1. 光を あてると、ふつうは どう なるの?
1. 光を当てても、ふつうは熱になるだけ
1. 光エネルギーの行き先 ── 熱になる場合と、電力になる場合
光は、ものの なかの 電子という 小さな つぶに ぶつかります。ぶつかった 電子は、あちこち うごきまわります。
でも、ふつうの ものでは、その うごきは さいごに ねつに なることが おおいです。日なたの いしが あたたかく なるのは、その ためです[1]。
ところが 太陽電池では、電子が 同じ むきに ながれます。電線を つなぐと、その ながれが 電気として つかえます[1]。
では、どうして 太陽電池だけ、電子が 同じ むきに ながれるのでしょう。
電子はどこへ向かうのか
光は「光子」という粒のように、物の中の電子にぶつかります。電子は動き回り、そのエネルギーは最終的に熱になることが多いのです。石や木など、ふつうの物ではそうなります[1]。
太陽電池は、2種類の半導体を重ねた構造をしています。この構造のおかげで、電子が一方向に流れ、電線をつなげば電力として使えます[1]。
日なたに置いた石があたたまるのと、電卓が動くのは、同じ光を受けているのに行き先が違う、ということになります。
産総研の解説によると、ふつうの物質に光を当てると、光子が電子に衝突し、電子は動き回ったのち、エネルギーは最終的に熱になることが多い(金属・木などが例に挙がる)。太陽電池(2種類の半導体を重ねた構造)では電子が一方向に流れ、外部に電線をつなぐと電力として取り出せる[1]。
この違いを生むのが接合部の電界であり、次章以降で追う。
2. 光は、つぶの ように 電子に ぶつかる
2. 光は「粒」として電子にぶつかる
2. 光子の概念 ── 光電効果との関係と、混同しない点
むかしの 人は、光を 水の なみのように かんがえて いました。アインシュタインは、光が きまった 大きさの かたまりで できていると せつめいしました。このかたまりを、光子と いいます[3][1]。
光の 色によって、かたまりの 大きさは ちがいます。電子を とびださせるには、ある 大きさ いじょうの かたまりが いります[3]。
この 考えは、1922年の ノーベルしょうに つながりました。ただし、しょうの 理由は 光電こうかの ほうそくで、そうたいせいりろんでは ありません[3]。
3. 電子を おしだす 「さか」の ひみつ
3. 電子を押し出す「坂」── pn接合
3. pn接合と内部電界 ── 電荷の分離と外部回路
太陽電池には、2しゅるいの はんどうたいが かさねて あります。1つめは、うごきやすい 電子が おおい ほう。2つめは、電子が たりない 場所(あな)が おおい ほうです[1]。
かさねた ところに、電子を おす 「さか」が できます。坂の うえの ボールが ころがるように、電子は 同じ むきに おされます[1]。
光が あたると、電子が たたき出されます。その 電子が 「さか」に おされて、そとの 電線へ ながれ出します[1]。
ただし ほんとうは、電子は ボールでは ありません。「さか」も 見える 坂ではなく、電気の ちからの かたよりです。
4. 光で 電気が 出ると 気づいた 人たち
4. 発見は1839年 ── 理由が分からないまま
4. 光起電力効果の発見と初期の電池 ── 1839年ベクレルと1883年フリッツ
光で 電気が 出る ことに、はじめて 気づいたのは、1839年の ベクレルという フランスの 学者だと されます[4]。水に ひたした 金ぞくに 光を あてると、小さな 電気が 出たと いわれます。でも、そのころは なぜか 分かりませんでした。
それから 40年ちかく たった 1883年、アメリカの フリッツが、セレンという ものを 金で おおった 電池を つくったと つたえられます[7]。光を 電気に かえる 力は、まだ とても ひくいものでした。
ここで いう ベクレルは、のちに ほうしゃのうを 見つけた ベクレルの お父さんです[4]。
1839年のベクレル
光で電気が起きる現象(光起電力効果)を最初に認めたのは、1839年にフランスの物理学者A.E.ベクレルだとIEEEの資料は述べています[4]。電解液に入れた金属電極に光を当てると小さな電流が出ましたが、当時は説明できなかったといわれます。放射能を発見したアンリ・ベクレルの父にあたる人です。
1883年のフリッツ
1883年には、アメリカのチャールズ・フリッツが、セレンを金でおおった太陽電池を作ったとされます。効率はまだとても低いものでした(資料によって1%未満から2%ほどまで数字が分かれます)[7]。この資料はスポンサー付きの記事なので、断定せず、「とされる」にとどめます。
