1. お正月の あいさつの 手紙は、いつから あるの?
1. 年賀の手紙は、平安時代の文例集にすでに載っている
1. 年賀の手紙は、いつ始まったのか ── 『雲州消息』の例文と、「明確な起源は不明」という説明
お正月に 手紙で あいさつする ことは、平安時代の 本にも 出て きます。手紙の 書き方を まとめた 本に、年の はじめの あいさつ文が のって いるのです[1]。
そのころは、会って あいさつするのが ふつうでした。手紙で 送る ことも あった、と 書かれて います[2]。
ただし、いつ、だれが はじめたのかは、はっきり していません[1]。
2. はがきが できて、だれでも 出せるように なった
2. 明治に郵便とはがきが整い、年賀状が身近になった
2. 年賀状は、どう身近になったのか(1871〜1900年)── はがきの登場、年賀郵便の特別取扱
1871年、明治4年に、今の 形の 郵便が はじまりました。1873年には、はがきが 出て きます。1900年には、ふつうの お店などで 作った はがきも 使えるように なりました[2]。
その 少し まえの 1881年の 記ろくに、「はがきで お正月の あいさつを する ことが、年ねん ふえて いる」と あります[3]。
1899年の 12月には、年の 終わりに 出した 年賀状を、元日に まとめて とどける しくみも できました。はじめは 決まった 郵便局だけでした[4]。
3. 「おとしだま」の くじは、どうして できたの?
3. 1949年、仕立て屋の思いつきで、くじ付きの年賀はがきが生まれた
3. お年玉くじ付き年賀はがき(1949年)── 発案者・林正治と、想定外の長寿
くじつきの 年賀はがきが 出たのは、1949年の 12月です。世界で はじめての くじつきの 郵便だと されて います[5]。
思いついたのは、京都に 住み、おおさかで したてやを して いた 林さんです。せんそうの あとで、はなれた 人の ようすが 分からなく なって いました。年賀状が もどれば、おたがいの ようすが 分かる。くじと きふきんも つければ、ゆめも あって、人の やくにも 立つ。林さんは そう 考えたと つたえられて います[5]。
さいしょの 年は、あまり 売れなかった そうです。林さんは「2、3年の ことだと 思って いた」と、あとで 話して います[5]。
さいしょの しょうひんは、ミシンや ようふくの ぬのだったと いわれます[3]。2014年用では、はじめて げんきんの 1万円が 出ました[3]。
お年玉くじ付き年賀はがきは、1949年(昭和24)12月1日に、昭和25年用として発売されました。2円の通常はがき3000万枚と、寄付金1円が付いたもの1億5000万枚です。世界で初めてのくじ付きの郵便物とされます[5]。
発案者は、京都に住み、大阪・心斎橋で仕立て屋を営んでいた林正治さんです。戦後、人々の連絡が途絶えていた時期に、年賀状が復活すれば互いの消息が分かる。くじのお年玉と寄付金を加えれば、夢もあり、社会福祉にもなる。研究紀要によれば、これが林さんの考えで、思いついたのは発売の半年前の6月だったと伝えられます[5]。
郵政審議会には「面白い案だが、今は食べるものにも困る時代だ」と時期尚早を心配する声もありました。一方で、赤字だった郵便事業には、通信の量を増やしたい事情もあったようです。初年度の売れ行きは小さく、林さんが売れ残りを買い取ったという話も残っています[5]。ただし、これは伝聞です。
のちに林さんは「物のない2、3年のことと考えていた」と語りました[5]。最初の賞品は、特等がミシン、1等が洋服地などだったとされます。2014年用で、初めて現金1万円の賞品が登場しました[3]。
くじ付き年賀はがきは、誰が、何を考えて思いついたのか。発案者は京都在住で、大阪・心斎橋の仕立て屋を営む林正治(当時42歳)である。発行の半年前の6月に、通信が途絶えた戦後の状況から、年賀状が復活すれば互いの消息が分かり、くじと寄付金を加えれば夢もあり社会福祉にもなる、と考えた、と研究紀要は記す[5]。日本郵便もこれを「一人のお客さま」の発想と説明している[2]。
そのはがきは、1949年(昭和24)12月1日に昭和25年用として発行された。内訳は2円の通常はがき3000万枚と、寄付金1円付きのもの1億5000万枚で、世界初のくじ付き郵便物とされる[5]。
ところが、すんなり歓迎されたわけではない。郵政審議会には時期尚早とする意見もあったが、創設された。背景には、赤字だった郵便事業が通信量を増やしたいという事情もあったとされる。初年度の売れ行きは小さく、林が売れ残りを買い取ったという話も残るが、伝聞の域を出ない[5]。林の後年の言は「物のない2、3年のこと」と考えていた、という趣旨である。
では、当初の賞品は何だったのか。特等がミシン、1等が洋服地などとされ、2014年用で初めて現金1万円の賞品が登場した[3]。初回賞品の原文は未確認で、伝聞の域にとどまる。
4. プリントゴッコは、どうやって 年賀状を 作ったの?
