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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ボイジャー2ごうは、わくせいの ならびを つかって 海王星まで とんだ

ボイジャー2号は、惑星の並びを使って海王星まで飛んだ

ボイジャーの惑星めぐり ── 約175年に1度の並びと重力アシスト、1号が選んだ別の道

分野:宇宙・天文

木星、土星、天王星、海王星が ならぶ じきに、ボイジャー2ごうは 惑星わくせいの 引力いんりょくを つかって、やく12ねんで 海王星に つきました[1]。1977ねんに うち上げられた 探査機たんさきです。

この ならびは、やく175ねんに 1かいしか おきません。なぜ ならびが たいせつなのか、その わけが わかります。

木星・土星・天王星・海王星が並ぶ時期に、ボイジャー2号は惑星の重力を使い、約12年で海王星に着きました[1]。打ち上げは1977年です。

鍵になったのは、この4つの惑星が約175年に1度だけ、うまく並ぶ時期でした[1]。並びを見つけた学生、惑星の重力で加速するしくみ、2機の探査機が別々に選んだ道が分かります。

ボイジャー2号は、木星・土星・天王星・海王星が約175年に1度の配置になる時期に打ち上げられ、重力アシストを連続して使って、約12年で海王星に到達した[1][2]。

では、その配置は誰がどう見つけ、探査機はなぜ惑星のそばを通るだけで加速できるのか。同じ配置を使いながら、1号が天王星以遠に向かわなかった理由も含めて分かる。

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1. 海王星まで、どうして 12ねんで いけたの?

1. 海王星まで約12年で着けた理由 ── 惑星の並びと重力アシスト

1. 約12年で海王星へ ── 約175年に1度の惑星の並び

ロケットで 海王星まで まっすぐ いこうと すると、とても ながい じかんが かかります。

でも、木星、土星、天王星、海王星が 上手に ならぶ ときは、ちがいます。探査機たんさきは、ひとつの 惑星わくせいから つぎの 惑星わくせいへ、大きな エンジンを つかわずに うつれます[1]。

この ならびは、やく175ねんに 1かい しか おきません[1]。ボイジャーは、その 1かいに まにあった のです。

この 「わくせいの ちからを かりて はやく なる」しかたを、重力じゅうりょくアシストと いいます。1973〜74ねんの マリナー10ごうが、さいしょに ためしました[1]。

では、この ならびに 気づいたのは、だれだったのでしょう。

海王星は、地球から見るととても遠い惑星です。ボイジャー2号は、打ち上げから約12年で、その海王星に着きました。重力アシストという方法で、惑星の重力を使って進路と速さを変えながら飛んだのです[1]。

重力アシストは、惑星のそばを通るときに、その重力を借りて進路と速さを変える方法です。1973〜74年のマリナー10号(金星・水星)が、最初に実際に使ってみせました[1]。

ボイジャーが特別だったのは、使える惑星が続けて並んでいたことです。木星、土星、天王星、海王星のこの配置は約175年に1度で、探査機は、大きな推進装置を使わずに、ひとつの惑星から次の惑星へ乗りついでいけます[1]。

では、この並びに最初に気づいたのは誰だったのでしょうか。

ボイジャー2号は、打ち上げから海王星到達まで約12年で飛んだ。惑星の重力を使って進路と速度を変える重力アシストは、1973〜74年のマリナー10号(金星・水星探査)が最初に実証している[1]。

効果を最大にする条件が、木星・土星・天王星・海王星の配置である。この配置は約175年に1度しか生じず、その時期に合わせて飛べば、大きな推進装置なしに惑星から惑星へ移れる[1]。逆に言えば、機会を逃すと、次はおよそ2世紀近く待つことになる。

この機会を最初に見つけたのは誰か、が次の問いになる。

2. 夏の がくせいは、なにに 気づいたの?