5. でんわの ために うまれた 電池
5. きっかけは「湿気の多い場所の電話」── 1954年
5. 1954年のシリコン太陽電池 ── 電話用電源の探索と人工衛星への展開
1954年、ベル研究所が、シリコンという ものを つかった 電池を 発表しました。光を 電気に かえる 力は、およそ 6%でした[6]。
もとの きっかけは、でんわでした。しめった 遠い 場所で、ふつうの 電池が すぐ だめに なる。そこで ぎじゅつしゃの チャピンは、太陽の 光に 目を つけたと つたえられます[5]。
つくったのは、チャピンと、化学者の フラー、物理学者の ピアソンの 3人です[6]。
その後、この 電池は 人工えいせいの 電気にも つかわれるように なりました。1958年の ヴァンガード1ごうからは、ほとんどの 人工えいせいが 太陽電池の パネルで 電気を えています[4]。
電話の電源を探して
ダリル・チャピンは1953年ごろ、湿気の多い遠隔地で乾電池がすぐ劣化してしまう電話システムの電源を探し、太陽光に注目したと伝えられます。セレンの電池は効率が低すぎました。同じ研究所では、化学者のカルビン・フラーが、不純物を混ぜて半導体の性質を変える研究をしていました[5]。
1954年4月25日
1954年4月25日、ベル研究所が、技術者のチャピン、化学者のフラー、物理学者のジェラルド・ピアソンが作ったシリコン太陽電池を発表しました。変換効率は約6%でした[6]。
この電池は人工衛星の電源として発展し、IEEEは、1958年3月のヴァンガード1号から、ほぼすべての人工衛星が太陽電池パネルで電力を得るようになったと述べています[4]。
チャピンは1953年ごろ、湿気の多い遠隔地で乾電池が急速に劣化する電話システムの電源を探し、太陽光に着目したとされる。セレン電池は効率が低すぎた。同じ研究所でフラーが、不純物で半導体の性質を変える研究をしていた[5]。なお、この経緯は検索結果の要約に依拠しており、ページ本文は取得できていない。
1954年4月25日、ベル研究所がチャピン(技術者)・フラー(化学者)・ピアソン(物理学者)によるシリコン太陽電池を発表した。効率は約6%[6]。発表地はAPSとIEEEで記述が食い違うため、書かない。IEEEは、この電池が、1958年3月のヴァンガード1号以降ほぼすべての人工衛星に使われる太陽電池パネルの開発につながったと述べる[4]。1839年から1954年まで約115年である。
6. 光の 色と、電気に できる りょう
6. 光の色が合わないと、むだが出る
6. バンドギャップと理論限界 ── 単接合の約29%と積層型の33.66%
光には 色が あり、色ごとに 力の 大きさが ちがいます。力が 小さすぎる 光では、シリコンの 電子を うごかせません。反対に、大きすぎる 光は、あまった ぶんの 一部が ねつに なって うしなわれます[8]。
そのため、シリコンだけの 電池には、電気に かえられる りょうの じょうげんが あるといわれます。それは やく29%です[8]。
そこで、いろいろな 色を 分けて うけもつ 電池を かさねる ほうほうが 考えられました。2023年、シャープの かさねた 電池が、33.66%を 出したと はっぴょうされました[9]。ただし これは けんきゅう用の きろくで、家の パネルの 数字では ありません。
エネルギーが小さすぎても、大きすぎても
光のエネルギーがシリコンのバンドギャップ(約1.1eV)より小さいと、電子を動かせません。バンドギャップを超える分のエネルギーも、一部は熱として失われます[8]。
このため、接合が1つの結晶シリコン電池には理論上の効率限界があり、約29%(単結晶シリコンでは29.4%と紹介される)とされます[8]。
重ねて限界を超える
2023年、シャープの化合物・シリコン積層型モジュールが、NEDOの事業で変換効率33.66%を達成しました。産総研で2023年2月に確認され、世界最高と発表されています[9]。積層して光の色ごとに役割を分けることで、シリコン単独の限界を超えられます。ただしこれは研究用の記録値で、家庭用パネルの効率ではありません。
光子のエネルギーがシリコンのバンドギャップ(約1.1eV)より小さいと電子を励起できず、バンドギャップを超える分のエネルギーも一部は熱として失われる[8]。単接合の結晶シリコン電池の理論限界は約29%(単結晶シリコンでは29.4%と紹介される)とされる。原論文(Shockley-Queisser 1961)は未確認で、EE Timesの記述の引用経由である。
