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ここに書いてあることは、誰かが実際に手を動かして調べ、考え、作り上げてきたものを拾い集めています。専門の本や論文、作品、そしてそれを生み出した人たち。気になったことがあれば、ぜひそのおおもとに直接ふれてみてください。このメモには書ききれない熱を、感じてもらえると思います。

ビニールの かさは、はじめから すてる かさ だったの?

ビニール傘はどこから来たのか ── 修理して使う高い傘が、使い捨てと呼ばれるまで

ビニール傘の来た道 ── 1958年の乳白色の一本から、「使い捨ての傘」と呼ばれるまで

分野:歴史・文化

あめの ひの えきの かさたてには、ビニールの かさが たくさん ささって いる。もちぬしが わからなく なる ことも ある みたい だ。

ところが、いちばん さいしょの ビニールの かさは、ぎゃくだった らしい。ねだんが 高くて、こわれたら なおして つかって いた。この メモでは、その かさが どうやって いまの すがたに なったのかを しらべた。

雨の日の駅の傘立てには、ビニール傘がたくさん刺さっている。持ち主が分からなくなることもある。

ところが、いちばん最初のビニール傘は、逆だったらしい。値段は高く、壊れたら修理して使うものだった。このメモでは、その傘がどうやっていまの姿になったのかを、会社の年表やインタビュー、統計、自治体の案内から調べた。

ビニール傘は、いつから「すぐ手放す傘」になったのだろう。最初のビニール傘は、逆だったらしい。ホワイトローズという傘の会社の代表は、発売のころのビニール傘は布の傘と同じ2500円で、大学卒の初任給が8000〜9000円の時代だったから、「修理して使用することが一般的でした」と話している[2]。しかも乳白色で、傘屋には置いてもらえなかった[1][2]。

このメモは、その1本から、東京オリンピック、ビニールの材料の入れかわり、輸入の数字、落とし物とごみの出し方までを、会社の年表やインタビュー、統計、自治体の案内で読み比べた。

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1. いちばん さいしょの ビニールの かさは、どんな かさ?

1. 最初のビニール傘は、乳白色で、店に置いてもらえなかった

1. 1958年、乳白色のビニール傘 ── 布の傘の店が置かなかった一本

ビニールの かさを さいしょに つくったのは、ホワイトローズと いう かさの かいしゃ だと いわれる[3]。1958ねんの こと だ。

そのころの かさは、めんの ぬので できた ものが 多かった。あめに ぬれると、いろが ぬけて ふくを よごす こまりごとが あった[1]。

そこで かいしゃは、ビニールを つかった。ビニールの まくを ほねに はって、水が しみない かさを つくった[2]。

でも、さいしょの ビニールの かさは、いまのように すきとおって いなかった。にゅうはくしょく、つまり ぎゅうにゅうのような しろっぽい いろ だった[1]。

そして、ぜんぜん うれなかった。かさの みせは ぬのの かさしか うらない、と いう ふんいきに なって いたから だ[2]。

ねだんも 高かった。かいしゃの 人の はなしでは、ぬのの かさと おなじ 2500円。大学を 出て はたらき はじめた 人の、さいしょの きゅうりょうの 3わりくらい だ[2]。

だから、こわれたら すてずに、なおして つかって いた[2]。

すてる かさ、では なかった。それが、この メモの はじまりの なぞ だ。

ビニール傘を最初に作ったのは、ホワイトローズという傘の会社だとされている。ミツカン水の文化センターの年表は、1958年に「世界初のビニール傘」を開発したと書く[3]。

会社は江戸時代の1721年に創業した店を前身とする[2]。戦後の昭和20年代、傘は綿の布のものが多く、色落ちして服を汚すという苦情が絶えなかった[1]。そこで、傘にかぶせるビニールのカバーを作った。進駐軍が持ちこんだビニールの素材がきっかけだと、会社は説明している[1]。

次の発想が、カバーそのものを傘にすることだった。ビニールが水を通さないことはもう分かっていたので、ビニールの膜を傘の骨に直接張れば、布のように水がしみない傘になる。この計画に5年かけて、1958年に完成した[2]。