2. 1964年の夏、軌道を調べていた学生が気づいたこと

2. 1964年の夏の検討 ── ゲイリー・フランドロと「最善の年」の計算

1964ねんの 夏、アメリカの ジェット推進すいしん研究所(JPL)に、ゲイリー・フランドロという がくせいが きて いました。ロケットで 遠い わくせいへ いくときの みちすじを かんがえる しごとを まかされたのです[3]。

しらべて いくうちに、大きな わくせいが ならぶ ときが あると 気づきました。いちばん よい 打ち上げは 1977ねんだと けいさんしました[3]。

重力アシストじたいは、その ころにも しられて いました。でも、大きな わくせいを じゅんばんに めぐる チャンスに さいしょに 気づいたのは 自分だと、フランドロさんは 話して います[3]。

この かんがえは、のちに 2きの ボイジャー けいかくに なりました。

1964年の夏、JPL(ジェット推進研究所)にゲイリー・フランドロという学生がいました。外惑星へ行く探査の軌道を検討する役目を任されていた、と伝えられています[3]。

軌道を調べるうちに、フランドロは巨大惑星の並びに気づきます。計算の結果、最善の打ち上げは1977年でした[3]。

重力アシストという方法そのものは、すでに知られていました。フランドロ本人は、巨大惑星を順にめぐる機会に最初に気づいたのは自分だと述べています[3]。

この着想は、4機で巡る「グランドツアー」の構想を経て、2機のボイジャー計画に形を変えました[3]。

フランドロ本人は、JPLの専門家から、誘導の精度、探査機が何年ももつのか、遠くからの通信、木星の強い磁場に電子機器が耐えられるか、といった疑問が出たと語っています[3]。

では、惑星のそばを通るだけで、なぜ速くなれるのでしょうか。

フランドロは、1964年の夏にJPLで学生として、外惑星ミッションの軌道の検討を任された。そこで巨大惑星の配置に気づき、最善の打ち上げ年を1977年と計算したという。本人談を含む記述による[3]。

重力アシスト自体は既知の手法だった。フランドロの主張は、巨大惑星を順に訪れる好機に最初に気づいたのは自分だ、という点にある[3]。この着想は、4機のグランドツアー構想を経て、2機のボイジャー計画になった。

この案には、JPLの専門家から、誘導の精度、機体の寿命、通信、木星の磁場に電子機器が耐えられるかといった疑問が出たと、本人は語っている[3]。

そうした疑問が出る一方で、計画の根拠にあったのは、惑星の重力を利用した加速だった。次はそのしくみである。

3. 星の そばを とおるだけで、なぜ はやく なるの?

3. 惑星のそばを通るだけで、探査機はなぜ速くなれるのか

3. 重力アシストの力学 ── 惑星から見た速さと、太陽から見た速さ

はしって いる 電車に、ボールを ぶつけると、どうなるでしょう。ボールは、電車の はやさが たされて、はやく はねかえります。

重力アシストは、この「はやさを もらう ところ」が にています。ただし 本当は、探査機たんさきは 惑星わくせいに ぶつかりません。惑星わくせいの 引力いんりょくで、きどうが ぐいっと 曲がります。

惑星わくせいは、太陽の まわりを 走って います。探査機たんさきは、その 走る はやさを もらって、太陽から 見ると はやく なります[4]。

そのぶん、惑星わくせいの まわる エネルギーは、ほんの 少し へります。でも、惑星わくせいは とても 大きいので、へる りょうは はかれないほど 小さいのです[4]。

走っている電車にボールをぶつけると、ボールは電車の速さが足されて、速くはね返ります。重力アシストは、これによく似ています。ただし実際には、探査機が惑星にぶつかるわけではなく、惑星の重力に引かれて進路が曲がります。

NASAの解説によると、惑星に対する探査機の速さは、近づくときと離れるときで同じです。変わるのは進む向きです[4]。ところが、太陽から見ると話が変わります。惑星は太陽のまわりを公転しているので、その公転の速さが探査機に足され、太陽から見た探査機の速さが増します[4]。

その代わり、惑星は公転のエネルギーをほんの少し失います。ただ、その量は測れないほど小さく、小さな探査機が得る利益はとても大きくなります[4]。

ボイジャー2号は、この方法を木星、土星、天王星で使いました。木星を離れるとき、木星から公転の角運動量を受け取っていた、とNASAは説明します[4]。

では、そうして加速した2機は、どんな順で出発し、何を見たのでしょうか。

NASAの解説では、重力アシストのとき、惑星に対する探査機の速さは、接近時と離脱時で変わらず、方向だけが変わる。ところが、太陽を基準にすると、惑星の公転速度が探査機の速度に足されるため、離脱後は太陽に対して加速している。つまり、増えるのは太陽から見た速さである[4]。

この加速のぶんは、惑星の公転エネルギーからもらったものである。ただし惑星の失う量は測れないほど小さく、小さな探査機の得る量はきわめて大きい[4]。ボイジャー2号は木星、土星、天王星で重力アシストを受け、木星を離れる際には木星から公転の角運動量を受け取った[4]。

海王星は最後の到達点で、そこから先に訪れる惑星はない。では、この加速の連鎖は、実際にはどう進んだのか。

4. 2ごうが さき、1ごうが あと。海王星で なにが 見えたの?

