1. 見えない 光が 本を とおりぬけた
1. 1895年、見えない光線を見つける
1. 1895年、陰極線管の実験で見つかった「X線」
1895年の 11月8日。ドイツの レントゲンさんが、ガラスの くだを つかった 実験を して いました。すると、ちかくに おいた 板が、ぼんやり 光りました。
くだと 板の あいだに あつい 本を はさんでも、光ります。目に 見えない なにかが、本を とおりぬけて いたのです。よく わからない ものに つける 「X」の 名まえを 使って、「X線」と よびました[1]。
12月22日には、おくさんの ベルタさんの 手を 写真の 板の 上に おいて、15分ほど X線を あてました。できた 写真には、手の骨と、くすり指の 指輪が うつって いました[3]。
本や壁をとおりぬける、見えない光線
1895年11月8日、ドイツのレントゲンは、陰極線管という真空に近いガラス管の実験をしていました。すると、近くの蛍光板が光っていることに気づきます。管と蛍光板の間に厚い本をはさんだり、部屋の壁をへだてたりしても、板は光りました。目に見えず、物をとおりぬける光線だと確かめたレントゲンは、正体が分からないものを表す「X」にちなんで、X線と名づけました[1][2]。人の名前のXではなく、「未知」のXです。
妻の手に写った、骨と指輪
同じ年の12月22日、レントゲンは妻のベルタに、手を写真乾板の上に置いてもらい、約15分間X線を当てました。現像した写真には、手の骨と薬指の指輪が写っていました[3]。最初の発見の日と手の写真の日は、別の日です。
3. 骨は うつるけど、かげが かさなる
3. 一枚の写真では、影が重なってしまう
3. 単純X線撮影の限界 ── 重なりと、微妙な濃淡
X線の 写真は、骨のように かたくて つまった ものは、はっきり うつります。でも、体は 前から うしろまで、いろいろな ものが かさなって います。
暗い へやで、ライトの 前に 手を かざしてみて ください。ゆびを かさねると、かげも ひとつに かさなって、どちらの ゆびか 分かりにくく なります。X線の 写真でも、にた ことが おきます。ただし、X線は かげ絵とは しくみが ちがいます。
かさなりを ほどいて、体の 中を 一まいずつ 見られたら、もっと 分かる はずです。そこで 生まれたのが CTでした。
骨のように濃い部分はよく写るX線写真ですが、体の前から後ろまでのすべてが一枚の写真に重なって写るのが弱点でした。手前の臓器の影が、奥の臓器を隠してしまうのです。
あとで登場するCTは、この重なりを取りのぞき、X線画像上の濃さ(放射線学的な濃度)の差が1%以下しかない組織も見分けられます[5]。
例えるなら、ライトの前で指を重ねて影をつくると、影も一つに重なる感じです。ただしX線の写真は光の影絵とは仕組みが違うので、あくまで「重なる」という点だけの例えです。
単純X線撮影は、X線が通った量の違いを一枚の写真に写す。骨のように吸収が大きい構造ははっきり写る一方、体の前後の構造がすべて一枚に重なるため、関心のある部位の外にある構造の像が重なって写り込む。CTは、この重なりを取り除き、X線画像上の放射線学的な濃度差が1%以下の組織も見分けられるとされる[5]。
「重なりをどうほどくか」が、次の発想の出発点になった。
4. はこの なかみを、まわりから あてる
4. 「あらゆる角度から測れば、中身は分かる」
4. CTの着想と、最初の臨床撮影
CTを 考えた 人の 一人は、イギリスの ハウンスフィールドさんです。お出かけ先で、「はこの なかみは、まわりの あらゆる むきから X線を はかれば わかる」と 思いついた、と つたえられて います[6]。
CTの 機械は、ドーナツのような わっかの 中を 人が とおります。X線を 出す ところが 体の まわりを ぐるっと まわり、はんたい がわで X線を うけとります。うけとった X線の ようすを コンピューターで 計算して、体を わの ように 切った ような 一まいの 絵に しました[4]。
1971年ごろ、ロンドンの 病院で、さいしょの CTの しゃしんが とられたと 言われて います[6]。さいしょの 機械は、一人に 35ぷんくらい かけて、6まいの 絵を とりました[7]。
そのあと 機械は すすみ、あたらしく なった 機械の 中には、1〜10びょうで とれる ものも できました[7]。
思いつきから、機械へ
CTを実用にしたのは、イギリスの会社EMIの技術者ハウンスフィールドです。「箱の中身は、そのまわりのあらゆる角度からX線を測れば分かる」という考えが、出発点になったと伝えられています[6]。理論の面では、南アフリカ出身の物理学者コーマックが、別々に数学的な基礎を考えていました。ハウンスフィールドは当初、その理論を知らなかったとされ、「一人ですべてを考えた」わけではありません[6]。
