1. 立春の 日は、どうやって 決めるの?
1. 「暦の上の春」は気温ではなく太陽で決まる
1. 二十四節気とは ── 太陽の動きで1年を24に分ける
ニュースで「暦の 上では 春です」と 聞いた ことは ありませんか。暦の 春は、あたたかさでは 決めて いません。
二十四節気は、太陽の 動きを 見て、1年を 24に 分けた 目印です。春分、夏至、秋分、冬至や、立春も その 中に あります[1]。
たとえば、学校の 一年の 行事表のように、「ここが 一年の 区切り」と いう しるしを 24こ つけて おく くふうです。ただし 行事表は 人が 決めた 日ですが、この しるしは 太陽の 動きに 合わせて います。
二十四節気は、太陽の動きをもとに1年を24に分けた、季節の目印です。春分・夏至・秋分・冬至は「二至二分」、立春・立夏・立秋・立冬は「四立」とまとめて呼ばれます[1]。
たとえば、学校の年間行事表に、1年を区切る印を24個つけておくようなものです。ただし行事表は人が日を決めますが、この印は太陽の動きに合わせて決まります。
立春は、暦の上で春が始まる日です。2月初めの寒さの中にあるのは、区切りの基準が気温ではなく太陽だからです。
「暦の上では春」と言われる日は、何を基準に決まるのか。答えは太陽の動きだ。二十四節気は、太陽の動きを基準に1年を24に分けた季節の目印で、春分・夏至・秋分・冬至(二至二分)や、立春・立夏・立秋・立冬(四立)を含む[1]。24の目印は、節気と中気が交互に並ぶ形で数えられる。
基準が太陽であって気温ではないので、暦の上の季節は体感の季節とずれる。立春が2月4日ごろになるのは、その一例だ。
2. どこで 生まれたの?
2. 黄河のほとりで生まれ、日本に伝わった
2. 起源 ── 古代中国の黄河流域と日本への伝来
二十四節気は、大むかしの 中国の 黄河の 近くで 作られたと いわれます[6]。日本にも つたわったと されて います。
ここで 気に なる ことが あります。黄河の あたりと 日本は、気こうが ちがいます。日本の 人は、この 目印を どう 使って きたのでしょうか。つぎから、決め方の かわりかたを 見て いきます。
二十四節気は、古代中国の黄河流域で作られたといわれます[6]。日本にも伝わったとされますが、伝わった年や経路まではっきりしていません。
ここで疑問が浮かびます。黄河のあたりの気候をもとに作った目印が、島国の日本でそのまま合うのでしょうか。それを考えるために、まず「どうやって24に分けるのか」を見ます。
この目印は、どこで生まれたのか。二十四節気は、古代中国の黄河流域で作られたとされる[6]。日本にも伝わったとされるが、伝来の年や経路は断定できない。
黄河流域を基準に作られた目印を、島国で海の影響が大きい日本で使うとどうなるか。この問いが後半の雑節につながる。その前に、24分割の方法を確かめる。
3. さいしょの 分け方は「じかんで 24こ」
3. 最初の方法 ── 1年を時間で24等分する
3. 最初の分け方 ── 時間で等分する平気法(恒気法)
さいしょの 分け方は かんたんでした。1年の 長さを 24で わって、おなじ 長さずつ 区切ります。1こぶんは、およそ 15.2日です[2]。
ながい ひもを 24こに、おなじ 長さで 切る ような もの。ただし 本当の 太陽の 動きは、いつも おなじ はやさでは ありません。
日本では、この 分け方が 寛政暦の ころまで 使われて いました[2]。
4. つぎは「太陽の 場所」で 分けた
4. 太陽の位置で分ける ── 間隔は14〜16日にばらつく
4. ずれをなくすには ── 視黄経で分ける定気法と天保暦
そこで、時間ではなく 太陽の ばしょで 分ける やり方に かわりました。太陽が 1年で 空を 1しゅうする 道を、24に 分けます。円は 360度なので、1こぶんは 15度です。
この 分け方だと、区切りの 間の 日数は 14日、15日、16日と ばらばらに なります[2]。地球は、1月の はじめごろは 太陽に 近くて はやく 動き、7月の はじめごろは 遠くて ゆっくり 動くからです。
2026年の 春分は、3月20日の 午後11時46分でした[4]。あと 14分で 21日に なる ところです。
そこで採用されたのが、「定気法」です。太陽が1年かけて空を1周する道を角度で表し、太陽の位置(視黄経)が0°、15°、30°…になった瞬間を節気とします[2]。360°を24で割ると15°です。
