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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

まほうびんは、なぜ おゆが さめにくいの?

魔法びんはなぜ冷めにくいのか ── 液体水素のための容器が、お湯の水筒になった

魔法びんの真空断熱 ── 熱の3経路を順にふさぐ構造と、デュワーの容器が家庭に届くまで

分野:技術

あさ いれた おゆが、ゆうがたに なっても まだ あったかい ことが あります。まほうびんは、おゆを ずっと ほぞんして いるわけでは ありません。それでも、ふつうの コップとは くらべものに ならない ほど、さめにくいのです。

ところが、この ようきは、もともと おゆの ために つくられたのでは ありませんでした。ものすごく つめたい えきたいを、できるだけ ながく たもつ ための、けんきゅうの どうぐでした。どうして さめにくいのか、どうして いえに きたのかが わかります。

朝に入れたお茶が、夕方になってもまだ温かい。魔法びんの中では、熱がほとんど外へ逃げていきません。しかもこの容器は、もともとお湯のためではなく、液体水素のような、ものすごく冷たいものを保つための実験器具でした。

なぜ熱は逃げにくいのか。なぜ研究室の道具が家庭に届いたのか。熱の3つの伝わり方を抑える仕組みと、発明者が特許を取らなかった容器が、ドイツを経て日本の大阪までつながっていく道すじが分かります。

魔法びんは、内側の容器と外側の容器のあいだを真空にした構造で、熱の3つの移動経路を1つずつ弱めて保温する。原型は、1892年に英国王立研究所のデュワーが、液化ガスの蒸発を抑えるために作った実験容器である[5]。

お湯の水筒とは正反対の目的で生まれた容器が、なぜ家庭に広まったのか。真空・銀めっき・首の細さが、それぞれ何を防ぎ、何を防げないのか。そして、特許を取らなかった発明が、ドイツと大阪でどう製品になったのかが分かる。

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1. おゆが さめるのは、ねつが にげるから?

1. 熱が逃げていく道は3つある

1. 保温の基本構造 ── 二重の壁と熱の3経路

おゆが さめるのは、おゆの ねつが、まわりの くうきや ものに うつって いくからです。ねつが にげる みちは、ぜんぶで 3つ あります。

まほうびんは、ないがわと そとがわの 2まいの かべで できて います。その あいだから くうきを ぬいて、ねつの みちを へらす、というのが、いちばんの くふうです[1]。

3つの みちを、ひとつずつ、みて いきましょう。

お湯が冷めるのは、お湯の熱が外へ移っていくからです。熱が移る道は、伝導・対流・放射の3つに分けられます。

魔法びんは、内側と外側の二重の壁の間を真空にして、内側の壁には銀めっきをして、この3つを同時に抑えようとする容器です[1]。ふつうのコップは、この3つの熱の移動を魔法びんほどには防げません。

3つの道を、1つずつ減らしていく順に見てみます。

魔法びんは、内外二層の容器の間を真空にし、内壁を銀めっきして、伝導・放射・対流という熱の3つの移動経路を抑える構造である[1]。ただ、どれかの対策が弱ければ、そこから熱は逃げやすい。

ふつうのコップにお湯を入れたとき、熱は壁を伝わり(伝導)、まわりの空気の動きで運ばれ(対流)、光のようにも飛んでいく(放射)。魔法びんは、この3つに1つずつ対策を当てた製品と見ることができる。

では、真空はどの2つを防ぎ、なぜ3つ目には別の手が要るのか。

2. くうきが なければ、ねつは はこばれない

2. 空気をぬくと、熱の道が2つふさがる

2. 真空が防ぐもの ── 伝導と対流

くうきも、ねつを はこびます。くうきの なかでは、ねつが つたわります。あつい おゆの ちかくの くうきの つぶが うごいて、つぎの つぶに ぶつかり、バケツリレーの ように ねつが とおくへ はこばれます。

まほうびんの かべの あいだは、ほとんど くうきが ありません。バケツを わたす ひとが ほとんど いない ので、ねつが はこばれにくく なります[2]。

ただし ほんとうは、ねつが ぜんぶ ゼロに なる わけでは ありません。まだ、のこって いる みちが あります。

熱を運ぶのは、空気のような気体の分子です。分子が熱いものにぶつかって勢いをもらい、別の分子にぶつかって渡していく。この受け渡しが、気体を通した熱の伝わり方(伝導と対流)です。

