1. まず、血を 止める
1. 第1工事 ── まず、ふたをする
1. 止血期 ── フィブリンで塞ぐ
きずが できると、まず 血が 出ます。
でも、しばらく すると 止まりますね。
どうやって 止めて いると 思いますか。
あなを ふさいで いるのです。
血の 中には、とても 小さな けっしょうばんと いう ものが います。
きずが できると、この 小さいのが いちばんに かけつけて、 あなの ところに くっつきます。
つぎに、細い 糸の ような ものが あみの ように はりめぐらされます。
その あみに 血が ひっかかって、 かたまりに なる。
これで あなが ふさがりました。
外に 出て かわいた ものが、 かさぶたです。
傷ができると、まず血が出ます。でも、しばらくすると止まります。
最初にかけつけるのは 血小板 です。 血の中にいる、とても小さな成分です。
血小板は、破れた血管のところに集まってくっつき、まず穴をふさぎます。
網をかけて固める
ただ、血小板が集まっただけでは、まだくずれやすい。 そこで フィブリン という細い繊維が、網のようにはりめぐらされます[1]。
この網に血の成分がからんで、しっかりしたかたまりになります。 これで出血が止まります。
外に出ている部分が乾いて固まったものが、かさぶたです。
ふたであり、置き場でもある
面白いのは、このかたまりがふたをするだけではないことです。
血小板の中には、「作り直せ」という合図を出す物質がたくさん入っています。 止血のためのかたまりが、そのまま次の工事の材料と指示書の置き場になるのです。
応急処置と着工準備を、同時にやっているわけです。
創傷治癒は、止血 → 炎症 → 細胞増殖 → リモデリング(成熟) の順に 時間経過とともに進みます[1]。 最初の段階が止血です。
一次止血と二次止血
血管が破れると、まず 血小板 が損傷部に粘着・凝集して塞ぎます(一次止血)。
続いて凝固系が働き、フィブリンの網が形成されて血栓を安定させます(二次止血)。 このとき活性化された凝固第XIII因子が、 フィブリンやα2-プラスミンインヒビターなど、 創傷治癒に重要な役割を果たすタンパク質を架橋します[1]。
血栓は「材料庫」でもある
ここが設計として面白いところです。
血小板は増殖因子を豊富に含んでおり、 損傷部にできた止血血栓は、単なる栓ではなく、 血管新生・細胞増殖・細胞遊走を促す供給源として働きます[1]。
つまり、
- 出血を止める(緊急対応)
- 次の段階の合図物質を、必要な場所に置く(着工準備)
この2つを、同じ1つの仕組みが同時に果たしています。 あとから来る細胞は、この足場の上を移動していくことになります。
2. つぎに、そうじを する
2. 第2工事 ── そうじ部隊が来る
2. 炎症期 ── 好中球とマクロファージ
血が 止まったら、 こんどは そうじです。
きずの まわりが 赤く なったり、 はれたり、あつく なったり しますね。
あれは、わるく なって いるのでは ありません。
そうじの まっさいちゅうなのです。
きずには、ばいきんや、 こわれた ものの かけらが のこって います。
そこへ、体の 中の そうじやさんが やって きます。
そうじやさんは、 ばいきんや かけらを 食べて かたづけます。
そして、かたづけながら 「つぎ、作りはじめて いいよ」と あいずを 出します。
赤く はれるのは、 体が はたらいて いる しるしなのですね。
止血がすんだら、次はそうじです。
傷のまわりが赤くなる、はれる、熱を持つ、ずきずきする。 これを 炎症 といいます。
「悪化している」と思いがちですが、そうではありません。 そうじ部隊が働いている最中です。
誰が来るのか
傷には、細菌や、こわれた組織のかけらが残っています。 これを片づけないと、次の工事が始められません。
とくにマクロファージが重要です。 そうじ役でありながら、「そろそろ作り始めていい」という合図を出す役でもあります[1]。
この合図で、次の増殖期が始まります。
だから、順番が大事
そうじが終わる前に建て始めたら、ごみを埋めこんだまま工事することになります。
炎症は、つらいけれど必要な段階です。 赤くはれるのは、体がちゃんと働いている証拠だということです。
