1. あの 音は、どこから 来たの?
1. あの音は、学校より先にどこで鳴っていたのか
1. 校舎の音が「学校用ではない」という事実
「キーンコーンカーンコーン」と 聞くと、教室の 空気が 目に うかびます。日本では、この 音は 学校の チャイムとして 知られて います[3]。
ところが、この メロディーは、はじめから 学校の ために 作られたのでは ありません。もとは、イギリスの 大学の まちに ある 教会の 時計の 音でした。
その 教会は、どんな ところなのでしょう。つぎに 見に いきます。
「キーンコーンカーンコーン」と聞けば、多くの日本人は、授業の始まりや終わりの教室を思い出します。日本ではこの旋律が、正式な名前よりも「学校のチャイム」として知られていると説明されています[3]。
ところが、この旋律はもともと学校のために作られたのではありません。時計が15分ごとに鳴らす、時刻を知らせる音として生まれました。学校が使うずっと前の話です。
生まれた場所は、イギリスの大学の町にある教会でした。そこを訪ねてみます。
日本では、この旋律は正式名ではなく「学校のチャイム」として認識されている[3]。
だが原型は、学校とは無関係の時計の時報だった。校舎のスピーカーから流れる音が、別の場所と時代の産物であるという点が、この記事の出発点になる。まず、その原産地を確かめる。
2. 大学の 教会で、どんな 曲が 生まれたの?
2. 1793年、ケンブリッジの教会が新しい時計を迎えた
2. ケンブリッジ・クォーターズ ── 作曲者は確定していない
1793年、イギリスの ケンブリッジという 大学の まちで、教会に 新しい 時計が つきました。この 時計の ために 作られた 曲が、もとの メロディーです[1]。
だれが 作ったのかは、はっきり しません。ジョウェットという 大学の 先生が まかされましたが、音楽の 先生や その 教え子が てつだった らしいと いわれて います[2]。
昔から、有名な 音楽家の ヘンデルの 曲が もとだ、という 話も あります。でも、しょうこは ありません[2]。
1793年、ケンブリッジ大学のそばにあるグレート・セント・メアリー教会に、新しい時計が備えられました。その時計が15分ごとに鳴らす旋律として作られたのが、のちの学校チャイムの元になった曲です。教会では今も、この曲を「ケンブリッジ・クォーターズ」の原点として紹介しています[1]。
誰が作曲したのかは、実ははっきりしていません。法学の教授だったジョウェットが仕事を任されたものの、音楽の教授か、その教え子の助けがあっただろうという説明があります[2]。
ヘンデルの『メサイア』のアリアの一節を変奏したものだ、という話も昔から語られてきました。しかし、裏づけは見つかっていないと書かれています[2]。人気のある作曲家の名前は、話をおもしろくしますが、根拠がなければそのまま信じないほうがよさそうです。
こうして教会の時計で鳴っていた曲は、どこで「ウェストミンスター」の名前を得たのでしょうか。
1793年、ケンブリッジの大学教会の新しい時計のために作られた旋律が、原型とされる。教会側の説明では、これが「ケンブリッジ・クォーターズ」であり、しばしば「ウェストミンスター・チャイム」と誤って呼ばれるという[1]。
作曲者は確定していない。法学教授ジョウェット(Joseph Jowett)が任されたが、音楽教授ランドール(John Randall)か、その教え子クロッチ(William Crotch)の補助があったと推測されている[2]。
ヘンデル『メサイア』のアリア “I know that my Redeemer liveth” の変奏だとする説は伝統的に語られてきたが、裏づけはない[2]。有名人の名前が付くと信じられやすくなるが、根拠の有無は別に確かめる必要がある。では、なぜ「ウェストミンスター」と呼ばれるのか。
3. どうして「ウェストミンスター」って いうの?
3. ロンドンの大時計が、この旋律を世界に知らせた
3. 国会議事堂の時計塔への採用と、名称の由来
19せいきの なかごろ、ロンドンの こっかいぎじどうに、新しい 大きな 時計が 作られる ことに なりました。その 時計の かねの 音に、この メロディーが 使われました[2]。
ここで 使うと 決めたのは、エドモンド・ベケット・デニソンと いう 人と つたえられて います。こっかいぎじどうは、ウェストミンスターきゅうでんと いう 名前の たてものです。だから 「ウェストミンスターの かね」と よばれるように なりました[2]。
この 大時計の いちばん 大きな かねが、「ビッグ・ベン」です。とうの 名前ではなく、かねの 名前と いわれます。
時代が進んで19世紀の半ば、ロンドンの国会議事堂、つまりウェストミンスター宮殿の新しい時計のために、鐘の旋律が必要になりました。1851年に、エドモンド・ベケット・デニソンが、ケンブリッジの旋律を採用したと書かれています[2]。
ここからこの旋律の名前が広まりました。「ウェストミンスターの鐘」という名前は、この宮殿の時計に由来します[2]。教会の側は、この呼び名を「ケンブリッジ・クォーターズ」と区別して、誤ったものとして紹介しています[1]。
ちなみに「ビッグ・ベン」は、塔の名前ではなく、大時計にある大きな鐘の名前として知られています。鐘の音は4つの音の組み合わせでできていて、15分ごとに、その一部が変わりながら鳴るとされます[3]。
ロンドンで有名になった旋律は、やがて海を渡ります。日本の学校では、その前にどんな音が鳴っていたのでしょう。
この旋律の知名度を決定づけたのは、ロンドンのウェストミンスター宮殿(国会議事堂)の新しい時計への採用である。資料では、1851年にエドモンド・ベケット・デニソンが採用し、そこから名声が広まったと説明されている[2]。採用の年と時計が実際に鳴り始めた年は別で、後者は資料によって扱いが異なるため、本稿では年を確定させない。
「ウェストミンスター」の呼称は、この宮殿の時計に由来する。ところが教会側は、原型はケンブリッジのものであり、この呼び名は誤称だとする立場を示している[1]。名前が広まった経緯と、原型の出どころは別の話だということが分かる。
なお「ビッグ・ベン」は塔ではなく、時計の大鐘の名前として知られる。鐘の音は4音の組み合わせで、15分ごとに一部が変わって鳴る[3]。
では、この旋律が海を越えたのは、日本の学校の音に何か不足があったからなのか。
4. 日本の 学校では、まえは どんな 音が 鳴って いたの?
