1. むかしの 声が、のこって いるの?
1. 100年以上前の声が、どうして残っているのか
1. モレスキの録音 ── 1902年と1904年にバチカンで残された声
1902ねんの 春、イギリスの 会社の 人が、バチカンに きました。ろくおんの きかいを もって、バチカンの 教会の 合しょうだんの 声を とったのです[2]。
とった 人は、ガイスバーク兄弟と いう 2人でした。その うち、アレッサンドロ・モレスキと いう 歌い手が 1人で 歌った ものが、4つ のこりました[2]。
モレスキは、カストラートと よばれる 歌い手の 1人です。カストラートで 1人で 歌った ろくおんが のこって いるのは、ほとんど この 人だけと いわれます[2]。
ただし この ろくおんは、モレスキの ばんねんに ちかい ころの ものです。むかし いちばん さかんだった ころの 名人の 声を、そのまま あらわして いるとは いえない と、せつめい されて います[3]。
では、なぜ 大人の 男の 人が、こんなに 高い 声で 歌って いたのでしょう。
1902年4月3日と5日、ロンドンのグラモフォン社のガイスバーク兄弟が、バチカンでシスティーナ礼拝堂合唱団を録音しました。使える録音は18面で、そのうちの4面が、アレッサンドロ・モレスキ(1858〜1922)のソロでした。1904年にも追加で録音されています[2]。
モレスキは、カストラートでほぼ唯一、ソロの録音を残した歌手とされます[2]。日本の辞典も、最後のカストラートとして彼の名を挙げ、その声はレコードに記録されているとしています[1]。
ただし、全盛期の声ではない
録音されたのは、モレスキの晩年にあたる時期です。18世紀の最盛期の名人たちの声を、そのまま代表するとはいえない、と解説されています[3]。それでも、カストラートの歌声を、本人の声として聴ける貴重な手がかりです。
では、なぜ大人の男性が、これほど高い声で歌っていたのでしょうか。
グラモフォン社の録音は、1902年4月3日と5日にガイスバーク兄弟(Will & Fred Gaisberg)が行った。使える録音は18面で、モレスキ(1858〜1922)のソロは4面。1904年にも追加録音がある[2]。ソロを残したカストラートはほぼモレスキだけだとされ、日本の辞典は彼を最後のカストラートとしている[1]。ただし英語の資料は「最後」ではなく「ソロ録音を残した唯一の人」という書き方で、表現に差がある。
もう1つ注意がある。この録音はモレスキの晩年のものであり、18世紀の最盛期の名手の声を代表するとはいえない、と解説されている[3]。録音という資料は、残った声が本物であっても、残らなかった時代の声は教えてくれない。では、なぜ成人男性が高い声を求められたのか。
2. 女の 人が 歌えない 教会で、高い 声は だれが 歌った?
2. 女性が歌えない決まりのなかで、高い声はだれが歌ったのか
2. 女性の歌唱が制限された教会と舞台 ── 少年の声変わりという壁
ヨーロッパの 教会の 合しょうでは、むかし、女の 人が 歌う ことが みとめられて いませんでした。そこで 高い 声の ところは、男の子が 歌いました[4]。
ところが、男の子は 大きく なると 声かわりを します。声かわりが おわると、声は 1オクターブ ほど ひくく なります[9]。せっかく 歌が じょうずに なっても、高い 声が 出せなくなるのです。
イタリアの 一部の 土地では、ぶたいでも 女の 人が 歌えない 決まりが ありました。ローマきょうこうが おさめる 土地です[1]。
だから 大人に なっても 高い 声で 歌える 人が、ほしがられました。
地域や時代によってちがいますが、西洋の教会の合唱では、女性が歌うことが認められていない時代がありました。そのため、高い声のパートは少年が受け持っていました[4]。
ところが、少年の声は声変わりで低くなります。男の子は声変わりが終わると、始まる前より約1オクターブ低くなります[9]。上手になったころに、高い声を失うことになります。
舞台にも似た決まりがありました。ローマ教皇が治める教皇領では、女性が舞台に立つことが禁じられていたため、17〜18世紀のイタリアのオペラでカストラートが大流行したとされます[1]。ただし、これはヨーロッパ全体の決まりではなく、地域の話です。
声変わりの仕組みは、声変わりのメモで詳しく書いています。
地域・時代で差はあるが、西洋の教会音楽では女性がその役割を担えない時期があり、高音部(トレブルなど)は少年が受け持った[4]。ところが少年の声は声変わりで失われる。思春期に喉頭の骨格が大きくなって前に出ると、声帯が長く厚くなり、男子は終わると始まる前より約1オクターブ低くなる[9]。大人の高さに落ち着くのは始まりから2〜3年後とされる[10]。
バッハの時代の少年の声変わりの年齢は、研究で数字が揺れている。S.ドーは1970年に平均17歳ごろと結論したが、のちの研究は2年ほど多く見積もった可能性や、声が変わった後もしばらくソプラノを歌った可能性を示す[11]。「昔は18歳まで変わらなかった」とは言い切れない。
舞台については、教皇領では女性が舞台に立つことが禁じられていたため、17〜18世紀イタリアのオペラでカストラートが大流行した[1]。地域の事情であり、ヨーロッパ全域の決まりではない。声変わりの仕組みは声変わりのメモにある。
3. 声かわりで なくす 高い 声を、どう のこした?