CTの装置は、ドーナツのような形のガントリーの中に人が入ります。X線を出す部分が体のまわりを回り、反対側の検出器が受けたX線の量をコンピュータが数学的に処理して、体の断面の画像にします。1〜10mmの薄い断面を重ねれば、立体像もつくれます[4]。
最初の撮影と、そのあとの進歩
1971年ごろ、ロンドンの病院で、脳の病気が疑われた女性を対象に最初の臨床撮影が行われた、と紹介されています。年(1971年か、臨床機が稼働した1972年か)や診断名は資料によって違うため、最初の臨床撮影の年は、ここでは「1971年ごろ」と書きます[6][7]。初期の装置の画像は80×80画素で、一人の撮影に約35分かけて6枚でした。のちに撮影時間は1〜10秒まで縮みました[7]。
CTを実用化したのは、EMI社の技術者ゴッドフリー・ハウンスフィールドである。外出先で「物のまわりのあらゆる角度からX線を測れば箱の中身が分かる」と思いついたと伝えられる[6]。理論面では南アフリカ出身の物理学者アラン・コーマックが独立に数学的基礎を考えており、ハウンスフィールドは当初それを知らなかったとされる[5]。
CTでは、X線源が円形の開口部(ガントリー)のまわりを回り、反対側の検出器が受けたX線をコンピュータが数学的に処理して断面画像をつくる。1〜10mmの薄い断面を重ねて立体像にもできる[4]。
最初の臨床撮影は1971年ごろ、ロンドンのアトキンソン・モーリー病院で、脳腫瘍が疑われた女性(脳嚢胞と報じる資料もある)を対象に行われたとされる。初期装置の画像は80×80画素で、1人に約35分かけて6枚を撮った。第3世代では撮影時間が1〜10秒になった[7]。年(1971年か、臨床機が稼働・発表された1972年か)と診断名は資料で異なるため、「1971年ごろ」とぼかして書く[6]。
5. 1979年の ノーベル賞と、日本の CT
5. 1979年のノーベル賞と、日本のCT
5. 1979年のノーベル生理学・医学賞と、日本への導入
1979年、ハウンスフィールドさんと、コーマックさんは、いっしょに ノーベル賞(せいり・いがくの ぶんや)を もらいました。CTを つくった ことが みとめられたのです[8]。
日本にも CTが はいりました。ある しりょうでは、1975年に 東京の 女子医大に、日本で さいしょの CTが はいったと しょうかい されて います[9]。ほかの しりょうでは 年が ちがうので、正しい 年は、しらべる ときに 気を つけて ください。
6. X線を 使わずに、磁石と 電波で
6. 磁石と電波で、柔らかい部分まで見る
6. MRIの原理と得意分野
もう ひとつ、体の 中を 見る 方ほうが あります。MRIです。X線では なく、大きな 磁石と 電波を つかいます。
体の 中には 水が たくさん あって、水は 水素を ふくんで います。強い 磁石の 力で、この 水素の むきを そろえます。そこへ 電波を あてると、もとに もどる ときに 小さな 合図が 出ます。その 合図を あつめて、絵に します[10]。
MRIは、脳や 神経、筋肉などの やわらかい ところを、X線や CTより はっきり 見せて くれます。X線を つかわないので、なんども とる ときにも えらばれます[10]。
ただし、MRIの 機械は とても 強い 磁石です。鉄を ふくむ 金ぞくを ひきよせます。体の 中に 金ぞくが ある 人は、けんさの 前に びょういんの 人に つたえます[10]。
MRIは、強い磁場で体の中の水素(水に含まれる水素の原子核)の向きをそろえます。そこへ電波を当て、水素がもとの状態に戻るときに出る信号を集めて、画像にします。X線のように、細胞を傷つけうる電離放射線を使わないのが特徴です[10]。
MRIは、脳・脊髄・神経や、筋肉・じん帯・けんなど、柔らかい組織を、X線やCTよりはっきり写せます。被ばくがないので、何度も撮る必要のある場合(脳や子どもなど)に選ばれます。一方で、強い磁場が鉄を含む金属を引き寄せるため、体内に鉄や磁化される金属などがある場合は、検査の前に申告する決まりです[10]。
MRIは、強い磁場で体内の水素の原子核(プロトン)の向きをそろえ、そこへ電波を当てて、もとに戻るときの信号を集めて画像化する。X線のような電離放射線は使わない[10]。
脳・脊髄・神経や、筋肉・じん帯・けんなどの軟部組織を、単純X線やCTより鮮明に描出できる。被ばくがなく、反復して撮る必要のある脳の検査や子どもの検査に向く。一方、強い磁場は鉄を含む金属を引き寄せるため、体内に鉄や磁化される金属などがある場合は事前に申告が要る[10]。
名前にも経緯がある。もとは「核磁気共鳴画像」(nuclear magnetic resonance imaging)だったが、「核」が原子力を連想させ、よくない印象を与えるとして、名前から外されたとされる[13]。MRIは放射性物質を使うわけではない。
