1. どうして ステーキの おにくが いるの?
1. 産科医はなぜ、ステーキ肉を車に積んだのか
1. 1955年7月21日 ── 摘出した腫瘍と比較対照のステーキ肉
1955ねんの 7月21日、イギリスの グラスゴーの おいしゃさん、イアン・ドナルドさんは、車で ふしぎな にもつを はこびました。しゅじゅつで とりだした かたまりを しらべる ために、大きな ステーキの おにくも いっしょに はこんだのです[5]。
行き先は、金ぞくの きずを さがす きかいを しらべる 研きゅうの ところでした。おとを あてて、ものに よって かえって くる おとが ちがうか ためした のです。
ドナルドさんは、ステーキの おにくを くらべる ざいりょうに しました。けっかは、本人の ことばで「きたいを はるかに こえた」ものだったと つたえられて います[5]。
たとえば、水の たまった ふくろのような かたまりは、手前の かべと おくの かべでだけ おとを かえしました。なかは しずかでした。どうして でしょう。
金属の傷を探す機械に、体の一部を
1955年7月21日、グラスゴーの産科医イアン・ドナルドは、手術で取り出した子宮筋腫や大きな卵巣嚢腫を車で運びました。行き先は、金属の傷を探す工業用の探傷器を研究している部門です[5]。
ステーキ肉の大きなかたまりは、比べるための材料として持ちこまれました。物によって返ってくる音(エコー)が違うのかを、確かめたかったのです[5]。
ドナルド自身は、のちに「期待をはるかに超えた結果」だったと振り返っています。中に液体がたまった嚢腫は、手前と奥の壁でだけエコーを返し、中は静かでした[5]。なぜ壁でだけ音が返り、中は静かなのか。その答えは、音が跳ね返るしくみにあります。
2. おとが かえる 時間で、ふかさが わかる
2. 音が戻る時間から、深さが分かる
2. パルスエコー法 ── 往復時間と音速から距離を求める
山で「やっほー」と さけぶと、「やっほー」と かえって きます。とおい 山ほど、かえるのが おそくなります。
体の なかを しらべる ときも、おなじ かんがえです。ただし、人の 耳に きこえない、とても たかい おとを つかいます。これを 超音波と いいます[1]。
きかいは、おとを 出して から かえって くるまでの 時間を はかります。時間が みじかければ ちかく、ながければ とおい ところに あると わかります[1]。
ただし、体の なかは やまびこが かえる ひろい 山とは ちがいます。おとの はやさは、およそ 1びょうに 1540メートルと して けいさんします[1]。ほんとうは、ばしょに よって すこし ちがいます。
耳に聞こえない音を、短く送る
人の耳に聞こえる音は、およそ20〜20,000ヘルツです。それより振動の回数が多い音が超音波で、診断に使うのは1〜20メガヘルツほどです[1]。
この音を出し、戻った音を聞くのが、探触子(プローブ)です。中の圧電素子は、電気を加えると変形して超音波を出します。反対に、戻ってきた音で変形すると電気が生じ、信号になります。つまり1つの素子が、送る役と聞く役を兼ねています[1][2]。
「往復」で半分にする
深さは、音を出してから戻るまでの時間で決まります。機械は、体の中の音の速さを1秒に約1,540メートルとして計算し、往復の時間を2で割って距離を出します[1]。
たとえば深さ10センチなら、往復は20センチです。0.2メートルを1,540メートル毎秒で割ると、約0.00013秒(1秒の1万分の1を少し超える程度)になります。この値は上の式を使った計算で、体の場所や温度で少し変わります[1]。横方向は、ビームの向きを少しずつ動かして(走査して)決めます[1]。
超音波は可聴域(約20〜20,000Hz)より周波数が高い音波で、診断装置では1〜20MHz程度を用いる[1]。探触子内の圧電素子は、電圧を加えると変形して超音波を出し、逆に反射波で変形すると電圧を生じる。1つの素子が送信と受信を兼ねる点は、独立した2資料で一致している[1][2]。
深さ方向の位置は、送信から反射波の受信までの時間Δtで決まり、距離L=Δt/2×c(cは音速)で求める。装置は生体内の音速を約1,540m/sと仮定する[1]。これは平均的な値であり、臓器や温度で異なる。深さ10cmなら往復0.2mで、0.2÷1,540≒1.3×10⁻⁴秒(この計算は上の式による目安)。横方向はビームを走査して決める[1]。
3. かえって きた おとが、どうして 絵に なるの?
