで 入って いきます。 水と いっしょに、酸素さんそも 入ります。

すると、どろの 中に すんで いる 小さな 生きものたちが げんきに はたらけるように なります。 その 生きものたちは、よごれた ものを 分解ぶんかいして、きれいに して くれるのです。

つまり ゴカイの なかまは、 海の そこを たがやして いるような ものです。

はたけを たがやすと、土に 空気が 入って さくもつが よく そだちますね。 あれと 同じ ことを、海の 中で して います。

ここから、このグループが海の中でしている仕事の話に入ります。

多毛類は、砂や泥の中にたくさんの巣穴を掘ります。 干潟の泥を掘り返すと、穴だらけになっているのが分かります。

穴があると、何が変わるか

穴があると、そこへ海水が入りこみます。水といっしょに酸素も入ります。

泥の中というのは、じつは酸素が届きにくい場所です。 表面から数ミリ下は、もう酸素がほとんどない世界。 そこへ穴を通じて酸素が届くと、泥の中で暮らす微生物が働けるようになります。

その微生物が、たまった有機物(生きものの死がいやフンなど)を分解してくれます。 結果として、海がきれいになる

研究者は、この働きを 生物撹拌(せいぶつかくはん) と呼びます。 多毛類が干潟で多数の巣穴を作って活動することで、 泥の中での分解が進むことが知られています[5]

畑と同じ

畑を耕すのは、土に空気を入れるためです。 空気が入ると微生物が働き、作物が育ちやすくなります。 多毛類が海底でやっているのは、これとよく似たことです。

多毛類が生態系で果たす役割の中心が、生物撹拌(バイオターベーション)です。

砂泥中に巣穴を掘り、体を動かし、堆積物を出し入れする。 この活動が、海底の物理的・化学的な状態を大きく変えます。

なぜ効くのか

海底の堆積物は、表面のごく浅い層より下では酸素がほとんどありません (嫌気的な環境)。有機物の分解は、酸素があるほうが速く進みます。

巣穴があると、そこに海水が引きこまれ、 堆積物の内部にまで酸素が届く経路ができます。 巣穴の壁は、酸素のある層と無い層が接する面になり、 そこで微生物の活動が活発になります。

干潟の多毛類を扱った資料では、多数の巣穴を作る活動によって、 底質内部での微生物による好気的分解や脱窒が促進されると説明されています[5]

  • 好気的分解:酸素を使って有機物を分解する。速い
  • 脱窒:水中の窒素化合物を窒素ガスに変えて大気へ戻す働き。 富栄養化の原因になる窒素を系の外へ抜く役割を持つ

干潟が「水を浄化する」と言われるとき、その働きの相当部分は、 泥の中の微生物と、その環境を作っている底生動物の共同作業です。 多毛類は、その環境を作る側の主力です。

見えない担い手

干潟の価値を説明するとき、渡り鳥やアサリが挙げられることが多いのですが、 物質の分解という点でいえば、多毛類のような小さな底生動物が 大きく効いている場面があります。

5. 月の 夜、いっせいに うかぶ

5. 月夜に、いっせいに浮かびあがる

5. 生殖群泳(バチ抜け)と、同調の意味

ゴカイの なかまには、 びっくりする こうどうを する ものが います。

ふだんは どろの 中に かくれて いるのに、 ある 日の 夜、いっせいに 水の 中へ 出て きて 泳ぐのです。

しかも、たくさんの なかまが 同じ 日に、 いっしょに 出て きます。

なんの ためかと いうと、たまごを うむ ためです。 泳ぎながら たまごと せいしを 出して、 あたらしい いのちを 作ります。

これを 生殖せいしょく群泳ぐんえいと いいます。 りを する 人は、これを バチぬけと よびます。

その 夜は、魚たちも 大よろこびで 食べに 来ます。 だから り人も、その 日を ねらって 海へ 行くのです。

多毛類には、思わず声が出るような行動をするものがいます。

ふだんは泥の中に隠れているのに、ある夜、いっせいに水中へ出てきて泳ぐのです。 しかも、あたり一帯の個体が同じ夜に、そろって。

体まで作り変えて出てくる

目的は繁殖です。泳ぎながら卵と精子を放って、次の世代を作ります。

面白いのは、そのときに体つきまで変わる種がいることです。 泳ぐための姿になってから浮かびあがります。 干潟にすむゴカイのなかまでは、大潮の夜に こうした群泳がそろって起きることが知られています[5]

これを 生殖群泳(せいしょくぐんえい) といいます。

釣り人は「バチ抜け」と呼ぶ

この現象、釣りをする人のあいだでは バチ抜け という名前で有名です。 泥から抜け出てくるから「抜け」。

その夜は、魚たちにとってごちそうの時間になります。 水面近くに大量の餌が出てくるので、魚が集まってきて、さかんに食べる。 だから釣り人も、その日をねらって海へ行きます。