魔法びんの二重の壁の間は、高い真空になっています。熱を運ぶ分子がほとんどいないので、内側と外側の間で、気体を通した熱の移動がほとんど起きません[2]。

ただし、熱の移動がゼロになるわけではありません。まだ、真空を通り抜けてくる熱があります。

二重の壁の間は高真空にされており、熱を運ぶ気体分子がほとんど存在しない。そのため、気体を介する熱の移動、つまり気体分子どうしの衝突による伝導と、気体の流れによる対流が抑えられる[2]。

断熱の効果は、熱の移動が「ゼロ」になることではなく、大きく減ることである。真空の層があっても、熱が伝わる経路は他に残る。

その1つが放射で、これは真空でも防げない。次に、放射をどうふさぐかを見る。

3. ひかりの ような ねつは、どう ふせぐの?

3. 光のような熱は、鏡のような銀めっきではね返す

3. 放射と銀めっき ── 光沢面が放射を抑える理由

ストーブの まえに たつと、かおが ぽかぽか します。ストーブと かおの あいだの くうきが あたためられたわけでは ないのに、ねつが とどきます。これが、ひかりの ような ねつの おくられかた、ほうしゃ です。

まほうびんの かべの あいだが からっぽでも、ほうしゃの ねつは とおりぬけます。そこで、かべの おもてを、かがみの ように ぴかぴかの ぎんいろに します。ぴかぴかの ものは、ほうしゃを だしたり うけとったり しにくい せいしつが あります[3]。

ただし ほんとうは、ぎんめっきでも、ほうしゃが ぜんぶ ゼロに なる わけでは ありません。へらして いる のです。

ストーブの前で顔が温まるのは、間の空気が温まったからではありません。熱が光のように、直接届いているからです。これを放射といいます。

放射は、真空を通っても伝わります。ただ、黒っぽいものは熱を効率よく出し入れし、反対に、鏡のような光沢のある金属は放射を抑えることが知られています[3]。

魔法びんが、内側の壁を銀めっきしているのはそのためです。英語の解説でも、向かい合う面を銀めっきすることで、放射による熱の移動を最小にすると説明されています[4]。

放射は、物体が熱を電磁波として出し入れする現象で、間に物質がなくても起きる。黒っぽい面は熱を効率よく出し入れし、光沢のある金属面は放射を抑える[3]。真空にしても、この経路は残るわけである。

そこで、内壁に銀めっきを施す。英語圏の解説でも、真空で伝導と対流を大きく減らし、放射は向かい合う面を銀めっきして最小にする、と整理されている[4]。日本語の百科事典の説明とも、内容が一致する[1]。

これで3経路すべてに手が打たれた。それでも魔法びんの熱は逃げていく。どこから逃げるのか。

4. それでも ねつは、どこから にげるの?

4. 真空のない口のまわりから、熱は逃げる

4. 残る熱損失 ── 首と栓

まほうびんにも、かべが つながって いる ところが あります。それが、くちの まわりです。ここには しんくうが ありません。ねつの おおくは、くちと ふたの ところから にげる と いわれます[4]。

だから まほうびんの くちは、ほそく なって います。にげる みちを、せまく する ためです。

ここまで、まほうびんの しくみを みてきました。では、この ようきを さいしょに つくった ひとは、なにに つかおうと して いたのでしょう。

魔法びんにも、弱点はあります。首の部分、つまり口と栓のあたりには真空の層がありません。それでも熱の多くは、この首と栓のところから逃げるといわれます[4]。

のちの改良で、首を細くして銀めっきをするなど、熱の移動をさらに減らす工夫が加わったと伝えられています[5]。口が細い魔法びんが多いのは、こうした工夫の名残と考えられます。

では、こんなに工夫をこらした容器は、そもそも何のために作られたのでしょうか。

二重壁の間は真空でも、口の部分は内側と外側がつながらざるを得ず、真空の層がない。熱の多くは、この首と栓から逃げるとされる[4]。

のちの改良として、首を細くし、銀めっきを施すことで熱の移動をさらに減らす工夫が加えられた[5]。開口部を狭くすれば、熱の逃げる断面積が小さくなるという理屈に沿う。

ここで、開発者は何を保温しようとしたのかを問い直したくなる。答えは、お湯ではない。

5. まほうびんは、もともと なんの ために?

