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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

1万5千年まえの なべの こげから、なにが わかったの?

火・水・食材に合わせて変わった料理法 ── 1万5千年前の土器の焦げから

縄文土器の焦げ付きと料理法の分岐 ── 火・水・食材と料理法の関係を、土器の煮炊きから、蒸す・炒める・地中で蒸し焼きにするまで

分野:歴史・文化

日本の どきの なかには、1万5千年ぐらい まえの ものが あります。その そこに ついた こげを しらべると、ほとんどが、さかななど 水の 中の いきものから できて いました。

そんなに むかしの どきで、人は さかなを にた ことも あったのでしょうか。どうして、なべを つくったのでしょう。この きじでは、にる・むす・いためると いった りょうりの しかたが、火や 水、たべものと むすびつけて せつめいされて いる れいが わかります。

日本各地の縄文土器の焦げ付きを化学分析すると、大半が魚介など水の中の生き物に由来していた、という研究があります。最大で約1万5千年前の土器も含まれています。

そんなに昔の土器で、人は魚を煮ることもあったのでしょうか。そもそも、なぜ鍋を作ったのでしょう。この記事では、煮る・蒸す・炒めるといった料理法が、火や水、食材の条件に結びつけて説明されている例が分かります。

2013年、日本各地の縄文土器(最大約1万5千年前)から採った焦げ付き101点の化学分析で、大半が魚介など栄養段階の高い水生生物に由来すると報告された[2]。土器の焦げから食材の手がかりを得た最初の研究とされる。

では、人はなぜ火にかけられる容器を作ったのか。蒸す・炒めるといった料理法は、火・水・燃料・食材とどう結びついて分かれていったのか。この記事では、学会・大学・県などの資料を突き合わせ、確かな部分と仮説の部分を分けて示す。料理法が火・水・食材の条件に結びつけて説明されている例が分かる。

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1. どきの そこの こげは、なにを にた あと?

1. 縄文土器の焦げから、食材の手がかりが見つかった

1. 縄文土器の焦げ付き101点 ── 食材の手がかりを化学分析で探る

むかしの どきの なべを ひっくりかえすと、そこや ふちに、くろい こげが ついて いる ものが あります。ごはんを こがした あとの ようです。

この こげの なかみを、いろいろな どうぐで しらべた 人たちが います。しらべたのは、日本じゅうから あつめた、縄文じょうもんどきの こげ 101こです。すると、ほとんどが、さかななど 水の 中の いきものから できて いました[2]。

1万5千年ぐらい まえの どきも ふくまれます。ただし「ほとんど」で、ぜんぶでは ありません。さかな いがいを にた どきも、あったかも しれません。

それでは、どうして 人は、火に かけられる なべを つくったのでしょう。

縄文土器を裏返すと、底や外側に黒い焦げが付いているものがあります。ご飯を焦がした鍋底のような跡です。この焦げの中身を調べた研究があります。

2013年、ヨーク大学のオリバー・クレイグさんらの研究チームは、日本各地の縄文土器(最大で約1万5千年前)の焦げ付き101点を化学分析しました。その結果、大半は魚介など、水の中の食べ物に由来していました[2]。土器の焦げから食材の手がかりを得た、最初の研究とされています。

ただし「大半」であって、すべてではありません。魚以外のものを煮た土器があった可能性も残ります。それでは、人はなぜ、火にかけられる入れ物を作ったのでしょうか。

縄文土器の内外面に付く焦げは、何を煮炊きしたかを化学的に読み取れる手がかりになる。2013年、ヨーク大学のクレイグらは、日本各地の遺跡から出た縄文土器(最大約1万5千年前)の焦げ付き101点を分析し、大半が魚介など栄養段階の高い水生生物に由来すると報告した[2]。土器の焦げから食材の手がかりを得た最初の研究とされる。

ここで注意したいのは、「大半」がすべてではない点だ。分析対象は焦げ付きが残った101点にとどまる。それでも、この結果は素朴な問いを生む。魚は直火でも調理できそうなのに、人はなぜ火にかけられる容器を作ったのか。

2. 人は、どうして なべを つくったの?