ただし、長引きすぎるのも困りものです。 これは6章と7章でまた出てきます。
止血に続くのが 炎症期 です。 好中球・単球・マクロファージなどの炎症性細胞が創部に遊走し、 壊死組織や挫滅組織を処理します。
マクロファージは「切り替えスイッチ」
マクロファージは、貪食による清掃を担うと同時に、 PDGF、TGF-β、TGF-α、線維芽細胞増殖因子(FGF)などを分泌して、 線維芽細胞の増殖を促します[1]。
つまり、掃除役が次工程の起動役を兼ねています。 片づけが進んだことが、そのまま着工の合図になるという設計です。
工程管理をする司令塔がいるわけではありません。 各段階が次の段階を呼び出す形で、順番が自然に保たれています。
炎症は必要だが、過剰だと害になる
炎症は排除すべきものではなく、必要な工程です。 一方で、この時期に過剰な洗浄や消毒を行うと、 遊走してきた細胞に影響が及ぶことが、学会のガイドラインでも指摘されています[2]。
さらに、炎症が過剰・長期になると治癒が遅れます。 炎症の強さと持続時間は、 傷あとの残りやすさにも関わってきます(4章・7章)。
「炎症=悪」でも「炎症=善」でもなく、 適量と適切な期間で終わることに意味がある、というのが正確なところです。
3. それから、作り直す
3. 第3工事 ── 土台を作って、ふたをする
3. 増殖期 ── 肉芽形成、血管新生、再上皮化
そうじが すんだら、いよいよ 作り直しです。
まず、あなの 中に 新しい 土台を つめて いきます。
土台を 作るのは、 せんいがさいぼうと いう はたらき手です。
この 手が、細い 糸のような ものを 出して、 あなを 下から うめて いきます。
同時に、新しい 血の 通り道も のびて きます。
はたらくには、ごはんが いりますね。 それを はこぶ 道です。
そして さいごに、 きずの ふちから ひふが のびて きて、 まん中で 出あって、ふさがります。
下から うめて、上に ふたを する。
じゅんばんが きちんと きまって いるのですね。
そうじがすんだら、いよいよ作り直しです。 ここでは3つのことが同時に進みます。
① 土台をつめる
線維芽細胞 という細胞が、まわりから傷の中へ移動してきます。 そして コラーゲン という繊維を作って、穴を下から埋めていきます[1]。
コラーゲンは、体の中の「鉄筋」のようなものです。 これがないと、皮膚は強さを持てません。
② 血の通り道を作る
工事には材料と燃料がいります。 そこで、新しい血管が伸びてきます。
治りかけの傷が赤くつぶつぶして見えることがありますが、 あれは新しい血管がたくさんできている状態です。
③ ふたをする
最後に、傷のふちから皮膚の細胞が中央へ向かって伸びていきます。 両側から伸びて出会うと、傷はふさがります。
この「ふたをする」動きが、5章の話につながります。 皮膚の細胞は、乾いた場所の上を進めません。 進めるのは、湿った場所の上だけです。
下から埋めて、上をふさぐ
順番が決まっているのがポイントです。 先にふたをしてしまうと、中が空洞のまま残ってしまいます。
深い傷ほど、埋める量が多くなる。 だから治るのに時間がかかり、あとも残りやすくなります。
炎症期に続く 増殖期 では、複数の過程が並行して進みます。
| 過程 | 内容 |
|---|---|
| 肉芽形成 | 線維芽細胞が遊走し、細胞外マトリックスを再構築する[1] |
| コラーゲン産生 | 線維芽細胞が、細胞外マトリックスを構成するコラーゲン線維を産生・分泌する[1] |
| 血管新生 | 新生血管が伸び、酸素と栄養を供給する[1] |
| 再上皮化 | ケラチノサイトが創縁から遊走し、創面を覆う[1] |
肉芽組織とは何か
線維芽細胞・新生血管・細胞外マトリックスからなる、 赤く粒状に見える組織を 肉芽組織 といいます。 創の欠損を下から充填する、いわば仮設の土台です。
肉芽が良好であることは、治癒が順調に進んでいる指標になります。 逆に、肉芽が形成されないまま時間が経つ状態は、6章の慢性創傷にあたります。
再上皮化には湿潤が要る
ここが実用面で重要です。