ただし、最初の1本は乳白色で、いまのような透明ではなかった[1]。

そして売れなかった。「傘は布でできているのが当たり前」とされ、傘の店には布の傘しか売らないという暗黙のルールのようなものができ、百貨店の傘売り場にも置かれなくなった、と現在の代表は話している[2]。

値段は、布の傘と同じ2500円。当時の大学卒の初任給が8000〜9000円だったので、初任給の3割ほどだ。傘はまだすべて手作りで、人件費が値段に響いたため、壊れたら修理して使うのがふつうだった、と代表は話す[2]。(この数字は、代表がインタビューで話したものだ。)

「使い捨て」の傘の話は、最初は、高くて売れない傘の話から始まる。

ホワイトローズは、1721年(享保6年)に江戸で創業した「武田長五郎商店」を前身とする傘の会社だ[2]。会社の年表によると、戦後の昭和20年代、傘は綿の布が主流で、色落ちして服を汚すという苦情がたえなかった。そこで、傘にかぶせるビニールのカバーを作った。進駐軍が持ちこんだビニールの素材に目をつけたのがきっかけだ、という[1]。

次に考えたのが、カバーそのものを傘にすることだった。ビニールが水を通さないことはすでに分かっていたので、ビニールを傘の骨に直接貼れば、完全な防水の傘ができる。この計画に5年をかけ、1958年に完成した[2]。ミツカン水の文化センターの年表も、1958年に同社が「世界初のビニール傘」を開発したと書く[3]。

ただし、最初の1本は乳白色のビニール傘で、透明ではなかった[1]。

そして、売れなかった。同社の現在の代表は、「傘は布でできているのが当たり前」とされていたこと、傘の店では布の傘しか売らないという暗黙のルールができ、百貨店の傘売り場にもビニール傘が置かれなくなったことを理由に挙げる[2]。会社は、洋服店など人通りの多い店に頼んで置いてもらい[2]、上野から銀座の周辺へと、店に預けて売ってもらう方法を進めた[1]。

値段のこと

代表によると、当時のビニール傘の値段は、布の傘と同じ2500円で、大学卒の初任給は8000〜9000円だった。この数字で計算すると、2500円は初任給のおよそ3割にあたる。傘はまだすべて手作りで、人件費が値段に反映される商品だったので、壊れたら修理して使うのが一般的だった、という[2]。これらは代表がインタビューで話した数字で、当時の値札などで確かめたものではない。

「使い捨て」と呼ばれる傘の来た道は、高くて、店に置いてもらえない傘から始まっている。

2. オリンピックの とき、なにが おきたの?

2. 1964年、オリンピックで来たバイヤーが見つけた

2. 1964年の東京オリンピック ── ニューヨークで先に見つかった傘

ビニールの かさを たすけたのは、1964ねんの とうきょうオリンピックだった。

アメリカから きた、かさを うる かいしゃの 人が、この かさを 見つけた。そして、「ニューヨークで うりたい」と いった[1]。

にほんから アメリカへは、1本 1ドルくらいで おくって いた。アメリカでは 5ドルで うられて いたようだ、と かいしゃの 人は はなす[2]。

にほんでは おいて もらえなかった かさが、うみの むこうで さきに みつかった。

そのあと、にほんでも ようすが かわる。テレビで「ぎんざでは、中が すける かさが はやって いる」と しょうかい された。すきとおった ビニールの かさが、ぜんこくに しられて いった[1]。

ちなみに、この はなしは かいしゃの せつめいが 中心で、としの かきかたが、しりょうに よって すこし ちがう。この メモでは、いくつかの しりょうが おなじ ほうを むいて いる ところを、じくに した。

転機は、1964年の東京オリンピックだった。アメリカの大きな洋傘の販売会社のバイヤーが、観光客として日本に来て、ビニールを張った傘を見つけた。バイヤーは「ニューヨークでビニール傘を売りたい」と言った、と会社の年表は書く[1]。

代表は、日本からは1ドルほどで輸出していたが、アメリカでは5ドルで売られていたようだ、と話している[2]。国内では置いてもらえなかった傘が、海の向こうで先に見つかったことになる。