起きる時期は種類によっても、場所によってもちがいます。 秋に群泳する種もいれば、冬から春にかけて起きるものもあります。 月の満ち欠けと潮が関係しているため、 釣りの世界では大潮まわりの夜が目安にされています。

同じ夜にそろえる意味

なぜ、わざわざ全員で同じ夜に出るのでしょう。 卵と精子を水中で出会わせるには、相手が同時に出ていないと意味がないからです。 そして、いっせいに出れば、食べられる数は増えても、 生き残る割合は上がります。数で押し切る戦略です。

多毛類の繁殖行動でよく知られているのが 生殖群泳(生殖遊泳)です。

干潟で優占するゴカイ科の複数種が、 大潮の満潮時、夜間に同調して群泳することが報告されています[5]。 底生生活をしていた個体が、繁殖のために遊泳生活へ移行する現象です。

体の作り変え

種によっては、繁殖期に体そのものが変化します。

  • 疣足が大きくなり、遊泳に適した形になる
  • 眼が大きくなる
  • 体内が生殖細胞で満たされ、消化管が退化する

この状態を 生殖形(ヘテロネレイス型と呼ばれることがある)といいます。 泳いで卵を放つためだけの体に作り変えてから、水面へ向かうわけです。 放精・放卵を終えると、そのまま死んでしまう種も知られています。

釣りとのつながり

この現象は、釣りの世界では バチ抜け と呼ばれています。 海面近くに大量の餌が現れるため、魚が集まり、 シーバス(スズキ)釣りなどでは重要な季節の目印になっています。

時期は種と地域によって異なります。 汽水域の泥底にすむイトメ(ゴカイ科)については、 日本での繁殖期を秋とする資料があり、 10〜11月、11〜12月など、資料によって幅があります[6]。 いっぽう、釣りで「バチ抜け」というときは、 東京湾などでは冬から春にかけての大潮まわりの夜を指すことが多く、 対象となる種も1種ではありません。地域差も大きい現象です。

同調することの意味

体外受精では、卵と精子が水中で出会う必要があります。 放出のタイミングがそろわなければ、受精率は激減します。 月齢と潮汐という共通の合図を使えば、姿を見なくても時刻をそろえられる。 また、一斉に出ることで捕食者が食べきれる量を超え、 結果として生き残る割合が上がる、という効果も考えられています(捕食者飽食)。

6. しんかいには 口の ない なかまが いる

6. 深海には、口のないなかまがいる

6. 熱水噴出孔のハオリムシ ── 化学合成に頼る生態系

さいごに、いちばん おどろく なかまの 話です。

深海しんかいには、 海の そこから あつい 水が ふき出して いる ばしょが あります。

光が まったく とどかない、まっくらな せかいです。 ふつうなら、生きものは くらせません。

ところが そこに、白い くだが たくさん 立って いて、 先から まっ赤な ものが 出て います。 チューブワームと いう 生きものです。 日本語では 羽織はおりむしと いいます。

この 生きもの、なんと 口も、おなかの中の 食べものの 通り道も ありません

では どうやって 食べて いるのでしょう。

じつは、体の 中に とても 小さな 細菌さいきんを すまわせて いて、 その 細きんが 作った えいようを もらって いるのです。

自分で 食べない かわりに、 体の 中で 食べものを 作って もらう。 そういう くらし方も あるのですね。

最後に、深いところにすむなかまの話をします。

深い海の底には、地下から熱い水が噴き出している場所があります。 熱水噴出孔といいます。 太陽の光はまったく届きません。水温も場所によって極端です。

ふつうなら、生きものが暮らせる場所ではありません。 ところが、そこにびっしりと生きものが集まっています。

チューブワーム

その代表が チューブワームと呼ばれる生きもの。 日本語では ハオリムシ といいます[7]。 (「チューブワーム」は管に住む生きもの全般を指すこともある言葉なので、 ここでは熱水噴出孔などにすむハオリムシのなかまを指しています。) 白い管が林のように立ち並び、先から真っ赤なえらを出しています。 これも多毛類のなかまとされてきた生きものです。

そしてこの生きものには、 口も、消化管もありません

体の中に、工場を住まわせている

では、どうやって栄養を得ているのか。

答えは、体の中に細菌を住まわせているから。 えらから海水中の酸素と、噴出孔から出る硫化水素を取りこみ、 体内の細菌に渡します。 細菌はその硫化水素を使って、二酸化炭素から栄養を作り、 その一部をチューブワームに渡します[7]