創面を覆うケラチノサイトは、創縁から遊走して広がります。 このとき、乾燥した壊死組織やかさぶたの上は進みにくく、 その下をくぐるように移動することになります。
つまり、乾燥は再上皮化を遅らせる。 これが、次章で扱う「湿潤環境を保つ」という考え方の生理学的な根拠です。
順序に意味がある
充填(下から)と被覆(上から)の順序は、逆にできません。 先に上皮が閉じると、内部に死腔や異物が残ったまま塞がることになります。
深い創ほど充填量が多く、増殖期が長引きます。 そして充填にコラーゲンを多く使うほど、次章の瘢痕が目立ちやすくなります。
4. さいごに、しあげ ── でも あとが のこる
4. 第4工事 ── 仕上げ。それでも、あとは残る
4. 成熟期と瘢痕 ── 「再生」ではなく「修復」
きずが ふさがったら、おしまい —— では ありません。
その あとも、体は 長い あいだ しあげを つづけます。
あわてて つめた 土台を、 少しずつ ならべ直して、 じょうぶに して いくのです。
何か月も かかる ことも あります。
でも、ここで 大じな ことが あります。
元と まったく 同じには なりません。
きずあとの ところには、 毛も 生えないし、あせも 出ません。
なぜだと 思いますか。
人の 体は、こわれた ところを 作り直して いるのでは なく、 うめて ふさいで いるからです。
いそいで なおす ほうを えらんだ、 と いう ことですね。
傷がふさがったら終わり、ではありません。 そのあとも体は、何か月もかけて仕上げを続けます。
急いで詰めこんだコラーゲンを、少しずつ並べ直し、 いらない分を減らして、丈夫にしていきます。 傷あとの赤みが少しずつうすくなっていくのは、この時期です。
それでも、元には戻らない
ここが大事なところです。
治ったあとの皮膚をよく見ると、まわりと違います。
- 毛が生えない
- 汗が出ない
- 色や、つやが違う
- 引っぱりに弱い
これを 傷あと(瘢痕) といいます。
「作り直す」ではなく「埋めてふさぐ」
理由は、人の体が元と同じものを作り直しているわけではないからです。
毛穴や汗を出すしくみは、複雑な部品です。 それを1から作り直すには、時間も材料もかかります。
そこで人の体は、コラーゲンで埋めてふさぐという方法をとっています。 強度は戻りますが、部品は戻りません。
完全に直すより、早くふさぐほうを選んでいるということです。 出血や感染は命に関わるので、これは理にかなった選択でもあります。
では、時間をかけてでも完全に作り直す生きものはいないのか。 います。それが7章の話です。
最終段階が 成熟期(リモデリング) です。 細胞外マトリックスの分解とコラーゲンの架橋反応により、 組織が再構築されます[1]。 コラーゲン産生が十分になると線維芽細胞は減少していきます。
この過程は数か月から年単位に及びます。 傷あとの赤みや硬さが時間とともに変化するのは、この段階の進行によります。
修復と再生のちがい
治癒の結果として残る線維性の組織が 瘢痕 です。 瘢痕には、毛包・汗腺・皮脂腺といった皮膚付属器がありません。
| 修復(repair) | 再生(regeneration) | |
|---|---|---|
| 結果 | 瘢痕組織で欠損を埋める | 元と同じ構造が復元される |
| 付属器 | 戻らない | 戻る |
| 必要なもの | 欠損を埋める材料 | 元の構造を作り直す仕組み |
| ヒトの皮膚 | こちら | ごく浅い損傷を除き、起こらない |
ヒトの皮膚創傷治癒は、原則として修復です。 機能(バリアと強度)は回復しますが、構造は完全には復元されません。
なぜ修復を選んでいるのか
これはトレードオフとして理解できます。
- 開いた創は、出血と感染の経路になる。速く閉じることが生存に直結する
- 付属器まで含めて再生するには、時間と資源がかかる
- 速度を優先すれば、構造の完全性は犠牲になる
速く閉じる方を選んだ結果が、瘢痕である。 欠陥ではなく、優先順位の帰結だと言えます。
なお、瘢痕が過剰に盛り上がる状態(肥厚性瘢痕・ケロイド)もあり、 これは炎症が長引くことと関係すると考えられています。 気になる場合は形成外科・皮膚科で相談できます。
5. かさぶたは 作った ほうが いい?