日本の様子もこのあと変わる。会社の年表によると、昭和40年代に、テレビのモーニングショーが「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と紹介し、透明なビニール傘が全国に知られていった[1]。

ただし、ここまでの話は、会社の年表と代表へのインタビューが中心だ。年の書き方は資料でずれる。最初のビニールカバーの年は、傘全集が1953年の発売とする[10]のに対し、和樂webの記事では、代表が、父がシベリアから帰った1949年ごろの苦しい時期に作った、と語っている[4]。会社の年表には、カバーの年は書かれていない[1]。このメモでは、複数の資料が同じ向きの「1958年に完成、1964年に転機」を軸にした。

転機は1964年の東京オリンピックだった。会社の年表によると、アメリカ合衆国から観光客として来日した大手洋傘流通のバイヤーが、日本で初めて、ビニールフィルムを張った傘を見つけた。バイヤーは「ニューヨークでビニール傘を売りたい!」と言ったという[1]。取引はアメリカの傘の会社との間で始まり[2]、和樂webの記事も、これをきっかけにニューヨークへ輸出されるようになったと書く[4]。

代表は、日本からは1ドルほどで輸出していたが、アメリカでは5ドルで売られていたようだ、と話している[2]。国内では置いてもらえなかった傘が、海の向こうで先に見つかった形になる。

日本の流れも、このあと変わる。会社の年表は、昭和40年代(1965〜1974年)に、テレビのモーニングショーが「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と紹介したことで、透明なビニール傘が全国に知られていった、と書く[1]。

ここまでの話は、会社の年表と、代表へのインタビュー(東京ウォーカー2023年、和樂web 2019年)が中心で、年の書き方は資料でずれる。たとえば最初のビニールカバーは、傘全集が1953年の発売とする[10]のに対し、和樂webの記事では代表が、父がシベリアから帰国した昭和24年(1949年)のあとの苦しい時期に作ったと語っている[4]。会社の年表には、カバーの年は書かれていない[1]。1958年に完成、1964年に転機、という流れは、複数の資料で同じ向きだった。

3. ビニールって、なにで できて いるの?

3. 「ビニール」の中身は、入れかわってきた

3. 「ビニール」という呼び名と、中身の材料 ── 塩化ビニルからポリオレフィン系へ

ビニールの かさの「ビニール」は、ざいりょうの なまえ そのもの というより、よびな のような ものだ。

むかしの ビニールの かさは、えんかビニールと いう ざいりょうが 多かった、と かさの ことを しらべて いる 人たちは せつめいする[5][6]。

いまは、もやしても からだに わるい ものが 出にくい ざいりょうに かわった、と いわれる。ポリオレフィンの なかまなどが つかわれて いる[5][6]。

ただし ぜんぶの かさが そうと いう わけでは ない。ざいりょうは かさに よって ちがう かも しれない。

そして、すきとおった ざいりょうにも、こまる ところが ある。きずが つきやすく、しろく にごりやすい ものが ある[6]。

なまえは おなじ まま、なかみが いれかわって きた。

「ビニール傘」の「ビニール」は、材料の名前というより、呼び名に近い。

かつてのビニール傘の生地は、ポリ塩化ビニル(PVC)が多かった。環境問題に取り組むNPOの荒川クリーンエイド・フォーラムと、傘の情報サイト「傘全集」が、そう説明している[5][6]。

いまは、燃やしてもダイオキシンなどの有害物質が出ない素材へ移ったと説明され、POE、APO、EVAといった略称で呼ばれる、ポリオレフィンの仲間などの素材が使われている[5][6]。

透明な素材ゆえの弱点も、傘全集は書く。ポリエチレンは、傷つきやすく、白く濁りやすい[6]。ただし、すべての傘がこうとは限らず、傘によって材料は違う。

最初の乳白色の1本と、いまのビニール傘は、名前が同じでも、中身は同じとは限らない。

「ビニール傘」の「ビニール」は、特定の材料の名前というより、呼び名に近い。

環境NPOの荒川クリーンエイド・フォーラムは、従来のビニール傘はポリ塩化ビニル(PVC)で作られていたが、燃やしてもダイオキシンなどの有害物質を発生しない素材へ移り、現在はPOE、APO、EVAの3種が使われている、と説明する[5]。傘の情報サイト「傘全集」(運営はacase Inc.)も、ビニール傘の生地はかつてPVCだったが、ダイオキシン問題の影響で使われなくなり、代わりにポリエチレンなどが使われるようになった、と書く[6]。ただし、いつ、どれだけの割合で移ったかは、どちらの資料にも書かれておらず、いまの傘のすべてがこの材料とは限らない。