この方法では、地球の公転の速さが場所によって変わるため、区切りの間隔は一定になりません。14日、15日、16日の範囲でばらつき、1月初めごろの近日点の付近は短く、7月初めごろの遠日点の付近は長くなります[2]。
日本で定気法を採用したのは、天保暦からです。天保15年(弘化元年、1844年)に施行され、明治5年(1872年)まで使われました[2][3]。
太陽の位置で決めるので、瞬間まで分かります。2026年の春分(黄経0°)は3月20日23時46分でした[4]。あと14分で21日になるところでした。
では、太陽の位置とのずれをなくすには、どう分ければよいか。定気法は、太陽の視黄経を24等分し、視黄経が0°、15°、30°…となる瞬間を節気とする方法で、日本では天保暦から採用された[2]。360°÷24=15°である。
その代わり、間隔は等しくならない。地球の公転速度は軌道上の位置で変わるため、節気の間隔は一定でなく、14日、15日、16日の範囲で変動する。1月初めの近日点付近は短く、7月初めの遠日点付近は長い[2]。
この方法で、瞬間まで決まる。天保暦は天保15年(弘化元年、1844年)に施行され、明治5年(1872年)まで使われた[3]。いまの日付の例として、2026年(令和8年)の暦要項では、立春が2月4日5時02分(黄経315°)、春分が3月20日23時46分(0°)、夏至が6月21日17時25分(90°)、秋分が9月23日9時05分(180°)、冬至が12月22日5時50分(270°)である[4]。日付は年によって1日程度動くため、固定日ではない。
5. 日本の 人が、暦を 作りかえた
5. 日本人の手で改められた暦
5. 貞享暦から天保暦まで ── 日本の暦法の改訂
えど時代の 日本では、暦が 何度も 作りかえられました。1685年の 貞享暦は、渋川春海と いう 人が、自分で 空を しらべた ことを もとに 作った 暦です。日本の 人の 手による、はじめての 暦の 作り方と なりました[3]。
その あとも、ほうれき、寛政暦、天保暦と 作りかえられて いきます[3]。日本の 人が、空を 見て、暦を よくして いった おはなしです。
6. 日本の 気こうに 合わせた「雑節」
6. 農作業のための目印「雑節」
6. 雑節 ── 日本で加わった季節の目安
二十四節気に くわえて、日本には「雑節」と いう 目印も あります。せつぶん、彼岸、八十八夜、入梅、土用などです。畑仕事の めやすに なる ように、日本で 考えられました[5]。
八十八夜は、立春から 数えて 88日目です[5]。2026年は 立春が 2月4日なので、その日を 1日目と 数えると、5月2日が 88日目に なります[4]。
二百十日は 210日目で、2026年は 9月1日でした[4]。
雑節は、二十四節気とは別に、日本の暦にある季節の目安の日です。農作業の助けとして日本で考えられ、節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日、土用などがあります[5]。
数え方も工夫されています。八十八夜は立春から数えて88日目、二百十日は210日目です[5]。立春の日を1日目にすると、2026年は2月4日が1日目なので、八十八夜は5月2日、二百十日は9月1日になります[4]。
入梅は太陽の黄経が80°に達した日、半夏生は100°に達した日とされます。2026年は入梅が6月11日、半夏生が7月2日でした[4]。土用は立春・立夏・立秋・立冬の前の約18日間で、夏だけでなく年に4回あります[5]。
二十四節気だけでは足りなかったのか。日本の暦には、それとは別に雑節がある。雑節は、二十四節気以外に日本の暦にある季節の目安の日で、農事との関係や季節感の必要から暦に定着した。節分・彼岸・社日・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日・土用がある[5]。
数え方にも特徴がある。八十八夜は立春から数えて88日目、二百十日は210日目である。実際に数えてみよう。立春を1日目とすると、2026年は2月4日が1日目、5月2日が88日目(2月に25日、3月に31日、4月に30日、5月に2日で、合わせて88日)、9月1日が210日目になる[4]。
太陽の位置で決める雑節もある。入梅は黄経80°、半夏生は100°に達した日で、2026年は入梅が6月11日6時14分、半夏生が7月2日5時04分である[4]。土用は四立の前の約18日間で年に4回ある[5]。彼岸は春分・秋分の前後を含む1週間ほどの期間として知られるが、日数の数え方は資料により表現が揺れるため、ここでは幅を持たせておく。
7. 今の 日づけは、だれが 決めるの?