3. 返ってきた音の強さが、明るさになる
3. 音響インピーダンスと輝度 ── Bモード像の成り立ち
おとは、まっすぐ すすむ とちゅうで、ものの さかいめに くると、一ぶが はねかえります。のこりは、さきへ すすみます[1]。
はねかえりが つよい ところは 白く、よわい ところは くらく 見えます。すると、体の だんめんの 絵が できます[1]。
では、はじめの なぞです。水の たまった かたまりの なかには、おとを はねかえす ものが ほとんど ありません。水の なかは、はねかえしが ほとんど なくて、くろく うつります。かべの ところは はねかえすので、白い せんに 見えます[1]。
この 絵は、ぱらぱらまんがの ように つぎつぎ かわります。ドクドクと うごく しんぞうも、その まま 見られるほど はやいのです[2]。
境目でだけ、音の一部が跳ね返る
音が跳ね返るのは、性質の違うものの境目です。音の伝わりやすさを表す「音響インピーダンス」(密度×音速)に差があると、一部が反射し、残りは先へ進みます[1]。
反射が強いところは明るく、弱いところは暗く、断面の画像になります。これをBモードといいます。しかも画像は動画としてリアルタイムで表示され、鼓動する心臓や拍動する血管の動きまで映せるほど高速です[1][2]。
1章の謎の答え
嚢腫の内部が静かだったのは、音を跳ね返すものがほとんどなく、黒っぽく映ったからだと考えられます[1]。手前と奥の壁は、性質の違う境目なので音を返し、線として映ります。
媒質の音響インピーダンス(密度×音速)に差があると、その境界で超音波の一部が反射し、残りが透過する。反射が強いほど輝度が高く、弱いほど低く表示され、断面がリアルタイムの動画として得られる(Bモード)[1]。Bモードは、鼓動する心臓や拍動する血管をリアルタイムで表示できるほど高速だ[2]。
この原理から、1章の観察が説明できる。嚢腫の内部は反射体がほとんどなく無〜低エコーとなり、壁の境界が反射面として現れた、と読める。ドナルドの1955年の記述がこの解釈と整合するかは、原典の文脈で読む必要がある[5]。なお、血流の向きと速さを調べるドプラ法では、探触子に近づく流れを赤系、遠ざかる流れを青系で示す表示が使われる[1][2]。
4. おなかに ゼリーを ぬるのは、どうして?
4. なぜ皮膚にゼリーを塗るのか
4. 空気と水の音響インピーダンス差とゲルの役割
おなかに きかいを あてる まえに、つめたい ゼリーを ぬります。この ゼリーは、おとが 体に はいる ための 道づくりです[1][4]。
もし、皮ふと きかいの あいだに 空気が あると、おとは そこで ほとんど はねかえって しまいます。空気と 水では、おとの とおりやすさの ちがいが、とても 大きいからです[3]。
ゼリーは 水に ちかいので、すきまを うめて、おとを 体へ とおします[1][3]。
ぜんぶ ほんとうと いうわけでは なく、ゼリーが おとを 大きくする のでは ありません。とおり道を あけて いるだけです。
空気の層は、音の壁になる
診察では、探触子を皮膚に当てる前にゲルを塗り、その上から超音波を体へ送ります[4]。ゲルは、超音波が通りやすいように間に入れる音響カップリング材の一つです[1]。
理由は、空気と水とで、音の伝わりやすさが大きく違うからです。村田製作所の資料にある値では、音響インピーダンスは空気が410、水が1.44×10⁶です。この値から計算すると、差は約3,500倍です[3]。差が大きいほど境目で音が跳ね返りやすく、空気の層があると、超音波はほとんど体に入りません。
ゲルは水に近い性質で、皮膚との間に空気の層を作らず、超音波を体へ通します[3]。音を増幅するわけではありません。
X線とのちがい
FDA(アメリカ食品医薬品局)は、超音波検査はX線検査と違い、電離放射線を使わないと説明しています。妊娠中の胎児を見る画像検査として、もっとも広く使われているともあります。ただし「絶対に安全」という意味ではなく、記念のための不必要な長時間の使用は勧めていません[4]。
探触子を皮膚に当てる際、ゲルを介して超音波を体内へ送る[4]。音響カップリング材を介す目的は、超音波を通りやすくすることにある[1]。
その理由は音響インピーダンスの差にある。村田製作所の資料では空気が410、水が1.44×10⁶で、比は1.44×10⁶÷410≒3,500倍になる(この倍率は同資料の値から計算した目安)[3]。差が大きいほど境界での反射が強くなり、皮膚と探触子の間に空気層があれば、超音波はほぼ反射される。ゲルは水に近い性質でこの層を作らず、透過を保つ。音を増幅するのではない[3]。
FDAは、超音波検査にはX線と違って電離放射線の被曝がなく、妊娠中の胎児を見る画像検査としてもっとも広く使われていると説明する。一方で、記念目的の不必要な長時間使用は勧めていない[4]。
5. 見えにくい ところは、どこ?