4. 1977年、家庭で刷れるプリントゴッコが登場した
4. プリントゴッコは、どうやって刷ったのか(1977年〜)── フラッシュの熱で原板に穴をあける簡易印刷
むかしは、年賀状を 手で 1まいずつ 書く 人が たくさん いました。そこへ、1977年に「プリントゴッコ」という 家で 使える 印刷の どうぐが 出ます。作ったのは、理想科学工業という 会社です[8]。
手で 書いたり 絵を かいたり した 紙に、ぴかっと 光る フラッシュを 当てます。すると、字や 絵の ところだけ、小さな あなが あく、と せつめいされて います[9]。その あなを とおった インクが、はがきに うつります。
全部で 1000万台 いじょう 売れたと、新聞に 書かれて います[8]。
ハンコを おすのに にた 手ざわりで、同じ 絵を なんまいも 作れました。ただし 本当は、ハンコとは しくみが ちがいます。
5. パソコンが 年賀状を かえた
5. パソコンとインクジェット紙の時代
5. パソコンは、年賀状づくりの何を楽にしたのか(1990年代〜2005年用)
1990年代の おわりごろには、パソコンで 年賀状を 作る「ソフト」が、記事で しょうかい されて いました[11]。あて名や 文を かんたんに 作れる ためです。
そのころ、家の プリンターは やすく なって いました。2008年に、本体の はんばいが おわり、2012年には かんれんの 商品も 売り終わりました[10]。
2005年用の 年賀はがきでは、パソコン用の「インクジェット紙」が、いちばん 多い 22おく 7千万まいほどでした。ぜんぶの 年賀はがきの、およそ 半分です[6]。
1998年11月のPC Watchは、宛名や文面の作業を楽にする「年賀状作成ソフト」を特集しました。それまでは、印字位置がずれるなどの苦労があったそうです[11]。
1990年代にはインクジェットプリンターが安く出回りました。本体のメーカー販売は2008年6月30日に終わり、関連商品を含む全販売は2012年に終わっています[10]。
2005年用のインクジェット紙は、過去最高の約22億6,609万枚でした。総枚数約43億5千万枚の、およそ半分です。計算すると約52%になります[6]。
パソコンは、年賀状づくりの何を楽にしたのか。1998年11月のPC Watchは、印字位置がずれるなど苦労のあった宛名・文面作成を楽にする年賀状作成ソフトを特集して紹介する[11]。
それを刷る側の道具も、家庭に広がっていた。1990年代にはインクジェットプリンターが低価格で出回った。
一方、家庭用の印刷機プリントゴッコについては、メーカー販売の終了が2008年6月30日、関連商品を含む全販売の終了が2012年で、この2つの日付は混ぜない[10]。
では、パソコン用の紙はどれほど使われたのか。2005年用のインクジェット紙は、過去最高の約22億6,609万枚(前年比116%)だった。総枚数約43億5千万枚に対して226.6÷435≒0.52で、約半分にあたる[6]。
6. 年賀はがきは、2026年用で どのくらい?