3. 声変わりで失う高い声を、どう保とうとしたのか
3. カストラートの声は、どう説明されているか
カストラートは、子どもの ころの 高い 声を 大人に なっても もてるように、少年の ころに、子どもを つくる はたらきを なくす しゅじゅつを うけた 男の 人たちです[1]。16〜18せいきの イタリアで さかんでした。いちばん さかんな ころは、1650ねんごろから 100ねんほどと いわれます[1]。
その 声は、とくべつだったと いわれます。のどの 声を 出す ところは 子どもの ように 小さいので、高い 声が 出ます。でも 体は 大人なので、息の 力が 強いのです[5]。
ただし、なぜ そんな 声に なるのかは、はっきり わかって いない ところも あります。
4. いちばん 有名な 歌い手は、だれ?
4. 最も有名なカストラート、ファリネッリは何をした人か
4. ファリネッリ ── 舞台を退き、スペイン宮廷に22年仕えた歌手
いちばん 有名な カストラートは、ファリネッリです。1705ねんに うまれ、1782ねんに なくなりました[6]。
1734ねんに イギリスの ロンドンへ いき、1737ねんには スペインの 宮てい(王さまの いえ)から まねかれました。そして ぶたいから しりぞき、22ねんかん、そこで 歌う しごとを しました[6]。
ファリネッリは、トランペットの 人と、長い 音の 長さを きそった という 話も つたえられます。ただし、この 話は、本当かどうか たしかめられて いない むかしから つたわる 話です[6]。
5. 1903ねん、なにが かわったの?
5. 1903年、教会の決まりが変わったとき
5. 1903年の自発教令 ── 高い声は少年が受け持つと定められた
1903ねんの 11月、ローマきょうこうは、教会の 音楽の きまりを 出しました。その なかで、高い 声の ところは 男の子が 歌う ことに なりました[7]。
この きまりで、教会の 音楽では、高い 声を 大人の 男の 人が 歌う 役わりは おわった とされます[7]。日本の じてんも、ローマきょうこうが 1903ねんに カストラートを きんしした と かいて います[1]。
1902ねんの ろくおんは、この きまりが 出る 1ねん まえの ものでした。
6. いま、むかしの 歌を 歌って いるのは?