5. 乾かす? 乾かさない? 消毒はする?
5. 湿潤環境と消毒 ── ガイドラインは何と言っているか
むかしは、こう 言われて いました。
「きずは かわかして、 かさぶたを 作った ほうが 早く なおる」
いまは、すこし ちがうと 考えられて います。
3の 章を 思いだして ください。
きずを ふさぐ ひふは、 ふちから 中へ のびて きましたね。
じつは この ひふは、 かわいた ところを うまく 進めません。
かさぶたが あると、 その 下を くぐって 進む ことに なります。
だから、てきどに しめって いるほうが、 ふさがるのが 早いのです。
では、しょうどくは?
まずは 水で よく あらうのが 大じだと 言われて います。
ただし、きずの ようすに よって しょうどくを 考える ことも あります。
手あてを どうするかは、 おうちの 人や、お医しゃさんと きめて ください。
昔はこう言われていました。 「傷は乾かして、かさぶたを作ったほうが早く治る」。
いまは、少し違う考え方が広まっています。
なぜ乾かさないのか
3章を思い出してください。 傷をふさぐ皮膚の細胞は、ふちから中央へ移動して広がります。
この細胞は、乾いた場所の上をうまく進めません。 かさぶたがあると、その下をくぐるように進むことになります。
だから、適度に湿った状態のほうが、ふさがるのが早い。 これを 湿潤環境を保つ(moist wound healing)といいます。
日本皮膚科学会のガイドラインにも、 「治療の全過程において実践することが望ましい」と書かれています[2]。
さらに、清潔な湿潤環境を保つことで傷あとの形成もおさえられることが、 動物実験で示されているとされています[2]。
ただし、湿らせすぎもよくない
「濡らせばいい」という話ではありません。
しみ出る液が多すぎると、まわりの皮膚がふやけて、 かえってふさがるのが遅れます[2]。 ちょうどよさが必要だということです。
消毒はどうなのか
ここは、はっきり書いておきます。
ガイドラインは、まず洗ったほうがよいとしています[2]。
消毒については、 感染のきざしがあって治りが遅れている場合には、 感染をおさえる手段のひとつとして考えてもよい。 けれど、感染のきざしが見られない場合には、 消毒が役に立つかどうかははっきりしない、という書き方です[2]。
「消毒は絶対にするな」でも「必ずしろ」でもありません。 場合による、というのが専門家の答えです。
この章は、しくみの説明であって、手当ての手引きではありません。 深い傷、汚れた傷、動物にかまれた傷、広いやけど、 血が止まらない傷は、必ず医療機関を受診してください。 自分の傷をどう手当てするかは、大人と、必要なら医師と決めてください。
「傷は乾かすべきか」「消毒すべきか」は、 一般に流通している説明と、専門家の見解がずれやすい領域です。 ここでは、学会のガイドラインの記述に沿って整理します。
湿潤環境(moist wound healing)
日本皮膚科学会の『創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン(2023)-1 創傷一般(第3版)』は、 「Moist wound healing は治療の全過程において実践することが望ましい」と 記しています[2]。
また、清潔な湿潤環境を保つことによって瘢痕形成も抑制できることが、 動物実験で示されているとされます[2]。
生理学的な根拠は3章のとおりです。 再上皮化はケラチノサイトの遊走によって進み、 乾燥した痂皮(かさぶた)はその移動を妨げます。
ただし過湿は有害