5. 魔法びんの原型は、液体水素を守る実験容器だった

5. デュワーの真空容器 ── 液化ガスの研究から

1892ねん、イギリスの おうりつけんきゅうじょで、デュワーと いう かがくしゃが、ガラスの ようきを ふたつ かさねて、あいだの くうきを へらした ようきを つくりました[5]。

ねらいは、えきたいに した ガスを たもつ ことでした。えきたいの ガスは、つくるのに おかねが かかります。だから、じょうはつさせずに ながく もたせたいと、かんがえたのです。

1898ねんには、デュワーは えきたいの すいそを はじめて つくりました[5]。その けんきゅうに つかわれた ぎんいろの ようきは、いまも かがくはくぶつかんに あります[6]。

この ようきが、どうして うちの いえに くる ことに なったので しょうか。

魔法びんの原型は、1892年、英国王立研究所のデュワーが作った実験容器です。ガラスの容器を入れ子にして、間を部分的に真空にしたものでした[5]。

狙いは、液化ガスを長く保つことでした。液化ガスは作るのに費用がかかるので、蒸発を防ぐ必要があったのです。デュワーは1898年、この研究のなかで液体水素を初めて作りました[5]。

デュワーの液体水素用の実験容器は、首に小さな窓のある銀めっきの容器で、英国の科学博物館グループに収蔵されています[6]。

それにしても、この発明はなぜ研究室の外へ出られたのでしょうか。

1892年、デュワーは英国王立研究所で、ガラス容器を入れ子にして間を部分的に真空にした容器を作った[5]。目的は、液化ガスの蒸発を抑えることにあった。液化ガスは製造に費用がかかり、長く保つ価値が高かったためである。

デュワーは1898年に液体水素を初めて作った[5]。液体水素のように極端に低温のものを保つには、外からの熱の侵入を減らす断熱が要る。お湯を保つ水筒とは、熱の流れる向きが逆なだけで、原理は同じである。

デュワーの液体水素用の実験容器(首に窓のある銀めっきの容器)は、英国の科学博物館グループの所蔵品として公開されている[6]。

研究室の専用器具が、どういう経緯で市販品になったのか。

6. どうして いえの どうぐに なったの?

6. 特許を取らなかったデュワーと、商品にしたドイツの職人

6. 特許の不在と商品化 ── 1904年のブルガー

デュワーは、この ようきの とっきょを とりませんでした。そのあと 1904ねんに、ドイツの かいしゃが この ようきを しょうひんに しました[4]。

1904ねん、ドイツの ガラスの しょくにん、ラインホルト・ブルガーが、ふたえの ガラスの ようきを きんぞくの ケースに いれて、せかいで はじめての「ガラスの まほうびん」を しょうひんに しました[2]。

「テルモス」と いう なまえも、この ころ しょうひょうと して とうろくされました。デュワーは、さいばんを おこしましたが、まけたと いわれます[4]。

デュワーは、この容器の特許を取りませんでした。理由はいくつか語られていますが、ノーベルとの特許をめぐる争いのあとだった、ともされます。その後、この容器は商品として作られるようになりました[4]。

1904年、ドイツのガラス職人ラインホルト・ブルガーが、二重のガラス容器を金属のケースに入れた、世界初のガラス製の魔法びんを製品にしました[2]。この魔法びんが「Thermos」の名で売り出されました。

「Thermos」という名前は商標登録されました。デュワーは、商品化されたあとに裁判を起こしたものの、負けたと伝えられています[4]。

この魔法びんは、明治の終わりごろに日本へ入ってきます。

デュワーは、この容器の特許を取らなかった。理由は資料によって扱いが違うが、ノーベルとのコルダイト特許をめぐる争いのあとだった、とされる。のちに商品として作られるようになった[4]。

1904年にはドイツのガラス職人ラインホルト・ブルガーが、二重のガラス容器を金属ケースに収めた世界初のガラス製魔法びんを製品化した[2]。「Thermos」の名は商標登録された。

デュワーは商品化を知って裁判を起こしたが、敗れたと伝えられる[4]。

この製品は明治の終わりごろ日本に入ってくる。その日本では、なぜ大阪が魔法びんの産地になったのか。

7. にほんでは、どこで つくられたの?