透明であることの引きかえもある。傘全集によると、ポリエチレンは透明な素材だが、傷つきやすく、白く濁りやすい[6]。

最初の乳白色の1本と、いまのビニール傘は、名前が同じでも、生地の材料は同じとは限らない。

4. かさは、いつから やすく なったの?

4. 高かった傘は、どうして手ごろになったのか

4. 2500円の傘から、輸入の安い傘へ ── 何本、いくらで、どこから

ホワイトローズの 人が 2023ねんに はなした ところでは、にほんで ビニールの かさを つくる かいしゃは、むかし 50しゃ くらい あった。その とき、のこって いる のは ホワイトローズの 1しゃ だけ だと いう[2]。

かさは、いまは、ほかの くにから たくさん はいって くる。2025ねんに はいって きた かさは、おりたたみの かさも ふくめて、8812まんぼん。はらった おかねの 8わりは、ちゅうごくの かさの ぶん だ[7]。

あるサイトは、コンビニなどで 500円から 1000円くらいで かえる、と かいて いる[10]。むかしの 2500円と くらべると、ずいぶん ちがう。

ためしに、こんな はなしを して みよう。もし えんぴつが 1ぽん 500円 なら、みじかく なるまで つかう。1ぽん 50円 なら、おとして も さがさない かも しれない。ねだんが かわると、ものの あつかい方も かわる ことが ある。

ただし ほんとうは、ねだん だけで きまる わけでは ない。

それでは、ビニールの かさは、1ねんに なんぼん つかわれて いるの? これは、じつは はっきり しない。「8000まんぼん」と いう かずが よく つかわれる けれど、ふるい かずが そのまま のこって いる のかも しれない、と いう しゅちょうも ある[9]。

2023年の代表のインタビューでは、日本でビニール傘を作るメーカーは、かつて50社ほどあったが、そのときはホワイトローズ1社だけだという[2]。

一方、傘の輸入は多い。傘の会社が財務省の貿易統計を集計した資料によると、2025年に輸入された傘は、折りたたみ傘なども含めて8,812万本。金額では、約8割が中国からだ[7]。

平均の輸入単価は、2025年で1本あたり498.9円。同じ資料は、2010年の約2.8倍、2020年の約1.7倍だとしている[7]。2.8で割ると、2010年ごろは180円ほどで輸入されていたことになる。ただし、これは輸入するときの値段で、店の値札ではない。円の価値の変化なども入っている。

店に並ぶ値段について、傘の情報サイト「傘全集」は、一般的なビニール傘は500〜1000円ほどで買えると書き、その安さから「戻ってこなくてもいい」という気持ちが生まれ、「使い捨て」の習慣につながった、と説明する[10]。ただし、これは説明の一つで、気持ちの変化を測った調査ではない。

では、ビニール傘は1年に何本使われているのか。これは、はっきりしない。よく引かれる「年間8,000万本」は、日本の傘全体の1.2億〜1.3億本のうち、ビニール傘が約8,000万本という数字だ。アイカサのページは、年間の総数の出典を日本洋傘振興協会、ビニール傘の約8,000万本の出典をサレジオ工業高等専門学校の研究室として示している[8]。傘の会社のアンベルは、この数字は2006年ごろのピークのデータが更新されないまま残っている可能性がある、と指摘する。ビニール傘だけを数えた統計は見つからず、貿易統計から試算した例では、約3,100万〜3,900万本になるという[9]。どちらも推計だ。