4. 打ち上げは2号が先。海王星で2号が見たもの

4. 打ち上げ順と海王星への到達 ── 2号が撮った衛星と輪

ふしぎな ことに、うち上げは 2ごうが さきでした。1977ねん8がつ20か、2ごうが とびたちます。1ごうは、はやい みじかい みちを とって、9がつ5かに あとから とびたちました[2]。なまえの じゅんと ぎゃくです。

2ごうは、1979ねんに 木星、1981ねんに 土星、1986ねんに 天王星、そして 1989ねん8がつ25かに 海王星へ ついたと 記ろくされて います[2]。うち上げから、およそ 12ねんです。

海王星の そばを とおったとき、いちばん ちかい きょりは、やく5,000キロメートルでした[2]。

2ごうは、天王星で あたらしい 衛星えいせいを 10こ、輪わを 2ほん 見つけました。海王星では、あたらしい 衛星えいせいを 6こ、輪わを 4ほん 見つけました[5]。

海王星の 衛星えいせいトリトンでは、ちっその 氷こおりの 「火山」も うつしました[5]。

意外なことに、先に打ち上げられたのは2号です。2号は1977年8月20日、1号は速くて短い軌道を通るため、少し遅れて同じ年の9月5日に打ち上げられました[2]。名前の順とは逆です。

2号は木星に1979年7月9日、土星に1981年8月25日、天王星に1986年1月24日、そして海王星に1989年8月25日に最接近しました[2]。1977年の打ち上げから、海王星まではおよそ12年です。

海王星への最接近の距離は、北極の上空で約5,000kmでした。この海王星のそばの通過で、2号は黄道面(惑星たちが公転する平面)の南側へ向かう軌道になりました[2]。

成果も大きなものでした。天王星では新しい衛星10個、輪2本、55度傾いた磁場を、海王星では新しい衛星6個、輪4本を見つけました。海王星の衛星トリトンでは、窒素の氷の「火山」も撮影しています[5]。

ここで、もう1つの問いが残ります。同じ機会を使った1号は、なぜ天王星にも海王星にも行かなかったのでしょうか。

NASAの資料では、ボイジャー2号は1977年8月20日、1号は速く短い軌道で同年9月5日に打ち上げられた。名前の順とは逆に、2号が先である[2]。

2号の各惑星への最接近は、木星が1979年7月9日、土星が1981年8月25日、天王星が1986年1月24日、海王星が1989年8月25日である[2]。打ち上げから海王星まで約12年かかった。海王星の最接近距離は、北極上空の雲頂から約5,000kmで、この通過で2号は黄道面の南側へ向かう軌道になった[2]。

成果は、天王星で新衛星10個・輪2本・55度傾いた磁場、海王星で新衛星6個・輪4本、さらにトリトン表面の窒素の氷の「火山」の撮影に及ぶ[5]。

2号がこの旅を全うした一方で、同じ配置を使えたはずの1号は、別の目的地を選んだ。

5. 1ごうは、どうして 天王星へ いかなかったの?

5. 1号は、なぜ天王星と海王星へ向かわなかったのか

5. 1号の選択 ── 土星の衛星タイタンの観測と、天王星以遠の断念

1ごうは、土星の 衛星えいせいタイタンを くわしく しらべる ことに しました[6]。

そのために 1ごうは きどうを かえました。タイタンの ための じょうけんが あったので、天王星と 海王星には むかいませんでした[6]。

ぜんぶは えらべません。1ごうは、タイタンを えらびました。ここから 先の 旅は、2ごうと わかれて いきます。

1号は、土星の衛星タイタンを詳しく観測するために、軌道を変えました。NASAによれば、タイタンのそばを通るための特別な条件があったため、探査機は天王星と海王星には向けられませんでした[6]。