5. 骨と空気の向こうは、なぜ見えにくいのか
5. 骨・ガスによる音響陰影と、周波数と深さのトレードオフ
おとの 絵にも、にがてな ところが あります。骨と 空気です。骨や 空気の むこうは、おとが とどきにくく、絵に ならない ことが あります[2]。
つよく はねかえす ものの うしろには、おとが とどかず、まっ黒な おびが できます。これを「おんきょうかげ」と いいます[2]。
もう 1つは、ふかさです。高い おとほど、こまかい ものを 見わけられます。でも、よわく なりやすく、ふかい ところまで とどきません[1]。
だから、あさい ところは 高い おと、おなかの おくは ひくめの おとと、つかい分けます[1]。
骨とガスが邪魔をする
超音波検査では、骨やガス(空気)を通り抜けた像は得られず、状況によっては見えにくくなります[2]。強く反射するものの背後には音が届かず、真っ黒な帯ができます。これを音響陰影といいます[2]。
ただし、骨が全く見えないわけではありません。表面は見えますが、内部とその背後が見えないのです[1]。
細かさと深さは引き換え
周波数が高いほど、細かいものを見分けられます。その代わり、音は弱まりやすく、深くまで届きません[1]。浅い部分を見る探触子(表在用)で良い画像が得られるのは、数センチ以内といわれます。これは表在用探触子の話で、すべての探触子の限界ではありません[1]。だから、浅いところには高い周波数、腹部のような深いところには低めの周波数を使い分けます[1]。
6. さいしょの きかいは、なにが むずかしかったの?
6. 最初の探傷器では、なぜ像が読めなかったのか
6. 転用の壁 ── 探傷器の限界と、腹水と診断された女性の症例
ドナルドさんが つかった 工場の きかいは、そのままでは、おなかの あさい ところが 見えませんでした。ためすときは、水を いれた いれものを おなかに のせました。ところが、ベッドが ぬれる ことが よく ありました[5]。
そこで、きかいの 会社の ぎじゅつ者、トム・ブラウンさんと ちからを あわせ、皮ふに じかに あてる 道ぐと、画面を そのまま しゃしんに とれる そうちを 作りました[5]。
ある とき、おなかに 水が たまって おもい びょうきだと 思われた 女の人が いました。きかいで 見ると、うつったのは、ずっと おくの かべでした。ドナルドさんが しゅじゅつで 大きな かたまりを とりだすと、その 人は よく なったと いいます[5]。
水をこぼす実験から、皮膚に当てる探触子へ
最初の探傷器は、体の浅い部分(約8センチ以内)を見ることができませんでした。水を張った容器をお腹にのせる方法も試されましたが、ベッドをぬらす事故が多く、像も読めませんでした[5]。
そこでドナルドは、ケルヴィン・ヒューズ社の研究技術者トム・ブラウンと組みました。皮膚に直接当てられる探触子と、画面を直接撮影できる装置を作り、会社は研究費として500ポンドを出したと記録されています[5]。
腹水と思われた女性
1956〜57年ごろ、腹水と診断され、重体だと考えられていた女性の腹を装置で見たところ、腸の空気による乱れたエコーではなく、深い所にある嚢腫の壁が映りました。ドナルドが手術で巨大な良性の嚢腫を取り出し、女性は回復しました[5]。
これは本人の回想です。それでもドナルドは「もう後戻りはできない」と感じたと書いています[5]。
最初の探傷器は、体表に近い約8cm以内の構造を描出できなかった。水を張った容器を腹に載せて試すと、ベッドを濡らす事故が多く、像も読み取れなかった。そこでドナルドは、ケルヴィン・ヒューズ社の研究技術者トム・ブラウンと組み、皮膚に直接当てる探触子と、画面を直接撮影できる装置を作った。同社は研究費500ポンドを出した[5]。
転機として本人が挙げるのは、1956〜57年の一例だ。腹水と診断され、重体と考えられていた女性の腹を観察すると、腸内ガスのエコーの乱れではなく、深部の嚢腫の壁が描出された。ドナルドは手術で巨大な良性の粘液性嚢胞腺腫を摘出し、女性は回復した[5]。ドナルドはこれを命を救った例とし、「もう後戻りはできない」と回想する。この記述は本人の回想で、初めての妊婦の検査ではなく卵巣嚢腫の例である点に注意が必要だ[5]。前章で見たガスの限界を、この例では、腸の空気ではなく深い嚢腫の壁が映る形で避けられたことになる。
7. ありあわせの ぶひんの きかいが、あかちゃんの しんさつに つかわれるまで
7. 寄せ集めの試作機から、産科の診察へ
7. 1958年のLancet論文と、日本での研究の始まり
1958ねんの 6月、ドナルドさん、マクヴィッカーさん、ブラウンさんの 3人が、おなかの かたまりを おとで しらべた けっかを、いがくの ざっし『ランセット』に はっぴょうしました[6]。
大学の 記じに よると、100人いじょうの 人を しらべた ほうこくです。しさくの きかいは、つかわれなく なった 金ぞくの きずを さがす きかいの ぶひん、くみたて おもちゃの ぶひん、びょういんの ベッドテーブルなどで できて いました[6]。
この しごとは、あかちゃんを みる おいしゃさんの 道を ひらいたと、大学の 記じで つたえられて います[6]。
日本でも、1950ねんだいの はじめから、東北大学や、ほかの 会社や 大学などで、けんきゅうが すすめられたと いわれます[7]。