7. 日本の魔法びんは、大阪の電球の技術とつながっていた

7. 日本への導入と大阪 ── 電球の真空技術

にほんに まほうびんが はいって きたのは、めいじの おわりごろ だと いわれます。ドイツから ゆにゅう されたそうです[7]。

こくさんの だいいちごうは、1912ねん。おおさかの てんまは、ガラスの しごとの ちゅうしんでした。でんきゅうを つくる しんくうの ぎじゅつが、まほうびんの なかびんを つくる ぎじゅつに つうじた ので、おおさかで さかんに なりました[7]。

ぞうじるしの マホービンも、1918ねんに、なかびんを つくる「いちかわきょうだいしょうかい」と して、おおさかで はじまりました[7]。

日本に魔法びんが入ってきたのは、明治の終わりごろ、ドイツからと説明されます。輸入の年については、資料によって1907年・1908年・1911年とずれがあります[7]。

国産の第1号は1912年です。大阪の天満はガラス工業の中心で、電球づくりの真空の技術が、ガラス製魔法びんの中びんづくりに通じました。そのため、魔法びんづくりが大阪で盛んになったといわれます[7]。

象印マホービンは、1918年に、中びんを作る会社「市川兄弟商会」として大阪で始まりました[7]。電球の職人の技術が、お湯を保つ道具に生きたことになります。

日本への輸入時期は、大阪観光局の資料では1908年にドイツからとされ、他の資料は1907年、1911年とする。年は食い違うが、明治の終わりごろに入ってきたと見てよい[7]。

国産第1号は1912年である。大阪の天満は当時ガラス工業の中心で、電球製造の真空技術が、ガラス製魔法びんの真空の中びんづくりと通じるところが多かった。そのため、魔法びんの製造が大阪で盛んになったと説明される[7]。

象印マホービンも、1918年に中びん製造の「市川兄弟商会」として大阪で創業した[7]。電球づくりで使われた技術が、魔法びんの製造にも生かされた例である。

ただ、ガラス製の魔法びんには、割れやすいという弱点があった。

8. われない まほうびんは、どう できたの?

8. 割れるガラスからステンレスへ ── 性能を試す方法もある

8. ステンレス製の登場と保温性能の試験

ガラスの まほうびんは、おとすと われて しまいます。そこで 1978ねん、サーモスの まえの がいしゃ(にほんさんそ)が、ステンレスで できた こうしんくうの まほうびんを つくりました[2]。「せかいで はじめて」と、この がいしゃは いって います。

いまの まほうびんは、ちゃんと あったかいか どうかを しらべる きまりも あります。ふっとうした おゆを いれて、95どに なったら ふたを しめます。へやの おんど 20ど ぐらいで 6じかん おいて、せいひんに かかれた おんど いじょうを たもてるか、みるのです[8]。

この しくみは、うちゅうでも つかわれます。えきたいさんそや えきたいすいそを いれる タンクにも、しんくうの だんねつが つかわれ、ジャクサが ぞうじるしや タイガーに つくって もらった ことも あるそうです[3]。

ガラス製の魔法びんは、落とすと割れやすいという弱点がありました。1978年に、サーモスの前身の会社(日本酸素)が、高真空のステンレス製魔法びんを開発しています[2]。「世界初」というのは、この会社の説明です。

保温の性能は、消費者庁の品質表示のガイドにある試験で確かめられます。沸騰した湯を入れて95℃(±1℃)になったら栓をし、室温20℃(±2℃)で6時間置いて、製品に表示された温度以上を保てるかを見ます[8]。表示の温度は、製品ごとに違います。

真空断熱は、宇宙にも使われます。液体酸素や液体水素のタンクにも真空断熱が使われ、JAXAが象印やタイガーに製造を依頼したこともあるそうです[3]。液体水素を守るために生まれた容器の考え方が、ロケットの燃料タンクへ戻っていったわけです。