ここには、「ぜんぶは選べない」という場面が見えます。同じ惑星の並びを使っても、何を優先するかで、行ける先が変わります。

1号が選んだのは、天王星や海王星ではなく、タイタンを詳しく見る道でした。では、その先で2機はどこへ向かったのでしょうか。

1号は、土星の衛星タイタンの詳しい観測のために軌道を変えた。NASAは、タイタンのフライバイに特有の条件があったため、探査機は天王星と海王星に向けられなかったと説明している[6]。

惑星の並びは同じでも、タイタンの観測を優先したことで、1号にとって天王星以遠は行かない行き先になった。2号が4惑星をめぐったのに対し、1号は木星と土星に観測を絞ったことになる。

この選択のあと、2機はどこへ向かったのか。

6. 惑星わくせいの あと、2きは どこへ いったの?

6. 惑星をめぐったあと、2機が向かった先

6. 恒星間空間への到達と、重力アシストの後世への影響

1ごうは 2012ねん8がつ25かに、2ごうは 2018ねん12月10かに、星と 星の あいだの 空間に 入りました[5][6]。人が つくったものが そこまで いくのは、この 2きが はじめてと、その つぎです。

惑星わくせいの 引力いんりょくを つかう 方ほうは、ボイジャーの あとの 探査機たんさきにも つかわれて います。

惑星をめぐり終えたあとも、旅は続きました。1号は2012年8月25日、2号は2018年12月10日に、恒星と恒星のあいだの空間に入りました[6][5]。人がつくったもので、そこに入ったのは、この2機だけです[5]。

惑星の重力を使う方法は、ボイジャーのあとも探査機に使われています。

1号は2012年8月25日、2号は2018年12月10日に恒星間空間へ入った。人工物としては、この2機が初めてとその次である[6][5]。

惑星の重力を使う方法は、ボイジャーのあとも探査機に使われている。

7. 自分でも しらべて みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 出口 ── 惑星の順番と、2機の道筋を見比べる

ずかんや 本で、木星、土星、天王星、海王星が 太陽から どんな じゅんに ならぶか しらべて、この メモの 4ばんの ところに ある とおった 年と 見くらべて みましょう。ボイジャー2ごうが どの じゅんに とおったか、たしかめられます。

そのあと、「1ごうは どうして タイタンを えらんだのか」と、おうちの 人と はなして みませんか。ぜんぶの 目てきちは えらべない、という ことも 見えて きます。

図鑑や本で、木星、土星、天王星、海王星の太陽からの並びと大きさを調べてみましょう。2号が、この順に通っていったことが、位置関係から実感できます。

もう1つのおすすめは、1号がタイタンを選んだことと、2号が海王星まで行ったことを比べ、自分ならどちらを選ぶか、理由も添えて考えることです。決まった答えはありません。

日本語の図鑑や解説書で、惑星の並びと探査機の道筋を見比べてみるとよい。2号が通った順と、1号が土星でタイタンを選んで別れた道を、地図のように描き出してみると、2機の分かれ方がつかめる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:NASAのボイジャー計画のページと、宇宙飛行の基礎の解説を主に使った。フランドロの発見の話はWikipediaの項目(本人談を含む)にもとづくため、断定を避けて書いた。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. NASA「Voyager 1 and 2: Planetary Voyage」。https://science.nasa.gov/mission/voyager/planetary-voyage (約175年に1度の惑星の並び、海王星までの飛行時間の短縮、マリナー10号について)
  2. NASA「Voyager Fact Sheet」。https://science.nasa.gov/mission/voyager/fact-sheet (打ち上げ日、各惑星への最接近日、海王星の最接近距離について)
  3. Wikipedia「Gary Flandro」。https://en.wikipedia.org/wiki/Gary_Flandro (1964年の発見、専門家の疑問、後の探査計画への影響について。本人談を含む二次資料)
  4. NASA「Basics of Space Flight, Chapter 4」。https://science.nasa.gov/learn/basics-of-space-flight/chapter4-1/ (重力アシストの力学、ボイジャー2号の例について)
  5. NASA「Voyager 2」。https://science.nasa.gov/mission/voyager/voyager-2/ (天王星・海王星での発見、恒星間空間への到達について)
  6. NASA「Voyager 1」。https://science.nasa.gov/mission/voyager/voyager-1/ (タイタンの観測と軌道の選択、恒星間空間への到達について)

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