一方で、過剰な湿潤による創周囲の浸軟は、上皮化が遅延する原因となるため、 滲出液を適度にコントロールする必要があるとされています[2]。
「乾かすな」ではなく、滲出液の量を管理するというのが正確な理解です。
消毒についての記述
同ガイドラインは、洗浄については 「創傷治癒促進のためには、洗浄した方がよい」としています[2]。
消毒については、質問3「慢性皮膚創傷に対して、創面の消毒は有用か?」に対し、 次のように答えています[2]。
創面に感染徴候がみられ治癒が遅延した場合には、 感染を制御するための有用な手段の一つとして創面の消毒を考慮してもよいが、 創面に感染徴候がみられない場合には、消毒の有用性は明確ではない。
あわせて、炎症期に過剰な洗浄や消毒を行うと、 遊走してきた細胞に影響が及ぶことも指摘されています[2]。
読み取り方
ここから言えるのは、次のことです。
- 「消毒は有害だから絶対にするな」という単純化は、ガイドラインの記述とは異なる
- 「とりあえず消毒しておけば安心」という前提にも、明確な裏づけがない
- 感染徴候の有無によって判断が変わるため、判断そのものが専門的
断定的な主張を見かけたときほど、元の文書にあたる価値がある領域です。
この記事は医学的助言ではありません。 引用したガイドラインは、主として慢性皮膚創傷を対象とした 医療者向けの文書です。個々の傷への対応は、 傷の種類・深さ・汚染の程度・全身状態によって変わります。 深い傷、汚染した傷、咬傷、広範囲の熱傷、止血できない傷は、 必ず医療機関を受診してください。
6. なおらない きずも ある
6. 治らない傷がある ── 工事が止まってしまうとき
6. 慢性創傷 ── 治癒過程が進まなくなる状態
ここまで、きずは じゅんばんに なおって いく、と 書いて きました。
でも、そう ならない ことも あります。
ずっと なおらない きずが あるのです。
どうしてでしょう。
こうじが 前に すすまなく なるからです。
たとえば、こんな とき。
- 血が うまく とどかない
- ずっと おされて いる
- ばいきんが のこって いる
- 体の ちょうしが よく ない
はたらき手も、ざいりょうも、 血が はこんで きます。
だから、血が とどかない ところは こうじが 止まって しまうのです。
年を とると なおりにくく なる、 と よく 言われますね。
これも、りゆうの ひとつは 血の めぐりです。
ここまで、傷は順番に治っていくと書いてきました。 けれど、そうならないことがあります。
治る順番が途中で止まってしまい、いつまでもふさがらない傷です。 これを 慢性創傷 といいます。 「何日たったら」という日数で決まるものではなく、 工事が前に進んでいるかどうかで見ます。
どこで止まるのか
工事の流れを思い出してください。 止血 → そうじ → 作り直し → 仕上げ。
慢性創傷では、多くの場合そうじの段階から先へ進めなくなります。 炎症がずっと続いたまま、次の工事が始まらない。
止まる理由
| 要因 | なぜ止まるのか |
|---|---|
| 血のめぐりが悪い | 働き手も材料も血が運ぶ。届かなければ工事ができない |
| 圧迫され続けている | 同じ場所が押されていると、そこの血流が止まる |
| 感染が続いている | そうじが終わらず、炎症から抜け出せない |
| 栄養が足りない | コラーゲンを作る材料が不足する |
| 持病の影響 | 血流・神経・免疫のはたらきが下がることがある |
ここから分かるのは、治りやすさは傷そのものだけでは決まらないということです。 体全体の状態が、そのまま傷に出ます。
年をとると治りにくい?