7. さいしょの ころの 絵は、人の 体では なかった
7. 最初期の画像は、水の入ったビーカー
7. 1973年のローターバーと、2003年のノーベル賞
1973年、アメリカの ローターバーさんは、磁石の 力に 「かたむき」を つけて、二次元の 絵を つくる 方ほうを、ざっしの Natureに のせました[11]。
さいしょの ころに とれた 絵の ひとつは、人では ありません。ふつうの 水の 入った ビーカーの 中に、「じゅうすい」という とくべつな 水を 入れた 小さな ガラスの くだを 2本 入れた ものでした。さいしょの 投こうは、絵が ぼやけて いて、一どは ことわられたとも 言われて います[11]。
イギリスの マンスフィールドさんは、この 方ほうを すすめて、数びょうで 絵に できる ように しました。二人は 2003年に、ノーベル賞(せいり・いがくの ぶんや)を もらいました。そのころ、世界で 1年に 6000万回 いじょうの MRIの けんさが 行われて いました[12]。
最初期の画像は、試験管
1973年、アメリカのローターバーは、磁場に傾き(勾配)をつけて二次元の画像をつくる方法を、雑誌『Nature』に発表しました。最初期に撮られた画像の一つは、人の体ではありません。水の入ったビーカーに、重水の入った試験管を2本入れたものでした。最初の投稿は画像の不鮮明さから一度断られたとされます[11]。
数秒で画像に、そして賞
イギリスのマンスフィールドは、磁場の傾きを使った信号の取り方を、数学的に解析して発展させ、数秒で画像にできる効率的な方法をつくりました。2003年、ローターバーとマンスフィールドは「磁気共鳴画像法に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞します。授賞の資料によれば、そのころ世界で年に6000万件以上のMRI検査が行われていました[12]。今の件数ではなく、2003年ごろの数字です。
1973年、ポール・ローターバーは『Nature』に、磁場に勾配をつけて二次元画像をつくる方法を発表した。最初期の画像の一つは、水の入ったビーカーの中に重水の試験管2本を入れたもので、人体ではない。最初の投稿は画像の不鮮明さのため一度断られたとされる[11]。
ピーター・マンスフィールドは、勾配磁場を使った信号の取り方を数学的に解析して発展させ、画像化を数秒でできる効率的な方法をつくった。2003年、ローターバーとマンスフィールドは磁気共鳴画像法(MRI)に関する発見でノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。授賞側の資料によれば、当時、世界で年に6000万件を超えるMRI検査が行われていた(2003年ごろの数字で、現在の件数ではない)[12]。
じぶんでも しらべて みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
おうちで できる こと
- かげを かさねる。暗い へやで、手を ライトの 前に かざします。ゆびを 一本ずつ 見せたり、かさねたり してみましょう。光を 目に 直せつ 見ないように します。
- びょういんで さがす。おうちの 人と びょういんに 行った とき、「CT」や「MRI」と 書いて ある へやが ないか、見て みましょう。中には 入らなくて いいです。
今日できること
- 三つの技術を、ノートに並べる。X線・CT・MRIについて、「何を使うか」「何がよく見えるか」「重なりはどうなるか」を三列の表にして、自分の言葉で書いてみます。
- 近所の病院の案内を見る。ホームページなどで、どんな検査の機械が置かれているかを見てみましょう。日本は、人口あたりのCT・MRI・PETの合計台数が多い国の一つです。OECDの資料では、人口100万人あたり184台(OECD平均は51台)とされています[14]。この数字は三つの合計で、CT単独やMRI単独の数ではありません。
数字と原典で確かめる
- 「誰が何を考えたか」を分ける。CTでは、着想(ハウンスフィールド)・理論(コーマック)・実用化を分けて整理すると、「一人で全部」ではないことが見える。
- 台数の比較を読む。OECDのHealth at a Glance 2025によれば、日本のCT・MRI・PETの合計は人口100万人あたり184台で、OECD平均(51台)の3倍を超える。この数字はCT・MRI・PETの合計である[14]。
資料を読むなら
