このサイトは、ほんの入り口です

ここに書いてあることは、誰かが実際に手を動かして調べ、考え、作り上げてきたものを拾い集めています。専門の本や論文、作品、そしてそれを生み出した人たち。気になったことがあれば、ぜひそのおおもとに直接ふれてみてください。このメモには書ききれない熱を、感じてもらえると思います。

モーターは、どうやって うまれたの?

モーターは、どのようにして生まれたのか

モーターは、どのようにして生まれたのか

分野:技術

1820年、じゅぎょうの じゅんびを して いた 学者が、へんな ことに 気づいた。

でんきを ながした どうせんの そばで、ほういじしんの はりが うごいたのだ。

1820年、授業の準備をしていた学者が、へんなことに気づいた。

電気を流した導線のそばで、方位磁石の針が動いたのだ。

1820年、デンマークの物理学者エルステッドは、授業の準備中に、電流を流した導線のそばで方位磁石の針が動くことに気づいた。この小さな発見が、モーターが生まれるまでの連鎖のはじまりだった。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ小学校高学年むけ中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. でんきと じしゃくは、べつべつの ものだと 思われて いた

1. 電気と磁石は、別々のものだと思われていた

1. エルステッドは1820年に電流の磁気作用を発見した

むかしは、でんきと じしゃくは、まったく べつの げんしょうだと 思われて いた。ところが 1820年、デンマークの がくしゃ エルステッドは、じゅぎょうの じっけんを じゅんびして いる とき、でんちに つないだ どうせんの すぐ そばに、たまたま ほういじしんが おいて あった。すると、電気を ながした しゅんかんに、じしんの はりが ふるえて うごいたのだ[1]。まるで、りょうりを して いる ときに、ぐうぜん あたらしい あじの くみあわせを 見つけるようなものだ(ただし ほんとうは、りょうりでは なく、でんきの じっけんの 話だ)。

昔は、電気と磁石は、まったく別の現象だと思われていた。ところが1820年、デンマークの学者エルステッドは、授業の実験を準備している時、電池につないだ導線のすぐそばに、たまたま方位磁石が置いてあった。すると、電気を流した瞬間に、磁石の針がふるえて動いたのだ[1]。まるで、料理をしているときに、偶然新しい味の組み合わせを見つけるようなものだ(ただし本当は、料理ではなく、電気の実験の話だ)。

19世紀初頭まで、電気と磁気は無関係な現象と考えられていた。1820年、デンマークの物理学者ハンス・クリスチャン・エルステッドは、講義の実験を準備していたとき、電池につないだ導線のそばに置かれていた方位磁石の針が、通電の瞬間にわずかに振れることに気づいた[1]。これが「電流の磁気作用」の発見であり、電気と磁気を結びつける最初の手がかりとなった[1]

2. ファラデーは、水ぎんと じしゃくで くるくる まわる そうちを 作った

2. ファラデーは、水銀と磁石でくるくる回る装置を作った

2. 1821年、ファラデーが世界初の電磁回転装置を実演した

エルステッドの はっけんの つぎの 年、1821年9月3日。イギリスの ファラデーは、水ぎんを 入れた くだに じしゃくを 立てて、べつに コルクで ささえた どうせんを 用意し、その さきを、じしゃくの まわりの 水ぎんに つけた。電池を つないで 電気を ながすと、どうせんは 水ぎんの 上を、じしゃくの まわりを ぐるぐると まわりつづけた[2]。これが せかいで はじめての「電気で まわる そうち」、いまで いう モーターの もとに なった[2]

エルステッドの発見の次の年、1821年9月3日。イギリスのファラデーは、水銀を入れた管に磁石を立てて、別にコルクで支えた導線を用意し、その先を、磁石のまわりの水銀につけた。電池をつないで電気を流すと、導線は水銀の上を、磁石のまわりをぐるぐると回りつづけた[2]。これが世界ではじめての「電気で回る装置」、いまでいうモーターのもとになった[2]

エルステッドの発見の翌年、1821年9月3日、マイケル・ファラデーは水銀を入れたガラス管に磁石の針を置き、別にコルクで支えた導線を用意して、その先端を磁極のまわりの水銀の中で動けるようにした。電池につないで電流を流すと、導線は磁石のまわりを継続的に回転しつづけた[2]。この「電磁回転」と呼ばれる現象は、電気エネルギーを連続的な機械的回転運動に変換した世界初の実演とされる[2]

3. ファラデーは、この はっけんを めぐって 先生との なかが わるく なった

3. ファラデーは、この発見をめぐって先生との仲が悪くなった

3. ファラデーは発見の功績をめぐりデイヴィーとの関係が悪化した

じつは、ファラデーの 先生だった デイヴィーと、その 友だちの ウォラストンも、まえから おなじような そうちを 作ろうと して いた。ファラデーが 先に せいこうさせると、デイヴィーは「ウォラストンの アイデアを ちゃんと みとめて いない」と おこった[3]。ファラデーは あやまり、ウォラストンは それ いじょう もんだいに しなかった。デイヴィーとの かんけいは、その あとも ぎくしゃくした ままだったと いわれて いるが、どこまで だったかは 見かたが わかれて いる[3]