地上の生きものは、もとをたどれば太陽の光に頼っています。 ところがこの生態系は、太陽ではなく、地球の中から出てくる化学物質を エネルギー源にしています。

光の届かない場所で、光に頼らない生態系が成り立っている。 このことが分かったのは、そう昔のことではありません。

多毛類の多様性を示す例として、深海の 熱水噴出孔や冷水湧出帯に生息するハオリムシ類 (シボグリヌム科、いわゆるチューブワーム)が挙げられます[7]。 なお「チューブワーム」は管を作る動物全般を指して使われることもある呼び名です。

太陽光が届かない環境に、密度の高い生物群集が成立している点で、 発見当時から注目されてきた生きものです。

消化管を持たない

成体は口も消化管も持ちません。栄養は、体内に共生させた 化学合成細菌(硫化水素などの還元硫黄化合物を酸化する細菌)から得ています。

  1. えらから、海水中の酸素と、噴出孔由来の硫化水素を取りこむ
  2. 体内の共生細菌へ運ぶ
  3. 細菌が硫化水素の酸化で得たエネルギーを使い、二酸化炭素から有機物を合成する
  4. その一部が宿主であるハオリムシの栄養になる[7]

これは 化学合成 に基づく生態系です。 地表の生態系のほとんどが光合成を出発点にしているのに対し、 ここでは地球内部から供給される化学エネルギーが土台になっています。

なぜ大きな話になるのか

光に依存しない生態系が実在するということは、 太陽の光が届かない環境でも生命が成り立ちうる、ということです。 氷に覆われた衛星の内部にある海で生命を探す議論でも、 この生態系がしばしば引き合いに出されます。

なお、チューブワーム類の分類上の位置づけは研究の進展にともなって変わってきました。 かつては有鬚動物(ポゴノフォラ)や、その中のハオリムシ類が 独立した動物門として扱われた時期もあり、 現在は環形動物に含める見方が一般的です。 研究が進むと分類が書き換えられる、という例でもあります。

7. かんきょうの ものさしに なる

7. 環境のものさしになる

7. 指標生物としての利用と、その限界

ゴカイの なかまには、 もう ひとつ 大じな 役わりが あります。

海が きれいか、よごれて いるかを 教えて くれる ことです。

しゅるいに よって、すめる ばしょが ちがいます。 きれいな どろにしか すめない なかまも いれば、 よごれた ところでも へいきな なかまも います。

だから、どろを すくって 「どんな なかまが 何びき いるか」を しらべると、 その 海の ようすが 分かるのです。

水を しらべるより、生きものを しらべた ほうが よく 分かる ことも あります。

水は 日に よって かわりますが、 生きものは そこで ずっと くらして いるからです。

もうひとつ、多毛類には大事な役割があります。 環境のものさしになることです。

種類によって、すめる場所がちがいます。 きれいな砂泥にしかいない種もいれば、 有機物が多くて酸素の少ない場所でも生き残れる種もいます。

だから、泥をすくって「どの種が何匹いるか」を調べると、 その場所の状態を知る手がかりになります。 多毛類は、底質の環境を評価するときの指標生物のひとつとして使われています[3]。 ただし、それだけで決まるわけではありません。 砂のあらさや塩分、季節によっても顔ぶれは変わるので、 いくつもの情報を合わせて判断します。

水を測るより、生きものを見る

水質は、その日の天気や潮でどんどん変わります。 雨のあとに測るのと、晴れが続いたあとに測るのとでは、まるでちがう数字が出ます。

けれど生きものは、そこでずっと暮らしてきた結果です。 過去の状態が積み重なった答えが、その場にいる顔ぶれに出ます。

だから調査では、水も測るし、生きものも数えます。 瞬間を測るものと、積み重ねを見るもの。両方を使うわけです。

そして、干潟が減っている

日本の干潟は、埋め立てなどで大きく減ってきました。 干潟が減るということは、そこで暮らしていた多毛類も、 その働きも失われるということです。

釣りエサとしてしか名前を知られていない生きものが、 じつは海をきれいにする仕事を引き受けていた。 この記事を書いていて、いちばん意外だったのがこの点でした。

多毛類は、底質の環境を評価するときの指標生物として使われることがあります[3]。 種ごとに、耐えられる有機物量や溶存酸素の条件が異なるためです。

  • 有機汚濁の進んだ場所では、耐性の高い一部の種だけが高密度で出現することがある
  • 種数と個体数のバランス(特定の種に偏っていないか)が手がかりになる

ただし、これは単純な物差しではありません。 底質の粒度、塩分、波の当たり方、季節、 さらに自然にできる貧酸素の状態によっても群集は変わります。 生物の顔ぶれだけで環境の良し悪しを決められるわけではなく、 底質や水質のデータと合わせて評価するのが実際のやり方です。