ノーベル賞の公式サイトには、1979年と2003年の授賞理由がある(英語)。日本語では「放射線医学の歴史」で、CTの世代ごとの進歩を読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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出典について:医学・放射線の公的資料、ノーベル賞の公式サイト、解説記事を使っています。
- Siemens Healthineers Japan「レントゲンはおかしくなったに違いない」。 https://www.siemens-healthineers.com/jp/news/x-ray-technoligy-roentgen.html (X線の発見、1896年の広がりについて)
- エピロギ「ノーベル賞で辿る医学の歴史 第9回」。 https://epilogi.dr-10.com/articles/2045/ (本や壁を通す実験、特許を取らなかったことについて)
- Wikipedia「Wilhelm Röntgen」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Wilhelm_R%C3%B6ntgen (妻の手の写真、第1回ノーベル物理学賞について)
- NIBIB(米国国立衛生研究所)「Computed Tomography (CT)」。 https://www.nibib.nih.gov/science-education/science-topics/computed-tomography-ct (CTのしくみについて)
- Wikipedia「CT scan」。 https://en.wikipedia.org/wiki/CT_scan (X線写真の重なり、CTの利点、コーマックの理論について)
- Wikipedia「Godfrey Hounsfield」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Godfrey_Hounsfield (CTの着想、最初の臨床撮影について)
- 放射線医学の歴史「CTの歴史」。 https://radiology-history.online/history-ct.html (初期のCTの画質と撮影時間、世代ごとの進歩について)
- NobelPrize.org「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1979」。 https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1979/press-release/ (授賞理由について。検索で得た抜粋に基づく)
- ブルーバックス「8月26日 日本初のCTスキャナ導入」(現代ビジネス)。 https://gendai.media/articles/-/56906 (日本へのCT導入について。年は資料によって異なる)
- NIBIB(米国国立衛生研究所)「Magnetic Resonance Imaging (MRI)」。 https://www.nibib.nih.gov/science-education/science-topics/magnetic-resonance-imaging-mri (MRIのしくみ、得意なこと、安全上の注意について)
- Wikipedia「Paul Lauterbur」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Lauterbur (1973年の最初のMRI画像について)
- NobelPrize.org「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2003」。 https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2003/press-release/ (授賞理由、検査件数について。検索で得た抜粋に基づく)
- Wikipedia「Magnetic resonance imaging」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Magnetic_resonance_imaging (名前から「核」を外した経緯について)
- OECD「Health at a Glance 2025: Japan」。 https://www.oecd.org/en/publications/health-at-a-glance-2025_15a55280-en/japan_319bfc39-en.html (日本の機器台数について。検索で得た抜粋に基づく)
なおした ところ
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