実は、ファラデーの先生だったデイヴィーと、その友人のウォラストンも、以前から同じような装置を作ろうとしていた。ファラデーが先に成功させると、デイヴィーは「ウォラストンのアイデアをちゃんと認めていない」と怒った[3]。ファラデーは謝り、ウォラストンはそれ以上問題にしなかった。デイヴィーとの関係は、その後もぎくしゃくしたままだったといわれているが、どこまでだったかは見方が分かれている[3]

ファラデーの師であったハンフリー・デイヴィーと、その友人ウィリアム・ハイド・ウォラストンは、以前から電流と磁石で回転する動きを作り出そうと研究していた。ファラデーが先に成功を発表すると、デイヴィーは、ウォラストンへの謝辞が不十分だとして批判した[3]。ファラデーは誤解を解こうとウォラストンに手紙を送り、ウォラストン自身はそれ以上追及しなかった。デイヴィーとの関係については、その後も緊張が残ったとする見方があるが、研究者によって評価が分かれる部分もある[3]

4. なぜ まわるのかを、左手で せつめいする ほうほうが 生まれた

4. なぜ回るのかを、左手で説明する方法が生まれた

4. 19世紀後半にフレミングが左手の法則で回転の向きを説明した

ファラデーの じっけんから 50年ほど あとの 1800年代の おわりごろ、イギリスの フレミングは、「なぜ どうせんが その 向きに うごくのか」を、みんなに わかりやすく つたえる ほうほうを 考えた。左手の おや指・人さし指・中指を、それぞれ ちょくかくに ひらく。人さし指を じしゃくの 向き、中指を 電気の 向きに あわせると、おや指が うごく 向きを さす、と いう ほうそくだ[4]

ファラデーの実験から半世紀ほどあとの19世紀の終わりごろ、イギリスのフレミングは、「なぜ導線がその向きに動くのか」を、みんなにわかりやすく伝える方法を考えた。左手の親指・人差し指・中指を、それぞれ直角にひらく。人差し指を磁石の向き、中指を電気の向きにあわせると、親指が動く向きをさす、という法則だ[4]

ファラデーの実演から半世紀以上あとの19世紀後半、イギリスの技術者ジョン・アンブローズ・フレミングは、電流と磁界から生じる力の向きを直感的に理解できる「フレミングの左手の法則」を考案した。左手の親指・人差し指・中指を互いに直交させ、人差し指を磁界の向き、中指を電流の向きに合わせると、親指の指す向きが導体にはたらく力の向きになるという法則である[4]

5. じっけんしつの そうちが、やくに 立つ どうぐに なった

5. 実験室の装置が、役に立つ道具になった

5. 1873年、ウィーン万博での配線の接続からモーターの実用性が実証された

ファラデーの そうちは、電気の ふしぎを 見せる じっけんに すぎなかった。じっさいに やくに 立つ モーターに なったのは、さらに あとの こと。1873年、ウィーンで あった はくらんかいで、はつでんきを あつかって いた 人が、2つの はつでんきの せんを つないだ。すると かたほうを エンジンで まわすと、もう かたほうが、電気だけで まわり出したのだ[5]。はつでんきは、うごきを 電気に かえる きかいだが、その 電気を べつの はつでんきに おくると、こんどは その きかいが、電気を うごきに かえて まわり出す。はつでんきと モーターは、じつは おなじ しくみの うら表なのだ。これを 見た グラムと いう ぎじゅつしゃは、この しくみを つかって、はなれた ばしょの 水を くみ上げて 見せた[5]

ファラデーの装置は、電気のふしぎを見せる実験にすぎなかった。実際に役に立つモーターになったのは、さらにあとのこと。1873年、ウィーンであった博覧会で、発電機をあつかっていた人が、2つの発電機の線をつないだ。すると片方をエンジンで回すと、もう片方が、電気だけで回り出したのだ[5]。発電機は、動きを電気に変える機械だが、その電気を別の発電機に送ると、今度はその機械が、電気を動きに変えて回り出す。発電機とモーターは、実は同じしくみの裏表なのだ。これを見たグラムという技術者は、このしくみを使って、はなれた場所の水をくみ上げて見せた[5]

ファラデーの電磁回転は、電気現象を示す実験装置にとどまっていた。転機となったのは、1873年のウィーン万国博覧会である。発電機を展示していた助手が2台のダイナモの配線をつないだところ、一方を蒸気機関で駆動すると、もう一方が電力だけで回転しはじめるという現象が観察された[5]。技術者ゼノブ・グラムはこの現象に着目し、離れた場所の水をくみ上げる実演を行って、ダイナモが実用的な電動機としても機能することを示した[5]

