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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

立春は まだ さむいのに、どうして「春」なの?

寒い立春がなぜ「春」なのか ── 太陽の位置で決める二十四節気にじゅうしせっきと日本の暦

二十四節気にじゅうしせっきの定め方と日本の暦 ── 平気法へいきほうから定気法ていきほうへ、雑節ざっせつの成立まで

分野:歴史・文化

立春は、2月4日ごろです。まだ とても さむい ころなのに、どうして「春が 立つ」と いうのでしょうか。

その日は、きおんでは なく、太陽の いちで 決まって います。二十四節気にじゅうしせっきの 決め方と、日本の 人が 暦こよみを 作りかえた ようすが 分かります。

2026年の立春は、2月4日の午前5時2分でした[4]。分の単位まで決まっているのに、この日はまだ真冬の寒さです。春を名乗るのは、気温を見て決めたのではないからです。

では、何を見て決めたのでしょうか。二十四節気の決め方が2000年以上のあいだに変わったことと、日本の人たちが暦を作りかえたこと、日本の気候に合わせた目印が足されたことが分かります。

まだ真冬の寒さなのに、なぜ立春と呼ぶのか。2026年の立春は2月4日5時02分、春分は3月20日23時46分と、国立天文台の暦要項は分の単位で示している[4]。気温ではなく太陽の位置で決めるから、こういう表し方になる。

では、その決め方はどう変わってきたのか。二十四節気は、時間による等分(平気法へいきほう)から角度による等分(定気法ていきほう)へ決め方が変わり、日本では雑節ざっせつが加わった。その経緯と、いまの日付の決まり方が分かる。

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1. 立春の 日は、どうやって 決めるの?

1. 「暦の上の春」は気温ではなく太陽で決まる

1. 二十四節気とは ── 太陽の動きで1年を24に分ける

ニュースで「暦こよみの 上では 春です」と 聞いた ことは ありませんか。暦こよみの 春は、あたたかさでは 決めて いません。

二十四節気にじゅうしせっきは、太陽の 動きを 見て、1年を 24に 分けた 目印めじるしです。春分、夏至げし、秋分、冬至とうじや、立春も その 中に あります[1]。

たとえば、学校の 一年の 行事表のように、「ここが 一年の 区切り」と いう しるしを 24こ つけて おく くふうです。ただし 行事表は 人が 決めた 日ですが、この しるしは 太陽の 動きに 合わせて います。

二十四節気は、太陽の動きをもとに1年を24に分けた、季節の目印です。春分・夏至・秋分・冬至は「二至二分にしにぶん」、立春・立夏・立秋・立冬は「四立しりゅう」とまとめて呼ばれます[1]。

たとえば、学校の年間行事表に、1年を区切る印を24個つけておくようなものです。ただし行事表は人が日を決めますが、この印は太陽の動きに合わせて決まります。

立春は、暦の上で春が始まる日です。2月初めの寒さの中にあるのは、区切りの基準が気温ではなく太陽だからです。

「暦の上では春」と言われる日は、何を基準に決まるのか。答えは太陽の動きだ。二十四節気は、太陽の動きを基準に1年を24に分けた季節の目印で、春分・夏至・秋分・冬至(二至二分にしにぶん)や、立春・立夏・立秋・立冬(四立しりゅう)を含む[1]。24の目印は、節気せっきと中気ちゅうきが交互に並ぶ形で数えられる。

基準が太陽であって気温ではないので、暦の上の季節は体感の季節とずれる。立春が2月4日ごろになるのは、その一例だ。

2. どこで 生まれたの?

2. 黄河のほとりで生まれ、日本に伝わった

2. 起源 ── 古代中国の黄河こうが流域と日本への伝来

二十四節気にじゅうしせっきは、大むかしの 中国ちゅうごくの 黄河こうがの 近くで 作られたと いわれます[6]。日本にも つたわったと されて います。

ここで 気に なる ことが あります。黄河こうがの あたりと 日本は、気こうが ちがいます。日本の 人は、この 目印めじるしを どう 使って きたのでしょうか。つぎから、決め方の かわりかたを 見て いきます。

二十四節気は、古代中国の黄河流域で作られたといわれます[6]。日本にも伝わったとされますが、伝わった年や経路まではっきりしていません。

ここで疑問が浮かびます。黄河のあたりの気候をもとに作った目印が、島国の日本でそのまま合うのでしょうか。それを考えるために、まず「どうやって24に分けるのか」を見ます。

この目印は、どこで生まれたのか。二十四節気は、古代中国の黄河流域で作られたとされる[6]。日本にも伝わったとされるが、伝来の年や経路は断定できない。

黄河流域を基準に作られた目印を、島国で海の影響が大きい日本で使うとどうなるか。この問いが後半の雑節ざっせつにつながる。その前に、24分割の方法を確かめる。

3. さいしょの 分け方は「じかんで 24こ」

3. 最初の方法 ── 1年を時間で24等分する

3. 最初の分け方 ── 時間で等分する平気法(恒気法)