2. 2万年前の土器と、氷期の食べ物

2. 最古級の土器と、製作の動機をめぐる推測

どきで いちばん ふるい ものの ひとつは、中国の 洞窟どうくつで 見つかりました。今から 2万年ぐらい まえの ものと いわれます[1]。

そとがわには、すすと こげあとが ありました。火に かけて、なにかを にて いたのかも しれません。どきは、田んぼや はたけで そだてた ものを たべる より 1万年ぐらい まえから、けものや さかなを とって くらす 人たちが つかって いました[1]。

どうして つくったのかは、はっきりした こたえが ありません。日本の どきを しらべた けんきゅうしゃは、海や 川の ちかくに たべものが たくさん あって、いつも とれた ことが、つくる きっかけに なったのかも しれないと のべて います[2]。「かも しれない」と いう ところが だいじです。

では、火を とおすと、たべものは なにが かわるのでしょう。

いま知られている最古級の土器の一つが、中国の仙人洞(Xianrendong)洞窟から出た土器片です。放射性炭素年代で約2万〜1万9千年前とされ、外側にすすや焦げの跡があることから、煮炊きに使われたらしいと2012年に報告されました[1]。

土器づくりは、農耕が始まる約1万年も前に、狩猟採集の暮らしをしていた人々の間で始まっていたことになります[1]。デンプンの多い食べ物や肉から栄養を取り出す助けになった可能性が指摘されています。

では、なぜ作ったのか。ヨーク大学の研究者は、氷期の厳しい気候の中でも海岸や川辺には食べ物が豊富で安定していたことが、土器という入れ物に手間をかける最初のきっかけになったのかもしれない、と述べています[2]。推測であり、確定した理由ではありません。

次の問いは、火を通すと食べ物の何が変わるのか、です。

土器の登場は、農耕よりも古い。仙人洞(Xianrendong、中国)の土器片は、放射性炭素年代で約2万〜1万9千年前とされ、2012年の報告の時点で東アジア最古級だった。外面にすすと焦げ跡があり、煮炊きに使われたらしいとされる[1]。土器の製作は農耕に約1万年先行し、担い手は狩猟採集民だった。デンプンの多い食物や肉から栄養を引き出す助けになった可能性が挙げられている。

では、なぜ作る手間をかけたのか。ヨーク大学の研究者は、氷期の厳しい気候変動の中でも、海岸や川辺の食料が豊富で安定していたことが、土器という容器への投資の最初の動機になった可能性を述べている[2]。動機は確定しておらず、研究者の推測として述べられている。では、火を通すと食べ物は実際に何が変わるのか。

3. 火を とおすと、たべものは どう かわる?

3. 火を通すと、体が使えるエネルギーが増える

3. 加熱とデンプンの消化率 ── 「料理が人を作った」という仮説の位置

火を とおした イモは、ほくほくして たべやすく なります。それだけでは ありません。なまの イモと くらべて、体が とりこめる ちからの もとも、ちがうと いわれます。

ある けんきゅうを まとめた 話では、ジャガイモの デンプンは、なまだと 51%、火を とおすと 95%いじょう とりこめると しょうかいされました[3]。2ばい ちかくです。たべものに よって ちがうので、ほかの たべものでも おなじとは いえません。

この けんきゅうを した 人は、火を つかった りょうりは 190万年ぐらい まえに はじまったと かんがえて います。でも、20万〜30万年ぐらい まえだと する かんがえが ふつうで、いけんは わかれて います[3]。まだ けっちゃくは ついて いません。

火を とおす ほうほうは、なべで にる だけでは ありません。つぎは、なべの おゆから でる ゆげを つかう りょうりを 見て みましょう。

火を通したイモがほくほくして食べやすいのは、味の話だけではありません。研究者の総説を紹介した記事では、生のデンプンから吸収できるエネルギーは約半分で、加熱すると100%近くになるとされています[3]。