6. いまは、まわりじゅうに モーターが ある

6. いまは、まわりじゅうにモーターがある

6. 現代の生活は数多くの電動機に支えられている

あの 水ぎんの じっけんから 200年ほど たった いま、モーターは せんぷうきや せんたくき、おもちゃ、車まで、いろいろな ものの 中で まわって いる。エルステッドが 気づいた、ちいさな じしんの ふるえから、おおくの 人の くふうが つみかさなって、ここまで きたのだ。

あの水銀の実験から200年ほどたったいま、モーターは扇風機や洗たく機、おもちゃ、車まで、いろいろなものの中で回っている。エルステッドが気づいた、小さな磁石のふるえから、ここまできたのだ。まるで、小さな火花が、大きなたき火になっていったようなものだ(ただし本当は、実験は火とはちがう)。

ファラデーの実験からおよそ200年を経た現在、モーターは家電製品から自動車、産業機械に至るまで、あらゆる場所で使われている。方位磁石のわずかな振れという小さな観察が、現代の生活を支える技術へとつながっていった。

1820年からの みちのりを、たどって みる

1820年からの道のりを、たどってみる

1820年からの道のりを、たどってみる

じしんの はりが ちょっと ふるえた ことから、いまの モーターまで、どれだけの 人が かかわって きたのか、かぞえて みよう。エルステッド、ファラデー、デイヴィー、ウォラストン、フレミング、グラム。ノートに 名前を ならべて、じゅんばんに せつめいして みよう。

磁石の針がちょっとふるえたことから、いまのモーターまで、どれだけの人がかかわってきたのか、数えてみよう。エルステッド、ファラデー、デイヴィー、ウォラストン、フレミング、グラム。ノートに名前をならべて、順番に説明してみよう。

エルステッドの偶然の観察からグラムの実演まで、モーターが実用品になるまでに関わった人物を時系列で並べ直してみると、1つの発見が独立に生まれたのではなく、複数の人物の研究や偶然が積み重なって現在の形にたどり着いたことが見えてくる。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. フリー百科事典『ウィキペディア』「エルステッド」、ネオマグ「永久磁石の歴史と磁気科学の発展」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/エルステッド https://www.neomag.jp/mag_navi/history/history_10.html (1820年、エルステッドが講義の実験準備中に、電流を流した導線のそばの方位磁石の針が振れることに気づき、電流の磁気作用を発見したことは両出典による)
  2. The Royal Institution "The birth of electric motion"、IEEE Spectrum "200 years ago Faraday invented the electric motor"。 https://www.rigb.org/explore-science/explore/blog/birth-electric-motion https://spectrum.ieee.org/200-years-ago-faraday-invented-the-electric-motor (1821年9月3日、ファラデーが水銀を入れたガラス管に磁石の針を置き、別にコルクで支えた導線の先端を磁極のまわりの水銀の中で動けるようにし、電流を流すと導線が磁石のまわりを回転しつづける「電磁回転」を実演したことは両出典による)
  3. Royal Institution blog、Science Museum Blog "A small revolution: Michael Faraday and the origins of the electric motor"。 https://www.rigb.org/explore-science/explore/blog/birth-electric-motion https://blog.sciencemuseum.org.uk/a-small-revolution-michael-faraday-and-the-origins-of-the-electric-motor/ (ファラデーの師デイヴィーとその友人ウォラストンが以前から同様の回転運動の実現を研究していたこと、ファラデーの発表後にデイヴィーがウォラストンへの謝辞不足を批判したこと、ファラデーが手紙で誤解を解こうとしウォラストンはそれ以上追及しなかったが、デイヴィーとの関係が緊張したままだったことは両出典による)
  4. 日本溶接協会「フレミングの法則」、ネオマグ「モーターと発電機の原理-フレミングの法則」。 https://www-it.jwes.or.jp/we2/keyword/chapter1_f_001/index.html https://ownedmedia.neomag.jp/2022/11/01/08.モーターと発電機の原理-フレミングの法則/ (19世紀後半にジョン・アンブローズ・フレミングが、左手の親指・人差し指・中指を直交させ人差し指を磁界の向き・中指を電流の向きに合わせると親指が力の向きを示す「フレミングの左手の法則」を考案したことは両出典による)
  5. ネオマグ「発電機とモータの進化」、フリー百科事典『ウィキペディア』「ゼノブ・グラム」。 https://www.neomag.jp/mag_navi/history/history_13.html https://ja.wikipedia.org/wiki/ゼノブ・グラム (1873年のウィーン万国博覧会で、2台のダイナモの配線を接続したところ一方が電動機として回転しはじめる現象が発見されたこと、ゼノブ・グラムがこれを応用して離れた場所への揚水を実演したことは両出典による)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。