さいしょの 分け方は かんたんでした。1年の 長さを 24で わって、おなじ 長さずつ 区切ります。1こぶんは、およそ 15.2日です[2]。

ながい ひもを 24こに、おなじ 長さで 切る ような もの。ただし 本当の 太陽の 動きは、いつも おなじ はやさでは ありません。

日本では、この 分け方が 寛政暦かんせいれきの ころまで 使われて いました[2]。

最初の方法は、1年の長さを時間で24等分するものです。「平気法へいきほう」と呼ばれ、1つの区切りの長さは1年の長さ÷24で、およそ15.2日と一定になります[2]。

分かりやすい方法ですが、地球は太陽のまわりを同じ速さで回っているわけではありません。時間で等分すると、太陽の実際の位置と、少しずつ食い違いが出ます。

日本の暦は、寛政暦かんせいれきまでこの方法でした[2]。

1年を24に分けるなら、まず思いつくのは時間で等分することだ。平気法(恒気法)はその方法で、1気の長さは一定になり、1年の長さ÷24でおよそ15.2日となる(365.24日÷24≒15.2日)[2]。日本の暦では、寛政暦まではこの方法だった[2]。

ところが、計算は単純でも、太陽の見かけの位置は一定の速さでは動かない。そのため、平気法で決めた春分は、太陽が春分点に来た真の春分と、暦の上でおよそ2日ずれた[2]。ここでいう約2日は春分についての記述で、すべての節気が2日ずれたという意味ではない。

4. つぎは「太陽の 場所」で 分けた

4. 太陽の位置で分ける ── 間隔は14〜16日にばらつく

4. ずれをなくすには ── 視黄経で分ける定気法と天保暦

そこで、時間ではなく 太陽の ばしょで 分ける やり方に かわりました。太陽が 1年で 空を 1しゅうする 道を、24に 分けます。円は 360度なので、1こぶんは 15度です。

この 分け方だと、区切りの 間の 日数は 14日、15日、16日と ばらばらに なります[2]。地球は、1月の はじめごろは 太陽に 近くて はやく 動き、7月の はじめごろは 遠くて ゆっくり 動くからです。

2026年の 春分は、3月20日の 午後11時46分でした[4]。あと 14分で 21日に なる ところです。

そこで採用されたのが、「定気法ていきほう」です。太陽が1年かけて空を1周する道を角度で表し、太陽の位置(視黄経)が0°、15°、30°…になった瞬間を節気とします[2]。360°を24で割ると15°です。

この方法では、地球の公転の速さが場所によって変わるため、区切りの間隔は一定になりません。14日、15日、16日の範囲でばらつき、1月初めごろの近日点の付近は短く、7月初めごろの遠日点の付近は長くなります[2]。

日本で定気法を採用したのは、天保暦てんぽうれきからです。天保15年(弘化元年、1844年)に施行され、明治5年(1872年)まで使われました[2][3]。

太陽の位置で決めるので、瞬間まで分かります。2026年の春分(黄経0°)は3月20日23時46分でした[4]。あと14分で21日になるところでした。

では、太陽の位置とのずれをなくすには、どう分ければよいか。定気法は、太陽の視黄経を24等分し、視黄経が0°、15°、30°…となる瞬間を節気とする方法で、日本では天保暦から採用された[2]。360°÷24=15°である。

その代わり、間隔は等しくならない。地球の公転速度は軌道上の位置で変わるため、節気の間隔は一定でなく、14日、15日、16日の範囲で変動する。1月初めの近日点付近は短く、7月初めの遠日点付近は長い[2]。

この方法で、瞬間まで決まる。天保暦は天保15年(弘化元年、1844年)に施行され、明治5年(1872年)まで使われた[3]。いまの日付の例として、2026年(令和8年)の暦要項では、立春が2月4日5時02分(黄経315°)、春分が3月20日23時46分(0°)、夏至が6月21日17時25分(90°)、秋分が9月23日9時05分(180°)、冬至が12月22日5時50分(270°)である[4]。日付は年によって1日程度動くため、固定日ではない。

5. 日本の 人が、暦こよみを 作りかえた

5. 日本人の手で改められた暦

5. 貞享暦から天保暦まで ── 日本の暦法の改訂

えど時代の 日本では、暦こよみが 何度も 作りかえられました。1685年の 貞享暦じょうきょうれきは、渋川春海しぶかわはるみと いう 人が、自分で 空を しらべた ことを もとに 作った 暦こよみです。日本の 人の 手による、はじめての 暦こよみの 作り方と なりました[3]。