7. 毎年2月ごろに発表される日付と、季節とのずれ
7. いまの日付は誰が決めるのか ── 暦要項と、日本の季節との差
いまの 日づけは、国立天文台が 計算して 決めます。来年の 分を、ことしの 2月ごろに 「暦要項」として 発表します[4]。
二十四節気は、黄河の あたりを もとに 作られました。だから、島国で 海の えいきょうが 大きい 日本では、本当の 季節と 少し ずれる ことが あります[7]。
雑節は、畑仕事など くらしの ひつようから、日本の 暦に 根づいたと 考えられます。古い 目印を すてず、日本に 合わせて 使いつづけて きた のです。
8. ひなたの いちに、しるしを つけて みよう
8. 日なたの位置に印をつけて、太陽の動きを見る
8. 出口 ── 太陽の位置を自分で追う/原典に当たる
おうちの まどから、ゆかや かべに 日なたが さして いる 場所を さがします。ある 晴れた 日の 同じ じこくに、日なたの ふちに、テープを はれる ゆかや かべなら マスキングテープを はって 日づけを 書きます。はれない ときは、ふちに 近い ものを おいて 目印に します。
1しゅうかん ぐらい たったら、同じ じこくに もう 1回。テープの 場所は、どう かわって いるでしょうか。太陽の いちが かわって いる ことが、目で 分かります。
太陽は 直せつ 見ないで ください。日なたが さしこまない まどなら、ほかの まどでも かまいません。
家の窓から、床や壁に日なたがさしている場所を探し、同じ時刻に、日なたの端に印をつけて日付を書きます。はれる床や壁ならマスキングテープを、はれないときは小物を置いて目印にします。1週間ほど間をあけて、同じ時刻にもう一度。位置がどちらへ、どれだけ動いたかを比べます。
二十四節気は、太陽の位置が一定の角度に来た瞬間で決まります。その「太陽の位置が変わっていく」ことを、部屋の中で自分の目で見る方法です。太陽は直接見ないでください。
もっと調べたくなったら、国立天文台の暦Wikiに、二十四節気の定め方や雑節の説明が日本語でまとまっています[2][5]。図書館の暦の本で、八十八夜や入梅を探すのもよいでしょう。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:国立天文台の暦Wikiと暦要項、国立国会図書館の「日本の暦」、日本気象学会『天気』の解説を使った。八十八夜などの日数は、筆者が計算して確かめた。
- 国立天文台 暦Wiki「二十四節気とは?」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FC6F3BDBDBBCDC0E1B5A4A4C8A4CFA1A9.html (二十四節気の定義、二至二分と四立、ユネスコ登録について)
- 国立天文台 暦Wiki「二十四節気の定め方」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FC6F3BDBDBBCDC0E1B5A4A4CEC4EAA4E1CAFD.html (平気法と定気法、節気の間隔について)
- 国立国会図書館「日本の暦」第1章。 https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter1/s2.html (貞享暦から天保暦までの改暦について)
- 国立天文台「令和8年(2026)暦要項」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/yoko/2026/rekiyou262.html (2026年の節気・雑節の日付と、暦要項の発表について)
- 国立天文台 暦Wiki「雑節とは?」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FBBA8C0E1A4C8A4CFA1A9.html (雑節の種類と数え方について)
- 日本気象学会『天気』2008年11月号(二十四節気の解説)。 https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2008/2008_11_0045.pdf (二十四節気の起源について)
- 日本気象学会『天気』2014年11月号。 https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2014/2014_11_0056B.pdf (日本の季節と二十四節気のずれについて)
なおした ところ
更新履歴
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- 初版を公開。
- 中学生むけの文章を、問いとつなぎのある書き方に直した(事実・数字・出典は変えていない)。
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