2023年の代表のインタビューによると、国内でビニール傘を作るメーカーは、かつて50社ほどあったが、そのときは同社1社になっていた[2]。

傘の輸入は多い。傘の会社アンベルが財務省の貿易統計を集計して公開している資料によると、2025年に輸入された傘は、折りたたみ傘なども含めて8,812万本、輸入額は439億5,643万円で、金額の約80%が中国、約18%がカンボジアからだ[7]。

平均の輸入単価は、2025年で1本あたり498.9円。同じ資料は、2010年の約2.8倍、2020年の約1.7倍だとしている[7]。2.8で割ると、2010年ごろは1本180円ほどで輸入されていた計算になる。ただし、これは税関が記録する輸入時の値段で、店の値札ではない。円の価値の変化も含まれる。傘が安くなり続けたわけではなく、この資料の数字では、近年は上がっている。

店頭の値段について、傘の情報サイト「傘全集」は、一般的なビニール傘は500〜1000円ほどで買えると書く。そして、透明で前が見えること、安いこと、雨の多い気候、その場限りの使い方をうながす便利さのほかに、その安さから「戻ってこなくてもいい」という気持ちが生まれたことを、「使い捨て」文化の理由として挙げている[10]。ただし、これは説明の一つで、気持ちの変化を測った調査ではない。

何本使われているのか

ビニール傘が1年に何本使われているのかは、はっきりしない。よく引かれるのは、日本の傘の年間消費が1.2億〜1.3億本、そのうちビニール傘が約8,000万本、という数字だ。アイカサのページは、年間の総数の出典を日本洋傘振興協会、ビニール傘の約8,000万本の出典をサレジオ工業高等専門学校の研究室として示している[8]。

これに対して、アンベルは、この数字が2006年ごろのピークのデータが更新されないまま定着した可能性を指摘する。ビニール傘だけを数えた統計はないため、貿易統計から長傘のうちビニール傘の割合を試算し、およそ3,100万〜3,900万本という値を出している[9]。どちらも推計で、確かな本数は分からない。

5. わすれられた かさ、すてられた かさは、どこへ いくの?

5. 忘れられた傘と、捨てられた傘は、どこへ行くのか

5. 落とし物とごみ ── 警視庁の統計と、自治体の出し方

とうきょうの けいさつ(けいしちょう)には、わすれものが あつまって くる。

2025ねん(れいわ7ねん)に けいしちょうが あずかった ひろいものの うち、「かさるい」は 33まん 1882てん だった。おもな ものを 10に わけた 中で、6ばんめに 多い[11]。ビニールの かさだけの かず では ない。

こわれて つかえなく なった かさを ごみに だす ときは、まちに よって、ルールが ちがう。

よこはまし では、ほねと ぬの(ビニール)を わけて だす よう あんない して いる[12]。なごやし には、かさを ふくろに いれる ときの あんないが ある[13]。

かさは、ほね(きんぞく)、え(プラスチック)、ぬの(ビニール)が いっしょに なって いる。わけるのに てまが かかる[5]。

すてる 人が わるい、と いう はなしでは ない。かさは やすく、わすれやすく、わけて すてるのに てまも かかる。そう いう ことが かさなって いるのかも しれない。

警視庁の「遺失物・拾得物取扱状況(令和7年中)」によると、2025年に警視庁が扱った拾得物のうち、かさ類は33万1,882点で、「主な物品」の10区分のなかで6番目に多かった[11]。ビニール傘に限った数字ではなく、東京で警視庁が扱った分だけだ。

壊れた傘をごみに出すときは、材料が混ざっていることが手間になる。荒川クリーンエイド・フォーラムは、傘を「傘布:ポリオレフィン等、柄:金属とプラスチック、骨組み:金属」でできたものとし、分解に手間とコストがかかると説明する[5]。

出し方は自治体で変わる。横浜市は、骨組みと布の部分を分けて出すよう案内している。骨組みが金属なら「小さな金属類」、金属以外や布は「燃やすごみ」だ[12]。名古屋市の不燃ごみの案内には、傘がごみ袋からはみ出すときの出し方が書かれている[13]。