その あとも、ほうれき、寛政暦かんせいれき、天保暦てんぽうれきと 作りかえられて いきます[3]。日本の 人が、空を 見て、暦こよみを よくして いった おはなしです。

日本の暦は、貞享暦(1685年〜)、宝暦暦(1755年〜)、寛政暦(1798〜1843年)、天保暦(1844〜1872年)と改められました[3]。

貞享暦を作ったのは渋川春海しぶかわはるみです。中国の授時暦をもとに、自分の観測にもとづいて日本との経度の差などを直し、日本の人の手による初めての暦法になりました[3]。

寛政暦は高橋至時たかはしよしときらが西洋の天文学を取り入れて作った暦で、太陽や月の動きに楕円の軌道の考え方を使った、とされます[3]。人が空を観測し、暦を少しずつ正確にしていった流れです。

日本の人たちは、この暦を誰がどう作りかえたのか。日本の暦法は、貞享暦(1685年〜)→宝暦暦(1755年〜)→寛政暦(1798〜1843年)→天保暦(1844〜1872年)と改められた[3]。

最初の改訂の貞享暦は、渋川春海しぶかわはるみが、中国の元代の授時暦を、自らの観測にもとづいて里差(経度差)を補正するなどして改良したもので、貞享2年(1685年)に初めて日本人による暦法となった[3]。寛政暦は高橋至時たかはしよしときらが西洋天文学を取り入れ、太陽と月の運動に楕円運動を採用したとされる(この点は二次資料にもとづく)[3]。

国立天文台の解説は、寛政暦までが平気法で、定気法は天保暦から、と述べている[2]。

6. 日本の 気こうに 合わせた「雑節ざっせつ」

6. 農作業のための目印「雑節」

6. 雑節 ── 日本で加わった季節の目安

二十四節気にじゅうしせっきに くわえて、日本には「雑節ざっせつ」と いう 目印めじるしも あります。せつぶん、彼岸ひがん、八十八夜はちじゅうはちや、入梅にゅうばい、土用などです。畑仕事の めやすに なる ように、日本で 考えられました[5]。

八十八夜はちじゅうはちやは、立春から 数えて 88日目です[5]。2026年は 立春が 2月4日なので、その日を 1日目と 数えると、5月2日が 88日目に なります[4]。

二百十日にひゃくとおかは 210日目で、2026年は 9月1日でした[4]。

雑節は、二十四節気とは別に、日本の暦にある季節の目安の日です。農作業の助けとして日本で考えられ、節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日、土用などがあります[5]。

数え方も工夫されています。八十八夜は立春から数えて88日目、二百十日は210日目です[5]。立春の日を1日目にすると、2026年は2月4日が1日目なので、八十八夜は5月2日、二百十日は9月1日になります[4]。

入梅は太陽の黄経が80°に達した日、半夏生は100°に達した日とされます。2026年は入梅が6月11日、半夏生が7月2日でした[4]。土用は立春・立夏・立秋・立冬の前の約18日間で、夏だけでなく年に4回あります[5]。

二十四節気だけでは足りなかったのか。日本の暦には、それとは別に雑節がある。雑節は、二十四節気以外に日本の暦にある季節の目安の日で、農事との関係や季節感の必要から暦に定着した。節分・彼岸・社日しゃにち・八十八夜・入梅・半夏生はんげしょう・二百十日・土用がある[5]。

数え方にも特徴がある。八十八夜は立春から数えて88日目、二百十日は210日目である。実際に数えてみよう。立春を1日目とすると、2026年は2月4日が1日目、5月2日が88日目(2月に25日、3月に31日、4月に30日、5月に2日で、合わせて88日)、9月1日が210日目になる[4]。

太陽の位置で決める雑節もある。入梅は黄経80°、半夏生は100°に達した日で、2026年は入梅が6月11日6時14分、半夏生が7月2日5時04分である[4]。土用は四立の前の約18日間で年に4回ある[5]。彼岸は春分・秋分の前後を含む1週間ほどの期間として知られるが、日数の数え方は資料により表現が揺れるため、ここでは幅を持たせておく。

7. 今の 日づけは、だれが 決めるの?

7. 毎年2月ごろに発表される日付と、季節とのずれ

7. いまの日付は誰が決めるのか ── 暦要項と、日本の季節との差

いまの 日づけは、国立天文台が 計算して 決めます。来年の 分を、ことしの 2月ごろに 「暦要項れきようこう」として 発表します[4]。

二十四節気にじゅうしせっきは、黄河こうがの あたりを もとに 作られました。だから、島国で 海の えいきょうが 大きい 日本では、本当の 季節きせつと 少し ずれる ことが あります[7]。

雑節ざっせつは、畑仕事など くらしの ひつようから、日本の 暦こよみに 根づいたと 考えられます。古い 目印めじるしを すてず、日本に 合わせて 使いつづけて きた のです。