6. ピークから約6分の1へ ── 枚数の変化
6. 枚数は、どこでピークになったのか ── 2004年用のピークと、2026年用の785,047,000枚
年賀はがきが いちばん 多かったのは、2004年用で、およそ44おく6千万まいです。2005年用は およそ43おく5千万まいで、少し へりました[6]。
2026年用は、およそ7おく8千5百万まいです[7]。いちばん 多い ときの、およそ 6分の 1です。
手紙の かわりに、メールや メッセージで あいさつする 人も ふえたのでしょう。ただし 理由は、この 記事の しりょうには くわしく 書かれて いません。
7. 家の 人に、聞いて みよう
7. 身近な人に聞いて、公式の数字を見に行く
7. 出口 ── 聞き取りと、原典の読み方
家の 人に、こう 聞いて みましょう。「子どもの ころ、年賀状は なんまい くらい 出した? どうやって 作った?」
手で 書いた 人、はんこを おした 人、プリントゴッコを 使った 人、パソコンで 作った 人など、答えは いろいろかも しれません。その 話が、この 記事の 数字と 重なるか、見くらべて みます。
もっと 知りたく なったら、郵便局の ホームページや、東京の ゆうせいはくぶつかんの ホームページ(日本語)を 見て みましょう。
身近な大人に、「昔、年賀状を何枚くらい出していたか」「どうやって作っていたか」を聞いてみてください。手書き、スタンプ、プリントゴッコ、パソコンなど、時代ごとの違いが、話に出てくるかもしれません。
その答えを、この記事の年表と並べます。合う部分と合わない部分があれば、そこが次に調べるところです。今回の資料には、個人が出す枚数の歴史的な統計はありませんでした。
公式の数字は、日本郵便の年賀はがき発行のお知らせ(各年)や、郵政博物館の紀要で確かめられます。どちらも日本語です。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:郵政博物館、日本郵便の公式資料を主に使った。プリントゴッコの累計台数は新聞1紙、仕組みは百科事典、初回賞品などの一部は二次資料に基づく。
- 郵政博物館「年賀状展のお知らせ」(2015)。https://www.postalmuseum.jp/news/docs/nenga_press.pdf (平安時代の文例集と起源について)
- 日本郵便「未来に残す年賀状文化」。https://www.post.japanpost.jp/notification/pressrelease/2023/00_honsha/0831_02_04.pdf (平安時代・江戸時代・明治の制度と広がりについて)
- nippon.com「年賀はがきの発行枚数と歴史」。https://www.nippon.com/ja/features/h00331/ (1881年の記録と賞品の変遷について。原文は未照合)
- コトバンク「年賀郵便」。https://kotobank.jp/word/年賀郵便 (年賀郵便の特別取扱について)
- 郵政博物館 研究紀要第8号。https://www.postalmuseum.jp/publication/research/research_08_09.pdf (お年玉くじ付き年賀はがきの創設と発案者について)
- 日本郵便「平成17年用年賀はがき発行」。https://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/hagaki/nenga_hakko/2005/ (2004・2005年用の発行枚数とインクジェット紙について)
- 日本郵便「2026年用年賀はがき発行」。https://www.post.japanpost.jp/newsrelease/pressrelease/797900895.html (2026年用の総発行枚数について)
- 神戸新聞(2022)プリントゴッコの記事。https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/202209/0015672713.shtml (プリントゴッコの発売と累計台数について)
- Wikipedia「Print Gocco」(英語)。https://en.wikipedia.org/wiki/Print_Gocco (原版づくりの仕組みについて。百科事典)
- GIGAZINE「プリントゴッコ本体の販売終了」(2008)。https://gigazine.net/news/20080530_riso_print (販売終了の時期について)
- PC Watch「年賀状ソフト特集」(1998年11月)。https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/981126/nenga.htm (年賀状作成ソフトについて)
なおした ところ
更新履歴
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