捨てる人が悪い、という話ではない。傘は安く買えて、忘れやすく、分けて捨てるのにも手間がかかる。そうしたことが重なっているのかもしれない。

警視庁の「遺失物・拾得物取扱状況(令和7年中)」では、「主な物品」の10区分(拾得届の点数順)のうち、かさ類は33万1,882点で6番目に多かった[11]。ビニール傘に限らず、警視庁が扱った分の数字だ。

使えなくなった傘をごみに出すときは、材料が混ざっていることが手間になる。荒川クリーンエイド・フォーラムは、傘を「傘布:ポリオレフィン等、柄:金属とプラスチック、骨組み:金属」でできたものとし、分解に手間とコストがかかると説明する[5]。

出し方も自治体で変わる。横浜市は、骨組みと布の部分を分けて出すよう案内している。骨組みが金属なら「小さな金属類」、金属以外は「燃やすごみ」、布の部分は「燃やすごみ」だ[12]。名古屋市の不燃ごみの案内には、傘がごみ袋からはみ出すときの出し方が書かれている[13]。

捨てる人が悪い、という話ではない。傘は安く買えて、忘れやすく、分けて捨てるにも手間がかかる。この3つが、値段と作りによって重なっているのかもしれない。

6. なおして つかう かさも あるの?

6. 直して使える傘の作り方

6. 「使い捨て」ではない設計 ── 修理できるビニール傘と、貸し借りする傘

ホワイトローズは、じぶんの ビニールの かさは 「ぜんぶ なおして つかえる」ように つくって いる、と せつめい する[14]。

かさを かして くれる サービス「アイカサ」では、ほねが おれても、1本だけ とりかえられる かさを つかって いる[8]。

かさの ぎょうかいの だんたいも、かさを なおしたい ときは、かった おみせに そうだん して ください、と あんない して いる[15]。

むかしは、2500円の かさを なおして つかった。いまは、500円くらいの かさを てばなす ことも ある。かさが かわったのか、ねだんと うりかたが かわったのか。この メモは、どちらか 一つに きめない。

ホワイトローズは、自社のビニール傘は「すべて直して使えるように」作っていると説明し、修理して長く使ってもらうことを、使い捨てを減らす道と考えている[14]。

傘を貸し借りするサービス「アイカサ」は、骨が折れたときに1本だけ取りかえられる傘を使っている[8]。

傘の業界団体の日本洋傘振興協議会は、傘を直したいときは、買った店に相談するよう案内している。JUPAマークのある製品なら、製造メーカーが分かることもある。ただし、故障の内容によっては、直せないこともある[15]。

2500円の傘を修理して使った時代と、500円前後の傘を手放すこともある今。傘そのものが変わったのか、値段と売り方が変わったのか。このメモは、どちらか一方には決めない。ただ、最初のビニール傘は、「使い捨て」として作られたものではなかったという会社側の説明があることは、覚えておいていい。

ホワイトローズは、自社のビニール傘を「すべて直して使えるように」作っていると説明している。壊れにくく、修理して長く使ってもらうことを、使い捨てを減らす道と考えている[14]。傘を貸し借りするサービス「アイカサ」は、骨が折れたときに1本だけ取りかえられる仕様の傘を使っている[8]。

傘の業界団体の日本洋傘振興協議会(JUPA)は、傘を直したいときは、買った店に相談するよう案内している。JUPAマークのある製品なら、製造メーカーが分かる場合もある。ただし、古い製品では特定できないことがあり、故障の内容によっては直せない場合もある[15]。

2500円の傘を修理して使った時代と、500円前後の傘を手放すこともある今。傘そのものが変わったのか、値段と売り方が変わったのか。このメモは、どちらか一方には決めない。ただ、最初のビニール傘は「使い捨て」として作られたものではなかったという会社側の説明があることは、覚えておいていい。

7. じぶんの まちの かさの すて方を しらべて みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

おうちの 人と いっしょに、じぶんの まちの ホームページで「かさ」の だし方を さがして みよう。よこはまし や なごやし と おなじ かな、ちがう かな。

もう ひとつ。こわれた かさが あったら、すてる まえに、かった おみせに、なおせるか きいて みよう。

安全のために

かさの ほねの さきや ばねで、ゆびを はさんだり、けがを したり する ことが ある。こわれた かさを じぶんで ばらばらに しない。ひらいたり とじたり するのは、ひとの いない ひろい ところで する。