なぜ生物を使うのか

水質の直接測定は、その瞬間の値しか与えません。 降雨、潮汐、季節で大きく変動するため、 たまたま測った日の値に引きずられます。

底生生物は移動能力が低く、その場の条件にさらされ続けています。 そこにいる顔ぶれは、ある程度の期間の環境が積み重なった結果です (どれくらいの期間が反映されるかは、種の寿命や世代の長さによって変わります)。 瞬間の値と、積み重ねの結果。両方を使うのが調査の基本になります。

干潟の減少

日本の干潟は、埋め立てや護岸の整備によって大きく面積を減らしてきました。 干潟の消失は、そこにいた底生生物と、 その活動が担っていた分解と脱窒の機能の消失を意味します[5]

アオイソメの記事で、 余ったエサを海に捨てないでほしい、と書きました。 その理由のひとつも、ここにつながります。 海底の生きものの顔ぶれは、その場所が長い時間をかけて作ってきたものだからです。

じぶんでも やって みる

8. 自分でも調べてみたくなったら

8. 自分でも調べてみたくなったら

この なかまは、じつは 近くで 見られます。

  • しおが ひいた ときの すなはまへ 行って みる。 すなの 上に 小さな あなや、 ひものような すなの かたまりが ありませんか。 その 下に、だれかが すんで います。
  • そっと すなを ほって みる。 見おわったら、かならず すなを もとに もどす。
  • 水ぞくかんの 岩の ところを よく 見る。 小さな 花のような ものが あったら、それが なかまかも しれません。 指を 近づけると、しゅっと ひっこみます。

海へ 行く ときは、かならず 大人と いっしょに。 しおが みちて くる 時間にも 気を つけましょう。

このなかまは、遠くの海に行かなくても観察できます。

  • 潮が引いた砂浜や干潟へ行く。砂の表面に小さな穴や、 ひも状に積まれた砂のかたまり(糞の跡)がないか探す。 その下に住人がいます。
  • そっと掘ってみる。観察したら砂を元に戻す。持ち帰らない。
  • 水族館で岩の表面をじっと見る。小さな花のように見えるものがあれば、 管に住むなかまかもしれません。指を近づけると一瞬で引っこみます。
  • 釣具店の生きエサを、買う前によく観察させてもらう。 体の横の疣足と剛毛が、肉眼でも見えます。

海に行くときは必ず大人と一緒に。潮が満ちてくる時刻も確認してください。

関連する記事

底生生物は、市民でも観察と記録がしやすい対象です。 しかも、種の同定はやさしくないぶん、調べがいがあります。

やってみる

  1. 干潟や砂浜で、砂の表面の痕跡(巣穴、糞塊、管の口)を写真に撮る
  2. 掘るなら一定の面積・深さを決めて掘り、出てきた生きものを数える。終わったら埋め戻す
  3. 日付、場所、潮汐、天気を必ず記録する
  4. 同じ場所を季節ごとに繰り返すと、変化が見えてくる

調べる入口

考えてみると面白いこと

  • 同じ体節構造から、なぜこれほど違う生活様式が生まれたのか
  • 群泳の同調は、何を合図にしているのか(月齢、潮位、水温、日長)
  • 指標生物を使う調査の弱点は何か。どんなときに誤った結論が出るか
  • 目立たない生きものの働きを、どうやって政策の判断材料にできるか

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

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  1. J. Pamungkas et al., “Progress and perspectives in the discovery of polychaete worms (Annelida) of the world”, Helgoland Marine Research 73, 4 (2019). https://doi.org/10.1186/s10152-019-0524-z (2016年10月時点の有効種 11,456種、1417属85科という集計)
  2. World Polychaeta Database(WoRMS) https://www.marinespecies.org/polychaeta/ (多毛類の種の登録データベース。登録数は更新され続けています)
  3. Wikipedia「多毛類」 https://ja.wikipedia.org/wiki/多毛類 (疣足と剛毛束、指標生物としての利用。全体像をつかむために参照した百科事典で、 種数など重要な点は上下の資料で確かめ直しています)
  4. 京都大学 瀬戸臨海実験所「環形動物」(PDF) 解説資料 (環形動物に多毛類・貧毛類・ヒル類が含まれること)
  5. 佐藤正典「干潟における多毛類の多様性」(鹿児島大学、PDF) 論文PDF (生活様式の多様さ、巣穴による好気的分解と脱窒の促進、大潮の夜の同調的な生殖群泳)
  6. Wikipedia「イトメ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/イトメ (汽水〜淡水域の泥に生息すること、日本での繁殖期)
  7. Wikipedia「チューブワーム」 https://ja.wikipedia.org/wiki/チューブワーム / JT生命誌研究館「深海 ― もうひとつの地球生物圏」 https://www.brh.co.jp/publication/journal/016/ss_1 (和名ハオリムシ、熱水噴出孔と冷水湧出帯、硫黄酸化細菌との共生)
  8. この記事の姉妹編:アオイソメはどこから来るのか

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