具体例として、ジャガイモの小腸末端での消化率は、生で51%、加熱したもので少なくとも95%という数字が紹介されています。この例では2倍近くになる計算です。ただし食品によって値は違い、ほかの食品にそのまま当てはまるとは限りません。

この研究者のWranghamは、火を使った料理は約190万年前のホモ・エレクトスまでさかのぼると主張しています。通説では20万〜30万年前とされ、意見は割れています[3]。確定した事実ではなく、いま議論されている仮説です。

火の通し方は、鍋で煮るだけではありません。次は、鍋の湯から立つ湯気を使う料理を見てみます。

加熱が栄養の取り込みを変えるという議論は、デンプンの消化率に根拠を置く。加熱すると生のデンプンより吸収できるエネルギーが増えるとされ、小腸末端での消化率は、ジャガイモの例で、生が51%、加熱したものが少なくとも95%と紹介されている[3]。この例では2倍近くになる計算だが、値は食品ごとに異なり、他の食品に一般化はできない。なお、これはWranghamらの総説を紹介した記事による。

Wranghamは、この点から火を使った料理はホモ・エレクトスの時代、約190万年前に始まったと主張する。しかし通説は20万〜30万年前で、見解は割れている[3]。そのため、これは確立した事実ではなく仮説として扱う。また、ここでの「加熱」には直火も含まれ、土器で煮ることとは分けて考える必要がある。土器が現れるのは、約2万年前以降である。

鍋を得た人々は、火の熱をどう使い分けたのか。次は、湯気を使う蒸し料理から見る。

4. ゆげで ふかす どうぐは、どこから きたの?

4. 甑から蒸籠へ、蒸す道具の移り変わり

4. 蒸す道具の系譜 ── 甑から蒸籠まで

ゆげで たべものを あたためる りょうりが、「むす」です。むかしの 日本では、甑こしきと いう どうぐで、米などを むして いました。

あなの あいた はちを、おゆを わかした かまの 上に のせて つかいます。したから のぼる ゆげが、上の たべものを あたためます[4]。

この どうぐは、中国の 田んぼで 米を つくる ところで あらわれました。ちょうせんはんとうを とおって 日本に つたわったと、かんがえられて います。日本で ひろく つかわれたのは 5せいきごろと いわれますが、つたわった じきは、はっきり きまって いません。のちに、蒸籠せいろなども つかわれるように なりました[4]。

ところで、火に する ものが たりない ところでは、どう したのでしょう。

湯気で食べ物を蒸すための道具に、甑(こしき)があります。底に穴のある鉢形の器を、湯を沸かした釜の上にのせて使い、下から上がる湯気で穀物などを加熱しました[4]。

甑は中国の新石器時代の稲作地帯に現れ、朝鮮半島を経て日本へ伝わったと考えられています。日本で本格的に広まったのは古墳時代(5世紀ごろ)とされますが、弥生時代の土器にも例があるとする記述もあり、伝来の時期には幅があります。その後、木製の甑や蒸籠(せいろ)も使われるようになりました[4]。

湯をわかす道具の上に器をのせるだけで、湯そのものではなく湯気を使う調理ができる、というつくりです。では、火にする燃料が乏しいところでは、料理はどうなったのでしょうか。

蒸す調理は、湯の沸騰で生じる蒸気を使う。甑は、底に蒸気を通す穴をあけた鉢形の器を湯釜の上にのせて使うもので、穀物を蒸すのに用いられた[4]。

甑は中国の新石器時代の稲作地帯に現れ、朝鮮半島を経て日本へ伝わったと考えられている。古墳時代(5世紀ごろ)に本格的に広まったとされるが、弥生時代の土器にも例があるとする記述があり、伝来の時期には幅がある。その後、木製の甑や蒸籠も使われるようになった[4]。稲作と結びついて広がったため、穀物を蒸す道具として位置づけられてきた、と読める。ただし、この整理は辞典項目による。

では、火に使う燃料が乏しい地域では、加熱の道具や調理法はどう変わったのか。

5. 火に する ものが すくないと、どうなる?