もし よめる なら、ウォーカープラスの インタビューを おうちの 人と よんで みよう。2500円の はなしが 出て くる。

まず、自分の町のルールを調べられる。市区町村のホームページで「傘」の出し方を探し、横浜市(骨と布を分ける)や名古屋市(不燃ごみの案内に傘が出てくる)と同じか、違うかを見てみる。

壊れた傘があるなら、捨てる前に、買った店に修理できるか聞いてみる。

安全のために

傘の骨の先やばねで、指をはさんだり、けがをしたりすることがある。壊れた傘を自分で分解しない。開いたり閉じたりするのは、人のいない広い場所で行う。

読んでみるなら、東京ウォーカーのホワイトローズのインタビュー[2]。2500円と初任給の話が出てくる。会社の年表[1]と読み比べると、年の書き方が少し違うところが見つかる。

同じ傘でも、値段が変わると、扱い方も変わるのか。傘以外の身近なもの(ハンカチ、鉛筆、ペットボトル)でも言えるのか。

まず、自分の町のルールを調べられる。市区町村のホームページで「傘」の出し方を探し、横浜市(骨と布を分ける)[12]や名古屋市(不燃ごみの案内に傘が出てくる)[13]と同じか、違うかを見比べる。壊れた傘があるなら、捨てる前に、買った店に修理できるか聞いてみる[15]。

安全のために

傘の骨の先やばねで、指をはさんだり、けがをしたりすることがある。壊れた傘を自分で分解しない。開いたり閉じたりするのは、人のいない広い場所で行う。

資料を読み比べるなら、東京ウォーカーのインタビュー[2]と、ホワイトローズの年表[1]、和樂webの記事[4]がよい。同じ会社の話でも、年や言い方が少し違うところがある。警視庁の遺失物取扱状況[11]には年ごとのページがあるので、傘の項目がある年を探して並べてみることもできる。

そして、同じ傘でも、値段が変わると扱い方も変わるのか。傘以外の身近なもの(ハンカチ、鉛筆、ペットボトル)でも言えるだろうか。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

出典について:傘の会社(ホワイトローズ)の年表とインタビュー、財団の年表、環境NPO・傘の情報サイト・傘の会社の解説、警視庁の統計、自治体の案内を使いました。当時の値段などは、代表が話した数字です。統計の数字は、資料が示した年・条件のものです。