よく言われることですが、これも同じ理屈で説明できます。 血のめぐり、細胞のはたらき、栄養の状態。 どれも治癒の速さに関わります。
傷は、体からの手紙のようなものだとも言えます。 治りが悪いこと自体が、体の状態を教えてくれている。
治りの悪い傷、いつまでもふさがらない傷は、 自己判断せず医療機関にご相談ください。 この記事は診断や治療の手引きではありません。
創傷治癒が正常に進行せず、遷延した状態を 慢性創傷 といいます。 褥瘡、糖尿病性潰瘍、下腿潰瘍などが代表例で、 学会のガイドラインもこれらを主な対象としています[2]。
どの段階で止まるか
慢性創傷では、多くの場合炎症期から増殖期への移行が起こりません。
2章で見たとおり、増殖期への移行はマクロファージが出す増殖因子によって 駆動されます[1]。 炎症が終息しない状態では、この切り替えが起きず、 肉芽形成と再上皮化に進めません。
進行を妨げる要因
| 要因 | 機序 |
|---|---|
| 血流障害 | 酸素・栄養・細胞の供給が不足し、増殖期が成立しない |
| 持続的な圧迫 | 局所の虚血を招く(褥瘡の主要因) |
| 感染・壊死組織の残存 | 炎症が持続し、次段階へ移行できない |
| 低栄養 | コラーゲン合成の基質が不足する |
| 基礎疾患 | 血流・神経・免疫機能の低下が複合的に影響する |
ガイドラインが、創の観察だけでなく 基礎疾患や栄養状態など全身状態の把握も必要としているのは、 このためです[2]。
局所だけを見ても解決しない
慢性創傷の要点は、局所処置の巧拙だけでは決まらないことにあります。
- 圧迫が続いていれば、どんな被覆材を使っても治らない
- 血流が届かなければ、材料が現場に来ない
- 栄養が足りなければ、作るものが作れない
水道の記事で、 断水の原因が蛇口ではなく上流にあることを見ましたが、 構造としては似ています。 症状の出ている場所と、原因のある場所は、しばしば別です。
慢性創傷は専門的な治療を要します。 治りの悪い傷、繰り返す傷、しびれや痛みを伴う傷は、 自己判断せず皮膚科・形成外科などの医療機関にご相談ください。 この記事は診断や治療の手引きではありません。
7. あとが のこらない 生きもの
7. 傷あとを残さない者たち
7. 再生する動物と、瘢痕を作らない胎児
4の 章で、人の きずあとは のこると 書きました。
でも、のこらない 生きものが います。
イモリです。
イモリは、手足や しっぽを 切られても、 あとを のこさず 元どおりに もどせます[3]。
手足だけでは ありません。 目や 心ぞうや 頭の 中まで もどせるそうです[3]。
しかも、大人に なっても できます。
せぼねの ある 生きものの 中で、 ここまで できる ものは とても めずらしいそうです[3]。
じつは、もう ひとつ あります。
お母さんの おなかの 中に いる ころです。
その ころは、深い きずが できても あとを のこさずに なおる ことが わかって います[4]。
わたしたちも、むかしは その 力を もって いたのですね。
4章で、人の傷あとは残ると書きました。 では、残らない例はないのでしょうか。
あります。しかも2つ。
イモリ
イモリは、手足や尾だけでなく、あご、目、心臓、脳まで、 傷あとを残さず元どおりに治すことができます[3]。
「再生のチャンピオン」と呼ばれるそうです[3]。 注目したいのは、大人になってからも、これだけ広い範囲を再生できるという点です。 背骨を持つ動物の中では、きわめてめずらしいことです。
つまり、再生できる・できないは、 生きものによってきれいに分かれているわけではないのです。
おなかの中にいたころ
もうひとつの例は、もっと身近です。
お母さんのおなかの中にいる時期のある段階では、 どんなに深い傷を負っても、傷あとをまったく作らずに 元の状態に再生されることが知られています[4]。