ガラス製は割れやすい。この弱点に対して、1978年にサーモスの前身の日本酸素が、高真空のステンレス製魔法びんを開発した[2]。「世界初」は同社の説明であり、ここでは「〜とされる」の範囲にとどめる。

保温性能の試験は、消費者庁の家庭用品品質表示ガイドに定められている。沸騰水を入れて95℃±1℃になったら栓をし、室温20℃±2℃で6時間放置したあと、表示温度以上を保つかを確かめる[8]。表示温度は製品ごとに異なるため、数値を一律には言えない。

用途は宇宙にも広がった。液体酸素・液体水素のタンクに真空断熱が使われ、JAXAが象印やタイガーに製造を依頼した例がある[3]。液体水素を保つ容器として生まれた真空断熱が、家庭を経て、再び液体水素を保つ用途に戻ったことになる。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

おうちの ステンレスの すいとうが あれば、おうちの ひとと いっしょに、ぬるめの おゆを いれて、ふたの まわりと からだの ほうを さわって くらべて みましょう。さわる ところで、あたたかさが ちがうか、みて みます。あつい おゆは つかわないで ください。

出かけてできること

おみせで、まほうびんや すいとうの ラベルを さがして みましょう。ほおんの じかんや おんどが かいて あるか みて みます。

こうしきの 情報じょうほう

かがくはくぶつかんの ホームページや、まほうびんの ほんに、まほうびんの はなしが のって います。

今日できること

ステンレスの水筒があれば、大人と一緒に、ぬるめのお湯を入れて、外側の胴と、口や栓のまわりを触り比べてみてください。場所によって温かさが違うか、観察します。熱いお湯は使わないでください。

出かけてできること

お店で、魔法びんや水筒の表示を探してみてください。保温の時間や温度が書かれているか、製品ごとに違うかを見比べると、上の試験のことを思い出せます。

公式情報

消費者庁の家庭用品品質表示のページや、科学博物館の資料に、魔法びんの性能の考え方や歴史が載っています。

今日できること

ステンレス製の水筒に、ぬるめのお湯を入れ、胴の外側と口・栓の周辺の温度を、少し待ってから触って比べる。胴と口・栓の周辺の温度の違いを観察できる。ただし温度の違いだけでは、熱が逃げた量までは比べられない。やけどに注意し、熱湯は使わない。

出かけてできること

店頭で複数の水筒の保温表示(時間・温度)を見比べ、製品ごとの違いや、表示の条件を確認する。

公式情報

英国王立研究所(Royal Institution)や英国の科学博物館グループには、デュワーの容器についての解説や所蔵品の記録がある。消費者庁の品質表示ガイドと合わせて読むと、発明と性能試験の両方が分かる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

魔法びんの構造は百科事典とメーカー担当者の説明、歴史は英国王立研究所と英語版の解説、日本の歴史は大阪観光局の解説を使った。輸入の年などは資料によってずれがあるため、本文では幅を持たせて書いた。

  1. 魔法瓶(コトバンク) https://kotobank.jp/word/魔法瓶 (基本構造)
  2. BE-PAL サーモス紹介 https://www.bepal.net/?p=651962 (真空の役目・ブルガー・ステンレス製)
  3. マイナビニュース どこでもサイエンス143 https://news.mynavi.jp/article/dokodemo_science-143 (放射・銀めっき・宇宙用途)
  4. Vacuum flask(Wikipedia英語版) https://en.wikipedia.org/wiki/Vacuum_flask (3経路・首から逃げる熱・特許)
  5. James Dewar's vacuum flask(Royal Institution) https://rigb.org/node/3131 (デュワーの容器)
  6. Collection flask for liquid hydrogen(Science Museum Group) https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co2780/collection-flask-for-liquid-hydrogen (所蔵品)
  7. 大阪観光局 象印特集 https://osaka-info.jp/special/zojirushi/ (日本への導入・大阪)
  8. 家庭用品品質表示ガイド 魔法瓶(消費者庁) https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/household_goods/guide/zakka/zakka_01.html (保温性能の試験)

なおした ところ

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