おもちゃの部品と、ベッドテーブル
1958年6月、ドナルド、ジョン・マクヴィッカー、ブラウンの3人は、医学雑誌『ランセット』に「パルス超音波による腹部腫瘤の調査」を発表しました。グラスゴー大学の記事によると、100人以上の患者を調べた報告です[6]。
試作機は、使われなくなった金属探傷器の部品、組み立て玩具メカノの部品、病院のベッドテーブルなどで作られました。ブラウンは、部品を「あちこちかき集めた」と語っています[6]。大学の記事では、この論文が産科への道を開いたと紹介されています[6]。
日本でも、1950年代の初めから
日本でも、1950年代の初めから、東北大学の菊池喜充、日本無線の内田、順天堂大学の田中や和賀井らが研究を進めたと、史的な総説の抄録にあります[7]。診断への応用は、1940年代のドゥシクによる脳の診断にさかのぼるとされます[7]。開始年は資料によって少し違います。
1958年6月、ドナルド、ジョン・マクヴィッカー、ブラウンは、Lancetに「パルス超音波による腹部腫瘤の調査」を発表した。グラスゴー大学の記事によると、100人以上の患者を調べた報告で、試作機は使われなくなった金属探傷器の部品、メカノの部品、病院のベッドテーブルなどで作られた。ブラウンは「部品をあちこちかき集める作業だった」と語る[6]。グラスゴー大学の記事は、この論文が産科への道を開いたとする[6]。
日本でも1950年代の初めから、東北大学の菊池喜充、日本無線の内田、順天堂大学の田中と和賀井らが超音波診断装置の研究を進めたという。診断応用そのものは、1942年のドゥシクの脳診断にさかのぼる[7]。ただしこれは抄録の記述で、日本での研究開始時期は、資料によって異なる。原典は和賀井敏夫『超音波診断法事始』などが手がかりになる。
8. てを たたいて、おとの かえる 時間を きいて みよう
8. 手をたたいて、音が返る時間を耳で確かめる
8. 出口 ── 音の往復を体感する方法と、読みたい資料
車の こない 広い ところで、はなれた 大きな かべに むかって、手を たたいて みましょう。すこし おくれて、おとが かえって きます。
かべから はなれるほど、おくれが 大きく なるか、ためして みましょう。とおい ほど おそく かえる、という ところは、体を しらべる きかいと おなじ かんがえです。
もっと しりたく なったら、大きな としょかんで「ちょうおんぱ」の 本を さがして みましょう。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大学の講義資料、医学書、メーカーの資料、FDA、ドナルド本人の回想、大学の記事、史的総説の抄録を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 新潟大学歯学部 放射線学講義資料「超音波診断」。https://www5.dent.niigata-u.ac.jp/~radiology/edu/basics/basics_US.pdf (超音波の性質、探触子、深さの決め方、明暗、周波数と深さについて)
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「超音波検査」。https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/ (圧電結晶とエコー、骨とガスの限界、リアルタイム表示について)
- 村田製作所「超音波センサの基礎(音の性質)」。https://www.murata.com/ja-jp/products/sensor/ultrasonic/overview/basic/nature (空気と水の音響インピーダンスの値について)
- FDA "Ultrasound Imaging"(英語)。https://www.fda.gov/radiation-emitting-products/medical-imaging/ultrasound-imaging (ゲル、電離放射線を使わないこと、胎児の検査について)
- Donald I. "Apologia: how and why medical sonar developed", Ann R Coll Surg Engl, 1974(英語)。https://www.ob-ultrasound.net/Donald_apologia.pdf (1955年の実験、探傷器の限界、ブラウンとの協力、症例の回想について)
- University of Glasgow "Marking 50 Years of Ultrasound"(英語)。https://www.gla.ac.uk/news/archiveofnews/2008/june/headline_80163_en.html (1958年の論文と試作機について)
- 医学のあゆみ/臨床放射線 抄録(超音波診断の歴史)。https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18888/rp.0000002056 (日本での初期の研究について。抄録)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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