私たちも、かつてはその力を持っていた。 そして、いつのまにか失いました。
だから、面白い
「人は再生できない」で終わりなら、話はそこまでです。
けれど、イモリはできる。おなかの中の自分もできた。 できる仕組みがこの世界にあるのなら、 「なぜ私たちはできないのか」を調べる意味が出てきます。
いま研究が進んでいるのは、まさにここです。
4章で見たとおり、ヒトの皮膚創傷治癒は修復であり、瘢痕を残します。 しかし、これは生物一般の性質ではありません。
イモリ ── 成体でも広範囲を再生する
イモリは、手足や尾だけでなく、あご、目、心臓、脳に至るまで、 傷跡を残さず元通りに治すことができます[3]。 筑波大学の解説では「再生のチャンピオン」と呼ばれ、 背骨を持つ動物で、大人になってからもこの能力を保つ唯一の動物と 説明されています[3]。
ただし、有尾両生類には成体でも四肢を再生するものが知られており、 「唯一」がどの範囲を指すかは、 再生できる器官の広さや回数をどう数えるかによって変わります。 この記事では、成体でこれだけ広い範囲を再生できる例はきわめて少ない、 という理解にとどめておきます。
筑波大学などで研究が進められており、 その仕組みをヒトへ応用することが最終的な目標として掲げられています[3]。
胎生期の無瘢痕治癒
もうひとつの例が、ヒト自身の中にあります。
皮膚は強く損傷すると瘢痕を残して治癒しますが、 胎生期の特定の段階では、どのような深い傷を負っていても、 瘢痕をまったく形成することなく完全に元の状態に再生されます[4]。
これを scarless wound healing(無瘢痕治癒) といいます。 制御に関わる因子として、 TGF-βなどのサイトカイン、ヒアルロン酸などの多糖類、 プロテオグリカン、ホメオボックス遺伝子が挙げられています[4]。
問いの立て方が変わる
この2つの例は、問題の立て方を変えます。
- 「ヒトは再生できない」ではなく、「ヒトは、ある時期に再生をやめる」
- 再生を妨げているものがあるのなら、それが何かを特定できるかもしれない
- 2章で見た炎症が、その鍵のひとつとして注目されている
胎児期の治癒では過剰な炎症反応が起きにくいことが、 瘢痕を作らないことと関係すると考えられています。 速く閉じるための炎症が、構造の完全な復元と引きかえになっている。 そういう見取り図が描けます。
ただし、これは研究途上の領域です。 仕組みの全容は分かっていませんし、 「炎症をおさえれば再生できる」という単純な話でもありません。 まだ答えの出ていない問いが、身近な場所に残っているということです。
8. じぶんでも しらべて みる
8. 自分でも調べてみたくなったら
8. 自分で確かめる ── 観察と、一次情報
きずが できたら、 こんな ことを 見て みて ください。 (さわったり、はがしたり しないで、見るだけです)
- 色を 見る。 赤い とき、うすくなる とき。 日に よって かわります。
- 日づけを 書いて おく。 何日で ふさがったか、 ノートに 書いて みましょう。
- ふかさで くらべる。 あさい きずと 深い きず、 どちらが 早く なおりますか。
- むかしの きずあとを さがす。 うでや ひざを 見て みて ください。 まわりと 何が ちがいますか。
きずは、ひっかいたり、 かさぶたを はがしたり しないように しましょう。
この記事の内容は、自分の体で確かめられます。 (観察するだけです。傷をいじらないでください)
- 日数を記録する。すり傷ができた日と、ふさがった日をメモする。 深さによって何日変わるか、比べられます。
- 色の移り変わりを見る。赤い時期、盛り上がる時期、うすくなる時期。 4章の「仕上げ」が進んでいるところです。
- 古い傷あとを観察する。まわりの皮膚と比べて、 毛の生え方、つや、色を見てみてください。4章の話が確かめられます。