5. 森が減ると、鍋が変わった? ── 中華鍋の説明

5. 中華鍋と燃料 ── 森林の減少との関係をめぐる説明

中国の ちゅうかなべは、ひろくて、まるい かたちです。ここで 火を つよく あてて、ぜんたいを まぜながら いためます。

ある せつめいでは、中国で 森が へって、火に する 木が すくなく なった ことが、この なべが ひろがった わけの ひとつだと いわれます[5]。すこしの ねんりょうで、はやく 火が とおる どうぐが ほしかった、という はなしです。

ただし、これは 本や サイトの せつめいで、いつから、なぜ、については、いろいろな せつが あります。「そうだった のかも しれない」と きいて おく くらいが よいでしょう。

火の つぎに、たりなく なる ものは なんでしょう。それは、水です。

中華鍋(wok)の歴史には、漢代(前206〜後220)に鋳鉄の鍋が広まり、700年ごろには広い鍋が台所に現れ、宋代(960〜1279)に定着した、という説明があります[5]。年代は資料により違い、周代とする説もあります。

なぜ定着したのか。ひとつの説明が燃料です。中国では森林の減少が進み、その勢いは10世紀以降に速まったとされます。少ない燃料で速く加熱できる道具が求められた、というのです[5]。食材を小さく切り、強い火で短時間に炒める工夫も、この事情と結びつけて語られることがあります。

ただし、燃料不足が原因という説明は二次的な資料によるもので、確定した因果ではありません。燃料だけで鍋のすべてが決まったとも考えにくいところです。火の次に、限られやすいものは何でしょうか。水です。

中華鍋(wok)の成立をめぐっては、漢代(前206〜後220)に鋳鉄鍋が普及し、700年ごろに広い鍋が台所に現れ、宋代(960〜1279)に定着したとする説明がある[5]。ただし年代は資料により異なり、周代説もある。

定着の理由として挙がるのが燃料である。森林の減少は10世紀以降に加速したとされ、そのため、少ない燃料で速く加熱・調理できる道具が求められたという[5]。この考えに従えば、鍋の広さや形は、強い火を一点に集めて短時間で火を通す、炒める調理と相性がよい。食材を小さく切る習慣も、同じ文脈で語られる。

ただし、この因果は文化紹介の二次資料の説明であり、原因が燃料不足だけとは断定できない。年代にも幅がある。燃料の次に、地域によって条件が大きく違うのは水である。

6. 水が すくない ところ、ちがう ところでは?

6. 水が少ない土地の鍋と、水の質で変わるだし

6. 水をめぐる工夫 ── タジンの円すい形のふたと、軟水・硬水

モロッコなどで つかわれる 土の なべに、タジンが あります。ふたが、とんがりぼうしの ような かたちです。

なべの 中の ゆげは、ふたに あたって 水に もどり、なべの 中に おちて きます。だから、すこしの 水でも にこめます[6]。水が かぎられた ところで だいじだと いわれますが、そのために うまれたのかは、はっきり しません。

水は、少ないか 多いかだけでは なく、しゅるいも ちがいます。水に とけて いる カルシウムなどが 多い 水を 硬水こうすい、少ない 水を 軟水なんすいと いいます。日本の 水は 軟水なんすいが 多く、ヨーロッパは 硬水こうすいが 多いです[7]。

軟水なんすいは、こんぶや かつおの だしの おいしさを ひきだしやすいと いわれます。硬水こうすいは、肉の くさみを おさえて、あくを とりやすいので、にこみに むくと いわれます[7]。硬水こうすいで だしが とれない わけでは ありません。