  1. ホワイトローズ株式会社「ホワイトローズ物語」。 https://www.whiterose.jp/history.html (綿の傘の色落ちの苦情、進駐軍由来のビニール素材による傘カバー、1958年の乳白色のビニール傘、上野から銀座周辺での委託販売、1964年の東京オリンピックでアメリカのバイヤーが「ニューヨークでビニール傘を売りたい」と言ったこと、テレビで「銀座では中が透ける傘が流行している」と紹介されたこと)
  2. 東京ウォーカー(ウォーカープラス)「ビニール傘は日本発祥!?世界初かつ日本唯一のビニール傘製造会社『ホワイトローズ』に江戸時代から続く老舗の歩みを聞いた!」(2023年12月15日)。 https://www.walkerplus.com/article/1169879/ (ホワイトローズ代表へのインタビュー。ビニールを骨に直接貼る5年の計画、布の傘しか売らない暗黙のルール、値段2500円と大学の初任給8000〜9000円、修理して使うのが一般的だったこと、1ドルで輸出しアメリカで5ドルで売られたようだという話、かつて50社あった国内メーカーが現在は1社だという話)
  3. ミツカン 水の文化センター『水の文化』50号「日本の傘にまつわる略年表」。 https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no50/03.html (1958年にホワイトローズが世界初の「ビニール傘」を開発したという記述)
  4. 和樂web「徳川幕府からオリンピックまで。日本の発明品・ビニール傘の歴史を辿ると驚きの連続だった!」(2019年10月18日)。 https://intojapanwaraku.com/craft/44711/ (ホワイトローズ代表へのインタビュー。父がシベリアから帰国した昭和24年(1949年)のあと、窮地の中で傘カバーを作ったという話、その後5年かけて完全防水のビニール傘が完成したこと、1964年の東京オリンピックをきっかけにニューヨークへ輸出されたこと)
  5. 荒川クリーンエイド・フォーラム「ビニール傘じゃなくポリオレフィン傘が正しい?」。 https://cleanaid.jp/knowledge/umbrella (河川・海洋のごみ問題に取り組むNPO法人の解説。従来のビニール傘はPVCで、現在はPOE・APO・EVAが使われていること、傘は傘布・柄・骨組みが別の材料でできていて分解に手間とコストがかかること)
  6. 傘全集「傘のパーツ紹介 傘の生地の進化」(acase Inc.)。 https://kasazenshu.acase.co.jp/umbrella/fabric/ (ビニール傘の生地はかつてPVCで、ダイオキシン問題の影響でポリエチレンなどが主に使われるようになったこと。ポリエチレンは透明だが、傷つきやすく白く濁りやすいこと)
  7. アンベル株式会社「傘の輸入統計(2025年更新版)|財務省貿易統計による年別輸入推移と市場規模の変化」。 https://www.amvel.net/import/ (2025年の傘の輸入数量8,812万本、輸入額439億5,643万円、平均単価498.9円、2010年比で約2.8倍、2020年比で約1.7倍、中国が金額の約80%、カンボジアが約18%。傘の会社が財務省貿易統計を集計して公開している資料で、一次資料は財務省貿易統計)
  8. アイカサ「サスティナビリティ」。 https://www.i-kasa.com/sustainability (傘のシェアリングサービスのページ。傘の年間消費約1.2億〜1.3億本(出典は日本洋傘振興協会)、うちビニール傘が約8,000万本(出典はサレジオ工業高等専門学校の研究室)と紹介していること。骨が折れても1本だけ取りかえられる仕様の傘を使っていること)
  9. アンベル株式会社「ビニール傘は年間何本消費されている?データから読み解く推定消費量と、折りたたみ傘を選ぶ人が増えている理由」(2026年6月15日)。 https://www.amvel.net/20260615/ (「年間8,000万本」が2006年ごろのピークのデータの可能性があるという指摘、ビニール傘だけを数えた統計はないこと、長傘のうちビニール傘の割合を貿易統計から試算した約3,100万〜3,900万本という推定値)
  10. 傘全集「ビニール傘の台頭 日本独特の『消耗傘文化』の謎」(acase Inc.)。 https://kasazenshu.acase.co.jp/umbrella/vinylumbrella/ (1953年に布傘用の傘カバーを開発・発売したこと。一般的なビニール傘は500〜1000円ほどで買えること、「戻ってこなくてもいい」という心理が形成されたことなど、使い捨ての習慣が生まれた理由の説明)
  11. 警視庁「遺失物取扱状況(令和7年中)」。 https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/about_mpd/jokyo_tokei/kakushu/kaikei.html (「主な物品の受理点数」の表で、かさ類が33万1,882点、10区分のうち6番目。このページは年ごとに更新される)
  12. 横浜市「傘の出し方」。 https://www.city.yokohama.lg.jp/faq/kukyoku/shigen/shigen-gyomu/20211020132006381.html (傘を骨組みと布の部分に分け、骨組みが金属なら「小さな金属類」、金属以外は「燃やすごみ」、布は「燃やすごみ」として出す案内)
  13. 名古屋市「不燃ごみの分け方・出し方」。 https://www.city.nagoya.jp/kurashi/gomi/1012183/1035058/1033987.html (不燃ごみの出し方の案内に、傘がごみ袋から多少はみ出す場合は袋の口をひもなどでしばる、という記述)
  14. ホワイトローズ株式会社「ビニール傘へのこだわり」。 https://whiterose.jp/concept.html (自社のビニール傘を「すべて直して使えるように」作っていること、修理して長く愛用してもらいたいという考え方)
  15. 日本洋傘振興協議会(JUPA)「よくある質問」。 https://www.jupa.gr.jp/pages/faq (傘の修理は購入した店に相談すること。JUPAマークの製品なら製造メーカーが確認できる場合があること。故障の内容により修理できない場合もあること)

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