- 家族に聞く。「子どものころ、傷はどう手当てしていた?」 5章の考え方が、いつごろ変わったのかが分かります。
関連する記事
- 髪の毛のひみつ(こちらは「死んだ細胞」なので、傷んでも治りません)
手元で観察でき、かつ一次情報にあたりやすい分野です。
やってみる
- 治癒日数を記録する:受傷日・ふさがった日・部位・深さを記録する。 部位による差(顔と足など)が見えてくる
- 瘢痕を観察する:古い瘢痕で、毛包や汗腺の有無、 引っぱったときの伸びを周囲と比較する
- ガイドラインを読む:5章で引用した文書は公開されている。 自分で該当箇所を確かめられる
調べる入口
考えてみると面白いこと
- 「速く閉じる」と「元通りに作る」は、なぜ両立しにくいのか
- 身近な健康情報が断定的に語られるとき、元の文書はどう書いているか
- ヒトが胎生期に持っていた能力を失うのは、何のためだったのか
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、下にあげた公開情報をもとに書いています。 文章や図を無断で転載してはいません。 用語の定義など、短く引用した部分は、どこから引いたかを示しています。 リンク先の内容や、リンク先で起きたことについて、当サイトは責任を負いません。
- 日本血栓止血学会 用語集「創傷治癒」 https://jsth.medical-words.jp/words/word-574/ (止血→炎症→細胞増殖→リモデリングの4段階、凝固第XIII因子による架橋、好中球の貪食、マクロファージによる増殖因子の分泌、線維芽細胞によるコラーゲン産生、血管新生と再上皮化)
- 日本皮膚科学会「創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン(2023)-1 創傷一般(第3版)」 日本皮膚科学会雑誌 133巻11号 p.2519-2564(2023年) doi:10.14924/dermatol.133.2519 / 全文PDF (Moist wound healing を全過程で実践することが望ましいこと、清潔な湿潤環境が瘢痕形成を抑制すると動物実験で示されていること、過剰な湿潤による浸軟が上皮化を遅らせること、洗浄した方がよいこと、質問3における消毒の扱い、炎症期の過剰な洗浄・消毒への注意、全身状態の把握の必要性)
- 筑波大学生物学類「イモリの再生 解明への第一歩 ―基盤技術を完成させ、さらなるステップへ―」(千葉親文 准教授/生命環境系 再生生理学研究室) https://cbs.biol.tsukuba.ac.jp/update/360 (手足・尾・あご・目・心臓・脳まで傷跡を残さず治せること、「再生のチャンピオン」と呼ばれること、背骨を持つ動物で成体になってもこの能力を保つ唯一の動物であるという説明。ただし「唯一」の範囲については本文で注記しています)
- 今 淳「皮膚科セミナリウム 第53回 皮膚の潰瘍 胎仔創傷治癒機構(scarless wound healing)」 日本皮膚科学会雑誌 119巻10号 p.1971-1977(2009年) doi:10.14924/dermatol.119.1971 (胎生期の特定段階では、深い傷でも瘢痕を形成せず完全に再生されること、TGF-βなどのサイトカイン、ヒアルロン酸、プロテオグリカン、ホメオボックス遺伝子が関わること)
出典[2]は、主として慢性皮膚創傷を対象とした医療者向けの文書です。 この記事では、その記述をそのまま紹介する形で扱い、 個々の傷への対応を示すものとしては使っていません。 胎児期の炎症反応と瘢痕の関係については、 研究途上の内容として、断定を避けて書いています。
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