6. 今、カストラートのための曲を歌っているのは誰か
6. カウンターテナーの復興 ── 裏声で歌い継がれる役
いまは、「カウンターテナー」と いう 歌い手が、その 曲を 歌って います。おもに、ファルセット(うら声)で 高い 声を 出す 男の 人です[8]。
20せいきには、アルフレッド・デラーと いう 歌い手が、この 声を 広める 中心に なりました。イギリスの ブリテンは、1960ねんの オペラ『夏の 夜の ゆめ』の オーベロンの 役を、デラーの ために 書きました[8]。
ヘンデルの オペラ『リナルド』や『ジュリオ・チェーザレ』など、カストラートの ために 書かれた 役の 多くを、いまは カウンターテナーが 歌い、ろくおんして います[8]。
むかし 高い 声を 出す ために 少年の ころに しゅじゅつを うけた 人の 歌を、いまは、うら声と いう べつの 方ほうで 歌って いるのです。
現在のカウンターテナーは、主にファルセット(裏声)で高い声域を歌います[8]。20世紀には、アルフレッド・デラーが復興の先頭に立ちました。イギリスの作曲家ブリテンは、1960年のオペラ『夏の夜の夢』のオーベロン役を、デラーのために書いています[8]。
カストラートのために書かれた役の多くも、いまはカウンターテナーが歌い、録音しています。たとえばヘンデルの『リナルド』や『ジュリオ・チェーザレ』があります[8]。声の出し方は違っても、同じ曲を聴きくらべられる時代になりました。
ただし、カウンターテナーの声が、昔のカストラートの声と同じだというわけではありません。モレスキの1902年の録音が残っているので、その声は、聴いて確かめることができます[2]。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
おうちの 人と いっしょに、小さな 声で やって みましょう。「ほー」と、ひくい 声から 高い 声へ、サイレンのように ゆっくり 上げて いきます。
とちゅうで 声が ひっくり返る 感じが したら、そこから 先が、うら声に ちかい 声です。のどが いたく なる 前に、やめましょう。
また、ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』を、カウンターテナーが 歌った ろくおんが あります[8]。図書館や おんがくの おみせで、さがして みませんか。
小さな声で、低い声から高い声へ、サイレンのようにゆっくり上げていってみましょう。途中で声がひっくり返ったように感じたら、そこから先は、ファルセットと呼ばれる声に近いといえます。のどが痛くなる前にやめてください。
ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』には、カウンターテナーが歌った録音があります[8]。図書館や音楽店で、ふつうの歌声との聴きくらべをしてみるのも、1つの楽しみ方です。
もっと読みたくなったら、日本語では[1]のコトバンクの項目が入り口になります。
声の切り替わりを体験するなら、小さな声で、低い音から高い音へ、サイレンのようにゆっくり上げてみる。途中で声がひっくり返る感じがあれば、そこから先がファルセットに近い声だ。のどが痛くなる前にやめること。
資料を読むなら、まず日本語のコトバンク[1]で全体像をつかむとよい。そのうえで、モレスキの録音そのものは、図書館や音楽店で歴史的録音の復刻盤を探してみるのも手だ。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:辞典、論文、新聞記事、百科事典(Wikipedia)を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- コトバンク「カストラート」(デジタル大辞泉・日本大百科全書・改訂新版世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/カストラート-462695 (カストラートの定義、全盛期、教皇領の決まり、1903年の禁止、最後のカストラートについて)
- Wikipedia「Alessandro Moreschi」。https://en.wikipedia.org/wiki/Alessandro_Moreschi (1902年・1904年の録音について)
- The Scotsman「Castrato's note in history」。https://www.scotsman.com/news/world/castratos-note-in-history-2507751 (録音が最盛期の声を代表するとはいえないという解説)
- Wikipedia「Boys' choir」。https://en.wikipedia.org/wiki/Boys%27_choir (教会で少年が高い声を受け持ったことについて)
- Wikipedia「Castrato」。https://en.wikipedia.org/wiki/Castrato (カストラートの声の特徴について)
- Wikipedia「Farinelli」。https://en.wikipedia.org/wiki/Farinelli (ファリネッリの経歴と逸話について)
- Wikipedia「Tra le sollecitudini」。https://en.wikipedia.org/wiki/Tra_le_sollecitudini (1903年の自発教令について)
- Wikipedia「Countertenor」。https://en.wikipedia.org/wiki/Countertenor (現代のカウンターテナーと役の引きつぎについて)
- 相模原協同病院 病児保育室「みどりっこだより」vol.38。https://www.sagamiharahp.com/data/media/sagamihara_hp/page/outpatient/nurseryroom/green/202305midori.pdf (声変わりの仕組みと下がる高さについて)
- Wikipedia「Voice change」。https://en.wikipedia.org/wiki/Voice_change (声変わりの経過と安定する年齢について)
- Martin Ashley, Small Choirs, Big Boys and Bach (ABCD Choral Research Journal)。https://abcd.org.uk/wp-content/uploads/2024/11/Ashley-Small-Choirs-Big-Boys-and-Bach.pdf (バッハの時代の少年の声変わりの年齢について)
なおした ところ
更新履歴
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