では、なべが ない ところでは、むしやきは できないのでしょうか。

モロッコなどの土鍋タジン(tagine)には、円すい形のふたがあります。このふたが鍋の中の蒸気を冷やして水に戻し、また鍋の中へ落とすので、ほとんど水を足さずに煮込めるとされます[6]。水が限られる地域で大切だと言われますが、そのために生まれた形かどうかは、引用元が限られ断定できません。ふたの形の起源も諸説あります。

水は量だけでなく、質も違います。水の硬度はカルシウムとマグネシウムの合計量で表し、WHOの分類では60mg/L未満が軟水です(炭酸カルシウムの量に換算して表します)。日本の水は軟水が多く、ヨーロッパは硬水が多いとされています[7]。

軟水は昆布やかつおだしのうま味成分を引き出しやすく、硬水は肉の臭みを抑えてアクを取りやすいので、煮込みに向くとされます[7]。あくまで「向く」という説明で、硬水でだしが取れないわけではありません。

ここまでは、鍋のある料理です。鍋を使わない加熱もあります。

タジン(tagine)は、円すい形のふたが調理中の蒸気を冷やして水に戻し、材料が最小限の水で煮込まれる構造をもつ[6]。水が限られる地域で重要とされるが、水不足への適応という因果は、百科事典系の記述とその引用元に依拠しており、断定はできない。ふたの形はモロッコのタフラウトで生まれたとの記述もあるが、起源は諸説ある。

水の性質も、料理と結びつけて語られる。硬度はカルシウムとマグネシウムの合計量で表し、WHOの分類では60mg/L未満が軟水である(炭酸カルシウムの量に換算して表す)。日本の水は軟水が多く、ヨーロッパは硬水が多い[7]。軟水は昆布やかつおだしのうま味成分を引き出し、硬水は肉の臭みを抑えてアクを取りやすいため、煮込みに向くとされる[7]。

ここで言えるのは、水の質によって向く調理があるとされる、というところまでだ。では、水が煮る・蒸す以外の方法は、どう加熱を成り立たせるのか。

7. なべが なくても、むしやきは できる?

7. 地面の穴が、そのまま蒸し器になる

7. ポリネシアの地中の窯 ── 熱した石と葉で蒸し焼きにする

太平洋の しまじまには、地面に 大きな 穴あなを ほって、おいしい りょうりを つくる やりかたが あります。ニュージーランドでは ハンギと よばれます[8]。

あなの 中で、石を あつく します。そこへ たべものを のせ、バナナの 葉などで おおって、むしやきに する、と しょうかいされて います。

なぜ この やりかたが うまれたのかは、この きじの しりょうでは わかりません。にる、むす、いためる、じめんで むしやきにする。どれも、火や 水、たべものの じょうけんに むすびつけて せつめいされて いる ものが あります。

太平洋のポリネシアには、地面に掘った穴の中で、熱した石とバナナの葉などを使い、食べ物を蒸し焼きにする窯があります。ニュージーランドのマオリではハンギなどと呼ばれます[8]。

穴に熱した石を入れ、その上に食材をのせ、葉で覆って蒸気を逃がさないようにする、というつくりが紹介されています。なぜこの方法が生まれたのかは、この記事の資料には書かれていません。

煮る、蒸す、炒める、地面で蒸し焼きにする。分かれ道はさまざまですが、ここで見た料理法には、火や水、食材の条件に結びつけて説明されているものがあります。

ポリネシアには、地面の穴で熱した石を使い、バナナの葉などで覆って蒸し焼きにする地中の窯がある。ニュージーランドのハンギがその例である[8]。

鍋で湯をわかす代わりに、熱した石の熱と、覆いの内側にこもる蒸気で食材に火を通す。この項の出典は百科事典系の記述にとどまり、確度は他の項より低い。

土器で煮る、湯気で蒸す、少ない燃料で炒める、水を逃さずに煮込む、石と葉で蒸し焼きにする。これらの料理法には、火・水・食材の条件に結びつけて説明されているものがある。これは確定した通史ではなく、資料ごとの説明を並べたときに見える見取り図である。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