二十四節気と雑節の日付は、国立天文台が毎年2月ごろに翌年分を「暦要項」として発表します。官報にも掲載されます[4]。日付は年によって1日ほど動くので、毎年決め直されます。

黄河流域を基準に作られたため、島国で海の影響が大きい日本では、実際の季節と二十四節気とに多少のずれがあります[7]。雑節は、農事や季節感の必要から日本の暦に定着したと考えられます。

なお、中国の申請による「二十四節気」は、2016年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。登録の名義は中国で、日本の登録ではありません[1]。

いまの日付は、誰がどう決めているのか。二十四節気と雑節の日付は、国立天文台が毎年2月ごろに翌年分を暦要項として発表し、官報に掲載される。発表日は年によって異なる[4]。

ところで、黄河流域で作られた二十四節気は、島国で海の影響が大きい日本の実際の季節とは多少ずれる[7]。雑節は、農事や季節感の必要から日本の暦に定着したとされる[5]。

中国が申請した「二十四節気」は2016年11月30日にユネスコ無形文化遺産に登録された(登録名義は中国)。国立天文台の解説にもその旨が記されている[1]。

8. ひなたの いちに、しるしを つけて みよう

8. 日なたの位置に印をつけて、太陽の動きを見る

8. 出口 ── 太陽の位置を自分で追う/原典に当たる

おうちの まどから、ゆかや かべに 日なたが さして いる 場所を さがします。ある 晴れた 日の 同じ じこくに、日なたの ふちに、テープを はれる ゆかや かべなら マスキングテープを はって 日づけを 書きます。はれない ときは、ふちに 近い ものを おいて 目印めじるしに します。

1しゅうかん ぐらい たったら、同じ じこくに もう 1回。テープの 場所は、どう かわって いるでしょうか。太陽の いちが かわって いる ことが、目で 分かります。

太陽は 直せつ 見ないで ください。日なたが さしこまない まどなら、ほかの まどでも かまいません。

家の窓から、床や壁に日なたがさしている場所を探し、同じ時刻に、日なたの端に印をつけて日付を書きます。はれる床や壁ならマスキングテープを、はれないときは小物を置いて目印にします。1週間ほど間をあけて、同じ時刻にもう一度。位置がどちらへ、どれだけ動いたかを比べます。

二十四節気は、太陽の位置が一定の角度に来た瞬間で決まります。その「太陽の位置が変わっていく」ことを、部屋の中で自分の目で見る方法です。太陽は直接見ないでください。

もっと調べたくなったら、国立天文台の暦Wikiに、二十四節気の定め方や雑節の説明が日本語でまとまっています[2][5]。図書館の暦の本で、八十八夜や入梅を探すのもよいでしょう。

手元でできる観察として、窓の日なたの端の位置を、同じ時刻に1週間ほど間をあけて印をつけて比べる方法がある。マスキングテープと日付のメモで足りる。太陽は直接見ない。太陽の位置の変化を、部屋の中で確かめられる。

原典に当たるなら、国立天文台の暦Wiki「二十四節気の定め方」[2]と「雑節とは?」[5]、同天文台の暦要項[4]、国立国会図書館の「日本の暦」[3]がいずれも日本語で読める。日本気象学会『天気』の解説は、日本の季節と二十四節気のずれを扱っている[7]。

公式情報を見るときは、その年の暦要項で日付を確かめる。日付は年で変わる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:国立天文台の暦Wikiと暦要項、国立国会図書館の「日本の暦」、日本気象学会『天気』の解説を使った。八十八夜などの日数は、筆者が計算して確かめた。

  1. 国立天文台 暦Wiki「二十四節気とは?」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FC6F3BDBDBBCDC0E1B5A4A4C8A4CFA1A9.html (二十四節気の定義、二至二分と四立、ユネスコ登録について)
  2. 国立天文台 暦Wiki「二十四節気の定め方」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FC6F3BDBDBBCDC0E1B5A4A4CEC4EAA4E1CAFD.html (平気法と定気法、節気の間隔について)
  3. 国立国会図書館「日本の暦」第1章。 https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter1/s2.html (貞享暦から天保暦までの改暦について)
  4. 国立天文台「令和8年(2026)暦要項」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/yoko/2026/rekiyou262.html (2026年の節気・雑節の日付と、暦要項の発表について)
  5. 国立天文台 暦Wiki「雑節とは?」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FBBA8C0E1A4C8A4CFA1A9.html (雑節の種類と数え方について)
  6. 日本気象学会『天気』2008年11月号(二十四節気の解説)。 https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2008/2008_11_0045.pdf (二十四節気の起源について)
  7. 日本気象学会『天気』2014年11月号。 https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2014/2014_11_0056B.pdf (日本の季節と二十四節気のずれについて)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  中学生むけの文章を、問いとつなぎのある書き方に直した(事実・数字・出典は変えていない)。

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