4. 校舎の音は、鐘やベルからやわらかな音へ
4. 導入前の時報と、「穏やかな時報」への要望
むかしの 日本の 学校では、先生や 学校で はたらく 人が、かねや ベルを 手で 鳴らして、時間を 知らせて いました[4]。
あとで、かねや ベルの 音が きらいだと いう 人も いて、もっと やさしい 音の じほうが ほしいと 思われるように なった、と いう せつめいも あります[4]。
そこへ、ロンドンの 時計と 同じ メロディーが 使われる ことに なったのです。
5. 日本で さいしょに 使ったのは、だれ?
5. 「最初の一人」を、資料は一人に決められない
5. 誰が、いつ学校チャイムを導入したのか
ある しりょうでは、東京の 大田区の 大森第四中学校が、1956年に はじめて 使ったと 書かれて います。いのうえ先生と いう 人が 入れたと つたえられて います[4]。
でも、ほかの しりょうでは、ちがう 人の 名前が 出て きます。1954年ごろに 作った、と 書く ものも あります[5]。
さらに、1933年の 本に、もう ウェストミンスター寺院の チャイムの ことが 出て いる、と 書く 人も います。だから「この 人が さいしょ」とは 言いきれません[5]。
ある資料は、日本の学校で最初にこのチャイムを採用したのは、東京都大田区の大森第四中学校で、1956年のことだと書いています。教員の井上尚美が導入したと伝えられています[4]。
ところが、別の説明もあります。あるブログは、石本邦雄という人が作った「ミュージックチャイム」の製造開始を1963年ごろとしています[5]。また2007年の朝日新聞は、井上尚美と真島福子・宏が1954年に考案したと報じたとされます[5]。
さらにある筆者は、特定の一人には決められないと指摘します。1933年の本『家庭用実用品の作り方』にすでにウェストミンスター寺院のチャイムの項目があり、原型と呼べるものが見られるからです[5]。
年も人も違います。どれが正しいか、この記事では決められません。
大田区立大森第四中学校が1956年に国内で最初に採用したとする資料があり、教員の井上尚美が導入したと伝えられている[4]。一方、aqbarは、石本邦雄の「ミュージックチャイム」の製造開始を1963年ごろとする[5]。さらに朝日新聞(2007年)は、井上と真島福子・宏が1954年に考案したと報じたとされる[5]。
しかも、別の筆者は導入者を一人に還元できないと述べる。1933年の書籍『家庭用実用品の作り方』に「ウェストミンスター寺院のチャイム」の項目があり、すでに原型が見られるからだ[5]。
これらは互いに矛盾するというより、「考案」「製品化」「学校での採用」のどこを「最初」と呼ぶかで答えが変わる可能性がある。ただし、この整理は本稿の推測で、資料が明言しているわけではない。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること:今日の チャイムを 聞いて、音が 何こ あるか 数えて みましょう。4つの 音の くみあわせだと いわれます。べつの 日の 音と くらべても おもしろいです。
出かけてできること:図書館で「チャイム」や「時計」の 本を さがして みましょう。
公式の じょうほう:教会の 公式ページに、この 曲の せつめいが のって います。
今日できること:今日聞こえたチャイムの音を思い出して、数日後に聞く音と比べてみましょう。旋律が同じか、どこが違うかを書きとめてみましょう。
出かけてできること:図書館で「チャイム」「学校の歴史」の本を探すと、昔の時報の様子が書かれているかもしれません。導入の年や人が本によって違うか、見比べるのもおすすめです。
公式情報:グレート・セント・メアリー教会の公式サイトに、この旋律の説明があります(英語)。
今日できること:自分の学校のチャイムを別の日に聞き比べ、旋律の異同を記録する。
出かけてできること:図書館や地域の学校史で、時報の方式が鐘・ベルからチャイムに変わった時期を探す。導入者の説が資料ごとに異なる点を、自分の目で照らし合わせる。
公式情報:グレート・セント・メアリー教会の公式サイト(英語)で、原型の説明を確認できる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料の一覧です。Wikipediaや個人ブログは二次的な資料なので、内容は「そう説明されている」範囲で使っています。
- Great St Mary's, The University Church(教会公式サイト)「bells」 https://www.greatstmarys.org/bells (1793年の原型と呼び名について)
- Wikipedia英語版「Westminster Quarters」 https://en.wikipedia.org/wiki/Westminster_Quarters (作曲者の諸説・ヘンデル説・採用の経緯)
- Wikipedia日本語版「ウェストミンスターの鐘」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェストミンスターの鐘 (日本での認識・4音の構造)
- Gaccom「学校の歴史巡り①」 https://www.gaccom.jp/wp/article/school_history-1.html (戦前の時報・大森第四中学校の採用)
- aqbarブログ「学校のチャイムの由来」 https://aqbar.hatenablog.com/entry/2020/07/08/211857 (導入者をめぐる諸説・1933年の書籍)
なおした ところ
更新履歴
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