2023年、シャープの化合物・シリコン積層型モジュールがNEDO事業で変換効率33.66%を達成した(産総研で2023年2月に確認、世界最高と発表)[9]。積層して光の色ごとに分担させることで単接合の限界を超えるが、研究用の記録値であり、家庭用パネルの効率ではない。
7. ソーラー でんたくで ためして みよう
7. ソーラー電卓の光をさえぎってみる
7. 出口 ── 光を遮る観察と、資料の読みどころ
おうちに ソーラー でんたくが あれば、明るい 場所で 数を 入れて みましょう。つぎに、手で 光を おおって みます。画面は どう なるでしょう。
手を はなして、また 光を あてると、どう なるかも 見て みます。パネルを はずしたり、太陽を 見つめたり しては いけません。
ただし、でんたくの 中の しくみは 見えないので、ここで 電子が うごいて いる ようすを 見る ことは できません。
ソーラー電卓があれば、明るい窓辺で数字を入れ、手で光をおおって画面の変化を見てみましょう。おおう面積を半分にしたら、どうなるかも試せます。パネルの分解や、太陽を直接見ることはしないでください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:産総研の解説、ITmedia、Nobel Prize、IEEE、APS、Smithsonian Magazine、EE Times Japan、NEDOの発表を使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- 産総研 太陽光発電研究センター 櫻井啓一郎「太陽の光で電気を作る」(2008)。https://www.aist.go.jp/Portals/0/resource_images/aist_j/aistinfo/science_cafe/pdf/ev20080620.pdf (光が熱になる場合と電気になる場合の違い、pn接合の仕組み、光子について)
- ITmedia「なぜなぜ太陽光発電」。https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1308/12/news058.html (内部電界が電荷を分けるという説明の突き合わせ)
- NobelPrize.org「The Nobel Prize in Physics 1921」。https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1921/summary/ (アインシュタインの受賞理由について)
- IEEE ETHW「Milestones: First Practical Photovoltaic Solar Cell」。https://ethw.org/Milestones:First_Practical_Photovoltaic_Solar_Cell (1839年の発見、人工衛星への利用について)
- IEEE ETHW「Milestone-Nomination: First Practical Photovoltaic Solar Cell」。https://www.ethw.org/Milestone-Nomination:First_Practical_Photovoltaic_Solar_Cell (開発のきっかけについて。検索結果の要約による)
- APS News「Bell Labs silicon solar cell」(2009)。https://aps.org/apsnews/2009/04/bell-labs-silicon-solar-cell (1954年の発表と効率について)
- Smithsonian Magazine「A brief history of solar panels」(スポンサー記事)。https://www.smithsonianmag.com/sponsored/brief-history-solar-panels-180972006/ (1883年のフリッツの電池について。二次資料)
- ITmedia EE Times Japan「太陽電池の効率」の記事。https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1603/28/news019_2.html (バンドギャップと理論限界について。二次資料)
- NEDO ニュースリリース(2023年10月27日)。https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101700.html (積層型モジュールの変換効率33.66%について)
なおした ところ
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