タジンの ふたの まねを して みます。おうちの 人と いっしょに、コップに あつい おゆを 入れ、小さな おさらを ふたに して 1ぷん ほど まちます。おさらの うらに 水てきが つくのを 見て みましょう。あつい ので、やけどに 気を つけます。

出かけてできること

はくぶつかんで どきを 見る ことが あったら、そこの ほうに くろい こげが ないか、さがして みましょう。

こうしきの 情報じょうほう

県や 市の ホームページの、水の 軟水なんすいと 硬水こうすいの せつめいも、ヒントに なります。

今日できること

タジンのふたの仕組みを、小さく試せます。大人と一緒に、コップに熱い湯を入れ、小皿をふた代わりにのせて1分ほど待ちます。皿の裏に水滴が付くのを見て、鍋のふたから水が戻ってくる様子を想像してみてください。熱いので、やけどに気をつけます。

出かけてできること

博物館で縄文土器を見る機会があれば、底や外側に黒い焦げのような跡がないか探してみてください。展示の説明に、何を煮たのかの手がかりがあるかもしれません。

公式情報

県や市の水道局・ホームページの軟水・硬水の解説、博物館の縄文土器の解説が入り口になります。揚げる料理の由来は、この記事では扱っていません。次に調べたい問いです。

今日できること

熱い湯を入れたコップに小皿をふたとしてのせ、1分ほどして皿の裏の水滴を観察する。蒸気が冷えて水に戻る様子は、タジンのふたの考え方を小さく試すことになる。やけどに注意し、大人と行う。

出かけてできること

博物館で縄文土器を見る機会があれば、底や外面の焦げ跡を探す。焦げの化学分析が、何を煮たかの手がかりになったことを思い出しながら見ると、展示の見え方が変わる。

公式情報

Craigらの縄文土器の研究(2013年、Nature)や、仙人洞の土器の報告(2012年、Science)の原論文は、今回参照できていない。博物館の展示解説で、焦げ跡がどんな手がかりになるかを探してみるとよい。また、揚げる料理の由来は、この記事では扱っていない。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

今回は、土器の研究は学会・大学の紹介記事、甑は辞典、中華鍋・タジン・ポリネシアの窯は解説記事、水質は神奈川県の資料を用いた。Science・Natureの原論文は参照できていない。デンプンの消化率と料理の起源の議論は、ハーバード大学の記事の紹介による。ポリネシアの窯の項は、確度が低い。

  1. American Ceramic Society「Oldest known pottery dates back 20,000 years」 https://ceramics.org/news/oldest-known-pottery-dates-back-20000-years-and-may-have-changed-the-course-of-human-history/ (仙人洞の土器片、農耕との時間差)
  2. University of York「Jomon pottery study」 https://www.york.ac.uk/news-and-events/news/2013/research/jomon/ (縄文土器の焦げ付き101点の分析、土器を作った動機の推測)
  3. Harvard Gazette https://news.harvard.edu/gazette/?p=36042 (デンプンの消化率、料理の起源をめぐる議論)
  4. コトバンク「甑」 https://kotobank.jp/word/%E7%94%91-64666 (甑の形と伝来)
  5. British Chinese Food Culture「The Wok」 https://britishchinesefoodculture.org.uk/food-for-thought/115-the-wok (中華鍋の年代と燃料をめぐる説明)
  6. Wikipedia「Tagine」 https://en.wikipedia.org/wiki/Tagine (タジンのふたの仕組み)
  7. 神奈川県「軟水・硬水」 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/h3x/top/nansuikousui.html (軟水・硬水の定義と料理との関係)
  8. Wikipedia「Hāngi」 https://en.wikipedia.org/wiki/H%C4%81ngi (ポリネシアの地中の窯)

なおした ところ

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